第 四 章 第 一三 艦隊 誕生 (4)
身 に おぼえ が ある だろう 」
頰 の あたり に 、 驚いた ユリアン の 視線 を ヤン は 感じた 。
「 ヤン 准将 、 きみ は 神聖な 慰霊 祭 を 侮辱 した 。 参会 者 全員 が 国防 委員 長 の 熱弁 に 応えて 帝国 打倒 を 誓った とき 、 ただ ひと り 、 きみ は 席 を 立た ず 、 全 国民 の 決意 を 嘲 弄する か の ごとき 態度 を とった で は ない か 。 吾々 は きみ の その 倨傲 を 弾劾 する ! 主張 が ある なら 吾々 の 前 に でて きた まえ 。 言って おく が 治安 当局 へ の 連絡 は 無益だ ぞ 。 吾々 に は 通報 システム を 攪乱 する 方法 が ある 」
なるほど 、 と ヤン は 納得 した 。 憂国 騎士 団 と やら の 背後 に は 絶世 の 愛国 者 トリューニヒト 閣下 が ひかえて おいで らしい 。 大 仰 な だけ で 安物 の コンソメ ・ スープ より 内容 の 薄い 演説 が みごとに 共通 して いる 。
「 ほんとうに そんな こと なさった んです か 、 准将 」
ユリアン が 訊 ねた 。
「 うん 、 まあ 」
「 どうして また ! 内心 で 反対 でも 、 立って 拍手 して みせれば 無事に すむ こと じゃ ありません か 。 他人 に は 表面 しか 見え ない んです から ね 」
「 キャゼルヌ 少将 みたいな こと を 言う ね 、 お前 」
「 べつに キャゼルヌ 少将 を もちださ なくて も 、 子供 だって その ていど の 知恵 は はたらきます 」 「…… どうした ! でて こ ない の か 。 すこし は 恥じる 心 が 残って いる の か 。 だが 悔いあらためる に せよ 、 吾々 の 前 に でて そう 明言 し ない かぎり 誠意 を 認める こと は でき ない ぞ 」
外 の 声 が 傲然 と 告げる 。 ヤン が 舌 打 して たちあがり かける と 、 ユリアン が 彼 の 袖 を ひっぱった 。
「 准将 、 いくら 腹 が たって も 武器 を 使っちゃ いけません よ 」 「 お前 、 あんまり さきまわり する んじゃ ない よ 、 だいいち 、 なん だって 私 に 奴 ら と 話しあう 気 が ない と 決めつける んだ ? 」 「 だって 、 ない んでしょう 」 「…………」
その とき 特殊 ガラス の 窓 に 音 高く 亀裂 が はしった 。 投石 ていど で 割れる ガラス で は ない 。 つぎの 瞬間 、 人 頭 大 の 金属 製 の 球体 が 室 内 に 飛びこんで くる と 、 壁 ぎ わ の 飾 棚 に 激突 し 、 そこ に ならべて あった いく つ か の 陶磁器 類 を 砕け 散ら せた 。 重い 音 を たてて 床 に 転がる 。
「 伏せろ 、 あぶない ! 」 ヤン が 叫び 、 ユリアン が ホーム ・ コンピューター を かかえて 身軽に ソファー の 蔭 に とびこんだ 瞬間 、 金属 球 は 勢い よく いく つ か の 塊 に 分裂 して 八方 に 飛んだ 。 非 音楽 的な 騒音 が 室 内 の 各 処 で 同時 発生 し 、 照明 や 食器 や 椅子 の 背 など が がらくた と 化して しまった 。
ヤン は 啞然 と した 。 憂国 騎士 団 は 擲 弾 筒 を もちいて 、 工兵 隊 が 引火 の 危険 が ある とき 使う 非 火薬 性 の 小規模 家屋 破壊 弾 を 撃ちこんで きた のだ 。
この ていど の 損害 で すんだ の は 破壊 力 を 最低 レベル に して あった から だろう 。 本来 なら 室 内 すべて 瓦礫 の 山 と 化して いる ところ だ 。 それにしても 民間 人 が なぜ 、 そんな 軍用 品 を 所有 して いる の か 。
