第 六 章 それぞれ の 星 (6)
壁面 に 沿って 不規則に 高速 移動 する バスケット に ボール を 放りこむ だけ の 単純な 競技 だ が 、 空中 で ボール を 奪いあったり 、 ゆるやかに 回転 し つつ ボール を 操る 姿 に は 、 舞踊 でも 見る ような 趣 が あり 、 選手 の 個性 に よって 優美に も ダイナミックに も 表現 できる スポーツ と して 人気 が ある のだった 。
「 そう な の か 、 ユリアン 」
無責任な 保護 者 は 驚いて 少年 を 見 やり 、 少年 は かすかに 頰 を 上気 さ せて うなずいた 。
「 ご 存じ なかった の は 提督 ぐらい の もの でしょう ね 。 ユリアン 坊や は この 都市 で は ちょっと した 有名 人 です のに 」
フレデリカ が かるい 口調 で 皮肉り 、 ヤン を 赤面 さ せた 。
料理 の 注文 。 三 杯 の 七六〇 年産 赤 ワイン と 一杯の ジンジャーエール で の 祝杯 ―― ユリアン ・ ミンツ の 得点 王 獲得 を 祝って ―― そして 料理 が はこばれて きた 。 いく つ め か の 皿 が テーブル 上 に のった とき 、 グリーンヒル 大将 が 、 思い も かけ ない 話題 を もちだして きた 。
「 ところで 、 ヤン 、 きみ は まだ 結婚 する 予定 は ない の か ね 」
ヤン と フレデリカ の ナイフ が 皿 の 上 で 同時に が しゃんと 音 を たて 、 伝統 的 陶器 愛好 家 の 老 ウェイター は 思わず 眉 を そ び や かした 。
「 そう です ね 、 平和に なったら 考えます 」 フレデリカ は なにも 言わ ず 、 下 を むいた きり ナイフ と フォーク を 使って いる 。 その 手つき が 、 いささか 乱暴だった 。 ユリアン は 興味深 げ に 保護 者 を 見て いる 。
「 婚約 者 を のこして 逝って しまった 友人 も おります し ね 。 それ を 考える と 、 とても 、 現在 は ……」
アスターテ で 戦死 した ラップ 少佐 の こと である 。 グリーンヒル 大将 は うなずいて から 、 また 話題 を 転換 した 。
「 ジェシカ ・ エドワーズ を 知って る な ? 彼女 は 先週 の 補欠 選挙 で 代議員 に なった よ 。 テルヌーゼン 惑星 区 選出 の な 」
多彩 多様な 奇襲 攻撃 が 、 シトレ 元帥 同様 、 どうやら グリーンヒル 大将 の 得意 と する ところ である らしかった 。
「 ほう 、 さぞ 反戦 派 の 支持 が あった でしょう ね 」
「 そう 。 主戦 派 から の 攻撃 も 当然 あった が ……」
「 たとえば 、 あの 憂国 騎士 団 と か ? 」 「 憂国 騎士 団 かね ? あれ は 、 きみ 、 たんなる ピエロ だ 。 そもそも 論評 に 値する もの で は ない 。 そう だろう …… ふむ 、 この ゼリー ・ サラダ は 逸品 だ な 」
「 同感 です 」
と ヤン が 言った の は 、 ゼリー ・ サラダ に かんして である 。
あの 不愉快な 憂国 騎士 団 が ピエロ である こと は 認める が 、 誇張 さ れ 戯画 化 さ れた その 行動 が 、 巧みに 計算 さ れた 演出 の 結果 で ない と は 断言 でき ない だろう 。 か の ルドルフ ・ フォン ・ ゴールデンバウム を 早く から 熱狂 的に 支持 した 若い 世代 は 、 銀河 連邦 の 有識 者 たち から 苦笑 と 憫笑 を もって 迎え られた ので は なかった か 。
客席 から は 見え ない 厚い カーテン の 蔭 で 、 誰 か が 会心 の 微笑 を 浮かべて いる かも しれ ない のだ 。
Ⅸ 帰途 、 コンピューター に 管制 さ れた 無人 タクシー の 座席 で 、 ヤン は ジェシカ ・ エドワーズ の こと を 考えて いた 。 「 わたし は 権力 を もった 人 たち に 、 つねに 問いかけて ゆきたい のです 。 あなた たち は どこ に いる の か 、 兵士 たち を 死 地 に 送りこんで 、 あなた たち は どこ で なに を して いる の か 、 と ……」
それ が ジェシカ の 演説 の クライマックス だった と いう 。 アスターテ に おける 敗北 の あと に 開か れた 慰霊 祭 で の 光景 を 、 ヤン は 思いださ ず に い られ ない 。 能 弁 を 自任 する 国防 委員 長 トリューニヒト も 、 彼女 の 告発 に 対抗 する こと は でき なかった のだ 。 それだけに 、 彼女 の 一身 に は 主戦 派 の 憎悪 と 敵意 が 集中 する こと に なる だろう 。 彼女 が 選択 した 道 は 、 イゼルローン 回廊 以上 の 難 路 に なる に ちがいない ……。
無人 タクシー が 急 停止 した 。 本来 、 これ は あり う べ から ざる こと だった 。 慣性 が 人体 に 不要な 影響 を およぼす ような 運動 を 、 自動車 は し ない もの だ ―― 管制 システム が 作動 して いる かぎり は 、 である 。 なに か 異変 が 生じた のだ 。
