三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 13
13 長女 と 三女
夕 里子 が 眠り 込んで 、 その 代り ── と いう わけで も ある まい が 、 珠美 は 、 ふと 目 を 開いた 。
こちら は 、 眠り から 快く 覚める 、 と いう わけに は いか なかった 。
何といっても 、 薬 で 無理に 眠ら さ れた のだ から 。
暗い 地下 道 で 追いつか れ 、 口 に 布 を 押し当て られる と 、 鼻 に ツーン と 妙な 匂い が して 、 頭 が クラクラ した 。
あ 、 こいつ は いけない 、 と 思った のだ が 、 やはり 、 息 を し ないで いる と いう わけに も いか ず 、 そのまま 、 薬 を 吸い 込んで 、 失神 した のだった 。
「 ああ …… 頭 が 痛い 」
珠美 は 、 呟いた 。
「 頭痛 の 薬 、 なかった かな ……」
ここ は ?
── 珠美 は 、 やっと 、 ここ が 自分 の 寝室 でも 、 ホテル の 一室 で も ない と いう こと に 思い当った 。
大体 、 ベッド の 上 なら 、 こんなに 体 が 痛く なる わけ は ない 。
動こう と して 、
「 あれ ?
と 、 声 を 上げた 。
足 が 重い 。
── 珠美 は 目 を 足 の 方 へ やって 、 青く なった 。
鎖 で つなが れて いる のだ 。
足首 の 所 に は 、 鉄 の 環 が はめ られて いる 。 鎖 の 一端 は 、 石 の 壁 に 打ち 込んだ 、 太い 環 に はめ られて いた 。
ちょうど 昔 の 「 鉄 仮面 」 と か 、 あんな 話 に 出て 来る ような 足かせ と いう やつ だ 。
「 何 よ !
人 の こと を 、 犬 か 何かと 間違えて ! と 、 珠美 は カッ と して 言った が 、 誰 も 聞いて い ない ので は 、 仕方ない 。
何とも 陰気な 部屋 だった 。
たぶん 、 地下 室 な のだろう 。 底冷え の する 寒 さ である 。
そう 。
── たぶん 、 敦子 と 二 人 で 辿 って いた 地下 室 の 先 に あった 、 下り 階段 。 あの 下 で は ない だろう か 。
広 さ は ちょっと した 居間 ほど も あり 、 裸 電球 が 一 つ 、 天井 から 下って 、 薄暗い 光 を 投げ かけて いる 。
部屋 の 中央 に テーブル と 椅子 。
木 の 、 何とも 愛想 の ない もの だ 。
珠美 が つなが れて いる の は 、 部屋 の 奥 の 隅 っこ で 、 重 そうな 木 の 扉 は 、 ちょうど 反対 側 だった 。
「 何 だって の よ 、 全く !
珠美 は 、 頭 を 振って 、 八つ当り 気味に 言った 。
「 こんな こと して ── ただ じゃ おか ない から ! 強 がって いる の は 、 多分 に 自分 へ の 勇気づけ 、 と いう 面 も ある 。
敦子 さん は どう したろう ?
逃げ られた かしら ?
自分 より 前 を 走って いた から 、 うまく 行けば 、 逃げのびた だろう 。
山荘 へ 戻れば 、 国 友 も いる 。
今に 警官 隊 を 引き連れて 、 ワッ と 押しかけて 来て くれる ……。
大分 、 希望 的 観測 で は あった が 、 そう 考える と 、 少し 元気 も 出て 来た 。
でも ── 一体 この 山荘 は 何 だろう ?
