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芥川龍之介—Short Stories, 鼻 | 芥川龍之介 (1)

鼻 | 芥川龍之介 (1)

芥川 龍之介

禅智 内供 の 鼻 と 云えば 、池 の 尾 で 知らない 者 は ない。 長 さ は 五六 寸 あって 上唇 の 上 から 顋 の 下 まで 下って いる。 形 は 元 も 先 も 同じ よう に 太い。 云わば 細長い 腸詰 の ような 物 が 、ぶらりと 顔 の まん中 から ぶら 下って いる のである。

五十 歳 を 越えた 内供 は 、沙弥 の 昔 から 、内 道場 供 奉 の 職 に 陞 のぼった 今日 こんにち まで 、内心 で は 始終 この 鼻 を 苦 に 病んで 来た。 勿論 もちろん 表面 で は 、今 でも さほど 気 に なら ない ような 顔 を して すまして いる。 これ は 専念 に 当来 「とうらい」の 浄土 「じょうど」 を 渇仰 「かつぎょう」 す べき 僧侶 「そうりょ」 の 身 で 、鼻 の 心配 を する の が 悪い と 思った から ばかり で は ない。 それ より むしろ 、自分 で 鼻 を 気 に して いる と 云 う 事 を 、人 に 知ら れる の が 嫌だった から である。 内 供 は 日常 の 談話 の 中 に 、鼻 と 云 う 語 が 出て 来る の を 何より も 惧 おそれて いた。

内 供 が 鼻 を 持てあました 理由 は 二 つ ある。 ――一 つ は 実際 的に 、鼻 の 長い の が 不便だった から である。 第 一 飯 を 食う 時 に も 独り で は 食え ない。 独り で 食えば 、鼻 の 先 が 鋺 か なまり の 中 の 飯 へ とどいて しまう。 そこ で 内 供 は 弟子 の 一 人 を 膳 の 向 う へ 坐ら せて 、飯 を 食う 間中 、広 さ 一 寸 長 さ 二 尺 ばかりの 板 で 、鼻 を 持上げて いて 貰う 事 に した。 しかし こうして 飯 を 食う と 云 う 事 は 、持上げて いる 弟子 に とって も 、持上げられて いる 内 供 に とって も 、決して 容易な 事 で は ない。 一 度 この 弟子 の 代り を した 中 童 子 ちゅうどう じが 、嚏 くさ め を した 拍子 に 手 が ふるえて 、鼻 を 粥 「かゆ」 の 中 へ 落した 話 は 、当時 京都 まで 喧伝 けん で ん された。 ――けれども これ は 内 供 に とって 、決して 鼻 を 苦 に 病んだ 重 おもな 理由 で は ない。 内 供 は 実に この 鼻 に よって 傷つけられる 自尊心 の ため に 苦しんだ のである。

池 の 尾 の 町 の者 は 、こう 云 う 鼻 を して いる 禅 智 内 供 の ため に 、内 供 の 俗で ない 事 を 仕 合せ だ と 云った。 あの 鼻 で は 誰 も 妻 に なる 女 が ある まい と 思った から である。 中 に は また 、あの 鼻 だから 出家 「しゅっけ」 した のだろう と 批評 する者 さえ あった。 しかし 内 供 は 、自分 が 僧 である ため に 、幾分 でも この 鼻 に 煩 わずらわさ れる 事 が 少く なった と 思って いない。 内 供 の 自尊心 は 、妻 帯 と 云 う ような 結果 的な 事実 に 左右さ れる ため に は 、余りに デリケイト に 出来て いた のである。 そこ で 内 供 は 、積極 的に も 消極 的に も 、この 自尊心 の 毀損 きそん を 恢復 「かいふく」 しよう と 試みた。

第 一 に 内 供 の 考えた の は 、この 長い 鼻 を 実際 以上 に 短く 見せる 方法 である。 これ は 人 の いない 時 に 、鏡 へ 向って 、いろいろな 角度 から 顔 を 映し ながら 、熱心に 工夫 「くふう」 を 凝 こらして 見た。 どうか する と 、顔 の 位置 を 換える だけ で は 、安心 が 出来 なく なって 、頬杖 ほおづえ を ついたり 頤 あご の 先 へ 指 を あてがったり して 、根気 よく 鏡 を 覗いて 見る 事 も あった。 しかし 自分 でも 満足 する ほど 、鼻 が 短く 見えた 事 は 、これ まで に ただ の 一 度 も ない。 時に よる と 、苦心 すれば する ほど 、かえって 長く 見える ような 気 さえ した。 内 供 は 、こう 云 う 時 に は 、鏡 を 箱 へ しまい ながら 、今更 の よう に ため息 を ついて 、不 承 不 承 に また 元 の 経 机 きょう づく え へ 、観音 経 を よみ に 帰る のである。

それ から また 内 供 は 、絶えず 人 の 鼻 を 気 に して いた。 池 の 尾 の 寺 は 、僧 供 講 説 など の しばしば 行わ れる 寺 である。 寺 の 内 に は 、僧 坊 が 隙 なく 建て 続いて 、湯 屋 で は 寺 の 僧 が 日 毎 に 湯 を 沸かして いる。 従って ここ へ 出入 する 僧 俗 の 類 たぐい も 甚だ 多い。 内 供 は こう 云 う 人々 の 顔 を 根気 よく 物色 した。 一 人 でも 自分 の ような 鼻 の ある 人間 を 見つけて 、安心 が し たかった から である。 だから 内 供 の 眼 に は 、紺 の 水 干す いかん も 白 の 帷子 かた びら も はいら ない。 まして 柑子 色 の 帽子 や 、椎 鈍 しい に び の 法衣 ころ も なぞ は 、見慣れて いる だけ に 、有れ ども 無き が 如く である。 内 供 は 人 を 見 ず に 、ただ 、鼻 を 見た。 ――しかし 鍵 鼻 かぎ ば な は あって も 、内 供 の ような 鼻 は 一 つ も 見当ら ない。 その 見当ら ない 事 が 度重なる に 従って 、内 供 の 心 は 次第に また 不快に なった。 内 供 が 人 と 話し ながら 、思わず ぶら り と 下って いる 鼻 の 先 を つまんで 見て 、年 甲斐 と し がい も なく 顔 を 赤らめた の は 、全く この 不快に 動かされて の 所 為 し ょい である。

