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この世界の片隅に, 昭和13年2月18日

昭和 13 年 2 月 18 日

昭和 13 年 2 月 18 日

漉 いた 海苔 を 十 数 枚 差しこんだ ハシゴ を 抱えた すず が 、 風 に あおら れ ながら 干し 場 へ と やって 来た 。

強い 風 に スカート が ふわり と 舞う 。 掛け 台 の 竹 に ハシゴ を 立て かけ ひと 息つく と 、「 す ず ! 」 と 続いて やって 来た 要一 が 鋭い 声 を 発した 。

「 もっと 低う 掛け え 。 風 が あるけ え ハヤ る ( 飛ぶ ) ぞ 」

「 うん 」 と すず は ハシゴ を 低い 角度 に 掛け 直す 。 隣 の ハシゴ も 同じ 角度 に 直し 、 奥 で すみ と 一緒に 作業 を して いた キセノ を 振り向いた 。

「 あっ、 お 母ちゃん 、 二 銭 ちょうだい 。 鉛筆 落として し も うて 」

「 一 本 も ない ん ね ? 「 まだ 一 本 ある けど ……」

話 を 聞いて いた 要一 が 学生 服 に 着替え ながら 、「 ある ん なら 来週 の こづかい まで 我慢 せ え や ! 」 と すず に 言った 。

「 お前 が さかん に 落書き せ に ゃす む 話 じゃ ろう が 」

「 う う ……」

すず は ハシゴ の うしろ に 隠れ 、 すみ に 言った 。

「 すみ ちゃん 、 鉛筆 替えっこ しよう か 」 「 いい 」 と すみ は に べ も ない 。 キセノ が すず を 覗きこむ ように 訊 ねた 。

「 す ず 、 水原 の 哲 くん 、 毎日 学校 来 と る ? 「 え ? 来 とる けど ……」

「 あんた も 哲 くん に 親切 に せ ん と いけん よ 」

「 う ……」 と すず は 一瞬 口ごもり 、「 は ~ い 」 と 軽く キセノ に 答えた 。

六 年 三 組 の 教室 に 入った すず は セルロイド 製 の 筆箱 の フタ を 開け 、 かじかんだ 手 に 「 は ぁ ー 」 と 息 を 吹きかけた 。 両手 を こすって 温める と 、 小 刀 を 手 に とり 、 筆箱 から ちび た 鉛筆 を つまみ 上げる 。

小 刀 の 刃 を 鉛筆 の 先 に 当て 、 削り 、 芯 を とがら せて いく 。

削り 終え 、 芯 の とがり 方 を すず が 確かめて いる と 、 隣 の 席 の りっち ゃん が 言った 。

「 短 か ~」

「 これ で 今週 も つか ねえ 」 と すず も 小指 の 先ほど の 鉛筆 に 不安 を のぞかせる 。

「 今度 は 落とさ ん ように せんと ね 」

「 ほん ま に 」

すず は 削り カス を 入れた 筆箱 の フタ を 手 に 席 を 離れる と 、 壁 際 の 床板 の 節穴 の 前 に しゃがんだ 。

トントン と 穴 に 削り カ ス を 落とす 。

と 、 どこ から か 転がって きた サイコロ が 壁 に ぶつかり 、 手前 の 机 の 陰 へ と 消えて いった 。

「 き ゃっ」 と いう りっち ゃん の 声 に 振り向く と 、 自分 たち の 机 が 水原 哲 に よって 持ち 上げられて いた 。 哲 は 机 を 持った まま 床 を 見回し 、 舌打ち した 。

「 ない の ー 」

「 あ …… あの 水原 さん 、 うち の お 母ちゃん が 」

哲 が ギロリ と すず を にらむ 。

「 うっ…… え …… その …… 何 か お 手伝い しましょう かて 、 おばちゃん に 伝えてって ……」 哲 は 持ち上げて いた 机 を 乱暴に 下ろ す と 、 すず を 見下ろした 。 クラス で 最も 背 の 高い 哲 は すず より は 頭 一 つ 以上 大き い 。

