三 姉妹 探偵 団 (2) Chapter 06 (1)
6 廊下 武勇 伝 結構 夜 遅く ホテル に チェック ・ イン する 客 が いる んだ 、 と いう の は 、 夕 里子 に とって 、 新 発見 だった 。 夕 里子 は 見かけ に よら ず (? ) 神経質な ところ が あって ── と いう より 、 母親 代り に 、 みんな を 起こさ なくて は いけない から だ が 、 ちょっと した 物音 で 、 目 を 覚ます こと が あった 。 廊下 を 通って 行く 話し声 。 どこ か の 部屋 から 響く 笑い声 。 バス を 使う 音 ……。 もう 夜中 の 二 時 を 過ぎて いる のに 、 一向に 音 は 途切れ ない のである 。 ホテル の 部屋 と いう の は 、 カーテン を 引いて 、 明り を 消す と 、 本当に 真 暗 に なって しまう 。 綾子 の 静かな 寝息 と 、 夜食 に お茶 漬 を とって 、 満足の 珠美 の 軽い いびき が 聞こえる 。 さて 、 寝 なきゃ 。 ── 明日 は どうした もの か 。 珠美 は ともかく 、 学校 に やら なくて は なら ない 。 ── 夕 里子 と して は 、 ドア の 取付 も ある し 、 警察 の 捜査 も ある だろう から 、 家 に い なくて は なら ない 。 学校 を 休む の は 仕方ない ( と いう より 、 嬉しい ! ) と して も 、 問題 は 綾子 の こと であった 。 文化 祭 まで あと 三 日 ── いや 二 日 しか ない 。 幹事 と して は 、 休む わけに も いく まい 。 しかし 、 爆弾 を 仕掛けた 犯人 が 、 また 綾子 を 狙う こと も 、 大いに 考え られる し 、 綾子 の 方 は 、 全く 無 警戒 な のだ 。 いつでも 殺して 下さい 、 と いう ところ である 。 綾子 に ついて行って 、 見張って いて も いい が 、 それ じゃ 、 ずっと 学校 を 休ま なきゃ いけない し ……。 「 全く 、 次女 って こんなに 忙しい もん な の かしら ? 」 と 夕 里子 は 呟いた 。 あ 、 そうだ 。 ── 夕 里子 は 起き上った 。 ルーム サービス の 盆 を 、 廊下 へ 出して おく んだった 。 忘れて た 。 別に 朝 だって いい のだろう が 、 思い立つ と やって しまわ なくて は 気 の 済まない 夕 里子 である 。 ベッド から そっと 出る と 、 フットライト の 明り を 頼り に 、 テーブル の 方 へ と 歩いて 行った 。 ── あった あった 。 盆 を かかえて 、 ドア の 方 へ と 歩いて 行く 。 ドア の 下 の 隙間 から 、 廊下 の 光 が 筋 の ように 洩 れて 見えて いた 。 「 よい しょ 、 と ……」 盆 を 一旦 片手 で 支えて 、 チェーン を 外し 、 ドア を 開ける 。 廊下 は 、 低く 音楽 らしい もの が 流れて いた が 、 それ 以外 、 何も 聞こえ なかった 。 却って 、 暗い 部屋 の 中 に いた 方 が 、 色々な 音 が 耳 に 入って 来る のだ 。 妙な もの だ わ 、 と 思った 。 盆 を わき へ 置いて 、 さて 、 ドア を 閉めよう と した とき だった 。 いきなり 、 隣 の ドア が 開いた と 思う と 、 「 いや ! 」 と 金切り声 を 上げて 、 女の子 が 飛び出して 来た のだ 。 夕 里子 は 目 を 丸く した 。 ── 十七 、 八 と 見える その 女の子 ── つまり 、 夕 里子 と 同じ くらい の 年齢 らしかった が ── 丸裸 だった のである 。 「 おい ! 待てよ ! 」 と 、 男 が 追いかける ように 飛び出して 来る 。 こっち は 一応 パンツ だけ は いて いる もの の 、 やはり 夕 里子 と して は 、 目 を そらし たい ところ だった 。 それ に 、 見 映え の する 体 なら ともかく 、 すっかり お腹 の 出た 中年 男 である 。 男 は 、 裸 の 女の子 の 腕 を つかんで 、 「 何 だって んだ ! どうして 逃げる んだ よ ! 