最後に 、内 供 は 、内 典 外 典 ない てん げ てん の 中 に 、自分 と 同じ ような 鼻 の ある 人物 を 見出して 、せめても 幾分 の 心 やり に しよう と さえ 思った 事 が ある。 けれども 、目 連 もくれん や 、舎 利 弗 しゃ り ほ つ の 鼻 が 長かった と は 、どの 経文 に も 書いて ない。 勿論 竜 樹 りゅう じゅ や 馬 鳴 め みょう も 、人並の 鼻 を 備えた 菩薩 ぼさつ である。 内 供 は 、震 旦 しん たん の 話 の 序 ついでに 蜀漢 しょ くかん の 劉 玄 徳 りゅうげん とく の 耳 が 長かった と 云 う 事 を 聞いた 時 に 、それ が 鼻 だったら 、どの くらい 自分 は 心細く なく なる だろう と 思った。

内 供 が こう 云 う 消極 的な 苦心 を し ながら も 、一方 で は また 、積極 的に 鼻 の 短く なる 方法 を 試みた 事 は 、わざわざ ここ に 云 うま で も ない。 内 供 は この 方面 でも ほとんど 出来る だけ の 事 を した。 烏 瓜 から すうり を 煎 せんじて 飲んで 見た 事 も ある。 鼠 の 尿 いばり を 鼻 へ な すって 見た 事 も ある。 しかし 何 を どうしても 、鼻 は 依然と して 、五六 寸 の 長 さ を ぶら り と 唇 の 上 に ぶら下げて いる で は ない か。

所 が ある 年 の 秋 、内 供 の 用 を 兼ねて 、京 へ 上った 弟子 でし の 僧 が 、知己 しる べ の 医者 から 長い 鼻 を 短く する 法 を 教わって 来た。 その 医者 と 云 うの は 、もと 震 旦 しん たん から 渡って 来た 男 で 、当時 は 長楽寺 ちょうらく じ の 供 僧 ぐ そうに なって いた のである。

内 供 は 、いつも の よう に 、鼻 など は 気 に かけ ない と 云 う 風 を して 、わざと その 法 も すぐに やって 見よう と は 云 わ ず に いた。 そうして 一方 で は 、気軽な 口調 で 、食事 の 度 毎 に 、弟子 の 手数 を かける の が 、心苦しい と 云 う ような 事 を 云った。 内心 で は 勿論 弟子 の 僧 が 、自分 を 説 伏 ときふせて 、この 法 を 試み させる の を 待って いた のである。 弟子 の 僧 に も 、内 供 の この 策略 が わから ない 筈 は ない。 しかし それ に 対する 反感 より は 、内 供 の そう 云 う 策略 を とる 心もち の 方 が 、より 強く この 弟子 の 僧 の 同情 を 動かした のであろう。 弟子 の 僧 は 、内 供 の 予期 通り 、口 を 極めて 、この 法 を 試みる 事 を 勧め 出した。 そうして 、内 供 自身 も また 、その 予期 通り 、結局 この 熱心な 勧告 に 聴 従 ちょうじゅう する 事 に なった。

その 法 と 云 うの は 、ただ 、湯 で 鼻 を 茹 ゆでて 、その 鼻 を 人 に 踏ま せる と 云 う 、極めて 簡単な もの であった。

湯 は 寺 の 湯 屋 で 、毎日 沸かして いる。 そこ で 弟子 の 僧 は 、指 も 入れられ ない ような 熱い 湯 を 、すぐに 提 ひ さ げ に 入れて 、湯 屋 から 汲 んで 来た。 しかし じかに この 提 へ 鼻 を 入れる と なる と 、湯気 に 吹かれて 顔 を 火傷 やけど する 惧 お それ が ある。 そこ で 折 敷 お しき へ 穴 を あけて 、それ を 提 の 蓋 ふた に して 、その 穴 から 鼻 を 湯 の 中 へ 入れる 事 に した。 鼻 だけ は この 熱い 湯 の 中 へ 浸 ひたして も 、少しも 熱く ない のである。 しばらく する と 弟子 の 僧 が 云った。

――もう 茹 ゆだった 時分 で ござ ろう。

内 供 は 苦笑 した。 これ だけ 聞いた ので は 、誰 も 鼻 の 話 と は 気 が つか ない だろう と 思った から である。 鼻 は 熱湯 に 蒸 むされて 、蚤 のみ の 食った よう に む ず 痒 が ゆい。

弟子 の 僧 は 、内 供 が 折 敷 の 穴 から 鼻 を ぬく と 、その まだ 湯気 の 立って いる 鼻 を 、両足 に 力 を 入れ ながら 、踏み はじめた。 内 供 は 横 に なって 、鼻 を 床板 の 上 へ のばし ながら 、弟子 の 僧 の 足 が 上下 うえ した に 動く の を 眼 の 前 に 見て いる のである。 弟子 の 僧 は 、時々 気の毒 そうな 顔 を して 、内 供 の 禿 はげ 頭 を 見下し ながら 、こんな 事 を 云った。

