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或る女 - 有島武郎(アクセス), 42.2 或る女

42.2 或る 女

倉地 は 陰 鬱 な 雨脚 で 灰色 に なった ガラス 窓 を 背景 に して 突っ立ち ながら 、 黙った まま 不安 らしく 首 を かしげた 。 岡 は 日ごろ の めったに 泣か ない 性質 に 似 ず 、 倉地 の 後ろ に そっと 引き そって 涙ぐんで いた 。 葉子 に は 後ろ を 振り向いて 見 ない でも それ が 目 に 見る ように はっきり わかった 。 貞 世 の 事 は 自分 一 人 で 背負って 立つ 。 よけいな あわれみ は かけて もらい たく ない 。 そんな いらい らしい 反抗 的な 心持ち さえ その 場合 起こら ず に は い なかった 。 過 ぐ る 十 日 と いう もの 一 度 も 見舞う 事 を せ ず に いて 、 今さら その 由々し げ な 顔つき は な んだ 。 そう 倉地 に でも 岡 に でも いって やりたい ほど 葉子 の 心 は とげとげしく なって いた 。 で 、 葉子 は 後ろ を 振り向き も せ ず に 、 箸 の 先 に つけた 脱脂綿 を 氷 水 の 中 に 浸して は 、 貞 世 の 口 を ぬぐって いた 。 ・・

こう やって もの の やや 二十 分 が 過ぎた 。 飾り け も 何も ない 板張り の 病室 に は だんだん 夕暮れ の 色 が 催して 来た 。 五月雨 は じめじめ と 小 休み なく 戸外 で は 降りつづいて いた 。 「 おね え 様 なおして ちょうだい よう 」 と か 「 苦しい …… 苦しい から お 薬 を ください 」 と か 「 もう 熱 を 計る の は いや 」 と か 時々 囈言 の ように 言って は 、 葉子 の 手 に かじりつく 貞 世 の 姿 は いつ 息 気 を 引き取る かも しれ ない と 葉子 に 思わ せた 。 ・・

「 では もう 帰りましょう か 」・・

倉地 が 岡 を 促す ように こういった 。 岡 は 倉地 に 対し 葉子 に 対して 少し の 間 返事 を あえて する の を はばかって いる 様子 だった が 、 とうとう 思いきって 、 倉地 に 向かって 言って い ながら 少し 葉子 に 対して 嘆願 する ような 調子 で 、・・

「 わたし 、 きょう は なんにも 用 が ありません から 、 こちら に 残ら して いただいて 、 葉子 さん の お 手伝い を したい と 思います から 、 お 先 に お 帰り ください 」・・

と いった 。 岡 は ひどく 意志 が 弱 そうに 見え ながら 一 度 思い 入って いい出した 事 は 、 とうとう 仕畢 せ ず に は おか ない 事 を 、 葉子 も 倉地 も 今 まで の 経験 から 知っていた 。 葉子 は 結局 それ を 許す ほか は ない と 思った 。 ・・

「 じゃ わし は お 先 する が お 葉さん ちょっと ……」・・

と いって 倉地 は 入り口 の ほう に しざって 行った 。 おりから 貞 世 は すやすや と 昏睡 に 陥って いた ので 、 葉子 は そっと 自分 の 袖 を 捕えて いる 貞 世 の 手 を ほどいて 、 倉地 の あと から 病室 を 出た 。 病室 を 出る と すぐ 葉子 は もう 貞 世 を 看護 して いる 葉子 で は なかった 。 ・・

葉子 は すぐに 倉地 に 引き 添って 肩 を ならべ ながら 廊下 を 応接 室 の ほう に 伝って 行った 。 ・・

「 お前 は ずいぶん と 疲れ とる よ 。 用心 せ ん と いかん ぜ 」・・

「 大丈夫 …… こっち は 大丈夫です 。 それにしても あなた は …… お 忙しかった んでしょう ね 」・・

たとえば 自分 の 言葉 は 稜針 で 、 それ を 倉地 の 心臓 に 揉み 込む と いう ような 鋭い 語気 に なって そういった 。 ・・

「 全く 忙しかった 。 あれ から わし は お前 の 家 に は 一 度 も よう 行か ず に いる んだ 」・・

そういった 倉地 の 返事 に は いかにも わだかまり が なかった 。 葉子 の 鋭い 言葉 に も 少しも 引け め を 感じて いる ふう は 見え なかった 。 葉子 で さえ が 危うく それ を 信じよう と する ほど だった 。 しかし その 瞬間 に 葉子 は 燕 返し に 自分 に 帰った 。 何 を いいかげんな …… それ は 白々し さ が 少し 過ぎて いる 。 この 十 日 の 間 に 、 倉地 に とって は この上 も ない 機会 の 与えられた 十 日 の 間 に 、 杉森 の 中 の さびしい 家 に その 足跡 の 印 さ れ なかった わけ が ある もの か 。 …… さら ぬ だに 、 病み 果て 疲れ果てた 頭脳 に 、 極度の 緊張 を 加えた 葉子 は 、 ぐらぐら と よろけた 足 もと が 廊下 の 板 に 着いて いない ような 憤怒 に 襲わ れた 。 ・・

