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或る女 - 有島武郎(アクセス), 36.1 或る女

36.1 或る 女

底 の ない 悒鬱 が ともすると はげしく 葉子 を 襲う ように なった 。 いわれ の ない 激怒 が つまらない 事 に も ふと 頭 を もたげて 、 葉子 は それ を 押し しずめる 事 が でき なく なった 。 春 が 来て 、 木 の 芽 から 畳 の 床 に 至る まで すべて の もの が 膨らんで 来た 。 愛子 も 貞 世 も 見違える ように 美しく なった 。 その 肉体 は 細胞 の 一つ一つ まで 素早く 春 を かぎつけ 、 吸収 し 、 飽満 する ように 見えた 。 愛子 は その 圧迫 に 堪え ないで 春 の 来た の を 恨む ような けだる さ と さびし さ と を 見せた 。 貞 世 は 生命 そのもの だった 。 秋 から 冬 に かけて に ょき に ょき と 延び 上がった 細々 した から だに は 、 春 の 精 の ような 豊 麗 な 脂肪 が しめやかに しみわたって 行く の が 目 に 見えた 。 葉子 だけ は 春 が 来て も やせた 。 来る に つけて やせた 。 ゴム 毬 の 弧 線 の ような 肩 は 骨 ばった 輪郭 を 、 薄着 に なった 着物 の 下 から のぞかせて 、 潤沢な 髪 の 毛 の 重み に 堪え ない ように 首筋 も 細々と なった 。 やせて 悒鬱 に なった 事 から 生じた 別種 の 美 ―― そう 思って 葉子 が たより に して いた 美 も それ は だんだん 冴え 増 さって 行く 種類 の 美 で は ない 事 を 気づか ねば なら なく なった 。 その 美 は その 行く手 に は 夏 が なかった 。 寒い 冬 のみ が 待ち構えて いた 。 ・・

歓楽 も もう 歓楽 自身 の 歓楽 は 持た なく なった 。 歓楽 の 後 に は 必ず 病理 的な 苦痛 が 伴う ように なった 。 ある 時 に は それ を 思う 事 すら が 失望 だった 。 それ でも 葉子 は すべて の 不自然な 方法 に よって 、 今 は 振り返って 見る 過去 に ばかり ながめられる 歓楽 の 絶頂 を 幻影 と して でも 現在 に 描こう と した 。 そして 倉地 を 自分 の 力 の 支配 の 下 に つなごう と した 。 健康 が 衰えて 行けば 行く ほど この 焦 躁 の ため に 葉子 の 心 は 休ま なかった 。 全 盛期 を 過ぎた 伎芸 の 女 に のみ 見られる ような 、 いたましく 廃 頽 した 、 腐 菌 の 燐 光 を 思わ せる 凄 惨 な 蠱惑 力 を わずかな 力 と して 葉子 は どこまでも 倉地 を とりこ に しよう と あせり に あせった 。 ・・

しかし それ は 葉子 の いたましい 自覚 だった 。 美 と 健康 と の すべて を 備えて いた 葉子 に は 今 の 自分 が そう 自覚 さ れた のだ けれども 、 始めて 葉子 を 見る 第三者 は 、 物 すごい ほど 冴え きって 見える 女盛り の 葉子 の 惑 力 に 、 日本 に は 見られ ない ような コケット の 典型 を 見いだしたろう 。 おまけに 葉子 は 肉体 の 不足 を 極端に 人目 を ひく 衣服 で 補う ように なって いた 。 その 当時 は 日 露 の 関係 も 日 米 の 関係 も あらし の 前 の ような 暗い 徴候 を 現わし 出して 、 国 人 全体 は 一種 の 圧迫 を 感じ 出して いた 。 臥薪 嘗胆 と いう ような 合い言葉 が しきりと 言論 界 に は 説かれて いた 。 しかし それ と 同時に 日 清 戦争 を 相当に 遠い 過去 と して ながめ うる まで に 、 その 戦 役 の 重い 負担 から 気 の ゆるんだ 人々 は 、 ようやく 調整 さ れ 始めた 経済 状態 の 下 で 、 生活 の 美装 と いう 事 に 傾いて いた 。 自然 主義 は 思想 生活 の 根底 と なり 、 当時 病 天才 の 名 を ほしいままに した 高山 樗牛 ら の 一団 は ニイチェ の 思想 を 標榜 して 「 美的 生活 」 と か 「 清盛 論 」 と いう ような 大胆 奔放な 言説 を もって 思想 の 維新 を 叫んで いた 。 風俗 問題 と か 女子 の 服装 問題 と か いう 議論 が 守旧 派 の 人々 の 間 に は かまびすしく 持ち出されて いる 間 に 、 その 反対 の 傾向 は 、 殻 を 破った 芥子 の 種 の ように 四方八方 に 飛び散った 。 こうして 何 か 今 まで の 日本 に は なかった ような もの の 出現 を 待ち 設け 見守って いた 若い 人々 の 目 に は 、 葉子 の 姿 は 一 つ の 天 啓 の ように 映った に 違いない 。 女優 らしい 女優 を 持た ず 、 カフェー らしい カフェー を 持た ない 当時 の 路上 に 葉子 の 姿 は まぶしい もの の 一 つ だ 。 葉子 を 見た 人 は 男女 を 問わ ず 目 を そばだてた 。 ・・

ある 朝 葉子 は 装い を 凝らして 倉地 の 下宿 に 出かけた 。 倉地 は 寝 ごみ を 襲われて 目 を さました 。 座敷 の すみ に は 夜 を ふかして 楽しんだ らしい 酒 肴 の 残り が 敗 えた ように かためて 置いて あった 。 例の シナ 鞄 だけ は ちゃんと 錠 が おりて 床の間 の すみ に 片づけられて いた 。 葉子 は いつも の とおり 知らんふり を し ながら 、 そこら に 散らばって いる 手紙 の 差し出し 人 の 名前 に 鋭い 観察 を 与える のだった 。 倉地 は 宿 酔 を 不快 がって 頭 を たたき ながら 寝床 から 半身 を 起こす と 、・・