――痛う は ご ざら ぬか な。 医師 は 責 せめて 踏め と 申した で。 じゃ が 、痛う は ご ざら ぬか な。

内 供 は 首 を 振って 、痛く ない と 云 う 意味 を 示そう と した。 所 が 鼻 を 踏まれて いる ので 思う よう に 首 が 動か ない。 そこ で 、上 眼 うわ め を 使って 、弟子 の 僧 の 足 に 皹 あ かぎれ の きれて いる の を 眺め ながら 、腹 を 立てた ような 声 で、

――痛う は ないて。

と 答えた。 実際 鼻 はむ ず 痒 い 所 を 踏ま れる ので 、痛い より も かえって 気 もち の いい くらい だった のである。

しばらく 踏んで いる と 、やがて 、粟 粒 あわ つぶ の ような もの が 、鼻 へ 出来 はじめた。 云 わ ば 毛 を むしった 小鳥 を そっくり 丸 炙 まるやき に した ような 形 である。 弟子 の 僧 は これ を 見る と 、足 を 止めて 独り言 の よう に こう 云った。

――これ を 鑷子 けぬき で ぬけ と 申す 事 で ご ざった。

内 供 は 、不足 らしく 頬 を ふくら せて 、黙って 弟子 の 僧 の する なり に 任せて 置いた。 勿論 弟子 の 僧 の 親切 が わから ない 訳 で は ない。 それ は 分って も 、自分 の 鼻 を まるで 物品 の よう に 取扱う の が 、不愉快に 思われた から である。 内 供 は 、信用 し ない 医者 の 手術 を うける 患者 の ような 顔 を して 、不 承 不 承 に 弟子 の 僧 が 、鼻 の 毛穴 から 鑷子 けぬき で 脂 あぶら を とる の を 眺めて いた。 脂 は 、鳥 の 羽 の 茎 くき の ような 形 を して 、四 分 ばかり の 長 さ に ぬける のである。

やがて これ が 一 通り すむ と 、弟子 の 僧 は 、ほっと 一 息ついた ような 顔 を して、

鼻 | 芥川龍之介 (1) はな|あくたがわ りゅう ゆきすけ Nase | Ryunosuke Akutagawa (1) Nose | Ryunosuke Akutagawa (1) Nariz | Ryunosuke Akutagawa (1) Nez | Ryunosuke Akutagawa (1) Naso | Ryunosuke Akutagawa (1) 鼻 | 芥川龍之介 (1) 코 | 아쿠타가와 류노스케 (1) Nos | Ryunosuke Akutagawa (1) Nariz | Ryunosuke Akutagawa (1) Нос | Рюносуке Акутагава (1) Näsan | Ryunosuke Akutagawa (1) 鼻子|芥川龙之介 (1) 鼻子 | 芥川龙之介 (1) 鼻子 | 芥川龍之介 (1)

はな nose naso 鼻子

芥川 龍之介 あくたがわ|りゅう ゆきすけ Ryunosuke Akutagawa Ryunosuke Akutagawa Ryunosuke Akutagawa 芥川 龍 之介 Ryunosuke Akutagawa 芥川龙之介

禅智 内供 の 鼻 と 云えば 、池 の 尾 で 知らない 者 は ない。 ぜん さとし|うち とも||はな||うん えば|いけ||お||しら ない|もの|| When it comes to Zen Chinaigu no Hana, there is no one in Ikeno-o who doesn't know about it. La nariz de Zenchi Naiku es conocida por todos como la cola del estanque. Le nez du Zenchi Naiku est connu de tous comme la queue de l'étang. Quando si tratta di Zen Chinaigu no Hana, non c'è nessuno in Ikeno-o che non lo sappia. 禅智内供の鼻と云えば 、池の尾で知らない者はない。 O nariz de Zenchi Naiku é conhecido por todos como a cauda do lago. 善知内库的鼻子被大家称为池塘的尾巴。 長 さ は 五六 寸 あって 上唇 の 上 から 顋 の 下 まで 下って いる。 ちょう|||ごろく|すん||うえ くちびる||うえ||さい||した||くだって| It is 56 cm long and hangs down from the top of the upper lip to the bottom of the chin. Mide 56 cm de largo y va desde la parte superior del labio superior, por encima de los labios de la boca, hasta la barbilla, por debajo del mentón. Il mesure 56 cm de long et s'étend de la lèvre supérieure au menton. È lungo 56 cm e pende dalla parte superiore del labbro superiore alla parte inferiore del mento. 長 さ は 五六 寸 あって 上 唇 うわ くちびる の 上 から 顋 あご の 下 まで 下って いる。 Tem 56 cm de comprimento e vai do topo do lábio superior, acima dos lábios da boca, até ao queixo, abaixo do queixo. 它的长度为 56 厘米,从上唇顶部(嘴唇上方)一直延伸到下巴(下巴下方)。 形 は 元 も 先 も 同じ よう に 太い。 かた||もと||さき||おなじ|||ふとい The shape is equally thick at the base and tip. La forma es más gruesa que la original y la punta. La forme est plus épaisse que l'original et la pointe. La forma è ugualmente spessa alla base e alla punta. 其形状比原型和尖端更粗。 云わば 細長い 腸詰 の ような 物 が 、ぶらりと 顔 の まん中 から ぶら 下って いる のである。 うん わ ば|ほそながい|ちょう なじ|||ぶつ||ぶら り と|かお||まん ちゅう|||くだって|| Something like a long, slender bowel was dangling from the center of his face. Qualcosa come un intestino lungo e sottile pendeva dal centro della sua faccia. 云 わ ば 細長い 腸 詰 ちょう づめ の ような 物 が 、ぶら り と 顔 の まん 中 から ぶら 下って いる のである。 可以说,他的脸中央悬挂着一根又细又长的肠子。

