三 姉妹 探偵 団 3 Chapter 12
12 秘密 取引
朝 が 来た 。
と いって も 、 まだ 、 やっと 夜 が 明けた 、 と いう 状態 で 、 通り に も 車 の 姿 は ほとんど なかった 。
「── 眠い よう 」
と 、 目 が 閉じ そうに なる の を 、 必死で こじあけて いる の は 、 杉 下 ルミ だ 。
「 寝れば ?
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 あんた は ?
「 私 は 国 友 さん が 来る の を 待って る わ よ 」
「 じゃ 、 私 も 待って る !
と 、 ルミ は 頭 を 振って 、 何とか 目 を 覚まそう と した 。
夕 里子 は 、 何 を 言う 元気 も ない 。
今 、 夕 里子 と 勇一 、 それ に ルミ の 三 人 は 、 小峰 邸 の 近く に あった 二十四 時間 営業 の レストラン に 入って いた 。
こんな 明け方 と いう のに 、 長 距離 トラック の 運転手 など で 、 結構 客 は 入って いる 。
小峰 邸 で の 大騒ぎ に とても 堪え 切れ ず 、 ここ へ 避難 して 来た のである 。
「 あれ が 俺 の 祖父 か ……」
と 、 勇一 は 呟く ように 、 何度 目 か の 言葉 を 口 に した 。
夕 里子 から 、 小 峰 と 、 母親 と の こと を 聞か さ れた のである 。
「 何 だって 、 うち の お 袋 、 あんな 奴 の 娘 に 生れた んだ ろ 」
と 、 勇一 は 言った 。
「 金持 なんて ! 最低じゃ ねえ か 」
「 どんな 事情 が あった の か 分 ら ない わ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 非難 する の は 、 それ が 分 って から に し なさい よ 」
「 お 説教 は よせよ 」
と 、 勇一 は 横 を 向いて しまった 。
「── 助かる と いい わ ね 」
少し 間 を 置いて 、 夕 里子 が 言った 。
「 知る かい 」
勇一 は 、 外 を 見た まま 、 言った 。
拳銃 で 撃た れた 小 峰 は 、 病院 へ 運ば れて いた 。
弾丸 は わずかに 心臓 を それて いた が 、 何といっても 、 老人 であり 、 助かる か どう か 、 半々 と いう ところ らしかった 。
夕 里子 は 、 ウェイター を 呼んで 、 コーヒー を 頼んだ 。
もう 五 杯 目 だ 。
「── 俺 も もらおう 」
と 、 勇一 が 言って 、 それ から 、
「 ごめん よ 」
「 何 が ?
「 珠美 の こと 、 心配だ ろ ?
それなのに 、 俺 一 人 で 文句 言って て ……」
「 いい わ よ 」
夕 里子 は 微笑んで 見せた 。
「 珠美 は しっかり して る から 、 大丈夫 。 何とか 切り抜ける わ よ 」
自分 に 向 って も 、 言って いる のだった 。
国 友 が 、 店 に 入って 来た 。
「 や あ 」
と だけ 言って 、 ドサッ と 席 に つく 。
「 お 疲れ さま 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 片付いた の ? 「 まだ だ 。
でも 、 後 は もう 任せて おける 。 ── くたびれた ! と 、 大 欠 伸 を する 。
「 ごめんなさい 。
もっと 私 たち が 早く 知らせて あげて れば 、 お 客 たち が 帰り 出す 前 に 、 手 を 打てた のに ね 」
「 同じ こと さ 。
ともかく 偉い の ばかり 、 手 こ ずる よ 」
「 手がかり は ?
