三 姉妹 探偵 団 (2) Chapter 18 (1)
18 祭 は 終る
「 ご 機嫌 いかが ?
いい わけ ない でしょ 。
── 夕 里子 は 、 そう 言い たい 気持 を こめて 、 大津 和子 を 見返して やった 。
「 そう にらま ないで 」
と 、 大津 和子 は 、 物置 に 入って 来る と 、 戸 を 閉めた 。
「 あと 少し で 、 タカシ の コンサート が 始まる わ 。 ── うまく 行ったら 、 ここ へ 来て 、 出して あげる 」
本当 かしら ね 。
「 疑って る わ ね ?
── ま 、 無理 も ない けど 」
と 、 和子 は 笑って 、「 でも 、 あんた の こと 、 好きな の よ 、 私 。
だから 、 殺し たく ない の 」
夕 里子 は ギクリと した 。
「 ね ?
だ から 、 私 に 殺さ せ ないで ちょうだい 」
つまり 、 口 を つぐんで ろ 、 って こと ね 。
「 あんた が 、 誰 に も 言わ ない 、 って 約束 して くれたら 、 私 、 信じて あげる 。
本当 よ 」
夕 里子 は 、 目 を そらした 。
夕 里子 も 、 こういう ところ で 、 噓 の つけ ない 人間 な のだ 。
「── さて 、 それ じゃ 、 行って 来る わ 」
と 、 和子 は 、 大きく 一 つ 深呼吸 を して 、「 うまく 行く ように 祈って て ね 」
失敗 する ように 、 祈って る わ 。
「 じゃ 、 もう 少し 我慢 して て 」
大津 和子 が 出て 行く 。
夕 里子 は 、 もう 一 度 、 何とか して 縄 を ゆるめよう と 頑張った が 、 むだだった 。
あの 大津 和子 、 縄 の 結び 方 は 心得て いる ようだ 。
夕 里子 は 諦めた 。
きっと キャンパス は 、 大勢 の 人間 で 溢れ ん ばかりだろう 。
夕 里子 の 耳 に も 、 かすかに 、 音楽 や アナウンス が 聞こえて いる 。
しかし 、 こんな 裏手 の 方 まで やって 来る 物好き は い ない ようだった 。
もし 、 近く に 誰 か が 来たら 、 思い切り 、 足 で 壁 を けって 、 音 を 立てて やろう と 思って いる のだ が 。
どうやら 、 空しい 希望 に 終り そうだった 。
── 音楽 だ 。
それ も 、 ずっと 近く に 聞こえる 。
神山 田 タカシ の コンサート が 始まった のだろう 。
講堂 だ から 、 そう きちっと 遮音 さ れて いる わけじゃ ない 。 だから 、 かなり 、 音 が 洩 れて 来る のだ 。
── 大津 和子 は 、 いつ やる 気 だろう か ?
最初に 一 曲 、 まず 、 ヒット した 歌 から 入る だろう 。
歌って いる 間 は 、 動き回る から 、 何 か を 落す に も 、 狙い が 定まら ない 。
して みる と 、 危 いの は その後 、「 語り 」 に 入った とき だ 。
たいてい 、 客席 に 向 って 、 何 か を 話しかける とき は 、 マイク を 持って 、 小さな 椅子 に 腰 を かけたり 、 または 、 マイク スタンド に マイク を 置く 。
つまり 、 位置 が 、 固定 さ れる と いう こと である 。
それ こそ 、「 狙い 時 」 だ 。
歌 が 続いて いる 。
── タカシ の 声 も 、 かなり 聞こえる 。
お世辞 に も 、 上手い と は 言え ない 歌 だ が 、 それ でも 、 一応 何 を 歌って いる か は 分 る 。
夕 里子 も 聞いた こと の ある 、 二 年 くらい 前 の 曲 だろう 。
あれ が 終ったら ……。
突然 、 物置 の 戸 が ガタガタ と 音 を たてて 、 開いた 。
── 大津 和子 が 戻って 来た の か ?
「 お 姉ちゃん !
何 してん の 、 こんな 所 で 」
珠美 が 立って いた 。
まず 口 に 詰めた 布 を 取って もらう 。
「── 助かった !
早く 、 縄 を といて ! 「 え ?
