89. 丸 之内 点 景 ‥‥東京 の 盛り場 を 巡る ‥‥ - 小津 安二 郎
まる|ゆきない|てん|けい|とうきょう||さかりば||めぐる|おつ|やすじ|ろう
|within|||||entertainment district|||||
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丸 之内 点 景 ‥‥ 東京 の 盛り場 を 巡る ‥‥ - 小津 安二 郎
まる|ゆきない|てん|けい|とうきょう||さかりば||めぐる|おつ|やすじ|ろう
|within||||||||Ozu|Yasujiro|
春 の 夜 である 。
はる||よ|
・・
今 、 活動 が ハネた ばかりで 、 人 浪 は 、 帝 劇 から 丸 之内 の 一角 を 通 つて 、 銀座 に つ ゞ く 。
いま|かつどう||はねた||じん|ろう||みかど|げき||まる|ゆきない||いっかく||つう||ぎんざ||||
|||finished|||||theater||||||a corner||||||||
・・
「 一 寸 、 つき合 へよ 、 アロハ ・ オエ を 一 枚 買 つて 行く んだ 」・・
ひと|すん|つきあ||あろは|||ひと|まい|か||いく|
||to accompany|let's go|||||||||
三 人 連れ の 海軍 青年 士官 の 会話 。
みっ|じん|つれ||かいぐん|せいねん|しかん||かいわ
||||||officer||
・・
▽
春 の 夜 の 、 コンクリート の 建物 の 並んだ 、 丸 之内 の 裏通り の ごみ箱 一 つ 見え ない 、 アスフアルト の 往来 に 、 ふと 、 野菜 サラダ の に ほ ひ を 感じた と 芥川 龍 之介 は 書いて ゐる 。
はる||よ||こんくりーと||たてもの||ならんだ|まる|ゆきない||うらどおり||ごみばこ|ひと||みえ||||おうらい|||やさい|さらだ||||||かんじた||あくたがわ|りゅう|ゆきすけ||かいて|
|||||||||||||||||||asphalt||||||||||||||Akutagawa||Ryunosuke|||
・・
この 通り に は 、 ところどころ に 西洋 料理 店 は ある し 、 大方 は 、 地下 室 が 、 料理 場 に な つて ゐて 、 ほ道 と すれ /\ に 通風 窓 が ある から 、 野菜 サラダ だ ら う が 、 かき フライ で あらう が 、 鼻 が 悪く ない 限り ごみ箱 を 連想 し 、 その 所在 を 気 に せ ず と も 、 それ より 遙 に 新鮮な に ほ ひ を 感じる の は 当然である 。
|とおり|||||せいよう|りょうり|てん||||おおかた||ちか|しつ||りょうり|じょう|||||ほどう||||つうふう|まど||||やさい|さらだ||||||ふらい||||はな||わるく||かぎり|ごみばこ||れんそう|||しょざい||き||||||||はるか||しんせんな|||||かんじる|||とうぜんである
|||||||||||||||||||||||side road||||ventilation||||||||||||fried||||||||||||||||||||||||far||||||||||
・・
当時 、 この あたり に 洋食 屋 が 一 軒 も なか つた と 、 好意 的に 解釈 する と して ――・・
とうじ||||ようしょく|や||ひと|のき|||||こうい|てきに|かいしゃく|||
今 僕 の 前 を 行く 、 これ も 帝 劇 の 帰り の 慶応 の 学生 も 、 洋食 に 関して 極めて 博学 を 示して ゐる 。
いま|ぼく||ぜん||いく|||みかど|げき||かえり||けいおう||がくせい||ようしょく||かんして|きわめて|はくがく||しめして|
|||||||||||||Keio||||||||well-informed|||
・・
「 日本 の 海老 は ラブスター と は 、 い は ない んだ ね 」・・
にっぽん||えび|||||||||
||||lobster|||||||
春 の 夜 の 丸 之内 の 裏通り に 、 ふと 洋食 を 感じる の は 、 どうやら 春 の 夜 の 定 式 らしい 。
はる||よ||まる|ゆきない||うらどおり|||ようしょく||かんじる||||はる||よ||てい|しき|
・・
▽
相似 形 的 二 重 露出 ・・
そうじ|かた|てき|ふた|おも|ろしゅつ
similar|||||exposure
曇天 の 、 丸 ビル は 大きな 水 さ う に 似て ゐる 。
どんてん||まる|びる||おおきな|すい||||にて|
cloudy sky|||||||||||
・・
中 に 、 無数の 目高 が 泳いで ゐる 。
なか||むすうの|めだか||およいで|
|||small fish|||
・・
▽
丸 ビル は 、 とても 大きい 愚 鈍 な 顔 を して ゐる 。
まる|びる|||おおきい|ぐ|どん||かお|||
・・
殊に 、 夜 が 明けて から 、 朝 の ラツシユ ・ アワー に なる 迄 の 数 時間 の 表情 と 来て は 、 早 発 性 痴ほう よだれ だ 。
ことに|よ||あけて||あさ||||||まで||すう|じかん||ひょうじょう||きて||はや|はつ|せい|ちほう||
