三 姉妹 探偵 団 3 Chapter 15
15 真 夜中 の 学校
「 何 だって ?
国 友 が 思わず 訊 き 返した 。
いや 、 チョコレートパフェ を せっせと 食べて いた 珠美 すら 、 思わず 手 を 休めて 、 姉 の 顔 を まじまじ と 眺めた くらい である 。
「 夕 里子 姉ちゃん ── 本気 ?
「 本気 よ 。
失礼 ねえ 」
「 でも ── あの 勇一 と 丸山 先生 ?
全然 似て ない よ ! 「 いや 、 そう で も ない 」
と 、 国 友 は 考え 込み ながら 、「── そう か 。
有田 信子 が 最初 駆け落ち した 相手 が 丸 山 で 、 また 最近 ホテル で 会って いた と する と ……」
「 ね ?
有田 信 子 と 、 あの 中学 を つなぐ の は 、 丸山 しか い ない 、 って いう 気 が した の よ 」
「 信子 は 、 最初の 恋人 を ずっと 愛して る 、 と 言って た んだ な 。
── うん 、 まだ 二 人 と も 四十 そこそこ だ 。 偶然 出会って 、 また 燃え 上って も 不思議じゃ ない 」
「 偶然 ?
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 する と 君 は ……」
「 丸山 は 草間 由美子 の 言う なり だった の よ 」
「 なるほど 」
国 友 は 肯 いた 。
チョコレートパフェ を 食べ 終った 珠美 は 、 息 を ついて 水 を ガブリ と 飲んだ 。
丸山 の 家 を 出て 、 近く の 喫茶 店 に 入って いた 。
「 小 峰 が 、 そろそろ 自分 の 年齢 の こと も 考えて 、 娘 の 信子 の 行方 を 調べる 気 に なって も 当然だ わ 。
でも 、 その 場合 、 誰 に 言いつける かしら ? 「 井口 か ── 草間 由美子 だろう ね 」
「 二 人 に は 、 信子 に 戻ら れて は 困る 理由 が あった かも しれ ない わ 」
「 井口 の ような 立場 なら 、 小 峰 の 財産 に 手 を つける の も 難しく ない 」
「 小 峰 に は 、 まだ 見付から ない と 言って おいて 、 有田 信子 の 所在 を 突き止める 。
その 一方 で 、 かつて の 恋人 が 中学校 の 教師 を して いる の を 知って 、 そちら へ 近づく ……」
「 丸山 は 、 あの 女 に かかれば いち ころ だろう な 」
「 草間 由美子 と 会う 費用 を ひねり出す ため に ── たぶん 由美子 が 入れ知恵 した んでしょう けど ── 丸山 は 、 金 は ある けど 、 あまり 子供 の 出来 は 良く ない と いう 家 を 狙って 、 試験 の 問題 を 事前 に 教えて やる 。
それ が 二 度 、 三 度 と 重なって 、 やめ られ なく なった ころ を 見はからって 、 草間 由美子 は 、 丸山 に 話 を 持ちかけた んだ わ 、 きっと 」
「 つまり 、 丸山 に 、 有田 信 子 と 会う ように 言った んだ な 」
「 もちろん 、 草間 由美子 が お膳立て して 、 偶然 会った ように 見せかけた んでしょう ね 。
信子 の 方 は 、 まだ 丸山 を 愛して いた から ──」
「 ホテル へ 入る とき 、 いつも うつむいて いた の は 丸山 か 。
学校 の 教師 じゃ 、 そう したく も なる だろう な 」
「 もし 、 知って る 人 に 顔 を 見 られたら 大変だ もの ね 」
「 そう ?
私 、 平気 よ 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 あんた は 特別 」
「 どういう 意味 よ ?
と 、 珠美 は ふてくされて 言った 。
「── しかし 、 草間 由美子 は 、 丸山 に 有田 信子 を 殺さ せる つもりだった の か な ?
「 そこ は よく 分 ら ない わ 。
丸山 に は 人殺し なんか 出来 そうに ない ような 気 が する 」
「 同感 だ な 」
「 ただ 、 実際 に 手 を 下さ ない まで も 、 どこ か ホテル へ 呼び 出す ぐらい の こと は させ られる わ 。
有田 信 子 に 恋人 が いた 、 と 分 れば 、 当然 捜査 は そっち の 方向 へ 行く でしょう 」
「 しかし 、 現実 に は 、 有田 信子 は 、 学校 で 殺さ れて いる 。
── どうして だろう ? 「 そこ な の よ 」
と 、 夕 里子 は 座り 直した 。
「 前 に 話した ように 、 もし 彼女 の バッグ に 入って た 問題 の コピー が 、 信子 が 争って 奪い取った もの ならば 、 当然 、 信子 は 、 丸山 が 問題 の コピー を お 金 で 売って る の を 知って た わけでしょう 」
「 誰 から 聞いた んだろう ?
