第 八 章 死 線 (4)
戦勝 の 前祝い であった 。
「 勝利 は すでに 確定 して いる 。 このうえ は それ を 完全な もの に せ ねば なら ぬ 。 叛乱 軍 の 身のほど 知ら ず ども を 生かして 還 す な 。 その 条件 は 充分に ととのって いる のだ 。 卿 ら の うえ に 大神 オーディン の 恩 寵 あら ん こと を 。 乾杯 ! 」 「 プロージット ! 」 提督 たち は 唱和 し 、 ワイン を 飲み干す と 、 慣習 に したがって グラス を 床 に 投げつけた 。 無数の 光 の かけら が 床 の 上 を 華やかに 乱舞 した 。
諸 将 が でて いく と 、 ラインハルト は スクリーン を じっと 見つめた 。 床 に 散らばった 光 より も はるかに 冷たく はるかに 無機質な 光 の 群 を 、 彼 は そこ に 見いだした 。 だが 、 その 光 が 彼 は 好きだった 。 あの 光 を 手中 に おさめる ため に こそ 、 現在 、 自分 は ここ に いる のだ ……。
Ⅴ 標準 暦 一〇 月 一〇 日 一六 時 。 重力 傾 度 法 に よって 、 艦隊 を 惑星 リューゲン の 衛星 軌道 上 に 配置 して いた ウランフ 提督 は 敵 襲 を 察知 した 。 周囲 に 配置 して いた 二万 個 の 偵察 衛星 の うち 、 二 時 方向 の 一〇〇 個 ほど が 、 無数の 光 点 を 映しだした あと 、 映像 送信 を 絶った のである 。
「 来る ぞ 」
ウランフ は つぶやいた 。 末端 神経 に まで 緊張 の 電流 が はしる の を 自覚 する 。
「 オペレーター 、 敵 と 接触 する まで 、 時間 は どの くらい か 」
「 六 分 ないし 七 分 です 」
「 よし 、 全 艦隊 、 総 力戦 用意 。 通信 士官 、 総 司令 部 および 第 一三 艦隊 に 連絡 せよ 。 われ 敵 と 遭遇 せり 、 と な 」
警報 が 鳴りひびき 、 旗 艦 の 艦 橋 内 を 命令 や 応答 が 飛びかった 。
ウランフ は 部下 に 言った 。
「 やがて 第 一三 艦隊 も 救援 に 駆けつけて くる 。 〝 奇 蹟 の ヤン 〟 が 、 だ 。 そう すれば 敵 を 挟 撃 できる 。 勝利 は うたがい ない ぞ 」
ときとして 、 指揮 官 は 、 自分 自身 で は 信じて ない こと でも 部下 に 信じ させ ねば なら ない のだった 。 ヤン も 時機 を おなじく して 多数 の 敵 に 攻撃 されて おり 、 第 一〇 艦隊 を 救援 する 余裕 は ない だろう 、 と ウランフ は 思う 。 帝国 軍 の 大 攻勢 が はじまった のだ 。
フレデリカ ・ グリーンヒル 中尉 が 白い 顔 に 緊張 の 色 を たたえて 司令 官 を 見上げた 。
「 閣下 ! ウランフ 提督 より 超 光速 通信 が はいり ました 」
「 敵 襲 か ? 」 「 はい 、 一六 時 七 分 、 敵 と 戦闘 状態 に は いった そうです 」 「 いよいよ はじまった な ……」
その 語尾 に 警報 の 叫び が かさなった 。 五 分 後 、 第 一三 艦隊 は ケンプ 提督 の ひきいる 帝国 軍 と の あいだ に 戦火 を まじえて いた 。
「 一一 時 方向 より 敵 ミサイル 群 接近 ! 」 オペレーター の 叫び に 、 旗 艦 ヒューベリオン の 艦長 マリノ 大佐 が するどく 反応 する 。 「 九 時 方向 に 囮 を 射 出せよ ! 」 ヤン は 沈黙 した まま 、 艦隊 の 作戦 指揮 と いう 自分 の 職務 に 没頭 して いる 。 艦 単位 の 防御 と 応戦 は 艦長 の 職務 であり 、 そこ まで 司令 官 が 口 を だして いた ので は 、 だいいち 、 神経 が もた ない 。
