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野分 夏目漱石, 「六」 野分 夏目漱石

「六 」 野 分 夏目 漱石

「 私 は 高柳 周作 と 申す も ので ……」 と 丁寧に 頭 を 下げた 。 高柳 君 が 丁寧に 頭 を 下げた 事 は 今 まで 何度 も ある 。 しかし この 時 の ように 快 よく 頭 を 下げた 事 は ない 。 教授 の 家 を 訪問 して も 、 翻訳 を 頼ま れる 人 に 面会 して も 、 その他 の 先輩 に 対して も 皆 丁寧に 頭 を さげる 。 せんだって 中野 の おやじ に 紹介 さ れた 時 など は いよいよ もって 丁寧に 頭 を さげ た 。 しかし 頭 を 下げる うち に いつでも 圧迫 を 感じて いる 。 位 地 、 年輩 、 服装 、 住居 が 睥睨 して 、 頭 を 下げ ぬ か 、 下げ ぬ か と 催促 されて や む を 得 ず 頓首 する のである 。 道也 先生 に 対して は 全く 趣 が 違う 。 先生 の 服装 は 中野 君 の 説明 した ごとく 、 自分 と 伯仲 の 間 に ある 。 先生 の 書斎 は 座敷 を かねる 点 に おいて 自分 の 室 と 同様である 。 先生 の 机 は 白木 なる の 点 に おいて 、 丸裸 なる の 点 に おいて 、 また もっとも 無 趣味 に 四角張った る 点 に おいて 自分 の 机 と 同様である 。 先生 の 顔 は 蒼 い 点 に おいて 瘠せた 点 に おいて 自分 と 同様である 。 すべて これら の 諸 点 に おいて 、 先生 と 弟 たり がたく 兄 たり がたき 間柄 に あり ながら 、 しかも 丁寧に 頭 を 下げる の は 、 逼 まられて 仕方 なし に 下げる ので は ない 。 仕方 ある に も かかわら ず 、 こっち の 好意 を もって 下げる のである 。 同類 に 対する 愛 憐 の 念 より 生ずる 真 正 の 御辞儀 である 。 世間 に 対する 御辞儀 は この 野郎 が と 心中 に 思い ながら も 、 公然 に は 反比例 に 丁寧 を 極め たる 虚偽 の 御辞儀 で あります と 断わりたい くらい に 思って 、 高柳 君 は 頭 を 下げた 。 道也 先生 は それ と 覚った か どう か 知ら ぬ 。 「 ああ 、 そう です か 、 私 が 白井 道也 で ……」 と つくろった 景色 も なく 云 う 。 高柳 君 に は この 挨拶 振り が 気 に 入った 。 両人 は しばらく の 間 黙って 控えて いる 。 道也 は 相手 の 来 意 が わから ぬ から 、 先方 の 切り出す の を 待つ の が 当然 と 考える 。 高柳 君 は 昔 し の 関係 を 残り なく 打ち 開けて 、 一刻 も 早く 同類 相 憐 む の 間柄 に なりたい 。 しかし あまり 突然である から 、 ちょっと 言い出し かねる 。 のみ なら ず 、 一昔 し 前 の 事 と は 申し ながら 、 自分 達 が いじめて 追い出した 先生 が 、 その ため に かく 零 落した ので は ある まい か と 思う と 、 何となく 気 が ひけて 云 い 切れ ない 。 高柳 君 は こんな ところ に なる と すこぶる 勇気 に 乏しい 。 謝罪 かたがた 尋ね は した が 、 いよいよ と 云 う 段 に なる と 少々 怖くて 罪 滅 し が 出来 かねる 。 心 に いろいろな 冒頭 を 作って 見た が 、 どれ も これ も きまり が わるい 。 「 だんだん 寒く なります ね 」 と 道也 先生 は 、 こっち の 了 簡 を 知ら ない から 、 超然 たる 時候 の 挨拶 を する 。 「 ええ 、 だいぶ 寒く なった ようで ……」 高柳 君 の 脳 中 の 冒頭 は これ で まるで 打ち 壊されて しまった 。 いっその事 自白 は この 次に しよう と いう 気 に なる 。 しかし 何だか 話して 行きたい 気 が する 。 「 先生 御 忙 が しい です か ……」 「 ええ 、 なかなか 忙 が しいん で 弱ります 。 貧乏 閑 なし で 」 高柳 君 は やり損なった と 思う 。 再び 出直さ ねば なら ん 。 「 少し 御 話 を 承りたい と 思って 上がった んです が ……」 「 は あ 、 何 か 雑誌 へ でも 御 載せ に なる んです か 」 あて は また はずれる 。 おれ の 態度 が どうしても 向 に は 酌み 取れ ない と 見える と 青年 は 心中 少し く 残念に 思った 。 「 いえ 、 そう じゃ ない ので ―― ただ ―― ただっちゃ 失礼です が 。 ―― 御邪魔 なら また 上がって も よろしゅう ございます が ……」 「 いえ 邪魔じゃ ありません 。 談話 と 云 う から ちょっと 聞いて 見た のです 。 ―― わたし の うち へ 話 なんか 聞き に くる もの は ありません よ 」 「 いいえ 」 と 青年 は 妙な 言葉 を もって 先生 の 辞 を 否定 した 。 「 あなた は 何の 学問 を なさる です か 」 「 文学 の 方 を ―― 今年 大学 を 出た ばかりです 」 「 は あ そうです か 。 では これ から 何 か お やり に なる んです ね 」 「 やれれば 、 やりたい のです が 、 暇 が なくって ……」 「 暇 は ないで す ね 。 わたし など も 暇 が なくって 困って います 。 しかし 暇 は かえって ない 方 が いい かも 知れ ない 。 何 です ね 。 暇 の ある もの は だいぶ いる ようだ が 、 余り 誰 も 何も やって いない ようじゃ ありません か 」 「 それ は 人 に 依り は しません か 」 と 高柳 君 は おれ が 暇 さえ あれば と 云 う ところ を 暗に ほのめかした 。 「 人 に も 依る でしょう 。 しかし 今 の 金持ち と 云 う もの は ……」 と 道也 は 句 を 半分 で 切って 、 机 の 上 を 見た 。 机 の 上 に は 二 寸 ほど の 厚 さ の 原稿 が のって いる 。 障子 に は 洗濯 した 足袋 の 影 が さす 。 「 金持ち は 駄目です 。 金 が なくって 困って る もの が ……」 「 金 が なくって 困って る もの は 、 困り なり に やれば いい のです 」 と 道也 先生 困って る 癖 に 太平な 事 を 云 う 。 高柳 君 は 少々 不満である 。 「 しかし 衣食 の ため に 勢力 を とられて しまって ……」 「 それ で いい のです よ 。 勢力 を とられて しまったら 、 ほか に 何にも し ないで 構わ ない のです 」 青年 は 唖然と して 、 道也 を 見た 。 道也 は 孔子 様 の ように 真面目である 。 馬鹿に されて る んじゃ たまらない と 高柳 君 は 思う 。 高柳 君 は 大抵 の 事 を 馬鹿に さ れた ように 聞き取る 男 である 。 「 先生 なら いい かも 知れません 」 と つる つる と 口 を 滑ら して 、 はっと 言い 過ぎた と 下 を 向いた 。 道也 は 何とも 思わ ない 。 「 わたし は 無論 いい 。 あなた だって 好 い です よ 」 と 相手 まで も 平気に 捲 き込もう と する 。 「 なぜ です か 」 と 二三 歩 逃げて 、 振り向き ながら 佇む 狐 の ように 探り を 入れた 。 「 だって 、 あなた は 文学 を やった と 云 われた じゃ ありません か 。 そう です か 」 「 ええ やりました 」 と 力 を 入れる 。 すべて 他の 点 に 関して は 断 乎 たる 返事 を する 資格 の ない 高柳 君 は 自己 の 本領 に おいて は 何 人 の 前 に 出て も ひるま ぬ つもりである 。 「 それ なら いい 訳 だ 。 それ なら それ で いい 訳 だ 」 と 道也 先生 は 繰り返して 云った 。 高柳 君 に は 何の 事か 少しも 分 ら ない 。 また 、 なぜ です と 突き 込む の も 、 何だか 伏兵 に 罹 る 気持 が して 厭 である 。 ちょっと 手 の つけよう が ない ので 、 黙って 相手 の 顔 を 見た 。 顔 を 見て いる うち に 、 先方 で どう か 解決 して くれる だろう と 、 暗に 催促 の 意 を 籠 め て 見た のである 。 「 分 りました か 」 と 道也 先生 が 云 う 。 顔 を 見た の は やっぱり 何の 役 に も 立た なかった 。 「 どうも 」 と 折れ ざる を 得 ない 。 「 だって そうじゃ ありません か 。 ―― 文学 は ほか の 学問 と は 違う のです 」 と 道也 先生 は 凛 然 と 云 い 放った 。 「 は あ 」 と 高柳 君 は 覚え ず 応答 を した 。 「 ほか の 学問 は です ね 。 その 学問 や 、 その 学問 の 研究 を 阻害 する もの が 敵 である 。 たとえば 貧 と か 、 多忙 と か 、 圧迫 と か 、 不幸 と か 、 悲酸 な 事情 と か 、 不和 と か 、 喧嘩 と か です ね 。 これ が ある と 学問 が 出来 ない 。 だから なるべく これ を 避けて 時 と 心 の 余裕 を 得よう と する 。 文学 者 も 今 まで は やはり そう 云 う 了 簡 で いた のです 。 そう 云 う 了 簡 どころ で は ない 。 あらゆる 学問 の うち で 、 文学 者 が 一 番 呑気 な 閑日 月 が なくて は なら ん ように 思われて いた 。 おかしい の は 当人 自身 まで が その 気 で いた 。 しかし それ は 間違 です 。 文学 は 人生 そのもの である 。 苦痛 に あれ 、 困窮 に あれ 、 窮 愁 に あれ 、 凡そ 人生 の 行 路 に あたる もの は すなわち 文学 で 、 それ ら を 甞 め 得た もの が 文学 者 である 。 文学 者 と 云 うの は 原稿 紙 を 前 に 置いて 、 熟語 字典 を 参考 して 、 首 を ひねって いる ような 閑人 じゃ ありません 。 円熟 して 深 厚 な 趣味 を 体して 、 人間 の 万事 を 臆 面 なく 取り 捌 いたり 、 感得 したり する 普通 以上 の 吾々 を 指す のであります 。 その 取り 捌 き 方 や 感得 し 具合 を 紙 に 写した の が 文学 書 に なる のです 、 だから 書物 は 読ま ない でも 実際 その 事 に あたれば 立派な 文学 者 です 。 したがって ほか の 学問 が でき 得る 限り 研究 を 妨害 する 事物 を 避けて 、 しだいに 人 世に 遠 かる に 引き 易 えて 文学 者 は 進んで この 障害 の なか に 飛び込む のであります 」 「 なるほど 」 と 高柳 君 は 妙な 顔 を して 云った 。 「 あなた は 、 そう は 考えません か 」 そう 考える に も 、 考えぬ に も 生れて 始めて 聞いた 説 である 。 批評 的 の 返事 が 出る とき は 大抵 用意 の ある 場合 に 限る 。 不意 撃 に 応ずる 事 が 出来れば 不意 撃 で は ない 。 「 ふうん 」 と 云って 高柳 君 は 首 を 低 れた 。 文学 は 自己 の 本領 である 。 自己 の 本領 に ついて 、 他人 が 答弁 さえ 出来 ぬ ほど の 説 を 吐く ならば その 本領 は あまり 鞏固 な もの で は ない 。 道也 先生 さえ 、 こんな 見 すぼ らしい 家 に 住んで 、 こんな 、 きたな らしい 着物 を きて いる ならば 、 おれ は 当然 二十 円 五十 銭 の 月給 で 沢山だ と 思った 。 何だか 急に 広い 世界 へ 引き出さ れた ような 感じ が する 。 「 先生 は だいぶ 御 忙しい ようです が ……」 「 ええ 。 進んで 忙しい 中 へ 飛び込んで 、 人 から 見る と 酔 興 な 苦労 を します 。 ハハハハ 」 と 笑う 。 これ なら 苦労 が 苦労に たた ない 。 「 失礼 ながら 今 は どんな 事 を やって おいで で ……」 「 今 です か 、 ええ いろいろな 事 を やります よ 。 飯 を 食う 方 と 本領 の 方 と 両方 やろう と する から なかなか 骨 が 折れます 。 近頃 は 頼まれて よく 方々 へ 談話 の 筆記 に 行きます が ね 」 「 随分 御 面倒でしょう 」 「 面倒 と 云 いや 、 面倒です が ね 。 そう 面倒 と 云 う より むしろ 馬鹿 気 ています 。 まあ いい加減に 書いて は 来ます が 」 「 なかなか 面白い 事 を 云 うの が おりましょう 」 と 暗に 中野 春 台 の 事 を 釣り 出そう と する 。 「 面白い の 何のって 、 この 間 は うま 、 うま の 講釈 を 聞か さ れました 」 「 うま 、 うま です か ? 」 「 ええ 、 あの 小 供 が 食物 の 事 を うまう まと 云 いましょう 。 あれ の 来歴 です ね 。 