「 そりゃ 、 丸山 本人 から よ 」
「 丸山 が ?
「 丸山 は 怖く なって た 、 と 思う の 。
殺さ れる 直前 に 、 国 友 さん と 話した とき も 、 ひどく むき に なって た でしょう ? 「 怖くて 、 却って 強く 出た んだ な 」
「 珠美 も 言った けど 、 それ まで 出来 の 悪かった 子 が 、 突然 いい 点 を とれば 、 誰 だって おかしい と 思う わ 。
学校 側 でも 怪しんで た んじゃ ない かしら 」
「 じゃ 、 私 の 鞄 に コピー が 入って た の は ?
「 丸山 が 自分 で 入れた んだ と 思う わ 。
もちろん あんた で なくて も 、 誰 でも 良かった の よ 」
「 きっと 、 学校 の 中 で その 話 が 出て 、 見付かる と まずい と 思った んだ な 」
国 友 は 肯 いた 。
「 だ から 、 持って いた コピー を 、 捨てる わけに も いか ず 、 珠美 君 の 鞄 へ 入れた 。 そして 、 先手 を 打って 検査 を した んだ 」
「 そんな こと すりゃ 、 逆 効果 な のに ね 。
だって 、 コピー が その 日 、 どこ か に ある って こと を 知って た んだ から 、 当然 、 無関係で は ない と 思わ れて も 仕方ない わ 」
「 気 の 弱い 犯人 は 、 つい やり すぎる んだ 」
「 それ に した って 、 ひどい わ !
と 、 珠美 は ムッと した 顔 で 、「 学校 から 補償 金 と 慰謝料 を もらわ なきゃ !
「 ともかく 、 丸山 は 、 怯えて た んだ わ 。
そして 、 その こと を 、 有田 信 子 に しゃべって しまった ……」
「 なるほど 。
── でも 、 あの 夜中 に 学校 へ 出向く こと に なった の は 、 なぜ な んだろう ? 「 その辺 の こと な の よ 」
夕 里子 は 考え 込み ながら 、「 ちょっと 、 話 を 聞き たい 相手 が いる の 。
── あ 、 ちょうど やって 来た わ 」
国 友 は 、 喫茶 店 に 入って 来た 客 を 見て 、 ギョッ と した 。
「 私 の 国 友 さん !
やっと 会えた わ ! 杉 下 ルミ は 、 いそいそ と やって 来る と 、 国 友 の 隣 に チョコン と 座った 。
「 まず 、 お 礼 を 言う わ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 おかげ で 珠美 が 戻った し 」
「 どう いたし まして 」
と 、 ルミ は ニッコリ 笑って 、「 それ で 、 国 友 さん を 私 に 譲って くれる 気 に なった の ?
「 残念 ながら 、 それ は 別 」
「 あら 。
じゃ 、 どうして 私 を 呼び 出した の よ ? 「 ちょっと 訊 き たい こと が あった の 」
「 へえ 。
どんな こと ? 「 有田 信子 が 殺さ れた 晩 、 あなた 、 坂口 正明 って 子 と 会って た の ね 」
「 何 が 言い たい の よ 」
と 、 ルミ は 口 を 尖ら して 、「 私 、 今 は 国 友 さん 一 人 を ──」
「 分 って る けど ── ちょっと 落ちついて 」
「 落ちついて る わ よ !
「 あの 中学校 へ 行った の は 、 どうして ?
「 ホテル 代 が なかった の よ 」
と 、 ルミ は アッサリ と 言った 。
「 二 人 で 一緒に 行った わけ ?
「 違う よ 。
あっ ち が 先 に 行って た の 。 私 は 一 時間 ぐらい 遅れて 」
「 一 時間 も ?
「 女 は 待た せる の が 仕事 。
あんた も 覚え といた 方 が いい わ よ 、 そう もて ない 顔 だ から 」
「 ご 親切に 」
夕 里子 は 苦笑 した 。
「 彼 の 方 が 先 に 来て 待って た わけ ね ? 「 そう 。
そ したら 、 あいつ 、 何だか さっき 変な 音 が した 、 って 気 に して ん の よ ね 」
「 変な 音 って ?
