三 姉妹 探偵 団 01 chapter 09 (1)
9 伸びる 影 の 手
「 や あ 、 待た せて ごめん 」
国友 が 、 タクシー を 降りて 走って 来た 。
「 来て くれ ない の か と 思った 」
と 、 言って から 、 夕 里子 は ちょっと 笑って 、「 昨日 は お 金 借りちゃ って ごめんなさい 」
と 言った 。
「 いい んだ よ 」
「 でも 、 次の 月給 まで 困ら ない ? 「 君 は 少し 気 を 回し 過ぎる んだ 」
国友 は 、 ビル を 見上げた 。 「 この 五 階 だ ね ? 「 ええ 。 ── 電話 で 話した こと 、 どう 思う ? 「 有望だ ね 」
と ビル へ 入り ながら 、 国友 は 肯 いた 。 「 実は 三崎 の 親分 に ね 、 その 話 を した んだ 。 他の こと も あれこれ と 入れて ね 。 そ したら 、 さすが に 考え込んで さ 、 もし 神田 初江 から 、 はっきり した 証言 が 取れたら 、 正式に 再 調査 に 乗り出す 、 と 約束 した よ 」
夕 里子 は ピタッ と 足 を 止めた 。
「 本当に ? 「 うん 。 その 交渉 で 遅く な っち まったん だ 」
夕 里子 は 、 不意に 目頭 が 熱く なって 、 あわてて 、 手の甲 で 拭った 。
「 ごめんなさい 。 私 …… 昨日 だって 泣か なかった のに 」
「 それ は 君 が 優しい 人 だ から さ 。 さあ 、 行こう 」
国友 は 夕 里子 の 肩 を 抱いて 言った 。
エレベーター で 五 階 へ 上る 。
「 今日 は 、 綾子 さん 、 会社 へ 出て ない の ? 「 ええ 。 今日 は 片瀬 紀子 さん の お 葬式 だ から 、 お 手伝い して る の 。 あの 事件 の 方 は 何も つかめ ない の かしら ? 「 そう らしい ね 。 ちょっと 訊 いて みた が 。 その 手 の 電話 を かける 奴 は 大勢 いる 。 しかし 、 一人一人 を 洗う わけに は いか ない から なあ 」
エレベーター を 降りる と 、 二 人 は 〈 東京 セクレタリーサービス 〉 と 書か れた ガラス 扉 を 押して 中 へ 入って 行った 。
「── 神田 です か ? 少々 お 待ち 下さい 」
受付 の 女性 は ちょっと 立ち上り かけて 、
「 あ 、 そう だ わ 。 申し訳 あり ませ ん 。 神田 は 、 早退 して しまった んです けど 」
「 早退 です か 」
国友 は 、 夕 里子 と 顔 を 見合わせた 。 「 で 、 何時頃 に ? 「 十 時 頃 です 。 何 か 電話 が かかって 来て 、 それ で 急いで 帰って しまい ました 」
「 自宅 の 住所 を 教えて いただけ ます か 」
「 どういう ご 用件 で ? 国友 が 警察 手帳 を 見せる と 、 一 も 二 も なく 教えて くれる 。
二 人 は 〈 東京 セクレタリーサービス 〉 を 出た 。 ビル の 出口 へ 来る まで 、 どっち も 口 を きか なかった 。
そして 、 同時に 互い を 見た 。
「 気 に なる な 」
「 私 も 」
「 行って みよう 、 この 住所 に ! 二 人 は タクシー を 捕まえて 飛び乗った 。 国友 が 警察 手帳 を 見せ 、
「 突っ走れ ! と 怒鳴った 。
少し 走る と 白 バイ が 追いかけて 来る 。 一旦 タクシー を 停め させ 、 白 バイ の 警官 に 、
「 先導 して くれ ──」
と 叫んだ 。
後 は 、 赤 信号 も ノン ・ ストップ で 、 タクシー は たちまち 、 目指す 住所 の 近く に 着いた 。
「 この 辺 だ が な ……」
タクシー を 降りて 、 国友 は 周囲 を 見回した 。
「 住所 は アパート ね 」
「 そう らしい 。 ── ちょっと 訊 いて 来る 」
