三姉妹探偵団(2) Chapter 02 (1)
2 奇妙な 縁
「── 無理じゃ ない ?
と 、 片瀬 敦子 は 言った 。
「 あっさり 言わ ないで よ 」
夕 里子 は 苦笑 した 。
同じ 私立 女子 高 の 制服 に 身 を 包んだ 、 親友 同士 。
授業 を 終えて 学校 を 出る ところ である 。
そろそろ 黄昏 の 気配 が 立ちこめて いた 。
本来 なら 二 人 と も 大学 を 受ける つもりで いた のだ が 、 夕 里子 の 方 は 家 を 焼け 出さ れ 、 敦子 の 方 は 母親 が 殺さ れる と いう 事件 に ぶつかって 、 結局 このまま 短大 に 進む こと に した ので 、 気 が 楽だった 。
「 でも 、 珠美 が 何とか する と 思う んだ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 そう ?
「 お 小づかい が かかって る もの 。
あの 子 、 お 金 に は 目 が ない から ね 」
敦子 は 、 クスッ と 笑って 、
「 本当に いい わ ね 、 女 の 姉妹 が いて 。
羨 しい 。 私 なんて 一 人 娘 で ……」
「 苦労 も ある わ よ 」
と 夕 里子 は 言った 。
「── じゃ 、 ともかく 駅前 の 喫茶 店 で 珠美 と 待ち合せて る から 。 敦子 も 来 ない ? 「 邪魔じゃ ない の ?
「 全然 。
── 珠美 が どんな こと 考えて 来る か 、 聞く 価値 ある と 思う よ 」
「 聞きたい なあ 、 本当に ! と 、 敦子 は 笑った 。
── 片瀬 敦子 は 美人 タイプ 。
夕 里子 は 、 愛敬 の ある タイプ だ 。 もっとも 、 これ は 当の 夕 里子 の 分類 だ から 、 あんまり 当て に は ……。
いや 、 そんな こと を 言う と 夕 里子 に けっとばさ れる かも しれ ない 。 「 でも 、 おたく の お 姉さんって 本当に ユニークな 人 ね 」 「 ユニーク すぎて 困る わ よ 」 と 、 夕 里子 は 苦笑 した 。 「 あ 、 この 店 だ 」
二 人 は 、 自動 扉 が 開く と 、 中 に 入った 。
「 珠美 ── まだ 来て ない みたい ね 」
と 、 夕 里子 が 中 を 見回して いる と 、
「 夕 里子 、 ほら ──」
と 、 敦子 が 肩 を 叩いた 。
「 え ?
いた ? 夕 里子 は 店 の 奥 の 方 へ 目 を やって 、 びっくり した 。
夕 里子 の 方 へ 手 を 振って いる 若い 男性 ……。
「── 国友 さん !
夕 里子 は 急いで 歩いて 行った 。
「 久しぶりだ ね 。
そっち は 片瀬 敦子 ── 君 だっけ ? 「 憶 えて て 下さった んです か ?
と 、 敦子 が 言った 。
「 刑事 は 人 の 顔 や 名前 は 忘れ ない んだ よ 」
と 国友 は 言った 。
「 まあ かけ なさい 」
夕 里子 と 敦子 は 、 向い合った 席 に つく と 、
「 その 節 は 色々 と ──」
と同時に 言い かけて 、 笑い 出して しまった 。
── 夕 里子 や 敦子 を 巻き込んだ 一連の 殺人 事件 で 、 捜査 に 当った の が 、 この 若い 独身 の 国友 刑事 だった のである 。
「 夕 里子 君 、 家 の 方 は ?
「 ええ 。
すぐに は 建てられ ない んです 。 お 金 も ない し 。 今 は マンション を 会社 に 借りて もらって 、 住んでます 」 「 そう か 。 いや 、 どう して る か な 、 と 気 に なって ね 。 でも 、 忙しくて 、 なかなか 電話 も でき なかった 」
「 国友 さん 、 まだ 独身 ?
「 お 見合 する ヒマ も なくて ね 」
と 、 国友 は 笑った 。
「 本当に 懐 し いわ !
でも ── いい んです か ? 私 たち と 話 なんか して て 」
「 君 に 会い に 来た んだ から ね 」
「 私 に ?
夕 里子 は 面食らった 。
「 うん 。
珠美 君 から 電話 を もらって ね 」
「 珠美 が ── 何て 電話 した んです か ?
