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「九 」 野 分 夏目 漱石
小春 の 日 に 温め 返さ れた 別荘 の 小 天地 を 開いて 結婚 の 披露 を する 。
愛 は 偏狭 を 嫌う 、 また 専有 を にくむ 。
愛し たる 二 人 の 間 に 有り余る 情 を 挙げて 、 博 く 衆生 を 潤 おす 。
有りあまる 財 を 抛って 多く の 賓格 を 会す 。
来 ら ざる もの は 和 楽 の 扇 に 麾 く 風 を 厭う て 、 寒き 雪空 に 赴く 鳧雁 の 類 である 。
円満なる 愛 は 触る る ところ の すべて を 円満に す 。
二 人 の 愛 は 曇り 勝ち なる 時雨 の 空 さえ も 円満に した 。
―― 太陽 の 真 上 に 照る 日 である 。
照る 事 は 誰 で も 知る が 、 だれ も 手 を 翳して 仰ぎ見る 事 の なら ぬ くらい 明か に 照る 日 である 。
得意なる もの に 明か なる 日 の 嫌な もの は ない 。
客 は 車 を 駆って 東西 南北 より 来る 。
杉 の 葉 の 青き を 択 んで 、 丸 柱 の 太き を 装い 、 頭 の 上 一 丈 にて 二 本 を 左右 より 平に 曲げて 続 ぎ 合せ たる を アーチ と 云 う 。
杉 の 葉 の 青き は あまりに 厳に 過 ぐ 。
愛 の 郷 に 入る もの は 、 ただ おごそかなる 門 を 潜る べ から ず 。
青き もの は 暖かき 色 に 和 げられ ねば なら ぬ 。
裂けば 煙る 蜜柑 の 味 は しら ず 、 色 こそ 暖かい 。
小春 の 色 は 黄 である 。
点々 と 珠 を 綴る 杉 の 葉 影 に 、 ゆたかなる 南海 の 風 は 通う 。
紫 に 明け 渡る 夜 を 待ちかねて 、 ぬっと 出る 旭 日 が 、 岡 より 岡 を 射て 、 万 顆 の 黄 玉 は 一 時 に 耀 く 紀 の 国 から 、 偸 み 来た 香り と 思わ れる 。
この 下 を 通る もの は 酔わ ねば 出る 事 を 許さ れ ぬ 掟 である 。
緑 門 ( アーチ ) の 下 に は 新しき 夫婦 が 立って いる 。
すべて の 夫婦 は 新 らしく なければ なら ぬ 。
新しき 夫婦 は 美しく なければ なら ぬ 。
新しく 美しき 夫婦 は 幸福で なければ なら ぬ 。
彼ら は この 緑 門 の 下 に 立って 、 迎え たる 賓客 にわ が 幸福 の 一 分 を 与え 、 送り出す 朋友 にわ が 幸福 の 一 分 を 与えて 、 残る 幸福に 共 白髪 の 長き 末 まで を 耽 る べく 、 新 らしい のである 、 また 美 くし い のである 。
男 は 黒き 上着 に 縞 の 洋 袴 ( ズボン ) を 穿 く 。
折々 は 雪 を 欺く 白き 手拭 ( ハンケチ ) が 黒き 胸 の あたり に 漂う 。
女 は 紋つき である 。
裾 を 色どる 模様 の 華やかなる なか から 浮き上がる が ごとく 調子 よく すらりと 腰 から 上 が 抜け出 でて いる 。
ヴィーナス は 浪 の なか から 生れた 。
この 女 は 裾 模様 の なか から 生れて いる 。
日 は 明か に 女 の 頸筋 に 落ちて 、 角 だ た ぬ 咽 喉 の 方 は ほの白き 影 と なる 。
横 から 見る とき その 影 が 消える が ごとく 薄く なって 、 判然と した やさしき 輪 廓 に 終る 。
その 上 に 紫 の うずまく は 一 朶 の 暗き 髪 を 束ね ながら も 額 際 に 浮か せた のである 。
金 台 に 深紅 の 七宝 を 鏤めた ヌーボー 式 の 簪 が 紫 の 影 から 顔 だけ 出して いる 。
愛 は 堅き もの を 忌む 。
すべて の 硬 性 を 溶 化せ ねば やま ぬ 。
女 の 眼 に 耀 く 光り は 、 光り それ 自から の 溶けた 姿 である 。
不可思議なる 神 境 から 双 眸 の 底 に 漂う て 、 視界 に 入る 万有 を 恍惚 の 境 に 逍遥 せ しむ る 。
迎えられ たる 賓客 は 陶然 と して 園 内 に 入る 。
「 高柳 さん は いらっしゃる でしょう か 」 と 女 が 小さな 声 で 聞く 。
「 え ?
