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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 019 - Kokoro - Soseki Project

Section 019 - Kokoro - Soseki Project

十 二 人 が 帰る とき 歩き ながら の 沈黙 が 一 丁 も 二 丁 も つづいた 。 その後 で 突然 先生 が 口 を 利き 出した 。

「 悪い 事 を した 。 怒って 出た から 妻 は さぞ 心配 を して いる だろう 。 考える と 女 は 可哀そうな もの です ね 。 私 の 妻 など は 私 より 外 に まるで 頼り に する もの が ない んだ から 」

先生 の 言葉 は ちょっと そこ で 途切れた が 、 別に 私 の 返事 を 期待 する 様子 も なく 、 すぐ その 続き へ 移って 行った 。

「 そういう と 、 夫 の 方 は いかにも 心 丈夫 の ようで 少し 滑稽だ が 。 君 、 私 は 君 の 眼 に どう 映ります か ね 。 強い 人 に 見えます か 、 弱い 人 に 見えます か 」 「 中位 に 見えます 」 と 私 は 答えた 。 この 答え は 先生 に とって 少し 案外 らしかった 。 先生 は また 口 を 閉じて 、 無言 で 歩き 出した 。

先生 の 宅 へ 帰る に は 私 の 下宿 の つい 傍 を 通る の が 順路 であった 。 私 は そこ まで 来て 、 曲り角 で 分 れる の が 先生 に 済まない ような 気 が した 。 「 ついでに お宅 の 前 まで お 伴 しましょう か 」 と いった 。 先生 は 忽ち 手 で 私 を 遮った 。

「 もう 遅い から 早く 帰り たまえ 。 私 も 早く 帰って やる んだ から 、 妻君 の ため に 」

先生 が 最後に 付け加えた 「 妻君 の ため に 」 と いう 言葉 は 妙に その 時 の 私 の 心 を 暖かに した 。 私 は その 言葉 の ため に 、 帰って から 安心 して 寝る 事 が できた 。 私 は その後 も 長い 間 この 「 妻君 の ため に 」 と いう 言葉 を 忘れ なかった 。

先生 と 奥さん の 間 に 起った 波 瀾 が 、 大した もの で ない 事 は これ でも 解った 。 それ が また 滅多に 起る 現象 で なかった 事 も 、 その後 絶えず 出入り を して 来た 私 に は ほぼ 推察 が できた 。 それどころか 先生 は ある 時 こんな 感想 すら 私 に 洩らした 。

Section 019 - Kokoro - Soseki Project Section 019 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 019 - Projekt Kokoro - Soseki

十 二 人 が 帰る とき 歩き ながら の 沈黙 が 一 丁 も 二 丁 も つづいた 。 じゅう|ふた|じん||かえる||あるき|||ちんもく||ひと|ちょう||ふた|ちょう|| その後 で 突然 先生 が 口 を 利き 出した 。 そのご||とつぜん|せんせい||くち||きき|だした

「 悪い 事 を した 。 わるい|こと|| 怒って 出た から 妻 は さぞ 心配 を して いる だろう 。 いかって|でた||つま|||しんぱい|||| My wife would be worried because she got angry. 考える と 女 は 可哀そうな もの です ね 。 かんがえる||おんな||かわいそうな||| When you think about it, a woman is poor. 私 の 妻 など は 私 より 外 に まるで 頼り に する もの が ない んだ から 」 わたくし||つま|||わたくし||がい|||たより|||||||

先生 の 言葉 は ちょっと そこ で 途切れた が 、 別に 私 の 返事 を 期待 する 様子 も なく 、 すぐ その 続き へ 移って 行った 。 せんせい||ことば|||||とぎれた||べつに|わたくし||へんじ||きたい||ようす|||||つづき||うつって|おこなった

「 そういう と 、 夫 の 方 は いかにも 心 丈夫 の ようで 少し 滑稽だ が 。 ||おっと||かた|||こころ|じょうぶ|||すこし|こっけいだ| "By the way, my husband seems to be very strong and a little humorous. 君 、 私 は 君 の 眼 に どう 映ります か ね 。 きみ|わたくし||きみ||がん|||うつります|| 強い 人 に 見えます か 、 弱い 人 に 見えます か 」 つよい|じん||みえます||よわい|じん||みえます| 「 中位 に 見えます 」 と 私 は 答えた 。 ちゅうい||みえます||わたくし||こたえた この 答え は 先生 に とって 少し 案外 らしかった 。 |こたえ||せんせい|||すこし|あんがい| 先生 は また 口 を 閉じて 、 無言 で 歩き 出した 。 せんせい|||くち||とじて|むごん||あるき|だした

先生 の 宅 へ 帰る に は 私 の 下宿 の つい 傍 を 通る の が 順路 であった 。 せんせい||たく||かえる|||わたくし||げしゅく|||そば||とおる|||じゅんろ| The route to get back to the teacher's house was to pass by my boarding house. 私 は そこ まで 来て 、 曲り角 で 分 れる の が 先生 に 済まない ような 気 が した 。 わたくし||||きて|まがりかど||ぶん||||せんせい||すまない||き|| 「 ついでに お宅 の 前 まで お 伴 しましょう か 」 と いった 。 |おたく||ぜん|||ばん|||| 先生 は 忽ち 手 で 私 を 遮った 。 せんせい||たちまち|て||わたくし||さえぎった The teacher blocked me with his hand.

「 もう 遅い から 早く 帰り たまえ 。 |おそい||はやく|かえり| 私 も 早く 帰って やる んだ から 、 妻君 の ため に 」 わたくし||はやく|かえって||||さいくん||| I'll be back soon, so for my wife. "

先生 が 最後に 付け加えた 「 妻君 の ため に 」 と いう 言葉 は 妙に その 時 の 私 の 心 を 暖かに した 。 せんせい||さいごに|つけくわえた|さいくん||||||ことば||みょうに||じ||わたくし||こころ||あたたかに| 私 は その 言葉 の ため に 、 帰って から 安心 して 寝る 事 が できた 。 わたくし|||ことば||||かえって||あんしん||ねる|こと|| 私 は その後 も 長い 間 この 「 妻君 の ため に 」 と いう 言葉 を 忘れ なかった 。 わたくし||そのご||ながい|あいだ||さいくん||||||ことば||わすれ|

先生 と 奥さん の 間 に 起った 波 瀾 が 、 大した もの で ない 事 は これ でも 解った 。 せんせい||おくさん||あいだ||おこった|なみ|らん||たいした||||こと||||わかった I still understand that the wave that occurred between the teacher and his wife was not a big deal. それ が また 滅多に 起る 現象 で なかった 事 も 、 その後 絶えず 出入り を して 来た 私 に は ほぼ 推察 が できた 。 |||めったに|おこる|げんしょう|||こと||そのご|たえず|でいり|||きた|わたくし||||すいさつ|| It was also a rare phenomenon, and I could almost guess that it was a phenomenon that happened to me, who had been constantly coming and going since then. それどころか 先生 は ある 時 こんな 感想 すら 私 に 洩らした 。 |せんせい|||じ||かんそう||わたくし||もらした On the contrary, the teacher once gave me such an impression.