五十 歳 を 越えた 内供 は 、沙弥 の 昔 から 、内 道場 供 奉 の 職 に 陞 のぼった 今日 こんにち まで 、内心 で は 始終 この 鼻 を 苦 に 病んで 来た。 ごじゅう|さい||こえた|うち とも||いさご わたる||むかし||うち|どうじょう|とも|たてまつ||しょく||しょう||きょう|||ないしん|||しじゅう||はな||く||やんで|きた Naigu, who is over fifty years old, has always suffered from his nose, ever since Shashami's age, until today, when he rose to the post of Nai Dojo monk. 内久已经50多岁了,自从沙耶时代升到内道场侍奉的位置以来,他的内心一直饱受这个鼻子的折磨。 勿論 もちろん 表面 で は 、今 でも さほど 気 に なら ない ような 顔 を して すまして いる。 もちろん||ひょうめん|||いま|||き|||||かお|||| Of course, on the surface, even now, he pretends that he doesn't really care. これ は 専念 に 当来 「とうらい」の 浄土 「じょうど」 を 渇仰 「かつぎょう」 す べき 僧侶 「そうりょ」 の 身 で 、鼻 の 心配 を する の が 悪い と 思った から ばかり で は ない。 ||せんねん||とう らい|||じょうど|||かわ あお|かつ ぎょう|||そうりょ|||み||はな||しんぱい|||||わるい||おもった||||| This is not only because I thought it was bad to worry about my nose as a monk who was supposed to devote himself to thirsting for the Pure Land. 這不僅是因為我認為身為一個本應致力於淨土的和尚,擔心自己的鼻子是錯的。 それ より むしろ 、自分 で 鼻 を 気 に して いる と 云 う 事 を 、人 に 知ら れる の が 嫌だった から である。 |||じぶん||はな||き|||||うん||こと||じん||しら||||いやだった|| Rather, it was because I didn't want people to know that I cared about my nose. 内 供 は 日常 の 談話 の 中 に 、鼻 と 云 う 語 が 出て 来る の を 何より も 惧 おそれて いた。 うち|とも||にちじょう||だんわ||なか||はな||うん||ご||でて|くる|||なにより||く|| Above all, Naigu was afraid that the word "nose" would appear in everyday conversation.

内 供 が 鼻 を 持てあました 理由 は 二 つ ある。 うち|とも||はな||もてあました|りゆう||ふた|| There are two reasons why Naigu could not hold his nose. ――一 つ は 実際 的に 、鼻 の 長い の が 不便だった から である。 ひと|||じっさい|てきに|はな||ながい|||ふべんだった|| ――One was that the long nose was actually inconvenient. 第 一 飯 を 食う 時 に も 独り で は 食え ない。 だい|ひと|めし||くう|じ|||ひとり|||くえ| Even when I eat my first meal, I can't eat by myself. 独り で 食えば 、鼻 の 先 が 鋺 か なまり の 中 の 飯 へ とどいて しまう。 ひとり||くえば|はな||さき||かなまり||||なか||めし||| If you eat it by yourself, the tip of your nose will reach the rice inside the bowl. そこ で 内 供 は 弟子 の 一 人 を 膳 の 向 う へ 坐ら せて 、飯 を 食う 間中 、広 さ 一 寸 長 さ 二 尺 ばかりの 板 で 、鼻 を 持上げて いて 貰う 事 に した。 ||うち|とも||でし||ひと|じん||ぜん||むかい|||すわら||めし||くう|まなか|ひろ||ひと|すん|ちょう||ふた|しゃく||いた||はな||もちあげて||もらう|こと|| So Naigu had one of his disciples sit across the table, and while he was eating, he had to lift his nose with a board about one inch wide and two feet long. しかし こうして 飯 を 食う と 云 う 事 は 、持上げて いる 弟子 に とって も 、持上げられて いる 内 供 に とって も 、決して 容易な 事 で は ない。 ||めし||くう||うん||こと||もちあげて||でし||||もちあげられて||うち|とも||||けっして|よういな|こと||| However, eating like this is by no means an easy task for both the disciple who is raising the child and the servant who is being raised. Tuttavia, mangiare in questo modo non è affatto un compito facile sia per il discepolo che alleva il bambino che per il servo che viene allevato. 一 度 この 弟子 の 代り を した 中 童 子 ちゅうどう じが 、嚏 くさ め を した 拍子 に 手 が ふるえて 、鼻 を 粥 「かゆ」 の 中 へ 落した 話 は 、当時 京都 まで 喧伝 けん で ん された。 ひと|たび||でし||かわり|||なか|わらべ|こ||じ が|てい|||||ひょうし||て|||はな||かゆ|||なか||おとした|はなし||とうじ|みやこ||けんでん|||| The story that Chudoji, who once took the place of this disciple, dropped his nose into the rice porridge with his hands trembling at the beat of his hand, was circulated as far as Kyoto at the time. ――けれども これ は 内 供 に とって 、決して 鼻 を 苦 に 病んだ 重 おもな 理由 で は ない。 |||うち|とも|||けっして|はな||く||やんだ|おも||りゆう||| --But for Naigu, this was by no means the main reason for his troubled nose. 内 供 は 実に この 鼻 に よって 傷つけられる 自尊心 の ため に 苦しんだ のである。 うち|とも||じつに||はな|||きずつけられる|じそんしん||||くるしんだ| Naigu really suffered because of the self-esteem hurt by this nose.