」 「 話 が 違う じゃ ない の ! 」 と 、 女の子 の 方 が やり返す 。 「 何 だ と ! 三万 も 払わせ と いて 、 いや と は どういう こと だ ! 」 「 触る だけ だって 言った じゃ ない の ! 」 「 ふざける な ! それ ぐらい 分 って る はずだ ぞ ! 」 「 なめる んじゃ ない よ ! 私 、 未 成年 な んだ から ね ! 訴えて やる から ! 」 夕 里子 と して は 、 最初 は 女の子 の 方 に 味方 しよう か と 思った のだ が 、 聞いて いる 内 に 、 馬鹿らしく なって 来た 。 「── ともかく 入れよ 」 と 、 男 の 方 は 女の子 を 部屋 へ 引きずり込もう と する が 、 女の子 は 、 「 や あ よ ! 触 ん ないで よ ! 」 と 振り払う 。 「── 何 やって ん の ? 」 と 、 珠美 が 起き 出して 、 顔 を 出す 。 「 あんた は 見ちゃ だめ ! 」 と 、 夕 里子 は あわてて 言った 。 「 何 だ 、 痴話 ゲンカ か 」 と 、 珠美 が つまらな そうに 言った 。 「── 金 を 返せ ! 」 「 冗談 じゃ ない わ ! 散々 好きな こと やっと いて 、 タダ で 逃げる 気 ? 」 と 、 まだ 二 人 は やり合って いる 。 「 は は 、 面白い 」 と 、 珠美 は 呑気 に 言って 、「 いくら 払った ん だって ? 」 「 三万 だって さ 」 と 、 夕 里子 が 低い 声 で 言った 。 「 ふ ー ん 」 珠美 は 、 もみ合って いる 二 人 を 眺めて 、「 あの 体 に 三万 じゃ 高い よ 」 と 言った 。 「 馬鹿 ! 」 夕 里子 が 赤く なって 、「 さ 、 寝 ま しょ 」 と ドア を 閉めよう と した とき 、 「 どうした ん です ? 」 と 声 が した 。 見れば 、 中年 の ガードマン が 急ぎ足 で やって 来る 。 裸 の 二 人 、 あわてて 部屋 へ 戻る ── か と 思う と 、 さ に あら ず で 、 「 この 人 が 私 に 乱暴 しよう と した の ! 」 と 女の子 が 訴えれば 、 「 ただ の 遊び だ よ 」 と 、 男 の 方 は ごまかそう と する 。 いくら 何でも 、 お 金 で 買った と は 、 男 の 方 から は 言え ない のだろう 。 「 違う わ よ ! 」 と 、 女の子 は 譲ら ない 。 「── 何なら 、 あの 子 に 訊 いて よ 」 と 、 夕 里子 の 方 を 指さした 。 夕 里子 は ギョッ と した ……。 「 何 か ある と 、 一応 、 報告 し なきゃ いけない んだ 」 「 いいえ 」 夕 里子 は 首 を 振った 。 「 どうせ 目 が 覚めちゃ った から 」 ガードマン の いる 、〈 保安 センター 〉 の 中 だった 。 「 あの 二 人 、 今ごろ は また ベッド へ 戻って る かも しれ ない な 」 と 、 その ガードマン は 言って 、 ため息 を ついた 。 「 時代 も 変った よ 」 〈 北山 〉 と いう ネーム プレート を 、 夕 里子 は 目 に 止めた 。 「 北山 さん ── って いう んです か 」 「 うん 」 「 あの ── 前 、 ここ で ガードマン やって た 、 太田 って 人 、 知って ます か ? 」 「 太田 ? 」 と 、 その 北山 と いう ガードマン は 訊 き 返した 。 「 三 年 くらい 前 に 辞めた ……」 「 それ くらい です 」 「 今 は 大学 の ガードマン を やって る と か 聞いた けど 。 ── その 太田 なら 知って る よ 」 「 その 人 です 。 姉 が その 大学 に 行って て 」 「 そうかい 。 元気で やって る の か な 」 北山 は 、 嬉し そうに 言った 。 「 だ と 思い ます 。 ── その 人 から 、 姉 が 、 ここ の ホテル は 夜中 まで ルーム サービス が ある と 聞いて た んで 、 ここ へ 泊った んです 」 「 そう か 。 ── いや 、 実に いい 男 だった よ 」 北山 は 肯 いた 。 「 あんな こと で 辞め させる なんて 、 ホテル も ずいぶん ひどい こと を した もん だ ! 」 「── 何 か 、 あった んです か ? 」 夕 里子 は 訊 いた 。 「 太田 は 話さ なかった の か な 」 「 さあ 。 ── 私 は 聞いて ませ ん けど 」 「 あいつ の こと だ 。 黙って ろ と 言わ れりゃ 、 ずっと 黙って る かも しれ ん な 」 「 どんな こと だった んです か ? 」 夕 里子 は 好奇心 を かき立て られた 。 「 うん ……。 まあ 、 もう 三 年 前 の 話 だ から いい だろう 」 と 、 北山 は 言った 。 「 神 山田 タカシ って 歌手 を 知って る か ね 」 夕 里子 は 、 この 一言 で 、 完全に 目 が 覚めた ! 「 神 山田 タカシ が ……」 「 太田 は ね 、 あいつ を 殴って ノックアウト した んだ 」 北山 の 言葉 に 、 夕 里子 は 目 を 丸く した 。 「 殴った んです か ? 」 「 うん 。 しかし 、 それ も 当り前な んだ 」 北山 から 、 当時 の 事情 を 聞いて 、 夕 里子 は 奇妙な 印象 を 受けた 。 いや 、 太田 と いう ガードマン を 、 夕 里子 は 直接 知って は い ない 。 ただ 、 綾子 の 友だち 、 石原 茂子 の 恋人 だ と 聞いて いる だけ だ 。 しかし ……。 その 太田 が いる 大学 へ 、 神山 田 タカシ が やって 来る 。 そして マネージャー が 何者 か に 殺さ れた 。 これ は 偶然 かしら ? もし 、 偶然で ない と したら ……。 太田 に とって 、 神山 田 タカシ は 、 やはり 憎らしい 相手 だろう 。 その 当人 が 、 コンサート を やり に 来る 。 太田 は 、 その 、 昔 殴った 相手 を 、 ガード する 立場 な のだ 。 ── もう 三 年 も 前 の こと だ 。 今 は 何でもない の かも しれ ない 。 しかし 、 それ なら 、「 まだ 三 年 」 と いう 言い 方 も できる わけだ 。 「── そんな こと が あった んです か 」 と 、 夕 里子 は 言った 。 「 で 、 神山 田 タカシ の 方 は 、 何も ? 」 「 被害 者 の 女の子 が 、 姿 を 消し ち まった から ね 。 もし ばれて たら 、 ただ じゃ 済まなかったろう が 、 訴え も し なかった から 、 助かった わけだ 。 代り に 太田 だけ が 、 客 を 殴った と いう ので 、 クビ に なった 」 「 ひどい 話 です ね 」 「 ああ 。 あんな こと を やって た んじゃ 、 人気 が 落ち目 に なる の も 当り前だ と 思う よ 」 夕 里子 は 、 ちょっと 考えて いた が 、 「── もう 戻って いい です か ? 」 と 訊 いた 。 「 ああ 、 構わ ない よ 。 悪かった ね 」 北山 が ドア を 開けて くれる 。 「 大丈夫です 。 どうせ 妹 も 起きて る し 、 一 人 で 戻れ ます から 」 「 そうかい 。 もし 君 が 太田 に 会う こと が あったら 、 よろしく 言って くれ 」 「 はい 。 ── お やすみ なさい 」 夕 里子 は 、 エレベーター の 方 へ 歩き かけて 、 ふと 振り向いた 。 「 北山 さん ──」 「 何 だ ね ? 」 「 その とき 、 神山 田 タカシ は 一 人 だった んです か ? 」 「 その とき ……。 ああ 、 太田 が 殴った とき 、 って こと かい ? 」 「 ええ 」 「 いや ── 確か 他 に も 誰 かいた はずだ 」 北山 は 眉 を 寄せて 考え込み 、「── そうだ 。 太田 が 言って たよ 、『 他の 奴 も 殴って やり たかった 』 って ね 」 「 他の 奴 って 、 誰 の こと だった か 、 分 り ませ ん か ? 」 「 それ は 訊 か なかった ね 。 太田 なら 、 きっと 憶 え てる だろう 」 「 そう です ね ……」 ── 部屋 へ と 戻り ながら 、 夕 里子 は 考えて いた 。 