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三姉妹探偵団 1, 三姉妹探偵団01 chapter 10 (1)

三 姉妹 探偵 団 01 chapter 10 (1)

10 恐怖 の 部屋

「 琴江 ……」

植松 は 、 しばし 呆然と して 、 目の前 の 妻 を 、 見つめて いた 。

「 何 よ 、 幽霊 でも 見た みたいな 顔 を して 」

と 、 琴江 は 笑った 。

「 い 、 いや …… お前 、 同窓 会 じゃ なかった の か 」

「 予定 を くり上げて 帰って 来た の よ 。 役員 会 だった の を 忘れて て ね 」

「 役員 会 ? 「 そう 。 今夜 の ね 」

「 今夜 ? ── 私 は 全然 知ら ない よ 」

「 そう ? じゃ 、 連絡 が 悪かった の ね 。 今夜 は 役員 会 よ 。 必ず 出席 し なきゃ ね 」

琴江 は 、「 必ず 」 と いう 言葉 を 強調 した 。

「 しかし …… そりゃ まずい よ 。 明日 は 午前 中 に 札幌 で 仕事 が ある 。 お 得意 を す っぽ かす わけに いか ない じゃ ない か 」

「 それ なら 心配 し なくて いい わ 」

と 琴江 は 言った 。 「 中村 さん に 代り に 行って もらった から 。 もう 出かけた わ 。 あなた は 安心 して 役員 会 に 出て ちょうだい 。 私 は 役員 室 に いる から ね 」

琴江 が 歩いて 行く 。 ── 五 時 の チャイム が 鳴った 。

机 や 椅子 の ガタガタ 動く 音 が 、 オフィス に 満ちた 。 しかし 、 植松 に は 、 何一つ 耳 に 入ら なかった 。

琴江 は 知っている のだ 。 長田 洋子 の こと も 、 この 札幌 行 の 本当の 目的 も ……。

植松 は 青ざめて 、 椅子 に 身 を 沈めた 。

後 で の 琴江 の 仕返し が 怖かった 。 自分 の 立場 も そう だ が 、 洋子 の 方 に も 手 を 出す かも しれ ない 、 と 思った 。

おそらく 、 前 から 琴江 は 気付いて いた 。 そして 、 人 を 使って 、 二 人 の 行動 を 見張ら せて いた のだろう 。

「── 課長 、 お出かけ に なら ない んです か ? 声 を かけ られて 、 植松 は 我 に 返った 。

「 佐々 本 君 か ……」

「 札幌 でしょう 。 少し 骨休め を なさって いらっしゃる と いい です よ 」

「 札幌 に は 行か ない 」

「 え ? 「 女房 が 変更 して しまった んだ 」

「 ああ 、 奥様 が みえて い ました ね 。 急な 役員 会 だ と か 。 総務 が ぼやいて ました よ 」

「 急な ? 「 ええ 。 午後 に なって 突然 言わ れた と か 。 休み を 取って る 役員 も 呼び出さ れて 大変 らしい です 。 課長 も お 出 に なる んです か 」

「 琴江 の 夫 と して だ 。 課長 と して で は ない 」

植松 は 苦々し げ に 言った 。 佐々 本 は 黙って 微笑んだ 。 ── 植松 は 、 ふと 思い付いて 、

「 ちょっと 来て くれ 」

と 、 佐々 本 を 連れて 、 小さな 空いて いる 会議 室 に 行った 。

「 何 です ? 「 佐々 本 君 、 済ま ん が 君 に 頼み が ある 」

「 何 でしょう ? 「 例の …… 長田 洋子 の こと な んだ 」

「 彼女 です か 。 別れ話 でも ? 「 違う ! 一緒に 札幌 へ 行く つもりだった 。 だが 、 琴江 の 奴 、 それ に 気付いて る んだ 」

「 それ で 役員 会 を ……。 そう でした か 」

佐々 本 は 肯 いた 。

植松 は 佐々 本 と ホテル で 顔 を 合わせた こと が ある 。 植松 は 洋子 と 一緒で 、 佐々 本 も もちろん 女性 を 連れて いた 。 それ 以来 、 二 人 の 間 に は 、 一種 の 共犯 者 意識 の ような もの が あった のである 。

「 佐々 本 君 、 洋子 と 一緒に 旅行 へ 行って くれ ない か 」

「 私 が です か ? 佐々 本 は 目 を 丸く した 。

「 頼む ! この 通り だ 」

と 植松 は 頭 を 下げた 。

「 課長 、 待って 下さい 。 彼女 の 方 で いやがり ます よ 」

「 いや 、 行って くれた 方 が いい んだ 」

と 、 植松 は 言った 。 「 琴江 の 奴 の こと だ 、 洋子 に も 何 を する か 分 らん 。 当然 、 洋子 は 監視 さ れて いる だろう 。 そこ へ 君 が 一緒に 行って くれれば 、 琴江 の 方 も 戸惑う に 違いない 。 洋子 の 安全 の ため で も ある 。 ── 佐々 本 君 、 どうか 頼む ! 植松 は 深々と 頭 を 下げた ……。

「 それ で 、 佐々 本 さん は 急な 出張 に なった わけです ね 」

と 、 国友 は 言った 。

「 うん 。 しかし 、 一応 社 内 的に は 〈 休暇 〉 扱い に せ ざる を 得 なかった 。 まさか 、 課長 の 愛人 を 連れて 回る の が 出張 だ と も 言え ん から な 」

夕 里子 は 黙って いた 。 ── 植松 の 話 そのもの は ともかく 、 その 中 で 、 父 が 女 を 連れて ホテル へ 行って いた と いう ところ が ショック だった のである 。

いや 、 父親 に 女 が 必要で なかった と は 思わ ない 。 男 なら 女 を 抱く 欲望 が あって 当然だ 。 そんな こと は 分 って いた 。

しかし 、 父 が 、 女 と ホテル に 行った と いう の が 、 ひっかかった のである 。 好きな 女性 なら 、 堂々と 家 へ 連れて くれば いい !