ヤン は 、 ある こと を 思いついて 指 を 鳴らした 。 あまり いい 音 は し なかった が 。
「 ユリアン 、 散水 器 の スイッチ は どれ だ 」
「2 の A の 4 です 。 応戦 なさる んです か ? 」 「 奴 ら に は すこし 礼儀 を 教えて やる 必要 が ある から な 」 「…… それ じゃ どうぞ 」
「 どうした 、 なんとか 言ったら どう だ 。 返答 が なければ もう 一 度 ……」
かさ に かかった 屋外 から の 声 が 、 突然 、 悲鳴 に 変わった 。 最高 水圧 に セット さ れた 散水 器 が 、 太い 水 の 鞭 を 白 覆面 の 男 たち に たたきつけた から である 。 ときならぬ 豪雨 に 遭遇 した か の ように 彼ら は 濡れ そぼ ち 、 水 の カーテン の なか を 右往左往 して 逃げまどった 。
「 紳士 を 怒ら せる と 怖い と いう こと が すこし は わかった か 、 数 を たのむ ごろ つき ども 」
ヤン が 独 語 した とき 、 治安 警察 の 独特の サイレン が 遠方 から 聴 こえて きた 。 ほか の 官舎 の 住人 が 通報 した のであろう 。
それにしても いま まで 治安 当局 の 出動 が なかった と いう 事実 は 、 憂国 騎士 団 と 称する 独善 的な 連中 の 勢力 が 意外に 隠 然 たる もの である こと を しめして いる の かも しれ ない 。 背後 に トリューニヒト の 存在 が ある と すれば うなずける こと だった 。
憂国 騎士 団 は 早々 に 退散 した 。 勝利 の 凱歌 を あげる 気 に は なら ない だろう 。 その後 に なって ようやく 到着 した 青い コンビ ネーション ・ スーツ の 警官 は 、 憂国 騎士 団 を 熱烈な 愛国 者 の 団体 だ と 評して 、 ヤン を 不愉快 がら せた 。
「 きみ の 言う とおり なら 、 なぜ 連中 は 軍隊 に 志願 し ない んだ ? 夜 に 子供 の いる 家 を かこんで 騒ぎたてる の が 愛国 者 の やる こと か 。 だいいち 、 やって る こと が 正当 なら 顔 を 隠して いる こと じたい 、 理 に あわ ない じゃ ない か 」
ヤン が 警官 を 論破 して いる あいだ に 、 ユリアン は 散水 器 の スイッチ を 切り 、 惨憺たる ありさま と なった 室 内 の 清掃 と 整理 を はじめて いた 。
「 私 も やろう 」
役 たた ず の 警官 を おいはらった ヤン が 言う と 、 ユリアン は 手 を ふった 。
「 いえ 、 かえって 邪魔に なります から 、 そう だ 、 そこ の テーブル の 上 に でも のって いて ください 」 「 テーブルって ね 、 お前 ……」 「 すぐに すみます から 」 「 テーブル の 上 で なに を やって れば いい んだ ? 」 「 じゃあ 、 紅茶 を 淹 れます から 、 それ でも 飲んで いて ください 」 ぶつぶつ 言い ながら テーブル の 上 に のった ヤン は 、 あぐら を かいて すわりこんだ が 、 ユリアン が 拾いあげた 陶器 の 破片 を 見て 慨嘆 した 。
「 万 暦 赤 絵 だ な 。 そい つ は 親父 の 遺品 の なか で は 、 たった ひと つ 本物 だった んだ が な 」
…… 二二 時 、 キャゼルヌ 少将 が TV 電話 を かけて きた とき 、 ユリアン は 室 内 の 清掃 を ほとんど すませて いた 。