ああ 、 ちょっと 待って よ 」
「 早く !
── 急いで よ ! 「 そんなに 急か さ ないで 。
私 、 こういう の 苦手な んだ もん 。 固く 結んで ある なあ 」
「 ほら 、 早く !
五千 円 出す から ! 珠美 は 、 無言 で 結び目 に 取り組んだ 。
「── やった !
「 足 の 方 も 。
手 が しびれて 、 よく 動か ない の よ 」
「 別 料金 ?
「 珠美 !
「 は いはい 。
── 助けて やった のに 、 少し は 感謝 し な よ 。 ここ から 、 誰 か が 出て 行く の を 見た の 。 変だ な 、 と 思って 来て みた の よ 」
足 の 方 は 、 何とか 早く とけた 。
「── 立た せて !
足 が …… 言う こと 聞か ない の よ 」
「 どうして こんな こと に なった の ?
「 ともかく ── 危 いの よ 、 神山 田 タカシ が 」
「 ええ ?
夕 里子 は 、 外 へ 出て 、 まぶし さ に 目 を 細く した 。
そして 、 ハッと した 。
── 曲 が 、 終って いる 。
「 危 いわ !
夕 里子 は 、 講堂 の 方 へ と 駆け出した ── つもりだった が 、 足 が もつれて 、 転び そうに なる 。
「 大丈夫 ?
「 いい から 、 支えて !
早く 、 早く ! ワーッ と 拍手 して いる 音 が する 。
夕 里子 は 、 裏手 の 扉 から 中 へ 入った 。
大分 、 足 に 感覚 が 戻って 来て いる 。
目の前 に 、 ステージ の 上 に 出る 、 階段 が あった 。
「 皆さん 、 今日 は 」
タカシ の 声 が 響いて いる 。
夕 里子 は 、 階段 を 上り 始めた 。
── 間に合い ます ように !
「 こんなに 大勢 の 女の子 、 見る の 、 久しぶりだ な 」
と タカシ が しゃべって いる 。
「 何しろ 、 ここん とこ 、 落ち目 で もて ない もん だ から ……」
ワッ と 笑い声 が 響く 。
もう 少し 、── もう 少し だ 。
「 僕 も まだ 若い んです が 、 ともかく 最近 の 新人 なんて 、 十四 と か 十五 と か ね 。
中 に ゃ 十三 なんて ……。 中学 一 年 です よ 。 まだ ガキ だ よ ね 」
夕 里子 は 、 やっと 上 に 上った 。
狭い 通路 が 、 ステージ の 上 に 伸びて いる 。
暗くて よく 見え ない が ……。
あそこ だ 。 たぶん 、 あそこ に いる の が ……。
夕 里子 は 、 ステージ の 遥か 上 を 、 進み 始めた 。
「 僕 なんか もう 年寄り 扱い です よ 。
ベテラン 、 なんて 言わ れる から ね 。 これ は 、 お 年 です ね 、 って 意味 な んだ 」
夕 里子 は 、 近づいて 行った 。
大津 和子 が 、 じっと 下 を うかがって いる 。
タカシ の 声 が 響く ので 、 夕 里子 の 足音 に 気付か ない のだ 。
「 ともかく ね 、 歌手 なんか に 憧れる 人 が いたら 、 やめ といた 方 が いい です よ 。
一 年 くらい ヒット が ない と 、 もう 〈 懐 し の メロディ 〉 から お呼び が かかる んだ から 」
客 が ドッと 笑った 。
あと 五 メートル くらい の 所 で 、 ハッと 大津 和子 が 振り向いた 。
「 やめ なさい !
と 夕 里子 は 叫んで 駆け寄った 。
「 邪魔 し ないで !
大津 和子 が 夕 里子 を 押し 返す 。
その 拍子 に 、 ネジ を ゆるめて あった ライト が 、 グラッ と 揺れた 。
ネジ が 飛ぶ 。
上 の 騒ぎ に 気付いた タカシ が 、 少し 退 が って 見上げた 。
重い ライト が 、 真 直ぐに 、 たった今 まで タカシ の 立って いた 場所 に 落ちた 。
ガラス が 砕ける 。
ワーッ と いう どよめき 。
「 邪魔 した わ ね !