「 うん 。
──、 小 峰 の 秘書 から 話 を 聞いて る 」
「 競売 で 司会 を して た 人 かしら 」
「 そうだ 。
珠美 君 の こと も 、 きっと 何 か 知って る 。 訊 き 出して 見せる よ 」
「 信じて る わ 」
夕 里子 は 肯 いた 。
「 その 子 も 、 きっと ね 」
見れば 、 杉 下 ルミ は 、 もう グーグー 眠って いる のだった 。
「── 眠って る と 、 あんまり 憎らしく 見え ない わ ね 」
と 、 夕 里子 は 微笑んだ 。
「 全く だ 」
国 友 は 、 コーヒー を 注文 して 、 運ば れて 来る と 、 たちまち 飲み干して しまった 。
「── もう 一 杯 ! 「 胃 に 悪い わ よ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 目 が 覚め ない んだ 。
仕方ない よ 」
「 若い から って 、 無理 し ないで 」
「 それ は こっち の セリフ だ よ 」
と 、 国 友 は 苦笑 した 。
「 小峰 さん の 容態 、 どう な の ?
「 今 、 問い合せた けど 、 変り ない ようだ 。
今日 一杯 もてば 大丈夫 、 と 言って る 」
「 そう 」
夕 里子 は 肯 いた 。
「── ね 、 あんた は お 母さん から 、 小峰 さん の こと 、 聞か なかった の ? 「 全然 」
と 、 勇一 は 首 を 振った 。
「 お 袋 は 両親 が とっくに 死んで る と 言って た 」
「 親戚 付合い と か 、 何 か なかった の ?
「 うち の お 袋 、 えらく しっかり者 だった んだ 。
── 他人 は 当て に なら ない って の が 、 口ぐせ だった 。 親戚 だけ じゃ なくて 、 近所 の かみ さん たち と も 、 まるで 付合って なかった みたいだ 。 住んで た 団地 じゃ 嫌わ れて た んだ ぜ 」
「 へえ 」
「 しっかり は して る けど 、 どこ か 呑気 って の か な 。
どっしり 構えて る って とこ が あった んだ 。 そういう とこ が 、 お 高く 止って る と か 言わ れて 、 近所 じゃ 嫌わ れて た みたいだ な 」
それ は 、 小峰 家 の 一 人 娘 と いう 育ち の せい だろう 、 と 夕 里子 は 思った 。
育った 環境 で 身 に つけた 生活 の テンポ と いう の は 、 そう 簡単に は 変ら ない もの だ 。
「── 父親 の こと を 聞か せて くれ ない ?
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 父親 ?
── ああ 、 俺 の 親父 の こと か 」
勇一 は 肩 を すくめた 。
「 俺 は 顔 も 知ら ねえ よ 」
「 家 を 出た って ── じゃ 、 そんなに 昔 の こと な の ?
「 うん 。
家 を 出た 、 と いう より 、 結婚 する ところ まで 行か なかった んじゃ ない か な 。 俺 が 生れた こと は 知って たろう けど 」
「 有田 って いう 人 な んでしょ ?
「 名前 は 知ら ない よ 。
有田 って の は 、 父親 の 名前 じゃ ない んだ 」
「 違う の ?
「 うん 。
俺 が 五 つ か 六 つ ぐらい の とき に 、 お 袋 、 一 度 結婚 した んだ よ 。 その 相手 が 有田 って いったん だ 」
「 その 人 は ?
「 結婚 して 一 ヵ 月 目 に 事故 で 死 ん じ まった 。
その こと は 憶 えて る 」
「 まあ 。
── 運 が 悪い の ね 」
「 そう だ な 」
勇一 は 、 ちょっと 唇 の 端 で 笑った 。
「 でも ── お 袋 は 、 大して ショック で も ない みたいだった 。 お 袋 は ね 、 少女 みたいに ロマンチックな ところ が あった んだ 」
「 少女 みたいに ──?