レーザー 水爆 ミサイル が 猛 々 しい 猟犬 の ように 襲いかかる 。 核 分裂 に よら ず 、 レーザー の 超 高熱 に よって 核 融合 を ひきおこす 兵器 である 。
それ に 対抗 して 囮 の ロケット が 発射 さ れる 。 熱 と 電波 を おびただしく 放出 して 、 ミサイル の 探知 システム を だまそう と する 。 ミサイル 群 が 急 角度 に 回 頭 して その 囮 を 追う 。
エネルギー と エネルギー 、 物質 と 物質 が 衝突 しあい 、 暗黒の 虚 空 を 不吉な 輝き で みたし つづけた 。
「 スパルタニアン 、 出撃 準備 ! 」 命令 が 伝達 さ れ 、 スパルタニアン 搭乗 要員 数 千 人 の 心身 に こころよい 緊張 感 を はしら せた 。 自己 の 技 倆 と 反射 神経 に 強烈な 自信 を 有する 軍 神 の 申し 子 たち であり 、 死 へ の 恐怖 感 など 、 彼ら に は 侮辱 の 対象 で しか ない 。
「 さ あて 、 いっち ょう 行く か 」
旗 艦 ヒューベリオン の 艦上 で 陽気に 叫んだ の は 、 撃墜 王 の 称号 を 有する ウォーレン ・ ヒューズ 大尉 だった 。
ヒューベリオン は 四 名 の 撃墜 王 を かかえて いる 。 ヒューズ の ほか に 、 サレ ・ アジズ ・ シェイクリ 大尉 、 オリビエ ・ ポプラン 大尉 、 イワン ・ コーネフ 大尉 だ が 、 彼ら は 撃墜 王 の 称号 を 誇示 する べく 、 それぞれ の 愛 機 に スペード 、 ダイヤ 、 ハート 、 クラブ の A の 印 を 特殊な 塗料 で 描き こんで いた 。 戦争 も スポーツ の 一種 と 考える ほど の 神経 の 太 さ が 、 たぶん 、 彼ら を 生存 さ せて きた 要素 の ひと つ だったろう 。
「 五 機 は 撃墜 して くる から な 。 シャンペン を 冷やして おけ よ 」
愛 機 に とびのった ポプラン が 、 整備 兵 に 声 を かけた が 、 返答 は 冷たかった 。
「 ある わけ ない でしょう 、 せめて 水 を 用意 して おきます よ 」 「 不 粋な 奴 だ 」
ぼやき ながら 、 ポプラン は ほか の 三 人 と ともに 宇宙 空間 へ 躍り だした 。 スパルタニアン の 翼 が 爆発 光 を 反射 して 虹 色 に 輝く 。 敵意 を こめて ミサイル が 殺到 し 、 ビーム が 襲いかかって くる 。
「 あたる もの か よ ! 」 しかし 、 異口同音 に 四 名 は 豪語 する 。 幾 度 も 死 線 を こえて 生き残って きた 戦士 の 自負 が そう 言わ せる のだ 。
入 神 の 技 倆 を 誇示 する ように 、 急 旋回 して ミサイル を かわす 。 それ を 追尾 しよう と した ミサイル の 細い 胴 が 重力 の 急変 に たえかねて 中央 から 折れる 。 嘲る ように 翼 を ふって み せる 彼ら の 前 に 、 帝国 軍 の ワルキューレ が 躍りでて 格闘 戦 を 挑んで きた 。
ヒューズ 、 シェイクリ 、 コーネフ の 各 機 が 喜んで それ に 応じ 、 一 機 また 一 機 と 敵機 を 火 球 に 変えて ゆく 。
