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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 4.1. 谷崎潤一郎氏 - 芥川龍之介

4.1. 谷崎潤一郎氏 - 芥川龍之介

僕 は 或初 夏 の 午後 、 谷崎 氏 と 神田 を ひやかし に 出かけた 。 谷崎 氏 は その 日 も 黒 背広 に 赤い 襟 飾り を 結んで ゐた 。 僕 は この 壮大なる 襟 飾り に 、 象徴 せられ たる ロマンティシズム を 感じた 。 尤 も これ は 僕 ばかり で は ない 。 往来 の人 も 男女 を 問 はず 、 僕 と 同じ 印象 を 受けた ので あらう 。 すれ違 ふ 度 に 谷崎 氏 の 顔 を じろじろ 見ない もの は 一人 も なか つた 。 しかし 谷崎 氏 は 何と 云 つて も さ う 云 ふ 事実 を 認め なか つた 。

「 あり や 君 を 見る ん だ よ 。 そんな 道 行き な ん ぞ 着て ゐる から 。」

僕 は 成 程 夏 外套 の 代り に 親父 の 道 行き を 借用 して ゐた 。 が 、 道 行き は 茶の湯 の 師匠 も 菩提寺 の 和尚 も 着る もの である 。 衆 俗 の 目 を 駭かす こと は 到底 一 輪 の 紅 薔薇 に 似た 、 非凡なる 襟 飾り に 及ぶ 筈 は ない 。 けれども 谷崎 氏 は 僕 の や うに ロヂック を 尊敬 しない 詩人 だから 、 僕 も 亦強 ひて この 真理 を 呑みこま せよう と も 思 は なか つた 。

その 内 に 僕等 は 裏 神保 町 の 或 カッフエ へ 腰 を 下した 。 何でも 喉 の 渇いた ため 、 炭酸 水 か 何 か 飲み に は ひ つた のである 。 僕 は 飲みもの を 註文 した 後 も 、 つら つら 谷崎 氏 の 喉 もと に 燃えた ロマンティシズム の 烽火 を 眺めて ゐた 。 すると 白 粉 の 剥げた 女 給 が 一人 、 両手 に コツプ を 持ち ながら 、 僕等 の テエブル へ 近づいて 来た 。 コツプ は 真理 の や う に 澄んだ 水 に 細かい 泡 を 躍ら せて ゐた 。 女 給 は その コツプ を 一 つ づつ 、 僕等 の 前 へ 立て 並べた 。 それ から 、―― 僕 は まだ 鮮 か に あの 女 給 の 言葉 を 覚えて ゐる ! 女 給 は 立ち去り 難い や うに テエブル へ 片手 を 残した なり 、 しけ じ け と 谷崎 氏 の 胸 を 覗きこんだ 。

「 まあ 、 好 い 色 の ネクタイ を して い ら つ し やる わ ねえ 。」

十分 の 後 、 僕 は テエブル を 離れる 時 に 五十 銭 の ティップ を 渡さ う と した 。 谷崎 氏 は あらゆる 東京人 の や う に 無用の ティップ を やる こと に 軽蔑 を 感ずる 一人 である 。 この 時 も 勿論 五十 銭 の ティップ は 谷崎 氏 の 冷笑 を 免れ なか つた 。

「 何にも 君 、 世話に は ならない ぢやない か ?

僕 は この 先輩 の 冷笑 に も 羞 ぢず 、 皺 だらけ の 札 を 女 給 へ 渡した 。 女 給 は 何も 僕等 の 為 に 炭酸 水 を 運んだ ばかりで は ない 。 又 実に 僕 の 為 に は 赤い 襟 飾り に 関する 真理 を 天下 に 挙 揚 して くれた のである 。 僕 は まだ この 時 の 五十 銭 位 誠意 の ある ティップ を やつ たこ と は ない 。

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4.1. 谷崎潤一郎氏 - 芥川龍之介 たにざき じゅん いちろう し|あく たがわ りゅう の すけ Junichiro Tanizaki|Ryunosuke Akutagawa 4.1. Mr. Junichiro Tanizaki - Ryunosuke Akutagawa 4.1. Sr. Junichiro Tanizaki - Ryunosuke Akutagawa 4.1 M. Junichiro Tanizaki - Ryunosuke Akutagawa 4.1. 타니자키 준이치로 - 아쿠타가와 류노스케 4.1 Junichiro Tanizaki - Ryunosuke Akutagawa 4.1. Дзюнъитиро Танидзаки - Рюноскэ Акутагава 4.1. 谷崎潤一郎先生 - 芥川龍之介