あと ず さる すず の 胸ぐら に 手 を 伸ば し 、「 知ら ん わ 、 そんな もん 」 と すず の 手 から 鉛筆 を とりあげた 。

「 あ ……」 哲 は 戸口 の ほう を にらみつけ 、「 お ー い 、 これ で 代用 じゃ ! 」 と 叫ぶ 。

「 ウ が 一 塁 打 、 ラ が 二 塁 打 、 ノ が 三 塁 打 で ──」

「 ちょ ー 、 返して ー や !!」 と すず が あわてて 哲 に すがる 。

野球 ゲーム に 興じて いた 男子 たち も 強引 な 哲 の やり 方 に 、「 水原 、 そりゃ あ 」 と 引いて いる 。

哲 は 「 ち ……」 と すず を にらみつけ 、「 ふ ん ! 」 と 無造作に 鉛筆 を 放った 。

鉛筆 は すず の 頭 に 当たって 弾み 、 床 に 落ちる と コロコロ 転がり 、 節穴 の 中 へ と 消えて いった 。 「 ああ ーっ! すず は 節穴 に 駆け寄り 、 がっくり と 肩 を 落とす 。

「 おととい も 鉛筆 ここ へ 落とした のに ー !!」

「 すず ちゃん 、 かわいそう 」 と りっちゃん が 寄 り 添う 。 その 様子 が しやく 癪 に さわ 障った の か 、 哲 は ドカドカ と 大股 で すず に 歩み寄る と 、 お さげ 髪 を ひっつか ん だ 。

「 なんなら 、 これ に 墨 つけて 書け え や 」

「 あ たた たた 」

あわてて 男子 たち が 割って 入り 、 どう に かそ の 場 は 収まった 。

「 う ~ む 、 水原 を 見たら 全速力 で 逃げ え いう 女子 の 掟 を 忘れ とった わ い 」 鉛筆 の 代わり に 絵筆 で ノート を とり なが ら 、 すず は そう つぶやく のだった 。 今日 の 最後 の 授業 は 図画 だった 。

題 材 は 自由 、 提出 した 者 から 帰って も いい と いう 先生 の 言葉 を 聞く や 、 生徒 たち は 一斉に 教室 を 飛び出した 。

女学校 に 上がる りっち ゃん が 、 最後 だ し 校舎 でも 描こう か な と 言う ので 、 すず も 校舎 を 描く こと に した 。

時間 内 に 上げ 、 教室 へ と 戻る 。

先生 は すず の 絵 を 見て 、「 浦野 、 さす が じゃ の 」 と うなった 。

「 ええ ねぇ 、 すず ちゃん 、 うまい け え 」

りっちゃん に ほめられ 、 照れて いる と 、 先生 が 言った 。 「 午前 中 寝 とった だけ ある のう 」 気づかれ とったん か と すず は 顔 を しかめ た 。 帰宅 した すず は 、 すぐに 手伝い を 始めた 。 干し 台 の 海苔 を 片づけ 終える と 、「 ほ い じゃ 、 うち コクバ ( 焚きつけ ) 拾う て くる わ 」 と キセノ に 言い 、 家 を 飛び出して い く 。

江波 山 の 松林 に 入る と 、 すず は 地面 に 散り 敷か れた コクバ の 松葉 を しゃがんで 籠 に 入れた 。 そのまま ピョンピョン と うさぎ 跳び で 移動 し 、 松葉 を 集めて いく 。

