三姉妹探偵団(2) Chapter 08
8 思惑 違い
「── で 、 どうした の ?
と 、 珠美 が 訊 いた 。
「 どうも し ない わ よ 」
「 割れた お 皿 を 片付ける の が 大変だった わ 」
と 、 綾子 は ピント の 外れた こと を 言って いる 。
今日 は マンション に 戻って の 夕食 である 。
ドア は 一応 、 新しく 取り付け られて いた 。
ただ 、 色 が 他の 部屋 と 違う ので 、 近々 塗り替え に 来る と いう こと だった が 。
「 神 山田 タカシ は 、 何 し に 来た わけ ?
と 、 珠美 が 訊 いた 。
「 マネージャー が あんな こと に なった んで 、 会場 を 見 に 来た 、 って 言って た けど ──」
「 怪しい ね 」
「 そう 思う ?
「 だって 、 他 に も 人 は いる わけじゃ ない 」
珠美 は 首 を 振った 。
「 きっと 、 他 に 何 か 理由 が あった の よ 」
綾子 は 一 人 、 沈んだ 様子 。
「 困った なあ ……」
「 どうした の ?
「 だって ── 神山 田 タカシ が 、 あんな 人 だ なんて 、 コンサート やる 気 、 しない じゃ ない の 」
「 それ は それ よ 。
もう あさって なんだ から 、 仕方ない じゃ ない の 」
と 夕 里子 は 、 お茶 を ご飯 に かけ ながら 、 言った 。
「 だって ── 許せ ない わ 。
女の子 の ファン を 手 ご め に する なんて 」
「 古風な 表現 ね 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 そんな こと いい の !
── いくら 幹事 の 役目 だって いわ れて も 、 そんな 男 の 世話 を する なんて ……」
「 ほんの 何 時間 か の こと じゃ ない 」
「 時間 の 問題 じゃ ない の よ 。
お 金 でも 、 面子 で も ない の 。 ── モラル の 問題 な の よ 」
「 少し は 妥協 し なきゃ 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 人生 、 思い通りに は 行か ない もん よ 」
「 それ が 中学生 の 言う こと ?
綾子 は 、 ため息 を ついた 。
「 黒木 って マネージャー が 殺さ れ 、 お 姉さん が 狙わ れた 。
── これ で 済めば いい けど ね 」
「 夕 里子 ったら 、 いやな こと 言わ ないで 」
「 だって 、 何一つ 解決 して ない んだ から 。
波乱 含み の まま で ね 」
「 警察 で 調べて くれる わ よ 」
── そう 、 当然 、 国友 と して は 、 石原 茂子 に 目 を つけて いる 。
茂子 が 、 三 年 前 、 神山 田 タカシ に 乱暴 さ れた 少女 だ と いう の は 、 まず 間違い の ない ところ だ 。
国友 の 紹介 で 、 太田 と 茂子 の いる 大学 へ 、 当の タカシ が 来る こと に なった の も 、 皮肉な 巡り合わ せ と いう しか ない 。
茂子 は 、 もう 太田 と いう 恋人 も いる わけだ が 、 三 年 前 の 事件 を 水 に 流した わけで は ある まい 。
もし 、 黒木 も 、 茂子 に 乱暴 した 人間 の 一 人 だった と したら 、 茂子 が 黒木 を 殺して も おかしく は ない 。
茂子 の 代り に 、 太田 が やった と して も 。
ただ 、 納得 でき ない の は 、 爆弾 事件 である 。
茂子 や 太田 が 、 綾子 を 殺そう と する と は 考え られ ない 。
つながら ない のである 。
── そして 、 全く 別の 事件 と みる に は 、 犯人 が 「 水口 恭子 」 と 名乗った の が 変だ 。
つながる ようで 、 すれ違って いる 。
すっきり し ない 。
── 夕 里子 は こういう 状況 だ と 苛々 して 来る のである 。
「 もう 一 杯 」
と 、 珠美 が 茶碗 を 出す 。
「 まだ 食べる の ?