「 なんで けさ は また そんなに しゃれ 込んで 早く から やって 来 おった んだ 」・・

と そっぽ に 向いて 、 あくび でも し ながら の ように いった 。 これ が 一 か月 前 だったら 、 少なくとも 三 か月 前 だったら 、 一夜 の 安眠 に 、 あの たくましい 精力 の 全部 を 回復 した 倉地 は 、 いきなり 寝床 の 中 から 飛び出して 来て 、 そう は さ せまい と する 葉子 を 否応 なし に 床 の 上 に ねじ伏せて いた に 違いない のだ 。 葉子 は わき目 に も こせこせ と うるさく 見える ような 敏捷 さ で そのへん に 散らばって いる 物 を 、 手紙 は 手紙 、 懐中 物 は 懐中 物 、 茶 道具 は 茶 道具 と どんどん 片づけ ながら 、 倉地 の ほう も 見 ず に 、・・

「 きのう の 約束 じゃ ありません か 」・・

と 無愛想に つぶやいた 。 倉地 は その 言葉 で 始めて 何 か いった の を かすかに 思い出した ふうで 、・・

「 何しろ おれ は きょう は 忙しい で だめだ よ 」・・

と いって 、 ようやく 伸び を し ながら 立ち上がった 。 葉子 は もう 腹 に 据え かねる ほど 怒り を 発して いた 。 ・・

「 怒って しまって は いけない 。 これ が 倉地 を 冷淡に さ せる のだ 」―― そう 心 の 中 に は 思い ながら も 、 葉子 の 心 に は どうしても その いう 事 を 聞か ぬ いたずら 好きな 小 悪魔 が いる ようだった 。 即座に その 場 を 一 人 だけ で 飛び出して しまいたい 衝動 と 、 もっと 巧みな 手練 で どうしても 倉地 を おびき出さ なければ いけない と いう 冷静な 思慮 と が 激しく 戦い 合った 。 葉子 は しばらく の 後 に かろうじて その 二 つ の 心持ち を まぜ合わせる 事 が できた 。 ・・

「 それでは だめ ね …… また に しましょう か 。 でも くやしい わ 、 この いい お 天気 に …… いけない 、 あなた の 忙しい は うそ です わ 。 忙しい 忙し いっていっと き ながら お 酒 ばかり 飲んで いらっしゃる んだ もの 。 ね 、 行きましょう よ 。 こら 見て ちょうだい 」・・

そう いい ながら 葉子 は 立ち上がって 、 両手 を 左右 に 広く 開いて 、 袂 が 延びた まま 両腕 から すらりと たれる ように して 、 やや 剣 を 持った 笑い を 笑い ながら 倉地 の ほう に 近寄って 行った 。 倉地 も さすが に 、 今さら その 美し さ に 見 惚れる ように 葉子 を 見 やった 。 天才 が 持つ と 称せられる あの 青色 を さえ 帯びた 乳 白色 の 皮膚 、 それ が やや 浅黒く なって 、 目 の 縁 に 憂い の 雲 を かけた ような 薄紫 の 暈 、 霞 んで 見える だけ に そっと 刷 いた 白 粉 、 きわ立って 赤く いろどら れた 口 び る 、 黒い 焔 を 上げて 燃える ような ひとみ 、 後ろ に さばいて 束ねられた 黒 漆 の 髪 、 大きな スペイン 風 の 玳瑁 の 飾り 櫛 、 くっきり と 白く 細い 喉 を 攻める ように きりっと 重ね 合わさ れた 藤 色 の 襟 、 胸 の くぼみ に ちょっと のぞかせた 、 燃える ような 緋 の 帯 上げ の ほか は 、 ぬれた か と ばかり からだ に そぐって 底光り の する 紫紺 色 の 袷 、 その 下 に つつましく 潜んで 消える ほど 薄い 紫色 の 足袋 ( こういう 色 足袋 は 葉子 が くふう し 出した 新しい 試み の 一 つ だった ) そういう もの が 互い 互いに 溶け合って 、 のど や かな 朝 の 空気 の 中 に ぽっかり と 、 葉子 と いう 世にも まれな ほど 悽艶 な 一 つ の 存在 を 浮き出 さ して いた 。 その 存在 の 中 から 黒い 焔 を 上げて 燃える ような 二 つ の ひとみ が 生きて 動いて 倉地 を じっと 見 やって いた 。 ・・

倉地 が 物 を いう か 、 身 を 動かす か 、 とにかく 次の 動作 に 移ろう と する その 前 に 、 葉子 は 気味 の 悪い ほど なめらかな 足どり で 、 倉地 の 目 の 先 に 立って その 胸 の 所 に 、 両手 を かけて いた 。 ・・

「 もう わたし に 愛想 が 尽きたら 尽きた と はっきり いって ください 、 ね 。 あなた は 確かに 冷淡に お なり ね 。 わたし は 自分 が 憎う ご ざん す 、 自分 に 愛想 を 尽かして います 。 さあ いって ください 、…… 今 …… この 場 で 、 はっきり …… でも 死ね と おっしゃい 、 殺す と おっしゃい 。 わたし は 喜んで …… わたし は どんなに うれしい か しれ ない のに 。 …… ようご ざん す わ 、 なんでも わたし ほんとう が 知りたい んです から 。 さ 、 いって ください 。 わたし どんな きつい 言葉 でも 覚悟 して います から 。 悪びれ なんか し は しません から …… あなた は ほんとうに ひどい ……」・・

葉子 は そのまま 倉地 の 胸 に 顔 を あてた 。 そして 始め の うち は しめやかに しめやかに 泣いて いた が 、 急に 激しい ヒステリー 風 な すすり泣き に 変わって 、 きたない もの に でも 触れて いた ように 倉地 の 熱気 の 強い 胸 もと から 飛び し ざる と 、 寝床 の 上 に が ば と 突っ伏して 激しく 声 を 立てて 泣き出した 。 ・・

