13. 足袋 - 島崎 藤村 たび|しまさき|ふじむら 13. tabi - SHIMAZAKI Toson

足袋 - 島崎 藤村 たび|しまさき|ふじむら

「 比佐 さん も 好 い けれど 、 アス が 太 過ぎる ……」・・ ひさ|||よしみ|||||ふと|すぎる

仙台 名 影 町 の 吉田 屋 と いう 旅人 宿 兼 下宿 の 奥 二 階 で 、 そこ から ある 学校 へ 通って いる 年 の 若い 教師 の 客 を つかまえて 、 頬 辺 の 紅 い 宿 の 娘 が そんな こと を 言って 笑った 。 せんだい|な|かげ|まち||よしだ|や|||たびびと|やど|けん|げしゅく||おく|ふた|かい|||||がっこう||かよって||とし||わかい|きょうし||きゃく|||ほお|ほとり||くれない||やど||むすめ|||||いって|わらった シ と ス と 取違えた 訛 の ある 仙台 弁 で 。 ||||とりちがえた|なま|||せんだい|べん| ・・

この 田舎 娘 の 調 戯半 分 に 言った こと は 比佐 を 喫 驚 させた 。 |いなか|むすめ||ちょう|ぎはん|ぶん||いった|||ひさ||きっ|おどろ|さ せた 彼 は 自分 の 足 に 気 が ついた …… 堅く 飛出した 「 つと わら 」 の 肉 に 気 が ついた …… 怒った ような 青 筋 に 気 が ついた …… 彼 の 二の腕 の あたり は まだまだ 繊細 い 、 生 白い もの で 、 これ から 漸 く肉 も 着こう と いう ところ で 有った が 、 その 身体 の 割合 に は 、 足 だけ は まるで 別の 物 でも 継ぎ 合わせた ように 太く 頑固に 発達 して いた …… 彼 は 真実に 喫 驚 した 。 かれ||じぶん||あし||き|||かたく|とびだした||||にく||き|||いかった||あお|すじ||き|||かれ||にのうで|||||せんさい||せい|しろい|||||すすむ|くにく||つこう|||||あった|||からだ||わりあい|||あし||||べつの|ぶつ||つぎ|あわせた|よう に|ふとく|がんこに|はったつ|||かれ||しんじつに|きっ|おどろ| ・・

散々 歩いた 足 だ 。 さんざん|あるいた|あし| 一 年 あまり も 心 の 暗い 旅 を つづけて 、 諸国 の 町 々 や 、 港 や 、 海岸 や 、 それ から 知ら ない 山道 など を 草 臥 れる ほど 歩き 廻った 足 だ 。 ひと|とし|||こころ||くらい|たび|||しょこく||まち|||こう||かいがん||||しら||やまみち|||くさ|が|||あるき|まわった|あし| 貧しい 母 を 養おう と して 、 僅かな 銭 取 の ため に 毎日 二 里 ほど ずつ も 東京 の 市街 の 中 を 歩いて 通った こと も ある 足 だ 。 まずしい|はは||やしなおう|||わずかな|せん|と||||まいにち|ふた|さと||||とうきょう||しがい||なか||あるいて|かよった||||あし| 兄 や 叔父 の 入った 未決 檻 の 方 へ も よく 引 擦って 行った 足 だ 。 あに||おじ||はいった|みけつ|おり||かた||||ひ|かすって|おこなった|あし| 歩いて 歩いて 、 終 に は どうにも こう に も 前 へ 出 なく 成って 了った 足 だ 。 あるいて|あるいて|しま|||||||ぜん||だ||なって|しまった|あし| 日 の 映った 寝床 の 上 に 器械 の ように 投出して 、 生きる 望み も なく 震えて いた 足 だ ……・・ ひ||うつった|ねどこ||うえ||きかい||よう に|なげだして|いきる|のぞみ|||ふるえて||あし|

その 足 で 、 比佐 は 漸 く この 仙台 へ 辿り着いた 。 |あし||ひさ||すすむ|||せんだい||たどりついた 宿屋 の 娘 に それ を 言わ れる まで は 実は 彼 自身 に も 気 が 着か なかった 。 やどや||むすめ||||いわ||||じつは|かれ|じしん|||き||つか| ・・