「 何 か 、 ドタンバタン って 物 が 倒れる ような 音 だった って 。
── 見 に 行こう って 言う から 、 放っとき なさい よ って 言った んだ 。 でも ── まあ 、 楽しんで る 最中 に 、 ヒョイ と 先生 が 覗き に 来たり して も まずい じゃ ない 。 だから 一緒に 見 に 行った んだ 」
「 そ したら 、 有田 信子 が 倒れて た の ね 」
「 そういう こと 。
── でも 、 それ が どうかした の ? 夕 里子 は 、 少し 考えて から 、
「 国 友 さん 」
と 言った 。
「 何 だい ?
「 私 の やり たい ように やら せて くれる ?
「 おい ──」
国 友 は 顔 を しかめて 、「 また 危ない 真似 を しよう って いう んだ な ?
君 に もしも の こと が あったら 、 僕 は どう なる と 思う んだ ? 「 どうぞ 、 ご 遠慮 なく !
と 、 ルミ が 嬉し そうに 言った 。
「 私 、 ちゃんと 国 友 さん の 面倒 みて あげる から 。 心置きなく 成仏 して ちょうだい 」
「 まだ 死んで ない わ よ !
と 、 夕 里子 は ルミ を にらんで 言った 。
── 学校 も 眠って いる 。
真 夜中 。
十二 時 を 少し 回った 。
学校 の 周囲 も 静かな もの だ 。
ただ 、 あの 夜 より も 、 夜 気 の 冷た さ は 、 ひと 回 り 厳し さ を 増して いた 。
教室 の 戸 が 、 静かに 開いた 。
── 静かに 、 と いって も 、 かなり うるさい 。 たぶん 、 生徒 が 大勢 いる とき なら 、 気 に も なら ない 音 な のだろう が ……。
「 今晩 は 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
女 が ギクリと して 、 足 を 止めた 。
「 どうぞ 、 戸 を 閉めて 下さい 」
夕 里子 は 、 教室 の 奥 の 方 の 椅子 から 、 言った 。
「 あんた な の 、 私 を 呼び 出した の は ?
「 ええ 。
お 話 が あって 」
「 正明 の こと だ と いう から ……。
それ も 何だか 重大な こと で すって ? 「 そうです 」
坂口 爽子 は 、 夕 里子 を 横目 で 見 ながら 、 教壇 の 所 まで 歩いて 行った 。
「── 断 っと き ます けど ね 」
と 、 坂口 爽子 は 言った 。
「 うち の 正明 の 子供 が 出来た 、 どうして くれる 、 なんて 話 は 受け付け ませ ん から ね 」
「 ご 心配 なく 」
夕 里子 は 笑って しまった 。
「 息子 さん は 私 の 好み じゃ ない んで 」
「 あんた も 私 の 好み じゃ ない わ ね 」
「 お互い様です ね 」
と 、 夕 里子 は 微笑んだ 。
「 何 な の よ 、 話 って ?
「 数学 の 試験 問題 の こと です よ 」
夕 里子 の さりげない 一言 に 、 坂口 爽子 は 目に見えて 青ざめた 。
「── 何で すって ?
「 あなた が 、 丸山 先生 から 買って いた 問題 の コピー です 」
「 何の 話 ?
「 とぼけて も だめです 。
分 って る んです から 。 ── 私 、 丸山 先生 の 所 で 、 メモ を 見付け ました 」
「 メモ ?
「 丸山 先生 が 、 問題 を 売って いた 相手 の 名前 です 」
「 あの 人 が 、 そんな もの 、 作る はず が ──」
言い かけて 、 ハッと 口 を つぐむ 。
これ で は 認めた も 同じだ 。
「 学校 の 方 でも 、 今 、 探って ます よ 。
一体 誰 が 買って いた の か って ね 。 私 、 刑事 さん と 親しい んです 。 口 を きいて あげて も いい わ 」
「 そう だ わ !
あの 刑事 と 一緒に いた 子 ね ! 「 思い出して いた だけ ました ?
坂口 爽子 は 、 じっと 夕 里子 を にらんで 、
「 どう しろ って 言う の ?
「 息子 さん の 名前 が 出 ない ように 、 口 を きいて あげ ます 。
その代り ── 五百万 で は ? 「 何で すって ?
「 あなた の 息子 さん に 、 この 事件 が 一生 ついて回る と 思えば 、 安い もん じゃ あり ませ ん か ?
