9. わら と 炭 と 豆 - グリム (Grimm)
わら と 炭 と 豆 - グリム ( Grimm )
矢崎 源 九郎 訳
ある 村 に 、 ひと り の まずしい おばあ さん が 住んで いました 。 おばあ さん は 豆 を ひと さら あつめて 、 煮よう と 思いました 。 そこ で 、 おばあ さん は かまど に 火 を おこす 用意 を しました 。 そして 、 火 が はやく もえ つく ように 、 ひと つかみ の わら に 火 を つけました 。 ・・
おばあ さん が 豆 を お なべ に あける とき 、 知ら ない ま に 、 ひと つぶ だけ おばあ さん の 手 から すべりおちました 。 その 豆 は 、 床 の 上 の わら の そば に 、 ころころ と ころがって いきました 。 すると 、 すぐ その あと から 、 まっかに おこって いる 炭 が かまど から は ね だして 、 この ふた り の ところ へ やってきました 。 ・・
する と 、 わら が 口 を きいて 、 いいました 。 ・・
「 おまえ さん たち 、 どこ から きた んだ ね 。」 ・・
炭 が こたえました 。 ・・
「 おれ は 、 うまい ぐあい に 、 火 の なか から とびだして きた んだ よ 。 こう で も し なかったら 、 まちがい なし に お だぶつ さ 。 もえて 、 灰 に なっち まう に きまって る もの 。」 ・・
こんど は 、 豆 が いいました 。 ・・
「 あたし も ぶじに にげて きた わ 。 あの おばあ さん に お なべ の なか へ いれられよう もの なら 、 ほか の お 友だち と おんなじ ように 、 なさけ ようしゃ も なく 、 どろどろ に 煮られて しまう ところ だった の よ 。」 ・・
「 おれ だって 、 にたりよったりの めに あって る の さ 。」 ・・
と 、 わら が いいました 。 ・・
「 おれ の 兄弟 たち は 、 みんな あの ばあさん の おかげ で 、 火 を つけられて 、 煙 に なっち まったん だ 。 ばあさん たら 、 いっぺんに 六十 も つかんで 、 みんな の 命 を とっち まった の さ 。 おれ だけ は 、 運よく ばあさん の 指 の あいだ から すべりおちた から いい けど ね 。」 ・・
「 ところで 、 おれたち は これ から どう したら いい だろう 。」 ・・
と 、 炭 が いいました 。 ・・
「 あたし 、 こう 思う の よ 。」 ・・
と 、 豆 が こたえました 。 ・・
「 あたし たち は 運よく 死な ず に すんだん です から 、 みんな で なかよし の お 友だち に なりましょう よ 。 そして 、 ここ で もう 二度と あんな ひどい めに あわ ない ように 、 いっしょに そと へ でて 、 どこ か よそ の 国 へ でも いきましょう 。」 ・・
この 申し出 は 、 ほか の ふた り も 気 に いりました 。 そこ で 三 人 は 、 つれだって でかけました 。 ・・
やがて 、 三 人 は 、 とある 小さな 流れ の ところ に やってきました 。 見る と 、 橋 も なければ 、 わたし 板 も ありません 。 三 人 は 、 どうして わたった もの か 、 とほう に くれて しまいました 。 ・・
わら が うまい こと を 思いついて 、 いいました 。 ・・
「 おれ が 横 に なって 、 ねころんで やろう 。 そう すれば 、 おまえ さん たち は 橋 を わたる ように 、 おれ の からだ の 上 を わたって いける と いう もん だ 。」 ・・
こう いって 、 わら は こっち の 岸 から むこうの 岸 まで 、 からだ を 長 な が と のばしました 。 すると 、 炭 は 生まれつき せっかちだった もの です から 、 この できた ばかりの 橋 の 上 を 、 むてっぽうに 、 ちょこちょこ かけだしました 。 ところが 、 まんなか まで きて 、 足 の 下 で 水 が ざ あざ あな が れる 音 を ききます と 、 どうにも こわく なって 、 そこ に 立ちすくんで しまいました 。 もう ひと 足 も すすむ こと が でき ない のです 。 ・・
その うち に 、 わら は もえ だして 、 ふた つ に 切れて 、 流れ の なか へ おっこ ちました 。 炭 も あと から 足 を すべらせて 、 水 の なか へ おちました 。 そして 、 ジュウッ と いって 、 命 を うしなって しまいました 。 ・・
豆 は 用心ぶかく 、 まだ こっち の 岸 に のこって いました が 、 この できごと を 見ます と 、 おかしくって 、 わらわ ず に はいら れません でした 。 ところが 、 その わらい が いつまで たって も とまりません 。 豆 は あんまり ひどく わらった もの です から 、 とうとう 、 パチン と はじけて しまいました 。 ・・
です から 、 もしも この とき 、 旅 まわり を して いる 仕立 屋 さん が 、 運よく 、 この 流れ の 岸 べ で やすんで い なかった なら 、 豆 も ほか の ふた り と おなじ ように 、 死んで しまう ところ でした 。 ・・
仕立 屋 さん は 、 なさけぶかい 人 でした から 、 さっそく 針 と 糸 と を とりだして 、 豆 の からだ を ぬい あわせて やりました 。 豆 は 仕立 屋 さん に 、 あつく あつく お 礼 を いいました 。 けれども 、 仕立 屋 さん が つかった の は 黒い 糸 でした ので 、 それ から と いう もの は 、 どの 豆 に も 黒い ぬいめ が ついて いる のです 。