と 、 夕 里子 は 訊 いた 。
「 何だか 、 どこ か の 芸能 プロダクション を 紹介 して くれって 。 紹介 して くれたら 、 夕 里子 君 が デート して くれるって 話 だった よ 」 「── あの 子ったら ! 夕 里子 は 真 赤 に なった 。
「 いや 、 デート は ともかく ね 」
と 、 国友 は 笑って 、「 事情 は 聞いた よ 。
君 の お 姉さん も 相 変ら ず らしい ね 」
「 あの 人 は 、 宇宙 人 が 攻めて 来たって 変ら ない わ 」 と 夕 里子 は 言った 。 大分 、 調子 が 戻って 来た ようだ 。
── 前 の 事件 の とき に は 、 結構 「 親しい 」 仲 に なって いた のだ から 。
「 ごめんなさい 、 珠美 が 図 々 しい こと お 願い しちゃって 」 「 いやいや 。 ただ 、 こっち も 専門 外 なんで ね 、 そう そう 顔 が 広い わけじゃ ない んだ よ 」
「 そう でしょう ね 」
「 一 つ 、 以前 、 ある 事件 で ちょっと 関り 合い に なった 奴 が いて ね 、 それ が プロダクション を やって る んだ 。
何なら そこ へ 聞いて みて あげて も いい よ 」
「 お 願い できる かしら !
だって 、 姉 に 任し といたら 、 絶対 に 誰 も 引 張って 来 れ ない に 決って る んだ もの 」 「 そう か 。 分った 。 ── ただ ね 、 この プロダクション に どんな タレント が いる の か 、 僕 は 全然 知ら ない んだ 」
「 どうせ 、 人気 の ある 人 は もう スケジュール 、 詰っちゃって る に 決って る から 、 誰 だって いい んだ わ 」 「 でも 、 まるで 聞いた こと の ない 歌手 なんか じゃ 困る だ ろ 」 「 それ なら ──」 と 、 敦子 が 口 を 挟んだ 。 「 いっそ 、 もう 忘れられ かけて る 人 は ? 〈 懐 メロ 大会 〉 に して 」
「 それ も いい かも しれ ない な 」
と 、 国友 は 笑って 、「 OK 。
じゃ 、 今日 中 に 連絡 して みる よ 」
「 よろしく !
と 、 夕 里子 は 頭 を 下げた 。
「 出来 の 悪い 姉 の ため に ご 協力 を ! 「 いや 、 僕 は 夕 里子 君 と の デート を 叶えて もらえば いい んだ よ 」
「 じゃ 、 高級 フランス 料理 を 、 おごら せて あげます 」 夕 里子 は 澄まして 言った 。 「 いい 匂い !
珠美 が 早くも 、 はし を つかんで いる 。
「 ほら 、 あんた も ちょっと 手伝って 」
「 は あい 」
わ いわい と 三 人 で 食卓 を 準備 する の も 、 なかなか 楽しい 。
「── もう お 鍋 の おいしい 季節 ねえ 」
食べ 始めて 、 綾子 が しみじみ と 言った 。
「 月日 の たつ の は 早い もの 」
夕 里子 が 月 並 な セリフ を 言って 、「── お 姉さん 、 どうした ?
プロダクション の 方 、 電話 して みた ? と 訊 いた 。
「 プロダクションって ? 綾子 は キョトンと して 、「── ああ 、 文化 祭 の こと ?
今日 は ちょっと 忙しくて ね 。 そんなに 急が なくて も 、 まだ 六 日 ある から ……」
国友 に 頼んで 良かった 。
── 夕 里子 は 、 珠美 と 目 を 見交わして 、 思った 。
放っといたら 、 当日 に なって から 、 あわてて ── いや 、 それ でも 綾子 当人 は あわて ない だろう が ── 電話 し まくる こと に なって いた だろう 。
「 どんな 人 が いい の かしら ?
ゆうべ TV の 歌 番組 を 見たら 、 ずいぶん 、 聞いた こと の ない 人 が いっぱい 出て た わ 。 あの 内 、 二 、 三 人 ぐらい なら 、 空いて る んじゃ ない ? 「 それ じゃ 、 みんな 失業 しちゃ うよ 」
と 珠美 が 言った 。
「 TV に 出る ような の は 、 みんな 睡眠 二 、 三 時間って の ばっかりな んだ から 」 「 へえ ! よく 仕事 が できる わ ね 」
と 、 綾子 は 一 人 で 感心 して いる 。
「── あら 、 電話 だ わ 」
「 出よう か ?