国友 は 手近な パン 屋 へ 飛んで 行く と 、 すぐに 戻って 来た 。 「 分 った ぞ ! 「 この 近く ? 「 すぐ 裏 だ そうだ よ 。 急ごう ! 二 人 の 足取り は 、 いつしか 小走り から 、 本格 的な 疾走 に なって いた 。
「 この アパート だ ! 「 二 階 よ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。 「 三 号 室 だ わ 」
あまり 立派 と は 言いがたい アパート だった 。 階段 を ドタドタ と 駆け上って 行く と 、
「 うる せ え ぞ ! と 、 下 から 怒鳴ら れた 。
しかし 、 そんな こと に 構って は い られ ない 。
「 ここ だ 」
ドア の 前 で 二 人 は 足 を 止めた 。 一瞬 耳 を 傾ける 。 ウーン と 、 唸り 声 が 洩 れて 来る 。
「 大変だ ! 国友 が ノブ を つかんで 、 力一杯 、 引 張った 。 バリッ と 音 が して 、 チェーン が 切れた らしい 。 ドア が 勢い 良く 開いて 来る 。
国友 と 夕 里子 は 中 へ 飛び込んだ 。 ── が 、 夕 里子 は あわてて 回れ 右 を する は めに なった 。
「 キャッ ! と 、 悲鳴 を 上げて 、 裸 の 女 が 飛び上った 。 同じく 裸 の 男 が 起き上って 、
「 何 だ 、 お前 ら ! と 怒鳴った のである 。
「 本当に もう ……。 困る じゃ ない の 」
神田 初江 は 、 腕組み して 、 国友 を にらみつけた 。 もちろん 、 もう 服 は 着て いる 。
「 いや 、 申し訳 あり ませ ん 。 呻き声 が 聞こえた んで 、 つい ……」
「 あなた 童 貞 な の ? 面白 そうな 顔 で 、「 ねえ 、 刑事 さん 」
と 、 国友 の 顔 を 覗き込んだ 。
神田 初江 の アパート に 近い 喫茶 店 である 。
「 で 、 いかがです か 、 その 話 です が 」
国友 は 咳払い を して 、 話 を 戻そう と した 。
「── あの 子 が 人殺し の 娘 、 ねえ 」
と 、 神田 初江 は コーヒー を ガボリ と 飲んで 顔 を しかめた 。 「 苦い なあ 、 ここ の は 」
「 容疑 者 です 」
国友 と 並んで 座って いた 夕 里子 が 、 ムッと して 訂正 した 。
「 ああ 、 そう か 」
「 あなた の 話 が 事実 なら 、 佐々 本 周平 の 容疑 を 晴らす 重大な 手掛り に なる んです が ね 」
「 私 、 何も 言わ ない わ よ 」
神田 初江 の 言葉 に 、 国友 と 夕 里子 は 、 チラッ と 目 を 見交わした 。
「 しかし 、 あなた は 綾子 さん に ──」
「 知ら ない わ 、 そんな 話 。 何 か 私 が しゃべった って 証拠 で も ある の ? 「 ですが 、 そう 話した んでしょう ? ホテル の 廊下 で 、 水口 淳子 が 男 と 一緒に いる の を 見た と ──」
「 やめて よ ! と 、 神田 初江 は 遮った 。 「 ホテル だ なんて 、 人 聞き の 悪い ! 私 、 そんな 所 へ 出入り したり し ない わ よ 。 いい こと 、 今 私 の 部屋 に は 婚約 者 が 来て る の 。 もし こんな 話 が 彼 の 耳 に 入ったら どう なる と 思って ん の ? 「 その 点 は 心配 いり ませ ん よ 。 証言 の 内容 に ついて は 絶対 に 秘密に し ます 。 それ は お 約束 し ます から 」
「 冗談 じゃ ない わ ! と 、 神田 初江 は 立ち上って 、「 私 を 何 だ と 思って ん の よ ! そんな 浮気な 女 だ なんて 思わ れちゃ 迷惑 よ 。 もう 二度と そんな 話 、 しに 来 ないで ! と 言い捨てる と 、 喫茶 店 を 出て 行った 。
「 待って ! 夕 里子 は 急いで 後 を 追って 店 を 飛び出す と 、 アパート の 方 へ 戻って 行く 神田 初江 に 駆け寄った 。