こんな 地下 牢 みたいな 部屋 が あったり 、 秘密の 地下 道 が あったり ……。
きっと 、 あの おばさん 、「 変態 」 な んだ わ 、 と 、 珠美 は 思った 。
それとも 、 美しい 女の子 に 憎しみ を 抱いて いる の か 。
どっち に して も 、 あんまり 嬉しい こと で は なかった 。
ためしに 、 足首 の 鉄 の かせ や 、 鎖 を 引 張ったり 、 叩いたり して みた が 、 とても 歯 が 立た ない ので 、 やめた 。
壁 に もた れて 、 息 を つく 。
「── やれやれ 、 だ わ 」
やっぱり 、 タダ で 泊めて くれる なんて 話 に は 乗る んじゃ なかった わ 、 と 、 珠美 に して は 珍しい 反省 を し ながら 、 ふと 目 を 横 へ 向けて ──。
大きく 目 を 見開いた 。
薄暗くて 、 光 が 充分に 届いて い なかった ので 、 今 まで 気付か なかった のだ が 、 部屋 の もう 一方 の 隅 の 所 に 、 娘 が 一 人 、 倒れて いる 。
珠美 と 同様 、 鎖 で つなが れて 、 石 の 床 に 仰向け に 倒れて 、 身動き 一 つ し ない の は ……。
「 綾子 姉ちゃん !
そう 。
綾子 だった !
珠美 は 、 綾子 の 方 へ と 近寄ろう と した が 、 ピンと 鎖 が のび 切って 、 まだ 二 メートル 以上 、 離れて いた 。
「 お 姉ちゃん !
── 綾子 姉ちゃん ! と 、 珠美 は 大声 で 呼んだ 。
「 ね 、 目 を 覚まして ! ── 珠美 よ ! 綾子 姉ちゃん !
しかし 、 一向に 、 綾子 は 、 目 を 覚ます 様子 が ない 。
「 もう !
じれったい なあ ! いくら 寝起き の 悪い 低 血圧 だって 、 こんな 所 で のんびり 寝て る こと ない でしょ !
「 綾子 姉ちゃん !
起きろ ! この 寝坊 ! 長女 だ ろ ! しっかり しろ ! 散々 怒鳴って やった が 、 一向に 反応 なし 。
「 全く 、 もう ──」
と 、 珠美 は 、 ため息 を ついた 。
「 救い 難い わ ね ! それ でも 、 綾子 は 、 死んだ ように 眠り 込んで いる 。
── 死んだ ように ?
珠美 は 、 ふと 、 姉 を 見つめた 。
「 お 姉ちゃん ……」
まさか ── まさか 、 そんな こと が ──。
しかし 、 綾子 の 青ざめた 顔 に は 、 生気 が 感じ られ なかった 。
「 お 姉ちゃん ……。
死んで ない よ ね ? 死んで ない って 言って 」
珠美 は こわごわ 言って みた 。
綾子 姉ちゃん が 死んだ ?
そんな こと 、 ある わけない !
佐々 本 三 姉妹 は 、 生きる も 死ぬ も 一緒な んだ 。
お 姉ちゃん 一 人 が 死ぬ なんて こと ……。
「 お 姉ちゃん !
綾子 姉ちゃん !
珠美 は 、 振り絞る ような 声 で 叫んだ 。
ああ !
── 死んで る んだ ! 綾子 姉ちゃん が 死んだ !
「 死んじゃ いやだ !
お 姉ちゃん !
珠美 は 、 その 場 に 座った まま 、 ワーッ と 泣き 出した 。
声 を 上げ 、 床 に 頭 を こすり つける ように して 、 泣き 続けた のである 。
泣き ながら 、 珠美 は 、 私 が こんなに 泣く なんて 、 と びっくり も して いた 。
やはり 、 姉妹 愛 と いう もの だろう 。
綾子 姉ちゃん 一 人 を 死な せて なる もの か 。
私 も すぐ に 後 を 追って ── 一 日 、 二 日 の 内 に は ……。 でも 、 多少 は 色々 し たい こと も ある から 、 一 週間 ぐらい して から ……。 一 ヵ 月 ? どうせ なら 一周忌 が 済んで から ?
まあ 、 ここ まで 来たら 、 十 年 ぐらい して から で も いい か 。
ともかく 、 いつか は 、 私 も 後 を 追う から ね 。
── かなり いい加減な 追悼 の 言葉 を 心 の 中 で 並べ ながら 、 それ でも 珠美 は ワンワン 泣き 続けて いた ……。
「 どうした の ?
と 、 天から 声 が した 。
綾子 姉ちゃん !
もう 、 天使 か 何 か に なって 、 私 を 慰め に 来て くれた の かしら ? それとも 幽霊 ?