「 いい でしょ 。
育ち盛り な んだ から 」
「 いい けど さ ……」
ご飯 を よ そって いる と 、 玄関 の チャイム が 鳴った 。
── 三 人 は 顔 を 見合せる 。
「 また 爆弾 じゃ ない わ よ ね 」
「 いや ね 、 変な こと 言って !
夕 里子 は 立って 行って 、 インタホン の 受話器 を 取った 。
「 はい 、 どなた です か ? 「 夕 里子 君 か !
国友 の 声 だ 。
夕 里子 は 緊張 した 。
「── 何事 な の ?
玄関 の ドア を 開ける と 、 国友 が 息 を 弾ま せ ながら 立って いる 。
よほど 急いで 来た らしい 。
「 いや 、 ドア が 直った か どう か 、 見 に 来た んだ 。
大丈夫 の ようだ ね 」
夕 里子 は 、 何だか 肩すかし を 食った 気分 だった 。
「 ええ 。
でも ── どうして そんなに 息 を 切らして る の ? 「 エレベーター が 点検 中 に なって て 、 階段 を 上って 来た んだ 。
いや 、 この ところ 運動 不足 で ね 」
と 、 国友 は 言った 。
「 刑事 さん 」
と 、 珠美 が 顔 を 出した 。
「 お茶 でも どうぞ 」
「 悪い な 。
いい の かい ? 「 ええ 。
無料 に して おき ます から 」
「 珠美 !
と 夕 里子 が にらんだ 。
居間 で 紅茶 を 飲み ながら 、 国友 は 言った 。
「 君 の 考えた 通り だった よ 」
「 石原 茂子 さん の こと ?
「 うん 。
三 年 前 に は 、 熱烈な 神 山田 タカシ の ファン だった 。 しかし 、 ちょうど 太田 が ホテル P を 辞めた 直後 に ファンク ラブ も 退会 して いる 」
「 可哀そうだ わ 」
と 、 綾子 は しみじみ と 言った 。
「 せっかく 過去 の 傷 を 忘れて いた ところ へ 、 私 が ……」
「 いや 、 それ なら 僕 に も 責任 が ある 」
「 え ?
と 、 綾子 が 不思議 そうな 顔 を した 。
綾子 は 、 国友 が 神山 田 タカシ の プロダクション に 交渉 して くれた こと を 知ら ない のだ 。
「 あの ね 、 それ より ──」
と 、 夕 里子 は 急いで 言った 。
「 爆弾 騒ぎ の 方 は どう なった の ? 「 今 の ところ 手がかり なし だ 。
── あの 大学 の 中 で 作ら れた もの だ と いう 証拠 で も あれば 、 もっと 色々 調べ られる んだ が ね 」
「 でも 、 大学 の 自治 の 侵害 に なる わ 」
「 分 って る ね 。
そう な んだ 。 ── あまり 権力 を 振りかざし たく ない から ね 」
「 そこ が 国友 さん の いい 所 よ 」
「 おだてる な よ 」
と 、 国友 は 笑った 。
「── 黒木 を 殺す 動機 の ある 人 、 見付かった ?
「 まあ 、 ああいう 仕事 だ と 色々 ある んだろう が ね 。
しかし 、 黒木 は 、 別に 大物 って わけじゃ ない し 、 殺さ れる ほど の こと は 考え られ ない んだ な 」
「 じゃ 、 やっぱり 奥さん の 線 ?
「 うん 。
── と いって 、 殺し屋 を 雇う と も 思え ない し 」
「 殺す のに 、 何も あんな 場所 を 選ぶ 必要 も ない わけでしょう ?
「 それ は その 通り な んだ 。
しかも 昼間 だ から ね 」
で は 、 やはり 石原 茂子 か 。
── しかし 、 夕 里子 と して も 、 あまり その 推論 に は 気乗り が し なかった 。
電話 が 鳴った 。
近く に 座って いた 綾子 が 、 受話器 を 取る 。
「 はい 、 佐々 本 です 。
── もしもし 」
「 あの ── 綾子 さん ?
と 、 低く 囁く ような 声 。
「 ええ 、 あの ──」
「 石原 茂子 よ 」
「 何 だ 。
どうした の ?
