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野分 夏目漱石, 「四」 野分 夏目漱石

「四 」 野 分 夏目 漱石

「 どこ へ 行く 」 と 中野 君 が 高柳 君 を つら ま えた 。 所 は 動物 園 の 前 である 。 太い 桜 の 幹 が 黒ずんだ 色 の なか から 、 銀 の ような 光り を 秋 の 日 に 射 返して 、 梢 を 離れる 病 葉 は 風 なき 折々 行 人 の 肩 に かかる 。 足元 に は 、 ここ かしこ に 枝 を 辞し たる 古い 奴 が が さ ついて いる 。 色 は 様々である 。 鮮血 を 日 に 曝して 、 七 日 の 間 日ごと に その 変化 を 葉 裏 に 印 して 、 注意 なく 一 枚 の なか に 畳み 込めたら 、 こんな 色 に なる だろう と 高柳 君 は さっき から 眺めて いた 。 血 を 連想 した 時 高柳 君 は 腋 の 下 から 何 か 冷たい もの が 襯衣 ( シャツ ) に 伝わる ような 気分 が した 。 ご ほん と 取り締り の ない 咳 を 一 つ する 。 形 も 様々である 。 火 に あぶった かき 餅 の 状 は 千差万別である が 、 我 も 我 もと みんな 反り返る 。 桜 の 落葉 も がさがさに 反り返って 、 反り返った まま 吹く 風 に 誘われて 行く 。 水気 の ない もの に は 未練 も 執着 も ない 。 飄々と して わが 行 末 を 覚 束 ない 風 に 任せて 平気な の は 、 死んだ 後の祭り に 、 から 騒ぎ に はしゃぐ 了 簡 かも 知れ ぬ 。 風 に めぐる 落葉 と 攫 われて 行く かんな 屑 と は 一種 の 気 狂 である 。 ただ 死 し たる もの の 気 狂 である 。 高柳 君 は 死 と 気 狂 と を 自然 界 に 点 綴 した 時 、 瘠せた 両 肩 を 聳 や かして 、 また ご ほん と 云 う うつろな 咳 を 一 つ した 。 高柳 君 は この 瞬間 に 中野 君 から つら まえられた のである 。 ふと 気 が ついて 見る と 世 は 太平である 。 空 は 朗らかである 。 美しい 着物 を きた 人 が 続々 行く 。 相手 は 薄 羅 紗 の 外套 に 恰好の いい 姿 を 包んで 、 顋 の 下 に 真珠 の 留針 を 輝かして いる 。 ―― 高柳 君 は 相手 の 姿 を 見守った なり 黙って いた 。 「 どこ へ 行く 」 と 青年 は 再び 問うた 。 「 今 図書 館 へ 行った 帰り だ 」 と 相手 は ようやく 答えた 。 「 また 地理 学 教授 法 じゃ ない か 。 ハハハハ 。 何だか 不景気な 顔 を して いる ね 。 どうかした かい 」 「 近頃 は 喜劇 の 面 を どこ か へ 遺失 して しまった 」 「 また 新 橋 の 先 まで 探 がし に 行って 、 拳 突 を 喰った んじゃ ない か 。 つまらない 」 「 新 橋 どころ か 、 世界中 探 が して あるいて も 落ちて い そう も ない 。 もう 、 御 やめ だ 」 「 何 を 」 「 何でも 御 やめ だ 」 「 万事 御 やめ か 。 当分 御 やめ が よかろう 。 万事 御 やめ に して 僕 と いっしょに 来た まえ 」 「 どこ へ 」 「 今日 は そこ に 慈善 音楽 会 が ある んで 、 切符 を 二 枚 買わさ れた んだ が 、 ほか に 誰 も 行き 手 が ない から 、 ちょうど いい 。 君 行き たまえ 」 「 いら ない 切符 など を 買う の かい 。 もったいない 事 を する んだ な 」 「 なに 義理 だ から 仕方 が ない 。 おやじ が 買った んだ が 、 おやじ は 西洋 音楽 なんか わから ない から ね 」 「 それ じゃ 余った 方 を 送って やれば いい のに 」 「 実は 君 の 所 へ 送ろう と 思った んだ が ……」 「 いいえ 。 あす こ へ さ 」 「 あす こと は 。 ―― うん 。 あす こか 。 何 、 ありゃ 、 いい んだ 。 自分 でも 買った んだ 」 高柳 君 は 何とも 返事 を し ないで 、 相手 を 真 正面 から 見て いる 。 中野 君 は 少々 恐縮 の 微笑 を 洩らして 、 右 の 手 に 握った まま の 、 山羊 の 手袋 で 外套 の 胸 を ぴし ゃぴ しゃ 敲き 始めた 。 「 穿 め も し ない 手袋 を 握って あるいて る の は 何の ため だい 」 「 なに 、 今 ちょっと 隠 袋 ( ポッケット ) から 出した んだ 」 と 云 いながら 中野 君 は 、 すぐ 手袋 を かくし の 裏 に 収めた 。 高柳 君 の 癇癪 は これ で 少々 治まった ようである 。 ところ へ 後ろ から エーイ と 云 う 掛声 が して 蹄 の 音 が 風 を 動かして くる 。 両人 は 足早に 道 傍 へ 立ち退いた 。 黒 塗 の ランドー の 蓋 を 、 秋 の 日 の 暖かき に 、 払い 退けた 、 中 に は 絹 帽 ( シルクハット ) が 一 つ 、 美しい 紅 い の 日傘 が 一 つ 見え ながら 、 両人 の 前 を 通り過ぎる 。 「 ああ 云 う 連中 が 行く の かい 」 と 高柳 君 が 顋 で 馬車 の 後ろ 影 を 指す 。 「 あれ は 徳川 侯爵 だ よ 」 と 中野 君 は 教えた 。 「 よく 、 知って る ね 。 君 は あの 人 の 家来 かい 」 「 家来 じゃ ない 」 と 中野 君 は 真面目に 弁解 した 。 高柳 君 は 腹 の なか で また ちょっと 愉快 を 覚えた 。 「 どう だい 行 こう じゃ ない か 。 時間 が おくれる よ 」 「 おくれる と 逢え ない と 云 う の か ね 」 中野 君 は 、 すこし 赤く なった 。 怒った の か 、 弱点 を つかれた ため か 、 恥ずかしかった の か 、 わかる の は 高柳 君 だけ である 。 「 とにかく 行こう 。 君 は なんでも 人 の 集まる 所 や なに か を 嫌って ばかり いる から 、 一 人 坊っち に なって しまう んだ よ 」 打つ もの は 打た れる 。 参る の は 今度 こそ 高柳 君 の 番 である 。 一 人 坊っち と 云 う 言葉 を 聞いた 彼 は 、 耳 が しいん と 鳴って 、 非常に 淋しい 気持 が した 。 「 いや かい 。 いや なら 仕方 が ない 。 僕 は 失敬 する 」 相手 は 同情 の 笑 を 湛え ながら 半 歩 踵 を めぐらし かけた 。 高柳 君 は また 打た れた 。 「 いこう 」 と 単 簡 に 降参 する 。 彼 が 音楽 会 へ 臨む の は 生れて から 、 これ が 始めて である 。 玄関 に かかった 時 は 受付 が 右 へ 左 り へ の 案内 で 忙殺 されて 、 接待 掛り の 胸 に つけた 、 青い リボン を 見失う ほど 込み合って いた 。 突き当り を 右 へ 折れる の が 上等で 、 左 り へ 曲がる の が 並 等 である 。 下等 は ない そうだ 。 中野 君 は 無論 上等である 。 高柳 君 を 顧み ながら 、 こっち だ よ と 、 さも 物 馴 れた さま に 云 う 。 今日 に 限って 、 特別に 下等 席 を 設けて 貰って 、 そこ へ 自分 だけ 這 入って 聴いて 見たい と 一 人 坊っち の 青年 は 、 中野 君 の あと を つき ながら 階段 を 上 ぼ り つつ 考えた 。 己 れ の 右 を 上る 人 も 、 左 り を 上る 人 も 、 また あと から ぞろぞろ ついて 来る もの も 、 皆 異種 類 の 動物 で 、 わざと 自分 を 包囲 して 、 のっぴ きさ せ ず 二 階 の 大広間 へ 押し上げた 上 、 あと から 、 慰み 半分 に 手 を 拍って 笑う 策略 の ように 思わ れた 。 後ろ を 振り向く と 、 下 から 緑 り の 滴 たる 束 髪 の 脳 巓 が 見える 。 コスメチック で 奇麗な 一直線 を 七 分 三 分 の 割合 に 錬 り 出した 頭蓋 骨 が 見える 。 これら の 頭 が 十 も 二十 も 重なり合って 、 もう 高柳 周作 は 一 歩 でも 退く 事 は なら ぬ と せり上がって くる 。 楽 堂 の 入口 を 這 入る と 、 霞 に 酔う た 人 の ように ぽうっと した 。 空 を 隠す 茂み の なか を 通り抜けて 頂 に 攀じ登った 時 、 思い も 寄ら ぬ 、 眼 の 下 に 百 里 の 眺め が 展開 する 時 の 感じ は これ である 。 演奏 台 は 遥か の 谷底 に ある 。 近づく ため に は 、 登り 詰めた 頂 から 、 規則正しく 排 列さ れた 人間 の 間 を 一直線 に 縫う が ご とくに 下りて 、 自然 と 逼 る 擂鉢 の 底 に 近寄ら ねば なら ぬ 。 擂鉢 の 底 は 半円 形 を 劃 して 空 に 向って 広がる 内側 面 に は 人間 の 塀 が 段々 に 横 輪 を えがいて いる 。 七八 段 を 下りた 高柳 君 は 念のため に 振り返って 擂鉢 の 側面 を 天井 まで 見上げた 時 、 目 が ちらちら して ちょっと 留った 。 excuse me と 云って 、 大きな 異人 が 、 高柳 君 を 蔽 い かぶせる ように して 、 一 段 下 へ 通り抜けた 。 駝鳥 の 白い 毛 が 鼻 の 先 に ふらついて 、 品 の いい 香り が ぷん と する 。 あと から 、 脳 巓 の 禿げた 大 男 が 絹 帽 ( シルクハット ) を 大事 そうに 抱えて 身 を 横 に して 女 に つき ながら 、 二 人 を 擦り抜ける 。 「 おい 、 あす こ に 椅子 が 二 つ 空いて いる 」 と 物 馴 れた 中野 君 は 階段 を 横 へ 切れる 。 並んで いる 人 は 席 を 立って 二 人 を 通す 。 自分 だけ であったら 、 誰 も 席 を 立って くれる もの は ある まい と 高柳 君 は 思った 。 「 大変な 人 だ ね 」 と 椅子 に 腰 を おろし ながら 中野 君 は 満場 を 見 廻 わす 。 やがて 相手 の 服装 に 気 が ついた 時 、 急に 小声 に なって 、 「 おい 、 帽子 を とら なくっちゃ 、 いけない よ 」 と 云 う 。 高柳 君 は 卒 然 と して 帽子 を 取って 、 左右 を ちょっと 見た 。 三四 人 の 眼 が 自分 の 頭 の 上 に 注がれて いた の を 発見 した 時 、 やっぱり 包囲 攻撃 だ な と 思った 。 なるほど 帽子 を 被って いた もの は この 広い 演奏 場 に 自分 一 人 である 。 「 外套 は 着て いて も いい の か 」 と 中野 君 に 聞いて 見る 。 「 外套 は 構わ ない んだ 。 しかし あつ 過ぎる から 脱ごう か 」 と 中野 君 は ちょっと 立ち上がって 、 外套 の 襟 を 三 寸 ばかり 颯 と 返したら 、 左 の 袖 が する り と 抜けた 、 右 の 袖 を 抜く とき 、 領 の あたり を つまんだ と 思ったら 、 裏 を 表 て に 、 外套 は は や 畳まれて 、 椅子 の 背中 を 早くも 隠した 。 下 は 仕立て おろし の フロック に 、 近頃 流行る 白い スリップ が 胴衣 ( チョッキ ) の 胸 開 を 沿う て 細い 筋 を 奇麗に あらわして いる 。 高柳 君 は なるほど いい 手際 だ と 羨ま しく 眺めて いた 。 中野 君 は どう 云 もの か 容易に 坐ら ない 。 片手 を 椅子 の 背 に 凭 た せて 、 立ち ながら 後ろ から 、 左右 へ かけて 眺めて いる 。 多く の 人 の 視線 は 彼 の 上 に 落ちた 。 中野 君 は 平気である 。 高柳 君 は この 平気 を また 羨ま しく 感じた 。 しばらく する と 、 中野 君 は 千 以上 陳列 せられ たる 顔 の なか で 、 ようやく ある もの を 物色 し 得た ごとく 、 豊かなる 双 頬 に 愛嬌 の 渦 を 浮かして 、 軽く 何 人 に か 会釈 した 。 高柳 君 は 振り向か ざる を 得 ない 。 友 の 挨拶 は どの 辺 に 落ちた のだろう と 、 こそばゆく も 首 を 捩じ 向けて 、 斜めに 三 段 ばかり 上 を 見る と 、 たちまち 目 つかった 。 黒い 髪 の ただ中 に 黄 の 勝った 大きな リボン の 蝶 を 颯 と ひらめか して 、 細く うねる 頸筋 を 今 真 直 に 立て直す 女 の 姿 が 目 つかった 。 紅 い は 眼 の 縁 を 薄く 染めて 、 潤った 眼 睫 の 奥 から 、 人 の 世 を 夢 の 底 に 吸い込む ような 光り を 中野 君 の 方 に 注いで いる 。 高柳 君 は すわ や と 思った 。 わが 穿 く 袴 は 小倉 である 。 羽織 は 染め が 剥げて 、 濁った 色 の 上 に 垢 が 容赦 なく 日光 を 反射 する 。 湯 に は 五 日 前 に 這 入った ぎり だ 。 襯衣 ( シャツ ) を 洗わ ざる 事 は 久しい 。 音楽 会 と 自分 と は とうてい 両立 する もの で ない 。 わが 友 と 自分 と は ? ―― やはり 両立 し ない 。 友 の ハイカラ 姿 と この 魔力 ある 眼 の 所有 者 と は 、 千里 を 隔てて も 無線 の 電気 が かかる べく 作られて いる 。 この 一堂 の 裡 に 綺羅 の 香り を 嗅ぎ 、 和 楽 の 温かみ を 吸う て 、 落ち合う から は 、 二 人 の 魂 は 無論 の 事 、 溶けて 流れて 、 かき鳴らす 箏 の 線 の 細き うち に も 、 めぐり合わ ねば なら ぬ 。 演奏 会 は 数 千 の 人 を 集めて 、 数 千 の 人 は ことごとく 双 手 を 挙げ ながら この 二 人 を 歓迎 して いる 。 同じ 数 千 の 人 は ことごとく 五 指 を 弾いて 、 われ 一 人 を 排斥 して いる 。 高柳 君 は こんな 所 へ 来 なければ よかった と 思った 。 友 は そんな 事 を 知り よう が ない 。 「 もう 時間 だ 、 始まる よ 」 と 活版 に 刷った 曲目 を 見 ながら 云 う 。 「 そう か 」 と 高柳 君 は 器械 的に 眼 を 活版 の 上 に 落した 。 一 、 バイオリン 、 セロ 、 ピヤノ 合奏 と ある 。 高柳 君 は セロ の 何物 たる を 知ら ぬ 。 二 、 ソナタ …… ベートーベン 作 と ある 。 名前 だけ は 心得て いる 。 三 、 アダジョ …… パァージャル 作 と ある 。 これ も 知ら ぬ 。 四 、 と 読み かけた 時 拍手 の 音 が 急に 梁 を 動かして 起った 。 演奏 者 は すでに 台 上 に 現われて いる 。 やがて 三 部 合奏 曲 は 始まった 。 満場 は 化石 した か の ごとく 静かである 。 右手 の 窓 の 外 に 、 高い 樅 の 木 が 半分 見えて 後ろ は 遐 か の 空 の 国 に 入る 。 左手 の 碧 り の 窓 掛け を 洩れて 、 澄み切った 秋 の 日 が 斜めに 白い 壁 を 明らかに 照らす 。 曲 は 静かなる 自然 と 、 静かなる 人間 の うち に 、 快 よく 進行 する 。 中野 は 絢爛 たる 空気 の 振動 を 鼓膜 に 聞いた 。 声 に も 色 が ある と 嬉しく 感じて いる 。 高柳 は 樅 の 枝 を 離 る る 鳶 の 舞う 様 を 眺めて いる 。 鳶 が 音楽 に 調子 を 合せて 飛んで いる 妙だ な と 思った 。 拍手 が また 盛 に 起る 。 高柳 君 は はっと 気 が ついた 。 自分 は やはり 異種 類 の 動物 の なか に 一 人 坊っち で おった のである 。 隣り を 見る と 中野 君 は 一生懸命に 敲いて いる 。 高い 高い 鳶 の 空 から 、 己 れ を この 窮屈な 谷底 に 呼び 返した もの の 一 人 は 、 われ を 無理矢理 に ここ へ 連れ込んだ 友達 である 。 演奏 は 第 二 に 移る 。 千 余人 の 呼吸 は 一度に やむ 。 高柳 君 の 心 は また 豊かに なった 。 窓 の 外 を 見る と 鳶 は もう 舞って おら ぬ 。 眼 を 移して 天井 を 見る 。 周囲 一 尺 も あろう と 思わ れる 梁 の 六 角形 に 削ら れた の が 三 本 ほど 、 楽 堂 を 竪 に 貫 ぬいて いる 、 後ろ は どこ まで 通って いる か 、 頭 を 回ら さ ない から 分 ら ぬ 。 所々 に 模様 に 崩した 草花 が 、 長い 蔓 と 共に 六角 を 絡んで いる 。 