その 人 の 説 に よる と 小 供 が 舌 が 回り 出して から 一 番 早く 出る 発音 が うまう ま だ そうです 。 それ で その 時分 は 何 を 見て もう ま うま 、 何 を 見 なくって も うまう まだ から つまり は 何にも つけ なくて も いい のだ そう だ が 、 そこ が 小 供 に 取って 一 番 大切な もの は 食物 だ から 、 とうとう 食物 の 方 で 、 うま うま を 専有 して しまった のだ そうです 。 そこ で 大人 も その 癖 が のこって 、 美味な もの を うまい と 云 う ように なった 。 だから 人生 の 煩 悶 は 要するに 元 へ 還って うま うま の 二 字 に 帰着 する と 云 う のです 。 何だか 寄席 へ でも 行った ようじゃ ない です か 」 「 馬鹿に して います ね 」 「 ええ 、 大抵 は 馬鹿に さ れ に 行く んです よ 」 「 しかし そんな つまらない 事 を 云 うって 失敬です ね 」 「 なに 、 失敬 だって いい で さあ 、 どうせ 、 分 ら ない んだ から 。 そう か と 思う と ね 。 非常に 真面目だ けれども なかなか 突飛な の が あって ね 。 この 間 は 猛烈な 恋愛 論 を 聞か さ れました 。 もっとも 若い 人 です が ね 」 「 中野 じゃ ありません か 」 「 君 、 知ってます か 。 ありゃ 熱心な もの だった 」 「 私 の 同級 生 です 」 「 ああ 、 そう です か 。 中野 春 台 と か 云 う 人 です ね 。 よっぽど 暇 が ある んでしょう 。 あんな 事 を 真面目に 考えて いる くらい だ から 」 「 金持ち です 」 「 うん 立派な 家 に います ね 。 君 は あの 男 と 親密な のです か 」 「 ええ 、 もと は ごく 親密でした 。 しかし どうも いかんです 。 近頃 は ―― 何だか ―― 未来 の 細 君 か 何 か 出来た んで 、 あんまり 交際 して くれ ない のです 」 「 いい でしょう 。 交際 し なくって も 。 損に も なり そう も ない 。 ハハハハハ 」 「 何だか しか し 、 こう 、 一 人 坊っち の ような 気 が して 淋しくって いけません 」 「 一 人 坊っち で 、 いい で さあ 」 と 道也 先生 また いい で さあ を 担ぎ出した 。 高柳 君 は もう 「 先生 なら いい でしょう 」 と 突き 込む 勇気 が 出 なかった 。 「 昔 から 何 か しよう と 思えば 大概 は 一 人 坊っち に なる もの です 。 そんな 一 人 の 友達 を たより に する ようじゃ 何も 出来ません 。 ことに よる と 親類 と も 仲違 に なる 事 が 出来て 来ます 。 妻 に まで 馬鹿に さ れる 事 が あります 。 しまい に 下 女 まで からかいます 」 「 私 は そんなに なったら 、 不愉快で 生きて いられ ない だろう と 思います 」 「 それ じゃ 、 文学 者 に は なれ ないで す 」 高柳 君 は だまって 下 を 向いた 。 「 わたし も 、 あなた ぐらい の 時 に は 、 ここ まで と は 考えて い なかった 。 しかし 世の中 の 事実 は 実際 ここ まで やって 来る んです 。 うそ じゃ ない 。 苦しんだ の は 耶蘇 ( ヤソ ) や 孔子 ばかり で 、 吾々 文学 者 は その 苦しんだ 耶蘇 や 孔子 を 筆 の 先 で ほめて 、 自分 だけ は 呑気 に 暮して 行けば いい のだ など と 考えて る の は 偽 文学 者 です よ 。 そんな もの は 耶蘇 や 孔子 を ほめる 権利 は ない のです 」 高柳 君 は 今 こそ 苦しい が 、 もう 少し 立てば 喬木 に うつる 時節 が ある だろう と 、 苦しい うち に 絹糸 ほど な 細い 望み を 繋いで いた 。 その 絹糸 が 半分 ばかり 切れて 、 暗い 谷 から 上 へ 出る たより は 、 生きて いる うち は 容易に 来 そうに 思わ れ なく なった 。 「 高柳 さん 」 「 はい 」 「 世の中 は 苦しい もの です よ 」 「 苦しい です 」 「 知ってます か 」 と 道也 先生 は 淋し 気 に 笑った 。 「 知って る つもりです けれど 、 いつまでも こう 苦しくっちゃ ……」 「 やり 切れません か 。 あなた は 御 両親 が 御 在りか 」 「 母 だけ 田舎 に います 」 「 おっか さん だけ ? 」 「 ええ 」 「 御 母さん だけ でも あれば 結構だ 」 「 なかなか 結構で ない です 。 ―― 早く どうかして やら ない と 、 もう 年 を 取って います から 。 私 が 卒業 したら 、 どう か 出来る だろう と 思って た のです が ……」 「 さよう 、 近頃 の ように 卒業 生 が 殖 えちゃ 、 ちょっと 、 口 を 得る の が 困難です ね 。 ―― どう です 、 田舎 の 学校 へ 行く 気 は ない です か 」 「 時々 は 田舎 へ 行こう と も 思う んです が ……」 「 また いやに なる か ね 。 ―― そう さ 、 あまり 勧められ も し ない 。 私 も 田舎 の 学校 は だいぶ 経験 が ある が 」 「 先生 は ……」 と 言い かけた が 、 また 昔 の 事 を 云 い 出し にくく なった 。 「 ええ ? 」 と 道也 は 何も 知ら ぬ 気 である 。 「 先生 は ―― あの ―― 江 湖 雑誌 を 御 編 輯 に なる と 云 う 事 です が 、 本当に そう な んで 」 「 ええ 、 この 間 から 引き受けて やって います 」 「 今月 の 論説 に 解脱 と 拘泥 と 云 うの が ありました が 、 あの 憂世 子 と 云 うの は ……」 「 あれ は 、 わたし です 。 読みました か 」 「 ええ 、 大変 面白く 拝見 しました 。 そう 申しちゃ 失礼です が 、 あれ は 私 の 云 いたい 事 を 五六 段 高く して 、 表出 した ような もの で 、 利益 を 享 けた 上 に 痛快に 感じました 」 「 それ は ありがたい 。 それ じゃ 君 は 僕 の 知己 です ね 。 恐らく 天下 唯一 の 知己 かも 知れ ない 。 ハハハハ 」 「 そんな 事 は ない でしょう 」 と 高柳 君 は やや 真面目に 云った 。 「 そう です か 、 それ じゃ なお 結構だ 。 しかし 今 まで 僕 の 文章 を 見て ほめて くれた もの は 一 人 も ない 。 君 だけ です よ 」 「 これ から 皆 んな 賞 め る つもりです 」 「 ハハハハ そう 云 う 人 が せめて 百 人 も いて くれる と 、 わたし も 本望 だ が ―― 随分 頓珍 漢 な 事 が あります よ 。 この 間 なんか 妙な 男 が 尋ねて 来て ね 。 ……」 「 何 です か 」 「 なあ に 商人 です が ね 。 どこ から 聞いて 来た か 、 わたし に 、 あなた は 雑誌 を やって おいで だ そうだ が 文章 を 御 書き なさる だろう と 云 う のです 」 「 へえ 」 「 書く 事 は 書く と まあ 云った んです 。 すると ね その 男 が どうぞ 一 つ 、 眼 薬 の 広告 を かいて もらいたい と 云 うん です 」 「 馬鹿な 奴 です ね 」 「 その代り 雑誌 へ 眼 薬 の 広告 を 出す から 是非 一 つ 願いたいって ―― 何でも 点 明 水 と か 云 う 名 です が ね ……」 「 妙な 名 を つけて ――。 御 書き に なった んです か 」 「 いえ 、 とうとう 断わりました が ね 。 それ で まだ おかしい 事 が ある のです よ 。 その 薬屋 で 売出 し の 日 に 大きな 風船 を 揚げる んだ と 云 う のです 」 「 御 祝い の ため です か 」 「 いえ 、 やはり 広告 の ため に 。 ところが 風船 は 声 も 出さ ず に 高い 空 を 飛んで いる のだ から 、 仰向けば 誰 に でも 見える が 、 仰向か せ なくっちゃ いけない でしょう 」 「 へえ 、 なるほど 」 「 それ で わたし に その 、 仰向か せ の 役 を やって くれって 云 う のです 」 「 どう する のです 」 「 何 、 往来 を あるいて いて も 、 電車 へ 乗って いて も いい から 、 風船 を 見たら 、 おや 風船 だ 風船 だ 、 何でも ありゃ 点 明 水 の 広告 に 違いないって 何遍 も 何遍 も 云 う のだ そうです 」 「 ハハハ 随分 思い切って 人 を 馬鹿に した 依頼 です ね 」 「 おかしく も あり 馬鹿馬鹿しく も ある が 、 何も それ だけ の 事 を する に は わたし で なくて も よかろう 。 車 引 でも 雇えば 訳ない じゃ ない か と 聞いて 見た のです 。 すると その 男 が ね 。 いえ 、 車 引 な ん ぞ ばかり で は 信用 が な くって いけません 。 やっぱり 髭 でも 生やして もっともらしい 顔 を した 人 に 頼ま ない と 、 人 が だまさ れません から と 云 う のです 」 「 実に 失敬な 奴 です ね 。 全体 何物 でしょう 」 「 何物って やはり 普通の 人間 です よ 。 世の中 を だます ため に 人 を 雇い に 来た のです 。 呑気 な も の さ ハハハハ 」 「 どうも 驚 ろ いち まう 。 私 なら 撲 ぐって やる 」 「 そんな の を 撲った 日 に ゃ 片っ端から 撲 ら なくっちゃ あ なら ない 。 君 そう 怒る が 、 今 の 世の中 は そんな 男 ばかり で 出来て る んです よ 」 高柳 君 は まさか と 思った 。 障子 に さした 足袋 の 影 は いつしか 消えて 、 開け放った 一 枚 の 間 から 、 靴 刷 毛 の 端 が 見える 。 椽 は 泥 だらけ である 。 手 の 平 ほど な 庭 の 隅 に 一 株 の 菊 が 、 清らかに 先生 の 貧 を 照らして いる 。 自然 を どうでも いい と 思って いる 高柳 君 も この 菊 だけ は 美 くし い と 感じた 。 杉 垣 の 遥か 向 に 大きな 柿 の 木 が 見えて 、 空 の なか へ 五 分 珠 の 珊瑚 を かためて 嵌め込んだ ように 奇麗に 赤く 映る 。 鳴子 の 音 が して 烏 が ぱっと 飛んだ 。 「 閑静な 御 住居 です ね 」 「 ええ 。 蛸 寺 の 和尚 が 烏 を 追って いる んです 。 毎日 が らん がらん 云 わして 、 烏 ばかり 追って いる 。 ああ 云 う 生涯 も 閑静で いい な 」 「 大変 たくさん 柿 が 生って います ね 」 「 渋 柿 です よ 。 あの 和尚 は 何 が 惜しくて 、 ああ 渋 柿 の 番 ばかり する の か な 。 ―― 君 妙な 咳 を 時々 する が 、 身体 は 丈夫です か 。 だいぶ 瘠せて る ようじゃ ありません か 。 そう 瘠せて ちゃ いか ん 。 身体 が 資本 だ から 」 「 しかし 先生 だって 随分 瘠せて いらっしゃる じゃ ありません か 」 「 わたし ? わたし は 瘠せて いる 。 瘠せて は いる が 大丈夫 」

「六 」 野 分 夏目 漱石 むっ|の|ぶん|なつめ|そうせき Roku" Nobe Natsume Soseki