この とっさ の 激しい 威 脅 に 、 近ごろ そういう 動作 に は 慣れて いた 倉地 だった けれども 、 あわてて 葉子 に 近づいて その 肩 に 手 を かけた 。 葉子 は おびえる ように その 手 から 飛びのいた 。 そこ に は 獣 に 見る ような 野性 の まま の 取り乱し かた が 美しい 衣装 に まとわれて 演ぜられた 。 葉子 の 歯 も 爪 も とがって 見えた 。 からだ は 激しい 痙攣 に 襲わ れた ように 痛ましく 震え おののいて いた 。 憤怒 と 恐怖 と 嫌悪 と が もつれ 合い いがみ合って のた打ち 回る ようだった 。 葉子 は 自分 の 五 体 が 青空 遠く かき さらわれて 行く の を 懸命に 食い止める ため に ふとん でも 畳 でも 爪 の 立ち 歯 の 立つ もの に しがみついた 。 倉地 は 何より も その 激しい 泣き声 が 隣 近所 の 耳 に は いる の を 恥じる ように 背 に 手 を やって なだめよう と して みた けれども 、 その たび ごと に 葉子 は さらに 泣き 募って のがれよう と ばかり あせった 。 ・・

「 何 を 思い違い を し とる 、 これ 」・・

倉地 は 喉 笛 を あけっ放し た 低い 声 で 葉子 の 耳 もと に こう いって みた が 、 葉子 は 理不尽に も 激しく 頭 を 振る ばかりだった 。 倉地 は 決心 した ように 力任せに あらがう 葉子 を 抱きすくめて 、 その 口 に 手 を あてた 。 ・・

「 え ゝ 、 殺す なら 殺して ください …… ください と も 」・・

と いう 狂気 じみ た 声 を しっと 制し ながら 、 その 耳 もと に ささやこう と する と 、 葉子 は われながら 夢中で あてがった 倉地 の 手 を 骨 も くだけよ と かんだ 。 ・・

「 痛い …… 何 し や がる 」・・

倉地 は いきなり 一方 の 手 で 葉子 の 細 首 を 取って 自分 の 膝 の 上 に 乗せて 締めつけた 。 葉子 は 呼吸 が だんだん 苦しく なって 行く の を この 狂乱 の 中 に も 意識 して 快く 思った 。 倉地 の 手 で 死んで 行く のだ な と 思う と それ が なんとも いえ ず 美しく 心安かった 。 葉子 の 五 体 から は ひとりでに 力 が 抜けて 行って 、 震え を 立てて かみ合って いた 歯 が ゆるんだ 。 その 瞬間 を すかさず 倉地 は かまれて いた 手 を 振り ほどく と 、 いきなり 葉子 の 頬 げた を ひしひし と 五六 度 続け さま に 平手 で 打った 。 葉子 は それ が また 快かった 。 その びりびり と 神経 の 末梢 に 答えて 来る 感覚 の ため に からだ じゅう に 一種 の 陶酔 を 感ずる ように さえ 思った 。 「 もっと お 打ち なさい 」 と いって やり たかった けれども 声 は 出 なかった 。 そのくせ 葉子 の 手 は 本能 的に 自分 の 頬 を かばう ように 倉地 の 手 の 下る の を ささえよう と して いた 。 倉地 は 両 肘 まで 使って 、 ば たば た と 裾 を 蹴 乱して あばれる 両足 の ほか に は 葉子 を 身動き も でき ない ように して しまった 。 酒 で 心臓 の 興奮 し やすく なった 倉地 の 呼吸 は 霰 の ように せわしく 葉子 の 顔 に かかった 。 ・・

「 ばか が …… 静かに 物 を いえば わかる 事 だに …… おれ が お前 を 見捨てる か 見捨て ない か …… 静かに 考えて も みろ 、 ばか が …… 恥さらしな ま ね を しや がって …… 顔 を 洗って 出直して 来い 」・・

そう いって 倉地 は 捨てる ように 葉子 を 寝床 の 上 に どん と ほうり投げた 。 ・・

葉子 の 力 は 使い 尽くされて 泣き 続ける 気力 さえ ない ようだった 。 そして そのまま 昏々 と して 眠る ように 仰向いた まま 目 を 閉じて いた 。 倉地 は 肩 で 激しく 息 気 を つき ながら いたましく 取り乱した 葉子 の 姿 を まんじ り と ながめて いた 。