」 と 男 は 耳 を 持ってくる 。
園 内 で は 楽隊 が 越後 獅子 を 奏して いる 。
客 は 半分 以上 集まった 。
夫婦 は なか へ 這 入って 接待 を せ ねば なら ん 。
「 そう さ ね 。
忘れて いた 」 と 男 が 云 う 。
「 もう だいぶ 御 客 さま が いら しった から 、 向 へ 行か ない じゃ わるい でしょう 」 「 そう さ ね 。
もう 行く 方 が いい だろう 。
しかし 高柳 が くる と 可哀想だ から ね 」 「 ここ に いらっしゃら ない と です か 」 「 うん 。
あの 男 は 、 わたし が 、 ここ に 見え ない と 門 まで 来て 引き返す よ 」 「 なぜ ?
」 「 なぜって 、 こんな 所 へ 来た 事 は ない んだ から ―― 一 人 で 一 人 坊っち に なる 男 な んだ から ――、 ともかくも アーチ を 潜ら せて しまわ ない と 安心 が 出来 ない 」 「 いらっしゃる んでしょう ね 」 「 来る よ 、 わざわざ 行って 頼んだ んだ から 、 いやで も 来る と 約束 する と 来 ず に いられ ない 男 だ から きっと くる よ 」 「 御 厭 な んです か 」 「 厭って 、 な に 別に 厭 な 事 も ない んだ が 、 つまり きまり が わるい の さ 」 「 ホホホホ 妙です わ ね 」 きまり の わるい の は 自信 が ない から である 。
自信 が ない の は 、 人 が 馬鹿に する と 思う から である 。
中野 君 は ただ きまり が 悪い から だ と 云 う 。
細 君 は ただ 妙です わ ね と 思う 。
この 夫婦 は 自分 達 の きまり を 悪 る がる 事 は 忘れて いる 。
この 夫婦 の 境界 に ある 人 は 、 いくら きまり を 悪 る がる 性分 でも 、 きまり を わる がら ず に 生涯 を 済ませる 事 が 出来る 。
「 いらっしゃる なら 、 ここ に いて 上げる 方 が いい でしょう 」 「 来る 事 は 受け 合う よ 。
―― いい さ 、 奥 は おやじ や 何 か だいぶ いる から 」 愛 は 善人 である 。
善人 は その 友 の ため に 自家 の 不都合 を 犠牲 に する を 憚 から ぬ 。
夫婦 は 高柳 君 の ため に アーチ の 下 に 待って いる 。
高柳 君 は 来 ねば なら ぬ 。
馬車 の 客 、 車 の 客 の 間 に 、 ただ 一 人 高柳 君 は 蹌踉 と して 敵地 に 乗り込んで 来る 。
この 海 の ごとく 和気 の 漲り たる 園遊会 ―― 新 夫婦 の 面 に 湛え たる 笑 の 波 に 酔う て 、 われ知らず 幸福 の 同化 を 享 くる 園遊会 ―― 行く年 を しばらく は 春 に 戻して 、 のどかなる 日影 に 、 窮 陰 の 面 の あたり なる を 忘 る べき 園遊会 は 高柳 君 に とって 敵地 である 。
富 と 勢 と 得意 と 満足の 跋扈 する 所 は 東西 球 を 極めて 高柳 君 に は 敵地 である 。
高柳 君 は アーチ の 下 に 立つ 新しき 夫婦 を 十 歩 の 遠き に 見て 、 これ が わが 友 である と は たしかに 思わ なかった 。
多少 の 不都合 を 犠牲 に して まで 、 高柳 君 を 待ち受け たる 夫婦 の 眼 に 高柳 君 の 姿 が ちら と 映 じた 時 、 待ち受けた に も かかわら ず 、 待ち受け 甲斐 の ある 御 客 と は 夫婦 共に 思わ なかった 。