「 ちょっと ── 困った こと に なった の 」
「 お 財布 でも 落とした の ?
綾子 の 発想 は 、 大体 この 程度 で しか ない のである 。
「 本当に 申し訳ない んだ けど ── 大学 に いる の 。
今 、 来て くれる ? 「 いい わ よ 。
どこ に 行けば いい ? 「 学生 部 の 前 で 待って る わ 」
「 はい 、 それ じゃ 」
夕 里子 が 不思議 そうに 、
「 出かける の ?
と 訊 いた 。
「 うん 。
ちょっと お 友だち と 会う の 」
と 、 綾子 は 言った 。
もちろん 噓 で は ない 。
しかし 、 綾子 とて 、 大した 用事 で は ない 、 と 思って いた のである ……。
ちゃんと 校門 は 閉って いる し 、 一応 、〈 立入 禁止 〉 の 札 も 立って る し 。
しかし 、 実際 に は いくら でも 「 通用口 」 が あって 、 学生 や 先生 たち だって 、 適当に 近道 と して いる のである 。
しかし 、 綾子 は 例外 だった 。
ともかく 正面 の 正門 から 入って 、 出る の が 本当だ と 固く 信じて いる のだ 。
いつも なら 、 それ だって いい 。
しかし 、 今 は ── 門 が 閉って いる のである 。
門 の 前 まで 来て 、 困って しまった 。
「 茂子 さん も …… 門 を 開け といて くれりゃ いい のに 」
と 、 ブツブツ 文句 を 言う 。
守衛 なんて の も い ない し 、 ともかく 、 適当に 塀 の ない 所 から 入っちゃ う なんて こと の でき ない 性質 である 。
「 困った なあ ……」
と 、 ウロウロ して いる と 、 誰 か が 構内 を 歩いて 来る の が 見えた 。
綾子 は ギョッ と して ── なぜ か 身 を 隠した 。
別に 悪い こと を して る わけじゃ ない んだ から 、 隠れ なく たって 良 さ そうな もん だ が 、 これ も 性質 と いう もの だろう 。
木 の 陰 に 隠れて 様子 を 見て いる と 、 どうやら 女性 らしい 。
えらく 楽しげで 、 口笛 なんか 吹いて いる 。
そして ── 門 の 所 まで 来た 。
どう する の か な 、 と 見て いる と 、 その 女性 、 ヒョイ と 門 に 取り付いて 、 よじ登り 、 軽々 と 乗り越えて 来て しまった 。
は は あ 、 ああいう 手 が あった の か 、 と 綾子 は 感心 した 。
コトン 、 と 飛び降りる と 、 街灯 の 光 で 顔 が 見える 。
「 あら ……」
どこ か で 見た 子 だ と 思ったら 、 昼間 、 梨 山 教授 の 部屋 に いた 一 年生 だ 。
こんな 時間 まで 何 を して いた の か 、 いとも 楽し そうに 、 飛び はねる ような 足取り で 歩いて 行った 。
その 女の子 の 姿 が 見え なく なる と 、 綾子 は 木 の 陰 から 出て 来た 。
そう か 。
── 乗り越えれば いい んだ わ 。
茂子 も 、 じりじり し ながら 待って いる だろう 。
綾子 は 、 よい しょ 、 と 門 に 手 を かけ 、 足 を 上げた ……。
── 学生 部 の 前 に 、 茂子 は 立って いた 。
「 あ 、 綾子 さん !
ここ よ ! 「 ごめん ね 、 遅く なって 」
と 、 綾子 は 息 を 弾ま せた 。
「 腰 を どうかした の ?
「 うん 、 ちょっと ね ……」
と 、 綾子 は お 尻 を さすった 。
尻もち を ついて ね 、 と は 言いにくい 。
「 どうした の ?
文化 祭 の こと で 何 か あった ? 「 そう じゃ ない の 。
ともかく 来て よ 」
茂子 は 、 電話 の とき より は 大分 落ちついて いた 。
そりゃ そう だろう 。
これ だけ 待た さ れれば 、 いやで も 落ちついて 来る 。
「── どこ な の ?