ただ ひと り 、 ポプラン だけ が 不審 と 怒り に 頰 を 赤く して いた 。 一 秒間 に 一四〇 発 の 割合 で 敵 に 撃ちこむ ウラン 238 弾 ―― 金属 貫通 能力 に 富み 、 命中 すれば 超 高熱 を 発して 爆発 する ―― の 弾 列 が むなしく 宙 に 吸いこまれて ゆく のだ 。 彼 を のぞく 三 名 は すでに 合計 七 機 を 血 祭り に あげた と いう のに 、 である 。
「 なんたる ざま だ ! 」 激しく 舌 打 した の は 、 帝国 軍 の 指揮 官 ケンプ 中将 だった 。 ケンプ も 撃墜 王 である 。 銀 翼 の ワルキューレ を 駆って 、 数 十 機 の 敵 を 死 神 の 懐 に たたきつけて きた 歴戦 の 勇者 な のだ 。 ずばぬけた 長身 だ が 、 それ と 感じ させ ない ほど に 体 の 横幅 も 広い 。 茶色 の 髪 は 短く 刈って いる 。
「 あの ていど の 敵 に 、 なに を てまどって いる か 。 後方 から 半 包囲 の 態勢 を とって 艦砲 の 射程 内 に 追いこめ ! 」 その 指示 は 的確だった 。 三 機 の ワルキューレ が ヒューズ 大尉 の スパルタニアン を 後方 から 半 包囲 し 、 戦艦 の 主砲 の 射程 内 に 巧みに 追いこんだ 。 危険 を 悟った ヒューズ は 、 急 旋回 し つつ 一 機 の 操縦 席 に ウラン 238 弾 を たたきこみ 、 それ が 脱落 した 間隙 を 縫って のがれよう と する 。 しかし 敵 艦 の 副 砲 まで は 計算 に いれて なかった 。 ビーム が きらめき 、 ヒューズ と 彼 の 愛 機 を 一撃 で この世 から かき消した 。
おなじ 戦法 で シェイクリ も 斃 さ れた 。 残る 二 名 は かろうじて 追撃 を ふりきり 、 艦砲 の 死角 に 逃げこんだ 。
四 機 の 敵 を 葬りさった コーネフ は ともかく 、 逃げまわる ばかりで 一 機 も 撃墜 でき なかった ポプラン の 自尊心 は 、 救い がたい まで に 傷ついて いた 。
一 弾 も 命中 し なかった 理由 が 判明 した とき 、 傷心 は 怒り と なって 炸裂 した 。 母艦 に 帰 投 した ポプラン は 、 操縦 席 から とびおりる と 、 駆けよった 整備 兵 の 襟 もと を つかんだ 。
「 味方 殺し の 整備 主任 を 出せ ! 殺して やる 」
主任 の トダ 技術 大尉 が 駆けつける と 、 ポプラン の 罵声 が とんだ 。
「 機銃 の 照準 が 九 度 から 一二 度 も くるって いた ぞ ! ちゃんと 整備 して いる の か 、 この 給料 盗人 が ! 」 トダ 技術 大尉 は 眉 を はねあげた 。 「 やって いる と も 。 人間 は ただ で つくれる が 、 戦闘 艇 に は 費用 が かかって いる から な 、 整備 に は 気 を つかって いる さ 」
「 き さま 、 それ で 気 の きいた 冗談 を 言った つもり か 」
戦闘 用 ヘルメット が 床 に たたきつけ られ 、 高々 と 跳ねあがった 。 ポプラン の 緑色 の 目 に 怒 気 の 炎 が 燃えあがって いる 。 それ にたいして トダ の 両眼 も 細く するどく なった 。 「 やる 気 か 、 とんぼ 野郎 」
「 ああ 、 やって やる 。 おれ は な 、 いま まで の 戦闘 で 、 き さま より 上等な 帝国 人 を 何 人 殺した か 知れ ない んだ 。 き さま なんか 片手 で 充分 、 ハンディ つきで やって やら あ ! 」 「 ぬかせ ! 自分 の 未熟 を 他人 の 責任 に しや がって 」 制止 の 叫び が おこった が 、 その とき すでに 殴りあい は はじまって いた 。 二 、 三 度 、 パンチ が かわさ れた が 、 やがて 防戦 いっぽう に おいこま れた トダ が 足 を ふらつか せ はじめる 。 ポプラン の 腕 が さらに ふりかざさ れた とき 、 何者 か が その 腕 を とらえた 。