応接 室 まで 来て 上っ張り を 脱ぐ と 、 看護 婦 が 噴霧器 を 持って 来て 倉地 の 身 の まわり に 消毒 薬 を 振り かけた 。 その かすかな に おい が ようやく 葉子 を はっきり した 意識 に 返ら した 。 葉子 の 健康 が 一 日一日 と いわ ず 、 一 時間 ごと に も どんどん 弱って 行く の が 身 に しみて 知れる に つけて 、 倉地 の どこ に も 批点 の ない ような 頑丈な 五 体 に も 心 に も 、 葉子 は やり どころ の ない ひがみ と 憎しみ を 感じた 。 倉地 に とって は 葉子 は だんだん と 用 の ない もの に なって 行き つつ ある 。 絶えず 何 か 目新しい 冒険 を 求めて いる ような 倉地 に とって は 、 葉子 は もう 散り ぎ わ の 花 に 過ぎ ない 。 ・・

看護 婦 が その 室 を 出る と 、 倉地 は 窓 の 所 に 寄って 行って 、 衣 嚢 の 中 から 大きな 鰐 皮 の ポケット ブック を 取り出して 、 拾 円 札 の かなり の 束 を 引き出した 。 葉子 は その ポケット ブック に も いろいろの 記憶 を 持って いた 。 竹 柴 館 で 一夜 を 過ごした その 朝 に も 、 その後 の たびたび の あ いびき の あと の 支払い に も 、 葉子 は 倉地 から その ポケット ブック を 受け取って 、 ぜいたくな 支払い を 心持ち よくした のだった 。 そして そんな 記憶 は もう 二度と は 繰り返せ そう も なく 、 なんとなく 葉子 に は 思えた 。 そんな 事 を さ せて なる もの か と 思い ながら も 、 葉子 の 心 は 妙に 弱く なって いた 。 ・・

「 また 足ら なく なったら いつでも いって よこす が いい から …… おれ の ほう の 仕事 は どうも おもしろく なく なって 来 おった 。 正井 の やつ 何 か 容易 なら ぬ 悪戯 を し おった 様子 も ある し 、 油断 が なら ん 。 たびたび おれ が ここ に 来る の も 考え物 だて 」・・

紙幣 を 渡し ながら こう いって 倉地 は 応接 室 を 出た 。 かなり ぬれて いる らしい 靴 を はいて 、 雨水 で 重 そうに なった 洋 傘 を ば さば さ いわ せ ながら 開いて 、 倉地 は 軽い 挨拶 を 残した まま 夕闇 の 中 に 消えて 行こう と した 。 間 を 置いて 道 わき に ともさ れた 電灯 の 灯 が 、 ぬれた 青葉 を すべり落ちて ぬかるみ の 中 に 燐 の ような 光 を 漂わして いた 。 その 中 を だんだん 南 門 の ほう に 遠ざかって 行く 倉地 を 見送って いる と 葉子 は とても そのまま そこ に 居残って は いられ なく なった 。 ・・

だれ の 履き物 と も 知ら ず そこ に あった 吾妻 下駄 を つっかけて 葉子 は 雨 の 中 を 玄関 から 走り 出て 倉地 の あと を 追った 。 そこ に ある 広場 に は 欅 や 桜 の 木 が まばらに 立って いて 、 大規模な 増築 の ため の 材料 が 、 煉瓦 や 石 や 、 ところどころ に 積み上げて あった 。 東京 の 中央 に こんな 所 が ある か と 思わ れる ほど 物さびしく 静かで 、 街灯 の 光 の 届く 所 だけ に 白く 光って 斜めに 雨 の そそぐ の が ほのかに 見える ばかりだった 。 寒い と も 暑い と も さらに 感じ なく 過ごして 来た 葉子 は 、 雨 が 襟 脚 に 落ちた ので 初めて 寒い と 思った 。 関東 に 時々 襲って 来る 時ならぬ 冷え 日 で その 日 も あった らしい 。 葉子 は 軽く 身ぶるい し ながら 、 いちずに 倉地 の あと を 追った 。 やや 十四五 間 も 先 に いた 倉地 は 足音 を 聞きつけた と 見えて 立ちどまって 振り返った 。 葉子 が 追いついた 時 に は 、 肩 は いいかげん ぬれて 、 雨 の しずく が 前髪 を 伝って 額 に 流れ かかる まで に なって いた 。 葉子 は かすかな 光 に すかして 、 倉地 が 迷惑 そうな 顔つき で 立って いる の を 知った 。 葉子 は われ に も なく 倉地 が 傘 を 持つ ため に 水平に 曲げた その 腕 に すがり付いた 。 ・・

「 さっき の お 金 は お返し します 。 義理 ずく で 他人 から して いただく んで は 胸 が つかえます から ……」・・

倉地 の 腕 の 所 で 葉子 の すがり付いた 手 は ぶるぶる と 震えた 。 傘 から は したたり が ことさら 繁 く 落ちて 、 単 衣 を ぬけて 葉子 の 肌 に にじみ 通った 。 葉子 は 、 熱病 患者 が 冷たい もの に 触れた 時 の ような 不快な 悪寒 を 感じた 。 ・・

「 お前 の 神経 は 全く 少し どうかし とる ぜ 。 おれ の 事 を 少し は 思って みて くれて も よかろう が …… 疑う に も ひがむ に も ほど が あって いい はずだ 。 おれ は これ まで に どんな 不貞腐れ を した 。 いえる なら いって みろ 」・・