夕 里子 は 、 軽い 口調 で 言った 。
爽子 は 、 しばらく じっと 動か ず に 立ち 尽くして いた 。
「── いかが ?
夕 里子 が 訊 く と 、 爽子 は 、 ゆっくり 息 を 吐き出した 。
「 私 を 甘く 見て る わ ね 」
「 へえ 。
息子 に 甘い の は あなた の 方 でしょ 」
爽子 は 、 バッグ から 、 拳銃 を 出した 。
── 夕 里子 の 顔 が こわばる 。
「 もう どう なって も いい わ よ 。
一 人 も 二 人 も 同じだ わ ! 爽子 の 声 は 震えて いた 。
「 私 と 正明 の 邪魔 を する 人間 は 、 殺して やる の よ ! 戸 が ガラッ と 開いた 。
「 ママ !
やめて ! 立って いた の は 、 坂口 正明 だった 。
「 正明 !
どうして こんな 所 へ ──」
「 もう いい よ !
僕 の ため に 、 そんな こと まで し ないで よ ! 「 ママ に 任せて おき なさい !
この 娘 さえ 始末 したら ……」
「 むだだ よ 。
どうせ 刑事 が いる んだ 」
爽子 が 、 目 を 見開いた 。
「 その 通り 」
奥 の 机 の 間 から 、 国 友 が 立ち上った 。
拳銃 を 握って いる 。
「 さあ 、 奥さん 。
もう 諦め なさい 」
爽子 が 、 急に 力 を 失った ように 、 その 場 に 座り 込んで しまった 。
夕 里子 は 、 歩み寄る と 、 床 に 落ちた 拳銃 を 、 足 で 遠く へ 滑ら せた 。
「── ここ で 、 丸山 先生 と 待ち合わせて いた んです ね 。
問題 の コピー を 受け取って ── そこ へ やって 来た の が 有田 信子 だった 。 彼女 は あなた から 問題 の コピー を 取り 上げた 」
「 丸山 先生 は 、 あの 女 に 言わ れて 、 すごすご 帰って 行った わ ……」
と 、 爽子 は 言った 。
「 私 は ね 、 先生 と 愛し 合って た の よ 」
「 何で すって ?
夕 里子 も 驚いた 。
「 最初 は 、 正明 の ため 、 と 思って ……。
でも 、 本気で 先生 の こと が 好きだった 。 それなのに …… ここ で 待って いる と 、 いきなり 先生 が 飛び かかって 来て 、 私 の 首 を 絞めよう と した わ 。 …… 先生 から 『 もう これ きり に しよう 』 と 言わ れて た の 。 私 は もう 一 度 だけ 会って くれ 、 と 言って ──。 ただ 、 私 は 前 に 買った コピー を 返す つもりだった のに 。 それ を 先生 、 私 が 脅迫 でも する か と 誤解 した らしい わ 」
「 それ で 争った の ね 」
「 先生 を 引き離した の が ── あの 女 だった 。
先生 は ただ 呆然と して いて ……。 言わ れる まま に 帰って 行った わ 。 私 、 ショック だった けど ── 恨み は し なかった 。 どうせ 、 先生 に は 奥さん が いたし ……」
「 なぜ 有田 信子 を 殺した の ?
「 それ は ── 私 から 、 コピー を 取り 上げよう と した から よ 。
そして 、 何もかも ばらして しまう と 言って ……。 だから 私 ──」
「 違う !
と 叫んだ の は 正明 だった 。
「 そう じゃ ない んだ ! 「 正明 ──」
「 ママ が やった んじゃ ない !
僕 が 殺した んだ ! 「 あなた が ?
夕 里子 も 、 これ に は 啞然 と した ……。
「 僕 は ── ルミ を 待って て ── そ したら 、 凄い 音 が した んで 、 見 に 来た んだ 。
その とき は もう 、 丸山 先生 が 出て った 後 だった 。 僕 は 教室 の 後ろ の 方 から そっと 中 へ 入った 。 ── ママ が 倒れて て 、 あの 女 が 落ちて た 紙 を 拾って 出て 行こう と して た ……」
「 じゃ 、 あなた は 、 母親 が 有田 信 子 に 殴ら れた と 思った の ね ?