しかし 、 父 の 身 に なって みれば 、 中学生 の 珠美 も いる のだ から ── いや 、 むしろ 綾子 の 方 が 心配 かも しれ ない が ── 女 を 家 へ 連れて 行く の を 避けて いた の かも しれ ない ……。

「 で 、 佐々 本 さん は 、 今 どこ に いる んです ? と 国友 が 訊 いた 。

「 そりゃ 分 らん 」

「 しかし ──」

「 任せる 、 と 言った んだ よ 。 ともかく 札幌 へ 連れて 行って も いい し 、 九州 だって 構わ ん 。 ともかく 、 彼女 を 三 日間 、 連れ 歩いて 、 楽しま せて やって ほしい 、 と ……」

「 そんな こと して 、 もし 二 人 が ──」

と 幸代 が 言い かけ 、 あわてて 口 を つぐんだ 。

「 いい んです 」

と 、 夕 里子 は 言った 。 「 その 点 、 どう な んです か ? 「 うん 、 佐々 本 君 なら …… たとえ そう なって も 仕方ない と 思 っと った 」

「 情 ない 男 ねえ 」

と 幸代 は 顔 を しかめた 。 「 そういう 風 だ から 奥さん に コケ に さ れる の よ 」

「 仕方ない さ 。 私 は こういう 男 だ 」

植松 は 投げ出す ように 言った 。 「── そんな わけ で 、 あの 事件 が 起った とき 、 私 は 仰天 した 。 佐々 本 君 は 洋子 と 二 人 で どこ か へ 行って いる はずだ 。 それ が 殺人 容疑 で 指名 手配 さ れて しまった んだ から な 。 私 と して は 事実 を 話す わけに いか なかった 。 そんな こと を すれば 女房 に 家 から も 会社 から も 叩き出さ れる 。 だから 、 何も 知ら ん と 言い 続けた んだ 。 そして 、 あんた が やって 来たり した もん だ から 、 心配に なって 、〈 休暇 届 〉 を でっち上げた 」

「 あり ゃあ 、 下手な 偽造 でした ね 」

「 私 は 生来 不器用な のだ 」

植松 は 急に 涙ぐんで 、「 だ から 、 いつも 誰 か の 言う なり に ……」

夕 里子 は 、 無性に 腹 が 立って 来た 。 こんな 情 ない 男 の ため に 、 パパ は あんな 窮地 に 立た さ れる は めに なった んだ 。

「 泣く な ! 夕 里子 が 怒鳴った 。 植松 が ギョッ と して 、 ツバ でも 喉 に つっかえた の か 、 ゴホンゴホン と むせ返った 。

「 本当 よ 」

と 、 幸代 が 言った 。

「 この 娘 さん を 見なさ い 。 父親 は 行方 不明 、 家 は 焼け 出さ れて 、 無一文 、 特に 美人 でも なく ──」

「 ちょっと 、 今 の は 余計です 」

夕 里子 が 口 を 挟んだ 。

「 失礼 。 ともかく 、 こんな 十七 歳 の 子 が 頑張って ん のに 、 課長 は 情 ない と 思わ ない の ! 「 だから 言 っと る だろう 。 私 は だめな 男 な んだ 」

「 そんな こと より 、 その後 、 洋子 さん から も 父 から も 連絡 は ない んです か ? と 、 夕 里子 は 訊 いた 。

「 全然 ない 。 もう …… 生き とら ん の かも しれ ん 。 佐々 本 君 なら 、 一緒に 死んで も いい と 思う ような 男 だ から な 。 私 じゃ 阿呆らしくて 死ね んだろう が 」

こう いじけて いて 、 よく 課長 が やって られる もの だ 、 と 夕 里子 は 感心 した 。

「 昨日 、 浮 浪 者 たち を 使って 、 この 娘 さん を 襲わ せ ませ ん でした か ? と 、 国友 が 訊 く 。

「 知ら ん よ 。 何の 話 だ ! ── 野上 君 が この 子 と 会って いる の は 見た が 、 こっち は どう しよう も ない じゃ ない か 」

「 どうして 今日 は 逃げ出した んです ? 「 覚悟 して いた から な 。 昨日 、 野上 君 が 私 に 伝票 を 書か せた とき 、 妙だ と 思った 。 そして この 娘 と 会って いる の を 見た 。 ── 今日 、 男 と 一緒に やって 来た と 聞いて 、 こりゃ いか ん 、 と 思った んだ 」

たぶん 植松 の 話 は 噓 で は ある まい と 、 夕 里子 は 思った 。 とっさに 浮 浪 者 に 金 を 握ら せて 、 夕 里子 から あの 伝票 を 奪い 返す ような 、 器用な 真似 は でき ない だろう 。

しかし 、 そう なる と 一体 誰 が ……。 それとも 浮 浪 者 たち が 襲って 来た の は 、 偶然な のだろう か ?