神山 田 タカシ が 、 その ファン の 少女 に 手 を 出した とき 、 もし 一緒に あの マネージャー 、 黒木 も いた と したら ? ただ 何も し ない で 見て いた だろう か ? いや ── たぶん 神 山田 タカシ と 一緒に なって 少女 に 乱暴 した だろう 。 太田 が 、 今 でも 神山 田 タカシ を 恨んで いたら 、 一緒に いた 「 誰 か 」 を も 恨んで 当然の こと だ 。 しかし ── 太田 が あの 黒木 と いう 男 を 殺した 、 と いう 点 に なる と 、 どうも 無理に 思えて 来る 。 その 男 の せい で 、 クビ に なった と いう だけ で 、 殺したり する もの だろう か ? しかも 、 太田 は 今 、 ちゃんと 仕事 を 持って いる のだ 。 して みる と 、 太田 と 神山 田 タカシ の 関係 は 、 ただ 、 偶然 の もの な の かも しれ ない ……。 エレベーター を 出て 、 夕 里子 は 足 を 止めた 。 目の前 に 、 さっき の 女の子 が 立って いた のである 。 もっとも 、 今度 は ちゃんと 服 を 着て いた 。 「 あら 、 あんた 」 と 、 夕 里子 を 見て 、「 さっき は ごめん ね 、 びっくり さ せて 」 「 いいえ 」 と 夕 里子 は 言った 。 あの 程度 の こと で びっくり する 夕 里子 で は ない 。 何しろ 殺人 犯 と 対決 した こと だって ある のだ から 。 「 もう 用 は 済んだ の ? 」 と 、 夕 里子 は 訊 いた 。 「 うん 。 ── しつこい わりに ケチ で ね 。 あれ だ から 、 中年 って いや よ 」 その 女の子 は 、 エレベーター に 乗って 、「 じゃ 、 バイバイ 」 と 手 を 振った 。 「 どうも ……」 あの アッケラカン と した 様子 ! とても 夕 里子 に は 真似 でき ない 。 「 遅れて る の か なあ 」 と 、 呟いて 、 夕 里子 は 首 を 振った 。 部屋 の 方 へ 歩いて 行く と 、 ヒョイ と ドア が 開いて 、 夕 里子 は ギョッ と した 。 さっき の 中年 男 が 、 真 赤 な 顔 で 出て 来た 。 こちら は 相 変ら ず パンツ 一 つ 。 「── 何 だ 、 さっき の 子 か 。 見 なかった か ? 」 「 一緒に いた 子 です か ? 」 「 そう だ 」 「 今 エレベーター で 降りて 行き ました よ 」 「 畜生 ! 」 と 、 男 は 歯ぎしり せ ん ばかり 。 「 どうした ん です か ? 」 「 機嫌 が 直った と か 言い おって 、 風呂 へ 入る と いう から 、 先 に 入って 待って たら 、 逃げ ち まった ! 詐欺 だ ! 」 夕 里子 は 、 思わず 笑い 出し そうに なる の を こらえた 。 「 お 気の毒でした 。 ── お やすみ なさい 」 と 、 隣 の 自分 の 部屋 の ドア を 叩こう と する と 、 「 おい 、 君 、 どう だ 」 と 、 男 が 夕 里子 の 腕 を 、 やにわに つかむ 。 「 離して 下さい 」 「 なかなか 可愛い と 思って た んだ よ 、 さっき 見て 。 ── 三十 分 付き合って くれたら 、 二万 出す 。 どう だ ? 」 夕 里子 は 、 男 の 股 間 を 膝 で けり 上げた 。 ドア を ノック する と 、 すぐに 、 「 お 帰り 」 と 、 珠美 が 出て 来る 。 「── あの 人 、 何 やって ん の ? 」 と 、 廊下 に 引っくり返って 呻いて いる 男 を 見て 、 目 を 丸く する 。 「 さあ 。 発作 でも 起こした んでしょ 」 と 、 夕 里子 は 言って 、「 もう 寝よう 。 朝 に なっちゃ うよ 」 と 、 部屋 に 入って ドア を 閉めた ……。 ホテル の 朝食 コーナー 。 ── 朝 から バイキング スタイル で 、 ホットケーキ だの 、 ハム 、 ベーコン 、 ポテト と いった もの が 食べ られる 。