「 うん ……」
勇一 は 、 ちょっと 視線 を 遠く へ 向けた 。
母親 の 面影 を 追い かける ように 。
「 しっかり者 で 、 自分 で 働いて 、 俺 を 育てた し 、 太っ腹で 、 俺 が 喧嘩 相手 を 死な せて 少年院 送り に なった とき も 、『 これ も 人生 勉強 だ よ 』 って 言って 怒り も し なかった 。
── でも 、 その 一方 じゃ 、『 私 が 愛して た の は 、 あんた の お 父さん だけ よ 』 なんて 、 大真面目に 言う んだ 」
夕 里子 は 、 思い も かけ ない 優し さ が 溢れる 勇一 の 顔 を 見て 、 ふと 胸 の 熱く なる の を 覚えた 。
この 子 、 母親 を 本当に 愛して た んだ わ 、 と 思った 。
そして 、 それ だけ の 魅力 ある 母親 だった のだ 、 と いう こと も 分 った ……。
「 素敵な 人 だった の ね 、 あんた の お 母さん 」
と 、 夕 里子 は 言った
勇一 が 夕 里子 を 見て 、 微笑んだ 。
「── ありがとう 」
と 、 勇一 は 言って 、 それ から 表情 を 引き締める と 、「 だから 許せ ない んだ ── お 袋 を 殺した 奴 の こと が 」
「 しかし な 」
と 、 国 友 が 静かに 言った 。
「 制裁 は こっち へ 任せろ 。 お 袋 さん だって 、 お前 が また 少年院 送り に なる の を 喜び や し ない ぞ 」
勇一 は 、 真 直ぐに 国 友 の 目 を 見返して 、
「 お 袋 に ゃ 喜ぶ こと も 、 怒る こと も でき ない んだ よ 」
と 言った 。
国 友 も 、 それ に は 何も 言え ない 。
── 勇一 は 、 立ち上る と 、 化粧 室 へ 歩いて 行った 。
「 やれやれ 」
と 、 国 友 は ため息 を ついた 。
「 でも 、 悪い 子 じゃ ない と 思う わ 」
夕 里子 の 言葉 に 、 国 友 は 肯 いた 。
「 分 って る さ 。
僕 だって そう 思う 。 だから 、 いい 機会 さえ あれば 、 きっと 並 じゃ ない 人間 に なる と 思って 、 ため息 を ついた んだ 」
「 そう ね 」
夕 里子 は 微笑んだ 。
「 国 友 さん と 意見 が 一致 して 嬉しい わ 」
「 いつも 一致 して る じゃ ない か 」
「 そう ね 」
二 人 は 、 ゆっくり と コーヒー を 飲んだ 。
国 友 は ブラック で 、 夕 里子 は 、 クリーム も 砂糖 も たっぷり 入れて 。
「 珠美 君 の こと が 心配だ な 」
と 、 国 友 は 言った 。
「 屋敷 の 中 は 捜して みた んだ が ……」
「 あの 子 は 大丈夫 よ 。
でも ── もちろん 早く 捜し 出し たい けど 」
「 当然だ 。
── 僕 が 現場 に 居 合せれば 、 事情 は 違って いた かも しれ ない のに 。 僕 の 手落ち だ よ 」
「 だけど ──」
夕 里子 は 、 ともすれば 落ち 込み かける 気持 を 立て直して 、「 小峰 さん を 撃った の は 誰 な の かしら ?
動機 は ? 「 あれ だけ の 資産 家 だ から ね 。
狙わ れる こと が あって も 不思議じゃ ない が ──」
国 友 は 、 勇一 が 立って 行った 化粧 室 の 方 へ 目 を やって 、「 そう か 。
もしかすると 、 あの 子 の こと が 絡んで る かも しれ ない な 」
「 私 も そう 思った の 。
勇一 が 小峰 さん の 孫 だって こと が 証明 さ れたら 、 相当な 財産 を 引き継ぐ わけでしょう ? 「 有田 信子 の 死 で 、 孫 の 存在 が 知れた 。
その 直後 に 小 峰 が 撃た れた 」
「 偶然 と は 思え ない わ 」
「 うん ……」
国 友 は 考え 込んだ 。
「 それ に 、 もし 、 有田 信子 殺し まで 、 それ に 絡んで る と したら ?
「 可能 性 は ある な 」
「 大体 、 有田 信子 を 殺す 動機 って 、 何 か 考え られる ?