友 誼 の 三 分 一 は 服装 が 引き受ける 者 である 。
頭 の なか で 考えた 友達 と 眼 の 前 へ 出て 来た 友達 と は だいぶ 違う 。
高柳 君 の 服装 は この 日 の 来客 中 で もっとも 憐れ なる 服装 である 。
愛 は 贅沢である 。
美 なる もの の ほか に は 価値 を 認め ぬ 。
女 は なお さらに 価値 を 認め ぬ 。
夫婦 が 高柳 君 と 顔 を 見合せた 時 、 夫婦 共 「 これ は 」 と 思った 。
高柳 君 が 夫婦 と 顔 を 見合せた 時 、 同じく 「 これ は 」 と 思った 。
世の中 は 「 これ は 」 と 思った 時 、 引き返せ ぬ もの である 。
高柳 君 は 蹌踉 と して 進んで くる 。
夫婦 の 胸 に はっと きざした 「 これ は 」 は 、 すぐ と 愛 の 光り に 姿 を かくす 。
「 や あ 、 よく 来て くれた 。
あまり 遅い から 、 どうした か と 思って 心配 して いた ところ だった 」 偽り も ない 事実 である 。
ただ 「 これ は 」 と 思った 事 だけ を 略した まで である 。
「 早く 来よう と 思った が 、 つい 用 が あって ……」 これ も 事実 である 。
けれども やはり 「 これ は 」 が 略されて いる 。
人間 の 交際 に は いつでも 「 これ は 」 が 略さ れる 。
略さ れた 「 これ は 」 が 重なる と 、 喧嘩 なし の 絶交 と なる 。
親しき 夫婦 、 親しき 朋友 が 、 腹 の なか の 「 これ は 、 これ は 」 で なし崩し に 愛想 を つかし 合って いる 。
「 これ が 妻 だ 」 と 引き合わせる 。
一 人 坊っち に 美しい 妻君 を 引き合わせる の は 好意 より 出た 罪悪 である 。
愛 の 光り を 浴びた もの は 、 嬉し さ が はびこって 、 そんな 事 に 頓着 は ない 。
何にも 云 わ ぬ 細 君 は ただ しとやかに 頭 を 下げた 。
高柳 君 は ぼんやり して いる 。
「 さあ 、 あちら へ ―― 僕 も いっしょに 行こう 」 と 歩 を 運 ら す 。
十 間 ばかり あるく と 、 夫婦 は すぐ 胡麻 塩 おやじ に つら まった 。
「 や 、 どうも みごとな 御 庭 です ね 。
こう 広く は ある まい と 思って た が ―― いえ 始めて で 。
おとっさん から 時々 御 招き は あった が 、 いつでも 折悪しく 用事 が あって ―― どうも 、 よく 御 手入れ が 届いて 、 実に 結構です ね ……」 と 胡麻 塩 は のべつ に 述べ たてて 容易に 動か ない 。
ところ へ また 二三 人 が やってくる 。
「 結構だ 」「 何 坪 です か な 」「 私 も 年 来 この 辺 を 心掛けて おります が 」 など と 新 夫婦 を 取り 捲 いて しまう 。
高柳 君 は 憮然と して 中心 を はずれて 立って いる 。
する と 向 う から 、 襷がけ の 女 が 駈 け て 来て 、 いきなり 塩 瀬 の 五 つ 紋 を つら ま えた 。
「 さあ 、 いらっしゃい 」 「 いらっしゃい たって 、 もう ほか で 御馳走 に なっち まった よ 」 「 ずるい わ 、 あなた は 、 他 に これほど 馳 けずり 廻ら せて 」 「 旨 いもの も 、 ない 癖 に 」 「 ある わ よ 、 あなた 。