36.1 或る 女 ある|おんな 36.1 Una mujer

底 の ない 悒鬱 が ともすると はげしく 葉子 を 襲う ように なった 。 そこ|||ゆううつ||||ようこ||おそう|| いわれ の ない 激怒 が つまらない 事 に も ふと 頭 を もたげて 、 葉子 は それ を 押し しずめる 事 が でき なく なった 。 いわ れ|||げきど|||こと||||あたま|||ようこ||||おし||こと|||| 春 が 来て 、 木 の 芽 から 畳 の 床 に 至る まで すべて の もの が 膨らんで 来た 。 はる||きて|き||め||たたみ||とこ||いたる||||||ふくらんで|きた 愛子 も 貞 世 も 見違える ように 美しく なった 。 あいこ||さだ|よ||みちがえる||うつくしく| その 肉体 は 細胞 の 一つ一つ まで 素早く 春 を かぎつけ 、 吸収 し 、 飽満 する ように 見えた 。 |にくたい||さいぼう||ひとつひとつ||すばやく|はる|||きゅうしゅう||ほうまん|||みえた 愛子 は その 圧迫 に 堪え ないで 春 の 来た の を 恨む ような けだる さ と さびし さ と を 見せた 。 あいこ|||あっぱく||こらえ||はる||きた|||うらむ|||||||||みせた 貞 世 は 生命 そのもの だった 。 さだ|よ||せいめい|その もの| 秋 から 冬 に かけて に ょき に ょき と 延び 上がった 細々 した から だに は 、 春 の 精 の ような 豊 麗 な 脂肪 が しめやかに しみわたって 行く の が 目 に 見えた 。 あき||ふゆ||||||||のび|あがった|こまごま|||||はる||せい|||とよ|うらら||しぼう||||いく|||め||みえた From autumn to winter, I could see the rich fat, like the essence of spring, permeating my slim body. 葉子 だけ は 春 が 来て も やせた 。 ようこ|||はる||きて|| 来る に つけて やせた 。 くる||| ゴム 毬 の 弧 線 の ような 肩 は 骨 ばった 輪郭 を 、 薄着 に なった 着物 の 下 から のぞかせて 、 潤沢な 髪 の 毛 の 重み に 堪え ない ように 首筋 も 細々と なった 。 ごむ|いが||こ|せん|||かた||こつ||りんかく||うすぎ|||きもの||した|||じゅんたくな|かみ||け||おもみ||こらえ|||くびすじ||さいさいと| やせて 悒鬱 に なった 事 から 生じた 別種 の 美 ―― そう 思って 葉子 が たより に して いた 美 も それ は だんだん 冴え 増 さって 行く 種類 の 美 で は ない 事 を 気づか ねば なら なく なった 。 |ゆううつ|||こと||しょうじた|べっしゅ||び||おもって|ようこ||||||び|||||さえ|ぞう||いく|しゅるい||び||||こと||きづか|||| A different kind of beauty that arose from being thin and depressed――Thinking so, Yoko had to realize that the beauty she depended on wasn't the kind of beauty that gradually became clearer. . その 美 は その 行く手 に は 夏 が なかった 。 |び|||ゆくて|||なつ|| 寒い 冬 のみ が 待ち構えて いた 。 さむい|ふゆ|||まちかまえて| ・・

歓楽 も もう 歓楽 自身 の 歓楽 は 持た なく なった 。 かんらく|||かんらく|じしん||かんらく||もた|| 歓楽 の 後 に は 必ず 病理 的な 苦痛 が 伴う ように なった 。 かんらく||あと|||かならず|びょうり|てきな|くつう||ともなう|| ある 時 に は それ を 思う 事 すら が 失望 だった 。 |じ|||||おもう|こと|||しつぼう| それ でも 葉子 は すべて の 不自然な 方法 に よって 、 今 は 振り返って 見る 過去 に ばかり ながめられる 歓楽 の 絶頂 を 幻影 と して でも 現在 に 描こう と した 。 ||ようこ||||ふしぜんな|ほうほう|||いま||ふりかえって|みる|かこ|||ながめ られる|かんらく||ぜっちょう||げんえい||||げんざい||えがこう|| そして 倉地 を 自分 の 力 の 支配 の 下 に つなごう と した 。 |くらち||じぶん||ちから||しはい||した|||| 健康 が 衰えて 行けば 行く ほど この 焦 躁 の ため に 葉子 の 心 は 休ま なかった 。 けんこう||おとろえて|いけば|いく|||あせ|そう||||ようこ||こころ||やすま| 全 盛期 を 過ぎた 伎芸 の 女 に のみ 見られる ような 、 いたましく 廃 頽 した 、 腐 菌 の 燐 光 を 思わ せる 凄 惨 な 蠱惑 力 を わずかな 力 と して 葉子 は どこまでも 倉地 を とりこ に しよう と あせり に あせった 。 ぜん|せいき||すぎた|きげい||おんな|||み られる|||はい|たい||くさ|きん||りん|ひかり||おもわ||すご|さん||こわく|ちから|||ちから|||ようこ|||くらち|||||||| Yoko is captivated by Kurachi, with a faint power of terrible fascination that reminds one of the phosphorescence of rotten bacteria that has fallen into disrepair, and which can only be seen in women who have passed their prime. I was in a hurry to try. ・・