さすが に 倉地 も 気 に さえて いる らしく 見えた 。 ・・

「 いえ ない ように 上手に 不貞腐れ を なさる のじゃ 、 いおうったって いえ や しません わ ね 。 なぜ あなた は はっきり 葉子 に は あきた 、 もう 用 が ない と お いい に なれ ない の 。 男らしく も ない 。 さ 、 取って ください まし これ を 」・・

葉子 は 紙幣 の 束 を わなわな する 手先 で 倉地 の 胸 の 所 に 押しつけた 。 ・・

「 そして ちゃんと 奥さん を お 呼び戻し なさい まし 。 それ で 何もかも 元通りに なる んだ から 。 はばかり ながら ……」・・

「 愛子 は 」 と 口 もと まで いい かけて 、 葉子 は 恐ろし さ に 息 気 を 引いて しまった 。 倉地 の 細 君 の 事 まで いった の は その 夜 が 始めて だった 。 これほど 露骨な 嫉妬 の 言葉 は 、 男 の 心 を 葉子 から 遠ざから す ばかりだ と 知り 抜いて 慎んで いた くせ に 、 葉子 は われ に も なく 、 がみがみ と 妹 の 事 まで いって のけよう と する 自分 に あきれて しまった 。 ・・

葉子 が そこ まで 走り 出て 来た の は 、 別れる 前 に もう 一 度 倉地 の 強い 腕 で その 暖かく 広い 胸 に 抱か れたい ため だった のだ 。 倉地 に 悪 たれ 口 を きいた 瞬間 でも 葉子 の 願い は そこ に あった 。 それにもかかわらず 口 の 上 で は 全く 反対に 、 倉地 を 自分 から どんどん 離れ さす ような 事 を いって のけて いる のだ 。 ・・

葉子 の 言葉 が 募る に つれて 、 倉地 は 人目 を はばかる ように あたり を 見回した 。 互い 互いに 殺し 合いたい ほど の 執着 を 感じ ながら 、 それ を 言い 現わす 事 も 信ずる 事 も でき ず 、 要 も ない 猜疑 と 不満 と に さえぎられて 、 見る見る 路傍 の 人 の ように 遠ざかって 行か ねば なら ぬ 、―― その おそろしい 運命 を 葉子 は ことさら 痛切に 感じた 。 倉地 が あたり を 見回した ―― それ だけ の 挙動 が 、 機 を 見計らって いきなり そこ を 逃げ出そう と する もの の ように も 思い なされた 。 葉子 は 倉地 に 対する 憎悪 の 心 を 切ない まで に 募らし ながら 、 ますます 相手 の 腕 に 堅く 寄り添った 。 ・・

しばらく の 沈黙 の 後 、 倉地 は いきなり 洋 傘 を そこ に かなぐり捨てて 、 葉子 の 頭 を 右腕 で 巻き すくめよう と した 。 葉子 は 本能 的に 激しく それ に さからった 。 そして 紙幣 の 束 を ぬかるみ の 中 に たたきつけた 。 そして 二 人 は 野獣 の ように 争った 。 ・・

「 勝手に せい …… ばかっ」・・

やがて そう 激しく いい捨てる と 思う と 、 倉地 は 腕 の 力 を 急に ゆるめて 、 洋 傘 を 拾い上げる なり 、 あと を も 向か ず に 南 門 の ほう に 向いて ず ん ず ん と 歩き 出した 。 憤怒 と 嫉妬 と に 興奮 しきった 葉子 は 躍起 と なって その あと を 追おう と した が 、 足 は しびれた ように 動か なかった 。 ただ だんだん 遠ざかって 行く 後ろ姿 に 対して 、 熱い 涙 が とめど なく 流れ 落ちる ばかりだった 。 ・・

しめやかな 音 を 立てて 雨 は 降り つづけて いた 。 隔離 病室 の ある 限り の 窓 に は かんかん と 灯 が ともって 、 白い カーテン が 引いて あった 。 陰惨な 病室 に そう 赤々 と 灯 の ともって いる の は かえって あたり を 物 すさまじく して 見せた 。 ・・

葉子 は 紙幣 の 束 を 拾い上げる ほか 、 術 の ない の を 知って 、 しおしお と それ を 拾い上げた 。 貞 世 の 入院 料 は なんといっても それ で 仕払 う より しようがなかった から 。 いいよう の ない くやし涙 が さらに わき返った 。