ここ へ 来て 比佐 は 初めて 月給 らしい 月給 に も ありついた 。 ||きて|ひさ||はじめて|げっきゅう||げっきゅう||| 東京 から 持って 来た 柳 行 李 に は 碌 な 着物 一 枚 入って いない 。 とうきょう||もって|きた|やなぎ|ぎょう|り|||ろく||きもの|ひと|まい|はいって| その 中 に は 洗い 晒した 飛 白 の 単 衣 だの 、 中古 で 買求めて 来た 袴 など が ある 。 |なか|||あらい|さらした|と|しろ||ひとえ|ころも||ちゅうこ||かいもとめて|きた|はかま||| それ でも 母 が 旅 の 仕度 だ と 言って 、 根気 に 洗濯 したり 、 縫い 返したり して くれた もの だ 。 ||はは||たび||したく|||いって|こんき||せんたく||ぬい|かえしたり|||| 比佐 の 教え に 行く 学校 に は 沢山 亜米利加 人 の 教師 も 居て 、 皆 な 揃った 服装 を して 出掛けて 来る 。 ひさ||おしえ||いく|がっこう|||たくさん|あめりか|じん||きょうし||いて|みな||そろった|ふくそう|||でかけて|くる なにがし 大学 を 卒業 して 来た ばかり の ような 若い 亜米利加 人 の 服装 など は 殊に 目 に つく 。 |だいがく||そつぎょう||きた||||わかい|あめりか|じん||ふくそう|||ことに|め|| そういう 中 で 、 比佐 は 人並に 揃った 羽織 袴 も 持って い なかった 。 |なか||ひさ||ひとなみに|そろった|はおり|はかま||もって|| 月給 の 中 から 黒い 背広 を 新規に 誂えて 、 降って も 照って も それ を 着て 学校 へ 通う こと に した 。 げっきゅう||なか||くろい|せびろ||しんきに|あつらえて|ふって||てって||||きて|がっこう||かよう||| しかし 、 その 新調 の 背広 を 着て 見る こと すら 、 彼 に は 初めて だ 。 ||しんちょう||せびろ||きて|みる|||かれ|||はじめて| ・・

「 どうかして 、 一 度 、 白 足袋 を 穿 いて 見たい 」・・ |ひと|たび|しろ|たび||うが||みたい そんな こと すら 長い 年月 の 間 、 非常な 贅沢な 願い の ように 考えられて いた 。 |||ながい|ねんげつ||あいだ|ひじょうな|ぜいたくな|ねがい||よう に|かんがえられて| でも 、 白 足袋 ぐらい の こと は 叶えられる 時 が 来た 。 |しろ|たび|||||かなえられる|じ||きた ・・

比佐 は 名 影 町 の 宿屋 を 出て 、 雲 斎 底 を 一足 買い求めて きた 。 ひさ||な|かげ|まち||やどや||でて|くも|ひとし|そこ||ひとあし|かいもとめて| 足袋屋 の 小僧 が 木 の 型 に 入れて 指先 の 形 を 好く して くれたり 、 滑 かな 石 の 上 に 折 重ねて 小さな 槌 で コンコン 叩いて くれたり した 、 その 白い 新鮮な 感じ の する 足袋 の 綴 じ 紙 を 引き 切って 、 甲高 な 、 不 恰好な 足 に 宛 行って 見た 。 たびや||こぞう||き||かた||いれて|ゆびさき||かた||すく|||すべ||いし||うえ||お|かさねて|ちいさな|つち|||たたいて||||しろい|しんせんな|かんじ|||たび||つづり||かみ||ひき|きって|かんだか||ふ|かっこうな|あし||あて|おこなって|みた ・・

「 どうして 、 田舎 娘 だ なんて 、 真実に 馬鹿に 成ら ない …… 人 の 足 の 太い ところ なんか 、 何時の間に 見つけた んだろう ……」・・ |いなか|むすめ|||しんじつに|ばかに|なら||じん||あし||ふとい|||いつのまに|みつけた|

醜い ほど 大きな 足 を そこ へ 投出し ながら 、 言って 見た 。 みにくい||おおきな|あし||||なげだし||いって|みた ・・

仙台 で 出来た 同僚 の 友達 は 広瀬 川 の 岸 の 方 で 比佐 を 待つ 時 だった 。 せんだい||できた|どうりょう||ともだち||ひろせ|かわ||きし||かた||ひさ||まつ|じ| 漸 く 貧しい もの に 願い が 叶った 。 すすむ||まずしい|||ねがい||かなった 初めて 白 足袋 を 穿 いて 見た 。 はじめて|しろ|たび||うが||みた それ に 軽い 新しい 麻 裏 草履 を も 穿 いた 。 ||かるい|あたらしい|あさ|うら|ぞうり|||うが| 彼 は 足 に 力 を 入れて 、 往来 の 土 を 踏みしめ 踏みしめ 、 雀 躍 し ながら 若い 友達 の 方 へ 急いだ 。 かれ||あし||ちから||いれて|おうらい||つち||ふみしめ|ふみしめ|すずめ|おど|||わかい|ともだち||かた||いそいだ