しかし それ は 葉子 の いたましい 自覚 だった 。 |||ようこ|||じかく| 美 と 健康 と の すべて を 備えて いた 葉子 に は 今 の 自分 が そう 自覚 さ れた のだ けれども 、 始めて 葉子 を 見る 第三者 は 、 物 すごい ほど 冴え きって 見える 女盛り の 葉子 の 惑 力 に 、 日本 に は 見られ ない ような コケット の 典型 を 見いだしたろう 。 び||けんこう|||||そなえて||ようこ|||いま||じぶん|||じかく|||||はじめて|ようこ||みる|だいさんしゃ||ぶつ|||さえ||みえる|おんなざかり||ようこ||まど|ちから||にっぽん|||み られ|||||てんけい||みいだしたろう おまけに 葉子 は 肉体 の 不足 を 極端に 人目 を ひく 衣服 で 補う ように なって いた 。 |ようこ||にくたい||ふそく||きょくたんに|ひとめ|||いふく||おぎなう||| On top of that, Yoko began to make up for her lack of physicality with clothes that were extremely eye-catching. その 当時 は 日 露 の 関係 も 日 米 の 関係 も あらし の 前 の ような 暗い 徴候 を 現わし 出して 、 国 人 全体 は 一種 の 圧迫 を 感じ 出して いた 。 |とうじ||ひ|ろ||かんけい||ひ|べい||かんけい||||ぜん|||くらい|ちょうこう||あらわし|だして|くに|じん|ぜんたい||いっしゅ||あっぱく||かんじ|だして| 臥薪 嘗胆 と いう ような 合い言葉 が しきりと 言論 界 に は 説かれて いた 。 がたきぎ|しょうたん||||あいことば|||げんろん|かい|||とか れて| The slogan, "I'm sorry, I'm sorry, I'm sorry, I'm sorry, I'm sorry," was frequently preached in the world of the press. しかし それ と 同時に 日 清 戦争 を 相当に 遠い 過去 と して ながめ うる まで に 、 その 戦 役 の 重い 負担 から 気 の ゆるんだ 人々 は 、 ようやく 調整 さ れ 始めた 経済 状態 の 下 で 、 生活 の 美装 と いう 事 に 傾いて いた 。 |||どうじに|ひ|きよし|せんそう||そうとうに|とおい|かこ||||||||いくさ|やく||おもい|ふたん||き|||ひとびと|||ちょうせい|||はじめた|けいざい|じょうたい||した||せいかつ||びそう|||こと||かたむいて| 自然 主義 は 思想 生活 の 根底 と なり 、 当時 病 天才 の 名 を ほしいままに した 高山 樗牛 ら の 一団 は ニイチェ の 思想 を 標榜 して 「 美的 生活 」 と か 「 清盛 論 」 と いう ような 大胆 奔放な 言説 を もって 思想 の 維新 を 叫んで いた 。 しぜん|しゅぎ||しそう|せいかつ||こんてい|||とうじ|びょう|てんさい||な||||こうざん|ぶなうし|||いちだん||||しそう||ひょうぼう||びてき|せいかつ|||きよもり|ろん||||だいたん|ほんぽうな|げんせつ|||しそう||いしん||さけんで| Naturalism became the basis of his philosophical life, and at that time, a group of geniuses such as Takayama Chogyu and others advocated Nietzsche's thought, advocating 'aesthetic life' and 'Kiyomori's theory'. He used his discourse to call for a revolution in thought. 風俗 問題 と か 女子 の 服装 問題 と か いう 議論 が 守旧 派 の 人々 の 間 に は かまびすしく 持ち出されて いる 間 に 、 その 反対 の 傾向 は 、 殻 を 破った 芥子 の 種 の ように 四方八方 に 飛び散った 。 ふうぞく|もんだい|||じょし||ふくそう|もんだい||||ぎろん||しゅきゅう|は||ひとびと||あいだ||||もちださ れて||あいだ|||はんたい||けいこう||から||やぶった|けし||しゅ|||しほうはっぽう||とびちった While the issues of manners and women's dress are blasphemy among the conservatives, the opposite tendencies are everywhere like poppy seeds that have broken out of their shells. Splattered. こうして 何 か 今 まで の 日本 に は なかった ような もの の 出現 を 待ち 設け 見守って いた 若い 人々 の 目 に は 、 葉子 の 姿 は 一 つ の 天 啓 の ように 映った に 違いない 。 |なん||いま|||にっぽん|||||||しゅつげん||まち|もうけ|みまもって||わかい|ひとびと||め|||ようこ||すがた||ひと|||てん|あきら|||うつった||ちがいない 女優 らしい 女優 を 持た ず 、 カフェー らしい カフェー を 持た ない 当時 の 路上 に 葉子 の 姿 は まぶしい もの の 一 つ だ 。 じょゆう||じょゆう||もた||かふぇー||かふぇー||もた||とうじ||ろじょう||ようこ||すがた|||||ひと|| 葉子 を 見た 人 は 男女 を 問わ ず 目 を そばだてた 。 ようこ||みた|じん||だんじょ||とわ||め|| ・・

ある 朝 葉子 は 装い を 凝らして 倉地 の 下宿 に 出かけた 。 |あさ|ようこ||よそおい||こらして|くらち||げしゅく||でかけた 倉地 は 寝 ごみ を 襲われて 目 を さました 。 くらち||ね|||おそわ れて|め|| 座敷 の すみ に は 夜 を ふかして 楽しんだ らしい 酒 肴 の 残り が 敗 えた ように かためて 置いて あった 。 ざしき|||||よ|||たのしんだ||さけ|さかな||のこり||はい||||おいて| 例の シナ 鞄 だけ は ちゃんと 錠 が おりて 床の間 の すみ に 片づけられて いた 。 れいの|しな|かばん||||じょう|||とこのま||||かたづけ られて| 葉子 は いつも の とおり 知らんふり を し ながら 、 そこら に 散らばって いる 手紙 の 差し出し 人 の 名前 に 鋭い 観察 を 与える のだった 。 ようこ|||||しらんふり||||||ちらばって||てがみ||さしだし|じん||なまえ||するどい|かんさつ||あたえる| 倉地 は 宿 酔 を 不快 がって 頭 を たたき ながら 寝床 から 半身 を 起こす と 、・・ くらち||やど|よ||ふかい||あたま||||ねどこ||はんしん||おこす|

「 なんで けさ は また そんなに しゃれ 込んで 早く から やって 来 おった んだ 」・・ ||||||こんで|はやく|||らい||

と そっぽ に 向いて 、 あくび でも し ながら の ように いった 。 |||むいて||||||| これ が 一 か月 前 だったら 、 少なくとも 三 か月 前 だったら 、 一夜 の 安眠 に 、 あの たくましい 精力 の 全部 を 回復 した 倉地 は 、 いきなり 寝床 の 中 から 飛び出して 来て 、 そう は さ せまい と する 葉子 を 否応 なし に 床 の 上 に ねじ伏せて いた に 違いない のだ 。 ||ひと|かげつ|ぜん||すくなくとも|みっ|かげつ|ぜん||いちや||あんみん||||せいりょく||ぜんぶ||かいふく||くらち|||ねどこ||なか||とびだして|きて|||||||ようこ||いやおう|||とこ||うえ||ねじふせて|||ちがいない| If this had been a month ago, or at least three months ago, Kurachi, who had regained all of that stalwart energy after a good night's sleep, would suddenly jump out of bed and try not to let that happen. He must have been forced to lie down on the floor. 葉子 は わき目 に も こせこせ と うるさく 見える ような 敏捷 さ で そのへん に 散らばって いる 物 を 、 手紙 は 手紙 、 懐中 物 は 懐中 物 、 茶 道具 は 茶 道具 と どんどん 片づけ ながら 、 倉地 の ほう も 見 ず に 、・・ ようこ||わきめ||||||みえる||びんしょう|||||ちらばって||ぶつ||てがみ||てがみ|かいちゅう|ぶつ||かいちゅう|ぶつ|ちゃ|どうぐ||ちゃ|どうぐ|||かたづけ||くらち||||み||