籠 の 中 の 松葉 を 一 つ とり 、 もてあそび ながら 歩いて いる と 不意 に 視界 が 開けた 。

松林 を 抜けた のだ 。

ふと 前 を 見る と 図画 の 道具 と カバン が 草っぱ ら に 放り出されて いる 。 すず は その 脇 で 足 を 止めた 。

崖 の 端 に 腰 を 下ろした 哲 が 、 眼下 に 広がる 海 を 見つめて いる のだ 。

面倒 な ヤツ と 会って しまった 。

すず は そっと きび す 踵 を 返し 帰り かけた が 、 母 の 言葉 を 思い出し 、 振り向いた 。

「…… 水原 さん …… 早 絵 出さん と いつまでも 帰れ ん よ 」

哲 は ゆっくり と 立ち上がり 、 すず に 背 を 向けた まま 言った 。

「 帰ら ん 。 お 父 と お 母 が 海苔 も 摘まんで 飲んだ くれ とる し 、 海 は 嫌い じゃ 。 描か ん 」

さっき と は まるで 違う 雰囲気 の 哲 に 、 すず は 目 が 離せ なく なる 。

哲 は すず の 前 へ と やって 来る と 、 立ち止まった 。

「 浦野 、 手 ぇ 出せ や 」

「 は ? 」 すず は おそるおそる 右手 を 出した 。 その 手 に 哲 は 新品 の 鉛筆 を 置いた 。

「 やる 」

「 えっ…… ほ い でも 」 「 兄 ちゃん のじゃ 。 よう け あるけ え 」 そう 言う と 、 哲 は ふたたび 海 の ほう へ と 歩き 出した 。 崖 の 端 で 立ち止まり 、 顔 を 見られ たく ない か の ように 学生 帽 の ひさし を 下げた 。 「 うさぎ が よう 跳ね よる 。 正月 の 転覆 事故 も こんな 海 じゃった わ ……」 寂し げ な 哲 の 背中 を 、 すず は じっと 見 つめる 。 「 描き たきゃ お前 が 描け え や 。 この つまら ん 海 でも 」

すず は 置か れた 画 板 を 手 に とり 、 哲 の 隣 に 腰 を 下ろした 。

真っ白な 画用紙 に 水色 の 絵 の 具 を 含ま せた 筆 を 置き 、 すーっと 一 本 の 線 を 引いた 。

「 水原 さん 、 今 の ん は どういう 意味 ? 「 ん ? ああ 、 白 波 が うさぎ が 跳ね よる みたい な が ……」 水平 線 の 向こう に 見える 島々 の 輪郭 を 描き 、 両端 に 松 の 木 を 描いて いく 。

「…… 水原 さん 、 お 兄ちゃん 、 あげよ か ? 「 いら ん 。 浦野 の 兄ちゃん 見たら 全力 で 逃げ え いう 男子 の 掟 が あるけ え の 」

地面 の 草 を 描き 、 海 を 青く 塗って いく 。

「 ほ い でも …… 海軍 の 学校 入って 、 海 で 溺れる アホ よりゃ まし かも のう 」

すず は 海 の 上 に たくさん の 跳ねる うさぎ を 描き ながら 、 言った 。

「 ほん ま じゃ ねえ 。 白い うさぎ みたい な ねえ ……」 最後 に 海 を 見て いる 哲 の うしろ 姿 を 描 き 、 すず は 筆 を 止めた 。 「 ん 、 できた 」 松林 の ほう に 行って いた 哲 が 戻り 、 黙って すず の 絵 を 眺める 。 そして 、 すず の 頭 の 上 に 乱暴に 籠 を のせた 。

「 集め といた で 」

すず が 落ち ない ように 両手 で 籠 を 押さ える と 、 その 隙 に 哲 は 画 板 を とり返した 。

コクバ で いっぱいに なった 籠 を 見て 、「 ありがとう 」 と すず が 礼 を 言う 。

「 よい よ 、 いら ん こと する わ 。 できて し もう たら 帰ら に ゃい けん じゃ ろう が 」

そうして 、 哲 は あらためて すず の 絵 を 見 る 。

「 こんな 絵 じゃあ 、 海 を 嫌いに なれ んじゃ ろう が ……」 誰 と も なく つぶやき 、 哲 は 山 を 降りて い く 。 すず が 手 に した 籠 の 中 に は 椿 の 花 が 一 輪 さ 挿して あった 。


昭和 13 年 2 月 18 日 しょうわ|とし|つき|ひ

昭和 13 年 2 月 18 日 しょうわ|とし|つき|ひ

漉 いた 海苔 を 十 数 枚 差しこんだ ハシゴ を 抱えた すず が 、 風 に あおら れ ながら 干し 場 へ と やって 来た 。 こ||のり||じゅう|すう|まい|さしこんだ|はしご||かかえた|||かぜ|||||ほし|じょう||||きた

強い 風 に スカート が ふわり と 舞う 。 つよい|かぜ||すかーと||||まう 掛け 台 の 竹 に ハシゴ を 立て かけ ひと 息つく と 、「 す ず ! かけ|だい||たけ||はしご||たて|||いきつく||| 」 と 続いて やって 来た 要一 が 鋭い 声 を 発した 。 |つづいて||きた|よういち||するどい|こえ||はっした

「 もっと 低う 掛け え 。 |ひくう|かけ| 風 が あるけ え ハヤ る ( 飛ぶ ) ぞ 」 かぜ||||はや||とぶ|

「 うん 」 と すず は ハシゴ を 低い 角度 に 掛け 直す 。 ||||はしご||ひくい|かくど||かけ|なおす 隣 の ハシゴ も 同じ 角度 に 直し 、 奥 で すみ と 一緒に 作業 を して いた キセノ を 振り向いた 。 となり||はしご||おなじ|かくど||なおし|おく||||いっしょに|さぎょう||||||ふりむいた