植松 は 、 くれぐれも この 話 は 女房 に 秘密に 、 と 念 を 押して 帰って 行った 。

「── あんまり 進歩 ない わ ね 」

と 、 幸代 が 言った 。

「 でも 、 父 が 失踪 した 理由 は 分 り ました 」

「 そうだ 。 すると 水口 淳子 の 件 と は どう 結びつく の か なあ 」

「 水口 淳子 が 父 の 愛人 だった って 証拠 は 一 つ も ない んです 。 死体 が あの 家 に あった 、 と いう こと 以外 に は 」

「 その 通り だ 。 同時に 、 お 父さん が 姿 を 消した 。 だから 容疑 が かかった わけだ が 」

「 でも 姿 を 消した 方 の 理由 は 分 った わけでしょ 。 今 、 どこ に いて 、 なぜ 出て 来 ない の か 、 そこ が 分 ら ない けど 」

「 犯人 は 君 の お 父さん に 罪 を 着せよう と して 水口 淳子 の 死体 を 君 の 家 へ 持ち込み 、 火 を つけた 。 お 父さん が もし 一緒に 焼け 死んで いたら 、 完全に 事件 は そこ で 終って いた だろう ね 」

「 だから 犯人 は 父 が 出張 して いる こと を 知ら なかった んだ と 思い ます 」

と 、 夕 里子 は 、 姉 と 妹 に 聞か せた 推理 を くり返した 。

しかし 、 犯人 は 家 の 中 へ 入って 来た のだ 。 ── 鍵 の 問題 が ある 。

夕 里子 に して も 、 徐々に 父 の 容疑 が 晴れて 行く の は 、 嬉しかった けれど 、 根本 的に は 何一つ 解決 して い ない のだ と 、 改めて 憂鬱に なって いた 。

父 は 生きて いる の か どう か 。 そして 犯人 は 誰 な の か 。

もう 一 つ 、 片瀬 紀子 を 殺した 犯人 も 気 に かかる 。 全く 関係 の ない 事件 な のだろう か ?

夕 里子 の 直感 は 、 二 つ の 事件 が 、 どこ か で つながって いる 、 と 教えて いた 。

「 何 だ 、 また あんた ? パン 屋 の 女 主人 は 、 呆れ顔 で 綾子 を 見た 。

「 すみません 」

綾子 だって 、 好きで 三 度 も 同じ 所 へ 出て 来て いる わけで は ない のである 。

何しろ 札 つき 永久 保証 つき の 方向 音痴 な ので 、 何度 聞か さ れて も 、 うまく 目的 地 に 行き着く こと が でき ない 。 毎年 通い 慣れた 大学 へ だって 、 時として 、 歩き ながら 、 この 道 で よかった かしら と 不安に なる こと が ある のだ 。

「 また 一回り して 来ちゃ ったら しいん です 」

綾子 は 、 神田 初江 の アパート を 捜し 回って いる のである 。 この パン 屋 の 女 主人 に 教えて もらって 、 言わ れた 通り に 道 を 曲って 行く のだ が 、 なぜ か 、 また ここ に 出て 来て しまう のだった 。

「 あんた も ひどい 方向 音痴 だ ねえ 、 うち の 主人 も 凄い けど 」

と 女 主人 が 笑って 、「 じゃ 、 ついて行って あげる よ 」

「 すみません 」

と 綾子 は 小さく なって いる 。 「 お 店 の 方 は 大丈夫です か ? 「 盗ま れた って 、 せいぜい パン 一 つ さ 、 おいで 」

「 どうも 」

綾子 は 、 ホッと した 気分 で 、 その 女 主人 の 後 に ついて 歩き 出した 。 もう 大丈夫 。 もっとも 、 綾子 の こと だ から 、 女 主人 を 見失う と いう 心配 も ある 。

しかし 、 ほんの 二 、 三 分 の 距離 であり 、 何とか 見失う こと なく 済んだ 。

「── ほら 、 この アパート よ 」

簡単である 。 こうして 連れて 来て もらう と 、 どうして 迷った の か 、 首 を ひねる 。

この アパート 、 さっき も ここ に あった の かしら 、 と 綾子 は 思った 。 どう 考えて も 、 同じ 道 を 同じ ように 歩いて 来た のだ が ……。

何度 も パン 屋 の 女 主人 に 礼 を 言って 、 アパート へ 入って 行く 。

「 ええ と …… 神田 …… 二 階 だ わ 」

幸い 、 アパート の 中 は 迷う ほど 広く なかった 。 二 階 へ 上って 、 神田 初江 の 部屋 は すぐに 見付かった 。

ブザー を 押して 、 待った が 返事 が ない 。 もう 一 度 押す 。

「 神田 さん ……。 佐々 本 綾子 です 」

声 を かけて みた が 、 やはり 部屋 の 中 は 静まり返って いた 。

変 ねえ 、 わざわざ 来 いって 電話 して 来て おいて 。 私 を からかった の かしら ?