捜査 で 分 った こと が ある の ? 国 友 は 、 ちょっと 夕 里子 を 眺めて いた が 、 やがて 諦めた ように 、
「 いい だろう 。
── 君 たち 姉妹 を 巻き 込み たく なかった んだ が 、 ここ まで 来て しまって は ね 」
「 そう よ 。
諦めて 白状 し なさい 」
国 友 は 、 苦笑 した 。
「── 有田 信 子 に は 恋人 が いた らしい 」
「 まあ 」
夕 里子 は 、 目 を 見開いた 。
「 誰 な の ? 「 それ は 分 って ない 。
ただ 、 彼女 の 持って いた バッグ に 手帳 が 入って いて ね 、 そこ に ホテル の 名前 が あった 」
「 ホテル ?
「 そう 。
言う なれば ラブ ホテル か な 」
「 へえ 。
── 意外 ね 」
何となく 、 勇一 の 話した 母親 の イメージ と 、 一致 し ない ような 気 が した のである 。
「 いつも 同じ ホテル を 使って いた らしい んで 、 写真 を 持って 、 行って みた 」
「 一 人 で ?
「 当り前じゃ ない か 」
と 、 国 友 は 笑って 言った 。
「── ホテル の 従業 員 が 憶 えて いた よ 」
「 相手 の こと も ?
「 いや 、 有田 信子 の 方 だけ だ 。
── いつも 彼女 の 方 は 堂々と して 、 と いう か 、 全然 悪びれた 風 も なく やって 来た 、 と いう んだ よ 」
「 相手 は ?
「 それ が 、 いつも 同じ 相手 らしい 、 と いう こと は 分 った んだ が 、 顔 を 伏せて 、 コソコソ 歩いて る んで 、 どんな 男 だ か 全く 分 ら ない 、 と いう んだ 」
「 なるほど ね 」
「 まあ 、 彼女 に 恋人 が いて も 、 おかしく は ない 」
「 そう ね 。
四十 に なって 独り暮し じゃ 、 寂しい でしょう から ね 。 でも ──」
と 、 夕 里子 は 眉 を 寄せる 。
「 何 だい ?
「 なぜ ホテル を 使う の かしら ?
彼女 の アパート は 、 勇一 も い なかった んだ から 、 いつでも 一 人 だった わけでしょ 」
「 それ は きっと 、 近所 の 目 を 避けた んじゃ ない か な 」
「 あ 、 そう か 」
夕 里子 は 肯 いた 。
「 近所 に 対して は 、 きっと 超然 と して た の ね 」
「 男 の 方 の 部屋 に は ……」
「 行か なかった 。
── もし 、 男 の 部屋 へ 行って 構わ ない の なら 、 何度 も ホテル を 使ったり し なかった でしょう 。 と いう こと は ……」
「 僕 も そう にらんで る 。
── 有田 信子 の 恋人 に は 、 きっと 女房 が いたんだ よ 」
と 、 国 友 は 言った 。
「 もし 、 それ が 殺人 の 動機 だ と したら ……」
「 今 、 その 恋人 が 誰 だった か を 、 当ら せて る ところ さ 。
しかし 、 漠然と して る から ね 」
「 他 に も 問題 が ある わ 」
と 、 夕 里子 は 身 を 乗り出す 。
「 有田 信子 が なぜ 学校 で 殺さ れた か 、 よ 」
「 うん 、 それ も ある 」
「 勇一 が あの 中学校 に 通った の は 、 ほんの わずか 。
しかも 二 年生 の とき でしょう 。 今 、 有田 信 子 と あの 学校 と は 何の 関係 も ない はずだ わ 」
「 そう だ な 」
「 それなのに 、 なぜ 夜中 に あんな 所 へ 出かけて 行った の か ……」
「 誰 か と 会う ため だった の かも しれ ない な 。
その 相手 が あそこ を 指定 した ……」
「 夜中 の 中学校 を ?