「 きのう の 約束 じゃ ありません か 」・・ ||やくそく||あり ませ ん|

と 無愛想に つぶやいた 。 |ぶあいそうに| 倉地 は その 言葉 で 始めて 何 か いった の を かすかに 思い出した ふうで 、・・ くらち|||ことば||はじめて|なん||||||おもいだした|

「 何しろ おれ は きょう は 忙しい で だめだ よ 」・・ なにしろ|||||いそがしい|||

と いって 、 ようやく 伸び を し ながら 立ち上がった 。 |||のび||||たちあがった 葉子 は もう 腹 に 据え かねる ほど 怒り を 発して いた 。 ようこ|||はら||すえ|||いかり||はっして| Yoko was so angry that she couldn't contain herself anymore. ・・

「 怒って しまって は いけない 。 いかって||| これ が 倉地 を 冷淡に さ せる のだ 」―― そう 心 の 中 に は 思い ながら も 、 葉子 の 心 に は どうしても その いう 事 を 聞か ぬ いたずら 好きな 小 悪魔 が いる ようだった 。 ||くらち||れいたんに|||||こころ||なか|||おもい|||ようこ||こころ||||||こと||きか|||すきな|しょう|あくま||| 即座に その 場 を 一 人 だけ で 飛び出して しまいたい 衝動 と 、 もっと 巧みな 手練 で どうしても 倉地 を おびき出さ なければ いけない と いう 冷静な 思慮 と が 激しく 戦い 合った 。 そくざに||じょう||ひと|じん|||とびだして|しま い たい|しょうどう|||たくみな|てだれ|||くらち||おびきださ|||||れいせいな|しりょ|||はげしく|たたかい|あった There was a fierce battle between the urge to immediately leave the place alone and the calm thought that Kurachi had to be lured out with more skillful sleight of hand. 葉子 は しばらく の 後 に かろうじて その 二 つ の 心持ち を まぜ合わせる 事 が できた 。 ようこ||||あと||||ふた|||こころもち||まぜあわせる|こと|| ・・

「 それでは だめ ね …… また に しましょう か 。 |||||し ましょう| でも くやしい わ 、 この いい お 天気 に …… いけない 、 あなた の 忙しい は うそ です わ 。 ||||||てんき|||||いそがしい|||| 忙しい 忙し いっていっと き ながら お 酒 ばかり 飲んで いらっしゃる んだ もの 。 いそがしい|いそがし|いってい っと||||さけ||のんで||| ね 、 行きましょう よ 。 |いき ましょう| こら 見て ちょうだい 」・・ |みて|

そう いい ながら 葉子 は 立ち上がって 、 両手 を 左右 に 広く 開いて 、 袂 が 延びた まま 両腕 から すらりと たれる ように して 、 やや 剣 を 持った 笑い を 笑い ながら 倉地 の ほう に 近寄って 行った 。 |||ようこ||たちあがって|りょうて||さゆう||ひろく|あいて|たもと||のびた||りょううで|||||||けん||もった|わらい||わらい||くらち||||ちかよって|おこなった 倉地 も さすが に 、 今さら その 美し さ に 見 惚れる ように 葉子 を 見 やった 。 くらち||||いまさら||うつくし|||み|ほれる||ようこ||み| 天才 が 持つ と 称せられる あの 青色 を さえ 帯びた 乳 白色 の 皮膚 、 それ が やや 浅黒く なって 、 目 の 縁 に 憂い の 雲 を かけた ような 薄紫 の 暈 、 霞 んで 見える だけ に そっと 刷 いた 白 粉 、 きわ立って 赤く いろどら れた 口 び る 、 黒い 焔 を 上げて 燃える ような ひとみ 、 後ろ に さばいて 束ねられた 黒 漆 の 髪 、 大きな スペイン 風 の 玳瑁 の 飾り 櫛 、 くっきり と 白く 細い 喉 を 攻める ように きりっと 重ね 合わさ れた 藤 色 の 襟 、 胸 の くぼみ に ちょっと のぞかせた 、 燃える ような 緋 の 帯 上げ の ほか は 、 ぬれた か と ばかり からだ に そぐって 底光り の する 紫紺 色 の 袷 、 その 下 に つつましく 潜んで 消える ほど 薄い 紫色 の 足袋 ( こういう 色 足袋 は 葉子 が くふう し 出した 新しい 試み の 一 つ だった ) そういう もの が 互い 互いに 溶け合って 、 のど や かな 朝 の 空気 の 中 に ぽっかり と 、 葉子 と いう 世にも まれな ほど 悽艶 な 一 つ の 存在 を 浮き出 さ して いた 。 てんさい||もつ||しょうせ られる||あおいろ|||おびた|ちち|はくしょく||ひふ||||あさぐろく||め||えん||うれい||くも||||うすむらさき||ぼか|かすみ||みえる||||す||しろ|こな|きわだって|あかく|||くち|||くろい|ほのお||あげて|もえる|||うしろ|||たばね られた|くろ|うるし||かみ|おおきな|すぺいん|かぜ||たいまい||かざり|くし|||しろく|ほそい|のど||せめる|||かさね|あわさ||ふじ|いろ||えり|むね||||||もえる||ひ||おび|あげ||||||||||そぐ って|そこびかり|||しこん|いろ||あわせ||した|||ひそんで|きえる||うすい|むらさきいろ||たび||いろ|たび||ようこ||||だした|あたらしい|こころみ||ひと||||||たがい|たがいに|とけあって||||あさ||くうき||なか||||ようこ|||よにも|||せいつや||ひと|||そんざい||うきで||| That bluish milky white skin that geniuses are said to have has turned slightly darker, and the rims of their eyes are pale purple halo that look like clouds of sorrow have been cast over them. A conspicuous red-colored mouth, black flames in the eyes, black lacquer hair pulled back and tied in a bun, a large Spanish-style comb, and a thin, white throat. A mauve-colored collar layered sharply as if to attack, a scarlet obi sash peeking out slightly from the hollow of her chest, and a purplish-blue kimono that lined her body with a sheen that was just wet. Beneath that, lurking modestly, were pale purple tabi that disappeared (this kind of colored tabi was one of Yoko's new attempts) and melted into each other, gaping in the tranquil morning air. With that, Yoko's existence, which was rare in this world, was highlighted. その 存在 の 中 から 黒い 焔 を 上げて 燃える ような 二 つ の ひとみ が 生きて 動いて 倉地 を じっと 見 やって いた 。 |そんざい||なか||くろい|ほのお||あげて|もえる||ふた|||||いきて|うごいて|くらち|||み|| ・・