42.2 或る 女 ある|おんな 42,2 Una mujer

倉地 は 陰 鬱 な 雨脚 で 灰色 に なった ガラス 窓 を 背景 に して 突っ立ち ながら 、 黙った まま 不安 らしく 首 を かしげた 。 くらち||かげ|うつ||あまあし||はいいろ|||がらす|まど||はいけい|||つったち||だまった||ふあん||くび|| 岡 は 日ごろ の めったに 泣か ない 性質 に 似 ず 、 倉地 の 後ろ に そっと 引き そって 涙ぐんで いた 。 おか||ひごろ|||なか||せいしつ||に||くらち||うしろ|||ひき||なみだぐんで| 葉子 に は 後ろ を 振り向いて 見 ない でも それ が 目 に 見る ように はっきり わかった 。 ようこ|||うしろ||ふりむいて|み|||||め||みる||| 貞 世 の 事 は 自分 一 人 で 背負って 立つ 。 さだ|よ||こと||じぶん|ひと|じん||せおって|たつ よけいな あわれみ は かけて もらい たく ない 。 そんな いらい らしい 反抗 的な 心持ち さえ その 場合 起こら ず に は い なかった 。 |||はんこう|てきな|こころもち|||ばあい|おこら||||| Even such an irritating and rebellious feeling could not help arising in that case. 過 ぐ る 十 日 と いう もの 一 度 も 見舞う 事 を せ ず に いて 、 今さら その 由々し げ な 顔つき は な んだ 。 か|||じゅう|ひ||||ひと|たび||みまう|こと||||||いまさら||ゆゆし|||かおつき||| そう 倉地 に でも 岡 に でも いって やりたい ほど 葉子 の 心 は とげとげしく なって いた 。 |くらち|||おか||||やり たい||ようこ||こころ|||| で 、 葉子 は 後ろ を 振り向き も せ ず に 、 箸 の 先 に つけた 脱脂綿 を 氷 水 の 中 に 浸して は 、 貞 世 の 口 を ぬぐって いた 。 |ようこ||うしろ||ふりむき|||||はし||さき|||だっしめん||こおり|すい||なか||ひたして||さだ|よ||くち||| Without even looking back, Yoko dipped the cotton wool on the tip of her chopsticks into ice water and wiped Sadayo's mouth. ・・

こう やって もの の やや 二十 分 が 過ぎた 。 |||||にじゅう|ぶん||すぎた 飾り け も 何も ない 板張り の 病室 に は だんだん 夕暮れ の 色 が 催して 来た 。 かざり|||なにも||いたばり||びょうしつ||||ゆうぐれ||いろ||もよおして|きた 五月雨 は じめじめ と 小 休み なく 戸外 で は 降りつづいて いた 。 さみだれ||||しょう|やすみ||こがい|||ふりつづいて| The May rain continued to fall outside without a break. 「 おね え 様 なおして ちょうだい よう 」 と か 「 苦しい …… 苦しい から お 薬 を ください 」 と か 「 もう 熱 を 計る の は いや 」 と か 時々 囈言 の ように 言って は 、 葉子 の 手 に かじりつく 貞 世 の 姿 は いつ 息 気 を 引き取る かも しれ ない と 葉子 に 思わ せた 。 ||さま|なお して|||||くるしい|くるしい|||くすり||||||ねつ||はかる||||||ときどき|うわごと|||いって||ようこ||て|||さだ|よ||すがた|||いき|き||ひきとる|||||ようこ||おもわ| ・・

「 では もう 帰りましょう か 」・・ ||かえり ましょう|

倉地 が 岡 を 促す ように こういった 。 くらち||おか||うながす|| 岡 は 倉地 に 対し 葉子 に 対して 少し の 間 返事 を あえて する の を はばかって いる 様子 だった が 、 とうとう 思いきって 、 倉地 に 向かって 言って い ながら 少し 葉子 に 対して 嘆願 する ような 調子 で 、・・ おか||くらち||たいし|ようこ||たいして|すこし||あいだ|へんじ||||||||ようす||||おもいきって|くらち||むかって|いって|||すこし|ようこ||たいして|たんがん|||ちょうし|

「 わたし 、 きょう は なんにも 用 が ありません から 、 こちら に 残ら して いただいて 、 葉子 さん の お 手伝い を したい と 思います から 、 お 先 に お 帰り ください 」・・ ||||よう||あり ませ ん||||のこら|||ようこ||||てつだい||し たい||おもい ます|||さき|||かえり|

と いった 。 岡 は ひどく 意志 が 弱 そうに 見え ながら 一 度 思い 入って いい出した 事 は 、 とうとう 仕畢 せ ず に は おか ない 事 を 、 葉子 も 倉地 も 今 まで の 経験 から 知っていた 。 おか|||いし||じゃく|そう に|みえ||ひと|たび|おもい|はいって|いいだした|こと|||しひつ|||||||こと||ようこ||くらち||いま|||けいけん||しっていた 葉子 は 結局 それ を 許す ほか は ない と 思った 。 ようこ||けっきょく|||ゆるす|||||おもった ・・

「 じゃ わし は お 先 する が お 葉さん ちょっと ……」・・ ||||さき||||ようさん|

と いって 倉地 は 入り口 の ほう に しざって 行った 。 ||くらち||いりぐち||||しざ って|おこなった Kurachi said and went to the entrance. おりから 貞 世 は すやすや と 昏睡 に 陥って いた ので 、 葉子 は そっと 自分 の 袖 を 捕えて いる 貞 世 の 手 を ほどいて 、 倉地 の あと から 病室 を 出た 。 |さだ|よ||||こんすい||おちいって|||ようこ|||じぶん||そで||とらえて||さだ|よ||て|||くらち||||びょうしつ||でた Sadyo had fallen into a coma since then, so Yoko gently untangled Sadayo's hand from her sleeve and left the hospital room after Kurachi. 病室 を 出る と すぐ 葉子 は もう 貞 世 を 看護 して いる 葉子 で は なかった 。 びょうしつ||でる|||ようこ|||さだ|よ||かんご|||ようこ||| ・・