僕 は 或初 夏 の 午後 、 谷崎 氏 と 神田 を ひやかし に 出かけた 。 ぼく||あるはつ|なつ||ごご|たにざき|うじ||しんでん||||でかけた I|(topic marker)|early|early summer||afternoon|Tanizaki|Mr||Kanda||teasing||went out One afternoon in early summer, Mr. Tanizaki and I went to Kanda to scare Mr. Tanizaki. 谷崎 氏 は その 日 も 黒 背広 に 赤い 襟 飾り を 結んで ゐた 。 たにざき|うじ|||ひ||くろ|せびろ||あかい|えり|かざり||むすんで| |Mr||that|day|also|black|suit||red|collar decoration|collar decoration||tied|was Mr. Tanizaki was wearing a black suit with a red collar that day. 僕 は この 壮大なる 襟 飾り に 、 象徴 せられ たる ロマンティシズム を 感じた 。 ぼく|||そうだいなる|えり|かざり||しょうちょう|せら れ||||かんじた |||grandiose|collar decoration|||symbol|symbolized|was symbolized|romanticism|| 나는 이 장엄한 옷깃 장식에 상징되는 로맨티시즘을 느꼈다. 尤 も これ は 僕 ばかり で は ない 。 ゆう||||ぼく|||| especially||this|||only||| 물론 나만 그런 것은 아닐 것이다. 往来 の人 も 男女 を 問 はず 、 僕 と 同じ 印象 を 受けた ので あらう 。 おうらい|の じん||だんじょ||とい||ぼく||おなじ|いんしょう||うけた|| coming and going|person||men and women||question|probably||||impression||received||to ask 지나가는 사람들도 남녀를 불문하고 나와 같은 인상을 받았기 때문이다. すれ違 ふ 度 に 谷崎 氏 の 顔 を じろじろ 見ない もの は 一人 も なか つた 。 すれちが||たび||たにざき|うじ||かお|||み ない|||ひとり||| pass by|to pass|||Tanizaki|Mr.||face||staring at|did not look at||||||passed There was not a single person who did not stare at Mr. Tanizaki's face every time they passed each other. 지나칠 때마다 야마자키 씨의 얼굴을 쳐다보지 않는 사람은 단 한 명도 없었다. しかし 谷崎 氏 は 何と 云 つて も さ う 云 ふ 事実 を 認め なか つた 。 |たにざき|うじ||なんと|うん|||||うん||じじつ||みとめ|| ||Mr.|||to say|quotation particle||||to say|to say|fact||acknowledged|did not|did However, Mr. Tanizaki did not acknowledge this fact. 그러나 다니자키 씨는 아무리 말해도 그런 사실을 인정하지 않았다.

「 あり や 君 を 見る ん だ よ 。 ||きみ||みる||| そんな 道 行き な ん ぞ 着て ゐる から 。」 |どう|いき||||きて|| |||||emphasis particle||wearing| Because I wear such street clothes." 그런 길은 안 입으니까........."

僕 は 成 程 夏 外套 の 代り に 親父 の 道 行き を 借用 して ゐた 。 ぼく||しげ|ほど|なつ|がいとう||かわり||おやじ||どう|いき||しゃくよう|| ||to become|approximately||coat|possessive particle|instead of||father||way|way||borrowed||was using 나는 성정 여름 외투 대신에 아버지의 길가지를 빌려 쓰고 있었다. が 、 道 行き は 茶の湯 の 師匠 も 菩提寺 の 和尚 も 着る もの である 。 |どう|いき||ちゃのゆ||ししょう||ぼだいじ||おしょう||きる|| |way|||tea ceremony||master||Bodai-ji||monk|||| However, the wayward is also worn by masters of chanoyu (tea ceremony) and priests of family temples. 그러나 도행은 다도의 스승도, 보리사 스님도 입는 옷이다. 衆 俗 の 目 を 駭かす こと は 到底 一 輪 の 紅 薔薇 に 似た 、 非凡なる 襟 飾り に 及ぶ 筈 は ない 。 しゅう|ぞく||め||がいかす|||とうてい|ひと|りん||くれない|ばら||にた|ひぼんなる|えり|かざり||およぶ|はず|| public|common||||fascinate|||absolutely not|one|wheel||red|rose||similar to|extraordinary|collar decoration|||will reach|should not|| 한 송이 붉은 장미를 닮은 비범한 옷깃 장식이 세간의 시선을 사로잡을 수는 없을 것이다. けれども 谷崎 氏 は 僕 の や うに ロヂック を 尊敬 しない 詩人 だから 、 僕 も 亦強 ひて この 真理 を 呑みこま せよう と も 思 は なか つた 。 |たにざき|うじ||ぼく||||||そんけい|し ない|しじん||ぼく||またきょう|||しんり||のみこま||||おも||| |Tanizaki|Mr.||||house|like|logic||respects||poet||||also|strongly||truth|object marker|to swallow|let's make|||||not thought|also However, Mr. Tanizaki is a poet who does not respect logic as much as I do, so I did not think that I could swallow this truth.