「 神田 さん 。 ── い ない んです か ? ドア の ノブ を 回して みる と 、 開いて 来た 。

「 あの …… 失礼 し ます 」

恐る恐る 首 を 突っ込む 。 部屋 の 中 は 空っぽで 、 人 の いる 様子 は ない 。


三 姉妹 探偵 団 01 chapter 10 (1) みっ|しまい|たんてい|だん|

10  恐怖 の 部屋 きょうふ||へや

「 琴江 ……」 ことえ

植松 は 、 しばし 呆然と して 、 目の前 の 妻 を 、 見つめて いた 。 うえまつ|||ぼうぜんと||めのまえ||つま||みつめて|

「 何 よ 、 幽霊 でも 見た みたいな 顔 を して 」 なん||ゆうれい||みた||かお||

と 、 琴江 は 笑った 。 |ことえ||わらった

「 い 、 いや …… お前 、 同窓 会 じゃ なかった の か 」 ||おまえ|どうそう|かい||||

「 予定 を くり上げて 帰って 来た の よ 。 よてい||くりあげて|かえって|きた|| 役員 会 だった の を 忘れて て ね 」 やくいん|かい||||わすれて||

「 役員 会 ? やくいん|かい 「 そう 。 今夜 の ね 」 こんや||

「 今夜 ? こんや ── 私 は 全然 知ら ない よ 」 わたくし||ぜんぜん|しら||

「 そう ? じゃ 、 連絡 が 悪かった の ね 。 |れんらく||わるかった|| 今夜 は 役員 会 よ 。 こんや||やくいん|かい| 必ず 出席 し なきゃ ね 」 かならず|しゅっせき|||

琴江 は 、「 必ず 」 と いう 言葉 を 強調 した 。 ことえ||かならず|||ことば||きょうちょう|

「 しかし …… そりゃ まずい よ 。 明日 は 午前 中 に 札幌 で 仕事 が ある 。 あした||ごぜん|なか||さっぽろ||しごと|| お 得意 を す っぽ かす わけに いか ない じゃ ない か 」 |とくい||||||||||

「 それ なら 心配 し なくて いい わ 」 ||しんぱい||||

と 琴江 は 言った 。 |ことえ||いった 「 中村 さん に 代り に 行って もらった から 。 なかむら|||かわり||おこなって|| もう 出かけた わ 。 |でかけた| あなた は 安心 して 役員 会 に 出て ちょうだい 。 ||あんしん||やくいん|かい||でて| 私 は 役員 室 に いる から ね 」 わたくし||やくいん|しつ||||

琴江 が 歩いて 行く 。 ことえ||あるいて|いく ── 五 時 の チャイム が 鳴った 。 いつ|じ||ちゃいむ||なった

机 や 椅子 の ガタガタ 動く 音 が 、 オフィス に 満ちた 。 つくえ||いす||がたがた|うごく|おと||おふぃす||みちた しかし 、 植松 に は 、 何一つ 耳 に 入ら なかった 。 |うえまつ|||なにひとつ|みみ||はいら|

琴江 は 知っている のだ 。 ことえ||しっている| 長田 洋子 の こと も 、 この 札幌 行 の 本当の 目的 も ……。 ちょうだ|ひろこ|||||さっぽろ|ぎょう||ほんとうの|もくてき|

植松 は 青ざめて 、 椅子 に 身 を 沈めた 。 うえまつ||あおざめて|いす||み||しずめた

後 で の 琴江 の 仕返し が 怖かった 。 あと|||ことえ||しかえし||こわかった 自分 の 立場 も そう だ が 、 洋子 の 方 に も 手 を 出す かも しれ ない 、 と 思った 。 じぶん||たちば|||||ひろこ||かた|||て||だす|||||おもった

おそらく 、 前 から 琴江 は 気付いて いた 。 |ぜん||ことえ||きづいて| そして 、 人 を 使って 、 二 人 の 行動 を 見張ら せて いた のだろう 。 |じん||つかって|ふた|じん||こうどう||みはら|||

「── 課長 、 お出かけ に なら ない んです か ? かちょう|おでかけ||||| 声 を かけ られて 、 植松 は 我 に 返った 。 こえ||||うえまつ||われ||かえった

「 佐々 本 君 か ……」 ささ|ほん|きみ|

「 札幌 でしょう 。 さっぽろ| 少し 骨休め を なさって いらっしゃる と いい です よ 」 すこし|ほねやすめ|||||||

「 札幌 に は 行か ない 」 さっぽろ|||いか|

「 え ? 「 女房 が 変更 して しまった んだ 」 にょうぼう||へんこう|||

「 ああ 、 奥様 が みえて い ました ね 。 |おくさま||||| 急な 役員 会 だ と か 。 きゅうな|やくいん|かい||| 総務 が ぼやいて ました よ 」 そうむ||||

「 急な ? きゅうな 「 ええ 。 午後 に なって 突然 言わ れた と か 。 ごご|||とつぜん|いわ||| 休み を 取って る 役員 も 呼び出さ れて 大変 らしい です 。 やすみ||とって||やくいん||よびださ||たいへん|| 課長 も お 出 に なる んです か 」 かちょう|||だ||||

「 琴江 の 夫 と して だ 。 ことえ||おっと||| 課長 と して で は ない 」 かちょう|||||

植松 は 苦々し げ に 言った 。 うえまつ||にがにがし|||いった 佐々 本 は 黙って 微笑んだ 。 ささ|ほん||だまって|ほおえんだ ── 植松 は 、 ふと 思い付いて 、 うえまつ|||おもいついて