倉地 が 物 を いう か 、 身 を 動かす か 、 とにかく 次の 動作 に 移ろう と する その 前 に 、 葉子 は 気味 の 悪い ほど なめらかな 足どり で 、 倉地 の 目 の 先 に 立って その 胸 の 所 に 、 両手 を かけて いた 。 くらち||ぶつ||||み||うごかす|||つぎの|どうさ||うつろう||||ぜん||ようこ||きみ||わるい|||あしどり||くらち||め||さき||たって||むね||しょ||りょうて||| ・・

「 もう わたし に 愛想 が 尽きたら 尽きた と はっきり いって ください 、 ね 。 |||あいそ||つきたら|つきた||||| あなた は 確かに 冷淡に お なり ね 。 ||たしかに|れいたんに||| You sure are cold-hearted. わたし は 自分 が 憎う ご ざん す 、 自分 に 愛想 を 尽かして います 。 ||じぶん||にくう||||じぶん||あいそ||つかして|い ます I hate myself, I am sick of myself. さあ いって ください 、…… 今 …… この 場 で 、 はっきり …… でも 死ね と おっしゃい 、 殺す と おっしゃい 。 |||いま||じょう||||しね|||ころす|| わたし は 喜んで …… わたし は どんなに うれしい か しれ ない のに 。 ||よろこんで|||||||| …… ようご ざん す わ 、 なんでも わたし ほんとう が 知りたい んです から 。 ||||||||しり たい|| さ 、 いって ください 。 わたし どんな きつい 言葉 でも 覚悟 して います から 。 |||ことば||かくご||い ます| 悪びれ なんか し は しません から …… あなた は ほんとうに ひどい ……」・・ わるびれ||||し ませ ん|||||

葉子 は そのまま 倉地 の 胸 に 顔 を あてた 。 ようこ|||くらち||むね||かお|| そして 始め の うち は しめやかに しめやかに 泣いて いた が 、 急に 激しい ヒステリー 風 な すすり泣き に 変わって 、 きたない もの に でも 触れて いた ように 倉地 の 熱気 の 強い 胸 もと から 飛び し ざる と 、 寝床 の 上 に が ば と 突っ伏して 激しく 声 を 立てて 泣き出した 。 |はじめ||||||ないて|||きゅうに|はげしい||かぜ||すすりなき||かわって|||||ふれて|||くらち||ねっき||つよい|むね|||とび||||ねどこ||うえ|||||つ っ ふくして|はげしく|こえ||たてて|なきだした ・・

この とっさ の 激しい 威 脅 に 、 近ごろ そういう 動作 に は 慣れて いた 倉地 だった けれども 、 あわてて 葉子 に 近づいて その 肩 に 手 を かけた 。 |||はげしい|たけし|おど||ちかごろ||どうさ|||なれて||くらち||||ようこ||ちかづいて||かた||て|| 葉子 は おびえる ように その 手 から 飛びのいた 。 ようこ|||||て||とびのいた そこ に は 獣 に 見る ような 野性 の まま の 取り乱し かた が 美しい 衣装 に まとわれて 演ぜられた 。 |||けだもの||みる||やせい||||とりみだし|||うつくしい|いしょう||まとわ れて|えんぜ られた There, the wild and wild distraught manner of a beast was performed in beautiful costumes. 葉子 の 歯 も 爪 も とがって 見えた 。 ようこ||は||つめ|||みえた からだ は 激しい 痙攣 に 襲わ れた ように 痛ましく 震え おののいて いた 。 ||はげしい|けいれん||おそわ|||いたましく|ふるえ|| 憤怒 と 恐怖 と 嫌悪 と が もつれ 合い いがみ合って のた打ち 回る ようだった 。 ふんぬ||きょうふ||けんお||||あい|いがみあって|のたうち|まわる| 葉子 は 自分 の 五 体 が 青空 遠く かき さらわれて 行く の を 懸命に 食い止める ため に ふとん でも 畳 でも 爪 の 立ち 歯 の 立つ もの に しがみついた 。 ようこ||じぶん||いつ|からだ||あおぞら|とおく||さらわ れて|いく|||けんめいに|くいとめる|||||たたみ||つめ||たち|は||たつ||| 倉地 は 何より も その 激しい 泣き声 が 隣 近所 の 耳 に は いる の を 恥じる ように 背 に 手 を やって なだめよう と して みた けれども 、 その たび ごと に 葉子 は さらに 泣き 募って のがれよう と ばかり あせった 。 くらち||なにより|||はげしい|なきごえ||となり|きんじょ||みみ||||||はじる||せ||て||||||||||||ようこ|||なき|つのって|||| ・・