と 、 大津 和子 が 、 夕 里子 に つかみ かかった 。
退 がろう と して 、 夕 里子 の 足 は 、 まだ 少し しびれた まま だった ので 、 もつれて 、 引っくり返った 。
和子 の 体 が 泳いだ 。
「 危 い !
と 、 夕 里子 は 叫んだ 。
声 も 上げ ず に 、 和子 は 、 ステージ へ と 落ちて 行った 。
「 大変な コンサート に なった わ 」
と 、 綾子 は ため息 を ついた 。
「 お 姉さん の せい じゃ ない よ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 だけど ……」
綾子 の 方 は 、 冴え ない 顔 だった 。
講堂 の 中 は 、 ガランと して いた 。
もちろん 、 客 は い ない 。
「 みんな 、 コンサート 見る より 、 よっぽど 面白がって た みたい 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 珠美 ったら !
夕 里子 は 、 ちょっと にらんだ 。
舞台 の 上 に 、 二 人 、 横 に なって 、 救急 車 を 待って いた 。
大津 和子 と 、 神山 田 タカシ である 。
ポカン と 上 を 見て いた 神山 田 タカシ の 真 上 に 、 和子 が 落下 した のだった 。
おかげ で 和子 の 方 は 命拾い を して 、 腕 を 骨折 した だけ の ようだった 。
タカシ の 方 が 、 あちこち ひどく 打って 苦し そうだ 。
「 畜生 ……」
タカシ が 呻いた 。
「 自業自得 よ 」
と 、 和子 が 言った 。
「 一 つ 、 知らせる こと が ある 」
と 、 国友 が 和子 の そば へ 行って 、 言った 。
「 何 です か ?
「 梨 山 教授 が 逮捕 さ れた 」
和子 は 、 ちょっと 間 を 置いて 、
「 そう です か 」
と だけ 言った 。
「 太田 さん は 無事だった ?
と 、 夕 里子 が 訊 いた 。
「 うん 。
医者 に 化けて 病室 へ 入ろう と した ところ を 、 私服 の 刑事 に 捕まった んだ 」
和子 が 、 ちょっと 笑った 。
「 ドジ な んだ から 、 本当に 」
夕 里子 は 、 和子 の 傍 に しゃがみ込んだ 。
「── 梨 山 教授 は あなた の お 父さん な んでしょう ?
あなた と 二 人 で 、 今度 の 事件 を 計画 した の ? 「 いや 、 一 人 で やった 、 と 梨 山 は 言って る らしい よ 」
と 、 国友 が 言った 。
「 父 の 考えて る こと は 、 見当 ついて た けど ね 」
と 、 和子 は 言った 。
「 ただ 、 私 の 目的 は 、 タカシ に 仕返し する こと だけ だった から 何も 言わ なかった の 」
「 梨 山 は 、 奥さん を 殺した こと を 認めた よ 」
と 、 国友 は 言った 。
「 でも 、 あなた 、 あの 晩 、 大学 に いた じゃ ない の 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 あの ガードマン さん に 、 睡眠 薬 を 飲ま せる の が 仕事 だった の 。
私 が 行けば 、 彼 も 怪しま ない わ 」
「 じゃ 、 お茶 でも 飲んで ?
「 そう 、 彼 の お茶 に 薬 を 入れた わ 。
── その後 、 どう する つもりだった の か は 知ら ない 」
「 あの 後 、 私 を 狙った の は 、 どうして ?