「 あっ、 お 母ちゃん 、 二 銭 ちょうだい 。 ||かあちゃん|ふた|せん| 鉛筆 落として し も うて 」 えんぴつ|おとして|||

「 一 本 も ない ん ね ? ひと|ほん|||| 「 まだ 一 本 ある けど ……」 |ひと|ほん||

話 を 聞いて いた 要一 が 学生 服 に 着替え ながら 、「 ある ん なら 来週 の こづかい まで 我慢 せ え や ! はなし||きいて||よういち||がくせい|ふく||きがえ|||||らいしゅう||||がまん||| 」 と すず に 言った 。 |||いった

「 お前 が さかん に 落書き せ に ゃす む 話 じゃ ろう が 」 おまえ||||らくがき|||||はなし|||

「 う う ……」

すず は ハシゴ の うしろ に 隠れ 、 すみ に 言った 。 ||はしご||||かくれ|||いった

「 すみ ちゃん 、 鉛筆 替えっこ しよう か 」 「 いい 」 と すみ は に べ も ない 。 ||えんぴつ|かえっこ|||||||||| キセノ が すず を 覗きこむ ように 訊 ねた 。 ||||のぞきこむ|よう に|じん|

「 す ず 、 水原 の 哲 くん 、 毎日 学校 来 と る ? ||みずはら||あきら||まいにち|がっこう|らい|| 「 え ? 来 とる けど ……」 らい||

「 あんた も 哲 くん に 親切 に せ ん と いけん よ 」 ||あきら|||しんせつ||||||

「 う ……」 と すず は 一瞬 口ごもり 、「 は ~ い 」 と 軽く キセノ に 答えた 。 ||||いっしゅん|くちごもり||||かるく|||こたえた

六 年 三 組 の 教室 に 入った すず は セルロイド 製 の 筆箱 の フタ を 開け 、 かじかんだ 手 に 「 は ぁ ー 」 と 息 を 吹きかけた 。 むっ|とし|みっ|くみ||きょうしつ||はいった|||せるろいど|せい||ふでばこ||ふた||あけ||て||||-||いき||ふきかけた 両手 を こすって 温める と 、 小 刀 を 手 に とり 、 筆箱 から ちび た 鉛筆 を つまみ 上げる 。 りょうて|||あたためる||しょう|かたな||て|||ふでばこ||||えんぴつ|||あげる

小 刀 の 刃 を 鉛筆 の 先 に 当て 、 削り 、 芯 を とがら せて いく 。 しょう|かたな||は||えんぴつ||さき||あて|けずり|しん||||

削り 終え 、 芯 の とがり 方 を すず が 確かめて いる と 、 隣 の 席 の りっち ゃん が 言った 。 けずり|おえ|しん|||かた||||たしかめて|||となり||せき|||||いった

「 短 か ~」 みじか|

「 これ で 今週 も つか ねえ 」 と すず も 小指 の 先ほど の 鉛筆 に 不安 を のぞかせる 。 ||こんしゅう|||||||こゆび||さきほど||えんぴつ||ふあん||

「 今度 は 落とさ ん ように せんと ね 」 こんど||おとさ||よう に||

「 ほん ま に 」

すず は 削り カス を 入れた 筆箱 の フタ を 手 に 席 を 離れる と 、 壁 際 の 床板 の 節穴 の 前 に しゃがんだ 。 ||けずり|||いれた|ふでばこ||ふた||て||せき||はなれる||かべ|さい||ゆかいた||ふしあな||ぜん||

トントン と 穴 に 削り カ ス を 落とす 。 とんとん||あな||けずり||||おとす

と 、 どこ から か 転がって きた サイコロ が 壁 に ぶつかり 、 手前 の 机 の 陰 へ と 消えて いった 。 ||||ころがって||||かべ|||てまえ||つくえ||かげ|||きえて|

「 き ゃっ」 と いう りっち ゃん の 声 に 振り向く と 、 自分 たち の 机 が 水原 哲 に よって 持ち 上げられて いた 。 |||||||こえ||ふりむく||じぶん|||つくえ||みずはら|あきら|||もち|あげられて| 哲 は 机 を 持った まま 床 を 見回し 、 舌打ち した 。 あきら||つくえ||もった||とこ||みまわし|したうち|