「 私 は 高柳 周作 と 申す も ので ……」 と 丁寧に 頭 を 下げた 。 わたくし||たかやなぎ|しゅうさく||もうす||||ていねいに|あたま||さげた My name is Shusaku Takayanagi and I am located at ....... He bowed politely. 高柳 君 が 丁寧に 頭 を 下げた 事 は 今 まで 何度 も ある 。 たかやなぎ|きみ||ていねいに|あたま||さげた|こと||いま||なんど|| Takayanagi has bowed politely on many occasions. しかし この 時 の ように 快 よく 頭 を 下げた 事 は ない 。 ||じ|||こころよ||あたま||さげた|こと|| But I have never bowed so willingly as I did on this occasion. 教授 の 家 を 訪問 して も 、 翻訳 を 頼ま れる 人 に 面会 して も 、 その他 の 先輩 に 対して も 皆 丁寧に 頭 を さげる 。 きょうじゅ||いえ||ほうもん|||ほんやく||たのま||じん||めんかい|||そのほか||せんぱい||たいして||みな|ていねいに|あたま|| Whenever I visit a professor's home, meet a translator, or talk to another senior student, everyone is polite and respectful. せんだって 中野 の おやじ に 紹介 さ れた 時 など は いよいよ もって 丁寧に 頭 を さげ た 。 |なかの||||しょうかい|||じ|||||ていねいに|あたま||| When he was introduced to Nakano's father, he bowed to him with great politeness. しかし 頭 を 下げる うち に いつでも 圧迫 を 感じて いる 。 |あたま||さげる||||あっぱく||かんじて| But as we lower our heads, we always feel the pressure. 位 地 、 年輩 、 服装 、 住居 が 睥睨 して 、 頭 を 下げ ぬ か 、 下げ ぬ か と 催促 されて や む を 得 ず 頓首 する のである 。 くらい|ち|ねんぱい|ふくそう|じゅうきょ||へいげい||あたま||さげ|||さげ||||さいそく|さ れて||||とく||とんくび|| They would glare at you from their position, age, clothing, and residence, urging you to lower your head or not and forcing you to abdicate. 道也 先生 に 対して は 全く 趣 が 違う 。 みちや|せんせい||たいして||まったく|おもむき||ちがう The situation with Mr. Michiya is completely different. 先生 の 服装 は 中野 君 の 説明 した ごとく 、 自分 と 伯仲 の 間 に ある 。 せんせい||ふくそう||なかの|きみ||せつめい|||じぶん||はくちゅう||あいだ|| As Nakano described, the teacher's attire is in the same league as yours. 先生 の 書斎 は 座敷 を かねる 点 に おいて 自分 の 室 と 同様である 。 せんせい||しょさい||ざしき|||てん|||じぶん||しつ||どうようである His study is similar to his own room in that it contains a sitting room. 先生 の 机 は 白木 なる の 点 に おいて 、 丸裸 なる の 点 に おいて 、 また もっとも 無 趣味 に 四角張った る 点 に おいて 自分 の 机 と 同様である 。 せんせい||つくえ||しらき|||てん|||まるはだか|||てん|||||む|しゅみ||しかくばった||てん|||じぶん||つくえ||どうようである Your teacher's desk is similar to your own in that it is white wood, naked, and square in the most hobbyless way. 先生 の 顔 は 蒼 い 点 に おいて 瘠せた 点 に おいて 自分 と 同様である 。 せんせい||かお||あお||てん|||やせた|てん|||じぶん||どうようである The teacher's face is similar to my own, in that it is blue and barren. すべて これら の 諸 点 に おいて 、 先生 と 弟 たり がたく 兄 たり がたき 間柄 に あり ながら 、 しかも 丁寧に 頭 を 下げる の は 、 逼 まられて 仕方 なし に 下げる ので は ない 。 |これ ら||しょ|てん|||せんせい||おとうと|||あに|||あいだがら|||||ていねいに|あたま||さげる|||ひつ|ま られて|しかた|||さげる||| In all of these respects, the fact that the teacher and the younger brother or brotherly cagemate, and yet bow politely to each other, does not mean that they were forced to do so. 仕方 ある に も かかわら ず 、 こっち の 好意 を もって 下げる のである 。 しかた||||||||こうい|||さげる| Despite the fact that we have no choice but to do so, we are doing them a favor and lowering the price. 同類 に 対する 愛 憐 の 念 より 生ずる 真 正 の 御辞儀 である 。 どうるい||たいする|あい|れん||ねん||しょうずる|まこと|せい||おじぎ| It is a true bow, born of compassion for one's fellow man. 世間 に 対する 御辞儀 は この 野郎 が と 心中 に 思い ながら も 、 公然 に は 反比例 に 丁寧 を 極め たる 虚偽 の 御辞儀 で あります と 断わりたい くらい に 思って 、 高柳 君 は 頭 を 下げた 。 せけん||たいする|おじぎ|||やろう|||しんじゅう||おもい|||こうぜん|||はんぴれい||ていねい||きわめ||きょぎ||おじぎ||あり ます||ことわり たい|||おもって|たかやなぎ|きみ||あたま||さげた Takayanagi bowed his head, thinking to himself that he was bowing to the world, but wishing he could publicly state that it was an extremely polite and false bow in contradistinction to the others. 道也 先生 は それ と 覚った か どう か 知ら ぬ 。 みちや|せんせい||||あきら った||||しら| I don't know whether or not Michiya sensei learned that. 「 ああ 、 そう です か 、 私 が 白井 道也 で ……」 と つくろった 景色 も なく 云 う 。 ||||わたくし||しらい|みちや||||けしき|||うん| "Oh, is that right? I'm Michiya Shirai and this is ......." I was so excited that I could not help but think that I was in the middle of the world. 高柳 君 に は この 挨拶 振り が 気 に 入った 。 たかやなぎ|きみ||||あいさつ|ふり||き||はいった Takayanagi liked this gesture of greeting. 両人 は しばらく の 間 黙って 控えて いる 。 りょうにん||||あいだ|だまって|ひかえて| Both men remain silent for a while. 道也 は 相手 の 来 意 が わから ぬ から 、 先方 の 切り出す の を 待つ の が 当然 と 考える 。 みちや||あいて||らい|い|||||せんぽう||きりだす|||まつ|||とうぜん||かんがえる Since Michiya did not know the other party's intention, he thought it was natural to wait for the other party to make an offer. 高柳 君 は 昔 し の 関係 を 残り なく 打ち 開けて 、 一刻 も 早く 同類 相 憐 む の 間柄 に なりたい 。 たかやなぎ|きみ||むかし|||かんけい||のこり||うち|あけて|いっこく||はやく|どうるい|そう|れん|||あいだがら||なり たい Takayanagi wants to open up the old relationship and become a kindred spirit as soon as possible. しかし あまり 突然である から 、 ちょっと 言い出し かねる 。 ||とつぜんである|||いいだし| But since it is so sudden, I am a little hesitant to start. のみ なら ず 、 一昔 し 前 の 事 と は 申し ながら 、 自分 達 が いじめて 追い出した 先生 が 、 その ため に かく 零 落した ので は ある まい か と 思う と 、 何となく 気 が ひけて 云 い 切れ ない 。 |||ひとむかし||ぜん||こと|||もうし||じぶん|さとる|||おいだした|せんせい||||||ぜろ|おとした|||||||おもう||なんとなく|き|||うん||きれ| I can't help but wonder if the teachers we bullied and kicked out of the classroom may have lost their jobs because of it. 高柳 君 は こんな ところ に なる と すこぶる 勇気 に 乏しい 。 たかやなぎ|きみ||||||||ゆうき||とぼしい Takayanagi has very little courage when it comes to this kind of thing. 謝罪 かたがた 尋ね は した が 、 いよいよ と 云 う 段 に なる と 少々 怖くて 罪 滅 し が 出来 かねる 。 しゃざい||たずね||||||うん||だん||||しょうしょう|こわくて|ざい|めつ|||でき| I had asked for an apology, but when the time came, I was a little too scared to make amends. 心 に いろいろな 冒頭 を 作って 見た が 、 どれ も これ も きまり が わるい 。 こころ|||ぼうとう||つくって|みた|||||||| I tried to create various beginnings in my mind, but none of them were very good. 「 だんだん 寒く なります ね 」 と 道也 先生 は 、 こっち の 了 簡 を 知ら ない から 、 超然 たる 時候 の 挨拶 を する 。 |さむく|なり ます|||みちや|せんせい||||さとる|かん||しら|||ちょうぜん||じこう||あいさつ|| "It's getting colder and colder." Michiya-sensei, not knowing my message, makes a very natural seasonal greeting. 「 ええ 、 だいぶ 寒く なった ようで ……」 高柳 君 の 脳 中 の 冒頭 は これ で まるで 打ち 壊されて しまった 。 ||さむく|||たかやなぎ|きみ||のう|なか||ぼうとう|||||うち|こわさ れて| Yeah, it's getting colder. ...... The beginning of Takayanagi's brain was almost destroyed by this. いっその事 自白 は この 次に しよう と いう 気 に なる 。 いっそのこと|じはく|||つぎに||||き|| I'm tempted to just go ahead and confess next time. しかし 何だか 話して 行きたい 気 が する 。 |なんだか|はなして|いき たい|き|| However, I feel like I want to go and talk to him. 「 先生 御 忙 が しい です か ……」 「 ええ 、 なかなか 忙 が しいん で 弱ります 。 せんせい|ご|ぼう|||||||ぼう||||よわり ます "Are you busy, doctor? ......" Yes, it's been quite busy, and I'm feeling a little vulnerable. 貧乏 閑 なし で 」 高柳 君 は やり損なった と 思う 。 びんぼう|ひま|||たかやなぎ|きみ||やりそこなった||おもう "Poor and deserted." Takayanagi, I think you have failed. 再び 出直さ ねば なら ん 。 ふたたび|でなおさ||| We have to start over again. 「 少し 御 話 を 承りたい と 思って 上がった んです が ……」 「 は あ 、 何 か 雑誌 へ でも 御 載せ に なる んです か 」 あて は また はずれる 。 すこし|ご|はなし||うけたまわり たい||おもって|あがった|||||なん||ざっし|||ご|のせ|||||||| "I came up to see if you wanted to talk to me for a minute. ......" "Oh, are you going to publish it in some magazine?" The guess is wrong again. おれ の 態度 が どうしても 向 に は 酌み 取れ ない と 見える と 青年 は 心中 少し く 残念に 思った 。 ||たいど|||むかい|||くみ|とれ|||みえる||せいねん||しんじゅう|すこし||ざんねんに|おもった The young man felt a little disappointed when he saw that my attitude seemed to be unable to accommodate his needs. 「 いえ 、 そう じゃ ない ので ―― ただ ―― ただっちゃ 失礼です が 。 ||||||ただ っちゃ|しつれいです| No, it's not like that - it's just - I don't mean to be rude. ―― 御邪魔 なら また 上がって も よろしゅう ございます が ……」 「 いえ 邪魔じゃ ありません 。 おじゃま|||あがって||||||じゃまじゃ|あり ませ ん -- If I'm interrupting, you're welcome to come up again at ......." No, I'm not in your way. 談話 と 云 う から ちょっと 聞いて 見た のです 。 だんわ||うん||||きいて|みた| I was just listening to what you had to say. ―― わたし の うち へ 話 なんか 聞き に くる もの は ありません よ 」 「 いいえ 」 と 青年 は 妙な 言葉 を もって 先生 の 辞 を 否定 した 。 ||||はなし||きき|||||あり ませ ん||||せいねん||みょうな|ことば|||せんせい||じ||ひてい| -- No one comes to my house to talk to me." No." The young man denied his teacher's statement with a strange word. 「 あなた は 何の 学問 を なさる です か 」 「 文学 の 方 を ―― 今年 大学 を 出た ばかりです 」 「 は あ そうです か 。 ||なんの|がくもん|||||ぶんがく||かた||ことし|だいがく||でた||||そう です| "What is your field of study?" "I'm a literature major, just out of college this year." "Oh, is that so? では これ から 何 か お やり に なる んです ね 」 「 やれれば 、 やりたい のです が 、 暇 が なくって ……」 「 暇 は ないで す ね 。 |||なん|||||||||やり たい|||いとま||なく って|いとま|||| So you're going to do something now, aren't you?" I wish I could, but I don't have the time. ...... I don't have time for this. わたし など も 暇 が なくって 困って います 。 |||いとま||なく って|こまって|い ます I am also having a hard time finding time for myself. しかし 暇 は かえって ない 方 が いい かも 知れ ない 。 |いとま||||かた||||しれ| However, it might be better not to have any free time at all. 何 です ね 。 なん|| What is it? 暇 の ある もの は だいぶ いる ようだ が 、 余り 誰 も 何も やって いない ようじゃ ありません か 」 「 それ は 人 に 依り は しません か 」 と 高柳 君 は おれ が 暇 さえ あれば と 云 う ところ を 暗に ほのめかした 。 いとま|||||||||あまり|だれ||なにも||||あり ませ ん||||じん||より||し ませ ん|||たかやなぎ|きみ||||いとま||||うん||||あんに| There seems to be a lot of people with time on their hands, but I don't see anyone doing much of anything. "Does it depend on the person?" Takayanagi implied that he would be happy to work with me if only I had some free time. 「 人 に も 依る でしょう 。 じん|||よる| It depends on the person. しかし 今 の 金持ち と 云 う もの は ……」 と 道也 は 句 を 半分 で 切って 、 机 の 上 を 見た 。 |いま||かねもち||うん|||||みちや||く||はんぶん||きって|つくえ||うえ||みた But today's rich people are ......" Michiya cut his sentence in half and looked at his desk. 机 の 上 に は 二 寸 ほど の 厚 さ の 原稿 が のって いる 。 つくえ||うえ|||ふた|すん|||こう|||げんこう||| On the desk is a manuscript about two inches thick. 障子 に は 洗濯 した 足袋 の 影 が さす 。 しょうじ|||せんたく||たび||かげ|| Shadows of washed tabi socks wandered on the shoji screens. 「 金持ち は 駄目です 。 かねもち||だめです Rich people are not allowed. 金 が なくって 困って る もの が ……」 「 金 が なくって 困って る もの は 、 困り なり に やれば いい のです 」 と 道也 先生 困って る 癖 に 太平な 事 を 云 う 。 きむ||なく って|こまって||||きむ||なく って|こまって||||こまり|||||||みちや|せんせい|こまって||くせ||たいへいな|こと||うん| I've got a few things I need help with: ......" "If you're in trouble because you don't have the money, you do what you have to do. Michiya-sensei, in his habit of being in trouble, says something he thinks is a bit too common. 高柳 君 は 少々 不満である 。 たかやなぎ|きみ||しょうしょう|ふまんである Mr. Takayanagi is somewhat dissatisfied. 「 しかし 衣食 の ため に 勢力 を とられて しまって ……」 「 それ で いい のです よ 。 |いしょく||||せいりょく||とら れて|||||| But they have been able to gain power for food and clothing. ...... That's all right. 勢力 を とられて しまったら 、 ほか に 何にも し ないで 構わ ない のです 」 青年 は 唖然と して 、 道也 を 見た 。 せいりょく||とら れて||||なんにも|||かまわ|||せいねん||あぜんと||みちや||みた Once you're in power, you don't have to do anything else. The young man looked at Michiya, stunned. 道也 は 孔子 様 の ように 真面目である 。 みちや||こうし|さま|||まじめである Doya is as diligent as Confucius. 馬鹿に されて る んじゃ たまらない と 高柳 君 は 思う 。 ばかに|さ れて|||||たかやなぎ|きみ||おもう Takayanagi thinks that being ridiculed is not good enough for him. 高柳 君 は 大抵 の 事 を 馬鹿に さ れた ように 聞き取る 男 である 。 たかやなぎ|きみ||たいてい||こと||ばかに||||ききとる|おとこ| Takayanagi is a man who listens to most things like a fool. 「 先生 なら いい かも 知れません 」 と つる つる と 口 を 滑ら して 、 はっと 言い 過ぎた と 下 を 向いた 。 せんせい||||しれ ませ ん|||||くち||すべら|||いい|すぎた||した||むいた "Maybe you're a good teacher." He slips a few words, then looks down, as if he's said too much. 道也 は 何とも 思わ ない 。 みちや||なんとも|おもわ| Michiya did not think anything of it. 「 わたし は 無論 いい 。 ||むろん| I am of course fine. あなた だって 好 い です よ 」 と 相手 まで も 平気に 捲 き込もう と する 。 ||よしみ|||||あいて|||へいきに|まく|きこもう|| You're okay with it." The "I" and "I" are not afraid to get involved with the other party. 「 なぜ です か 」 と 二三 歩 逃げて 、 振り向き ながら 佇む 狐 の ように 探り を 入れた 。 ||||ふみ|ふ|にげて|ふりむき||たたずむ|きつね|||さぐり||いれた "Why?" He ran away a couple of steps and turned around like a fox standing still, probing. 「 だって 、 あなた は 文学 を やった と 云 われた じゃ ありません か 。 |||ぶんがく||||うん|||あり ませ ん| I said, "Well, you did the literature, didn't you? そう です か 」 「 ええ やりました 」 と 力 を 入れる 。 ||||やり ました||ちから||いれる Is that so?" "Yes, I did." The first is to put in the effort. すべて 他の 点 に 関して は 断 乎 たる 返事 を する 資格 の ない 高柳 君 は 自己 の 本領 に おいて は 何 人 の 前 に 出て も ひるま ぬ つもりである 。 |たの|てん||かんして||だん|こ||へんじ|||しかく|||たかやなぎ|きみ||じこ||ほんりょう||||なん|じん||ぜん||でて|||| Takayanagi, who is unqualified to give a firm response on all other points, will not flinch in front of anyone in his own right. 「 それ なら いい 訳 だ 。 |||やく| That's a good reason. それ なら それ で いい 訳 だ 」 と 道也 先生 は 繰り返して 云った 。 |||||やく|||みちや|せんせい||くりかえして|うん った That's all right then. Michiya repeatedly said, "I'm not a good person. 高柳 君 に は 何の 事か 少しも 分 ら ない 。 たかやなぎ|きみ|||なんの|ことか|すこしも|ぶん|| Takayanagi, you have no idea what you are talking about. また 、 なぜ です と 突き 込む の も 、 何だか 伏兵 に 罹 る 気持 が して 厭 である 。 ||||つき|こむ|||なんだか|ふくへい||り||きもち|||いと| I am also uncomfortable with the idea of asking "Why?" because I feel like I'm foreshadowing. ちょっと 手 の つけよう が ない ので 、 黙って 相手 の 顔 を 見た 。 |て||||||だまって|あいて||かお||みた I was a little out of my depth, so I kept my mouth shut and looked at the other person's face. 顔 を 見て いる うち に 、 先方 で どう か 解決 して くれる だろう と 、 暗に 催促 の 意 を 籠 め て 見た のである 。 かお||みて||||せんぽう||||かいけつ|||||あんに|さいそく||い||かご|||みた| I was hoping that the other party would be able to solve the problem by themselves as soon as I saw their faces, and I implied that I was urging them to do so. 