仰向いて 見て いる と 広い 御 寺 の なか へ でも 這 入った 心 持 に なる 。 そうして 黄色い 声 や 青い 声 が 、 梁 を 纏う 唐草 の ように 、 縺 れ 合って 、 天井 から 降って くる 。 高柳 君 は 無人の 境 に 一 人 坊っち で 佇んで いる 。 三 度 目 の 拍手 が 、 断わり も なく また 起る 。 隣り の 友達 は 人一倍 けたたましい 敲き 方 を する 。 無人の 境 に おった 一 人 坊っち が 急に 、 霰 の ごとき 拍手 の なか に 包囲 さ れた 一 人 坊っち と なる 。 包囲 は なかなか 已 ま ぬ 。 演奏 者 が 闥 を 排して わが 室 に 入ら ん と する 間際 に なお なお 烈 しく なった 。 ヴァイオリン を 温かに 右 の 腋下 に 護 り たる 演奏 者 は 、 ぐるり と 戸 側 に 体 を 回ら して 、 薄 紅葉 を 点じ たる 裾 模様 を 台 上 に 動かして 来る 。 狂う ばかりに 咲き乱れ たる 白菊 の 花束 を 、 飄 える 袖 の 影 に 受けとって 、 な よ やか なる 上 躯 を 聴衆 の 前 に 、 少し く かがめ たる 時 、 高柳 は 感じた 。 ―― この 女 の 楽 を 聴いた の は 、 聴か さ れた ので は ない 。 聴か さ ぬ と 云 う を 、 ひそかに 忍び寄り て 、 偸 み 聴いた のである 。 演奏 は 喝采 の どよめき の 静まら ぬ うち に また 始まる 。 聴衆 は とっさ の 際 に ことごとく 死んで しまう 。 高柳 君 は また 自由に なった 。 何だか 広い 原 に ただ 一 人立って 、 遥か の 向 う から 熟 柿 の ような 色 の 暖かい 太陽 が 、 のっと 上って くる 心持ち が する 。 小 供 の うち は こんな 感じ が よく あった 。 今 は なぜ こう 窮屈に なったろう 。 右 を 見て も 左 を 見て も 人 は 我 を 擯斥 して いる ように 見える 。 たった 一 人 の 友達 さえ 肝心の ところ で 無残 の 手 を ぱち ぱち 敲く 。 たよる 所 が なければ 親 の 所 へ 逃げ 帰れ と 云 う 話 も ある 。 その 親 が あれば 始 から こんなに は なら なかったろう 。 七 つ の 時 おやじ は 、 どこ か へ 行った なり 帰って 来 な い 。 友達 は それ から 自分 と 遊ば なく なった 。 母 に 聞く と 、 おとっさん は 今に 帰る 今に 帰る と 云った 。 母 は 帰ら ぬ 父 を 、 帰る と 云って だました のである 。 その 母 は 今 でも いる 。 住み 古 る した 家 を 引き払って 、 生れた 町 から 三 里 の 山奥 に 一 人 佗 び しく 暮らして いる 。 卒業 を すれば 立派に なって 、 東京 へ で も 引き取る の が 子 の 義務 である 。 逃げて 帰れば 親子 共 餓えて 死な なければ なら ん 。 ―― たちまち 拍手 の 声 が 一面に 湧き 返る 。 「 今 の は 面白かった 。 今 まで の うち 一 番 よく 出来た 。 非常に 感じ を よく 出す 人 だ 。 ―― どう だい 君 」 と 中野 君 が 聞く 。 「 うん 」 「 君 面白く ない か 」 「 そう さ な 」 「 そう さ な じゃ 困った な 。 ―― おい あす この 西洋 人 の 隣り に いる 、 細かい 友禅 の 着物 を 着て いる 女 が ある だろう 。 ―― あんな 模様 が 近頃 流行 んだ 。 派出 だろう 」 「 そう か なあ 」 「 君 は カラー ・ センス の ない 男 だ ね 。 ああ 云 う 派出 な 着物 は 、 集会 の 時 や 何 か に は ごく いい のだ ね 。 遠く から 見て 、 見 醒 め が し ない 。 うつくしくって いい 」 「 君 の あれ も 、 同じ ような の を 着て いる ね 」 「 え 、 そう かしら 、 何 、 ありゃ 、 いい加減に 着て いる んだろう 」 「 いい加減に 着て いれば 弁解 に なる の かい 」 中野 君 は ちょっと 会話 を やめた 。 左 の 方 に 鼻 眼鏡 を かけて 揉 上 を 容赦 なく 、 耳 の 上 で 剃 り 落した 男 が 帳面 を 出して しきりに 何 か 書いて いる 。 「 ありゃ 、 音楽 の 批評 でも する 男 か な 」 と 今度 は 高柳 君 が 聞いた 。 「 どれ 、―― あの 男 か 、 あの 黒 服 を 着た 。 なあ に 、 あれ は ね 。 画 工 だ よ 。 いつでも 来る 男 だ が ね 、 来る たんび に 写生 帖 を 持って 来て 、 人 の 顔 を 写して いる 」 「 断わり なし に か 」 「 まあ 、 そう だろう 」 「 泥棒 だ ね 。 顔 泥棒 だ 」 中野 君 は 小さい 声 で くく と 笑った 。 休憩 時間 は 十分である 。 廊下 へ 出る もの 、 喫煙 に 行く もの 、 用 を 足して 帰る もの 、 が 高柳 君 の 眼 に 写る 。 女 は 小 供 の 時 見た 、 豊 国 の 田舎 源氏 を 一 枚 一 枚 はぐって 行く 時 の 心 持 である 。 男 は 芳年 の 書いた 討ち入り 当夜 の 義 士 が 動いて る ようだ 。 ただ 自分 が 彼ら の 眼 に どう 写る であろう か と 思う と 、 早く 帰り たく なる 。 自分 の 左右 前後 は 活動 して いる 。 うつくしく 活動 して いる 。 しかし 衣食 の ため に 活動 して いる ので は ない 。 娯楽 の ため に 活動 して いる 。 胡蝶 の 花 に 戯 む る る が ごとく 、 浮 藻 の 漣 に 靡 く が ごとく 、 実用 以上 の 活動 を 示して いる 。 この 堂 に 入る もの は 実用 以上 に 余裕 の ある 人 で なくて は なら ぬ 。 自分 の 活動 は 食う か 食わ ぬ か の 活動 である 。 和 煦 の 作用 で は ない 粛殺 の 運行 である 。 儼 たる 天命 に 制せられて 、 無 条件 に 生 を 享 け たる 罪 業 を 償わ ん が ため に 働 らく のである 。 頭から 云 えば 胡蝶 の ごとく 、 かく 翩々 たる 公衆 の いずれ を 捕え 来って 比較 されて も 、 少しも 恥 か しい と は 思わ ぬ 。 云 いたき 事 、 云 うて 人 が 点 頭 く 事 、 云 うて 人 が 尊ぶ 事 は ない から 云 わ ぬ ので は ない 。 生活 の 競争 に すべて の 時間 を 捧げて 、 云 う べき 機会 を 与えて くれ ぬ から である 。 吾 が 云 い たくて 云 われ ぬ 事 は 、 世 が 聞き たくて も 聞か れ ぬ 事 は 、 天 が わが 手 を 縛 する から である 。 人 が わが 口 を 箝 する から である 。 巨万 の 富 を われ に 与えて 、 一 銭 も 使う なかれ と 命ぜられ たる 時 は 富 なき 昔 し の 心安き に 帰る 能 わ ず して 、 命 を 下せる 人 を 逆 しま に 詛わ ん と す 。 われ は 呪い 死に に 死な ねば なら ぬ か 。 ―― たちまち 咽 喉 が 塞がって 、 ご ほん ご ほん と 咳 き 入る 。 袂 から ハンケチ を 出して 痰 を 取る 。 買った 時 の 白い の が 、 妙な 茶色 に 変って いる 。 顔 を 挙げる と 、 肩 から 観世 より の ように 細い 金 鎖 り を 懸けて 、 朱 に 黄 を 交えた 厚 板 の 帯 の 間 に 時計 を 隠した 女 が 、 列 の はずれ に 立って 、 中野 君 に 挨拶 して いる 。 「 よう 、 いらっしゃいました 」 と 可愛らしい 二 重 瞼 を 細 めに 云 う 。 「 いや 、 だいぶ 盛会 です ね 。 冬 田 さん は 非常な 出来 でした な 」 と 中野 君 は 半身 を 、 女 の 方 へ 向け ながら 云 う 。 「 ええ 、 大喜びで ……」 と 云 い 捨てて 下りて 行く 。 「 あの 女 を 知って る かい 」 「 知る もの か ね 」 と 高柳 君 は 拳 突 を 喰 わす 。 相手 は 驚 ろ いて 黙って しまった 。 途端 に 休憩 後 の 演奏 は 始まる 。 「 四葉 の 苜蓿 花 」 と か 云 う もの である 。 曲 の 続く 間 は 高柳 君 は うつらうつら と 聴いて いる 。 ぱち ぱち と 手 が 鳴る と 熱病 の 人 が 夢 から 醒 め たように 我 に 帰る 。 この 過程 を 二三 度 繰り返して 、 最後 の 幻覚 から 喚 び 醒 まさ れた 時 は 、 タンホイゼル の マーチ で 銅 鑼 を 敲き 大 喇叭 を 吹く ところ であった 。 やがて 、 千 余人 の 影 は 一度に 動き出した 。 二 人 の 青年 は 揉ま れ ながら に 門 を 出た 。 日 は ようやく 暮れかかる 。 図書 館 の 横手 に 聳 える 松 の 林 が 緑 り の 色 を 微 か に 残して 、 しだいに 黒い 影 に 変って 行く 。 「 寒く なった ね 」 高柳 君 の 答 は 力 の 抜けた 咳 二 つ であった 。 「 君 さっき から 、 咳 を する ね 。 妙な 咳 だ ぜ 。 医者 に でも 見て 貰ったら 、 どう だい 」 「 何 、 大丈夫だ 」 と 云 いながら 高柳 君 は 尖った 肩 を 二三 度 ゆすぶった 。 松林 を 横切って 、 博物 館 の 前 に 出る 。 大きな 銀杏 に 墨汁 を 点じた ような 滴 々 の 烏 が 乱れて いる 。 暮れて 行く 空 に 輝く は 無数の 落葉 である 。 今 は 風 さえ 出た 。 「 君 二三 日 前 に 白井 道也 と 云 う 人 が 来た ぜ 」 「 道也 先生 ? 」 「 だろう と 思う の さ 。 余り 沢山 ある 名 じゃ ない から 」 「 聞いて 見た かい 」 「 聞こう と 思った が 、 何だか きまり が 悪 る かった から やめた 」 「 なぜ 」 「 だって 、 あなた は 中学校 で 生徒 から 追い出さ れた 事 は ありません か と も 聞け まい じゃ ない か 」 「 追い出さ れました か と 聞か なくって も いい さ 」 「 しかし 容易に 聞き にくい 男 だ よ 。 ありゃ 、 困る 人 だ 。 用事 より ほか に 云 わ ない 人 だ 」 「 そんなに なった かも 知れ ない 。 元来 何の 用 で 君 の 所 へ なん ぞ 来た のだ い 」 「 なあ に 、 江 湖 雑誌 の 記者 だって 、 僕 の 所 へ 談話 の 筆記 に 来た の さ 」 「 君 の 談話 を かい 。 ―― 世の中 も 妙な 事 に なる もの だ 。 やっぱり 金 が 勝つ んだ ね 」 「 なぜ 」 「 なぜって 。 ―― 可哀想に 、 そんなに 零 落した か なあ 。 ―― 君 道也 先生 、 どんな 、 服装 を して いた 」 「 そう さ 、 あんまり 立派じゃ ない ね 」 「 立派で なくって も 、 まあ どの くらい な 服装 を して いた 」 「 そう さ 。 どの くらい と も 云 い 悪い が 、 そう さ 、 まあ 君 ぐらい な ところ だろう 」 「 え 、 この くらい か 、 この 羽織 ぐらい な ところ か 」 「 羽織 は もう 少し 色 が 好 いよ 」 「 袴 は 」 「 袴 は 木綿 じゃ ない が 、 その代り もっと 皺 苦 茶 だ 」 「 要するに 僕 と 伯仲 の 間 か 」 「 要するに 君 と 伯仲 の 間 だ 」 「 そう か なあ 。 ―― 君 、 背 の 高い 、 ひ ょろ 長い 人 だ ぜ 」 「 背 の 高い 、 顔 の 細長い 人 だ 」 「 じゃ 道也 先生 に 違 ない 。 ―― 世の中 は 随分 無慈悲な もの だ なあ 。 ―― 君 番地 を 知って る だろう 」 「 番地 は 聞か なかった 」 「 聞か なかった ? 」 「 うん 。 しかし 江 湖 雑誌 で 聞けば すぐ わかる さ 。 何でも ほか の 雑誌 や 新聞 に も 関係 して いる かも 知れ ない よ 。 どこ か で 白井 道也 と 云 う 名 を 見た ようだ 」 音楽 会 の 帰り の 馬車 や 車 は 最 前 から 絡 繹 と して 二 人 を 後ろ から 追い越して 夕 暮 を 吾家 へ 急ぐ 。 勇ましく 馳 け て 来た 二 梃 の 人力 が また 追い越す の か と 思ったら 、 大仏 を 横 に 見て 、 西洋 軒 の なか に 掛声 ながら 引き込んだ 。 黄昏 の 白き 靄 の なか に 、 逼 り 来る 暮 色 を 弾き 返す ほど の 目覚しき 衣 は 由 ある 女 に 相違 ない 。 中野 君 は ぴたり と 留まった 。 「 僕 は これ で 失敬 する 。 少し 待ち合せて いる 人 が ある から 」 「 西洋 軒 で 会食 する と 云 う 約束 か 」 「 うん まあ 、 そう さ 。 じゃ 失敬 」 と 中野 君 は 向 へ 歩き 出す 。 高柳 君 は 往来 の 真中 へ たった 一 人 残さ れた 。 淋しい 世の中 を 池 の 端 へ 下る 。 その 時 一 人 坊っち の 周作 は こう 思った 。 「 恋 を する 時間 が あれば 、 この 自分 の 苦痛 を かいて 、 一 篇 の 創作 を 天下 に 伝える 事 が 出来る だろう に 」 見上げたら 西洋 軒 の 二 階 に 奇麗な 花 瓦 斯 ( はな ガス ) が ついて いた 。

「四 」 野 分 夏目 漱石 よっ|の|ぶん|なつめ|そうせき Vier." Nobe Natsume Soseki Nobe Natsume Soseki Quatre". Nobe Natsume Soseki

「 どこ へ 行く 」 と 中野 君 が 高柳 君 を つら ま えた 。 ||いく||なかの|きみ||たかやなぎ|きみ|||| "Where are you going?" Nakano gave Takayanagi a hard time. 所 は 動物 園 の 前 である 。 しょ||どうぶつ|えん||ぜん| The location is in front of the zoo. 太い 桜 の 幹 が 黒ずんだ 色 の なか から 、 銀 の ような 光り を 秋 の 日 に 射 返して 、 梢 を 離れる 病 葉 は 風 なき 折々 行 人 の 肩 に かかる 。 ふとい|さくら||みき||くろずんだ|いろ||||ぎん|||ひかり||あき||ひ||い|かえして|こずえ||はなれる|びょう|は||かぜ||おりおり|ぎょう|じん||かた|| The thick trunk of the cherry tree was dark in color, and it shone like silver in the autumn sun. 足元 に は 、 ここ かしこ に 枝 を 辞し たる 古い 奴 が が さ ついて いる 。 あしもと||||||えだ||じし||ふるい|やつ||||| Here and there, old ones hang from the branches. 色 は 様々である 。 いろ||さまざまである Colors vary. 鮮血 を 日 に 曝して 、 七 日 の 間 日ごと に その 変化 を 葉 裏 に 印 して 、 注意 なく 一 枚 の なか に 畳み 込めたら 、 こんな 色 に なる だろう と 高柳 君 は さっき から 眺めて いた 。 せんけつ||ひ||さらして|なな|ひ||あいだ|ひごと|||へんか||は|うら||いん||ちゅうい||ひと|まい||||たたみ|こめたら||いろ|||||たかやなぎ|きみ||||ながめて| Takayanagi watched the fresh blood in the sun, marking the changes every day for seven days on the underside of the leaf, and then folding it into a sheet without attention, to get this kind of color. 血 を 連想 した 時 高柳 君 は 腋 の 下 から 何 か 冷たい もの が 襯衣 ( シャツ ) に 伝わる ような 気分 が した 。 ち||れんそう||じ|たかやなぎ|きみ||わき||した||なん||つめたい|||しんい|しゃつ||つたわる||きぶん|| At the thought of blood, Takayanagi felt something cold under his shirt under his armpit. ご ほん と 取り締り の ない 咳 を 一 つ する 。 |||とりしまり|||せき||ひと|| I have a hearty laugh and an uncontrollable cough. 形 も 様々である 。 かた||さまざまである The shapes also vary. 火 に あぶった かき 餅 の 状 は 千差万別である が 、 我 も 我 もと みんな 反り返る 。 ひ||||もち||じょう||せんさばんべつである||われ||われ|||そりかえる The shape of the oyster cake after being roasted over the fire varies from one person to the next, but all of them turn around. 桜 の 落葉 も がさがさに 反り返って 、 反り返った まま 吹く 風 に 誘われて 行く 。 さくら||らくよう|||そりかえって|そりかえった||ふく|かぜ||さそわ れて|いく The fallen leaves of cherry blossoms are warped, and the wind blows as they are warped. 水気 の ない もの に は 未練 も 執着 も ない 。 みずけ||||||みれん||しゅうちゃく|| There is no attachment to what is not watery. 飄々と して わが 行 末 を 覚 束 ない 風 に 任せて 平気な の は 、 死んだ 後の祭り に 、 から 騒ぎ に はしゃぐ 了 簡 かも 知れ ぬ 。 ひょうひょうと|||ぎょう|すえ||あきら|たば||かぜ||まかせて|へいきな|||しんだ|あとのまつり|||さわぎ|||さとる|かん||しれ| The fact that he is so aloof and content to leave my fate to the winds of uncertainty may be because he is too busy making a fuss over the aftermath of my death. 風 に めぐる 落葉 と 攫 われて 行く かんな 屑 と は 一種 の 気 狂 である 。 かぜ|||らくよう||つか||いく||くず|||いっしゅ||き|くる| Fallen leaves in the wind and wood shavings being snatched away are a kind of madness. ただ 死 し たる もの の 気 狂 である 。 |し|||||き|くる| It is simply the madness of the dead. 高柳 君 は 死 と 気 狂 と を 自然 界 に 点 綴 した 時 、 瘠せた 両 肩 を 聳 や かして 、 また ご ほん と 云 う うつろな 咳 を 一 つ した 。 たかやなぎ|きみ||し||き|くる|||しぜん|かい||てん|つづり||じ|やせた|りょう|かた||しょう|||||||うん|||せき||ひと|| When Takayanagi spelled death and madness in the natural world, his barren shoulders rose, and he coughed again, this time with a deep, deep cough. 高柳 君 は この 瞬間 に 中野 君 から つら まえられた のである 。 たかやなぎ|きみ|||しゅんかん||なかの|きみ|||まえ られた| Takayanagi was given a hard time by Nakano at this moment. ふと 気 が ついて 見る と 世 は 太平である 。 |き|||みる||よ||たいへいである I suddenly realized that the world is at peace. 空 は 朗らかである 。 から||ほがらかである The sky is cheerful. 美しい 着物 を きた 人 が 続々 行く 。 うつくしい|きもの|||じん||ぞくぞく|いく People wearing beautiful kimonos go one after another. 相手 は 薄 羅 紗 の 外套 に 恰好の いい 姿 を 包んで 、 顋 の 下 に 真珠 の 留針 を 輝かして いる 。 あいて||うす|ら|さ||がいとう||かっこうの||すがた||つつんで|さい||した||しんじゅ||とめばり||かがやかして| The other man is dressed in a fine cloak of thin rasa, with a pearl pin gleaming under his chin. ―― 高柳 君 は 相手 の 姿 を 見守った なり 黙って いた 。 たかやなぎ|きみ||あいて||すがた||みまもった||だまって| -- Takayanagi watched the other person's appearance and remained silent. 「 どこ へ 行く 」 と 青年 は 再び 問うた 。 ||いく||せいねん||ふたたび|とうた "Where are you going?" The young man asked again. 「 今 図書 館 へ 行った 帰り だ 」 と 相手 は ようやく 答えた 。 いま|としょ|かん||おこなった|かえり|||あいて|||こたえた "I'm on my way back from the library." The other party finally replied, "I'm sorry. 「 また 地理 学 教授 法 じゃ ない か 。 |ちり|まな|きょうじゅ|ほう||| It's the geography teaching method again, isn't it? ハハハハ 。 何だか 不景気な 顔 を して いる ね 。 なんだか|ふけいきな|かお|||| You seem to be in a recession. どうかした かい 」 「 近頃 は 喜劇 の 面 を どこ か へ 遺失 して しまった 」 「 また 新 橋 の 先 まで 探 がし に 行って 、 拳 突 を 喰った んじゃ ない か 。 ||ちかごろ||きげき||おもて|||||いしつ||||しん|きょう||さき||さが|||おこなって|けん|つ||しょく った||| What's wrong? "Lately, I've lost my comedy side somewhere." "Maybe he went to search beyond the new bridge again and got fist-bumped. つまらない 」 「 新 橋 どころ か 、 世界中 探 が して あるいて も 落ちて い そう も ない 。 |しん|きょう|||せかいじゅう|さが|||||おちて|||| Boring." The "Shinbashi Bridge" is the most likely place in the world where you can find a new bridge. もう 、 御 やめ だ 」 「 何 を 」 「 何でも 御 やめ だ 」 「 万事 御 やめ か 。 |ご|||なん||なんでも|ご|||ばんじ|ご|| I'm done. I'm done. What? "Whatever you want, I'll do it." "Is everything all right? 当分 御 やめ が よかろう 。 とうぶん|ご||| I think it's best if you stop for the time being. 万事 御 やめ に して 僕 と いっしょに 来た まえ 」 「 どこ へ 」 「 今日 は そこ に 慈善 音楽 会 が ある んで 、 切符 を 二 枚 買わさ れた んだ が 、 ほか に 誰 も 行き 手 が ない から 、 ちょうど いい 。 ばんじ|ご||||ぼく|||きた||||きょう||||じぜん|おんがく|かい||||きっぷ||ふた|まい|かわさ||||||だれ||いき|て||||| "Put an end to all this and come with me." "Where are you going?" I'm going to a charity concert there today, and they gave me two tickets, but there's no one else to go, so it's a good thing. 君 行き たまえ 」 「 いら ない 切符 など を 買う の かい 。 きみ|いき||||きっぷ|||かう|| You, go. You are buying a ticket that you don't need. もったいない 事 を する んだ な 」 「 なに 義理 だ から 仕方 が ない 。 |こと||||||ぎり|||しかた|| It's a waste of money." "It can't be helped because it's my duty. おやじ が 買った んだ が 、 おやじ は 西洋 音楽 なんか わから ない から ね 」 「 それ じゃ 余った 方 を 送って やれば いい のに 」 「 実は 君 の 所 へ 送ろう と 思った んだ が ……」 「 いいえ 。 ||かった|||||せいよう|おんがく||||||||あまった|かた||おくって||||じつは|きみ||しょ||おくろう||おもった||| My father bought it, but he doesn't know anything about Western music. "Then why don't you just send him the extra one?" "Actually, I was going to send it to you at ......." No . あす こ へ さ 」 「 あす こと は 。 "To hell and back." "What will happen in the future? ―― うん 。 あす こか 。 何 、 ありゃ 、 いい んだ 。 なん||| What, that's fine. 自分 でも 買った んだ 」 高柳 君 は 何とも 返事 を し ないで 、 相手 を 真 正面 から 見て いる 。 じぶん||かった||たかやなぎ|きみ||なんとも|へんじ||||あいて||まこと|しょうめん||みて| I bought it myself." Takayanagi does not respond in any way, but looks directly at his opponent. 中野 君 は 少々 恐縮 の 微笑 を 洩らして 、 右 の 手 に 握った まま の 、 山羊 の 手袋 で 外套 の 胸 を ぴし ゃぴ しゃ 敲き 始めた 。 なかの|きみ||しょうしょう|きょうしゅく||びしょう||もらして|みぎ||て||にぎった|||やぎ||てぶくろ||がいとう||むね|||||たたき|はじめた Nakano-kun let out a slightly embarrassed smile and began clapping at the chest of his cloak with a goat glove still clutched in his right hand. 「 穿 め も し ない 手袋 を 握って あるいて る の は 何の ため だい 」 「 なに 、 今 ちょっと 隠 袋 ( ポッケット ) から 出した んだ 」 と 云 いながら 中野 君 は 、 すぐ 手袋 を かくし の 裏 に 収めた 。 うが|||||てぶくろ||にぎって|||||なんの||||いま||かく|ふくろ|||だした|||うん||なかの|きみ|||てぶくろ||||うら||おさめた "What are you doing walking around with a glove you can't puncture?" "Hey, I just pulled something out of my bag." Nakano-kun quickly tucked his gloves behind his parasol. 高柳 君 の 癇癪 は これ で 少々 治まった ようである 。 たかやなぎ|きみ||かんしゃく||||しょうしょう|おさまった| Takayanagi's tantrum seems to have subsided somewhat. ところ へ 後ろ から エーイ と 云 う 掛声 が して 蹄 の 音 が 風 を 動かして くる 。 ||うしろ||||うん||かけごえ|||ひづめ||おと||かぜ||うごかして| Then a call came from behind, and the sound of hoofbeats moved the wind. 両人 は 足早に 道 傍 へ 立ち退いた 。 りょうにん||あしばやに|どう|そば||たちのいた They quickly retreated to the side of the road. 黒 塗 の ランドー の 蓋 を 、 秋 の 日 の 暖かき に 、 払い 退けた 、 中 に は 絹 帽 ( シルクハット ) が 一 つ 、 美しい 紅 い の 日傘 が 一 つ 見え ながら 、 両人 の 前 を 通り過ぎる 。 くろ|ぬ||||ふた||あき||ひ||あたたかき||はらい|しりぞけた|なか|||きぬ|ぼう|||ひと||うつくしい|くれない|||ひがさ||ひと||みえ||りょうにん||ぜん||とおりすぎる A black Landau lid was swept off by the warmth of an autumn day. A silk hat and a beautiful red parasol were visible inside as they passed by. 「 ああ 云 う 連中 が 行く の かい 」 と 高柳 君 が 顋 で 馬車 の 後ろ 影 を 指す 。 |うん||れんちゅう||いく||||たかやなぎ|きみ||さい||ばしゃ||うしろ|かげ||さす "Oh, those are the people who are going." Takayanagi pointed with his chin at the back of the carriage. 「 あれ は 徳川 侯爵 だ よ 」 と 中野 君 は 教えた 。 ||とくがわ|こうしゃく||||なかの|きみ||おしえた "That's the Marquis Tokugawa." Nakano taught. 「 よく 、 知って る ね 。 |しって|| "You know a lot, don't you? 君 は あの 人 の 家来 かい 」 「 家来 じゃ ない 」 と 中野 君 は 真面目に 弁解 した 。 きみ|||じん||けらい||けらい||||なかの|きみ||まじめに|べんかい| You're his lackey." "I'm not a retainer." Nakano-kun made a serious excuse. 高柳 君 は 腹 の なか で また ちょっと 愉快 を 覚えた 。 たかやなぎ|きみ||はら||||||ゆかい||おぼえた Takayanagi felt a little amusement in his stomach. 「 どう だい 行 こう じゃ ない か 。 ||ぎょう|||| "Let's go to the University. 時間 が おくれる よ 」 「 おくれる と 逢え ない と 云 う の か ね 」 中野 君 は 、 すこし 赤く なった 。 じかん||||||あえ|||うん|||||なかの|きみ|||あかく| Time is running out. "You say you can't see me unless I'm dead?" Nakano-kun blushed a little. 怒った の か 、 弱点 を つかれた ため か 、 恥ずかしかった の か 、 わかる の は 高柳 君 だけ である 。 いかった|||じゃくてん|||||はずかしかった||||||たかやなぎ|きみ|| Only Mr. Takayanagi could tell whether he was angry, embarrassed, or embarrassed because of a weakness. 「 とにかく 行こう 。 |いこう Let's go anyway. 君 は なんでも 人 の 集まる 所 や なに か を 嫌って ばかり いる から 、 一 人 坊っち に なって しまう んだ よ 」 打つ もの は 打た れる 。 