── ちょっと 考え にくい わ ね 」
夕 里子 は 首 を 振った 。
「 例の テスト 用紙 の コピー が 、 何 か 関係 して る の かも しれ ない わ 」
「 そこ だ 。
── あれ が なぜ 彼女 の バッグ に 入って いた の か 」
「 謎 ね 。
しかも クシャクシャ に なって いた ……」
「 犯人 が 入れた と 考える の も 、 ちょっと 意味 が 分 ら ない ね 」
「 待って 。
── 現場 に は 争った 跡 が あった の ね ? 「 うん 。
派手に 机 や 椅子 が 倒れて た 」
「 じゃ ── その コピー は 、 有田 信子 が 、 犯人 と 争って 、 奪い取った の かも しれ ない わ 」
「 なるほど 。
それ なら クシャクシャ に なって いた の も 分 る な 」
国 友 は 肯 いた 。
「 理由 は 分 ら ない けど ……。
争って 、 コピー を 取り 上げ 、 バッグ に 入れる 。 帰り かけた とき に 後ろ から ──」
「 後 頭部 を 一撃 か 。
うん 、 状況 に は ピッタリ だ 」
「 そう なる と 、 学校 と 関係 の なかった 有田 信子 が 、 なぜ 相手 から コピー を 取り 上げよう と した か が 問題 ね 」
「 その辺 は 、 本当 なら 、 殺さ れた 丸山 に 詳しく 訊 き たい ところ だった な 」
「 そう ね ……」
夕 里子 は 、 考え 込み ながら 肯 いた 。
── ある 考え が 、 少しずつ 形 を 整え つつ あった 。
論理 的 と は とても 言え ない 、 直感 みたいな もの だった が ── でも 、 もし 本当に そう だ と したら ──。
考え 込んで いる ところ に 、
「 ちょっと !
と 、 凄い 声 が 叩きつけ られた 。
国 友 は 振り返って 、 びっくり した 。
「 や あ 、 あなた は ──」
「 あなた は 、 じゃ あり ませ ん !
それ は 、 有田 信子 が 殺さ れて いる の を 通報 して 来た 坂口 正明 の 母親 、 坂口 爽子 だった 。
いや 、 当の 正明 も 、 母親 の 後ろ に 、 隠れる ように 立って いる 。
「 どうした ん です ?
と 国 友 が 訊 く と 、 坂口 爽子 は キッ と 目 を つり 上げて 、
「 また 、 この 子 を いじめた の ね !
「 いじめる ?
── いや 、 パーティ に 出て いた わけです から ね 、 一応 手続き と して ──」
「 許せ ませ ん !
児童 虐待 で 告訴 も 考え ます から ね ! 「 ねえ ママ ──」
と 、 正明 が 言い かける の を 、
「 あなた は 黙って なさい !
と 遮り 、「 この 寒い 夜 に 、 うち の 正明 ちゃん を 一睡 も さ せ ず に おく なんて !
それ が 原因 で 風邪 を ひき 、 それ が もと で 肺炎 に でも なったら どう する んです か ! 「 ママ 、 僕 ──」
「 ママ に 任せ なさい !
── いい です ね 、 刑事 さん 、 私 の 方 に も 覚悟 が あり まして よ ! 「 ママ 、 あの ね ──」
「 いらっしゃい !
早く お うち に 帰って 、 あったかい スープ を 飲ま なくちゃ 」
坂口 爽子 は 、 正明 の 手 を つかんで 、 有無 を 言わ せ ず 、 引 張って 行って しまった 。
しばし 啞然 と して いた 夕 里子 は 、
「── 凄い お 母さん ね 」
と 、 言って 、 首 を 振った 。
「 母親 も 色々だ 」
と 、 国 友 は 笑って 言った 。
二 人 は 、 また コーヒー を 飲んだ が ……。
ふと 、 顔 を 上げ 、 目 を 見交わす 。
「── 遅い じゃ ない ?
と 夕 里子 は 言った 。
勇一 の こと である 。
「 おかしい な 」
国 友 は 、 立って 、 化粧 室 へ と 急いだ 。
── ほんの 何 秒 か の 後 、 国 友 は 、 飛び出して 来た 。
「 窓 から 逃げた !