まあ いい から いらっしゃ いて え のに 」 と ぐいぐい 引っ張る 。
塩 瀬 は 羽織 が 大事だ から 引か れ ながら 行く 、 途端 に 高柳 君 に 突き当った 。
塩 瀬 は ちょっと 驚 ろ いて 振り向いた まで は 、 粗忽 を して 恐れ入った と 云 う 面 相 を して いた が 、 高柳 君 の 顔 から 服装 を 見る や 否 や 、 急に 表情 を 変えた 。
「 や あ 、 こりゃ 」 と 上 から さげすむ ように 云って 、 しかも 立って 見て いる 。
「 いらっしゃい よ 。
いい から いらっしゃい よ 。
構わ ない でも 、 いい から いらっしゃい よ 」 と 女 は 高柳 君 を 後 目 に かけた なり 塩 瀬 を 引っ張って 行く 。
高柳 君 は ぽつぽつ 歩き 出した 。
若 夫婦 は 遥か あなた に 遮られて いっしょに は なれ ぬ 。
芝生 の 真中 に 長い 天幕 ( テント ) を 張る 。
中 を 覗いて 見たら 、 暗い 所 に 大きな 菊 の 鉢 が ならべて ある 。
今頃 こんな 菊 が まだ ある か と 思う 。
白い 長い 花弁 が 中心 から 四方 へ 数 百 片 延び 尽して 、 延び 尽した 端 から また 随意に 反り返り つつ 、 あらん限り の 狂 態 を 演じて いる の が ある 。
背筋 の 通った 黄 な 片 が 中 へ 中 へ と 抱き合って 、 真中 に 大切な もの を 守護 する ごとく 、 こんもり と 丸く なった の も ある 。
松 の 鉢 も 見える 。
玻璃 盤 に 堆 かく 林檎 を 盛った の が 、 白い 卓 布 の 上 に 鮮やかに 映る 。
林檎 の 頬 が 、 暗き うち に も 光って いる 。
蜜柑 を 盛った 大 皿 も ある 。
傍 で けら けら と 笑う 声 が する 。
驚 ろ いて 振り向く と 、 しる く はっと を 被った 二 人 の 若い 男 が 、 二 人 共 相好 を 崩して いる 。
「 妙だ よ 。
実に 」 と 一 人 が 云 う 。
「 珍 だ ね 。
全く 田舎 者 な んだ よ 」 と 一 人 が 云 う 。
高柳 君 は じっと 二 人 を 見た 。
一 人 は 胸 開 の 狭い 。
模様 の ある 胴衣 ( チョッキ ) を 着て 、 右手 の 親指 を 胴衣 の ぽっけっと へ 突き 込んだ まま 肘 を 張って いる 。
一 人 は 細い 杖 に 言訳 ほど に 身 を もた せて 、 護 謨 ( ゴム ) び き 靴 の 右 の 爪先 を 、 竪 に 地 に 突いて 、 左 足 一 本 で 細長い から だ の 中心 を 支えて いる 。
「 まるで 給仕 人 ( ウェーター ) だ 」 と 一 本 足 が 云 う 。
高柳 君 は 自分 の 事 を 云 う の か と 思った 。
すると 色 胴衣 が 「 本当に さ 。
園遊会 に 燕尾服 を 着て くる なんて ―― 洋行 し ない だって その くらい な 事 は わかり そうな もの だ 」 と 相鎚 を 打って いる 。
向 う を 見る と なるほど 燕尾服 が いる 。
しかも 二 人 かたまって 、 何 か 話 を して いる 。
同類 相 集まる と 云 う 訳 だろう 。
高柳 君 は ようやく あれ を 笑って る のだ な と 気 が ついた 。
しかし なぜ 燕尾服 が 園遊会 に 適し ない か は とうてい 想像 が つか なかった 。