「 ちょっと 来て くれ 」 |きて|

と 、 佐々 本 を 連れて 、 小さな 空いて いる 会議 室 に 行った 。 |ささ|ほん||つれて|ちいさな|あいて||かいぎ|しつ||おこなった

「 何 です ? なん| 「 佐々 本 君 、 済ま ん が 君 に 頼み が ある 」 ささ|ほん|きみ|すま|||きみ||たのみ||

「 何 でしょう ? なん| 「 例の …… 長田 洋子 の こと な んだ 」 れいの|ちょうだ|ひろこ||||

「 彼女 です か 。 かのじょ|| 別れ話 でも ? わかればなし| 「 違う ! ちがう 一緒に 札幌 へ 行く つもりだった 。 いっしょに|さっぽろ||いく| だが 、 琴江 の 奴 、 それ に 気付いて る んだ 」 |ことえ||やつ|||きづいて||

「 それ で 役員 会 を ……。 ||やくいん|かい| そう でした か 」

佐々 本 は 肯 いた 。 ささ|ほん||こう|

植松 は 佐々 本 と ホテル で 顔 を 合わせた こと が ある 。 うえまつ||ささ|ほん||ほてる||かお||あわせた||| 植松 は 洋子 と 一緒で 、 佐々 本 も もちろん 女性 を 連れて いた 。 うえまつ||ひろこ||いっしょで|ささ|ほん|||じょせい||つれて| それ 以来 、 二 人 の 間 に は 、 一種 の 共犯 者 意識 の ような もの が あった のである 。 |いらい|ふた|じん||あいだ|||いっしゅ||きょうはん|もの|いしき||||||

「 佐々 本 君 、 洋子 と 一緒に 旅行 へ 行って くれ ない か 」 ささ|ほん|きみ|ひろこ||いっしょに|りょこう||おこなって|||

「 私 が です か ? わたくし||| 佐々 本 は 目 を 丸く した 。 ささ|ほん||め||まるく|

「 頼む ! たのむ この 通り だ 」 |とおり|

と 植松 は 頭 を 下げた 。 |うえまつ||あたま||さげた

「 課長 、 待って 下さい 。 かちょう|まって|ください 彼女 の 方 で いやがり ます よ 」 かのじょ||かた||||

「 いや 、 行って くれた 方 が いい んだ 」 |おこなって||かた|||

と 、 植松 は 言った 。 |うえまつ||いった 「 琴江 の 奴 の こと だ 、 洋子 に も 何 を する か 分 らん 。 ことえ||やつ||||ひろこ|||なん||||ぶん| 当然 、 洋子 は 監視 さ れて いる だろう 。 とうぜん|ひろこ||かんし|||| そこ へ 君 が 一緒に 行って くれれば 、 琴江 の 方 も 戸惑う に 違いない 。 ||きみ||いっしょに|おこなって||ことえ||かた||とまどう||ちがいない 洋子 の 安全 の ため で も ある 。 ひろこ||あんぜん||||| ── 佐々 本 君 、 どうか 頼む ! ささ|ほん|きみ||たのむ 植松 は 深々と 頭 を 下げた ……。 うえまつ||しんしんと|あたま||さげた

「 それ で 、 佐々 本 さん は 急な 出張 に なった わけです ね 」 ||ささ|ほん|||きゅうな|しゅっちょう||||

と 、 国友 は 言った 。 |くにとも||いった

「 うん 。 しかし 、 一応 社 内 的に は 〈 休暇 〉 扱い に せ ざる を 得 なかった 。 |いちおう|しゃ|うち|てきに||きゅうか|あつかい|||||とく| まさか 、 課長 の 愛人 を 連れて 回る の が 出張 だ と も 言え ん から な 」 |かちょう||あいじん||つれて|まわる|||しゅっちょう||||いえ|||

夕 里子 は 黙って いた 。 ゆう|さとご||だまって| ── 植松 の 話 そのもの は ともかく 、 その 中 で 、 父 が 女 を 連れて ホテル へ 行って いた と いう ところ が ショック だった のである 。 うえまつ||はなし|その もの||||なか||ちち||おんな||つれて|ほてる||おこなって||||||しょっく||

いや 、 父親 に 女 が 必要で なかった と は 思わ ない 。 |ちちおや||おんな||ひつようで||||おもわ| 男 なら 女 を 抱く 欲望 が あって 当然だ 。 おとこ||おんな||いだく|よくぼう|||とうぜんだ It is natural for a man to have a desire to hold a woman. そんな こと は 分 って いた 。 |||ぶん||

しかし 、 父 が 、 女 と ホテル に 行った と いう の が 、 ひっかかった のである 。 |ちち||おんな||ほてる||おこなった|||||| 好きな 女性 なら 、 堂々と 家 へ 連れて くれば いい ! すきな|じょせい||どうどうと|いえ||つれて||

しかし 、 父 の 身 に なって みれば 、 中学生 の 珠美 も いる のだ から ── いや 、 むしろ 綾子 の 方 が 心配 かも しれ ない が ── 女 を 家 へ 連れて 行く の を 避けて いた の かも しれ ない ……。 |ちち||み||||ちゅうがくせい||たまみ|||||||あやこ||かた||しんぱい|||||おんな||いえ||つれて|いく|||さけて|||||

「 で 、 佐々 本 さん は 、 今 どこ に いる んです ? |ささ|ほん|||いま|||| と 国友 が 訊 いた 。 |くにとも||じん|

「 そりゃ 分 らん 」 |ぶん|

「 しかし ──」

「 任せる 、 と 言った んだ よ 。 まかせる||いった|| ともかく 札幌 へ 連れて 行って も いい し 、 九州 だって 構わ ん 。 |さっぽろ||つれて|おこなって||||きゅうしゅう||かまわ| ともかく 、 彼女 を 三 日間 、 連れ 歩いて 、 楽しま せて やって ほしい 、 と ……」 |かのじょ||みっ|にち かん|つれ|あるいて|たのしま||||