畜生 ! 夕 里子 は 、 レストラン を 出て 、 裏手 へ と 駆け 出す 国 友 を 、 腰 を 浮か した まま 見送って いた 。
「── 色々 ご 迷惑 を お かけ し ました 」
小 峰 の 秘書 、 井口 が 、 額 の 汗 を ハンカチ で 拭って 、 頭 を 下げた 。
傍 で 見て いる 夕 里子 に は 、 それ は いかにも わざとらしい 、 不必要な 仕草 に 見えた 。
姿 を 消した 勇一 を 捜した もの の 、 徒労 に 終って 、 国 友 と 夕 里子 は 小峰 邸 に 戻って いた のである 。
ルミ は 、 迎え に 来た 父親 の 車 で 家 に 帰って いた 。
ほとんど 眠った まま だった が 。
「 小峰 さん の 事件 は ともかく と して ──」
国 友 は 、 手帳 を 閉じて 言った 、「 もう 一 つ 、 佐々 本 珠美 さん を 誘拐 して 来た 件 に ついて は 、 どう 釈明 し ます ?
「 誘拐 で すって ?
と 、 井口 が 大げさに 驚いて 見せた 。
「 とんでもない ! そりゃ 確かに ── 睡眠 薬 を 服 ませたり は し ました 。 あの 競売 へ 出す とき に です 。 ここ へ 連れて 来た の は 、 強制 でも 何でも あり ませ ん よ 」
「 する と 、 進んで 一緒に 来た 、 と いう んです ね ?
「 刑事 さん 」
井口 は 、 にこやかに 笑顔 を 作り 、「 私 ども と して も ── たとえ 小峰 様 の 言いつけ だった と は いえ 、 ああいう 、 まだ 中学生 の 女の子 を あんな ゲーム に 使った の は 、 申し訳ない と 思って い ます 。
しかし 、 誘拐 など と 言わ れて は どうも ……」
「 心外だ 、 と ?
「 その 通り です 」
「 しかし 、 あそこ で 彼女 を 競売 しよう と した 、 と いう こと は 、 はっきり 言って 、 売春 の 仲介 を して いる ような もの でしょう 」
「 いや 、 それ は ──」
井口 が 頭 を かいて 、「 あくまで あれ は 遊び です よ 。
買 主 と 彼女 が 、 その後 の 話し 合い で どう なる か 、 そこ まで は 私 も よく 分 り ませ ん が 」
逃げ口 上 である 。
そこ へ 、 進み 出た の は 草間 由美子 だった 。
「 あの 子 に 服 を 着せたり した の は 私 です ので 」
と 、 滑らかな 口調 で 、「 これ は あの 女の子 に とって は 、 面白い アルバイト だった んです 」
「 ほう ?
する と 、 お 金 を 払う 、 と 言った んです ね ? 「 はい 。
可愛い 衣裳 を 身 に つけて 、 中年 の おじさん の 相手 を する だけ で ── それ は 決して 肉体 的な こと だけ じゃ あり ませ ん 。 とても いい お 金 に なる んだ と 喜んで い ました 」
「 ふむ 。
しかし 、 それ なら なぜ 、 わざわざ 睡眠 薬 を 服 ませる 必要 が あった んです か ? 「 いわば 演出 効果 です 」
と 、 井口 が 言った 。
「 やはり 、 あそこ で は 人形 らしく 見え なくて は いけない 。 眠った ふり を して いる より は 、 やはり 本当に 眠って いる 方 が ね 」
「 本人 も 承知 の 上 だった 、 と ?
「 そうです 」
国 友 は 、 いかにも 抜け目 の ない 井口 の 答え に 、 しばらく 考え 込んで いた 。
「── しかし 、 よく 分 り ませ ん ね 。
話 で は 、 百万 と か 二百万 と か いう 値 が ついて いた そう じゃ ない です か 。 若い 女の子 と 浮気 する ぐらい の こと なら 、 そんな 大金 を 出す こと も ない でしょう 」
「 いや 、 まあ …… お 金持 は 、 変って い ます から ね 」
井口 は 、 ちょっと 笑った 。
「 そちら の 言い分 は よく 分 り ました 。
しかし 、 果して その 通り な の か どう か 、 その 人形 当人 に 訊 いて みれば すぐ 分 る こと です 」
国 友 は 、 厳しい 口調 に なって 、 言った 。
「 佐々 本 珠美 は どこ へ 行った んです ? 夕 里子 が 、 組み合せた 腕 に 、 ギュッと 力 を 入れた 。
「── 分 り ませ ん 」
と 、 井口 は 首 を 振った 。
「 信じて 下さい 。 本当です よ 。 あの 混乱 の 間 に どこ か へ 消えて しまった 。 私 ども も 途方 に くれて いる んです から ! 「 困り ました ね 。
こちら と して は 、 あなた 方 が 何 か 知って おら れる だろう と 思って いた んです が 」
「 お 役 に 立て ず 、 申し訳 あり ませ ん 」
と 、 井口 が また 頭 を 下げる 。
夕 里子 が 、 口 を 挟んだ 。
「 珠美 が 前 から 着て いた 服 は ?
