90. 青 水仙 、赤 水仙 - 夢野 久作
青 水仙 、 赤 水仙 - 夢野 久作
うた子 さん は 友達 に 教わって 、 水仙 の 根 を 切り 割って 、 赤い 絵の具 と 青い 絵の具 を 入れて 、 お 庭 の 隅 に 埋めて おきました 。 早く 芽 が 出て 、 赤 と 青 の 水仙 の 花 が 咲けば いい と 、 毎日 水 を やって おりました が 、 いつまでも 芽 が 出ません 。 ・・
ある 日 、 学校 から 帰って すぐに お 庭 に 来て みる と 、 大変です 。 お 父 様 が お 庭 中 を すっかり 掘り返して 、 畠 に して おいでになります 。 そうして うた子 さん を 見る と 、・・
「 や あ 、 うた子 か 。 お 父さん は うっかり して 悪い 事 を した 。 お前 の 大切な 水仙 を 二 つ と も 鍬 で 半分 に 切って しまった から 、 裏 の 草原 へ 棄 て て しまった 。 勘弁 して くれ 。 その代り 、 今度 水仙 の 花 が 咲く 頃 に なったら 、 大きな 支那 水仙 を 買って やる から 」・・
と お あやまり に なりました 。 ・・
うた子 さん は 泣きたい の を やっと 我慢 して 、 裏 の 草原 を 探しました が 、 もう 見つかりません でした 。 そうして その 晩 蒲 団 の 中 で 、「 支那 水仙 は 要ら ない 。 あの 水仙 が 可愛い そうだ 。 もう 水 を やる 事 が 出来 ない の か 」 と いろいろ 考え ながら 泣いて 寝ました 。 ・・
あくる 日 、 学校 から 帰る 時 に うた子 さん は 、「 もう うち へ 帰って も 、 水仙 に 水 を やる 事 が 出来 ない から つまらない なあ 」 と シクシク 泣き ながら 帰って 来ます と 、 途中 で 二 人 の 綺麗な お嬢さん が 出て 来て 、 なれなれしく そば へ 寄って 、・・
「 あなた 、 なぜ 泣いて いらっしゃる の 」・・
と たずねました 。 うた子 さん が わけ を 話す と 、 それでは 私 たち と 遊んで 下さい ましな と 親切に 云 いながら 、 連れ立って お うち へ 帰りました 。 ・・
二 人 は ほんとに 静かな 音 なし い 児 でした 。 顔色 は 二 人 共 雪 の ように 白く 、 おさげ に 黄金 の 稲 飾り を 付けて 、 一 人 は 赤 の 、 一 人 は 青 の リボン を 結んで おりました 。 うた子 さん は すこし 不思議に 思って 尋ねました 。 ・・
「 あなた たち は そんな 薄い 緑色 の 着物 を 着て 、 寒く は ありません か 」・・
「 いいえ 、 ちっとも 」・・
「 お 名前 は 何と おっしゃる の 」・・
「 花子 、 玉子 と 申します 」・・
「 どこ に いらっしゃる のです か 」・・
二 人 は 顔 を 見合わせて にっこり 笑いました 。 ・・
「 この頃 御 近所 に 来た のです 。 どうぞ 遊んで 下さい まし ね 」・・
うた子 さん は それ から 毎日 、 三 人 で 温 順 しく 遊びました 。 本 を 見たり 、 絵 や 字 を かいたり 、 お手玉 を したり して 日 が 暮れる と 、 二 人 は 揃って 、・・
「 さようなら 」・・
と 帰って 行きました 。 お母さん は 、・・
「 ほんとに 温 順 しい 、 品 の いい お嬢さん です こと 。 うた子 と 遊んで いる と 、 うち に いる か いない か わから ない 位 です わ ね 」・・
と お 父さん と 話し合って 喜んで おいでになりました 。 ・・
その うち に お 正月 に なりました 。 ・・
うた子 さん は 初夢 を 見よう と 思って 寝ます と 、 いつも 来る お嬢さん が 二 人 揃って 枕元 に 来て 、 さも うれし そうに 、・・
「 今日 は お わかれ に 来ました 」・・
と 云 いました 。 ・・
うた子 さん は びっくり しました が 、 これ は きっと 夢 だ と 思いました から 安心 して 、・・
「 まあ 、 どこ へ いらっしゃる の 」・・
と 尋ねました 。 二 人 は 極 り わる そうに 、・・
「 今 から 裏 の 草原 に 行か ねば なりません 。 どうぞ 遊び に 入らっして 下さい ね 」・・
と 云 う うち に 、 二 人 の 姿 は 消えて しまいました 。 うた子 さん は ハッと 眼 を さましました が 、 この 時 やっと 気 が つき まして 、・・
「 それ じゃ 、 水仙 の 精 が 遊び に 来て くれた の か 」・・
と 、 夜 の 明ける の を 待ちかねて 草原 へ 行って みました 。 ・・
草原 は 黄色く 枯れて しまって いる 中 に 、 水仙 が 一 本 青々 と 延びて いて 、 青 と 赤 と 二 いろ の 花 が 美しく 咲き 並んで おりました 。