池 の 尾 の 町 の者 は 、こう 云 う 鼻 を して いる 禅 智 内 供 の ため に 、内 供 の 俗で ない 事 を 仕 合せ だ と 云った。 いけ||お||まち|の しゃ|||うん||はな||||ぜん|さとし|うち|とも||||うち|とも||ぞくで||こと||し|あわせ|||うんった The people of Ikeno-no-machi said that it was a blessing to do such a vulgar affair for Zenchi-naito, who had such a nose. あの 鼻 で は 誰 も 妻 に なる 女 が ある まい と 思った から である。 |はな|||だれ||つま|||おんな|||||おもった|| Because I thought that no one would find a wife with that nose. 中 に は また 、あの 鼻 だから 出家 「しゅっけ」 した のだろう と 批評 する者 さえ あった。 なか|||||はな||しゅっけ|||||ひひょう|する もの|| Some even criticized him, saying that he had become a monk because of his nose. しかし 内 供 は 、自分 が 僧 である ため に 、幾分 でも この 鼻 に 煩 わずらわさ れる 事 が 少く なった と 思って いない。 |うち|とも||じぶん||そう||||いくぶん|||はな||わずら|||こと||すくなく|||おもって| However, Naigu does not think that being a monk has made him less bothered by his nose. 内 供 の 自尊心 は 、妻 帯 と 云 う ような 結果 的な 事実 に 左右さ れる ため に は 、余りに デリケイト に 出来て いた のである。 うち|とも||じそんしん||つま|おび||うん|||けっか|てきな|じじつ||さゆうさ|||||あまりに|||できて|| Naigu's self-esteem was too delicate to be swayed by consequential facts such as marital status. そこ で 内 供 は 、積極 的に も 消極 的に も 、この 自尊心 の 毀損 きそん を 恢復 「かいふく」 しよう と 試みた。 ||うち|とも||せっきょく|てきに||しょうきょく|てきに|||じそんしん||きそん|||かいふく||||こころみた So Naigu tried, both positively and negatively, to restore this damaged self-esteem.

第 一 に 内 供 の 考えた の は 、この 長い 鼻 を 実際 以上 に 短く 見せる 方法 である。 だい|ひと||うち|とも||かんがえた||||ながい|はな||じっさい|いじょう||みじかく|みせる|ほうほう| First, Naigu thought of a way to make this long nose look shorter than it actually was. これ は 人 の いない 時 に 、鏡 へ 向って 、いろいろな 角度 から 顔 を 映し ながら 、熱心に 工夫 「くふう」 を 凝 こらして 見た。 ||じん|||じ||きよう||むかいって||かくど||かお||うつし||ねっしんに|くふう|||こ||みた When there were no people around, I turned to the mirror and looked at it with enthusiasm and ingenuity, reflecting my face from various angles. どうか する と 、顔 の 位置 を 換える だけ で は 、安心 が 出来 なく なって 、頬杖 ほおづえ を ついたり 頤 あご の 先 へ 指 を あてがったり して 、根気 よく 鏡 を 覗いて 見る 事 も あった。 |||かお||いち||かえる||||あんしん||でき|||ほおづえ||||い|||さき||ゆび||||こんき||きよう||のぞいて|みる|こと|| Somehow, just changing the position of my face wasn't enough to give me peace of mind. しかし 自分 でも 満足 する ほど 、鼻 が 短く 見えた 事 は 、これ まで に ただ の 一 度 も ない。 |じぶん||まんぞく|||はな||みじかく|みえた|こと|||||||ひと|たび|| But never once has my nose looked short enough to satisfy me. 時に よる と 、苦心 すれば する ほど 、かえって 長く 見える ような 気 さえ した。 ときに|||くしん|||||ながく|みえる||き|| At times, I even felt that the more I tried, the longer it seemed. 内 供 は 、こう 云 う 時 に は 、鏡 を 箱 へ しまい ながら 、今更 の よう に ため息 を ついて 、不 承 不 承 に また 元 の 経 机 きょう づく え へ 、観音 経 を よみ に 帰る のである。 うち|とも|||うん||じ|||きよう||はこ||||いまさら||||ためいき|||ふ|うけたまわ|ふ|うけたまわ|||もと||へ|つくえ|||||かんのん|へ||||かえる| At such times, Naigu puts the mirror back in the box, sighs like it is now, and reluctantly returns to his original sutra desk to read the Kannon Sutra.

それ から また 内 供 は 、絶えず 人 の 鼻 を 気 に して いた。 |||うち|とも||たえず|じん||はな||き||| After that, Naigu was always concerned about people's noses. 池 の 尾 の 寺 は 、僧 供 講 説 など の しばしば 行わ れる 寺 である。 いけ||お||てら||そう|とも|こう|せつ||||おこなわ||てら| Ikenoo Temple is a temple where ceremonies such as lectures by priests are often held. 寺 の 内 に は 、僧 坊 が 隙 なく 建て 続いて 、湯 屋 で は 寺 の 僧 が 日 毎 に 湯 を 沸かして いる。 てら||うち|||そう|ぼう||すき||たて|つづいて|ゆ|や|||てら||そう||ひ|まい||ゆ||わかして| Within the temple, monks' lodgings have been built one after the other, and in the bath house, the monks of the temple boil the water every day. 従って ここ へ 出入 する 僧 俗 の 類 たぐい も 甚だ 多い。 したがって|||しゅつにゅう||そう|ぞく||るい|||はなはだ|おおい Therefore, there are a great many monks and laymen who come and go here. 内 供 は こう 云 う 人々 の 顔 を 根気 よく 物色 した。 うち|とも|||うん||ひとびと||かお||こんき||ぶっしょく| Naigu patiently examined the faces of these people. 一 人 でも 自分 の ような 鼻 の ある 人間 を 見つけて 、安心 が し たかった から である。 ひと|じん||じぶん|||はな|||にんげん||みつけて|あんしん||||| I wanted to find at least one person with a nose like myself and feel at ease. だから 内 供 の 眼 に は 、紺 の 水 干す いかん も 白 の 帷子 かた びら も はいら ない。 |うち|とも||がん|||こん||すい|ほす|||しろ||かたびら||||| Therefore, Naigu's eyes don't need a navy blue kimono or a white kimono. まして 柑子 色 の 帽子 や 、椎 鈍 しい に び の 法衣 ころ も なぞ は 、見慣れて いる だけ に 、有れ ども 無き が 如く である。 |こうじ|いろ||ぼうし||しい|どん|||||ほうい|||||みなれて||||あれ||なき||ごとく| Moreover, the citrus-colored hat and the dark-skinned robe were so familiar that they seemed like they weren't there at all. 内 供 は 人 を 見 ず に 、ただ 、鼻 を 見た。 うち|とも||じん||み||||はな||みた Naigu didn't look at the person, he just looked at the nose. ――しかし 鍵 鼻 かぎ ば な は あって も 、内 供 の ような 鼻 は 一 つ も 見当ら ない。 |かぎ|はな|||||||うち|とも|||はな||ひと|||みあたら| ――But even if there are Kagibana, there is not a single nose that resembles Naigu. その 見当ら ない 事 が 度重なる に 従って 、内 供 の 心 は 次第に また 不快に なった。 |みあたら||こと||たびかさなる||したがって|うち|とも||こころ||しだいに||ふかいに| Naigu's heart gradually became uncomfortable again as the ignorance continued to occur. 内 供 が 人 と 話し ながら 、思わず ぶら り と 下って いる 鼻 の 先 を つまんで 見て 、年 甲斐 と し がい も なく 顔 を 赤らめた の は 、全く この 不快に 動かされて の 所 為 し ょい である。 うち|とも||じん||はなし||おもわず||||くだって||はな||さき|||みて|とし|かい||||||かお||あからめた|||まったく||ふかいに|うごかされて||しょ|ため||| It was this discomfort that made my wife blush when she picked up the tip of her nose and looked at it while talking to someone, without any sense of age or insult.