天使 と お化け じゃ 、 大分 違って いる が 、 ともかく 何となく 実体 が なくて フワフワ して る って いう 点 は 似た ような もん だ 。
「 珠美 ──」
珠美 は 、 そろそろ と 顔 を 上げた 。
綾子 が 、 チョコン と 床 に 座って 、 目 を 丸く し ながら 、 珠美 を 見て いた 。
「 お 姉ちゃん ……」
「 何 を 泣いて る の ?
綾子 は 、 いつも と 同じ 調子 で 言った 。
「 死んだ んじゃ なかった の ?
珠美 は 呆れて 、「 あんなに 大声 で 呼んだ のに !
返事 一 つ して くれ ない から ──」
「 私 の こと 起こした の ?
ごめんなさい 」
綾子 は 、 頭 を 振って 、「 何だか 、 グッスリ 寝ちゃ って ……。
アーア 」
と 、 大 欠 伸 。
珠美 は 、 腹 が 立つ やら 嬉しい やら 、 複雑な 心境 だった 。
少なくとも 、 水分 と 塩分 を 、 大分 損して いる 。
お 金 に したら 、 いくら ぐらい かしら 、 と 考えたり して いた 。
「 綾子 姉ちゃん 、 どうして ここ へ ?
と 、 珠美 は 言った 。
「 私 ?
さあ ……」
と 、 首 を かしげる 。
「 確か 、 あの 秀 哉 君 に 教えて た の よ ね 」
「 とんだ 家庭 教師 だ わ 」
「 そう ね ……。
ああ 。 そう だ 。 何 か 飲む もの を もらった んだ わ 。 それ を 飲んだら 、 眠く なって ……」
「 薬 が 入って た の よ 」
「 そう らしい わ ……。
まだ 眠い 」
「 眠ら ないで よ !
── 命 が 危 いって いう のに ! 「 命 が ?
「 だって 、 そう でしょ ?
こんな 風 に 鎖 に つなが れて 、 まさか TV の 撮影 じゃ ない んだ から 」
「 そう ねえ 。
── 寒い し 、 この 鎖 も 本物 みたいだ し ね 」
「 そう よ 。
どう する ? 綾子 は 、 肩 を すくめて 、
「 だって 、 どう しよう も ない じゃ ない 」
と 言った 。
「 呑気 な んだ から !
度胸 が ある 、 と いう の と は 違う 。
綾子 は 、 人 が 自分 に 対して 悪意 を 抱く こと が ある 、 と いう の が 、 信じ られ ない のである 。
もちろん 、 綾子 も 子供 じゃ ない から 、 世の中 に は 色々な 人間 が いて 、 色々な 事件 が 起って いる と いう こと も 分 って いる 。
しかし 、 それ が 、 自分 の 身 に 起る と は 考え ない 。
「 大丈夫 よ 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 私 たち 、 他の 人 に 何も 悪い こと して ない んだ もの 。 殺さ れたり し ない わ よ 」
珠美 は 、 この 姉 の 信念 が 羨 しかった 。
と ── 足音 が した 。
扉 の 外 である 。
その 足音 は 、 上 の 方 から ゆっくり と 降りて 来て 、 扉 の 前 で 止った 。
ギーッ と 扉 が 開く 。
「 や あ 、 気 が 付いた の 」
立って いた の は 、 秀 哉 だった 。
「 秀 哉 君 ……」
綾子 が 、 息 を ついた 。
「 あなた な の 、 こんな こと した の は ? 「 僕 と ママ だ よ 」
「 早く 、 この 鎖 を 外し なさい !
と 、 珠美 が 、 目 を 吊り上げ て 怒った 。
「 でないと 、 その 首 を 引っこ抜いて 、 サッカー ボール に しちゃ う から ! 「 元気だ ね 」
と 、 秀 哉 は 笑った 。
「 そういう 元気な 人 の 方 が 、 面白い んだ よ 」
「 ちっとも 面白 か ない わ よ 」
と 、 珠美 は にらみ つけ ながら 言った 。
「 秀 哉 君 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 一体 これ は どういう こと な の ? 「 先生 は 、 落ちついて る ね 」
「 そう じゃ ない の 。
鈍い だけ 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 馬鹿正直に 言う こと ない わ よ 」
と 、 珠美 は 綾子 を にらんだ 。
「 二 人 と も 、 もう 逃げ られ ない よ 。
観念 した 方 が いい 」
と 、 秀 哉 が 言った 。
「 観念 する の は そっち でしょ 」
と 、 珠美 は 言った 。
「 こっち に は 刑事 さん が ついて る んだ から ね 」
「 いつ だって 、 あんな 人 、 やっつけ られる さ 」
と 、 秀 哉 は ニッコリ 笑った 。
「 私 たち を 、 どう しよう って いう の ?