「 殺さ れた と 思った んだ 。
ママ 、 身動き して なかった から 。 ── で 、 僕 は カーッ と なって 、 女 が 戸口 の 方 へ 歩き 出した ところ へ 、 椅子 を 振り 上げて ……」
正明 は 、 うなだれた 。
爽子 は 、 力なく 、
「 私 、 一時的に 失神 して いた の よ 。
それ を この 子 が 死んだ と 思って ……」
「 分 った 」
国 友 は 肯 いた 。
「 詳しい こと は 後 で 聞く よ 」
「 ねえ 、 ちょっと ──」
と 、 正明 が 夕 里子 に 言った 。
「 君 ん と この 姉さん 、 僕 と 一緒に 小 峰 の パーティ へ 行った んだ 」
「 何で すって ?
夕 里子 が 目 を 丸く した 。
「 でも 、 中 で 姿 が 見え なく なっちゃ った 。
もう 帰った ? 夕 里子 と 国 友 が 顔 を 見合わせた 。
「 すぐ 行った 方 が いい わ 」
と 、 爽子 は 言った 。
「 あの 井口 って 、 ひどい 男 よ 」
「 小 峰 を 撃った の は 、 あなた です ね ?
「 仕方なく ね 」
と 、 爽子 は 肯 いた 。
「 なぜ だ か 、 私 と 正明 が 有田 信子 を 殺した の を 知って て ……。 小 峰 を 殺さ ない と 、 警察 へ 知らせる 、 と 」
有田 信 子 と 小 峰 の 関係 を 知ら なければ 、 確かに 爽子 に は さっぱり 分 ら なかったろう 。
その とき だった 。
── 外 の 廊下 で 、 突然 、
「 逃げる な 、 この 野郎 !
と いう 叫び声 。
そして 、 ドタン 、 バタン と いう 音 が した 。
「 あの 声 ── 勇一 だ わ !
珠美 が 廊下 へ 飛び出す 。
国 友 と 夕 里子 も 。
── 廊下 の 先 の 方 で 、 勇一 と 取 っ 組み 合って いる の は 、 井口 だった 。
「 坂口 爽子 を つけて 来て た んだ わ !
と 夕 里子 が 言った 。
「── 危 い ! 井口 の 手 に キラリ と 光る もの が あった 。
勇一 が 、 腹 を 押えて 、 アッ と 叫ぶ 。 国 友 が 駆けつけ 、 井口 の 手 から ナイフ を 叩き 落とした 。
「 勇一 !
珠美 が 駆け寄った 。
「 しっかり して ! 勇一 は 腹 を 刺さ れて いた 。
血 が 溢れて 来る 。
「 国 友 さん !
国 友 が 、 井口 を 叩きのめして 、 やっと 手錠 を かける と 、 駆けて 来た 。
「 こいつ は ひどい 。
すぐ 救急 車 を 呼ぶ 。 ここ に いて 、 傷口 を 押えて て くれ ! 「 分 った わ 」
夕 里子 は 肯 いた 。
珠美 は 今にも 泣き 出さ ん ばかりだ 。
「 死な ないで よ 、 勇一 。
── ねえ 。 こんな 無 茶 して ! 「 私 たち に 任せ ときゃ 良かった のに 」
「 そう は …… 行か ない や 」
と 、 勇一 が 口 を 開いた 。
「 でも …… お 袋 の 敵 は 討った ぜ 」
「 口 きか ないで 。
静かに して る の よ 」
「 どうして …… ここ へ 来た か 分 る か よ ?
勇一 が 笑顔 を 作って 、 珠美 に 訊 いた 。
「 う うん 」
「 ずっと お前 の うち を 見張って た んだ 。
何しろ ── 名 探偵 が 三 人 も いる んだ から な 。 俺 が 自分 で 捜す より 、 手っ取り早い から さ 」
「 呑気 な こ と 言って !
その 元気 が ありゃ 、 大丈夫 よ 」
「 ああ ……。
そう 簡単に …… 死んで たまる か よ ! そう 言う と 、 勇一 の 頭 が 、 突然 ガクッ 、 と 落ちた 。
「── 勇一 !
珠美 が 目 を 大きく 見開いた 。
「 しっかり して ! 死んじゃ いやだ ! ── ねえ 、 貯金 全部 あげる から ── 勇一 ! 珠美 が ワーッ と 泣き ながら 、 勇一 の 頭 を 抱きしめた 。
── と 、 中 から 、
「 苦しい ぜ 」
と 、 声 が した 。
珠美 が ハッと 離れる 。
勇一 が 、 目 を 開けて 、 ちょっと 舌 を 出して 見せた 。
「 この ── 馬鹿 !
真 赤 に なった 珠美 が 、 勇一 を 殴った ── ただし 、 口 で 、 口 を 殴った 。
普通 、 キス と も いう 行動 であった 。