葉子 は すぐに 倉地 に 引き 添って 肩 を ならべ ながら 廊下 を 応接 室 の ほう に 伝って 行った 。 ようこ|||くらち||ひき|そって|かた||||ろうか||おうせつ|しつ||||つたって|おこなった ・・

「 お前 は ずいぶん と 疲れ とる よ 。 おまえ||||つかれ|| 用心 せ ん と いかん ぜ 」・・ ようじん|||||

「 大丈夫 …… こっち は 大丈夫です 。 だいじょうぶ|||だいじょうぶです それにしても あなた は …… お 忙しかった んでしょう ね 」・・ ||||いそがしかった||

たとえば 自分 の 言葉 は 稜針 で 、 それ を 倉地 の 心臓 に 揉み 込む と いう ような 鋭い 語気 に なって そういった 。 |じぶん||ことば||りょうはり||||くらち||しんぞう||もみ|こむ||||するどい|ごき||| For example, my own words were sharp points, and I put them in a sharp tone, as if rubbing them into Kurachi's heart. ・・

「 全く 忙しかった 。 まったく|いそがしかった あれ から わし は お前 の 家 に は 一 度 も よう 行か ず に いる んだ 」・・ ||||おまえ||いえ|||ひと|たび|||いか||||

そういった 倉地 の 返事 に は いかにも わだかまり が なかった 。 |くらち||へんじ|||||| 葉子 の 鋭い 言葉 に も 少しも 引け め を 感じて いる ふう は 見え なかった 。 ようこ||するどい|ことば|||すこしも|ひけ|||かんじて||||みえ| 葉子 で さえ が 危うく それ を 信じよう と する ほど だった 。 ようこ||||あやうく|||しんじよう|||| Even Yoko almost tried to believe it. しかし その 瞬間 に 葉子 は 燕 返し に 自分 に 帰った 。 ||しゅんかん||ようこ||つばめ|かえし||じぶん||かえった However, at that moment, Yoko returned to herself in a swallow. 何 を いいかげんな …… それ は 白々し さ が 少し 過ぎて いる 。 なん|||||しらじらし|||すこし|すぎて| この 十 日 の 間 に 、 倉地 に とって は この上 も ない 機会 の 与えられた 十 日 の 間 に 、 杉森 の 中 の さびしい 家 に その 足跡 の 印 さ れ なかった わけ が ある もの か 。 |じゅう|ひ||あいだ||くらち||||このうえ|||きかい||あたえ られた|じゅう|ひ||あいだ||すぎもり||なか|||いえ|||あしあと||いん|||||||| During these ten days, which for Kurachi were given the greatest opportunity, was there any reason why his footprints had not been stamped on the lonely house in the cedar forest? …… さら ぬ だに 、 病み 果て 疲れ果てた 頭脳 に 、 極度の 緊張 を 加えた 葉子 は 、 ぐらぐら と よろけた 足 もと が 廊下 の 板 に 着いて いない ような 憤怒 に 襲わ れた 。 |||やみ|はて|つかれはてた|ずのう||きょくどの|きんちょう||くわえた|ようこ|||||あし|||ろうか||いた||ついて|||ふんぬ||おそわ| In addition, Yoko, who had put extreme strain on her sickly and exhausted brain, was seized with rage, as if her wobbly feet were not touching the board of the hallway. ・・

応接 室 まで 来て 上っ張り を 脱ぐ と 、 看護 婦 が 噴霧器 を 持って 来て 倉地 の 身 の まわり に 消毒 薬 を 振り かけた 。 おうせつ|しつ||きて|うわっぱり||ぬぐ||かんご|ふ||ふんむき||もって|きて|くらち||み||||しょうどく|くすり||ふり| When Kurachi came to the reception room and took off his upholstery, the nurse brought out a sprayer and sprinkled Kurachi with disinfectant. その かすかな に おい が ようやく 葉子 を はっきり した 意識 に 返ら した 。 ||||||ようこ||||いしき||かえら| 葉子 の 健康 が 一 日一日 と いわ ず 、 一 時間 ごと に も どんどん 弱って 行く の が 身 に しみて 知れる に つけて 、 倉地 の どこ に も 批点 の ない ような 頑丈な 五 体 に も 心 に も 、 葉子 は やり どころ の ない ひがみ と 憎しみ を 感じた 。 ようこ||けんこう||ひと|ひいちにち||||ひと|じかん|||||よわって|いく|||み|||しれる|||くらち|||||ひてん||||がんじょうな|いつ|からだ|||こころ|||ようこ||||||||にくしみ||かんじた As I became more and more aware that Yoko's health was deteriorating not just day by day, but hour by hour, Kurachi's uncompromisingly strong body and mind began to grow. Even so, Yoko felt helpless disgust and hatred. 倉地 に とって は 葉子 は だんだん と 用 の ない もの に なって 行き つつ ある 。 くらち||||ようこ||||よう||||||いき|| 絶えず 何 か 目新しい 冒険 を 求めて いる ような 倉地 に とって は 、 葉子 は もう 散り ぎ わ の 花 に 過ぎ ない 。 たえず|なん||めあたらしい|ぼうけん||もとめて|||くらち||||ようこ|||ちり||||か||すぎ| ・・