「 そんな こと して 、 もし 二 人 が ──」 ||||ふた|じん|

と 幸代 が 言い かけ 、 あわてて 口 を つぐんだ 。 |さちよ||いい|||くち||

「 いい んです 」

と 、 夕 里子 は 言った 。 |ゆう|さとご||いった 「 その 点 、 どう な んです か ? |てん|||| 「 うん 、 佐々 本 君 なら …… たとえ そう なって も 仕方ない と 思 っと った 」 |ささ|ほん|きみ||||||しかたない||おも||

「 情 ない 男 ねえ 」 じょう||おとこ|

と 幸代 は 顔 を しかめた 。 |さちよ||かお|| 「 そういう 風 だ から 奥さん に コケ に さ れる の よ 」 |かぜ|||おくさん||こけ||||| "Because it's like that, my wife will be mossed."

「 仕方ない さ 。 しかたない| 私 は こういう 男 だ 」 わたくし|||おとこ|

植松 は 投げ出す ように 言った 。 うえまつ||なげだす||いった Uematsu told me to throw out. 「── そんな わけ で 、 あの 事件 が 起った とき 、 私 は 仰天 した 。 ||||じけん||おこった||わたくし||ぎょうてん| 佐々 本 君 は 洋子 と 二 人 で どこ か へ 行って いる はずだ 。 ささ|ほん|きみ||ひろこ||ふた|じん|||||おこなって|| それ が 殺人 容疑 で 指名 手配 さ れて しまった んだ から な 。 ||さつじん|ようぎ||しめい|てはい|||||| 私 と して は 事実 を 話す わけに いか なかった 。 わたくし||||じじつ||はなす||| As a matter of fact I could not speak the fact. そんな こと を すれば 女房 に 家 から も 会社 から も 叩き出さ れる 。 ||||にょうぼう||いえ|||かいしゃ|||たたきださ| だから 、 何も 知ら ん と 言い 続けた んだ 。 |なにも|しら|||いい|つづけた| そして 、 あんた が やって 来たり した もん だ から 、 心配に なって 、〈 休暇 届 〉 を でっち上げた 」 ||||きたり|||||しんぱいに||きゅうか|とどけ||でっちあげた

「 あり ゃあ 、 下手な 偽造 でした ね 」 ||へたな|ぎぞう||

「 私 は 生来 不器用な のだ 」 わたくし||せいらい|ぶきような| "I am clumsy in nature"

植松 は 急に 涙ぐんで 、「 だ から 、 いつも 誰 か の 言う なり に ……」 うえまつ||きゅうに|なみだぐんで||||だれ|||いう|| Uematsu suddenly got tearful, "So, always by someone ... ..."

夕 里子 は 、 無性に 腹 が 立って 来た 。 ゆう|さとご||ぶしょうに|はら||たって|きた Yuriko became extremely angry. こんな 情 ない 男 の ため に 、 パパ は あんな 窮地 に 立た さ れる は めに なった んだ 。 |じょう||おとこ||||ぱぱ|||きゅうち||たた||||||

「 泣く な ! なく| 夕 里子 が 怒鳴った 。 ゆう|さとご||どなった 植松 が ギョッ と して 、 ツバ でも 喉 に つっかえた の か 、 ゴホンゴホン と むせ返った 。 うえまつ|||||||のど|||||||むせかえった

「 本当 よ 」 ほんとう|

と 、 幸代 が 言った 。 |さちよ||いった

「 この 娘 さん を 見なさ い 。 |むすめ|||みなさ| 父親 は 行方 不明 、 家 は 焼け 出さ れて 、 無一文 、 特に 美人 でも なく ──」 ちちおや||ゆくえ|ふめい|いえ||やけ|ださ||むいちもん|とくに|びじん|| My father is missing, my house is burned out, I am not a single person, especially a beautiful person - "

「 ちょっと 、 今 の は 余計です 」 |いま|||よけいです

夕 里子 が 口 を 挟んだ 。 ゆう|さとご||くち||はさんだ

「 失礼 。 しつれい ともかく 、 こんな 十七 歳 の 子 が 頑張って ん のに 、 課長 は 情 ない と 思わ ない の ! ||じゅうしち|さい||こ||がんばって|||かちょう||じょう|||おもわ|| 「 だから 言 っと る だろう 。 |げん||| "So I will say it. 私 は だめな 男 な んだ 」 わたくし|||おとこ|| I am a useless man. "

「 そんな こと より 、 その後 、 洋子 さん から も 父 から も 連絡 は ない んです か ? |||そのご|ひろこ||||ちち|||れんらく|||| と 、 夕 里子 は 訊 いた 。 |ゆう|さとご||じん|

「 全然 ない 。 ぜんぜん| もう …… 生き とら ん の かも しれ ん 。 |いき|||||| 佐々 本 君 なら 、 一緒に 死んで も いい と 思う ような 男 だ から な 。 ささ|ほん|きみ||いっしょに|しんで||||おもう||おとこ||| 私 じゃ 阿呆らしくて 死ね んだろう が 」 わたくし||あほらしくて|しね||

こう いじけて いて 、 よく 課長 が やって られる もの だ 、 と 夕 里子 は 感心 した 。 ||||かちょう|||||||ゆう|さとご||かんしん| Evening Riko admired that he was doing this well and the section chief was doing well.