「 学生 部 の 会議 室 」
「 ああ 、 あそこ ?
黒木 と 会った 部屋 である 。
廊下 は 、 静かで 、 寒々 と して いた 。
ポツリ 、 ポツリ と 、 思い出した ように しか 明り が 点いて い ない ので 、 その 途中 は 、 いやに 暗い 。
「── 何だか スリラー 映画 に でも 出て 来そう ね 」
と 、 綾子 は 冗談 の つもり で 言った のだ が 、 茂子 は 振り向いて 、
「 そう な の よ 」
と 、 真顔 で 言った 。
「 そう 、 って ?
「 来れば 分 る わ 」
── 会議 室 へ 入って 、 二 人 は 立ち止った 。
明り が 消えて 真 暗 な のだ 。
「 待って ね 」
と 、 茂子 が 言った 。
少し して 、 明り が 点く 。
会議 室 は 、 やはり ガランと して 、 人気 が なかった 。
「── どうかした の 、 ここ が ?
と 、 綾子 は 言った 。
「 奥 の 方 へ 行って みて 」
綾子 は 、 ゆっくり と 歩いて 行った 。
── 誰 か が 床 の 上 で 寝て いた 。
「 あら 、 こんな 所 で ……」
と 言い かけて 、 しかし 、 いくら 鈍い 綾子 でも 、 こんな 冷たい 床 の 上 に 好んで 寝る 物好き は い ない 、 と いう こと に 気付いた 。
そして 、 その 女 の 首 に 、 巻きついて いる 細い 紐 らしい もの ……。
それ は 、 アクセサリー に して は 、 ちょっと 深く 食い込み 過ぎて いる ようだった 。
「 この 人 ……」
「 死んで る の よ 」
と 、 茂子 は 言った 。
「 死んで る ?
「 そう 。
絞め 殺さ れて る わ 」
茂子 は 首 を 振った 。
「 どこ か で 、 見た こと ある みたい 」
「 そう でしょう 。
── 梨 山 先生 の 奥さん じゃ ない の 」
そう だった 。
黒木 が 殺さ れた 日 、 この 奥さん が 大学 から 出て 行く の を 、 目 に した のだった 。
「 じゃ 、 警察 へ 電話 し なきゃ 」
綾子 は 言った 。
「── もう 一一〇 番 した の ? 「 まだ 。
知って る の は 、 綾子 さん だけ な の 」
「 そう 」
と 、 綾子 は 肯 いた 。
「 一緒に 警察 へ 行って くれる ?
「 私 が ?
そりゃ 構わ ない けど ──」
「 自首 する の って 、 勇気 が いる わ 」
「 それ は そう ね 」
と 肯 いて から 、 少し して 、「── 今 、 何て 言った の ?
「 自首 する って 言った の 。
私 が この 人 を 殺した んだ もの 」
と 、 茂子 は 言った 。
「 まあ 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 そんな こと ない わ 」
「 そんな こと ない ?
「 だって ── あなた 、 人 を 殺したり でき ない わ よ 」
「 綾子 さん ……」
茂子 は 声 を 詰ら せた 。
「 私 が やった の よ 。 ── 私 が この 人 を 殺した の ! 「 違う わ よ 」
── 普通 と は 逆の やりとり である 。
綾子 と して は 、 理屈 なんて どう で も いい のだ 。
茂子 と いう 人間 を 信じて いる 。 だから 、 その 言葉 を 信じ ない 、 と いう ややこしい こと に なって いる のである 。
「 噓 言った って 、 だめ 」
と 、 綾子 は 穏やかに 言った 。
「 あなた に 人 は 殺せ ない わ 」
茂子 は 、 涙ぐんだ 。
やや 、 沈黙 が あって 、
「 そう 思う ね 、 僕 も 」
と いう 声 が 、 会議 室 に 響いた 。
振り向いて 、 綾子 は びっくり した 。
「 国友 さん !
国友 と 、 夕 里子 、 珠美 まで ついて 来て いた のである ……。