きみ|||じん||あつまる|しょ|||||きらって||||ひと|じん|ぼう っち||||||うつ|||うた| You're always hating on everything and everyone, and that's why you end up being a loner. What hits, gets hit. 参る の は 今度 こそ 高柳 君 の 番 である 。 まいる|||こんど||たかやなぎ|きみ||ばん| Now it is Takayanagi's turn. 一 人 坊っち と 云 う 言葉 を 聞いた 彼 は 、 耳 が しいん と 鳴って 、 非常に 淋しい 気持 が した 。 ひと|じん|ぼう っち||うん||ことば||きいた|かれ||みみ||||なって|ひじょうに|さびしい|きもち|| When he heard the word "loner," his ears perked up and he felt very lonely. 「 いや かい 。 いや なら 仕方 が ない 。 ||しかた|| If you don't like it, you have no choice. 僕 は 失敬 する 」 相手 は 同情 の 笑 を 湛え ながら 半 歩 踵 を めぐらし かけた 。 ぼく||しっけい||あいて||どうじょう||わら||たたえ||はん|ふ|かかと||| I'm sorry." The other person almost took a half step back on his heels with a sympathetic smile on his face. 高柳 君 は また 打た れた 。 たかやなぎ|きみ|||うた| Takayanagi was hit again. 「 いこう 」 と 単 簡 に 降参 する 。 ||ひとえ|かん||こうさん| "Let's get together." The company simply surrenders. 彼 が 音楽 会 へ 臨む の は 生れて から 、 これ が 始めて である 。 かれ||おんがく|かい||のぞむ|||うまれて||||はじめて| This was the first time in his life that he had attended a concert. 玄関 に かかった 時 は 受付 が 右 へ 左 り へ の 案内 で 忙殺 されて 、 接待 掛り の 胸 に つけた 、 青い リボン を 見失う ほど 込み合って いた 。 げんかん|||じ||うけつけ||みぎ||ひだり||||あんない||ぼうさつ|さ れて|せったい|かかり||むね|||あおい|りぼん||みうしなう||こみあって| When I walked in the door, the receptionist was so busy giving directions left and right that I lost sight of the blue ribbon on the chest of the receptionist. 突き当り を 右 へ 折れる の が 上等で 、 左 り へ 曲がる の が 並 等 である 。 つきあたり||みぎ||おれる|||じょうとうで|ひだり|||まがる|||なみ|とう| At the end of the street, turn right for the best and left for the average. 下等 は ない そうだ 。 かとう|||そう だ There is no lower class. 中野 君 は 無論 上等である 。 なかの|きみ||むろん|じょうとうである Nakano, you are, of course, the best. 高柳 君 を 顧み ながら 、 こっち だ よ と 、 さも 物 馴 れた さま に 云 う 。 たかやなぎ|きみ||かえりみ|||||||ぶつ|じゅん||||うん| He looked at Mr. Takayanagi and said, "This way," as if he had grown accustomed to the situation. 今日 に 限って 、 特別に 下等 席 を 設けて 貰って 、 そこ へ 自分 だけ 這 入って 聴いて 見たい と 一 人 坊っち の 青年 は 、 中野 君 の あと を つき ながら 階段 を 上 ぼ り つつ 考えた 。 きょう||かぎって|とくべつに|かとう|せき||もうけて|もらって|||じぶん||は|はいって|きいて|み たい||ひと|じん|ぼう っち||せいねん||なかの|きみ||||||かいだん||うえ||||かんがえた The young man, alone, thought about following Nakano-kun up the stairs, hoping to get a special seat at the lower level so that he could crawl in and listen to the music. 己 れ の 右 を 上る 人 も 、 左 り を 上る 人 も 、 また あと から ぞろぞろ ついて 来る もの も 、 皆 異種 類 の 動物 で 、 わざと 自分 を 包囲 して 、 のっぴ きさ せ ず 二 階 の 大広間 へ 押し上げた 上 、 あと から 、 慰み 半分 に 手 を 拍って 笑う 策略 の ように 思わ れた 。 おのれ|||みぎ||のぼる|じん||ひだり|||のぼる|じん|||||||くる|||みな|いしゅ|るい||どうぶつ|||じぶん||ほうい||の っぴ|き さ|||ふた|かい||おおひろま||おしあげた|うえ|||なぐさみ|はんぶん||て||はく って|わらう|さくりゃく|||おもわ| The people on my right, those on my left, and those following me in gaggles were all animals of a different species, deliberately surrounding me and pushing me upstairs into the hall, and later clapping their hands in amusement as a ploy to make me laugh. 後ろ を 振り向く と 、 下 から 緑 り の 滴 たる 束 髪 の 脳 巓 が 見える 。 うしろ||ふりむく||した||みどり|||しずく||たば|かみ||のう|てん||みえる Looking back, I see a tuft of green hair and a tuft of green bracelets at the top of the brain. コスメチック で 奇麗な 一直線 を 七 分 三 分 の 割合 に 錬 り 出した 頭蓋 骨 が 見える 。 ||きれいな|いっちょくせん||なな|ぶん|みっ|ぶん||わりあい||||だした|ずがい|こつ||みえる The skull appears to be a cosmetic, beautifully aligned, three-quarter alignment. これら の 頭 が 十 も 二十 も 重なり合って 、 もう 高柳 周作 は 一 歩 でも 退く 事 は なら ぬ と せり上がって くる 。 これ ら||あたま||じゅう||にじゅう||かさなりあって||たかやなぎ|しゅうさく||ひと|ふ||しりぞく|こと|||||せりあがって| Ten or twenty of these heads were piled on top of each other, and Shusaku Takayanagi was determined not to retreat even a single step. 楽 堂 の 入口 を 這 入る と 、 霞 に 酔う た 人 の ように ぽうっと した 。 がく|どう||いりぐち||は|はいる||かすみ||よう||じん|||| As soon as I entered the hall, I felt like a person intoxicated by a haze. 空 を 隠す 茂み の なか を 通り抜けて 頂 に 攀じ登った 時 、 思い も 寄ら ぬ 、 眼 の 下 に 百 里 の 眺め が 展開 する 時 の 感じ は これ である 。 から||かくす|しげみ||||とおりぬけて|いただ||よじのぼった|じ|おもい||よら||がん||した||ひゃく|さと||ながめ||てんかい||じ||かんじ||| This is the feeling you get when you climb to the top through the bushes that hide the sky, and the view of a hundred miles unfolds below you, unexpectedly. 演奏 台 は 遥か の 谷底 に ある 。 えんそう|だい||はるか||たにそこ|| The performance platform is at the bottom of a faraway valley. 近づく ため に は 、 登り 詰めた 頂 から 、 規則正しく 排 列さ れた 人間 の 間 を 一直線 に 縫う が ご とくに 下りて 、 自然 と 逼 る 擂鉢 の 底 に 近寄ら ねば なら ぬ 。 ちかづく||||のぼり|つめた|いただ||きそくただしく|はい|れっさ||にんげん||あいだ||いっちょくせん||ぬう||||おりて|しぜん||ひつ||すりばち||そこ||ちかよら||| To get close, one must descend in a straight line from the top of the mountain to the bottom of the natural mortar. 擂鉢 の 底 は 半円 形 を 劃 して 空 に 向って 広がる 内側 面 に は 人間 の 塀 が 段々 に 横 輪 を えがいて いる 。 すりばち||そこ||はんえん|かた||かく||から||むかい って|ひろがる|うちがわ|おもて|||にんげん||へい||だんだん||よこ|りん||| The bottom of the mortar is shaped like a semicircle and extends toward the sky. 七八 段 を 下りた 高柳 君 は 念のため に 振り返って 擂鉢 の 側面 を 天井 まで 見上げた 時 、 目 が ちらちら して ちょっと 留った 。 しちはち|だん||おりた|たかやなぎ|きみ||ねんのため||ふりかえって|すりばち||そくめん||てんじょう||みあげた|じ|め|||||りゅう った When Takayanagi descended the seventy-eighth step, he turned his head to look up the side of the mortar to the ceiling, just to be sure. excuse me と 云って 、 大きな 異人 が 、 高柳 君 を 蔽 い かぶせる ように して 、 一 段 下 へ 通り抜けた 。 |||うん って|おおきな|いじん||たかやなぎ|きみ||へい|||||ひと|だん|した||とおりぬけた A large foreigner said, "Excuse me," and passed through the doorway as if he was covering Takayanagi. 駝鳥 の 白い 毛 が 鼻 の 先 に ふらついて 、 品 の いい 香り が ぷん と する 。 だちょう||しろい|け||はな||さき|||しな|||かおり|||| The white hairs of the camelid wobble on the tip of my nose, and I can smell the elegant fragrance of the camelid. あと から 、 脳 巓 の 禿げた 大 男 が 絹 帽 ( シルクハット ) を 大事 そうに 抱えて 身 を 横 に して 女 に つき ながら 、 二 人 を 擦り抜ける 。 ||のう|てん||はげた|だい|おとこ||きぬ|ぼう|||だいじ|そう に|かかえて|み||よこ|||おんな||||ふた|じん||すりぬける After them, a big man with a bald head and a bald head at the top of the brain, holding a silk hat with great care, followed the woman on the side of the body, and they passed through each other. 「 おい 、 あす こ に 椅子 が 二 つ 空いて いる 」 と 物 馴 れた 中野 君 は 階段 を 横 へ 切れる 。 ||||いす||ふた||あいて|||ぶつ|じゅん||なかの|きみ||かいだん||よこ||きれる "Hey, there are two chairs available over there." Nakano, who is well accustomed to the situation, crosses the staircase and cuts across. 並んで いる 人 は 席 を 立って 二 人 を 通す 。 ならんで||じん||せき||たって|ふた|じん||とおす The person in line gets up from his or her seat and lets them pass. 自分 だけ であったら 、 誰 も 席 を 立って くれる もの は ある まい と 高柳 君 は 思った 。 じぶん|||だれ||せき||たって|||||||たかやなぎ|きみ||おもった Takayanagi thought that if it were only him, no one would get up from their seats. 「 大変な 人 だ ね 」 と 椅子 に 腰 を おろし ながら 中野 君 は 満場 を 見 廻 わす 。 たいへんな|じん||||いす||こし||||なかの|きみ||まんじょう||み|まわ| "You're a tough guy." Nakano-kun looks around the room as he sits back in his chair. やがて 相手 の 服装 に 気 が ついた 時 、 急に 小声 に なって 、 「 おい 、 帽子 を とら なくっちゃ 、 いけない よ 」 と 云 う 。 |あいて||ふくそう||き|||じ|きゅうに|こごえ||||ぼうし|||||||うん| When he eventually noticed what they were wearing, he suddenly whispered, "Hey, you need to take off your hat. I say. 高柳 君 は 卒 然 と して 帽子 を 取って 、 左右 を ちょっと 見た 。 たかやなぎ|きみ||そつ|ぜん|||ぼうし||とって|さゆう|||みた Takayanagi took off his hat and looked to the left and right for a moment. 三四 人 の 眼 が 自分 の 頭 の 上 に 注がれて いた の を 発見 した 時 、 やっぱり 包囲 攻撃 だ な と 思った 。 さんし|じん||がん||じぶん||あたま||うえ||そそが れて||||はっけん||じ||ほうい|こうげき||||おもった When I found 34 eyes on my head, I knew it was a siege. なるほど 帽子 を 被って いた もの は この 広い 演奏 場 に 自分 一 人 である 。 |ぼうし||おおって|||||ひろい|えんそう|じょう||じぶん|ひと|じん| I was the only one wearing a hat in this large concert hall. 「 外套 は 着て いて も いい の か 」 と 中野 君 に 聞いて 見る 。 がいとう||きて|||||||なかの|きみ||きいて|みる "Is it okay to wear a cloak?" I asked Nakano-kun. 「 外套 は 構わ ない んだ 。 がいとう||かまわ|| The cloak is fine. しかし あつ 過ぎる から 脱ごう か 」 と 中野 君 は ちょっと 立ち上がって 、 外套 の 襟 を 三 寸 ばかり 颯 と 返したら 、 左 の 袖 が する り と 抜けた 、 右 の 袖 を 抜く とき 、 領 の あたり を つまんだ と 思ったら 、 裏 を 表 て に 、 外套 は は や 畳まれて 、 椅子 の 背中 を 早くも 隠した 。 ||すぎる||ぬごう|||なかの|きみ|||たちあがって|がいとう||えり||みっ|すん||さつ||かえしたら|ひだり||そで|||||ぬけた|みぎ||そで||ぬく||りょう||||||おもったら|うら||ひょう|||がいとう||||たたま れて|いす||せなか||はやくも|かくした But I'm not too hot. When he turned the collar of his cloak three inches, the left sleeve slipped out, and when he pulled out the right sleeve, it pinched the edge of his territory, and the cloak was folded around the back, quickly covering the back of the chair. 下 は 仕立て おろし の フロック に 、 近頃 流行る 白い スリップ が 胴衣 ( チョッキ ) の 胸 開 を 沿う て 細い 筋 を 奇麗に あらわして いる 。 した||したて|||||ちかごろ|はやる|しろい|すりっぷ||どうい|ちょっき||むね|ひらき||そう||ほそい|すじ||きれいに|| The bottom is a tailored off-the-rack frock with a recently fashionable white slip that beautifully shows the fine stripes along the open chest of the torso girdle. 高柳 君 は なるほど いい 手際 だ と 羨ま しく 眺めて いた 。 たかやなぎ|きみ||||てぎわ|||うらやま||ながめて| Takayanagi watched enviously, thinking, "Well, that's a nice touch. 中野 君 は どう 云 もの か 容易に 坐ら ない 。 なかの|きみ|||うん|||よういに|すわら| Nakano, you don't sit easily for whatever reason. 片手 を 椅子 の 背 に 凭 た せて 、 立ち ながら 後ろ から 、 左右 へ かけて 眺めて いる 。 かたて||いす||せ||ひょう|||たち||うしろ||さゆう|||ながめて| He stands with one hand resting on the back of the chair, looking from behind and to the left and right. 多く の 人 の 視線 は 彼 の 上 に 落ちた 。 おおく||じん||しせん||かれ||うえ||おちた Many eyes fell on him. 中野 君 は 平気である 。 なかの|きみ||へいきである Nakano, you are fine. 高柳 君 は この 平気 を また 羨ま しく 感じた 。 たかやなぎ|きみ|||へいき|||うらやま||かんじた Takayanagi also envied this equanimity. しばらく する と 、 中野 君 は 千 以上 陳列 せられ たる 顔 の なか で 、 ようやく ある もの を 物色 し 得た ごとく 、 豊かなる 双 頬 に 愛嬌 の 渦 を 浮かして 、 軽く 何 人 に か 会釈 した 。 |||なかの|きみ||せん|いじょう|ちんれつ|せら れ||かお||||||||ぶっしょく||えた||ゆたかなる|そう|ほお||あいきょう||うず||うかして|かるく|なん|じん|||えしゃく| After a while, Nakano-kun, as if he had finally found something among the more than 1,000 faces on display, lightly greeted several people with a whirlpool of charm on his ample cheeks. 高柳 君 は 振り向か ざる を 得 ない 。 たかやなぎ|きみ||ふりむか|||とく| Takayanagi, you can't help but turn around. 友 の 挨拶 は どの 辺 に 落ちた のだろう と 、 こそばゆく も 首 を 捩じ 向けて 、 斜めに 三 段 ばかり 上 を 見る と 、 たちまち 目 つかった 。 とも||あいさつ|||ほとり||おちた|||||くび||ねじ|むけて|ななめに|みっ|だん||うえ||みる|||め| I turned my head inquiringly, wondering where my friend's greeting had landed, and looked up three steps at an angle, where it immediately caught my eye. 黒い 髪 の ただ中 に 黄 の 勝った 大きな リボン の 蝶 を 颯 と ひらめか して 、 細く うねる 頸筋 を 今 真 直 に 立て直す 女 の 姿 が 目 つかった 。 くろい|かみ||ただなか||き||かった|おおきな|りぼん||ちょう||さつ||||ほそく||けいすじ||いま|まこと|なお||たてなおす|おんな||すがた||め| The woman with the big yellow ribbon butterfly fluttering in the middle of her black hair, and her thin, undulating neck muscles were now straight and upright. 紅 い は 眼 の 縁 を 薄く 染めて 、 潤った 眼 睫 の 奥 から 、 人 の 世 を 夢 の 底 に 吸い込む ような 光り を 中野 君 の 方 に 注いで いる 。 くれない|||がん||えん||うすく|そめて|うるおった|がん|まつげ||おく||じん||よ||ゆめ||そこ||すいこむ||ひかり||なかの|きみ||かた||そそいで| The crimson color of her eyes is stained thin, and from the depths of her moistened eyelashes, she is pouring a light toward you that seems to suck the world into the depths of her dreams. 高柳 君 は すわ や と 思った 。 たかやなぎ|きみ|||||おもった わが 穿 く 袴 は 小倉 である 。 |うが||はかま||おぐら| My hakama is Ogura. 羽織 は 染め が 剥げて 、 濁った 色 の 上 に 垢 が 容赦 なく 日光 を 反射 する 。 はおり||しめ||はげて|にごった|いろ||うえ||あか||ようしゃ||にっこう||はんしゃ| The haori is stripped of its dye, and the stains on its muddy color reflect the sunlight mercilessly. 湯 に は 五 日 前 に 這 入った ぎり だ 。 ゆ|||いつ|ひ|ぜん||は|はいった|| I had just crawled into the hot water five days earlier. 襯衣 ( シャツ ) を 洗わ ざる 事 は 久しい 。 しんい|しゃつ||あらわ||こと||ひさしい We haven't washed shirts in a long time. 音楽 会 と 自分 と は とうてい 両立 する もの で ない 。 おんがく|かい||じぶん||||りょうりつ|||| I can never have it both ways. わが 友 と 自分 と は ? |とも||じぶん|| Who are my friends and who am I? ―― やはり 両立 し ない 。 |りょうりつ|| -- I still can't make it work. 友 の ハイカラ 姿 と この 魔力 ある 眼 の 所有 者 と は 、 千里 を 隔てて も 無線 の 電気 が かかる べく 作られて いる 。 とも||はいから|すがた|||まりょく||がん||しょゆう|もの|||ちさと||へだてて||むせん||でんき||||つくら れて| The owner of this magical eye and my friend's high-collared form are designed to be radio-connected across a thousand miles. この 一堂 の 裡 に 綺羅 の 香り を 嗅ぎ 、 和 楽 の 温かみ を 吸う て 、 落ち合う から は 、 二 人 の 魂 は 無論 の 事 、 溶けて 流れて 、 かき鳴らす 箏 の 線 の 細き うち に も 、 めぐり合わ ねば なら ぬ 。 |いちどう||り||きら||かおり||かぎ|わ|がく||あたたかみ||すう||おちあう|||ふた|じん||たましい||むろん||こと|とけて|ながれて|かきならす|こと||せん||ほそき||||めぐりあわ||| In this hall, we must smell the fragrance of beauty, absorb the warmth of Japanese music, and fall in love with each other, not only our souls, but also the fine lines of the koto that melts and flows and sweeps through the air. 演奏 会 は 数 千 の 人 を 集めて 、 数 千 の 人 は ことごとく 双 手 を 挙げ ながら この 二 人 を 歓迎 して いる 。 えんそう|かい||すう|せん||じん||あつめて|すう|せん||じん|||そう|て||あげ|||ふた|じん||かんげい|| The concert drew thousands of people, who welcomed the duo with open arms at every turn. 同じ 数 千 の 人 は ことごとく 五 指 を 弾いて 、 われ 一 人 を 排斥 して いる 。 おなじ|すう|せん||じん|||いつ|ゆび||はじいて||ひと|じん||はいせき|| The same thousands of people are all snapping their fingers and rejecting one of us. 高柳 君 は こんな 所 へ 来 なければ よかった と 思った 。 たかやなぎ|きみ|||しょ||らい||||おもった Takayanagi wished he had never come to this place. 友 は そんな 事 を 知り よう が ない 。 とも|||こと||しり||| My friend couldn't possibly know that. 「 もう 時間 だ 、 始まる よ 」 と 活版 に 刷った 曲目 を 見 ながら 云 う 。 |じかん||はじまる|||かっぱん||すった|きょくもく||み||うん| "It's time to go. It's time to go." He looked at the printed music on the letterpress and said, "I'm not sure if I can do this or not. 「 そう か 」 と 高柳 君 は 器械 的に 眼 を 活版 の 上 に 落した 。 |||たかやなぎ|きみ||きかい|てきに|がん||かっぱん||うえ||おとした "Right." Takayanagi mechanically dropped his eyes onto the letterpress. 一 、 バイオリン 、 セロ 、 ピヤノ 合奏 と ある 。 ひと|ばいおりん|||がっそう|| I. Violin, cello and piano ensemble. 高柳 君 は セロ の 何物 たる を 知ら ぬ 。 たかやなぎ|きみ||||なにもの|||しら| Takayanagi, you don't know what celluloid is. 二 、 ソナタ …… ベートーベン 作 と ある 。 ふた|そなた||さく|| (2) Sonata ...... by Beethoven. 名前 だけ は 心得て いる 。 なまえ|||こころえて| I only know the name by heart. 三 、 アダジョ …… パァージャル 作 と ある 。 みっ|||さく|| 3 , Adajo ...... by Paajal. これ も 知ら ぬ 。 ||しら| I don't know this either. 四 、 と 読み かけた 時 拍手 の 音 が 急に 梁 を 動かして 起った 。 よっ||よみ||じ|はくしゅ||おと||きゅうに|りょう||うごかして|おこった When I was about to read "4," the sound of applause suddenly moved the beam. 演奏 者 は すでに 台 上 に 現われて いる 。 えんそう|もの|||だい|うえ||あらわれて| The performer is already on the stage. やがて 三 部 合奏 曲 は 始まった 。 |みっ|ぶ|がっそう|きょく||はじまった Soon the three-part ensemble began. 満場 は 化石 した か の ごとく 静かである 。 まんじょう||かせき|||||しずかである The whole place is as quiet as if it were fossilized. 右手 の 窓 の 外 に 、 高い 樅 の 木 が 半分 見えて 後ろ は 遐 か の 空 の 国 に 入る 。 みぎて||まど||がい||たかい|しょう||き||はんぶん|みえて|うしろ||か|||から||くに||はいる Outside the window on the right, a tall fir tree can be seen halfway up and behind it is a distant sky country. 左手 の 碧 り の 窓 掛け を 洩れて 、 澄み切った 秋 の 日 が 斜めに 白い 壁 を 明らかに 照らす 。 ひだりて||みどり|||まど|かけ||えい れて|すみきった|あき||ひ||ななめに|しろい|かべ||あきらかに|てらす The clear autumn sun leaks through the blue window latch on the left, clearly illuminating the white wall at an angle. 曲 は 静かなる 自然 と 、 静かなる 人間 の うち に 、 快 よく 進行 する 。 きょく||しずかなる|しぜん||しずかなる|にんげん||||こころよ||しんこう| The music progresses pleasantly in the quiet of nature and the quiet of man. 中野 は 絢爛 たる 空気 の 振動 を 鼓膜 に 聞いた 。 なかの||けんらん||くうき||しんどう||こまく||きいた Nakano could hear the gorgeous vibrations of the air in his eardrums. 声 に も 色 が ある と 嬉しく 感じて いる 。 こえ|||いろ||||うれしく|かんじて| I am happy to hear that there is color in their voices. 高柳 は 樅 の 枝 を 離 る る 鳶 の 舞う 様 を 眺めて いる 。 たかやなぎ||しょう||えだ||はな|||とび||まう|さま||ながめて| Takayanagi watches a steeplechase fly off a fir branch. 鳶 が 音楽 に 調子 を 合せて 飛んで いる 妙だ な と 思った 。 とび||おんがく||ちょうし||あわせて|とんで||みょうだ|||おもった I thought it was strange that the steeplechase was flying in tune with the music. 拍手 が また 盛 に 起る 。 はくしゅ|||さかり||おこる The applause was again very loud. 高柳 君 は はっと 気 が ついた 。 たかやなぎ|きみ|||き|| Takayanagi suddenly noticed. 自分 は やはり 異種 類 の 動物 の なか に 一 人 坊っち で おった のである 。 