「 待って 下さい ! 私 の 父 が 人殺し の 罪 を 着せ られて いる んです ! あなた が ただ 見た こと を 話して 下されば ──」
「 しつこい わ ね ! 手 を ど かして よ ! と 夕 里子 の 手 を 振り 放す と 、 走り去って しまった 。
夕 里子 が ぼんやり と 立って いる と 、 国友 が 店 を 出て 、 やって 来た 。
「 今 は 無理だ よ 。 やめて おいた 方 が いい 」
「 でも ……」
「 悪い 所 へ 来 ち まったん だ 。 婚約 者 を 前 に 、 刑事 に あれこれ 訊 かれちゃ 、 面白く ない だろう ね 、 確かに 。 ── また 明日 でも 来よう 。 気 が 変って る よ 、 きっと 」
夕 里子 は 肩 を 落とした 。
父 の こと を 思う と 、 たとえ 一 日 でも 早く 、 汚名 を そそいで やり たい 気 が する のである 。
「 これ から どう する ん だい ? と 、 国友 は 訊 いた 。
「 片瀬 さん の お宅 に 戻る わ 。 お 葬式 に 出 なきゃ なら ない し ……」
「 その 前 に 、 ちょっと 寄って み ない か ? 「 どこ へ ? 「 君 の お 父さん の 会社 だ よ 。 植松 課長 に 面会 して みよう 」
「 でも …… いい の ? 〈 親分 〉 に 話して ない んでしょ ? 「 いい さ 、 後 で 叱ら れりゃ 済む こと だ 」
と 、 国友 は 微笑んだ 。 「 君 の その がっかり した 顔 を 見て る と 、 何 か し なきゃ 可哀そうで ね 」
「 じゃ 、 私 、 ずっと がっかり した 顔 して よう か な 。 その 内 結婚 して くれる かも しれ ない もの 」
国友 と 夕 里子 は 一緒に 笑った 。
「── まあ 、 そんな こと が あった の ? と 、 野上 幸代 は 、 昨日 の 地下 街 で の 出来事 を 聞いて 目 を 丸く した 。 「 災難 だった わ ねえ 」
K 建設 へ やって 来た の は 、 ちょうど お 昼 どき で 、 幸代 が うまい 具合 に 食事 から 帰って 来る の に 出くわした のである 。
「 ともかく 応接 室 で 待って る と いい わ 」
と 幸代 は 二 人 を 案内 した 。
「 いい んです か ? 「 構 やしない わ よ 。 私 に 文句 言える 人間 は い ない んだ から 」
夕 里子 は 、 どうせ OL に なる なら 、 ここ まで 勤め なきゃ 、 と 思った 。
「 その 浮 浪 者 たち 、 植松 課長 に 言わ れて 、 あなた を 襲った の かしら ね ? 「 その 可能 性 は あり ます 」
と 国友 が 肯 く 。
「 でも 考えて みる と おかしい わ 」
と 、 夕 里子 は 、 考え込み ながら 言った 。
「 たとえ あの バッグ を 盗んで も 、 植松 課長 の 書いた 伝票 なんて 、 他 に いくら で も ある わけでしょう ? あんな こと まで して 、 盗む 必要 が あった の かしら ? 「 とっさ の こと で 、 あわてた んじゃ ない の か な 。 それ に 、 君 が あんな 目 に 遭えば 、 怖く なって 、 もう 事件 の 調査 から 手 を 引く と 思った の かも しれ ない 」
「 それ を 狙った の なら 、 相手 を 間違えた わ ね 」
と 、 幸代 が 言った 。 「 この 人 に は 逆 効果 だ わ 」
夕 里子 は 、 ちょっと 照れて 頭 を かいた 。
「 見て 来る から 待って て ね 。 もう 戻って る と 思う けど 」
と 幸代 は 応接 室 を 出て 行った 。
「 いい 人 だ ね 」
と 、 国友 は 言った 。
「 ええ 、 本当に 。 素敵な 人 だ わ 」
二 人 は 、 ちょっと 黙った 。 ── 夕 里子 は 、 国友 の 横顔 を 、 そっと 眺めて いた 。