「 ない の ー 」 ||-

「 あ …… あの 水原 さん 、 うち の お 母ちゃん が 」 ||みずはら|||||かあちゃん|

哲 が ギロリ と すず を にらむ 。 あきら||||||

「 うっ…… え …… その …… 何 か お 手伝い しましょう かて 、 おばちゃん に 伝えてって ……」 |||なん|||てつだい|||||つたえてって 哲 は 持ち上げて いた 机 を 乱暴に 下ろ す と 、 すず を 見下ろした 。 あきら||もちあげて||つくえ||らんぼうに|おろ|||||みおろした クラス で 最も 背 の 高い 哲 は すず より は 頭 一 つ 以上 大き い 。 くらす||もっとも|せ||たかい|あきら|||||あたま|ひと||いじょう|おおき|

あと ず さる すず の 胸ぐら に 手 を 伸ば し 、「 知ら ん わ 、 そんな もん 」 と すず の 手 から 鉛筆 を とりあげた 。 |||||むなぐら||て||のば||しら||||||||て||えんぴつ||

「 あ ……」 哲 は 戸口 の ほう を にらみつけ 、「 お ー い 、 これ で 代用 じゃ ! |あきら||とぐち||||||-||||だいよう| 」 と 叫ぶ 。 |さけぶ

「 ウ が 一 塁 打 、 ラ が 二 塁 打 、 ノ が 三 塁 打 で ──」 ||ひと|るい|だ|||ふた|るい|だ|||みっ|るい|だ|

「 ちょ ー 、 返して ー や !!」 と すず が あわてて 哲 に すがる 。 |-|かえして|-||||||あきら||

野球 ゲーム に 興じて いた 男子 たち も 強引 な 哲 の やり 方 に 、「 水原 、 そりゃ あ 」 と 引いて いる 。 やきゅう|げーむ||きょうじて||だんし|||ごういん||あきら|||かた||みずはら||||ひいて|

哲 は 「 ち ……」 と すず を にらみつけ 、「 ふ ん ! あきら|||||||| 」 と 無造作に 鉛筆 を 放った 。 |むぞうさに|えんぴつ||はなった

鉛筆 は すず の 頭 に 当たって 弾み 、 床 に 落ちる と コロコロ 転がり 、 節穴 の 中 へ と 消えて いった 。 えんぴつ||||あたま||あたって|はずみ|とこ||おちる||ころころ|ころがり|ふしあな||なか|||きえて| 「 ああ ーっ! |-っ すず は 節穴 に 駆け寄り 、 がっくり と 肩 を 落とす 。 ||ふしあな||かけより|||かた||おとす

「 おととい も 鉛筆 ここ へ 落とした のに ー !!」 ||えんぴつ|||おとした||-

「 すず ちゃん 、 かわいそう 」 と りっちゃん が 寄 り 添う 。 ||||||よ||そう その 様子 が しやく 癪 に さわ 障った の か 、 哲 は ドカドカ と 大股 で すず に 歩み寄る と 、 お さげ 髪 を ひっつか ん だ 。 |ようす|||しゃく|||さわった|||あきら||どかどか||おおまた||||あゆみよる||||かみ||||

「 なんなら 、 これ に 墨 つけて 書け え や 」 |||すみ||かけ||

「 あ たた たた 」

あわてて 男子 たち が 割って 入り 、 どう に かそ の 場 は 収まった 。 |だんし|||わって|はいり|||||じょう||おさまった

「 う ~ む 、 水原 を 見たら 全速力 で 逃げ え いう 女子 の 掟 を 忘れ とった わ い 」 鉛筆 の 代わり に 絵筆 で ノート を とり なが ら 、 すず は そう つぶやく のだった 。 ||みずはら||みたら|ぜんそくりょく||にげ|||じょし||おきて||わすれ||||えんぴつ||かわり||えふで||のーと|||な が|||||| 今日 の 最後 の 授業 は 図画 だった 。 きょう||さいご||じゅぎょう||ずが|

題 材 は 自由 、 提出 した 者 から 帰って も いい と いう 先生 の 言葉 を 聞く や 、 生徒 たち は 一斉に 教室 を 飛び出した 。 だい|ざい||じゆう|ていしゅつ||もの||かえって|||||せんせい||ことば||きく||せいと|||いっせいに|きょうしつ||とびだした