芝生 の 行き当り に 葭簀 掛け の 踊 舞台 が あって 、 何 か しきりに やって いる 。
正面 は 紅白 の 幕 で 庇 を かこって 、 奥 に は 赤い 毛氈 を 敷いた 長い 台 が ある 。
その 上 に 三味線 を 抱えた 女 が 三 人 、 抱え ない の が 二 人 並んで いる 。
弾く もの と 唄う もの と 分業 に した のである 。
舞台 の 真中 に 金 紙 の 烏帽子 を 被って 、 真 白 に 顔 を 塗り たてた 女 が 、 棹 の ような もの を 持ったり 、 落したり 、 舞 扇 を 開いたり 、 つぼめたり 、 長い 赤い 袖 を 翳したり 、 翳さ なかったり 、 何でも しきりに 身振 を して いる 。
半紙 に 墨 黒々 と 朝妻 船 と かいて 貼り 出して ある から 、 おおかた 朝妻 船 と 云 う もの だろう と 高柳 君 は しばらく 後ろ の 方 から 小さく なって 眺めて いた 。
舞台 を 左 へ 切れる と 、 御影 の 橋 が ある 。
橋 の 向 の 築山 の 傍 手 に は 松 が 沢山 ある 。
松 の 間 から 暖簾 の ような もの が ちらちら 見える 。
中 で 女 が ききと 笑って いる 。
橋 を 渡り かけた 高柳 君 は また 引き返した 。
楽隊 が 一度に 満 庭 の 空気 を 動かして 起る 。
そろそろ と 天幕 ( テント ) の 所 まで 帰って 来る 。
今度 は 中 を 覗く の を やめ に した 。
中 は 大勢 で がやがや して いる 。
入口 へ 回って 見る と 人 で 埋って 皿 の 音 が しきりに する 。
若 夫婦 は どこ に いる か 見え ぬ 。
しばらく 様子 を 窺って いる と 突然 万歳 と 云 う 声 が した 。
楽隊 の 音 は 消されて しまう 。
石橋 の 向 うで 万歳 と 云 う 返事 が ある 。
これ は 迷子 の 万 歳 である 。
高柳 君 は の そり と 疳違 を した 客 の ように 天幕 の うち に 這 入った 。
皿 だけ 高く 差し上げて 人 と 人 の 間 を 抜けて 来た もの が ある 。
「 さあ 、 御上 ん なさい 。
まだ ある んだ が 人 が 込んで て 容易に 手 が 届か ない 」 と 云 う 。
高柳 君 は 自分 に くれる に して は 目 の 見当 が 少し 違う と 思ったら 、 後ろ の 方 で 「 ありがとう 」 と 云 う 涼しい 声 が した 。
十七八 の 桃色 縮緬 の 紋 付 を きた 令嬢 が 皿 を もらった まま 立って いる 。
傍 に いた 紳士 が 、 天幕 の 隅 から 一 脚 の 椅子 を 持って 来て 、 「 さあ この上 へ 御 乗せ なさい 」 と 令嬢 の 前 に 据えた 。
高柳 君 は 一 間 ばかり 左 へ 進む 。
天幕 の 柱 に 倚 り かかって 洋服 と 和服 が 煙草 を ふかして いる 。
「 葉巻 は やめた の かい 」 「 うん 、 頭 に わるい そうだ から ―― しかし あれ を 呑 みつける と 、 何 だ ね 、 紙 巻 は とうてい 呑 め ない ね 。
どんな 好 い 奴 でも 駄目だ 」 「 そりゃ 、 価 段 だけ だ から ―― 一 本 三十 銭 と 三 銭 と は 比較 に なら ない から な 」 「 君 は 何 を 呑 む の だい 」 「 これ を 一 つ やって 見た まえ 」 と 洋服 が 鰐 皮 の 煙草 入 から 太い 紙 巻 を 出す 。
「 なるほど エジプシアン か 。