手 で ドア を 開けて 、 ヤン は 路上 に おりたった 。 巨体 を 大 儀 そうに 揺すり ながら 、 青い 制服 の 警官 が 駆けて くる 。 彼 は ヤン の 顔 を 知って おり 、 国民 的 英雄 に 対面 できた 感激 を ひと くさり 述べて から 、 事態 を 説明 した 。
都市 交通 制御 センター の 管制 コンピューター に 異常 が 発生 した のだ 、 と いう 。
「 異常 と いう と ? 」 「 くわしい こと は 知りません が ね 、 情報 を 入力 する とき の 単純な 人為 的 ミス らしい です 。 ま 、 最近 は どの 職場 でも ベテラン が 不足 してます から ね 、 こんな こと は 珍しく ありません よ 」 警官 は 笑った が 、 ユリアン 少年 に 非 友好 的な 視線 で 直視 さ れ 、 無理やり しかつめらしい 表情 を つくった 。
「 ああ 、 え へん 、 笑って いる 場合 では ありません な 。 そんな わけ で 、 この 地区 で は 今後 四 時間 ほど あらゆる 交通 システム が 停止 します 。 走 路 も 磁気 反発 路 も 全面 的に うごきません 」 「 全面 的に ? 」 「 さよう 、 全面 的に です 」 なにやら 自慢げな 態度 で すら あった 。 ヤン は おかしく なった が 、 じつは 笑いごと で は ない 。 この 事故 と 警官 の 発言 と から 算出 さ れる 事実 に は 、 心 を 寒く する 示唆 が ある 。 社会 を 管理 運営 する システム が いちじるしく 衰弱 して いる のだ 。 戦争 の 悪 影響 が 、 悪魔 の 足音 より も 忍び や か に 、 だが 確実に 社会 を 侵 蝕 し つつ ある 。
傍 で ユリアン が 彼 を 見上げた 。
「 提督 、 どう なさいます か 」 「 しかたない 、 歩こう 」
あっさり ヤン は 断 を くだした 。
「 たまに は いい さ 、 一 時間 も 歩けば 着く だろう 。 いい 運動 に なる 」
「 そう です ね 」
この 結論 に 警官 は 目 を むいた 。
「 とんでもない ! イゼルローン の 英雄 を 二 本 の 脚 で 歩か せる なんて 。 こちら で 地上 車 なり 浮揚 車 なり 用意 します よ 。 お 使い ください 」
「 私 だけ そんな こと を して もらって は こまる 」
「 どうぞ ご 遠慮 なく 」
「 いや 、 遠慮 して おこう 」
表情 と 声 に 不快 さ を あらわさ ない よう 、 多少 の 努力 が 必要だった 。
「 行く ぞ 、 ユリアン 」
「 アイアイサー 」
元 気 よく 応じた 少年 が 、 軽快に スキップ を 踏み かけて 急 に 立ち 停 まった 。 ヤン が 不審 そうに ふりむく 。
「 なんだ 、 ユリアン 、 歩く の が いやな の か 」
尾 を 曳 いて いる 不 快感 の ため 、 かすかに 声 が とがった かも しれ ない 。
「 いいえ 、 そんな こと 」
「 じゃ 、 なぜ ついてこ ない ? 」 「 そっち 、 反対 方向 です よ 」 「…………」
ヤン は きび す を 返した 。 宇宙 艦隊 の 指揮 官 は 艦隊 の 進行 方向 さえ 誤ら ねば よい のだ 、 など と いう 負けおしみ は 言わ ない こと に した 。 実際 、 ときどき 自信 が なくなる のである 。 副 司令 官 フィッシャー の 正確 きわまる 艦隊 運用 を 、 ヤン が 高く 評価 する ゆえん だ 。
うごか なく なった 磁力 反 発車 の 延々たる 列 が 路上 に 長い 壁 を きずき 、 なす すべ を 失った 人々 が うろうろ 歩きまわって いる 。 その 間隙 を 、 ふた り は 悠然と 通過 して いった 。
「 提督 、 星 が とても 綺麗です よ 」
星空 に 視線 を 送り ながら ユリアン が 言う 。 無数の 星 が 光 を 錯綜 さ せ 、 この 惑星 に 空気 の 存在 する 証明 と して 、 間断 なく またたき つづけて いた 。
ヤン は 完全に 虚心で は い られ なかった 。
人 は 誰 でも 夜空 に 手 を 伸ばし 、 自分 に あたえ られた 星 を つかもう と する 。 だが 、 自分 の 星 が どこ に 位置 する か を 正確に 知る 者 は まれだ 。 自分 は ―― ヤン ・ ウェンリー ―― 自身 は どう な のだろう 、 明確に 自分 の 星 を 見さだめて いる か 。 状況 に 流さ れ 、 見失って しまって いる ので は ない の か 。 あるいは 誤認 して は いない か 。 「 ねえ 、 提督 」
ユリアン が はずんだ 声 を だした 。
「 なんだい 」
「 いま 、 提督 と 、 ぼく と 、 おなじ 星 を 見て ました よ 。 ほら 、 あの 大きくて 青い 星 ……」
「 うん 、 あの 星 は ……」
「 なんて いう 星 です ? 」 「 なんとか 言った な 、 たしか 」 記憶 の 糸 を たぐり だせば 解答 は 発見 できる はずだった が 、 あえて そう する 気 に は ヤン は なれ なかった 。 彼 の 傍 に いる この 少年 が 、 彼 と おなじ 星 を 見上げる 必要 は いささか も ない 、 と ヤン は 思う 。
人 は 自分 だけ の 星 を つかむ べきな のだ 。 たとえ どのような 兇星 であって も ……。