看護 婦 が その 室 を 出る と 、 倉地 は 窓 の 所 に 寄って 行って 、 衣 嚢 の 中 から 大きな 鰐 皮 の ポケット ブック を 取り出して 、 拾 円 札 の かなり の 束 を 引き出した 。 かんご|ふ|||しつ||でる||くらち||まど||しょ||よって|おこなって|ころも|のう||なか||おおきな|わに|かわ||ぽけっと|ぶっく||とりだして|ひろ|えん|さつ||||たば||ひきだした 葉子 は その ポケット ブック に も いろいろの 記憶 を 持って いた 。 ようこ|||ぽけっと|ぶっく||||きおく||もって| 竹 柴 館 で 一夜 を 過ごした その 朝 に も 、 その後 の たびたび の あ いびき の あと の 支払い に も 、 葉子 は 倉地 から その ポケット ブック を 受け取って 、 ぜいたくな 支払い を 心持ち よくした のだった 。 たけ|しば|かん||いちや||すごした||あさ|||そのご|||||||||しはらい|||ようこ||くらち|||ぽけっと|ぶっく||うけとって||しはらい||こころもち|| そして そんな 記憶 は もう 二度と は 繰り返せ そう も なく 、 なんとなく 葉子 に は 思えた 。 ||きおく|||にどと||くりかえせ|||||ようこ|||おもえた そんな 事 を さ せて なる もの か と 思い ながら も 、 葉子 の 心 は 妙に 弱く なって いた 。 |こと||||||||おもい|||ようこ||こころ||みょうに|よわく|| ・・

「 また 足ら なく なったら いつでも いって よこす が いい から …… おれ の ほう の 仕事 は どうも おもしろく なく なって 来 おった 。 |たら|||||||||||||しごと||||||らい| "If you ever run out again, you can always come back to me... My work has become uninteresting. 正井 の やつ 何 か 容易 なら ぬ 悪戯 を し おった 様子 も ある し 、 油断 が なら ん 。 まさい|||なん||ようい|||いたずら||||ようす||||ゆだん||| It looks like Masai has pulled off some serious pranks, so I can't let my guard down. たびたび おれ が ここ に 来る の も 考え物 だて 」・・ |||||くる|||かんがえもの|

紙幣 を 渡し ながら こう いって 倉地 は 応接 室 を 出た 。 しへい||わたし||||くらち||おうせつ|しつ||でた かなり ぬれて いる らしい 靴 を はいて 、 雨水 で 重 そうに なった 洋 傘 を ば さば さ いわ せ ながら 開いて 、 倉地 は 軽い 挨拶 を 残した まま 夕闇 の 中 に 消えて 行こう と した 。 ||||くつ|||うすい||おも|そう に||よう|かさ||||||||あいて|くらち||かるい|あいさつ||のこした||ゆうやみ||なか||きえて|いこう|| 間 を 置いて 道 わき に ともさ れた 電灯 の 灯 が 、 ぬれた 青葉 を すべり落ちて ぬかるみ の 中 に 燐 の ような 光 を 漂わして いた 。 あいだ||おいて|どう|||||でんとう||とう|||あおば||すべりおちて|||なか||りん|||ひかり||ただよわして| その 中 を だんだん 南 門 の ほう に 遠ざかって 行く 倉地 を 見送って いる と 葉子 は とても そのまま そこ に 居残って は いられ なく なった 。 |なか|||みなみ|もん||||とおざかって|いく|くらち||みおくって|||ようこ||||||いのこって||いら れ|| As she watched Kurachi move further and further away from the south gate, Yoko couldn't help but stay there. ・・

だれ の 履き物 と も 知ら ず そこ に あった 吾妻 下駄 を つっかけて 葉子 は 雨 の 中 を 玄関 から 走り 出て 倉地 の あと を 追った 。 ||はきもの|||しら|||||あがつま|げた|||ようこ||あめ||なか||げんかん||はしり|でて|くらち||||おった そこ に ある 広場 に は 欅 や 桜 の 木 が まばらに 立って いて 、 大規模な 増築 の ため の 材料 が 、 煉瓦 や 石 や 、 ところどころ に 積み上げて あった 。 |||ひろば|||けやき||さくら||き|||たって||だいきぼな|ぞうちく||||ざいりょう||れんが||いし||||つみあげて| 東京 の 中央 に こんな 所 が ある か と 思わ れる ほど 物さびしく 静かで 、 街灯 の 光 の 届く 所 だけ に 白く 光って 斜めに 雨 の そそぐ の が ほのかに 見える ばかりだった 。 とうきょう||ちゅうおう|||しょ|||||おもわ|||ものさびしく|しずかで|がいとう||ひかり||とどく|しょ|||しろく|ひかって|ななめに|あめ||||||みえる| 寒い と も 暑い と も さらに 感じ なく 過ごして 来た 葉子 は 、 雨 が 襟 脚 に 落ちた ので 初めて 寒い と 思った 。 さむい|||あつい||||かんじ||すごして|きた|ようこ||あめ||えり|あし||おちた||はじめて|さむい||おもった 関東 に 時々 襲って 来る 時ならぬ 冷え 日 で その 日 も あった らしい 。 かんとう||ときどき|おそって|くる|ときならぬ|ひえ|ひ|||ひ||| It seems that it was an unseasonably cold day that hits the Kanto region from time to time. 葉子 は 軽く 身ぶるい し ながら 、 いちずに 倉地 の あと を 追った 。 ようこ||かるく|みぶるい||||くらち||||おった やや 十四五 間 も 先 に いた 倉地 は 足音 を 聞きつけた と 見えて 立ちどまって 振り返った 。 |じゅうよんご|あいだ||さき|||くらち||あしおと||ききつけた||みえて|たちどまって|ふりかえった Kurachi, who was 145 yards ahead, seemed to hear footsteps, stopped and turned around. 葉子 が 追いついた 時 に は 、 肩 は いいかげん ぬれて 、 雨 の しずく が 前髪 を 伝って 額 に 流れ かかる まで に なって いた 。 ようこ||おいついた|じ|||かた||||あめ||||まえがみ||つたって|がく||ながれ||||| By the time Yoko caught up with him, his shoulders were soaked to the point that raindrops were running down his bangs and onto his forehead. 葉子 は かすかな 光 に すかして 、 倉地 が 迷惑 そうな 顔つき で 立って いる の を 知った 。 ようこ|||ひかり|||くらち||めいわく|そう な|かおつき||たって||||しった 葉子 は われ に も なく 倉地 が 傘 を 持つ ため に 水平に 曲げた その 腕 に すがり付いた 。 ようこ||||||くらち||かさ||もつ|||すいへいに|まげた||うで||すがりついた ・・