「 バカ が 、 いいかげんに しろ 」
シェーンコップ 准将 が にがにがし げ に 言った 。
その 場 は おさまった 。 イゼルローン 攻略 の 勇者 に 一目 お かない 者 は いない 。 もっとも 、 当の シェーンコップ に とって は 、 こんな 出番 しか ない の は 、 はなはだ 不本意であった が ……。
ウランフ の 第 一〇 艦隊 を 攻撃 した 帝国 軍 の 指揮 官 は ビッテンフェルト 中将 だった 。 オレンジ色 の 長 めの 髪 と 薄い 茶色 の 目 を して おり 、 細 面 の 顔 と たくましい 体つき が 、 やや アンバランス と いえ なく も ない 。 眉 が 迫り 、 眼光 が 烈 しく 、 戦闘 的な 性格 が うかがえる 。
また 彼 は 麾下 の 全 艦艇 を 黒く 塗装 し 、〝 黒色 槍 騎兵 〟 と 称して いる 。 剽悍 そのもの の 部隊 だ 。 その 部隊 に ウランフ は したたかに 損害 を あたえた 。 しかし 同 程度 の 損害 を うけた ―― 比率 で なく 絶対 数 に おいて である 。
ビッテンフェルト 軍 は ウランフ 軍 より 数 が 多く 、 しかも 兵 は 餓えて い なかった 。 指揮 官 も 部下 も 清新な 活力 に 富んで おり 、 かなり の 犠牲 を はらい ながら も 、 ついに 彼ら は 同盟 軍 を 完全な 包囲 下 に おく こと に 成功 した のである 。
前進 も 後退 も 不可能に なった 第 一〇 艦隊 は 、 ビッテンフェルト 軍 の 集中 砲火 を さける こと が でき なかった 。
「 撃てば あたる ぞ ! 」 帝国 軍 の 砲術 士官 たち は 、 密集 した 同盟 軍 の 艦艇 に エネルギー ・ ビーム と ミサイル の 豪雨 を あびせ かけた 。 エネルギー 中和 磁場 が 破れ 、 艦艇 の 外 殻 に 、 たえがたい 衝撃 が くわえられる 。 それ が 艦 内 に 達する と 、 爆発 が 生じ 、 殺人 的な 熱風 が 将兵 を なぎ倒した 。
破壊 さ れ 、 推力 を 失った 艦艇 は 、 惑星 の 重力 に ひかれて 落下 して いった 。 惑星 の 住民 の なかば は 、 夜空 に 無数の 流星 を 見いだし 、 子供 たち は 一時的に 空腹 を 忘れて その 不吉な 美し さ に 見とれた 。
Ⅵ 第 一〇 艦隊 の 戦力 は つき かけて いた 。 艦艇 の 四 割 を 失い 、 残った 艦 の 半数 も 戦闘 不能 と いう 惨状 である 。
艦隊 参謀 長 の チェン 少将 が 蒼白な 顔 を 司令 官 に むけた 。
「 閣下 、 もはや 戦闘 を 続行 する の は 不可能です 。 降伏 か 逃亡 か を えらぶ しか ありません 」 「 不名誉な 二 者 択一 だ な 、 ええ ? 」 ウランフ 中将 は 自嘲 して みせた 。 「 降伏 は 性 に あわ ん 。 逃げる と しよう 、 全 艦隊 に 命令 を 伝えろ 」
逃亡 する に して も 、 血 路 を 開か なくて は なら なかった 。 ウランフ は 残存 の 戦力 を 紡 錘陣 形 に 再編 する と 、 包囲 網 の 一角 に それ を いっきょに たたきつけた 。 戦力 を 集中 して 使用 する すべ を ウランフ は 知っていた 。
彼 は この 巧妙 果敢な 戦法 で 、 部下 の 半数 を 死 地 から 脱出 さ せる こと に 成功 した 。 しかし 彼 自身 は 戦死 した 。