最後に 、内 供 は 、内 典 外 典 ない てん げ てん の 中 に 、自分 と 同じ ような 鼻 の ある 人物 を 見出して 、せめても 幾分 の 心 やり に しよう と さえ 思った 事 が ある。 さいごに|うち|とも||うち|てん|がい|てん||||||なか||じぶん||おなじ||はな|||じんぶつ||みいだして||いくぶん||こころ||||||おもった|こと|| Finally, Naigu once even thought of finding a person with a nose similar to his own in both the inner and apocryphal texts, and at least showing some consideration for him. けれども 、目 連 もくれん や 、舎 利 弗 しゃ り ほ つ の 鼻 が 長かった と は 、どの 経文 に も 書いて ない。 |め|れん|||しゃ|り|ふつ||||||はな||ながかった||||きょうもん|||かいて| However, it is not written in any sutra that either Mokuren or Sharihotsu had long noses. 勿論 竜 樹 りゅう じゅ や 馬 鳴 め みょう も 、人並の 鼻 を 備えた 菩薩 ぼさつ である。 もちろん|りゅう|き||||うま|な||||ひとなみの|はな||そなえた|ぼさつ|| Of course, Ryuju and Momyo are bodhisattvas with human-like noses. 内 供 は 、震 旦 しん たん の 話 の 序 ついでに 蜀漢 しょ くかん の 劉 玄 徳 りゅうげん とく の 耳 が 長かった と 云 う 事 を 聞いた 時 に 、それ が 鼻 だったら 、どの くらい 自分 は 心細く なく なる だろう と 思った。 うち|とも||ふる|たん||||はなし||じょ||しょくかん||||りゅう|げん|とく||||みみ||ながかった||うん||こと||きいた|じ||||はな||||じぶん||こころぼそく|||||おもった In the introduction to the story of the Great East Japan Earthquake, when Naigu heard that Liu Xuande of Shu Han had long ears, he wondered how lonely he would feel if it was his nose. I thought it would be gone.

内 供 が こう 云 う 消極 的な 苦心 を し ながら も 、一方 で は また 、積極 的に 鼻 の 短く なる 方法 を 試みた 事 は 、わざわざ ここ に 云 うま で も ない。 うち|とも|||うん||しょうきょく|てきな|くしん|||||いっぽう||||せっきょく|てきに|はな||みじかく||ほうほう||こころみた|こと|||||うん|||| It goes without saying that while Naigu was making such passive efforts, he also actively tried to shorten his nose. 内 供 は この 方面 でも ほとんど 出来る だけ の 事 を した。 うち|とも|||ほうめん|||できる|||こと|| Naigu did almost as much as he could in this regard. 烏 瓜 から すうり を 煎 せんじて 飲んで 見た 事 も ある。 からす|うり||||い||のんで|みた|こと|| I've even tried decoctions of cucurbits from cucumbers. 鼠 の 尿 いばり を 鼻 へ な すって 見た 事 も ある。 ねずみ||にょう|||はな||||みた|こと|| I once saw a rat sniffing urine up its nose. しかし 何 を どうしても 、鼻 は 依然と して 、五六 寸 の 長 さ を ぶら り と 唇 の 上 に ぶら下げて いる で は ない か。 |なん|||はな||いぜん と||ごろく|すん||ちょう||||||くちびる||うえ||ぶらさげて||||| But no matter what we do, the nose still dangles 56 inches above the lips.

所 が ある 年 の 秋 、内 供 の 用 を 兼ねて 、京 へ 上った 弟子 でし の 僧 が 、知己 しる べ の 医者 から 長い 鼻 を 短く する 法 を 教わって 来た。 しょ|||とし||あき|うち|とも||よう||かねて|けい||のぼった|でし|||そう||ちき||||いしゃ||ながい|はな||みじかく||ほう||おそわって|きた One year in the fall, a monk who was a disciple of mine went to Kyoto on a business trip and learned how to shorten his long nose from a doctor he knew. その 医者 と 云 うの は 、もと 震 旦 しん たん から 渡って 来た 男 で 、当時 は 長楽寺 ちょうらく じ の 供 僧 ぐ そうに なって いた のである。 |いしゃ||うん||||ふる|たん||||わたって|きた|おとこ||とうじ||ちょうらくじ||||とも|そう||そう に||| The doctor was a man who had come from Shindan, and at that time he was a monk at Chorakuji Temple.