「 ああ 、 あれ です か 」
と 、 草間 由美子 が 答えた 。
「 いい 品 じゃ ない ので 、 捨てて しまい ました 」
カチン と 来て 、 夕 里子 は 草間 由美子 を にらみ つけて いた ……。
「── で は 、 佐々 本 珠美 さん の 件 に ついて は 、 当人 が 見付かり 次第 、 また 改めて お 話 を うかがう こと に し ましょう 。
それ から 、 問題 の 競売 に ついて は ……」
「 その 件 は です ね 」
と 、 井口 が 素早く 言った 。
「 何 分 、 他 聞 を はばかる こと で も あり ます ので 」
「 それ に 、 小峰 様 が 撃た れた 事件 と は 関係 ない と 思い ます 」
と 、 草間 由美子 が 言った 。
国 友 は ジロリ と 彼女 の 方 を 見返して 、
「 関係 あるか ない か 、 決める の は こちら の 仕事 です !
と 言った 。
夕 里子 は 内心 、 国 友 に 拍手 を 送った 。
井口 の 言う 意味 は 、 夕 里子 に も 察し が つく 。
つまり 、 あの 競売 に 集まって いた 客 の 中 に は 、 各界 の 有力 者 も 少なく ない 。 当然 、 競売 の 事実 そのもの を 、 公表 して もらって は 困る 、 と いう わけな のだ 。
勇一 で は ない が 、 全く 金持 と いう の は 勝手な もの である 。
夕 里子 と して は 、 もう 一 つ 、 草間 由美子 が 、 どうして 丸山 を 知って いた の か 、 訊 いて み たかった が 、 それ は 今 持ち出さ ない 方 が いい 、 と 思った 。
彼女 の 方 は 、 それ を 知ら れて いる と 思って い ない 。
充分に 裏付け を 取って 、 ぶつけて やる のだ 。 そう すれば 、 何 か ボロ を 出す かも しれ ない 。
それにしても 、 と 夕 里子 は 思った 。
珠美 、 どこ へ 行った んだろう ?
「── すま なかった ね 」
と 、 国 友 が 言った 。
「 いいえ 。
送って くれて ありがとう 」
夕 里子 は 、 マンション の ロビー で 、 足 を 止めた 。
「 ここ まで で いい わ 」
「 大丈夫 かい ?
国 友 が 心配 そうに 訊 いた 。
大丈夫な わけ が ない 。
── いくら 夕 里子 が 気丈な 娘 でも 、 妹 が 行方 不明 と いう ので は 。
でも 、 国 友 の 前 で 、 あまり 見 っと も なく 涙 なんか 見せ たく なかった 。
もちろん 、 国 友 は 大人 の 男 で 、 夕 里子 は まだ 十八 の 少女 な のだ から …… たまに は 国 友 の 胸 で 泣いたり する の も 、 悪く ない かも しれ ない 。
でも ── こうして 目の前 に いる と 、 つい 強 が って 見せて しまう 。
それ は 、 見栄 と いう より 、 国 友 に 心配 を かけ たく ない せい な のだ ……。
「 平気 」
夕 里子 は 微笑んだ 。
「 ちょっと 気 が めいって る けど 、 疲れて る せい よ 」
「 そう だ な 。
眠って くれよ 、 ちゃんと 」
「 うん 。
でも 学校 が ──」
と 言い かけて 、 夕 里子 は 、 ちょっと ポカン と した 顔 に なった 。
「 そう か あ 。 今日 は 日曜日 だった んだ ……」