「 分 りました か 」 と 道也 先生 が 云 う 。 ぶん|り ました|||みちや|せんせい||うん| "Do you understand?" Michiya-sensei said. 顔 を 見た の は やっぱり 何の 役 に も 立た なかった 。 かお||みた||||なんの|やく|||たた| I knew that seeing his face would not help me. 「 どうも 」 と 折れ ざる を 得 ない 。 ||おれ|||とく| "Hi." I'm going to have to break and run. 「 だって そうじゃ ありません か 。 |そう じゃ|あり ませ ん| "Because, isn't it so? ―― 文学 は ほか の 学問 と は 違う のです 」 と 道也 先生 は 凛 然 と 云 い 放った 。 ぶんがく||||がくもん|||ちがう|||みちや|せんせい||りん|ぜん||うん||はなった -- Literature is different from other studies. Michiya-sensei said with dignity, "I'm not a teacher, I'm a teacher. 「 は あ 」 と 高柳 君 は 覚え ず 応答 を した 。 |||たかやなぎ|きみ||おぼえ||おうとう|| "Yes." Takayanagi did not remember, but responded. 「 ほか の 学問 は です ね 。 ||がくもん||| The other studies are. その 学問 や 、 その 学問 の 研究 を 阻害 する もの が 敵 である 。 |がくもん|||がくもん||けんきゅう||そがい||||てき| The enemy is the study or the thing that hinders the study of the study. たとえば 貧 と か 、 多忙 と か 、 圧迫 と か 、 不幸 と か 、 悲酸 な 事情 と か 、 不和 と か 、 喧嘩 と か です ね 。 |ひん|||たぼう|||あっぱく|||ふこう|||ひさん||じじょう|||ふわ|||けんか|||| For example, poverty, busyness, pressure, unhappiness, sadness, discord, and fights. これ が ある と 学問 が 出来 ない 。 ||||がくもん||でき| This makes it impossible to study. だから なるべく これ を 避けて 時 と 心 の 余裕 を 得よう と する 。 ||||さけて|じ||こころ||よゆう||えよう|| Therefore, I try to avoid this as much as possible to gain more time and room in my mind. 文学 者 も 今 まで は やはり そう 云 う 了 簡 で いた のです 。 ぶんがく|もの||いま|||||うん||さとる|かん||| This is exactly the kind of conclusion that the literati had been making up until now. そう 云 う 了 簡 どころ で は ない 。 |うん||さとる|かん|||| This is not as simple as it sounds. あらゆる 学問 の うち で 、 文学 者 が 一 番 呑気 な 閑日 月 が なくて は なら ん ように 思われて いた 。 |がくもん||||ぶんがく|もの||ひと|ばん|のんき||ひまにち|つき|||||||おもわ れて| Of all the disciplines, it seemed to me that the literary scholar had to have the slowest quiet month. おかしい の は 当人 自身 まで が その 気 で いた 。 |||とうにん|じしん||||き|| The funny thing is that even they themselves were willing to do so. しかし それ は 間違 です 。 |||まちが| But that is wrong. 文学 は 人生 そのもの である 。 ぶんがく||じんせい|その もの| Literature is life itself. 苦痛 に あれ 、 困窮 に あれ 、 窮 愁 に あれ 、 凡そ 人生 の 行 路 に あたる もの は すなわち 文学 で 、 それ ら を 甞 め 得た もの が 文学 者 である 。 くつう|||こんきゅう|||きゅう|しゅう|||およそ|じんせい||ぎょう|じ||||||ぶんがく|||||しょう||えた|||ぶんがく|もの| Whether it is pain, poverty, or distress, the path of life is always literature, and the one who has experienced it is the one who is a writer. 文学 者 と 云 うの は 原稿 紙 を 前 に 置いて 、 熟語 字典 を 参考 して 、 首 を ひねって いる ような 閑人 じゃ ありません 。 ぶんがく|もの||うん|||げんこう|かみ||ぜん||おいて|じゅくご|じてん||さんこう||くび|||||かんじん||あり ませ ん A literary writer is not a man of leisure who sits down with a manuscript paper in front of him, consults a lexicon of idioms, and twists and turns his head. 円熟 して 深 厚 な 趣味 を 体して 、 人間 の 万事 を 臆 面 なく 取り 捌 いたり 、 感得 したり する 普通 以上 の 吾々 を 指す のであります 。 えんじゅく||ふか|こう||しゅみ||たいして|にんげん||ばんじ||おく|おもて||とり|はち||かんとく|||ふつう|いじょう||われ々||さす|のであり ます They are those above average people who have mature and deep hobbies and can handle and understand all things human without hesitation. その 取り 捌 き 方 や 感得 し 具合 を 紙 に 写した の が 文学 書 に なる のです 、 だから 書物 は 読ま ない でも 実際 その 事 に あたれば 立派な 文学 者 です 。 |とり|はち||かた||かんとく||ぐあい||かみ||うつした|||ぶんがく|しょ|||||しょもつ||よま|||じっさい||こと|||りっぱな|ぶんがく|もの| The way you handle it, the feeling you get from it, and the way it is captured on paper is what makes a book of literature. したがって ほか の 学問 が でき 得る 限り 研究 を 妨害 する 事物 を 避けて 、 しだいに 人 世に 遠 かる に 引き 易 えて 文学 者 は 進んで この 障害 の なか に 飛び込む のであります 」 「 なるほど 」 と 高柳 君 は 妙な 顔 を して 云った 。 |||がくもん|||える|かぎり|けんきゅう||ぼうがい||じぶつ||さけて||じん|よに|とお|||ひき|やす||ぶんがく|もの||すすんで||しょうがい||||とびこむ|のであり ます|||たかやなぎ|きみ||みょうな|かお|||うん った Therefore, avoiding all obstacles to research as far as possible, and becoming more and more distant from the world, the scholar of literature willingly plunges into the midst of these obstacles. "I see." Takayanagi had a strange look on his face and said, "I'm sorry, I'm sorry. 「 あなた は 、 そう は 考えません か 」 そう 考える に も 、 考えぬ に も 生れて 始めて 聞いた 説 である 。 ||||かんがえ ませ ん|||かんがえる|||かんがえぬ|||うまれて|はじめて|きいた|せつ| "You don't think so?" This is the first time in my life that I have heard such a theory, whether I think so or not. 批評 的 の 返事 が 出る とき は 大抵 用意 の ある 場合 に 限る 。 ひひょう|てき||へんじ||でる|||たいてい|ようい|||ばあい||かぎる Critical replies are usually given only when you are prepared. 不意 撃 に 応ずる 事 が 出来れば 不意 撃 で は ない 。 ふい|う||おうずる|こと||できれば|ふい|う||| If you can respond to a surprise attack, it is not a surprise attack. 「 ふうん 」 と 云って 高柳 君 は 首 を 低 れた 。 ||うん って|たかやなぎ|きみ||くび||てい| "Phew." Takayanagi lowered his head. 文学 は 自己 の 本領 である 。 ぶんがく||じこ||ほんりょう| Literature is my domain. 自己 の 本領 に ついて 、 他人 が 答弁 さえ 出来 ぬ ほど の 説 を 吐く ならば その 本領 は あまり 鞏固 な もの で は ない 。 じこ||ほんりょう|||たにん||とうべん||でき||||せつ||はく|||ほんりょう|||きょうこ||||| If you can talk so much about your own realm that you can't even answer for it, then your realm is not very strong. 道也 先生 さえ 、 こんな 見 すぼ らしい 家 に 住んで 、 こんな 、 きたな らしい 着物 を きて いる ならば 、 おれ は 当然 二十 円 五十 銭 の 月給 で 沢山だ と 思った 。 みちや|せんせい|||み|||いえ||すんで||||きもの|||||||とうぜん|にじゅう|えん|ごじゅう|せん||げっきゅう||たくさんだ||おもった I thought that if even Mr. Michiya was living in such a shabby house and wearing such a dirty kimono, I should be paid 20.50 yen a month, which was more than enough. 何だか 急に 広い 世界 へ 引き出さ れた ような 感じ が する 。 なんだか|きゅうに|ひろい|せかい||ひきださ|||かんじ|| I feel as if I have suddenly been pulled out into a wider world. 「 先生 は だいぶ 御 忙しい ようです が ……」 「 ええ 。 せんせい|||ご|いそがしい||| I know you're a bit busy, but you can find me at ......." Yes. 進んで 忙しい 中 へ 飛び込んで 、 人 から 見る と 酔 興 な 苦労 を します 。 すすんで|いそがしい|なか||とびこんで|じん||みる||よ|きょう||くろう||し ます They willingly jump into the busyness of life, which, in the eyes of others, is an intoxicating struggle. ハハハハ 」 と 笑う 。 ||わらう これ なら 苦労 が 苦労に たた ない 。 ||くろう||くろうに|| This way, hard work doesn't have to be hard work. 「 失礼 ながら 今 は どんな 事 を やって おいで で ……」 「 今 です か 、 ええ いろいろな 事 を やります よ 。 しつれい||いま|||こと|||||いま|||||こと||やり ます| "With all due respect, what are you doing now at ......?" I'll do a lot of things. 飯 を 食う 方 と 本領 の 方 と 両方 やろう と する から なかなか 骨 が 折れます 。 