「 殺しゃ し ない よ 。
ただ 、 血 を もらう だけ だ よ 」
「 何で すって ?
珠美 は 、 目 を 丸く した 。
「 何 を もらう って ? 「 血 だ よ 」
と 、 秀 哉 は 言った 。
「 献血 の 運動 でも やって る の ?
と 、 綾子 が 訊 いた 。
秀 哉 が 吹き出して 、
「 そう かも しれ ない よ 。
── もう すぐ ママ が 来る 。 そう したら 分 る さ 。 じゃ 、 また ね 」
と 、 秀 哉 は 出て 行く 。
「 ちょっと !
待ち なさい よ ! ── この ガキ ! 珠美 は 怒鳴り 疲れて 、 ハアハア 息 を ついた 。
「── 血 を 取る の かしら ?
と 、 綾子 が 言った 。
「 私 、 低 血圧 だ から 、 献血 した こと ない の よ 」
「 そんな 呑気 な こ と 言って ……」
と 、 珠美 は 、 ため息 を ついた 。
「 きっと 、 あの 一家 は 吸 血 鬼 な の よ 」
「 ドラキュラ ?
でも 、 キバ が ない わ 」
「 そういう 種類 な んじゃ ない ?
「 そう かしら ……。
でも 、 昼間 も 起きて る し ──」
と 、 綾子 は 真剣に 考え 込んで いる 。
「 夕 里子 姉ちゃん 、 何 して ん の か なあ 。
可愛い 妹 が 、 こんな ひどい 目 に 遭って いる って いう のに ! 珠美 は 、 天 を 仰いで 嘆息 した 。
「── ねえ 、 珠美 」
「 何 ?
「 でも 、 食事 に ── にんにく が ついて た わ よ 」
と 、 綾子 は 真面目な 顔 で 言った 。
珠美 は 、 何 を 言う 気力 も 失せ て いた ……。
「── 夜 が 明けた な 」
と 、 国 友 は 呟く ように 言った 。
ソファ で 頭 を かかえて いた 水谷 が 、 ゆっくり と 顔 を 上げた 。
「 そろそろ ……」
「 そう です ね 」
国 友 は 、 無表情の まま 、 窓 辺 に 寄った 。
外 は 、 もう 刻々 と 明るく なり つつ あった 。
── 皮肉な こと に 、 今日 も いい 天気 の ようだ 。
国 友 は 、 そっと 首 を 振った 。
お前 は 何の ため に ここ に 来た んだ ?
この 役立た ず が !