「 さっき の お 金 は お返し します 。 |||きむ||おかえし|し ます 義理 ずく で 他人 から して いただく んで は 胸 が つかえます から ……」・・ ぎり|||たにん||||||むね||つかえ ます| I get sick of having someone else do it for me..."

倉地 の 腕 の 所 で 葉子 の すがり付いた 手 は ぶるぶる と 震えた 。 くらち||うで||しょ||ようこ||すがりついた|て||||ふるえた 傘 から は したたり が ことさら 繁 く 落ちて 、 単 衣 を ぬけて 葉子 の 肌 に にじみ 通った 。 かさ||||||しげ||おちて|ひとえ|ころも|||ようこ||はだ|||かよった Dripping drops were especially frequent from the umbrella, seeping through her unlined clothes and permeating Yoko's skin. 葉子 は 、 熱病 患者 が 冷たい もの に 触れた 時 の ような 不快な 悪寒 を 感じた 。 ようこ||ねつびょう|かんじゃ||つめたい|||ふれた|じ|||ふかいな|おかん||かんじた ・・

「 お前 の 神経 は 全く 少し どうかし とる ぜ 。 おまえ||しんけい||まったく|すこし||| "Your nerves are just a little bit strange. おれ の 事 を 少し は 思って みて くれて も よかろう が …… 疑う に も ひがむ に も ほど が あって いい はずだ 。 ||こと||すこし||おもって||||||うたがう|||||||||| I don't mind if you think about me a little bit... but there should be a degree of suspicion and wariness. おれ は これ まで に どんな 不貞腐れ を した 。 ||||||ふてくされ|| いえる なら いって みろ 」・・

さすが に 倉地 も 気 に さえて いる らしく 見えた 。 ||くらち||き|||||みえた ・・

「 いえ ない ように 上手に 不貞腐れ を なさる のじゃ 、 いおうったって いえ や しません わ ね 。 |||じょうずに|ふてくされ||||いおう った って|||し ませ ん|| なぜ あなた は はっきり 葉子 に は あきた 、 もう 用 が ない と お いい に なれ ない の 。 ||||ようこ|||||よう||||||||| 男らしく も ない 。 おとこらしく|| さ 、 取って ください まし これ を 」・・ |とって||||

葉子 は 紙幣 の 束 を わなわな する 手先 で 倉地 の 胸 の 所 に 押しつけた 。 ようこ||しへい||たば||||てさき||くらち||むね||しょ||おしつけた ・・

「 そして ちゃんと 奥さん を お 呼び戻し なさい まし 。 ||おくさん|||よびもどし|| それ で 何もかも 元通りに なる んだ から 。 ||なにもかも|もとどおりに||| はばかり ながら ……」・・

「 愛子 は 」 と 口 もと まで いい かけて 、 葉子 は 恐ろし さ に 息 気 を 引いて しまった 。 あいこ|||くち|||||ようこ||おそろし|||いき|き||ひいて| 倉地 の 細 君 の 事 まで いった の は その 夜 が 始めて だった 。 くらち||ほそ|きみ||こと||||||よ||はじめて| これほど 露骨な 嫉妬 の 言葉 は 、 男 の 心 を 葉子 から 遠ざから す ばかりだ と 知り 抜いて 慎んで いた くせ に 、 葉子 は われ に も なく 、 がみがみ と 妹 の 事 まで いって のけよう と する 自分 に あきれて しまった 。 |ろこつな|しっと||ことば||おとこ||こころ||ようこ||とおざから||||しり|ぬいて|つつしんで||||ようこ||||||||いもうと||こと||||||じぶん||| ・・

葉子 が そこ まで 走り 出て 来た の は 、 別れる 前 に もう 一 度 倉地 の 強い 腕 で その 暖かく 広い 胸 に 抱か れたい ため だった のだ 。 ようこ||||はしり|でて|きた|||わかれる|ぜん|||ひと|たび|くらち||つよい|うで|||あたたかく|ひろい|むね||いだか|れ たい||| The reason Yoko had run out there was that before they parted, she wanted to be held once again by Kurachi's strong arms in his warm, wide chest. 倉地 に 悪 たれ 口 を きいた 瞬間 でも 葉子 の 願い は そこ に あった 。 くらち||あく||くち|||しゅんかん||ようこ||ねがい|||| それにもかかわらず 口 の 上 で は 全く 反対に 、 倉地 を 自分 から どんどん 離れ さす ような 事 を いって のけて いる のだ 。 |くち||うえ|||まったく|はんたいに|くらち||じぶん|||はなれ|||こと||||| ・・