刑事 なんて 、 みんな 、 いかつくて 、 すぐに 怒鳴りつけたり する 人 ばかり だろう 、 と 思って いた 。 そんな イメージ から 見る と 、 国友 は 、 およそ 刑事 らしく ない 。
この 人 が 、 凶悪 犯 を 相手 に 格闘 したり 、 容疑 者 を 厳しく 取り調べて いる ところ なんか 、 想像 でき ない わ 、 と 夕 里子 は 思った 。 ごく 当り前の サラリーマン で 、 休日 に は 恋人 と ドライブ を して 、 夜 は ロマンチックな 愛 を 語る ……。 そんな 姿 が 、 様 に なる ような 気 が する のだ 。
「 国友 さん 、 恋人 いる ? 不意に 訊 かれて 、 国友 は びっくり した ように 目 を 見張った 。
国友 が 返事 を し ない 内 に 、 ドア が 開いて 、 野上 幸代 が 飛び込んで 来た 。
「 逃げた わ ! 国友 と 夕 里子 が 立ち上る 。 幸代 は 息 を 弾ま せて 、
「 馬鹿な 受付 が しゃべった らしい の 。 食事 から 戻った 植松 に 、『 佐々 本 さん の お嬢さん が 、 男 の 人 と お 待ち です 』 って 。 そ したら 、 急に 用 を 思い出した と か 言って 、 早退 しちゃ った んです って 」
「 やれやれ 、 今日 は 早退 の はやる 日 だ な 」
と 国友 が 言った 。 「 どこ へ 行った んでしょう ね ? 「 たぶん 家 へ 帰った んでしょ 。 あの 人 は 、 養子 の 身 で ね 、 奥さん 、 社長 の 娘 だ から 、 自分 じゃ ほとんど 現金 を 持って ない の 。 カード の 支払い を いちいち 奥さん が チェック して る んです って 」
「 じゃ 、 逃げる に して も 、 一 旦家 へ 帰る 、 と いう わけです ね ? よし 、 家 は どこ です ? 「 案内 して あげ ましょう か ? 「 いい んです か ? 「 私 に 文句 の 言える 人 は い ない の よ 」
と 、 幸代 は 得意な セリフ を 口 に して 、「 待って 、 すぐに 着替えて 来る わ ! と 、 応接 室 から 飛び出して 行った 。
植松 の 家 へ タクシー で 向 って いる 途中 、 夕 里子 は 言った 。
「 植松 課長 が 、 そんな 風 に 奥さん に 頭 が 上ら ない と する と 、 もし 水口 淳子 が 恋人 だった と して 、 妊娠 したら 殺す 気 に なった かも しれ ない わ ね 」
「 その 可能 性 は 大いに ある 」
と 、 国友 が 肯 く 。
「 でも 、 その 件 と パパ の 出張 と 、 どう つながる の かしら ? 「 そい つ は 、 直接 当人 に 訊 いて みる 他 ない と 思う な 」
「 逃げ出し たって の は 、 白状 した も 同じ こと よ 。 ── ほら 、 運 ちゃん 、 そこ 曲って 」
と 、 幸代 が 指示 する 。 「 もう すぐ 着く わ 。 まだ うろついて る と いい けど ね 」
まるで 野良犬 か 何 か の ようだ 。
タクシー は 、 一瞬 目 を 見張る ような 立派な 邸宅 の 前 に 停 った 。
「 凄い 家 」
と 、 夕 里子 は 呟いた 。
「 社長 が 結婚 祝い に プレゼント した 家 よ 。 時価 三億 です って 」
「 三億 か ……」
と 国友 も ため息 を つく 。
何しろ 門 の ずっと 奥 に 、 建物 が 見える のである 。 夕 里子 たち の 家 だって 、 まあ 標準 的な 広 さ で は あった が 、「 ずっと 」 入る ほど の 奥 行 は なかった 。 裏 へ 抜けて 、 塀 に ぶつかって いた だろう 。
「 感心 しちゃ い られ ない や 」
と 国友 が 我 に 返る と 、「 じゃ 、 入ろう 。 ── どこ から 入る んだろう ? 「 そこ に インタホン が 」
と 、 幸代 が 指さした 。