「 昨日 、 浮 浪 者 たち を 使って 、 この 娘 さん を 襲わ せ ませ ん でした か ? きのう|うか|ろう|もの|||つかって||むすめ|||おそわ||||| と 、 国友 が 訊 く 。 |くにとも||じん|

「 知ら ん よ 。 しら|| 何の 話 だ ! なんの|はなし| ── 野上 君 が この 子 と 会って いる の は 見た が 、 こっち は どう しよう も ない じゃ ない か 」 のかみ|きみ|||こ||あって||||みた||||||||||

「 どうして 今日 は 逃げ出した んです ? |きょう||にげだした| 「 覚悟 して いた から な 。 かくご|||| 昨日 、 野上 君 が 私 に 伝票 を 書か せた とき 、 妙だ と 思った 。 きのう|のかみ|きみ||わたくし||でんぴょう||かか|||みょうだ||おもった そして この 娘 と 会って いる の を 見た 。 ||むすめ||あって||||みた ── 今日 、 男 と 一緒に やって 来た と 聞いて 、 こりゃ いか ん 、 と 思った んだ 」 きょう|おとこ||いっしょに||きた||きいて|||||おもった|

たぶん 植松 の 話 は 噓 で は ある まい と 、 夕 里子 は 思った 。 |うえまつ||はなし||||||||ゆう|さとご||おもった とっさに 浮 浪 者 に 金 を 握ら せて 、 夕 里子 から あの 伝票 を 奪い 返す ような 、 器用な 真似 は でき ない だろう 。 |うか|ろう|もの||きむ||にぎら||ゆう|さとご|||でんぴょう||うばい|かえす||きような|まね||||

しかし 、 そう なる と 一体 誰 が ……。 ||||いったい|だれ| それとも 浮 浪 者 たち が 襲って 来た の は 、 偶然な のだろう か ? |うか|ろう|もの|||おそって|きた|||ぐうぜんな||

植松 は 、 くれぐれも この 話 は 女房 に 秘密に 、 と 念 を 押して 帰って 行った 。 うえまつ||||はなし||にょうぼう||ひみつに||ねん||おして|かえって|おこなった

「── あんまり 進歩 ない わ ね 」 |しんぽ|||

と 、 幸代 が 言った 。 |さちよ||いった

「 でも 、 父 が 失踪 した 理由 は 分 り ました 」 |ちち||しっそう||りゆう||ぶん||

「 そうだ 。 そう だ すると 水口 淳子 の 件 と は どう 結びつく の か なあ 」 |みずぐち|あつこ||けん||||むすびつく|||

「 水口 淳子 が 父 の 愛人 だった って 証拠 は 一 つ も ない んです 。 みずぐち|あつこ||ちち||あいじん|||しょうこ||ひと|||| 死体 が あの 家 に あった 、 と いう こと 以外 に は 」 したい|||いえ||||||いがい||

「 その 通り だ 。 |とおり| 同時に 、 お 父さん が 姿 を 消した 。 どうじに||とうさん||すがた||けした だから 容疑 が かかった わけだ が 」 |ようぎ||||

「 でも 姿 を 消した 方 の 理由 は 分 った わけでしょ 。 |すがた||けした|かた||りゆう||ぶん|| 今 、 どこ に いて 、 なぜ 出て 来 ない の か 、 そこ が 分 ら ない けど 」 いま|||||でて|らい||||||ぶん|||

「 犯人 は 君 の お 父さん に 罪 を 着せよう と して 水口 淳子 の 死体 を 君 の 家 へ 持ち込み 、 火 を つけた 。 はんにん||きみ|||とうさん||ざい||きせよう|||みずぐち|あつこ||したい||きみ||いえ||もちこみ|ひ|| お 父さん が もし 一緒に 焼け 死んで いたら 、 完全に 事件 は そこ で 終って いた だろう ね 」 |とうさん|||いっしょに|やけ|しんで||かんぜんに|じけん||||しまって|||

「 だから 犯人 は 父 が 出張 して いる こと を 知ら なかった んだ と 思い ます 」 |はんにん||ちち||しゅっちょう|||||しら||||おもい|

と 、 夕 里子 は 、 姉 と 妹 に 聞か せた 推理 を くり返した 。 |ゆう|さとご||あね||いもうと||きか||すいり||くりかえした

しかし 、 犯人 は 家 の 中 へ 入って 来た のだ 。 |はんにん||いえ||なか||はいって|きた| ── 鍵 の 問題 が ある 。 かぎ||もんだい||

夕 里子 に して も 、 徐々に 父 の 容疑 が 晴れて 行く の は 、 嬉しかった けれど 、 根本 的に は 何一つ 解決 して い ない のだ と 、 改めて 憂鬱に なって いた 。 ゆう|さとご||||じょじょに|ちち||ようぎ||はれて|いく|||うれしかった||こんぽん|てきに||なにひとつ|かいけつ||||||あらためて|ゆううつに||

父 は 生きて いる の か どう か 。 ちち||いきて||||| そして 犯人 は 誰 な の か 。 |はんにん||だれ|||

もう 一 つ 、 片瀬 紀子 を 殺した 犯人 も 気 に かかる 。 |ひと||かたせ|としこ||ころした|はんにん||き|| 全く 関係 の ない 事件 な のだろう か ? まったく|かんけい|||じけん|||