めし||くう|かた||ほんりょう||かた||りょうほう||||||こつ||おれ ます It's a tough job, because you are trying to do both the eating and the real work. 近頃 は 頼まれて よく 方々 へ 談話 の 筆記 に 行きます が ね 」 「 随分 御 面倒でしょう 」 「 面倒 と 云 いや 、 面倒です が ね 。 ちかごろ||たのま れて||ほうぼう||だんわ||ひっき||いき ます|||ずいぶん|ご|めんどうでしょう|めんどう||うん||めんどうです|| These days, I am often asked to go to people's homes to write down their talks. "It must be very troublesome for you." I don't want to say it's troublesome, but it is troublesome. そう 面倒 と 云 う より むしろ 馬鹿 気 ています 。 |めんどう||うん||||ばか|き|てい ます It's not so much that it's a hassle, but rather that it's stupid. まあ いい加減に 書いて は 来ます が 」 「 なかなか 面白い 事 を 云 うの が おりましょう 」 と 暗に 中野 春 台 の 事 を 釣り 出そう と する 。 |いいかげんに|かいて||き ます|||おもしろい|こと||うん|||おり ましょう||あんに|なかの|はる|だい||こと||つり|だそう|| Well, I'll come back to it, but..." "Well, we have some very interesting people here." He implicitly tries to fish out Nakano Shundai. 「 面白い の 何のって 、 この 間 は うま 、 うま の 講釈 を 聞か さ れました 」 「 うま 、 うま です か ? おもしろい||なんの って||あいだ|||||こうしゃく||きか||れ ました|||| I was listening to him lecture us about うま, うま the other day." Is it jujube, jujube? 」 「 ええ 、 あの 小 供 が 食物 の 事 を うまう まと 云 いましょう 。 ||しょう|とも||しょくもつ||こと||||うん|い ましょう " He said, "Yes, let's see what the boy has to say about the food. あれ の 来歴 です ね 。 ||らいれき|| That's the history of that one, isn't it? その 人 の 説 に よる と 小 供 が 舌 が 回り 出して から 一 番 早く 出る 発音 が うまう ま だ そうです 。 |じん||せつ||||しょう|とも||した||まわり|だして||ひと|ばん|はやく|でる|はつおん|||||そう です According to this person, the earliest sound a child can make after his tongue starts to roll is "wow. それ で その 時分 は 何 を 見て もう ま うま 、 何 を 見 なくって も うまう まだ から つまり は 何にも つけ なくて も いい のだ そう だ が 、 そこ が 小 供 に 取って 一 番 大切な もの は 食物 だ から 、 とうとう 食物 の 方 で 、 うま うま を 専有 して しまった のだ そうです 。 |||じぶん||なん||みて||||なん||み|なく って|||||||なんにも|||||||||||しょう|とも||とって|ひと|ばん|たいせつな|||しょくもつ||||しょくもつ||かた|||||せんゆう||||そう です But the most important thing for a child is food, and so he finally took over the food supply and began to enjoy the うま( うま). そこ で 大人 も その 癖 が のこって 、 美味な もの を うまい と 云 う ように なった 。 ||おとな|||くせ|||びみな|||||うん||| So, the adults also got into the habit of saying that something tasty was good. だから 人生 の 煩 悶 は 要するに 元 へ 還って うま うま の 二 字 に 帰着 する と 云 う のです 。 |じんせい||わずら|もん||ようするに|もと||かえって||||ふた|あざ||きちゃく|||うん|| Therefore, the troubles and anguish of life are in essence returned to the source, to the two words "うま うま" (うま). 何だか 寄席 へ でも 行った ようじゃ ない です か 」 「 馬鹿に して います ね 」 「 ええ 、 大抵 は 馬鹿に さ れ に 行く んです よ 」 「 しかし そんな つまらない 事 を 云 うって 失敬です ね 」 「 なに 、 失敬 だって いい で さあ 、 どうせ 、 分 ら ない んだ から 。 なんだか|よせ|||おこなった|||||ばかに||い ます|||たいてい||ばかに||||いく||||||こと||うん||しっけいです|||しっけい||||||ぶん|||| It's like we've been to a Yosei Theater or something." "You're making fun of me." "Yes, I usually go there to be made fun of." But I'm sorry to say that I'm sorry you have to say such a trivial thing. I'm sorry, but it doesn't matter, because you don't know anyway. そう か と 思う と ね 。 |||おもう|| I think that's true. 非常に 真面目だ けれども なかなか 突飛な の が あって ね 。 ひじょうに|まじめだ|||とっぴな|||| It's very serious, yet quite outlandish. この 間 は 猛烈な 恋愛 論 を 聞か さ れました 。 |あいだ||もうれつな|れんあい|ろん||きか||れ ました The other day, I was listening to a fierce discussion about love. もっとも 若い 人 です が ね 」 「 中野 じゃ ありません か 」 「 君 、 知ってます か 。 |わかい|じん||||なかの||あり ませ ん||きみ|しって ます| He's a young man, though." "Nakano?" "You know what? ありゃ 熱心な もの だった 」 「 私 の 同級 生 です 」 「 ああ 、 そう です か 。 |ねっしんな|||わたくし||どうきゅう|せい||||| That was some serious stuff." "He's a classmate of mine." "Oh, is that so? 中野 春 台 と か 云 う 人 です ね 。 なかの|はる|だい|||うん||じん|| He is called Shundai Nakano. よっぽど 暇 が ある んでしょう 。 |いとま||| You must have a lot of free time. あんな 事 を 真面目に 考えて いる くらい だ から 」 「 金持ち です 」 「 うん 立派な 家 に います ね 。 |こと||まじめに|かんがえて|||||かねもち|||りっぱな|いえ||い ます| I mean, he'd have to be serious about something like that." "I'm rich." "Yes, you have a great house. 君 は あの 男 と 親密な のです か 」 「 ええ 、 もと は ごく 親密でした 。 きみ|||おとこ||しんみつな|||||||しんみつでした Are you intimate with that man?" Yes, we were originally very close. しかし どうも いかんです 。 However, it is not good. 近頃 は ―― 何だか ―― 未来 の 細 君 か 何 か 出来た んで 、 あんまり 交際 して くれ ない のです 」 「 いい でしょう 。 ちかごろ||なんだか|みらい||ほそ|きみ||なん||できた|||こうさい|||||| Lately, I think he has a future boyfriend or something, so he hasn't been dating as much as he used to. That's good, isn't it? 交際 し なくって も 。 こうさい||なく って| Even if you don't have a relationship. 損に も なり そう も ない 。 そんに||||| It is unlikely to be a loss. ハハハハハ 」 「 何だか しか し 、 こう 、 一 人 坊っち の ような 気 が して 淋しくって いけません 」 「 一 人 坊っち で 、 いい で さあ 」 と 道也 先生 また いい で さあ を 担ぎ出した 。 |なんだか||||ひと|じん|ぼう っち|||き|||さびしく って|いけ ませ ん|ひと|じん|ぼう っち||||||みちや|せんせい||||||かつぎだした Ha ha ha ha ha." "But I feel like I'm a lonely little boy, and I don't want to be lonely. "I'm fine with being a loner. Come on." Michiya-sensei carried out "Come on" again with a good hand. 高柳 君 は もう 「 先生 なら いい でしょう 」 と 突き 込む 勇気 が 出 なかった 。 たかやなぎ|きみ|||せんせい|||||つき|こむ|ゆうき||だ| Takayanagi, you're already saying, "It's okay to be a teacher, right?" I could not muster up the courage to push it. 「 昔 から 何 か しよう と 思えば 大概 は 一 人 坊っち に なる もの です 。 むかし||なん||||おもえば|たいがい||ひと|じん|ぼう っち|||| I've always thought that if you try to do something, you usually end up being a loner. そんな 一 人 の 友達 を たより に する ようじゃ 何も 出来ません 。 |ひと|じん||ともだち||||||なにも|でき ませ ん I can't do anything if I have to rely on just one friend. ことに よる と 親類 と も 仲違 に なる 事 が 出来て 来ます 。 |||しんるい|||なかたがい|||こと||できて|き ます This can lead to a relationship with relatives. 妻 に まで 馬鹿に さ れる 事 が あります 。 つま|||ばかに|||こと||あり ます Even my wife sometimes makes fun of me. しまい に 下 女 まで からかいます 」 「 私 は そんなに なったら 、 不愉快で 生きて いられ ない だろう と 思います 」 「 それ じゃ 、 文学 者 に は なれ ないで す 」 高柳 君 は だまって 下 を 向いた 。 ||した|おんな||からかい ます|わたくし||||ふゆかいで|いきて|いら れ||||おもい ます|||ぶんがく|もの||||||たかやなぎ|きみ|||した||むいた He even teases the servants." "I think I would be so uncomfortable that I wouldn't be able to live with myself." That doesn't make you a literary scholar. Takayanagi looked down. 「 わたし も 、 あなた ぐらい の 時 に は 、 ここ まで と は 考えて い なかった 。 |||||じ|||||||かんがえて|| I didn't think it would go this far when I was your age. しかし 世の中 の 事実 は 実際 ここ まで やって 来る んです 。 |よのなか||じじつ||じっさい||||くる| But the facts of the world really do come down to this. うそ じゃ ない 。 It's not a lie. 苦しんだ の は 耶蘇 ( ヤソ ) や 孔子 ばかり で 、 吾々 文学 者 は その 苦しんだ 耶蘇 や 孔子 を 筆 の 先 で ほめて 、 自分 だけ は 呑気 に 暮して 行けば いい のだ など と 考えて る の は 偽 文学 者 です よ 。 くるしんだ|||やそ|||こうし|||われ々|ぶんがく|もの|||くるしんだ|やそ||こうし||ふで||さき|||じぶん|||のんき||くらして|いけば|||||かんがえて||||ぎ|ぶんがく|もの|| We literary scholars are only the ones who praise the suffering Ye Su and Confucius with the tip of our brush and think that we should just live in a state of poverty. そんな もの は 耶蘇 や 孔子 を ほめる 権利 は ない のです 」 高柳 君 は 今 こそ 苦しい が 、 もう 少し 立てば 喬木 に うつる 時節 が ある だろう と 、 苦しい うち に 絹糸 ほど な 細い 望み を 繋いで いた 。 |||やそ||こうし|||けんり||||たかやなぎ|きみ||いま||くるしい|||すこし|たてば|たかぎ|||じせつ|||||くるしい|||きぬいと|||ほそい|のぞみ||つないで| Such a person has no right to praise Ye Su or Confucius. Takayanagi was in pain right now, but he was holding on to a silken thread of hope that he would be able to return to Takagi in a short while. その 絹糸 が 半分 ばかり 切れて 、 暗い 谷 から 上 へ 出る たより は 、 生きて いる うち は 容易に 来 そうに 思わ れ なく なった 。 |きぬいと||はんぶん||きれて|くらい|たに||うえ||でる|||いきて||||よういに|らい|そう に|おもわ||| Half of the silken threads were broken, and it seemed unlikely that any way out of the dark valley would be easy while I was still alive. 「 高柳 さん 」 「 はい 」 「 世の中 は 苦しい もの です よ 」 「 苦しい です 」 「 知ってます か 」 と 道也 先生 は 淋し 気 に 笑った 。 たかやなぎ|||よのなか||くるしい||||くるしい||しって ます|||みちや|せんせい||さびし|き||わらった "Mr. Takayanagi "Yes." The world is a bitter place. "I'm in pain." "Do you know?" Michiya smiled sadly. 「 知って る つもりです けれど 、 いつまでも こう 苦しくっちゃ ……」 「 やり 切れません か 。 しって||||||くるしくっちゃ||きれ ませ ん| I know you know that, but you can't keep suffering like this. ...... Can't you finish it? あなた は 御 両親 が 御 在りか 」 「 母 だけ 田舎 に います 」 「 おっか さん だけ ? ||ご|りょうしん||ご|ありか|はは||いなか||い ます|お っか|| Do you have parents in your family? "My mother is alone in the country." Just you? 」 「 ええ 」 「 御 母さん だけ でも あれば 結構だ 」 「 なかなか 結構で ない です 。 |ご|かあさん||||けっこうだ||けっこうで|| " "Yes." "Just your mother would be fine." It's not so good. ―― 早く どうかして やら ない と 、 もう 年 を 取って います から 。 はやく||||||とし||とって|い ます| -- If you don't do something about it soon, you'll be too old. 私 が 卒業 したら 、 どう か 出来る だろう と 思って た のです が ……」 「 さよう 、 近頃 の ように 卒業 生 が 殖 えちゃ 、 ちょっと 、 口 を 得る の が 困難です ね 。 わたくし||そつぎょう||||できる|||おもって|||||ちかごろ|||そつぎょう|せい||しょく|||くち||える|||こんなんです| I thought maybe after I graduated I could do something about it. ......" I was like, "Oh, yes, it's a little difficult to get a mouthful these days with all the graduates. ―― どう です 、 田舎 の 学校 へ 行く 気 は ない です か 」 「 時々 は 田舎 へ 行こう と も 思う んです が ……」 「 また いやに なる か ね 。 ||いなか||がっこう||いく|き|||||ときどき||いなか||いこう|||おもう||||||| -- What do you think, you don't want to go to a country school? "Sometimes I think I'd like to go to the countryside. ......" "I'll probably get sick of it again. ―― そう さ 、 あまり 勧められ も し ない 。 |||すすめ られ||| -- Yes, it's not really recommended. 私 も 田舎 の 学校 は だいぶ 経験 が ある が 」 「 先生 は ……」 と 言い かけた が 、 また 昔 の 事 を 云 い 出し にくく なった 。 わたくし||いなか||がっこう|||けいけん||||せんせい|||いい||||むかし||こと||うん||だし|| I've been to a lot of rural schools myself." "The teacher is ......" I was about to say, "I'm sorry, but I'm not going to talk about the past again. 「 ええ ? 」 と 道也 は 何も 知ら ぬ 気 である 。 |みちや||なにも|しら||き| " Michiya was in the mood of not knowing anything. 「 先生 は ―― あの ―― 江 湖 雑誌 を 御 編 輯 に なる と 云 う 事 です が 、 本当に そう な んで 」 「 ええ 、 この 間 から 引き受けて やって います 」 「 今月 の 論説 に 解脱 と 拘泥 と 云 うの が ありました が 、 あの 憂世 子 と 云 うの は ……」 「 あれ は 、 わたし です 。 せんせい|||こう|こ|ざっし||ご|へん|しゅう||||うん||こと|||ほんとうに||||||あいだ||ひきうけて||い ます|こんげつ||ろんせつ||げだつ||こうでい||うん|||あり ました|||ゆうよ|こ||うん|||||| "I understand that you are going to compile the Kangho magazine, and I really hope that's the case. "Yes, I've been doing it for a while now." "In this month's editorial, there was one about dissolution and bondage, and that melancholy child is called ......." That's me. 読みました か 」 「 ええ 、 大変 面白く 拝見 しました 。 よみ ました|||たいへん|おもしろく|はいけん|し ました Have you read it?" Yes, I found it very interesting. そう 申しちゃ 失礼です が 、 あれ は 私 の 云 いたい 事 を 五六 段 高く して 、 表出 した ような もの で 、 利益 を 享 けた 上 に 痛快に 感じました 」 「 それ は ありがたい 。 |もうしちゃ|しつれいです||||わたくし||うん|い たい|こと||ごろく|だん|たかく||ひょうしゅつ|||||りえき||あきら||うえ||つうかいに|かんじ ました||| I don't mean to be rude, but that was like taking what I wanted to say and elevating it 56 not only benefited me but also made me feel good about myself. Thank God for that. それ じゃ 君 は 僕 の 知己 です ね 。 ||きみ||ぼく||ちき|| Then you must be my acquaintance. 恐らく 天下 唯一 の 知己 かも 知れ ない 。 おそらく|てんか|ゆいいつ||ちき||しれ| Perhaps he is the only one in the world who knows. ハハハハ 」 「 そんな 事 は ない でしょう 」 と 高柳 君 は やや 真面目に 云った 。 ||こと|||||たかやなぎ|きみ|||まじめに|うん った Ha ha ha ha." "I'm sure that's not true." Takayanagi said somewhat seriously. 「 そう です か 、 それ じゃ なお 結構だ 。 ||||||けっこうだ I see. Well, that's fine then. しかし 今 まで 僕 の 文章 を 見て ほめて くれた もの は 一 人 も ない 。 |いま||ぼく||ぶんしょう||みて|||||ひと|じん|| However, not a single person has ever praised my writing. 君 だけ です よ 」 「 これ から 皆 んな 賞 め る つもりです 」 「 ハハハハ そう 云 う 人 が せめて 百 人 も いて くれる と 、 わたし も 本望 だ が ―― 随分 頓珍 漢 な 事 が あります よ 。 きみ||||||みな||しょう||||||うん||じん|||ひゃく|じん|||||||ほんもう|||ずいぶん|とんちん|かん||こと||あり ます| It's just you." "I'm going to start awarding prizes to everyone." I would be very happy if there were at least a hundred people who said that, but there are some things that are quite absurd. この 間 なんか 妙な 男 が 尋ねて 来て ね 。 |あいだ||みょうな|おとこ||たずねて|きて| The other day, a strange man came to ask me about something. ……」 「 何 です か 」 「 なあ に 商人 です が ね 。 なん|||||しょうにん||| ......" What is it? "Hey, you know, I'm a merchant. どこ から 聞いて 来た か 、 わたし に 、 あなた は 雑誌 を やって おいで だ そうだ が 文章 を 御 書き なさる だろう と 云 う のです 」 「 へえ 」 「 書く 事 は 書く と まあ 云った んです 。 ||きいて|きた||||||ざっし|||||そう だ||ぶんしょう||ご|かき||||うん||||かく|こと||かく|||うん った| He said, "I don't know where he got that from, but he told me that you work for a magazine and that he thought you could write for it. "Heh." I said, "I'll write what I have to write. すると ね その 男 が どうぞ 一 つ 、 眼 薬 の 広告 を かいて もらいたい と 云 うん です 」 「 馬鹿な 奴 です ね 」 「 その代り 雑誌 へ 眼 薬 の 広告 を 出す から 是非 一 つ 願いたいって ―― 何でも 点 明 水 と か 云 う 名 です が ね ……」 「 妙な 名 を つけて ――。 |||おとこ|||ひと||がん|くすり||こうこく|||もらい たい||うん|||ばかな|やつ|||そのかわり|ざっし||がん|くすり||こうこく||だす||ぜひ|ひと||ねがい たい って|なんでも|てん|あき|すい|||うん||な||||みょうな|な|| The man asked me to write an advertisement for an eye drop. "He's a fool, isn't he?" In return, they'd like to run an ad in one of our magazines for an eye drop--whatever it's called--eye drops or something like that. ......" "With a strange name... 御 書き に なった んです か 」 「 いえ 、 とうとう 断わりました が ね 。 ご|かき|||||||ことわり ました|| Did you write it? No, I finally refused. それ で まだ おかしい 事 が ある のです よ 。 ||||こと|||| And yet, there is something strange about it. その 薬屋 で 売出 し の 日 に 大きな 風船 を 揚げる んだ と 云 う のです 」 「 御 祝い の ため です か 」 「 いえ 、 やはり 広告 の ため に 。 |くすりや||うりだし|||ひ||おおきな|ふうせん||あげる|||うん|||ご|いわい|||||||こうこく||| He told me that on the day of the sale at the apothecary, they were going to blow up a big balloon." "Is this for a celebration?" No, it's still for advertising. ところが 風船 は 声 も 出さ ず に 高い 空 を 飛んで いる のだ から 、 仰向けば 誰 に でも 見える が 、 仰向か せ なくっちゃ いけない でしょう 」 「 へえ 、 なるほど 」 「 それ で わたし に その 、 仰向か せ の 役 を やって くれって 云 う のです 」 「 どう する のです 」 「 何 、 往来 を あるいて いて も 、 電車 へ 乗って いて も いい から 、 風船 を 見たら 、 おや 風船 だ 風船 だ 、 何でも ありゃ 点 明 水 の 広告 に 違いないって 何遍 も 何遍 も 云 う のだ そうです 」 「 ハハハ 随分 思い切って 人 を 馬鹿に した 依頼 です ね 」 「 おかしく も あり 馬鹿馬鹿しく も ある が 、 何も それ だけ の 事 を する に は わたし で なくて も よかろう 。 |ふうせん||こえ||ださ|||たかい|から||とんで||||あおむけば|だれ|||みえる||あおむか||||||||||||あおむか|||やく|||くれ って|うん||||||なん|おうらい|||||でんしゃ||のって|||||ふうせん||みたら||ふうせん||ふうせん||なんでも||てん|あき|すい||こうこく||ちがいない って|なんべん||なんべん||うん|||そう です||ずいぶん|おもいきって|じん||ばかに||いらい||||||ばかばかしく||||なにも||||こと||||||||| But since the balloons are flying so high in the sky without making a sound, anyone who looks up can see them, but they must look up, right? "Oh, I see." He said, "So they want me to play the role of the ostentatious one." "What are you going to do?" It didn't matter if you were walking in the street or riding on a train, if you saw a balloon, you would say over and over again, "Oh, it's a balloon, it's a balloon, whatever it is, it must be an advertisement for Dong-Ming Sui. "Hahaha, that's a pretty bold and ridiculous request." It's both funny and ridiculous, but I don't need to be the one to do all that. 車 引 でも 雇えば 訳ない じゃ ない か と 聞いて 見た のです 。 くるま|ひ||やとえば|わけない|||||きいて|みた| I asked him if there was any reason to hire a car-puller. すると その 男 が ね 。 ||おとこ|| Then the man said. いえ 、 車 引 な ん ぞ ばかり で は 信用 が な くって いけません 。 |くるま|ひ|||||||しんよう||||いけ ませ ん No, we can't be too trustworthy with all these car pulls. やっぱり 髭 でも 生やして もっともらしい 顔 を した 人 に 頼ま ない と 、 人 が だまさ れません から と 云 う のです 」 「 実に 失敬な 奴 です ね 。 |ひげ||はやして||かお|||じん||たのま|||じん|||れ ませ ん|||うん|||じつに|しっけいな|やつ|| He said, "You have to ask someone with a beard and a plausible face, otherwise people won't be fooled. He's really a disgrace, isn't he? 全体 何物 でしょう 」 「 何物って やはり 普通の 人間 です よ 。 ぜんたい|なにもの||なにもの って||ふつうの|にんげん|| What's that? What is it? It's just an ordinary human being, after all. 世の中 を だます ため に 人 を 雇い に 来た のです 。 よのなか|||||じん||やとい||きた| They came to hire people to deceive the world. 呑気 な も の さ ハハハハ 」 「 どうも 驚 ろ いち まう 。 のんき|||||||おどろ||| I'm a simpleton, hahahahaha." Thank you for the surprise. 私 なら 撲 ぐって やる 」 「 そんな の を 撲った 日 に ゃ 片っ端から 撲 ら なくっちゃ あ なら ない 。 わたくし||ぼく|ぐ って|||||ぼく った|ひ|||かたっぱしから|ぼく||||| I'd like to wrestle him." The day we beat such a thing is the day we have to beat it from one side to the other. 君 そう 怒る が 、 今 の 世の中 は そんな 男 ばかり で 出来て る んです よ 」 高柳 君 は まさか と 思った 。 きみ||いかる||いま||よのなか|||おとこ|||できて||||たかやなぎ|きみ||||おもった You may be angry, but the world today is made up of men like that. Takayanagi, I thought, "No way. 障子 に さした 足袋 の 影 は いつしか 消えて 、 開け放った 一 枚 の 間 から 、 靴 刷 毛 の 端 が 見える 。 しょうじ|||たび||かげ|||きえて|あけはなった|ひと|まい||あいだ||くつ|す|け||はし||みえる The shadow of a tabi (socks) on the shoji disappeared, and the edge of a shoe brush could be seen through the open space. 椽 は 泥 だらけ である 。 たるき||どろ|| The rafters are covered with mud. 手 の 平 ほど な 庭 の 隅 に 一 株 の 菊 が 、 清らかに 先生 の 貧 を 照らして いる 。 て||ひら|||にわ||すみ||ひと|かぶ||きく||きよらかに|せんせい||ひん||てらして| In a corner of the garden, a single chrysanthemum plant, the size of a palm, shines purely on the teacher's poverty. 自然 を どうでも いい と 思って いる 高柳 君 も この 菊 だけ は 美 くし い と 感じた 。 しぜん|||||おもって||たかやなぎ|きみ|||きく|||び||||かんじた Takayanagi, who considers nature insignificant, found this chrysanthemum beautiful. 杉 垣 の 遥か 向 に 大きな 柿 の 木 が 見えて 、 空 の なか へ 五 分 珠 の 珊瑚 を かためて 嵌め込んだ ように 奇麗に 赤く 映る 。 すぎ|かき||はるか|むかい||おおきな|かき||き||みえて|から||||いつ|ぶん|しゅ||さんご|||はめこんだ||きれいに|あかく|うつる Far away from the cedar fence, a large persimmon tree can be seen, and it appears beautifully reddish in the sky, as if it were a quintuple of coral set in a cube. 鳴子 の 音 が して 烏 が ぱっと 飛んだ 。 なるこ||おと|||からす|||とんだ There was a clanging sound and a raven flew off. 「 閑静な 御 住居 です ね 」 「 ええ 。 かんせいな|ご|じゅうきょ||| It's a quiet residence. Yes. 蛸 寺 の 和尚 が 烏 を 追って いる んです 。 たこ|てら||おしょう||からす||おって|| The monk at Tako-ji Temple is chasing a raven. 毎日 が らん がらん 云 わして 、 烏 ばかり 追って いる 。 まいにち||||うん||からす||おって| Every day they are constantly ranting and raving and chasing crows. ああ 云 う 生涯 も 閑静で いい な 」 「 大変 たくさん 柿 が 生って います ね 」 「 渋 柿 です よ 。 |うん||しょうがい||かんせいで|||たいへん||かき||せい って|い ます||しぶ|かき|| It's nice to have a quiet life like that." "There are so many persimmons." It's an astringent persimmon. あの 和尚 は 何 が 惜しくて 、 ああ 渋 柿 の 番 ばかり する の か な 。 |おしょう||なん||おしくて||しぶ|かき||ばん||||| What's so regrettable about that monk, that he's always watching over persimmons? ―― 君 妙な 咳 を 時々 する が 、 身体 は 丈夫です か 。 きみ|みょうな|せき||ときどき|||からだ||じょうぶです| -- You sometimes have a strange cough. だいぶ 瘠せて る ようじゃ ありません か 。 |やせて|||あり ませ ん| You seem to have lost a lot of weight. そう 瘠せて ちゃ いか ん 。 |やせて||| You should not be so thin. 身体 が 資本 だ から 」 「 しかし 先生 だって 随分 瘠せて いらっしゃる じゃ ありません か 」 「 わたし ? からだ||しほん||||せんせい||ずいぶん|やせて|||あり ませ ん|| Because the body is capital." "But, doctor, he's very thin, isn't he?" "I am? わたし は 瘠せて いる 。 ||やせて| I am thin. 瘠せて は いる が 大丈夫 」 やせて||||だいじょうぶ He's thin, but he's okay."