これ は 百 本 五六 円 する だろう 」 「 安い 割に は うまく 呑 め る よ 」 「 そう か ―― 僕 も 紙 巻 でも 始めよう か 。
これ なら 日 に 二十 本 ずつ に して も 二十 円 ぐらい で あがる から ね 」 二十 円 は 高柳 君 の 全 収入 である 。
この 紳士 は 高柳 君 の 全 収入 を 煙 に する つもりである 。
高柳 君 は また 左 へ 四 尺 ほど 進んだ 。
二三 人 話 を して いる 。
「 この 間 ね 、 野 添 が 例の 人造 肥料 会社 を 起す ので ……」 と 頭 の 禿げた 鼻 の 低い 金 歯 を 入れた 男 が 云 う 。
「 うん 。
ありゃ 当った ね 。
旨 く やった よ 」 と 真四角な 色 の 黒い 、 煙草 入 の 金具 の ような 顔 が 云 う 。
「 君 も 賛成 者 の うち に 名 が 見えた じゃ ない か 」 と 胡麻 塩 頭 の 最 前 中野 君 を 中途 で 強奪 した おやじ が 云 う 。
「 それ さ 」 と 今度 は 禿げ の 番 である 。
「 野 添 が 、 どう です 少し 持って くれません か と 云 う から 、 さよう さ 、 わたし は 今回 は まあ よしましょう と 断わった の さ 。
ところが 、 まあ 、 そう 云 わ ず と 、 せめて 五百 株 でも 、 実は もう 貴 所 の 名前 に して ある んだ から と 云 うの さ 、 面倒だ から いい加減に 挨拶 を して 置いたら 先生 すぐ 九州 へ 立って 行った 。
それ から 二 週間 ほど して 社 へ 出る と 書記 が 野 添 さん の 株 が 大変 上りました 。
五十 円 株 が 六十五 円 に なりました 。
合計 三万二千五百 円 に なりました と 云 う の さ 」 「 そりゃ 豪勢だ 、 実は 僕 も 少し 持とう と 思って た んだ が 」 と 四角 が 云 う と 「 ありゃ 実際 意外だった 。
あんなに 、 とんとん拍子に あがろう と は 思わ なかった 」 と 胡麻 塩 が しきりに 胡麻 塩 頭 を 掻く 。
「 もう 少し 踏み込んで 沢山 僕 の 名 に して 置けば よかった 」 と 禿 は 三万二千五百 円 以外 に 残念がって いる 。
高柳 君 は 恐る恐る 三 人 の 傍 を 通り抜けた 。
若 夫婦 に 逢って 挨拶 して 早く 帰りたい と 思って 、 見 廻 わす と 一 番 奥 の 方 に 二 人 は 黒い フロック と 五色 の 袖 に 取り巻かれて 、 なかなか 寄りつけ そう も ない 。
食卓 は ようやく 人数 が 減った 。
しかし 残って いる 食品 は ほとんど ない 。
「 近頃 は 出掛ける か ね 」 と 云 う 声 が する 。
仙台 平 を ずるずる 地 び た へ 引きずって 白 足袋 に 鼠 緒 の 雪 駄 を かすかに 出した 三十 恰好 の 男 だ 。
「 昨日 須崎 の 種田 家 の 別荘 へ 招待 されて 鴨 猟 を やった 」 と 五 分 刈 の 浅黒い の が 答えた 。
「 鴨 に は まだ 早い だろう 」 「 もう いい ね 。
十 羽 ばかり 取った が ね 。
僕 が 十 羽 、 大谷 が 七 羽 、 加瀬 と 山内 が 八 羽 ずつ 」 「 じゃ 君 が 一 番 か 」 「 いい や 、 斎藤 は 十五 羽 だ 」 「 へえ 」 と 仙台 平 は 感心 して いる 。
同期 の 卒業 生 は 多い なか に 、 たった 五六 人 しか 見え ん 。