「 何 を 思い違い を し とる 、 これ 」・・ なん||おもいちがい||||

倉地 は 喉 笛 を あけっ放し た 低い 声 で 葉子 の 耳 もと に こう いって みた が 、 葉子 は 理不尽に も 激しく 頭 を 振る ばかりだった 。 くらち||のど|ふえ||あけっぱなし||ひくい|こえ||ようこ||みみ|||||||ようこ||りふじんに||はげしく|あたま||ふる| 倉地 は 決心 した ように 力任せに あらがう 葉子 を 抱きすくめて 、 その 口 に 手 を あてた 。 くらち||けっしん|||ちからまかせに||ようこ||だきすくめて||くち||て|| ・・

「 え ゝ 、 殺す なら 殺して ください …… ください と も 」・・ ||ころす||ころして||||

と いう 狂気 じみ た 声 を しっと 制し ながら 、 その 耳 もと に ささやこう と する と 、 葉子 は われながら 夢中で あてがった 倉地 の 手 を 骨 も くだけよ と かんだ 。 ||きょうき|||こえ|||せいし|||みみ|||||||ようこ|||むちゅうで||くらち||て||こつ|||| When I try to whisper into his ear while suppressing the maddening voice, Yoko asks me to just shake Kurachi's hand, which he's been engrossed in. ・・

「 痛い …… 何 し や がる 」・・ いたい|なん|||

倉地 は いきなり 一方 の 手 で 葉子 の 細 首 を 取って 自分 の 膝 の 上 に 乗せて 締めつけた 。 くらち|||いっぽう||て||ようこ||ほそ|くび||とって|じぶん||ひざ||うえ||のせて|しめつけた Kurachi suddenly grabbed Yoko's slender neck with one hand and placed it on his knee and tightened it. 葉子 は 呼吸 が だんだん 苦しく なって 行く の を この 狂乱 の 中 に も 意識 して 快く 思った 。 ようこ||こきゅう|||くるしく||いく||||きょうらん||なか|||いしき||こころよく|おもった Amidst this frenzy, Yoko felt good about her breathing getting harder and harder. 倉地 の 手 で 死んで 行く のだ な と 思う と それ が なんとも いえ ず 美しく 心安かった 。 くらち||て||しんで|いく||||おもう|||||||うつくしく|こころやすかった When I thought that I was going to die by Kurachi's hand, it was indescribably beautiful and reassuring. 葉子 の 五 体 から は ひとりでに 力 が 抜けて 行って 、 震え を 立てて かみ合って いた 歯 が ゆるんだ 。 ようこ||いつ|からだ||||ちから||ぬけて|おこなって|ふるえ||たてて|かみあって||は|| All of Yoko's body lost strength of its own accord, and her clenched teeth shook and loosened. その 瞬間 を すかさず 倉地 は かまれて いた 手 を 振り ほどく と 、 いきなり 葉子 の 頬 げた を ひしひし と 五六 度 続け さま に 平手 で 打った 。 |しゅんかん|||くらち||かま れて||て||ふり||||ようこ||ほお|||||ごろく|たび|つづけ|||ひらて||うった At that moment, Kurachi shook off the bitten hand and suddenly slapped Yoko on the cheek five or six times in quick succession. 葉子 は それ が また 快かった 。 ようこ|||||こころよかった その びりびり と 神経 の 末梢 に 答えて 来る 感覚 の ため に からだ じゅう に 一種 の 陶酔 を 感ずる ように さえ 思った 。 |||しんけい||まっしょう||こたえて|くる|かんかく|||||||いっしゅ||とうすい||かんずる|||おもった I even thought I felt a kind of euphoria through my body because of the tingling sensation that responded to my nerve endings. 「 もっと お 打ち なさい 」 と いって やり たかった けれども 声 は 出 なかった 。 ||うち|||||||こえ||だ| そのくせ 葉子 の 手 は 本能 的に 自分 の 頬 を かばう ように 倉地 の 手 の 下る の を ささえよう と して いた 。 |ようこ||て||ほんのう|てきに|じぶん||ほお||||くらち||て||くだる|||||| 倉地 は 両 肘 まで 使って 、 ば たば た と 裾 を 蹴 乱して あばれる 両足 の ほか に は 葉子 を 身動き も でき ない ように して しまった 。 くらち||りょう|ひじ||つかって|||||すそ||け|みだして||りょうあし|||||ようこ||みうごき|||||| 酒 で 心臓 の 興奮 し やすく なった 倉地 の 呼吸 は 霰 の ように せわしく 葉子 の 顔 に かかった 。 さけ||しんぞう||こうふん||||くらち||こきゅう||あられ||||ようこ||かお|| ・・

「 ばか が …… 静かに 物 を いえば わかる 事 だに …… おれ が お前 を 見捨てる か 見捨て ない か …… 静かに 考えて も みろ 、 ばか が …… 恥さらしな ま ね を しや がって …… 顔 を 洗って 出直して 来い 」・・ ||しずかに|ぶつ||||こと||||おまえ||みすてる||みすて|||しずかに|かんがえて|||||はじさらしな||||||かお||あらって|でなおして|こい "If an idiot... speaks quietly, you'll know...whether or not I'll abandon you... Quietly think about it, an idiot...doing an embarrassing look... … wash your face and come back.”

そう いって 倉地 は 捨てる ように 葉子 を 寝床 の 上 に どん と ほうり投げた 。 ||くらち||すてる||ようこ||ねどこ||うえ||||ほうりなげた ・・

葉子 の 力 は 使い 尽くされて 泣き 続ける 気力 さえ ない ようだった 。 ようこ||ちから||つかい|つくさ れて|なき|つづける|きりょく||| そして そのまま 昏々 と して 眠る ように 仰向いた まま 目 を 閉じて いた 。 ||こんこん|||ねむる||あおむいた||め||とじて| 倉地 は 肩 で 激しく 息 気 を つき ながら いたましく 取り乱した 葉子 の 姿 を まんじ り と ながめて いた 。 くらち||かた||はげしく|いき|き|||||とりみだした|ようこ||すがた|||||| Kurachi was gasping for air on his shoulder as he gazed at Yoko, who was distressed and distraught.