その 内 に 僕等 は 裏 神保 町 の 或 カッフエ へ 腰 を 下した 。 |うち||ぼくら||うら|じんぼ|まち||ある|||こし||くだした |||we|(topic marker)|back|Jinbo|town||or|cafe||waist||sat down 何でも 喉 の 渇いた ため 、 炭酸 水 か 何 か 飲み に は ひ つた のである 。 なんでも|のど||かわいた||たんさん|すい||なん||のみ||||| anything|||thirsty||carbonated water|||||||||drank| 僕 は 飲みもの を 註文 した 後 も 、 つら つら 谷崎 氏 の 喉 もと に 燃えた ロマンティシズム の 烽火 を 眺めて ゐた 。 ぼく||のみもの||ちゅうもん||あと||||たにざき|うじ||のど|||もえた|||ほうか||ながめて| ||drink||order||||continuously|sorrow||||throat|||burned|romanticism||flames||gazing at|was sitting すると 白 粉 の 剥げた 女 給 が 一人 、 両手 に コツプ を 持ち ながら 、 僕等 の テエブル へ 近づいて 来た 。 |しろ|こな||はげた|おんな|きゅう||ひとり|りょうて||||もち||ぼくら||||ちかづいて|きた then||powder||peeled off||gave|||both hands||small cup||||we||table||| Then, one of the women with white powder on her face approached our table, holding a cup in each hand. コツプ は 真理 の や う に 澄んだ 水 に 細かい 泡 を 躍ら せて ゐた 。 ||しんり|||||すんだ|すい||こまかい|あわ||おどら|| cup||truth|||||clear|||small|bubble||jumping||was 女 給 は その コツプ を 一 つ づつ 、 僕等 の 前 へ 立て 並べた 。 おんな|きゅう|||||ひと|||ぼくら||ぜん||たて|ならべた |gave|||cup||one||each|we|||||lined up The waitress lined up the cups one by one in front of us. それ から 、―― 僕 は まだ 鮮 か に あの 女 給 の 言葉 を 覚えて ゐる ! ||ぼく|||せん||||おんな|きゅう||ことば||おぼえて| that|after||||vividly|||||gift|||||still remember After that, I still vividly remember the waitress's words! 女 給 は 立ち去り 難い や うに テエブル へ 片手 を 残した なり 、 しけ じ け と 谷崎 氏 の 胸 を 覗きこんだ 。 おんな|きゅう||たちさり|かたい|||||かたて||のこした||||||たにざき|うじ||むね||のぞきこんだ |gave||departure|difficult|||||one hand||left behind||suddenly|||||Mr.||chest||peeked The waitress, as if she found it hard to leave, left one hand on the table and peered into Mr. Tanizaki's chest.

「 まあ 、 好 い 色 の ネクタイ を して い ら つ し やる わ ねえ 。」 |よしみ||いろ||ねくたい||||||||| |good||||tie||||||||| "Well, I'll let you wear your tie in a nice color."

十分 の 後 、 僕 は テエブル を 離れる 時 に 五十 銭 の ティップ を 渡さ う と した 。 じゅうぶん||あと|ぼく||||はなれる|じ||ごじゅう|せん||||わたさ||| sufficiently|||||||leave||||five cents||tip||to give||| After ten minutes, I was about to leave the table when I tried to give him a fifty-cent tip. 谷崎 氏 は あらゆる 東京人 の や う に 無用の ティップ を やる こと に 軽蔑 を 感ずる 一人 である 。 たにざき|うじ|||とうきょう じん|||||むようの||||||けいべつ||かんずる|ひとり| |Mr.||every|person from Tokyo|||||unnecessary|tip|||||contempt||feels disdain|| この 時 も 勿論 五十 銭 の ティップ は 谷崎 氏 の 冷笑 を 免れ なか つた 。 |じ||もちろん|ごじゅう|せん||||たにざき|うじ||れいしょう||まぬがれ|| |||of course||cents|||||Mr.||cold smile||escaped||did not escape Of course, the 50 sen tip did not escape Mr. Tanizaki's scorn.

「 何にも 君 、 世話に は ならない ぢやない か ? なんにも|きみ|せわに||なら ない|ぢや ない| nothing||care|||isn't it| "아무것도 너를 배려하지 않는 것이 아니지 않느냐?

僕 は この 先輩 の 冷笑 に も 羞 ぢず 、 皺 だらけ の 札 を 女 給 へ 渡した 。 ぼく|||せんぱい||れいしょう|||はじ||しわ|||さつ||おんな|きゅう||わたした |||||cold smile|||shame|not|wrinkles|wrinkled||bill|||salary||handed over I handed the wrinkled bill to the waitress, not shying away from her cold smile. 女 給 は 何も 僕等 の 為 に 炭酸 水 を 運んだ ばかりで は ない 。 おんな|きゅう||なにも|ぼくら||ため||たんさん|すい||はこんだ||| |gave|||we||for||carbonated water|||carried||| The woman's salary did not just carry soda water for us. 又 実に 僕 の 為 に は 赤い 襟 飾り に 関する 真理 を 天下 に 挙 揚 して くれた のである 。 また|じつに|ぼく||ため|||あかい|えり|かざり||かんする|しんり||てんか||きょ|よう||| again|truly||possessive particle|||||collar||||truth||the world||to raise|raised||| 僕 は まだ この 時 の 五十 銭 位 誠意 の ある ティップ を やつ たこ と は ない 。 ぼく||||じ||ごじゅう|せん|くらい|せいい||||||||| ||||||||approximately|sincerity||||||octopus||| I have never made a tip as sincere as the 50 sen I made at that time. 나는 아직 이 시간까지 오십 원 정도의 성의 있는 팁을 준 적이 없다.