「 や あ 、 坊や 、 きみの 保護 者 を だして くれ ない か 」
「 あそこ です 」
ユリアン が 指さした の は テーブル の 上 で 、 ヤン 家 の 当主 は そこ に あぐら を かいて 紅茶 を すすって いた 。 キャゼルヌ は 五 秒 ほど その 情景 を 見つめて から 、 おもむろに 訊 ねた 。
「 お前 さん は 自宅 で は テーブル の 上 に すわる 習慣 が あった の か ね 」
「 曜日 に よって は ね 」
テーブル の 上 から ヤン は 応じ 、 キャゼルヌ を 苦笑 さ せた 。
「 まあ いい 、 急 を 要する 用件 が あって な 、 すぐ 統合 作戦 本部 に 出頭 して ほしい 。 迎え の 地上 車 が もう すぐ そちら に 着く はずだ 」
「 これ から です か ? 」 「 シトレ 本 部長 じきじき の 命令 だ 」 ヤン が ティーカップ を 皿 の 上 に もどす とき 、 その 音 が いつも より すこし 高かった 。 ユリアン は 一瞬 その 場 に 硬直 して いた が 、 我 に かえる と ヤン の 軍服 を 取りだす ため 、 駆けだして いった 。
「 本 部長 が 私 に どんな 用件 です ? 」 「 おれ に わかる の は 急 を 要する と いう こと だけ だ 。 では のち ほど 、 本部 で 」
TV 電話 は 切れた 。 すこし の あいだ 、 ヤン は 腕 を くんで 考えこんだ 。 ふりむく と 、 彼 の 軍服 を 両手 に かかえた ユリアン が 立って いる 。 着 かえて いる うち に 、 本部 の 公用 車 が 到着 した 。 なにかと 忙しい 夜 だ と ヤン は 思わず に い られ なかった 。
玄関 を でよう と して 、 ヤン は ふと ユリアン を 見 やった 。
「 どうも 遅く なり そうだ 。 さき に 寝て い なさい 」
「 はい 、 准将 」
ユリアン は 答えた が 、 なんとなく 少年 が その 言いつけ を まもら ない ような 気 が ヤン に は した 。
「 ユリアン 、 今夜 の 事件 は たぶん 笑い話 で すむ だろう 。 だが ちかい 将来 、 それでは すまなく なる かも しれ ない 。 どうも すこしずつ 悪い 時代 に なって きて いる ようだ 」
なぜ 、 急に そんな こと を 言いだした の か 、 ヤン に は 自分 自身 の 意識 が よく わから なかった 。 ユリアン は まっすぐ 若い 提督 を 見つめた 。
「 准将 、 ぼく 、 いろいろ と よけいな こと 申しあげたり します けど 、 そんな こと 気 に なさら ないで ください 。 正しい と お 考え に なる 道 を 歩んで いただきたい んです 。 誰 より も 准将 が 正しい と 、 ぼく 、 信じてます 」 ヤン は 少年 を 見つめ 、 なに か 言おう と した が 、 けっきょく 、 黙った まま 亜麻 色 の 髪 を かるく なでた だけ だった 。 そして 背 を むける と 地上 車 の ほう へ 歩み だした 。 ユリアン は 地上 車 の テール ・ ランプ が 夜 の 胎内 へ 溶けこむ まで ポーチ から うごか なかった 。
Ⅳ 自由 惑星 同盟 軍 統合 作戦 本 部長 シドニー ・ シトレ 元帥 は 、 二 メートル に なん なんと する 長身 を 有する 初老 の 黒人 だった 。 才気 煥発 と いう タイプ で は ない が 、 軍隊 組織 の 管理 者 と して 、 また 戦略 家 と して 堅実な 手腕 を 有し 、 地味 ながら 重厚な 人格 に 信望 が 厚かった 。 はでな 人気 こそ ない が 、 支持 者 の 層 は 厚く ひろい 。