きっと パパ よ 」
「 じゃ 、 私 が 出る わ 」
ちっとも 急ぐ でも なく 、 綾子 は 居間 へ 行って 、 受話器 を 上げた 。
「── ああ 、 やれやれ 、 だ 」
と 、 残った 夕 里子 が ため息 を つく 。
「 助かった でしょ 、 国友 さん に 頼んで 」
「 まだ 分 ん ない の よ 、 国友 さん だって 、 捜 せる か どう か 。
それ に 珠美 、 勝手に デート さ せ ないで 」
「 あれ ?
喜ぶ と 思った んだ けど な 」
と 、 珠美 は 澄まし 顔 だ 。
「 あんた は 、 そんな こと に 気 を 回さ なくて いい の !
「 お 姉ちゃん 、 なかなか 自分 じゃ もて ない から 、 手伝って あげた の よ 」
「 大きな お 世話 」
「 ちゃんと 謝礼 は いただきます から ね 」 「 結果 次第 よ 」 と 、 やり合って いる 所 へ 、 綾子 が 戻って 来た 。 「 綾子 姉ちゃん 、 何 だって 、 パパ ?
「 パパ じゃ ない の よ 」
「 じゃ 誰 から ?
「 うん ……」
綾子 は 首 を かしげて いる 。
「 また 、 向 う の 名前 聞く の 、 忘れた んでしょ 。
よく やる んだ から 」
「 違う わ よ 。
── ほら 、 メモ した もの 」
「 見せて 。
── 何 よ 、 これ 、〈 P プロダクション の 金田 〉って ……」 「 そういう 人 から だった の 」 夕 里子 は 、 まさか 、 と 思った 。 「── どういう 用件 ?
「 うん 、 そこ の 歌手 を 、 文化 祭 に 出して くれるって 。 でも 、 私 、 全然 電話 して も いない の よ 。 どう し て向う から かかって 来る んだ ろ ? へえ 、 国友 さん も 、 やる じゃ ない !
夕 里子 は 、 あまり 結果 が 早く 出た ので 、 びっくり した 。 珠美 の 方 は 、 ニヤニヤ して 夕 里子 を 見て いる 。 ── もちろん 、 いくら 入る か 、 計算 して いる のである 。
綾子 が 一 人 、 不思議 そうに 、 首 を かしげて いた 。
「 うち の 大学 の 文化 祭って 、 そんなに 有名な の か なあ ……」
「── 誰 だって ?
思わず 、 声 が 高く なった 。
「 しっ、 あんまり 大きな 声 出す と ──」 と 、 石原 茂子 が 急いで 言った 。 「 ああ 、 分って る 。 でも ……」
実際 の ところ 、 太田 宣 浩 は 、 そんなに 大きな 声 を 出した わけで は ない 。
ごく 普通に 話 を して いれば 、 たまに は この 程度 の 声 は 出す こと が ある 。
ただ 、 太田 の 声 が 大きく 聞こえた の は 、 周囲 が 静か すぎる から な のである 。
── もう 、 大学 の 構内 に は 人影 とて なかった 。
夜 、 十二 時 を 過ぎて いる のだ から 、 当然の こと だろう 。
もう 文化 祭 が 近い ので 、 準備 の ため に 、 結構 遅く まで 残って いる 学生 も いた が 、 それ でも 十 時 半 ころ に は ほとんど が 帰って いた 。
二 人 は 、 文学部 の 建物 の わき の 小径 を 、 ゆっくり と 歩いて いた 。
石原 茂子 は 、 白っぽい セーター に 、 紺 の スカート と いう 、 至って 平凡な 女子 大 生 スタイル 。 並んで 歩いて いる 太田 が 大柄な せい も あって 、 実際 より も 小柄に 見える 。
太田 の 方 は 、 どう 見て も 大学生 に は 見え ない 。
実際 大学生 で は なく 、 この 大学 の ガードマン を つとめて いる ので 、 いささか 野暮ったい 制服 姿 であった 。
「 それ に したって ──」
少し 間 を 置いて 、 太田 が 言った 。
「 より に よって 、 神山 田 タカシ を 呼ば なくて も いい じゃ ない か ! 「 気持 は 分 る けど ……。
