第 四 章 第 一三 艦隊 誕生 (5)
「 ところで 話 は 変わる が 、 きみ が 戦闘 開始 前 に パエッタ 中将 に 提出 した 作戦 計画 、 あれ が 実行 されて いたら わが 軍 は 勝てた と 思う か ね 」 「 ええ 、 たぶん 」
ヤン は せいぜい 、 控え目に 答えた 。 シトレ 元帥 は 考えこむ ように 指先 で あご を つまんだ 。
「 だが べつの 機会 に 、 あの 作戦 案 を 生かす こと は 可能で は ない か ね 。 その とき に は ローエングラム 伯 にたいして 復讐 する こと が できる だろう 」 「 それ は ローエングラム 伯 しだい です 。 彼 が 今回 の 成功 に 驕 り 、 ふたたび 少数 の 兵 で 大軍 を 破ろう と の 誘惑 に 抗し え なかった とき に は 、 あの 作戦 案 が 生きかえる こと も ある でしょう 。 しかし ……」
「 しかし ? 」 「 しかし たぶん 、 そんな こと に は なら ない と 思います 。 少数 を もって 多数 を 破る の は 、 一見 、 華麗で は あります が 、 用 兵 の 常道 から 外れて おり 、 戦術 で は なく 奇術 の 範疇 に 属する もの です 。 それ と 知ら ない ローエングラム 伯 と も 思えません 。 つぎ は 圧倒 的な 大軍 を ひきいて 攻めて くる でしょう 」
「 そう だ な 、 敵 より 多数 の 兵力 を ととのえる こと が 用 兵 の 根幹 だ 。 だが 素人 は むしろ きみ の 言う 奇術 の ほう を 歓迎 する もの で ね 、 少数 の 兵 を もって 多数 の 兵 を 撃破 でき なければ 無能だ と さえ 思って いる 。 まして 半数 の 敵 に 大敗 した と あって は な ……」
元帥 の 黒い 顔 に ヤン は 苦悩 を みてとる こと が できた 。 ヤン 個人 にたいして は ともかく 、 軍部 全体 にたいして 政府 と 市民 の 評価 が きびしい もの に なる の は 当然であろう 。 「 ヤン 少将 、 考えて みれば わ が 同盟 軍 は 用 兵 の 根幹 に おいて は 誤って い なかった わけだ 。 敵 の 二 倍 の 兵力 を 戦場 に 投入 して いる 。 にもかかわらず 惨敗 した の は なぜ だ ? 」 「 兵力 の 運用 を 誤った から です 」 ヤン の 返答 は 簡 に して 要 を えて いた 。
「 多数 の 兵力 を 用意 した に も かかわら ず 、 その 利点 を 生かす べき 努力 を 怠った のです 。 兵力 の 多 さ に 安心 して しまった のでしょう 」
「 と いう と ? 」 「 ボタン 戦争 と 称さ れた 一 時代 、 レーダー と 電子 工学 が 奇形 的に 発達 して いた 一 時代 を のぞいて 、 戦場 に おける 用 兵 に は つねに 一定 の 法則 が あり ました 。 兵力 を 集中 する こと 、 その 兵力 を 高速で 移動 さ せる こと 、 この 両者 です 。 これ を 要約 すれば ただ 一言 、〝 むだな 兵力 を つくる な 〟 です 。 ローエングラム 伯 は それ を 完璧に 実行 して のけた のです 」
「 ふむ ……」
「 ひるがえって わが 軍 を ごらん ください 。 第 四 艦隊 が 敵 に 粉砕 されて いる あいだ 、 ほか の 二 艦隊 は 当初 の 予定 に こだわって 時間 を 浪費 して い ました 。 敵 情 偵察 と その 情報 分析 も 充分 では ありません でした 。 三 つ の 艦隊 は すべて 孤立 無 援 で 敵 と 戦わ ねば なら なかった のです 。 集中 と 高速 移動 の 両 法則 を 失 念 した 当然の 結果 です 」
ヤン は 口 を 閉ざした 。 これほど 多弁に なった の は 最近 、 珍しい 。 多少 は 気 の 高 ぶり が ある のだろう か 。
「 なるほど 、 きみの 識見 は よく わかった 」
元帥 は 何度 も うなずいた 。