|||||||rush||||||||||||||||early dementia||
よだれ は 敷石 を ぬらして ゐる 。
||しきいし|||
||paved stone|||
・・
▽
ドーナツツ に 穴 の ある 様 に 、 もつ と 現実 的に いつ て 、 便所 の 防臭 剤 に 穴 の ある 様 に 、 丸 ビル の 内側 に も 、 通風 と 採光 の 穴 が あいて ゐる 。
||あな|||さま||||げんじつ|てきに|||べんじょ||ぼうしゅう|ざい||あな|||さま||まる|びる||うちがわ|||つうふう||さいこう||あな|||
donut|||||||||||||||deodorant|||||||||||inside||||||||||
・・
丸 ビル 、 八 階 ――・・
まる|びる|やっ|かい
窓 、 窓 、 窓 、 窓 、 東 向き ――・・
まど|まど|まど|まど|ひがし|むき
一 階 、 コーヒー を 沸 して ゐる 。
ひと|かい|こーひー||わ||
・・
二 階 、 女 店員 と コンパクト 。
ふた|かい|おんな|てんいん||こんぱくと
|||||compact
・・
三 階 、 ポマード 頭 。
みっ|かい||あたま
・・
四 階 、 ヨーヨー を して ゐる 。
よっ|かい||||
・・
五 階 、 ヨーヨー を して ゐる 。
いつ|かい||||
これ は ニウトン の 戸惑 ひ を した 表情 だ 。
||||とまど||||ひょうじょう|
||Newton||confusion|||||
・・
六 階 、 丁 字形 定規 が 動いて ゐる 。
むっ|かい|ちょう|じけい|じょうぎ||うごいて|
||||ruler|||
・・
七 階 、 空室 。
なな|かい|くうしつ
||vacant room
・・
八 階 、 窓 硝子 を ふいて ゐる 。
やっ|かい|まど|がらす|||
陸 の カンカン 虫 。
りく||かんかん|ちゅう
||locust|
・・
▽
窓 、 窓 、 窓 、 窓 、 南 向き ――・・
まど|まど|まど|まど|みなみ|むき
一 階 、 飯びつ が 乾 して ある 。
ひと|かい|めしびつ||いぬい||
||rice container||||
・・
二 階 、 狸 が 狐 を 背負 つて ゐる 。
ふた|かい|たぬき||きつね||せお||
美容院 。
びよういん
・・
三 階 、 タイプ ライター を た ゝ いて ゐる 。
みっ|かい|たいぷ|らいたー|||||
|||typewriter|||||
・・
四 階 、 手 巾 が 乾 して ある 。
よっ|かい|て|べき||いぬい||
・・
五 階 、 泣いて 文 書く 人 も ある 。
いつ|かい|ないて|ぶん|かく|じん||
これ は うそ だ 。
給仕 が 靴 を 磨いて ゐる 。
きゅうじ||くつ||みがいて|
・・
六 階 、 盛 に 、 お辞儀 の 連発 だ 。
むっ|かい|さかり||おじぎ||れんぱつ|
あれ は 借金 の 言訳 を して ゐる 。
||しゃっきん||いいわけ|||
||||excuse|||
・・
七 階 、 途端 に 、 サイレン が 鳴 つた 。
なな|かい|とたん||さいれん||な|
||||siren|||
・・
午 砲 の サイレン に 変 つたの は 偶然で は ない 。
うま|ほう||さいれん||へん|||ぐうぜんで||
これ は まだしも 空き 腹 に 、 応 へ ない 。
|||あき|はら||おう||
・・
▽
この 界わい の 、 ビルデング の ボイラー たき は 大方 、 らん ち う を 、 その 屋上 に 飼 つて ゐる 。
|かいわい||||ぼいらー|||おおかた||||||おくじょう||か||
|boundary||building||boiler|||||||||||||
・・
暖かく な つて 、 ボイラー の 方 が 暇に なる と 一方 は 、 食 ひ が 立つ て 急 が しく なる 。
あたたかく|||ぼいらー||かた||ひまに|||いっぽう||しょく|||たつ||きゅう|||
・・
▽
極めて 早朝 、 この 界わい を 、 神田 あたり の 店員 が 、 皆 ユニホーム を 着て 、 皆 自転車 に 乗 つて 、 日比谷 あたり に 野球 の 練習 に 通る の を 見かけた こと が ある 。
きわめて|そうちょう||かいわい||しんでん|||てんいん||みな|ゆにほーむ||きて|みな|じてんしゃ||じょう||ひびや|||やきゅう||れんしゅう||とおる|||みかけた|||
|||||||||||uniform||||||||Hibiya|||||||||||||
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これ は 僕 の 見た 都会 の 情景 の 中 で の 、 好ましい もの の 一 つ である 。
||ぼく||みた|とかい||じょうけい||なか|||このましい|||ひと||
||||||||||||desirable|||||
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(「 東京 朝日 新聞 」 昭和 8 年 4 月 21 日 朝刊 )
とうきょう|あさひ|しんぶん|しょうわ|とし|つき|ひ|ちょうかん