じぶん|||いしゅ|るい||どうぶつ||||ひと|じん|ぼう っち||| I was still alone among the different kinds of animals. 隣り を 見る と 中野 君 は 一生懸命に 敲いて いる 。 となり||みる||なかの|きみ||いっしょうけんめいに|たたいて| I looked next door and saw Nakano-kun hard at work. 高い 高い 鳶 の 空 から 、 己 れ を この 窮屈な 谷底 に 呼び 返した もの の 一 人 は 、 われ を 無理矢理 に ここ へ 連れ込んだ 友達 である 。 たかい|たかい|とび||から||おのれ||||きゅうくつな|たにそこ||よび|かえした|||ひと|じん||||むりやり||||つれこんだ|ともだち| One of those who called me back from the high steeple sky to the bottom of this narrow valley was my friend who forced me to come here. 演奏 は 第 二 に 移る 。 えんそう||だい|ふた||うつる The performance moves on to the second. 千 余人 の 呼吸 は 一度に やむ 。 せん|よじん||こきゅう||いちどに| The breathing of more than a thousand people stops at once. 高柳 君 の 心 は また 豊かに なった 。 たかやなぎ|きみ||こころ|||ゆたかに| Takayanagi's heart was enriched again. 窓 の 外 を 見る と 鳶 は もう 舞って おら ぬ 。 まど||がい||みる||とび|||まって|| I looked out the window and saw that the steeplechase was no longer flying. 眼 を 移して 天井 を 見る 。 がん||うつして|てんじょう||みる I moved my eyes to look at the ceiling. 周囲 一 尺 も あろう と 思わ れる 梁 の 六 角形 に 削ら れた の が 三 本 ほど 、 楽 堂 を 竪 に 貫 ぬいて いる 、 後ろ は どこ まで 通って いる か 、 頭 を 回ら さ ない から 分 ら ぬ 。 しゅうい|ひと|しゃく||||おもわ||りょう||むっ|すみ かた||けずら||||みっ|ほん||がく|どう||たて||つらぬ|||うしろ||||かよって|||あたま||まわら||||ぶん|| Three hexagonal beams, each about one meter in circumference, cut into a hexagonal shape, run vertically through the music hall, but without turning my head, I cannot tell how far back they go. 所々 に 模様 に 崩した 草花 が 、 長い 蔓 と 共に 六角 を 絡んで いる 。 ところどころ||もよう||くずした|くさばな||ながい|つる||ともに|ろっかく||からんで| In some places, flowers and grasses, broken into patterns, are intertwined with long vines and hexagons. 仰向いて 見て いる と 広い 御 寺 の なか へ でも 這 入った 心 持 に なる 。 あおむいて|みて|||ひろい|ご|てら|||||は|はいった|こころ|じ|| Looking up at it, I felt as if I had crawled into the middle of a large temple. そうして 黄色い 声 や 青い 声 が 、 梁 を 纏う 唐草 の ように 、 縺 れ 合って 、 天井 から 降って くる 。 |きいろい|こえ||あおい|こえ||りょう||まとう|からくさ|||れん||あって|てんじょう||ふって| Then yellow and blue voices intertwine like arabesques on a beam, falling from the ceiling. 高柳 君 は 無人の 境 に 一 人 坊っち で 佇んで いる 。 たかやなぎ|きみ||ぶにんの|さかい||ひと|じん|ぼう っち||たたずんで| 三 度 目 の 拍手 が 、 断わり も なく また 起る 。 みっ|たび|め||はくしゅ||ことわり||||おこる A third round of applause broke out without interruption. 隣り の 友達 は 人一倍 けたたましい 敲き 方 を する 。 となり||ともだち||ひといちばい||たたき|かた|| The friend next to me is more boisterous than most. 無人の 境 に おった 一 人 坊っち が 急に 、 霰 の ごとき 拍手 の なか に 包囲 さ れた 一 人 坊っち と なる 。 ぶにんの|さかい|||ひと|じん|ぼう っち||きゅうに|あられ|||はくしゅ||||ほうい|||ひと|じん|ぼう っち|| The lone monk in the no-man's land suddenly becomes the lone monk surrounded by a hail of applause. 包囲 は なかなか 已 ま ぬ 。 ほうい|||い|| The siege is not over yet. 演奏 者 が 闥 を 排して わが 室 に 入ら ん と する 間際 に なお なお 烈 しく なった 。 えんそう|もの||たつ||はいして||しつ||はいら||||まぎわ||||れつ|| It became even more intense just as the musicians were about to leave the gand court and enter our room. ヴァイオリン を 温かに 右 の 腋下 に 護 り たる 演奏 者 は 、 ぐるり と 戸 側 に 体 を 回ら して 、 薄 紅葉 を 点じ たる 裾 模様 を 台 上 に 動かして 来る 。 ヴぁいおりん||あたたかに|みぎ||わきした||まもる|||えんそう|もの||||と|がわ||からだ||まわら||うす|こうよう||てんじ||すそ|もよう||だい|うえ||うごかして|くる The player, who protects the violin warmly in his right armpit, turns his body to the door and moves the hem pattern, which is dotted with light crimson leaves, to the platform. 狂う ばかりに 咲き乱れ たる 白菊 の 花束 を 、 飄 える 袖 の 影 に 受けとって 、 な よ やか なる 上 躯 を 聴衆 の 前 に 、 少し く かがめ たる 時 、 高柳 は 感じた 。 くるう||さきみだれ||しらぎく||はなたば||ひょう||そで||かげ||うけとって|||||うえ|く||ちょうしゅう||ぜん||すこし||||じ|たかやなぎ||かんじた As she bent over to catch the bouquet of white chrysanthemums blooming like crazy in the shadows of her wandering sleeves, Takayanagi felt her delicate frame bend slightly in front of the audience. ―― この 女 の 楽 を 聴いた の は 、 聴か さ れた ので は ない 。 |おんな||がく||きいた|||きか||||| -- I heard this woman's music, not because she made me listen to it. 聴か さ ぬ と 云 う を 、 ひそかに 忍び寄り て 、 偸 み 聴いた のである 。 きか||||うん||||しのびより||とう||きいた| He had told them that he would not listen, but they secretly snuck up on him and listened. 演奏 は 喝采 の どよめき の 静まら ぬ うち に また 始まる 。 えんそう||かっさい||||しずまら|||||はじまる The performance begins again before the roar of applause has died down. 聴衆 は とっさ の 際 に ことごとく 死んで しまう 。 ちょうしゅう||||さい|||しんで| The audience dies at the drop of a hat. 高柳 君 は また 自由に なった 。 たかやなぎ|きみ|||じゆうに| Takayanagi is free again. 何だか 広い 原 に ただ 一 人立って 、 遥か の 向 う から 熟 柿 の ような 色 の 暖かい 太陽 が 、 のっと 上って くる 心持ち が する 。 なんだか|ひろい|はら|||ひと|ひとだって|はるか||むかい|||じゅく|かき|||いろ||あたたかい|たいよう|||のぼって||こころもち|| Standing alone in the wide open field, I feel as if the warm sun, the color of a ripe persimmon, is rising from far away. 小 供 の うち は こんな 感じ が よく あった 。 しょう|とも|||||かんじ||| I used to feel this way when I was a child. 今 は なぜ こう 窮屈に なったろう 。 いま||||きゅうくつに| Why are we so cramped now? 右 を 見て も 左 を 見て も 人 は 我 を 擯斥 して いる ように 見える 。 みぎ||みて||ひだり||みて||じん||われ||ひんせき||||みえる Whether I look to the right or to the left, people seem to ostracize me. たった 一 人 の 友達 さえ 肝心の ところ で 無残 の 手 を ぱち ぱち 敲く 。 |ひと|じん||ともだち||かんじんの|||むざん||て||||たたく Even a single friend claps his cruel hand at the crucial moment. たよる 所 が なければ 親 の 所 へ 逃げ 帰れ と 云 う 話 も ある 。 |しょ|||おや||しょ||にげ|かえれ||うん||はなし|| Some people are told that if they have nowhere else to turn, they should run back to their parents. その 親 が あれば 始 から こんなに は なら なかったろう 。 |おや|||はじめ||||| If I had had those parents, I wouldn't have been in this situation from the beginning. 七 つ の 時 おやじ は 、 どこ か へ 行った なり 帰って 来 な い 。 なな|||じ||||||おこなった||かえって|らい|| When I was seven, my father went away and never came back. 友達 は それ から 自分 と 遊ば なく なった 。 ともだち||||じぶん||あそば|| My friend stopped playing with me after that. 母 に 聞く と 、 おとっさん は 今に 帰る 今に 帰る と 云った 。 はは||きく||お とっさ ん||いまに|かえる|いまに|かえる||うん った 母 は 帰ら ぬ 父 を 、 帰る と 云って だました のである 。 はは||かえら||ちち||かえる||うん って|| My mother deceived my father, who was not coming home, by telling him that she was going home. その 母 は 今 でも いる 。 |はは||いま|| My mother is still there. 住み 古 る した 家 を 引き払って 、 生れた 町 から 三 里 の 山奥 に 一 人 佗 び しく 暮らして いる 。 すみ|ふる|||いえ||ひきはらって|うまれた|まち||みっ|さと||やまおく||ひと|じん|た|||くらして| He moved out of his old house and lives alone in the mountains three miles from the town where he was born. 卒業 を すれば 立派に なって 、 東京 へ で も 引き取る の が 子 の 義務 である 。 そつぎょう|||りっぱに||とうきょう||||ひきとる|||こ||ぎむ| It is the child's duty to become a fine young man after graduation and to take him back to Tokyo. 逃げて 帰れば 親子 共 餓えて 死な なければ なら ん 。 にげて|かえれば|おやこ|とも|うえて|しな||| If they run away and return home, both parents and children will starve to death. ―― たちまち 拍手 の 声 が 一面に 湧き 返る 。 |はくしゅ||こえ||いちめんに|わき|かえる -- The applause was immediate and immediate. 「 今 の は 面白かった 。 いま|||おもしろかった That was interesting. 今 まで の うち 一 番 よく 出来た 。 いま||||ひと|ばん||できた It was the best I have ever done. 非常に 感じ を よく 出す 人 だ 。 ひじょうに|かんじ|||だす|じん| He is a very sensitive and sensitive person. ―― どう だい 君 」 と 中野 君 が 聞く 。 ||きみ||なかの|きみ||きく -- the Greatest, you." Nakano-kun asked. 「 うん 」 「 君 面白く ない か 」 「 そう さ な 」 「 そう さ な じゃ 困った な 。 |きみ|おもしろく||||||||||こまった| "Yeah." "Aren't you funny?" "Yes, it's true." I'm at a loss then. ―― おい あす この 西洋 人 の 隣り に いる 、 細かい 友禅 の 着物 を 着て いる 女 が ある だろう 。 |||せいよう|じん||となり|||こまかい|ゆうぜん||きもの||きて||おんな||| -- Hey, you will see a woman in a fine yuzen kimono next to this Westerner tomorrow. ―― あんな 模様 が 近頃 流行 んだ 。 |もよう||ちかごろ|りゅうこう| -- That kind of pattern is all the rage these days. 派出 だろう 」 「 そう か なあ 」 「 君 は カラー ・ センス の ない 男 だ ね 。 はしゅつ|||||きみ||からー|せんす|||おとこ|| "Departure." Yes. "I don't know." You are a man with no sense of color. ああ 云 う 派出 な 着物 は 、 集会 の 時 や 何 か に は ごく いい のだ ね 。 |うん||はしゅつ||きもの||しゅうかい||じ||なん||||||| Such a fancy kimono is very good for gatherings or something like that. 遠く から 見て 、 見 醒 め が し ない 。 