女学校 に 上がる りっち ゃん が 、 最後 だ し 校舎 でも 描こう か な と 言う ので 、 すず も 校舎 を 描く こと に した 。 じょがっこう||あがる||||さいご|||こうしゃ||えがこう||||いう||||こうしゃ||えがく|||

時間 内 に 上げ 、 教室 へ と 戻る 。 じかん|うち||あげ|きょうしつ|||もどる

先生 は すず の 絵 を 見て 、「 浦野 、 さす が じゃ の 」 と うなった 。 せんせい||||え||みて|うらの||||||

「 ええ ねぇ 、 すず ちゃん 、 うまい け え 」

りっちゃん に ほめられ 、 照れて いる と 、 先生 が 言った 。 |||てれて|||せんせい||いった 「 午前 中 寝 とった だけ ある のう 」 気づかれ とったん か と すず は 顔 を しかめ た 。 ごぜん|なか|ね|||||きづかれ||||||かお||| 帰宅 した すず は 、 すぐに 手伝い を 始めた 。 きたく|||||てつだい||はじめた 干し 台 の 海苔 を 片づけ 終える と 、「 ほ い じゃ 、 うち コクバ ( 焚きつけ ) 拾う て くる わ 」 と キセノ に 言い 、 家 を 飛び出して い く 。 ほし|だい||のり||かたづけ|おえる|||||||たきつけ|ひろう|||||||いい|いえ||とびだして||

江波 山 の 松林 に 入る と 、 すず は 地面 に 散り 敷か れた コクバ の 松葉 を しゃがんで 籠 に 入れた 。 えば|やま||まつばやし||はいる||||じめん||ちり|しか||||まつば|||かご||いれた そのまま ピョンピョン と うさぎ 跳び で 移動 し 、 松葉 を 集めて いく 。 ||||とび||いどう||まつば||あつめて|

籠 の 中 の 松葉 を 一 つ とり 、 もてあそび ながら 歩いて いる と 不意 に 視界 が 開けた 。 かご||なか||まつば||ひと|||||あるいて|||ふい||しかい||あけた

松林 を 抜けた のだ 。 まつばやし||ぬけた|

ふと 前 を 見る と 図画 の 道具 と カバン が 草っぱ ら に 放り出されて いる 。 |ぜん||みる||ずが||どうぐ||かばん||くさっぱ|||ほうりだされて| すず は その 脇 で 足 を 止めた 。 |||わき||あし||とどめた

崖 の 端 に 腰 を 下ろした 哲 が 、 眼下 に 広がる 海 を 見つめて いる のだ 。 がけ||はし||こし||おろした|あきら||がんか||ひろがる|うみ||みつめて||

面倒 な ヤツ と 会って しまった 。 めんどう||やつ||あって|

すず は そっと きび す 踵 を 返し 帰り かけた が 、 母 の 言葉 を 思い出し 、 振り向いた 。 |||||かかと||かえし|かえり|||はは||ことば||おもいだし|ふりむいた

「…… 水原 さん …… 早 絵 出さん と いつまでも 帰れ ん よ 」 みずはら||はや|え|しゅっさん|||かえれ||

哲 は ゆっくり と 立ち上がり 、 すず に 背 を 向けた まま 言った 。 あきら||||たちあがり|||せ||むけた||いった

「 帰ら ん 。 かえら| お 父 と お 母 が 海苔 も 摘まんで 飲んだ くれ とる し 、 海 は 嫌い じゃ 。 |ちち|||はは||のり||つまんで|のんだ||||うみ||きらい| 描か ん 」 えがか|

さっき と は まるで 違う 雰囲気 の 哲 に 、 すず は 目 が 離せ なく なる 。 ||||ちがう|ふんいき||あきら||||め||はなせ||

哲 は すず の 前 へ と やって 来る と 、 立ち止まった 。 あきら||||ぜん||||くる||たちどまった

「 浦野 、 手 ぇ 出せ や 」 うらの|て||だせ|

「 は ? 」 すず は おそるおそる 右手 を 出した 。 |||みぎて||だした その 手 に 哲 は 新品 の 鉛筆 を 置いた 。 |て||あきら||しんぴん||えんぴつ||おいた