夕 里子 の 直感 は 、 二 つ の 事件 が 、 どこ か で つながって いる 、 と 教えて いた 。 ゆう|さとご||ちょっかん||ふた|||じけん||||||||おしえて|

「 何 だ 、 また あんた ? なん||| パン 屋 の 女 主人 は 、 呆れ顔 で 綾子 を 見た 。 ぱん|や||おんな|あるじ||あきれがお||あやこ||みた

「 すみません 」

綾子 だって 、 好きで 三 度 も 同じ 所 へ 出て 来て いる わけで は ない のである 。 あやこ||すきで|みっ|たび||おなじ|しょ||でて|きて|||||

何しろ 札 つき 永久 保証 つき の 方向 音痴 な ので 、 何度 聞か さ れて も 、 うまく 目的 地 に 行き着く こと が でき ない 。 なにしろ|さつ||えいきゅう|ほしょう|||ほうこう|おんち|||なんど|きか|||||もくてき|ち||ゆきつく|||| 毎年 通い 慣れた 大学 へ だって 、 時として 、 歩き ながら 、 この 道 で よかった かしら と 不安に なる こと が ある のだ 。 まいとし|かよい|なれた|だいがく|||ときとして|あるき|||どう|||||ふあんに|||||

「 また 一回り して 来ちゃ ったら しいん です 」 |ひとまわり||きちゃ||| "It seems that he has come around again."

綾子 は 、 神田 初江 の アパート を 捜し 回って いる のである 。 あやこ||しんでん|はつえ||あぱーと||さがし|まわって|| この パン 屋 の 女 主人 に 教えて もらって 、 言わ れた 通り に 道 を 曲って 行く のだ が 、 なぜ か 、 また ここ に 出て 来て しまう のだった 。 |ぱん|や||おんな|あるじ||おしえて||いわ||とおり||どう||まがって|いく||||||||でて|きて||

「 あんた も ひどい 方向 音痴 だ ねえ 、 うち の 主人 も 凄い けど 」 |||ほうこう|おんち|||||あるじ||すごい|

と 女 主人 が 笑って 、「 じゃ 、 ついて行って あげる よ 」 |おんな|あるじ||わらって||ついていって||

「 すみません 」

と 綾子 は 小さく なって いる 。 |あやこ||ちいさく|| 「 お 店 の 方 は 大丈夫です か ? |てん||かた||だいじょうぶです| 「 盗ま れた って 、 せいぜい パン 一 つ さ 、 おいで 」 ぬすま||||ぱん|ひと|||

「 どうも 」

綾子 は 、 ホッと した 気分 で 、 その 女 主人 の 後 に ついて 歩き 出した 。 あやこ||ほっと||きぶん|||おんな|あるじ||あと|||あるき|だした もう 大丈夫 。 |だいじょうぶ もっとも 、 綾子 の こと だ から 、 女 主人 を 見失う と いう 心配 も ある 。 |あやこ|||||おんな|あるじ||みうしなう|||しんぱい||

しかし 、 ほんの 二 、 三 分 の 距離 であり 、 何とか 見失う こと なく 済んだ 。 ||ふた|みっ|ぶん||きょり||なんとか|みうしなう|||すんだ

「── ほら 、 この アパート よ 」 ||あぱーと|

簡単である 。 かんたんである こうして 連れて 来て もらう と 、 どうして 迷った の か 、 首 を ひねる 。 |つれて|きて||||まよった|||くび||

この アパート 、 さっき も ここ に あった の かしら 、 と 綾子 は 思った 。 |あぱーと|||||||||あやこ||おもった どう 考えて も 、 同じ 道 を 同じ ように 歩いて 来た のだ が ……。 |かんがえて||おなじ|どう||おなじ||あるいて|きた||

何度 も パン 屋 の 女 主人 に 礼 を 言って 、 アパート へ 入って 行く 。 なんど||ぱん|や||おんな|あるじ||れい||いって|あぱーと||はいって|いく

「 ええ と …… 神田 …… 二 階 だ わ 」 ||しんでん|ふた|かい||

幸い 、 アパート の 中 は 迷う ほど 広く なかった 。 さいわい|あぱーと||なか||まよう||ひろく| 二 階 へ 上って 、 神田 初江 の 部屋 は すぐに 見付かった 。 ふた|かい||のぼって|しんでん|はつえ||へや|||みつかった

ブザー を 押して 、 待った が 返事 が ない 。 ぶざー||おして|まった||へんじ|| もう 一 度 押す 。 |ひと|たび|おす

「 神田 さん ……。 しんでん| 佐々 本 綾子 です 」 ささ|ほん|あやこ|

声 を かけて みた が 、 やはり 部屋 の 中 は 静まり返って いた 。 こえ||||||へや||なか||しずまりかえって|

変 ねえ 、 わざわざ 来 いって 電話 して 来て おいて 。 へん|||らい||でんわ||きて| 私 を からかった の かしら ? わたくし||||

「 神田 さん 。 しんでん| ── い ない んです か ? ドア の ノブ を 回して みる と 、 開いて 来た 。 どあ||||まわして|||あいて|きた

「 あの …… 失礼 し ます 」 |しつれい||

恐る恐る 首 を 突っ込む 。 おそるおそる|くび||つっこむ 部屋 の 中 は 空っぽで 、 人 の いる 様子 は ない 。 へや||なか||からっぽで|じん|||ようす||