統合 作戦 本 部長 は 制服 軍人 の 最高峰 であり 、 戦時 に おいて は 同盟 軍 最高 司令 官 代理 の 称号 を あたえられる 。 最高 司令 官 は 同盟 の 元首 たる 最高 評議 会 議長 である 。 その 下 で 国防 委員 長 が 軍政 を 、 統合 作戦 本 部長 が 軍 令 を 担当 する のだ 。
残念 ながら 自由 惑星 同盟 で は 、 この 両者 の 仲 は かならずしも よく なかった 。 軍政 の 担当 者 と 軍 令 の 責任 者 は 協力 し あわ ねば なら ない 。 でなければ スムーズに 軍隊 組織 を うごかす こと は でき ない 。 とはいえ 、 性 が 合わ ぬ 、 虫 が 好か ぬ と いう 事実 はいかん と も し がたく 、 トリューニヒト と シトレ と の 関係 は よく 言って 武装 中立 と いう ところ だった 。
執務 室 に は いった ヤン を 、 シトレ 元帥 は 懐 し げ に 迎えた 。 ヤン が 士官 学校 の 学生 だった 当時 、 元帥 は 校長 だった のである 。
「 かけた まえ 、 ヤン 少将 」
シトレ 元帥 は 勧め 、 ヤン は 遠慮 なく それ に したがった 。 元帥 は すぐに 本題 に はいった 。
「 知らせて おく こと が あって 来て もらった 。 正式な 辞令 交付 は 明日 の こと に なる が 、 きみ は 今度 、 少将 に 昇進 する こと に なった 。 内定 で は なく 決定 だ 。 昇進 の 理由 は わかる か ね ? 」 「 負けた から でしょう 」 ヤン の 返答 が 初老 の 元帥 の 口 もと を ほころばせた 。
「 やれやれ 、 きみ は 昔 と すこしも 変わら ん な 。 温和な 表情 で 辛辣な 台詞 を 吐く 。 士官 学校 時代 から そう だった 」
「 ですが 、 それ が 事実 な の では ありません か 、 校長 …… いえ 、 本 部長 閣下 」 「 なぜ そう 思う の か ね ? 」 「 やたら と 恩 賞 を あたえる の は 窮迫 して いる 証拠 だ と 古代 の 兵 書 に あります 。 敗北 から 目 を そら せる 必要 が ある から だ そうです 」
けろりと して ヤン は 言い 、 元帥 を ふたたび 苦笑 さ せた 。 彼 は 腕 を くんで 、 かつて の 生徒 を 見つめた 。
「 ある 意味 で は きみ の 言う とおり だ 。 近来 に ない 大 敗北 を こうむって 、 軍隊 も 民間 人 も 動揺 して いる 。 これ を 静める に は 英雄 の 存在 が 必要な のだ 。 つまり きみ だ 、 ヤン 少将 」
ヤン は 微笑 した が 、 愉快 そうに は みえ なかった 。
「 きみ に とって は 不本意だろう な 、 つくら れた 英雄 に なる の は 。 しかし これ も 軍人 に とって は 一種 の 任務 だ 。 それ に きみ は 実際 、 昇進 に ふさわしい 功績 を たてた のだ 。 にもかかわらず 昇進 さ せ ない と あって は 、 統合 作戦 本部 も 国防 委員 会 も 信 賞 必罰 の 実 を 問わ れる こと に なる 」
「 その 国防 委員 会 です が 、 トリューニヒト 委員 長 の ご 意向 は どう でしょう 」
「 一 個人 の 意向 は この際 、 問題 で は ない 。 たとえ 委員 長 であって も だ 。 公人 の 立場 と いう もの が ある 」
たてまえ と して は そう だろう 。 しかし トリューニヒト の 私人 と して の 側面 が 憂国 騎士 団 の 出動 を うながした もの と みえる 。