とおく||みて|み|せい|||| It's hard to see from a distance. うつくしくって いい 」 「 君 の あれ も 、 同じ ような の を 着て いる ね 」 「 え 、 そう かしら 、 何 、 ありゃ 、 いい加減に 着て いる んだろう 」 「 いい加減に 着て いれば 弁解 に なる の かい 」 中野 君 は ちょっと 会話 を やめた 。 うつくしく って||きみ||||おなじ||||きて||||||なん||いいかげんに|きて|||いいかげんに|きて||べんかい|||||なかの|きみ|||かいわ|| It's beautiful. "I see you're wearing something like that, too." "Oh, I don't know. What, she's wearing something she's not supposed to." "Is that really an excuse if I'm wearing something I'm not comfortable with?" Nakano-kun stopped the conversation for a moment. 左 の 方 に 鼻 眼鏡 を かけて 揉 上 を 容赦 なく 、 耳 の 上 で 剃 り 落した 男 が 帳面 を 出して しきりに 何 か 書いて いる 。 ひだり||かた||はな|めがね|||も|うえ||ようしゃ||みみ||うえ||てい||おとした|おとこ||ちょうめん||だして||なん||かいて| To the left, a man wearing nose glasses and shaving off his nose above his ear is constantly writing something on a ledger sheet. 「 ありゃ 、 音楽 の 批評 でも する 男 か な 」 と 今度 は 高柳 君 が 聞いた 。 |おんがく||ひひょう|||おとこ||||こんど||たかやなぎ|きみ||きいた "Oh, is he some kind of music critic?" Takayanagi asked this time. 「 どれ 、―― あの 男 か 、 あの 黒 服 を 着た 。 ||おとこ|||くろ|ふく||きた "Which one - that man, the one in black? なあ に 、 あれ は ね 。 Hey, you know what? 画 工 だ よ 。 が|こう|| I'm an artist. いつでも 来る 男 だ が ね 、 来る たんび に 写生 帖 を 持って 来て 、 人 の 顔 を 写して いる 」 「 断わり なし に か 」 「 まあ 、 そう だろう 」 「 泥棒 だ ね 。 |くる|おとこ||||くる|||しゃせい|ちょう||もって|きて|じん||かお||うつして||ことわり|||||||どろぼう|| He is a man who always comes, but every time he comes, he brings his sketchbook and copies people's faces." "Without warning?" "Well, I guess so." You are a thief. 顔 泥棒 だ 」 中野 君 は 小さい 声 で くく と 笑った 。 かお|どろぼう||なかの|きみ||ちいさい|こえ||||わらった "Face, thief." Nakano-kun giggled in a small voice. 休憩 時間 は 十分である 。 きゅうけい|じかん||じゅうぶんである Break time is sufficient. 廊下 へ 出る もの 、 喫煙 に 行く もの 、 用 を 足して 帰る もの 、 が 高柳 君 の 眼 に 写る 。 ろうか||でる||きつえん||いく||よう||たして|かえる|||たかやなぎ|きみ||がん||うつる Takayanagi sees people going out into the hallway, smoking, and doing their business. 女 は 小 供 の 時 見た 、 豊 国 の 田舎 源氏 を 一 枚 一 枚 はぐって 行く 時 の 心 持 である 。 おんな||しょう|とも||じ|みた|とよ|くに||いなか|はじめ し||ひと|まい|ひと|まい|はぐ って|いく|じ||こころ|じ| The woman's mindset is that of a child going through the Toyokuni rural Gengenji piece by piece. 男 は 芳年 の 書いた 討ち入り 当夜 の 義 士 が 動いて る ようだ 。 おとこ||ほうねん||かいた|うちいり|とうや||ただし|し||うごいて|| The man seems to be moving like the Yoshiwara of the night of the battle. ただ 自分 が 彼ら の 眼 に どう 写る であろう か と 思う と 、 早く 帰り たく なる 。 |じぶん||かれら||がん|||うつる||||おもう||はやく|かえり|| I just wonder how I would appear in their eyes, and it makes me want to go home as soon as possible. 自分 の 左右 前後 は 活動 して いる 。 じぶん||さゆう|ぜんご||かつどう|| The left, right, front, and rear sides of myself are active. うつくしく 活動 して いる 。 |かつどう|| They are working beautifully. しかし 衣食 の ため に 活動 して いる ので は ない 。 |いしょく||||かつどう||||| However, they are not working for food and clothing. 娯楽 の ため に 活動 して いる 。 ごらく||||かつどう|| They are active for recreation. 胡蝶 の 花 に 戯 む る る が ごとく 、 浮 藻 の 漣 に 靡 く が ごとく 、 実用 以上 の 活動 を 示して いる 。 こちょう||か||ぎ||||||うか|も||さざなみ||び||||じつよう|いじょう||かつどう||しめして| The butterfly is like a butterfly playing with a flower, or being swept by a ripple of floating algae, showing more than practical activity. この 堂 に 入る もの は 実用 以上 に 余裕 の ある 人 で なくて は なら ぬ 。 |どう||はいる|||じつよう|いじょう||よゆう|||じん||||| The person who joins this hall must be a man of more than practical means. 自分 の 活動 は 食う か 食わ ぬ か の 活動 である 。 じぶん||かつどう||くう||くわ||||かつどう| My activity is a food or no food activity. 和 煦 の 作用 で は ない 粛殺 の 運行 である 。 わ|く||さよう||||しゅくさつ||うんこう| It is not a harmonious action, but a killing operation. 儼 たる 天命 に 制せられて 、 無 条件 に 生 を 享 け たる 罪 業 を 償わ ん が ため に 働 らく のである 。 げん||てんめい||せいせ られて|む|じょうけん||せい||あきら|||ざい|ぎょう||つぐなわ|||||はたら|| By virtue of a solemn mandate, I will work to atone for the sins for which I received life unconditionally. 頭から 云 えば 胡蝶 の ごとく 、 かく 翩々 たる 公衆 の いずれ を 捕え 来って 比較 されて も 、 少しも 恥 か しい と は 思わ ぬ 。 あたまから|うん||こちょう||||へん々||こうしゅう||||とらえ|らい って|ひかく|さ れて||すこしも|はじ|||||おもわ| I am like a butterfly, and I do not feel the least bit ashamed to be compared to any of the fluttering public figures I have captured. 云 いたき 事 、 云 うて 人 が 点 頭 く 事 、 云 うて 人 が 尊ぶ 事 は ない から 云 わ ぬ ので は ない 。 うん||こと|うん||じん||てん|あたま||こと|うん||じん||たっとぶ|こと||||うん||||| What we say is not what we do not say because we do not know what we want to say, what we want to say and what we want to say, what we want to say and what we want to say, what we want to say and what we want to say. 生活 の 競争 に すべて の 時間 を 捧げて 、 云 う べき 機会 を 与えて くれ ぬ から である 。 せいかつ||きょうそう||||じかん||ささげて|うん|||きかい||あたえて|||| They devote all their time to the competition of life and do not give us the opportunity to say what we need to say. 吾 が 云 い たくて 云 われ ぬ 事 は 、 世 が 聞き たくて も 聞か れ ぬ 事 は 、 天 が わが 手 を 縛 する から である 。 われ||うん|||うん|||こと||よ||きき|||きか|||こと||てん|||て||しば||| What I want to say but cannot be said, and what the world wants to hear but cannot, is because the heavens have tied my hands. 人 が わが 口 を 箝 する から である 。 じん|||くち||かん||| This is because people clamp our mouths. 巨万 の 富 を われ に 与えて 、 一 銭 も 使う なかれ と 命ぜられ たる 時 は 富 なき 昔 し の 心安き に 帰る 能 わ ず して 、 命 を 下せる 人 を 逆 しま に 詛わ ん と す 。 きょまん||とみ||||あたえて|ひと|せん||つかう|||めいぜ られ||じ||とみ||むかし|||こころやすき||かえる|のう||||いのち||くだせる|じん||ぎゃく|||のろわ||| When I am given great wealth and commanded not to spend a single penny, I will not return to the peace of mind that I had in the days of yore, but I will curse those who give their lives for me. われ は 呪い 死に に 死な ねば なら ぬ か 。 ||まじない|しに||しな|||| Must I die of a curse? ―― たちまち 咽 喉 が 塞がって 、 ご ほん ご ほん と 咳 き 入る 。 |むせ|のど||ふさがって||||||せき||はいる -- The throat is immediately blocked, and the patient begins to cough. 袂 から ハンケチ を 出して 痰 を 取る 。 たもと||||だして|たん||とる He took out a handkerchief from an embankment and swallowed phlegm. 買った 時 の 白い の が 、 妙な 茶色 に 変って いる 。 かった|じ||しろい|||みょうな|ちゃいろ||かわって| The white one I bought has turned a strange brown color. 顔 を 挙げる と 、 肩 から 観世 より の ように 細い 金 鎖 り を 懸けて 、 朱 に 黄 を 交えた 厚 板 の 帯 の 間 に 時計 を 隠した 女 が 、 列 の はずれ に 立って 、 中野 君 に 挨拶 して いる 。 かお||あげる||かた||かんぜ||||ほそい|きむ|くさり|||かけて|しゅ||き||まじえた|こう|いた||おび||あいだ||とけい||かくした|おんな||れつ||||たって|なかの|きみ||あいさつ|| When I looked up, I saw a woman with a gold chain like a kanzei hanging from her shoulder and a watch hidden between a thick belt of vermilion and yellow, standing at the end of the line, greeting Nakano-kun. 「 よう 、 いらっしゃいました 」 と 可愛らしい 二 重 瞼 を 細 めに 云 う 。 |いらっしゃい ました||かわいらしい|ふた|おも|まぶた||ほそ||うん| "Hello, you're here." She squints her pretty double eyelids and says, "I'm sorry, I'm sorry, I'm sorry. 「 いや 、 だいぶ 盛会 です ね 。 ||せいかい|| It's been a big success. 冬 田 さん は 非常な 出来 でした な 」 と 中野 君 は 半身 を 、 女 の 方 へ 向け ながら 云 う 。 ふゆ|た|||ひじょうな|でき||||なかの|きみ||はんしん||おんな||かた||むけ||うん| Mr. Fuyuta was very talented. Nakano turns his half of his body toward the woman. 「 ええ 、 大喜びで ……」 と 云 い 捨てて 下りて 行く 。 |おおよろこびで||うん||すてて|おりて|いく Yes, with great pleasure. ...... And then he left and went down. 「 あの 女 を 知って る かい 」 「 知る もの か ね 」 と 高柳 君 は 拳 突 を 喰 わす 。 |おんな||しって|||しる|||||たかやなぎ|きみ||けん|つ||しょく| "Do you know that woman?" "Who knows?" Takayanagi's fist poked at the target. 相手 は 驚 ろ いて 黙って しまった 。 あいて||おどろ|||だまって| The other person was startled into silence. 途端 に 休憩 後 の 演奏 は 始まる 。 とたん||きゅうけい|あと||えんそう||はじまる Immediately after the intermission, the performance began. 「 四葉 の 苜蓿 花 」 と か 云 う もの である 。 よつば||しょしゅく|か|||うん||| "Four-leaf clover." The "I" in "I" is the word. 曲 の 続く 間 は 高柳 君 は うつらうつら と 聴いて いる 。 きょく||つづく|あいだ||たかやなぎ|きみ||||きいて| Takayanagi was listening in a daze during the rest of the song. ぱち ぱち と 手 が 鳴る と 熱病 の 人 が 夢 から 醒 め たように 我 に 帰る 。 |||て||なる||ねつびょう||じん||ゆめ||せい|||われ||かえる The sound of a hand snapping brings the feverish person back to himself as if awakening from a dream. この 過程 を 二三 度 繰り返して 、 最後 の 幻覚 から 喚 び 醒 まさ れた 時 は 、 タンホイゼル の マーチ で 銅 鑼 を 敲き 大 喇叭 を 吹く ところ であった 。 |かてい||ふみ|たび|くりかえして|さいご||げんかく||かん||せい|||じ||||まーち||どう|どら||たたき|だい|らっぱ||ふく|| This process was repeated a couple of times, and the last time I was roused from my hallucination, I was about to play a gong and blow a big trumpet on the Tannhäusel march. やがて 、 千 余人 の 影 は 一度に 動き出した 。 |せん|よじん||かげ||いちどに|うごきだした Soon, more than a thousand shadows moved at once. 二 人 の 青年 は 揉ま れ ながら に 門 を 出た 。 ふた|じん||せいねん||もま||||もん||でた The two young men left the gate with a struggle. 日 は ようやく 暮れかかる 。 ひ|||くれかかる The sun is finally setting. 図書 館 の 横手 に 聳 える 松 の 林 が 緑 り の 色 を 微 か に 残して 、 しだいに 黒い 影 に 変って 行く 。 としょ|かん||よこて||しょう||まつ||りん||みどり|||いろ||び|||のこして||くろい|かげ||かわって|いく The forest of pine trees beside the library gradually fades into black shadow, leaving a faint green tinge. 「 寒く なった ね 」 高柳 君 の 答 は 力 の 抜けた 咳 二 つ であった 。 さむく|||たかやなぎ|きみ||こたえ||ちから||ぬけた|せき|ふた|| "It's getting cold." Takayanagi's answer was a couple of weak coughs. 「 君 さっき から 、 咳 を する ね 。 きみ|||せき||| You've been coughing for a while now. 妙な 咳 だ ぜ 。 みょうな|せき|| It's a strange cough. 医者 に でも 見て 貰ったら 、 どう だい 」 「 何 、 大丈夫だ 」 と 云 いながら 高柳 君 は 尖った 肩 を 二三 度 ゆすぶった 。 いしゃ|||みて|もらったら|||なん|だいじょうぶだ||うん||たかやなぎ|きみ||とがった|かた||ふみ|たび| Why don't you get a doctor to take a look at it? "What, I'm fine." Takayanagi-kun shook his pointed shoulder a couple of times. 松林 を 横切って 、 博物 館 の 前 に 出る 。 まつばやし||よこぎって|はくぶつ|かん||ぜん||でる Cross the pine forest to the front of the museum. 大きな 銀杏 に 墨汁 を 点じた ような 滴 々 の 烏 が 乱れて いる 。 おおきな|いちょう||ぼくじゅう||てんじた||しずく|||からす||みだれて| The raven drops are disordered, as if ink had been dabbed on a large gingko tree. 暮れて 行く 空 に 輝く は 無数の 落葉 である 。 くれて|いく|から||かがやく||むすうの|らくよう| The sky at dusk is filled with countless fallen leaves. 今 は 風 さえ 出た 。 いま||かぜ||でた Now even the wind has picked up. 「 君 二三 日 前 に 白井 道也 と 云 う 人 が 来た ぜ 」 「 道也 先生 ? きみ|ふみ|ひ|ぜん||しらい|みちや||うん||じん||きた||みちや|せんせい "Kimi, a man named Michiya Shirai came to see you a couple of days ago." "Michiya, sensei? 」 「 だろう と 思う の さ 。 ||おもう|| " I think that's what I'm saying. 余り 沢山 ある 名 じゃ ない から 」 「 聞いて 見た かい 」 「 聞こう と 思った が 、 何だか きまり が 悪 る かった から やめた 」 「 なぜ 」 「 だって 、 あなた は 中学校 で 生徒 から 追い出さ れた 事 は ありません か と も 聞け まい じゃ ない か 」 「 追い出さ れました か と 聞か なくって も いい さ 」 「 しかし 容易に 聞き にくい 男 だ よ 。 あまり|たくさん||な||||きいて|みた||きこう||おもった||なんだか|||あく|||||||||ちゅうがっこう||せいと||おいださ||こと||あり ませ ん||||きけ|||||おいださ|れ ました|||きか|なく って|||||よういに|きき||おとこ|| "It's not a name you get a lot of." "Hear it, see it." I was going to ask, but it just felt awkward, so I didn't." Why? "Because I can't even ask you if you've ever been kicked out of middle school by a student." You don't have to ask if they kicked me out." But he is a hard man to listen to. ありゃ 、 困る 人 だ 。 |こまる|じん| What a person, he's a problem. 用事 より ほか に 云 わ ない 人 だ 」 「 そんなに なった かも 知れ ない 。 ようじ||||うん|||じん|||||しれ| He's the kind of person who doesn't talk about anything else than what he has to do." "I don't know if it's gotten that bad. 元来 何の 用 で 君 の 所 へ なん ぞ 来た のだ い 」 「 なあ に 、 江 湖 雑誌 の 記者 だって 、 僕 の 所 へ 談話 の 筆記 に 来た の さ 」 「 君 の 談話 を かい 。 がんらい|なんの|よう||きみ||しょ||||きた|||||こう|こ|ざっし||きしゃ||ぼく||しょ||だんわ||ひっき||きた|||きみ||だんわ|| What is it that brought me to your place in the first place?" "You know, a reporter from Gangho magazine came to my place to write a discourse." I want to read your discourse. ―― 世の中 も 妙な 事 に なる もの だ 。 よのなか||みょうな|こと|||| -- The world has a strange way of turning out. やっぱり 金 が 勝つ んだ ね 」 「 なぜ 」 「 なぜって 。 |きむ||かつ||||なぜ って I guess money always wins." Why? Why? ―― 可哀想に 、 そんなに 零 落した か なあ 。 かわいそうに||ぜろ|おとした|| -- I wonder if the poor guy has lost that much weight. ―― 君 道也 先生 、 どんな 、 服装 を して いた 」 「 そう さ 、 あんまり 立派じゃ ない ね 」 「 立派で なくって も 、 まあ どの くらい な 服装 を して いた 」 「 そう さ 。 きみ|みちや|せんせい||ふくそう|||||||りっぱじゃ|||りっぱで|なく って||||||ふくそう||||| -- Kimi, Michiya, what kind of clothes were you wearing? "Yeah, you're not so great, are you?" "If he wasn't respectable, he was dressed in something that was." That's right. どの くらい と も 云 い 悪い が 、 そう さ 、 まあ 君 ぐらい な ところ だろう 」 「 え 、 この くらい か 、 この 羽織 ぐらい な ところ か 」 「 羽織 は もう 少し 色 が 好 いよ 」 「 袴 は 」 「 袴 は 木綿 じゃ ない が 、 その代り もっと 皺 苦 茶 だ 」 「 要するに 僕 と 伯仲 の 間 か 」 「 要するに 君 と 伯仲 の 間 だ 」 「 そう か なあ 。 ||||うん||わるい|||||きみ||||||||||はおり|||||はおり|||すこし|いろ||よしみ||はかま||はかま||もめん||||そのかわり||しわ|く|ちゃ||ようするに|ぼく||はくちゅう||あいだ||ようするに|きみ||はくちゅう||あいだ|||| I don't know how much I want to say, but yes, I think you're about right. "Oh, about this much or about this haori?" "I like a little more color in the haori." Hakama is... "Hakama are not made of cotton, but they are more wrinkled instead." In short, it's between me and Hakubu. "In short, it's between you and the Count." I don't know. ―― 君 、 背 の 高い 、 ひ ょろ 長い 人 だ ぜ 」 「 背 の 高い 、 顔 の 細長い 人 だ 」 「 じゃ 道也 先生 に 違 ない 。 きみ|せ||たかい|||ながい|じん|||せ||たかい|かお||ほそながい|じん|||みちや|せんせい||ちが| -- You're a tall, gangly guy. "Tall, with a long, narrow face." Then he must be Michiya. ―― 世の中 は 随分 無慈悲な もの だ なあ 。 よのなか||ずいぶん|むじひな||| -- The world is so ruthless, isn't it? ―― 君 番地 を 知って る だろう 」 「 番地 は 聞か なかった 」 「 聞か なかった ? きみ|ばんち||しって|||ばんち||きか||きか| -- You know the number. He didn't ask for a number. You didn't ask? 」 「 うん 。 しかし 江 湖 雑誌 で 聞けば すぐ わかる さ 。 |こう|こ|ざっし||きけば||| But you can easily find out by asking in Eko Magazine. 何でも ほか の 雑誌 や 新聞 に も 関係 して いる かも 知れ ない よ 。 なんでも|||ざっし||しんぶん|||かんけい||||しれ|| It could be related to any number of other magazines and newspapers. どこ か で 白井 道也 と 云 う 名 を 見た ようだ 」 音楽 会 の 帰り の 馬車 や 車 は 最 前 から 絡 繹 と して 二 人 を 後ろ から 追い越して 夕 暮 を 吾家 へ 急ぐ 。 |||しらい|みちや||うん||な||みた||おんがく|かい||かえり||ばしゃ||くるま||さい|ぜん||から|えき|||ふた|じん||うしろ||おいこして|ゆう|くら||われいえ||いそぐ I think I saw the name Michiya Shirai somewhere." The carriages and cars returning from the concert were the first to pass them, and they hurried toward my house at dusk. 勇ましく 馳 け て 来た 二 梃 の 人力 が また 追い越す の か と 思ったら 、 大仏 を 横 に 見て 、 西洋 軒 の なか に 掛声 ながら 引き込んだ 。 いさましく|ち|||きた|ふた|てこ||じんりょく|||おいこす||||おもったら|だいぶつ||よこ||みて|せいよう|のき||||かけごえ||ひきこんだ I wondered if the two human powerhouses that had ridden so valiantly would overtake us again, but then, seeing the Big Buddha on the side, they pulled us into the Western eaves, shouting. 黄昏 の 白き 靄 の なか に 、 逼 り 来る 暮 色 を 弾き 返す ほど の 目覚しき 衣 は 由 ある 女 に 相違 ない 。 たそがれ||しろき|もや||||ひつ||くる|くら|いろ||はじき|かえす|||めざましき|ころも||よし||おんな||そうい| She is a woman of great merit, with a robe that is so striking that it repels the dusky colors that are coming on through the white haze of twilight. 中野 君 は ぴたり と 留まった 。 なかの|きみ||||とどまった Nakano-kun stayed put. 「 僕 は これ で 失敬 する 。 ぼく||||しっけい| I'll leave you with this. 少し 待ち合せて いる 人 が ある から 」 「 西洋 軒 で 会食 する と 云 う 約束 か 」 「 うん まあ 、 そう さ 。 すこし|まちあわせて||じん||||せいよう|のき||かいしょく|||うん||やくそく||||| I have a few people waiting for me." "You promised to dine at the Western Eaves." "Yes, well, yes, I guess so. じゃ 失敬 」 と 中野 君 は 向 へ 歩き 出す 。 |しっけい||なかの|きみ||むかい||あるき|だす Well, I'm sorry." Nakano walked out in the opposite direction. 高柳 君 は 往来 の 真中 へ たった 一 人 残さ れた 。 たかやなぎ|きみ||おうらい||まんなか|||ひと|じん|のこさ| Takayanagi was left alone in the middle of the street. 淋しい 世の中 を 池 の 端 へ 下る 。 さびしい|よのなか||いけ||はし||くだる We walked down through the lonely world to the edge of the pond. その 時    一 人 坊っち の 周作 は こう 思った 。 |じ|ひと|じん|ぼう っち||しゅうさく|||おもった The young Shusaku thought to himself. 「 恋 を する 時間 が あれば 、 この 自分 の 苦痛 を かいて 、 一 篇 の 創作 を 天下 に 伝える 事 が 出来る だろう に 」 見上げたら 西洋 軒 の 二 階 に 奇麗な 花 瓦 斯 ( はな ガス ) が ついて いた 。 こい|||じかん||||じぶん||くつう|||ひと|へん||そうさく||てんか||つたえる|こと||できる|||みあげたら|せいよう|のき||ふた|かい||きれいな|か|かわら|し||がす||| "If I only had time to fall in love, I could take my pain away and tell the whole world about my creation." I looked up and saw a beautiful flower gas stove on the second floor of a western eaves.