しかも あまり 親しく ない もの ばかり である 。
高柳 君 は 挨拶 だけ して 別段 話 も し なかった が 、 今 と なって 見る と 何だか 恋しい 心持ち が する 。
どこ ぞ に おり は せ ぬ か と 見 廻した が 影 も 見え ぬ 。
ことに よる と 帰った かも 知れ ぬ 。
自分 も 帰ろう 。
主客 は 一 である 。
主 を 離れて 客 なく 、 客 を 離れて 主 は ない 。
吾々 が 主客 の 別 を 立てて 物 我 の 境 を 判然と 分 劃 する の は 生存 上 の 便宜 である 。
形 を 離れて 色 なく 、 色 を 離れて 形 なき 強いて 個別 する の 便宜 、 着想 を 離れて 技巧 なく 技巧 を 離れて 着想 なき を しばらく 両 体 と なす の 便宜 と 同様である 。
一 たび この 差別 を 立 し たる 時 吾人 は 一 の 迷路 に 入る 。
ただ 生存 は 人生 の 目的 なる が 故 に 、 生存 に 便宜 なるこ の 迷路 は 入る 事 いよいよ 深く して 出 ずる 事 いよいよ かたき を 感ず 。
独り 生存 の 欲 を 一刻 たり と も 擺脱 し たる とき に この 迷 は 破る 事 が 出来る 。
高柳 君 は この 欲 を 刹那 も 除去 し 得 ざる 男 である 。
したがって 主客 を 方 寸 に 一致 せ しむ る 事 の でき がたき 男 である 。
主 は 主 、 客 は 客 と して どこまでも 膠着 する が 故 に 、 一 たび 優勢なる 客 に 逢う とき 、 八方 より 無形 の 太刀 を 揮って 、 打ちのめさ る る が ごとき 心地 が する 。
高柳 君 は この 園遊会 に おいて 孤軍 重 囲 の うち に 陥った のである 。
蹌踉 と して アーチ を 潜った 高柳 君 は また 蹌踉 と して アーチ を 出 ざる を 得 ぬ 。
遠く から 振り返って 見る と 青い 杉 の 環 の 奥 の 方 に 天幕 ( テント ) が 小さく 映って 、 幕 の なか から 、 奇麗な 着物 が かたまって あらわれて 来た 。
あの なか に 若い 夫婦 も 交って る のであろう 。
夫婦 の 方 で は 高柳 を さがして いる 。
「 時に 高柳 は どう したろう 。
御前 あれ から 逢った かい 」 「 いいえ 。
あなた は 」 「 おれ は 逢わ ない 」 「 もう 御 帰り に なった んでしょう か 」 「 そう さ 、―― しかし 帰る なら 、 ちっと は 帰る 前 に 傍 へ 来て 話 でも し そうな もの だ 」 「 なぜ 皆さん の いらっしゃる 所 へ 出て いらっしゃら ない のでしょう 」 「 損だ ね 、 ああ 云 う 人 は 。
あれ で 一 人 じゃ やっぱり 不愉快な んだ 。
不愉快 なら 出て くれば いい の に なお なお 引き込んで しまう 。
気の毒な 男 だ 」 「 せっかく 愉快に して あげよう と 思って 、 御 招き する のに ね 」 「 今日 は 格別 色 が わるかった ようだ 」 「 きっと 御 病気 です よ 」 「 やっぱり 一 人 坊っち だ から 、 色 が 悪い のだ よ 」 高柳 君 は 往来 を あるき ながら 、 ぞっと 悪寒 を 催した 。
「九 」 野 分 夏目 漱石
ここの|の|ぶん|なつめ|そうせき
"Nine." Soseki Natsume
Nobe Natsume Soseki "Nove".