仕方ない わ よ 。 もう 決っちゃった んだ もの 」 と 、 石原 茂子 は 肩 を すくめた 。 「── あいつ 、 もう 落ち目 だろう 。
この ところ 、 全然 TV でも 見 ない じゃ ない か 」
「 出て たって 見 ない くせ に 」
と 、 茂子 は 微笑んだ 。
「 当り前だ よ 。
── あいつ の おかげ で ……。 いや 、 ホテル を クビ に なった の なんて 、 どうって こと ない 。 別に 一生 、 あそこ で 働く 気 だった わけじゃ ない さ 。 ただ 、 君 が ……」
太田 は 言い淀んだ 。
茂子 が 、 太田 の 腕 に 腕 を 絡めて 、
「 私 は もう 忘れた わ 」
と 言った 。
「 事故 に 遭った ような もん じゃ ない 、 あんな の 」
「 それ は 僕 が 言った んだ 」
と 、 太田 は 渋い 顔 で 、「 でも 、 あいつ の こと を 許した わけじゃ ない 」
「 でも 、 実際 に もう 先 は 見えて る わ 。
あんな こと して 、 努力 も し ないで いれば 、 その 内 、 忘れられる わ 。 自業自得 と いう か 、 ね ……」
「 うん 」
太田 は 、 茂子 の 肩 に 手 を 回した 。
「── でも 、 他 に 誰 か いない の かい ? 「 とても 無理 よ 」
と 、 茂子 は 首 を 振った 。
「 あと 四 日 しか ない の よ 。 最悪の 場合 は 中止 も 考えて た んだ もの 。 ── 綾子 さん 、 よく 見付けて 来た わ 」
「 綾子って ──」 「 佐々 本 綾子 さん 。 ほら 、 いつか 紹介 して あげた でしょ 」
「 うん 。
あの 幼稚 園児 みたいな 子 だ ろ ? 「 悪い わ ね !
と 、 茂子 は 吹き出した 。
「 気の毒だった の よ 。 とても 、 名 の ある 歌手 なんて 呼べっこ ない から 、 準備 委員 長 の 水口 さん が 責任 を 押し付けちゃった の 。 私 、 腹 が 立った けど 、 三 年生 に 逆らう わけに も いか ない し ……。 そ したら 、 綾子 さん 、 どう やった の か 知ら ない けど 、 あの プロダクション と 話 を つけちゃった の よ 」 「 でも 、 あいつ じゃ 、 時代遅れな んじゃ ない の か ? 「 そりゃ 、 今 の トップ と は 言え ない けど 、 一応 、 みんな 名前 も 知って る し ……。
役員 会 で は 、『 まだ 生きて た の 、 あの 人 ? 』 なんて 言った 一 年生 も いた けど ね 」
と 、 茂子 は 笑った 。
「 しかし …… 僕 は やっぱり 反対だ な 。
まあ 、 ガードマン が 反対 したって 仕方ない けど 」 「 心配な いわ よ 」 と 、 茂子 は 、 太田 の 肩 に 、 頭 を もたせかけた 。 「 ほんの 何 時間 か 、 来る だけ なんだ もの ……」
「 うん ……」
「 それ に 、 三 年 前 よ 。
もう 向 うだって 、 私 の こと なんて 憶 えちゃ いない わ 」 「 そう は 思う けど な ……」 太田 は 、 まだ すっきり し ない 口調 で 言った 。 「 何 が 心配な の ?
「 いや 、 もし 、 あいつ と 会ったり したら 、 また ぶん 殴る んじゃ ない か と 思って ね 」
「 やめて よ 」
と 、 茂子 は 苦笑 した 。
「 失業 しちゃったら 、 私 が 卒業 して も 結婚 が 先 に なっちゃ うわ よ 」 「 冗談 だ よ 」 と 、 太田 は やっと 笑顔 に なった 。 「 それ に 文化 祭 の 当日 は 、 忙しくて それ どころ じゃ ない さ 、 こっち も 」
「 そう ね 。
外 から 大勢 人 が 来る んだ から 」
「 去年 なんか 、 顕微 鏡 を 盗ま れ ち まった から なあ 。
今年 は 用心 し ない と 」
「 ひどい 人 が いる わ ね 」
「 世の中 に ゃ 、 こっち の 想像 も つか ない ような 奴 が いる んだ 」
と 、 太田 は 言った 。
「 あの 神山 田 みたいに ね 」
「── あら 」
と 、 茂子 が 足 を 止めた 。