内 供 は 、いつも の よう に 、鼻 など は 気 に かけ ない と 云 う 風 を して 、わざと その 法 も すぐに やって 見よう と は 云 わ ず に いた。 うち|とも||||||はな|||き|||||うん||かぜ|||||ほう||||みよう|||うん|||| The inside man, as usual, pretended not to care about his nose, and deliberately did not suggest that he would try the method right away. そうして 一方 で は 、気軽な 口調 で 、食事 の 度 毎 に 、弟子 の 手数 を かける の が 、心苦しい と 云 う ような 事 を 云った。 |いっぽう|||きがるな|くちょう||しょくじ||たび|まい||でし||てすう|||||こころぐるしい||うん|||こと||うんった On the other hand, in a casual tone of voice, he commented that he felt it was a burden to have to take care of his disciples every time he had a meal. 内心 で は 勿論 弟子 の 僧 が 、自分 を 説 伏 ときふせて 、この 法 を 試み させる の を 待って いた のである。 ないしん|||もちろん|でし||そう||じぶん||せつ|ふ|||ほう||こころみ|さ せる|||まって|| Inwardly, of course, he was waiting for his disciple, the monk, to persuade him to test the Dharma. 弟子 の 僧 に も 、内 供 の この 策略 が わから ない 筈 は ない。 でし||そう|||うち|とも|||さくりゃく||||はず|| The disciple monks could not fail to see the trickery of the uchisyo. しかし それ に 対する 反感 より は 、内 供 の そう 云 う 策略 を とる 心もち の 方 が 、より 強く この 弟子 の 僧 の 同情 を 動かした のであろう。 |||たいする|はんかん|||うち|とも|||うん||さくりゃく|||こころもち||かた|||つよく||でし||そう||どうじょう||うごかした| However, rather than the antipathy of the disciple, it was the uchisyo's intention to take such a ploy that moved the monk's sympathies more strongly. 弟子 の 僧 は 、内 供 の 予期 通り 、口 を 極めて 、この 法 を 試みる 事 を 勧め 出した。 でし||そう||うち|とも||よき|とおり|くち||きわめて||ほう||こころみる|こと||すすめ|だした As Naigu had expected, the disciple's monk spoke loudly and recommended that he try this method. そうして 、内 供 自身 も また 、その 予期 通り 、結局 この 熱心な 勧告 に 聴 従 ちょうじゅう する 事 に なった。 |うち|とも|じしん||||よき|とおり|けっきょく||ねっしんな|かんこく||き|じゅう|||こと|| And so, as predicted, the insider himself ended up obeying this enthusiastic recommendation.

その 法 と 云 うの は 、ただ 、湯 で 鼻 を 茹 ゆでて 、その 鼻 を 人 に 踏ま せる と 云 う 、極めて 簡単な もの であった。 |ほう||うん||||ゆ||はな||ゆだ|||はな||じん||ふま|||うん||きわめて|かんたんな|| The method was extremely simple: boil the nose in hot water and let the person step on it.

湯 は 寺 の 湯 屋 で 、毎日 沸かして いる。 ゆ||てら||ゆ|や||まいにち|わかして| Hot water is boiled every day in the temple's bathhouse. そこ で 弟子 の 僧 は 、指 も 入れられ ない ような 熱い 湯 を 、すぐに 提 ひ さ げ に 入れて 、湯 屋 から 汲 んで 来た。 ||でし||そう||ゆび||いれられ|||あつい|ゆ|||てい|||||いれて|ゆ|や||きゅう||きた So the apprentice monk quickly filled a bucket with hot water so hot that he could not even put his finger in it, and fetched it from the bathhouse. しかし じかに この 提 へ 鼻 を 入れる と なる と 、湯気 に 吹かれて 顔 を 火傷 やけど する 惧 お それ が ある。 |||てい||はな||いれる||||ゆげ||ふかれて|かお||やけど|||く|||| However, if you put your nose directly into this pedestal, there is a risk of being blown by the steam and burning your face. そこ で 折 敷 お しき へ 穴 を あけて 、それ を 提 の 蓋 ふた に して 、その 穴 から 鼻 を 湯 の 中 へ 入れる 事 に した。 ||お|し||||あな|||||てい||ふた|||||あな||はな||ゆ||なか||いれる|こと|| So, we decided to make a hole in the threshold, use it as a lid for the container, and put the nose into the hot water through the hole. 鼻 だけ は この 熱い 湯 の 中 へ 浸 ひたして も 、少しも 熱く ない のである。 はな||||あつい|ゆ||なか||ひた|||すこしも|あつく|| Even if only the nose is immersed in this hot water, it is not even slightly hot. しばらく する と 弟子 の 僧 が 云った。 |||でし||そう||うんった After a while, a disciple monk said to him, "I am a monk.

――もう 茹 ゆだった 時分 で ござ ろう。 |ゆだ||じぶん||| --It's time to boil.

内 供 は 苦笑 した。 うち|とも||くしょう| The inside man laughed. これ だけ 聞いた ので は 、誰 も 鼻 の 話 と は 気 が つか ない だろう と 思った から である。 ||きいた|||だれ||はな||はなし|||き||||||おもった|| This is because I thought that after hearing this much, no one would notice that I was talking about my nose. 鼻 は 熱湯 に 蒸 むされて 、蚤 のみ の 食った よう に む ず 痒 が ゆい。 はな||ねっとう||む||のみ|||くった|||||よう|| The nose was steaming hot and itched like a flea.