水谷 も 立ち上って 、 やって 来た 。
「── 寒 そうだ な 」
と 、 ポツッ と 呟く 。
二 人 と も 、 疲れ 切って いる の は 事実 だった 。
何しろ 、 夜通し 、 この 山荘 の 中 を 、 捜し 回った のである 。
夕 里子 、 珠美 、 綾子 、 そして 、 石垣 親子 ……。
その 誰 も 、 山荘 の 中 に は い なかった 。
何 か あった のだ 。
── それ だけ が 確かだった 。
国 友 と 水谷 は 、 家具 を 引っくり返し 、 壁 布 を はぎ 、 床 の カーペット を めくって 、 どこ か に 、 秘密の 出入 口 が ない か 、 隠し 部屋 が ない か と 捜し 回った 。
もし 、 これ で 何でもなかったら ── 夕 里子 たち も 、 無事だった と したら 、 この 弁償 の ため に 、 国 友 も 水 谷 も 少なくとも 十 年 は 働か なくて は なら なかったろう 。
山荘 の 中 は 、 正に 、 竜巻 が 駆け抜けた ような 有様 だった 。
しかし 、 結局 ── 何一つ 、 手がかり は つかめ なかった のである 。
二 人 の 疲労 は 、 体力 より 、 むしろ 、 落胆 から の 方 が 大きかったろう 。
もし 、 い なく なった 夕 里子 たち が 、 外 に いた と したら 、 この 猛烈な 寒 さ の 中 で 、 とても 生きて は い られ ない に 違いなかった 。
国 友 の 、 傷心 ぶり も 分 る と いう もの だった 。
そして 水 谷 の 方 も また ……。
「 教師 失格 です よ 」
と 、 自嘲 気味に 呟く 。
「 生徒 が 殺さ れ 、 行方 不明に なって 、 僕 だけ が 無事 と は ね 。 ── 父母 に 何と 言って 説明 すりゃ いい の か 」
「 それ なら 、 僕 も 同じです 。
刑事 です から ね 、 僕 は 」
と 、 国 友 が 言った 。
「 犯罪 の 起きる の を 、 未然 に 防げ なかった 。 全く もって 、 情 ない こと です よ 」
「 いや 、 あなた は 、 後 で 犯人 を 捕まえる こと が できる 。
教師 は 、 そう は いきま せ ん 」
「 いや 、 僕 は 刑事 と いう だけ で なく 、 恋人 と して も 、 愛する 娘 を 救え なかった 」
「 それ なら 、 生徒 は 教師 に とって 、 我が 子 も 同じです 。
我が 子 を 守れ なかった のです から ね 」
「 いや 、 先生 は 別に ガードマン じゃ ない でしょう 」
「 それ なら 刑事 さん だって ──」
「 刑事 は 、 市民 の 安全 を 守る の が 使命 です 」
「 教師 だって 、 生徒 の 安全に は 責任 が あり ます 」
「 しかし 、 刑事 と は 違う 」
「 同じです !
授業 だけ して りゃ いい と いう もの で は ない 」
「 刑事 だって 、 犯人 を 捕まえりゃ い いって もの じゃ あり ませ ん 」
「 ともかく 、 僕 は 最低の 教師 です 」
「 いや 、 刑事 と して の 僕 の 方 が 最低です 」
「 それ は 主観 的な 意見 です 。
客観 的に 見れば 明らかに ──」
「 いや 、 絶対 に 、 僕 の 方 が だめな 男 です 」
「 僕 の 方 です よ 、 だめな の は 」
「 だめ 男 」 ぶり を 競って (?
) いる 内 、 二 人 は 、 空しく なった の か 、 黙り 込んで しまった 。
無理 も ない 結論 である 。
しばらく して 、 国 友 が 、 ため息 を ついて 、
「── ともかく 、 二 人 と も だめ と いう こと に し ましょう 」
「 そう です ね ……」
水谷 が 肯 く 。
二 人 は 、 どちら から と も なく 、 肩 を 抱き合った 。
── 感動 的 、 と いう に は 、 どこ か 間 の 抜けた 光景 である 。
しかし 、 当人 たち が 大真面目だった こと は 、 言って おか なくて は なる まい 。
「 外 へ 出て み ましょう か 」
と 、 水谷 が 言った 。
「 そう です ね ……」
国 友 は 肯 いて 、「 身投げ する に は 、 あの 断崖 は ちょうど いい ……」
ひたすら 、 暗い ムード が 漂って いる 。
国 友 と 水谷 は 、 裏庭 へ 出て みた 。
雪 の 反射 が 、 もう目に まぶしい 。
陽 は 射 して いて も 、 やはり 、 寒 さ は 相当な もの だった 。
夜明け前 の 、 一 番 の 冷え 込み は 、 都会 で は 想像 も つか ない 厳し さ だろう 。
「── でも 、 もしかしたら 、 どこ か に 」
と 、 国 友 は 、 呟く ように 言った 。
「 そう です ね ……」
水谷 は 、 青空 を 見上げた 。
「 大声 で 呼んで み ます か 」
「 いい です ね 」
大声 を 出す 元気 が 残って いる か どう か 、 いささか 疑問 だった が 、 二 人 は 断崖 の 方 へ 歩いて 行って 、 両足 を 雪 の 中 に 踏んばって 立った 。
水谷 が 、 まず 、 冷えた 空気 を 一杯に 吸い 込んで 、
「 お ー い 」
と 力一杯 、 声 を 出した 。
こだま が 、 二 つ 、 三 つ 、 と 駆け巡る ように 返って 来る 。
国 友 も 、 ここ は 負け られ ない 、 と ばかり 、
「 夕 里子 く ー ん !