「 ところで もう ひと つ 、 これ は 決定 で は なく 内定 だ が 、 軍 の 編成 に 一部 変更 が くわえられる 。 第 四 ・ 第 六 両 艦隊 の 残存 部隊 に 新規の 兵力 を くわえて 、 第 一三 艦隊 が 創設 さ れる のだ 。 で 、 きみ が その 初代 司令 官 に 任命 さ れる はずだ 」
ヤン は 小 首 を かしげた 。
「 艦隊 司令 官 は 中将 を もって その 任 に あてる の では ありません か ? 」 「 新 艦隊 の 規模 は 通常 の ほぼ 半分 だ 。 艦艇 六四〇〇 、 兵員 七〇万 と いう ところ だ 。 そして 第 一三 艦隊 の 最初の 任務 は イゼルローン 要塞 の 攻略 と いう こと に なる 」
本 部長 の 口調 は 、 ごく さりげなかった 。
間 を おいて 、 ヤン は 確認 する ように ゆっくり と 口 を 開いた 。
「 半 個 艦隊 で 、 あの イゼルローン を 攻略 しろ と おっしゃる のです か ? 」 「 そう だ 」 「 可能だ と お 考え です か ? 」 「 きみ に でき なければ 、 ほか の 誰 に も 不可能だろう と 考えて おる よ 」 きみ に なら できる …… 古い 伝統 を もつ 殺し 文句 だ な 、 と ヤン は 考えた 。 この 甘い ささやき に プライド を くすぐられて 不可能 事 に 挑み 、 身 を 誤った 人々 の なんと 多い こと か 。 そして 甘言 を 弄した 側 が 責任 を とる こと は けっして ない のだ 。
ヤン は 沈黙 して いた 。
「 自信 が ない かね ? 」 本 部長 が そう 問うた とき 、 ヤン は なおも 答え なかった 。 自信 が ない なら その むね を 即答 した であろう 。 だが ヤン に は 自信 も 成算 も あった 。 彼 が イゼルローン 攻撃 の 指揮 を とって いれば 、 過去 六 回 に わたって 撃退 さ れ 、 多く の 戦死 者 を だす と いう 同盟 軍 の 不名誉 は なかった はずだ 。 それなのに 答え なかった の は 、 シトレ 元帥 の 手 に のる の が いやだった から である 。
「 もし きみ が 新 艦隊 を ひきいて イゼルローン 要塞 の 攻略 と いう 偉業 を なしとげれば ……」
シトレ 本 部長 は ヤン の 顔 を 見つめた 。 意味 あり げ な 視線 だった 。
「 きみ 個人 にたいする 好悪 の 念 は どう あれ 、 トリューニヒト 国防 委員 長 も きみの 才 幹 を 認め ざる を え ん こと だろう な 」 そして 委員 長 にたいする シトレ 本 部長 の 地位 も 強化 さ れる こと に なる 。 事態 は 戦略 と 言う より 政略 の 範疇 に 属して いる らしい 。 それにしても 老 獪 な 人 だ 、 本 部長 は !
「 微力 を つくします 」 かなり の 時間 を おいて ヤン は 答えた 。
「 そう か 、 やって くれる か 」
シトレ 本 部長 は 満足の 態 で うなずいた 。
「 では キャゼルヌ に 命じて 、 新 艦隊 の 編成 と 装備 を 急が せよう 。 必要な 物資 が あったら 、 なんでも 彼 に 注文 して くれ 。 可能な かぎり 便宜 を はから せる 」
進 発 は いつ に なる だろう 、 と ヤン は 考えた 。 本 部長 の 任期 は あと 七〇 日 ほど の はずだ 。 と いう こと は 、 本 部長 が 再任 を 狙う 以上 、 それ まで に イゼルローン 攻略 作戦 を 終了 さ せ ねば なら ない 。 作戦 じたい に 三〇 日 を 要する と 仮定 して 、 遅く と も 四〇 日 後 に ハイネセン を 進 発する こと に なり そうだった 。
トリューニヒト は この 人事 や 作戦 に 反対 し ないで あろう 。 半 個 艦隊 で イゼルローン を 攻略 できる はず が ない し 、 作戦 が 失敗 すれば シトレ と ヤン を 公然と 排除 する こと が できる から だ 。 ヤン たち が みずから 墓穴 を 掘った 、 と 祝杯 の ひと つ も あげる かも しれ ない 。
また しばらく は ユリアン の 淹 れる 紅茶 が 飲め なく なる 。 その こと が ヤン に は いささか 残念だった 。