「 やる 」

「 えっ…… ほ い でも 」 「 兄 ちゃん のじゃ 。 あに|| よう け あるけ え 」 そう 言う と 、 哲 は ふたたび 海 の ほう へ と 歩き 出した 。 |||||いう||あきら|||うみ|||||あるき|だした 崖 の 端 で 立ち止まり 、 顔 を 見られ たく ない か の ように 学生 帽 の ひさし を 下げた 。 がけ||はし||たちどまり|かお||みられ|||||よう に|がくせい|ぼう||||さげた 「 うさぎ が よう 跳ね よる 。 |||はね| 正月 の 転覆 事故 も こんな 海 じゃった わ ……」 しょうがつ||てんぷく|じこ|||うみ|| 寂し げ な 哲 の 背中 を 、 すず は じっと 見 つめる 。 さびし|||あきら||せなか|||||み| 「 描き たきゃ お前 が 描け え や 。 えがき||おまえ||えがけ|| この つまら ん 海 でも 」 |||うみ|

すず は 置か れた 画 板 を 手 に とり 、 哲 の 隣 に 腰 を 下ろした 。 ||おか||が|いた||て|||あきら||となり||こし||おろした

真っ白な 画用紙 に 水色 の 絵 の 具 を 含ま せた 筆 を 置き 、 すーっと 一 本 の 線 を 引いた 。 まっしろな|がようし||みずいろ||え||つぶさ||ふくま||ふで||おき||ひと|ほん||せん||ひいた

「 水原 さん 、 今 の ん は どういう 意味 ? みずはら||いま|||||いみ 「 ん ? ああ 、 白 波 が うさぎ が 跳ね よる みたい な が ……」 |しろ|なみ||||はね|||| 水平 線 の 向こう に 見える 島々 の 輪郭 を 描き 、 両端 に 松 の 木 を 描いて いく 。 すいへい|せん||むこう||みえる|しまじま||りんかく||えがき|りょうたん||まつ||き||えがいて|

「…… 水原 さん 、 お 兄ちゃん 、 あげよ か ? みずはら|||にいちゃん|| 「 いら ん 。 浦野 の 兄ちゃん 見たら 全力 で 逃げ え いう 男子 の 掟 が あるけ え の 」 うらの||にいちゃん|みたら|ぜんりょく||にげ|||だんし||おきて||||

地面 の 草 を 描き 、 海 を 青く 塗って いく 。 じめん||くさ||えがき|うみ||あおく|ぬって|

「 ほ い でも …… 海軍 の 学校 入って 、 海 で 溺れる アホ よりゃ まし かも のう 」 |||かいぐん||がっこう|はいって|うみ||おぼれる|||||

すず は 海 の 上 に たくさん の 跳ねる うさぎ を 描き ながら 、 言った 。 ||うみ||うえ||||はねる|||えがき||いった

「 ほん ま じゃ ねえ 。 白い うさぎ みたい な ねえ ……」 最後 に 海 を 見て いる 哲 の うしろ 姿 を 描 き 、 すず は 筆 を 止めた 。 しろい|||||さいご||うみ||みて||あきら|||すがた||えが||||ふで||とどめた 「 ん 、 できた 」 松林 の ほう に 行って いた 哲 が 戻り 、 黙って すず の 絵 を 眺める 。 ||まつばやし||||おこなって||あきら||もどり|だまって|||え||ながめる そして 、 すず の 頭 の 上 に 乱暴に 籠 を のせた 。 |||あたま||うえ||らんぼうに|かご||

「 集め といた で 」 あつめ||

すず が 落ち ない ように 両手 で 籠 を 押さ える と 、 その 隙 に 哲 は 画 板 を とり返した 。 ||おち||よう に|りょうて||かご||おさ||||すき||あきら||が|いた||とりかえした

コクバ で いっぱいに なった 籠 を 見て 、「 ありがとう 」 と すず が 礼 を 言う 。 ||||かご||みて|||||れい||いう

「 よい よ 、 いら ん こと する わ 。 できて し もう たら 帰ら に ゃい けん じゃ ろう が 」 ||||かえら||||||

そうして 、 哲 は あらためて すず の 絵 を 見 る 。 |あきら|||||え||み|

「 こんな 絵 じゃあ 、 海 を 嫌いに なれ んじゃ ろう が ……」 誰 と も なく つぶやき 、 哲 は 山 を 降りて い く 。 |え||うみ||きらいに|||||だれ|||||あきら||やま||おりて|| すず が 手 に した 籠 の 中 に は 椿 の 花 が 一 輪 さ 挿して あった 。 ||て|||かご||なか|||つばき||か||ひと|りん||さして|