と 、 大声 で 呼んだ 。
個人 名 を 出した の は 、 少々 気 が 咎めた が 、 しかし 、 今 は そんな こと に こだわって は い られ ない 。
「 佐々 本 く ー ん !
と 、 水谷 も 負け ず に 声 を 張り上げた 。
「 綾子 く ー ん !
「 川西 く ー ん !
「 珠美 く ー ん !
次々 に 名前 が 出て 、 こだま と 入り乱れる ので 、 その 内 、 誰 を 呼んで いる の か 分 ら なく なって しまう 。
「 夕 里子 く ー ん !
「 国 友 さ ー ん !
「 佐々 本 く ー ん !
「 綾 ──」
と 、 言い かけて 、 国 友 は やめた 。
「 今 、 何 か 言い ました か ? 「 え ?
「 いや ── 国 友 さん 、 と 呼び ませ ん でした か ?
「 僕 が ?
いいえ 」
「 じゃ ── 僕 かな ?
しかし 、 自分 の 名前 を 呼んだり は し ない と 思う けど ──」
そこ へ 、
「 国 友 さん !
と 、 また 声 が した 。
国 友 の 顔 が 、 ジキル と ハイド だって 、 こう は 変る まい と 思える ほど 、 変った 。
暗 から 明 へ 。 ── その 差 は 、 四十 ワット の 電球 から 百 ワット どころ で は なく 、 いわば 深海 の 闇 から 、 ワイキキ の 真 夏 の 砂浜 へ と いきなり 投げ出さ れた ほど の 違い が あった 。
「 夕 里子 君 だ !
── 夕 里子 君 ! どこ に いる んだ ! と 、 国 友 は 叫んだ 。
「 下 よ !
国 友 さん !
確かに 、 夕 里子 の 声 は 足下 の 方 から 聞こえて いた 。
一瞬 、 国 友 は 、 夕 里子 が 「 地獄 」 から 呼びかけて いる の かも しれ ない 、 と いう 思い に 捉え られた が 、
「 夕 里子 君 なら 、 天国 に 決 って る !
と 、 思い 直した 。
「 崖 の 途中 な の !
と 、 夕 里子 が 叫んだ 。
「 ロープ を 垂らして ! 「 やった !
国 友 と 水谷 は 、 飛び上った 。
「 良かった !
「 見付けた ぞ !
「 万歳 !
大 の 男 が 二 人 、 雪 の 上 で 飛び はね ながら 抱きついたり して いる のだ から 、 とても 、 他人 に 見せ られた 光景 で は ない 。
やっと 我 に 返った 国 友 は 、
「 待って ろ !
今 すぐ ロープ を 投げる ! と 、 怒鳴った 。
「 ロープ を 取って 来 ます !
と 言った とき に は 、 もう 水谷 は 山荘 の 方 へ 駆け 出して いた 。
水谷 は 、 ほとんど 信じ られ ない ような スピード で 戻って 来た 。
ロープ を 肩 に かけて いる 。
その 間 に 、 国 友 は 、 雪 を つかんで は 谷 に 向 って 投げて いた 。
それ を 見て 、
「 もう 少し 右 !
もっと 左 ! と 、 下 で 夕 里子 が 指示 を 出す 。
「── よし 、 この 辺 です よ 」
と 、 国 友 は 言った 。
「 僕 が 降りて 行き ます から ──」
「 いや 、 ここ は 僕 が 」
と 、 水谷 は 早くも ロープ を 体 に 縛り つけて いる 。
国 友 も 、 ここ は こだわら ない こと に した 。
立木 に ロープ を 巻き つけた 上 で 、 ぐっと 体重 を かけて 引 張る 。
「── OK です 」
「 じゃ 、 先 に 彼女 を 上げ ます から 」
と 、 水谷 は 言って 、 崖 を 下り 始めた のである ……。