葉子 の 言葉 が 募る に つれて 、 倉地 は 人目 を はばかる ように あたり を 見回した 。 ようこ||ことば||つのる|||くらち||ひとめ||||||みまわした As Yoko's words grew more and more, Kurachi looked around as if he was afraid of prying eyes. 互い 互いに 殺し 合いたい ほど の 執着 を 感じ ながら 、 それ を 言い 現わす 事 も 信ずる 事 も でき ず 、 要 も ない 猜疑 と 不満 と に さえぎられて 、 見る見る 路傍 の 人 の ように 遠ざかって 行か ねば なら ぬ 、―― その おそろしい 運命 を 葉子 は ことさら 痛切に 感じた 。 たがい|たがいに|ころし|あい たい|||しゅうちゃく||かんじ||||いい|あらわす|こと||しんずる|こと||||かなめ|||さいぎ||ふまん|||さえぎら れて|みるみる|ろぼう||じん|||とおざかって|いか||||||うんめい||ようこ|||つうせつに|かんじた Feeling so attached to each other that I want to kill each other, but unable to express it or believe it, blocked by needless suspicions and dissatisfaction, I have to keep moving away like people on the roadside. No,—Yoko felt a keen sense of that terrible fate. 倉地 が あたり を 見回した ―― それ だけ の 挙動 が 、 機 を 見計らって いきなり そこ を 逃げ出そう と する もの の ように も 思い なされた 。 くらち||||みまわした||||きょどう||き||みはからって||||にげだそう|||||||おもい| 葉子 は 倉地 に 対する 憎悪 の 心 を 切ない まで に 募らし ながら 、 ますます 相手 の 腕 に 堅く 寄り添った 。 ようこ||くらち||たいする|ぞうお||こころ||せつない|||つのらし|||あいて||うで||かたく|よりそった Yoko's hatred for Kurachi grew to the point of wistfulness, as she leaned closer and closer to his arm. ・・

しばらく の 沈黙 の 後 、 倉地 は いきなり 洋 傘 を そこ に かなぐり捨てて 、 葉子 の 頭 を 右腕 で 巻き すくめよう と した 。 ||ちんもく||あと|くらち|||よう|かさ||||かなぐりすてて|ようこ||あたま||みぎうで||まき||| 葉子 は 本能 的に 激しく それ に さからった 。 ようこ||ほんのう|てきに|はげしく||| そして 紙幣 の 束 を ぬかるみ の 中 に たたきつけた 。 |しへい||たば||||なか|| そして 二 人 は 野獣 の ように 争った 。 |ふた|じん||やじゅう|||あらそった ・・

「 勝手に せい …… ばかっ」・・ かってに||ばか っ

やがて そう 激しく いい捨てる と 思う と 、 倉地 は 腕 の 力 を 急に ゆるめて 、 洋 傘 を 拾い上げる なり 、 あと を も 向か ず に 南 門 の ほう に 向いて ず ん ず ん と 歩き 出した 。 ||はげしく|いいすてる||おもう||くらち||うで||ちから||きゅうに||よう|かさ||ひろいあげる|||||むか|||みなみ|もん||||むいて||||||あるき|だした 憤怒 と 嫉妬 と に 興奮 しきった 葉子 は 躍起 と なって その あと を 追おう と した が 、 足 は しびれた ように 動か なかった 。 ふんぬ||しっと|||こうふん||ようこ||やっき||||||おおう||||あし||||うごか| ただ だんだん 遠ざかって 行く 後ろ姿 に 対して 、 熱い 涙 が とめど なく 流れ 落ちる ばかりだった 。 ||とおざかって|いく|うしろすがた||たいして|あつい|なみだ||||ながれ|おちる| ・・

しめやかな 音 を 立てて 雨 は 降り つづけて いた 。 |おと||たてて|あめ||ふり|| 隔離 病室 の ある 限り の 窓 に は かんかん と 灯 が ともって 、 白い カーテン が 引いて あった 。 かくり|びょうしつ|||かぎり||まど|||||とう|||しろい|かーてん||ひいて| 陰惨な 病室 に そう 赤々 と 灯 の ともって いる の は かえって あたり を 物 すさまじく して 見せた 。 いんさんな|びょうしつ|||あかあか||とう|||||||||ぶつ|||みせた ・・

葉子 は 紙幣 の 束 を 拾い上げる ほか 、 術 の ない の を 知って 、 しおしお と それ を 拾い上げた 。 ようこ||しへい||たば||ひろいあげる||じゅつ|||||しって|||||ひろいあげた 貞 世 の 入院 料 は なんといっても それ で 仕払 う より しようがなかった から 。 さだ|よ||にゅういん|りょう|||||しふつ|||| After all, there was no other way to pay off Sadayo's hospital bills. いいよう の ない くやし涙 が さらに わき返った 。 |||くやしなみだ|||わきかえった More tears of frustration welled up.