弟子 の 僧 は 、内 供 が 折 敷 の 穴 から 鼻 を ぬく と 、その まだ 湯気 の 立って いる 鼻 を 、両足 に 力 を 入れ ながら 、踏み はじめた。 でし||そう||うち|とも||お|し||あな||はな||||||ゆげ||たって||はな||りょうあし||ちから||いれ||ふみ| When the apprentice monk removed his nose from the hole in the rug, the monk began to stamp on the still-smoky nose with both feet, putting pressure on it. 内 供 は 横 に なって 、鼻 を 床板 の 上 へ のばし ながら 、弟子 の 僧 の 足 が 上下 うえ した に 動く の を 眼 の 前 に 見て いる のである。 うち|とも||よこ|||はな||ゆかいた||うえ||||でし||そう||あし||じょうげ||||うごく|||がん||ぜん||みて|| The Naigu was lying on his side, his nose stretched out above the floorboards, and he was watching the disciple's legs move up and down before his eyes. 弟子 の 僧 は 、時々 気の毒 そうな 顔 を して 、内 供 の 禿 はげ 頭 を 見下し ながら 、こんな 事 を 云った。 でし||そう||ときどき|きのどく|そう な|かお|||うち|とも||はげ||あたま||みくだし|||こと||うんった Sometimes the monk's disciples would look down at the bald head of his inner disciple with a pitiful expression on their faces and say something like this.

――痛う は ご ざら ぬか な。 いたう||||| --I hope you are not in any pain. 医師 は 責 せめて 踏め と 申した で。 いし||せき||ふめ||もうした| The doctor told me to at least step on his toes. じゃ が 、痛う は ご ざら ぬか な。 ||いたう||||| But, it doesn't hurt, does it?

内 供 は 首 を 振って 、痛く ない と 云 う 意味 を 示そう と した。 うち|とも||くび||ふって|いたく|||うん||いみ||しめそう|| Naigu shook his head, trying to show that it didn't hurt. 所 が 鼻 を 踏まれて いる ので 思う よう に 首 が 動か ない。 しょ||はな||ふまれて|||おもう|||くび||うごか| The head does not move as expected because the nose has been stepped on. そこ で 、上 眼 うわ め を 使って 、弟子 の 僧 の 足 に 皹 あ かぎれ の きれて いる の を 眺め ながら 、腹 を 立てた ような 声 で、 ||うえ|がん||||つかって|でし||そう||あし||くん||||||||ながめ||はら||たてた||こえ| Then, using his upper eyelids, he looked at the cracks on the monk's leg and sounded angry,

――痛う は ないて。 いたう|| --I have no pain.

と 答えた。 |こたえた 実際 鼻 はむ ず 痒 い 所 を 踏ま れる ので 、痛い より も かえって 気 もち の いい くらい だった のである。 じっさい|はな|||よう||しょ||ふま|||いたい||||き|||||| In fact, the nose was more pleasant than painful because it stepped on an itchy spot.

しばらく 踏んで いる と 、やがて 、粟 粒 あわ つぶ の ような もの が 、鼻 へ 出来 はじめた。 |ふんで||||あわ|つぶ|||||||はな||でき| After stepping on it for a while, a millet-like substance began to form on my nose. 云 わ ば 毛 を むしった 小鳥 を そっくり 丸 炙 まるやき に した ような 形 である。 うん|||け|||ことり|||まる|しゃ|||||かた| It looks like a small bird with its hair plucked off, roasted in a round and round shape. 弟子 の 僧 は これ を 見る と 、足 を 止めて 独り言 の よう に こう 云った。 でし||そう||||みる||あし||とどめて|ひとりごと|||||うんった When the monk's disciple saw this, he stopped and said to himself, "I am not a monk, but I am a disciple of God.

――これ を 鑷子 けぬき で ぬけ と 申す 事 で ご ざった。 ||けぬきこ|||||もうす|こと||| --This is called forceps.

内 供 は 、不足 らしく 頬 を ふくら せて 、黙って 弟子 の 僧 の する なり に 任せて 置いた。 うち|とも||ふそく||ほお||||だまって|でし||そう|||||まかせて|おいた The uchizuko, his cheeks puffing up in a deficient manner, silently left his apprentice monk to do as he pleased. 勿論 弟子 の 僧 の 親切 が わから ない 訳 で は ない。 もちろん|でし||そう||しんせつ||||やく||| Of course, it does not mean that I don't understand the kindness of the disciples of the monks. それ は 分って も 、自分 の 鼻 を まるで 物品 の よう に 取扱う の が 、不愉快に 思われた から である。 ||ぶんって||じぶん||はな|||ぶっぴん||||とりあつかう|||ふゆかいに|おもわれた|| Even though he understood this, he was displeased that they treated his nose as if it were a commodity. 内 供 は 、信用 し ない 医者 の 手術 を うける 患者 の ような 顔 を して 、不 承 不 承 に 弟子 の 僧 が 、鼻 の 毛穴 から 鑷子 けぬき で 脂 あぶら を とる の を 眺めて いた。 うち|とも||しんよう|||いしゃ||しゅじゅつ|||かんじゃ|||かお|||ふ|うけたまわ|ふ|うけたまわ||でし||そう||はな||けあな||けぬきこ|||あぶら||||||ながめて| Naigu, looking like a patient undergoing surgery by a doctor he doesn't trust, reluctantly watched his disciple remove oil from the pores of his nose with forceps. 脂 は 、鳥 の 羽 の 茎 くき の ような 形 を して 、四 分 ばかり の 長 さ に ぬける のである。 あぶら||ちょう||はね||くき||||かた|||よっ|ぶん|||ちょう|||| The fat is shaped like a bird's feather stalk and is spread over a quarter of an inch or so.

やがて これ が 一 通り すむ と 、弟子 の 僧 は 、ほっと 一 息ついた ような 顔 を して、 |||ひと|とおり|||でし||そう|||ひと|いきついた||かお|| Eventually, when this was all over, the disciple, the monk, took a deep breath and said,