と 、 綾子 が 訊 いた 。
「 私 は ね 、 もう 一 つ 、 父 の アリバイ を 証言 する はずだった の 」
と 、 和子 は 言った 。
「 もちろん 、 一 人 で いた 、 と 言って 、 通れば いい けど 、 もし 疑わ れる ように なったら 、 実は 、 学生 の 一 人 とい ました 、 って こと に なる はずだった の よ 。 それ なら 、 隠して いた の も 納得 して もらえる でしょ 」
「 ああ 、 ところが 、 お 姉さん に 見 られちゃ った わけだ 」
と 、 夕 里子 は 肯 いた 。
「 そう 。
それ を 聞いて 、 私 、 急いで 父 に 知らせ に 行った の 。 ところが 父 は 、 もともと 気 が 弱い し 、 しかも 、 この 刑事 さん に 、 あれこれ 訊 かれた ばかりで 、 ビクビク して いた の ね 。 だから 、 見境 も なく 、 鉄 アレイ を 持ち出して 、 あなた を ……。 失敗 する と 、 今度 は その とき に 、 顔 を 見 られた ような 気 が する 、 と いって 、 また つけ狙った の よ 」
「 でも 、 むだだった わ 」
「 そう ね 。
── あなた たち 姉妹 って 、 きっと 幸運の 女神 が ついて る んじゃ ない ? 「 人 に 憎ま れる ような こと を し ない から よ 」
と 、 綾子 が 力強く 言った 。
「 でも ── 残念だ わ 。 子 猫 の かたき を 取り たかった のに ! 「 だけど ……」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 なぜ 、 梨 山 先生 は 奥さん を 殺した の ? 理由 が ある はずだ わ 」
「 そりゃ 、 決 って る じゃ ない 」
と 、 和子 は 言った 。
「 あそこ に 立って る 人 の ため よ 」
みんな 、 和子 の 指さす 方 を 振り向いた 。
水口 恭子 が 、 静かに 立って いた 。
「 父 に 、 あんな こと 計画 する 度胸 、 ない わ 」
と 、 和子 は 言った 。
「 妻 は 財産 家 で 、 それ も 失い たく なかった 。 ── 水口 さん は 、 父 を 思い通りに 操って いた んだ わ 」
そう か 、 と 夕 里子 は 肯 いた 。
黒木 が 死んだ とき 、 水口 恭子 は 、 外 に 出て いた 。
太田 が あわてて 飛び出して 来る の を 目 に 止め 、 梨 山 に 話した の に 違いない 。
これ こそ 、 絶好 の チャンス だ 、 と 。
「── 何の お 話 かしら 」
水口 恭子 は 、 ゆっくり と 歩いて 来た 。
「 父 は 捕まった の よ 。
あなた も 諦め なさい 」
「 私 は 何も 知ら なかった わ 。
── 関係 が あった こと は 認める けど 」
「 噓 つき !
と 、 和子 が 吐き出す ように 言った 。
水口 恭子 は 、 冷ややかに 、 和子 を 見下ろして 、
「 梨 山 先生 は 、 一 人 で やった と 話して る んでしょ ?
私 が 共犯 だ と いう 証拠 でも あって ? と 言った 。
「── 刑事 さん 」
「 何 だ ね ?
「 ここ 、 この後 、 演劇 部 が 使う んです 。
早く あけて いただけ ませ ん ? 国友 は 、 ゆっくり 肯 いた 。
「 分 った 。
すぐに あける よ 」
「 よろしく 」
水口 恭子 は 一礼 して 、 静かに 歩み 去った 。
「 どうして ?
夕 里子 が 訊 いた 。
── 二 人 は 、 芝生 に 腰 を おろして いる 。 そろそろ 黄昏 時 で 、 文化 祭 の 一 日 目 も 終ろう と して いた 。
「 僕 が 神山 田 タカシ を ここ へ 招 んだ りし なきゃ 、 何も ──」
「 黙って 」
と 、 夕 里子 は 遮った 。
「 それ を 言い出したら 、 きり が ない わ 。 珠美 が あなた に 頼ま なきゃ 良かった んだ し 、 そもそも 、 お 姉さん が 幹事 を 引き受け なきゃ 良かった んだ もの 」
「 そう だ な 」
と 、 国友 は 、 ちょっと 笑った 。
「 でも 、 太田 さん が 助かった し 、 疑い も 晴れて 、 神山 田 タカシ は しばらく 入院 。
いい バランス じゃ ない ? 「 それ に 、 猫 も 助かった 」
と 、 国友 が 言った 。
「 あの 爆弾 を 仕掛けた の は 、 梨 山 な んでしょう ?
国友 は 肯 いて 、
「 作った の も 自分 だ と 言って た が 、 怪しい な 。
水口 恭子 が 作った んじゃ ない か と 思う んだ が 」
「 あの 先生 、 無器用 そうだ もの ね 」
と 夕 里子 は 微笑んだ 。
「 きっと 、 あの 本 も 水口 恭子 から 預 って 、 図書 館 に 返す つもり で 忘れて た の よ 。