《九》野分夏目漱石
小春 の 日 に 温め 返さ れた 別荘 の 小 天地 を 開いて 結婚 の 披露 を する 。
こはる||ひ||あたため|かえさ||べっそう||しょう|てんち||あいて|けっこん||ひろう||
愛 は 偏狭 を 嫌う 、 また 専有 を にくむ 。
あい||へんきょう||きらう||せんゆう||
||||||||dislike
愛し たる 二 人 の 間 に 有り余る 情 を 挙げて 、 博 く 衆生 を 潤 おす 。
あいし||ふた|じん||あいだ||ありあまる|じょう||あげて|はく||しゅじょう||じゅん|
|||||||||||||||saturate|
有りあまる 財 を 抛って 多く の 賓格 を 会す 。
ありあまる|ざい||なげうって|おおく||ひんかく||かいす
overflowing|||cast away|||social status||meet
来 ら ざる もの は 和 楽 の 扇 に 麾 く 風 を 厭う て 、 寒き 雪空 に 赴く 鳧雁 の 類 である 。
らい|||||わ|がく||おうぎ||き||かぜ||いとう||さむき|ゆきぞら||おもむく|かもがん||るい|
||||||||||wave|||||||snowy sky||to go|wild goose|||
円満なる 愛 は 触る る ところ の すべて を 円満に す 。
えんまんなる|あい||さわる||||||えんまんに|
perfect||||||||||
二 人 の 愛 は 曇り 勝ち なる 時雨 の 空 さえ も 円満に した 。
ふた|じん||あい||くもり|かち||しぐれ||から|||えんまんに|
―― 太陽 の 真 上 に 照る 日 である 。
たいよう||まこと|うえ||てる|ひ|
|||||shines||
照る 事 は 誰 で も 知る が 、 だれ も 手 を 翳して 仰ぎ見る 事 の なら ぬ くらい 明か に 照る 日 である 。
てる|こと||だれ|||しる||||て||かざして|あおぎみる|こと|||||あか||てる|ひ|
||||||||||||shade|look up||||||||||
得意なる もの に 明か なる 日 の 嫌な もの は ない 。
とくいなる|||あか||ひ||いやな|||
客 は 車 を 駆って 東西 南北 より 来る 。
きゃく||くるま||かって|とうざい|なんぼく||くる
杉 の 葉 の 青き を 択 んで 、 丸 柱 の 太き を 装い 、 頭 の 上 一 丈 にて 二 本 を 左右 より 平に 曲げて 続 ぎ 合せ たる を アーチ と 云 う 。
すぎ||は||あおき||たく||まる|ちゅう||ふとき||よそおい|あたま||うえ|ひと|たけ||ふた|ほん||さゆう||ひらに|まげて|つづ||あわせ|||あーち||うん|
|||||||||||thick||||||||||||||||||||||||
杉 の 葉 の 青き は あまりに 厳に 過 ぐ 。
すぎ||は||あおき|||げんに|か|
cedar|||||||||
愛 の 郷 に 入る もの は 、 ただ おごそかなる 門 を 潜る べ から ず 。
あい||ごう||はいる|||||もん||くぐる|||
||||||||solemn||||||
青き もの は 暖かき 色 に 和 げられ ねば なら ぬ 。
あおき|||あたたかき|いろ||わ|げ られ|||
|||||||must be combined|||
裂けば 煙る 蜜柑 の 味 は しら ず 、 色 こそ 暖かい 。
さけば|けむる|みかん||あじ||||いろ||あたたかい
小春 の 色 は 黄 である 。
こはる||いろ||き|
点々 と 珠 を 綴る 杉 の 葉 影 に 、 ゆたかなる 南海 の 風 は 通う 。
てんてん||しゅ||つづる|すぎ||は|かげ|||なんかい||かぜ||かよう
||||||||||abundant|||||
紫 に 明け 渡る 夜 を 待ちかねて 、 ぬっと 出る 旭 日 が 、 岡 より 岡 を 射て 、 万 顆 の 黄 玉 は 一 時 に 耀 く 紀 の 国 から 、 偸 み 来た 香り と 思わ れる 。
むらさき||あけ|わたる|よ||まちかねて|ぬ っと|でる|あさひ|ひ||おか||おか||いて|よろず|か||き|たま||ひと|じ||よう||き||くに||とう||きた|かおり||おもわ|
|||||||suddenly|||||||||shoot||thousand||||||||||||||||||||
この 下 を 通る もの は 酔わ ねば 出る 事 を 許さ れ ぬ 掟 である 。
|した||とおる|||よわ||でる|こと||ゆるさ|||おきて|
緑 門 ( アーチ ) の 下 に は 新しき 夫婦 が 立って いる 。
みどり|もん|あーち||した|||あたらしき|ふうふ||たって|
すべて の 夫婦 は 新 らしく なければ なら ぬ 。
||ふうふ||しん||||
新しき 夫婦 は 美しく なければ なら ぬ 。
あたらしき|ふうふ||うつくしく|||
新しく 美しき 夫婦 は 幸福で なければ なら ぬ 。
あたらしく|うつくしき|ふうふ||こうふくで|||
彼ら は この 緑 門 の 下 に 立って 、 迎え たる 賓客 にわ が 幸福 の 一 分 を 与え 、 送り出す 朋友 にわ が 幸福 の 一 分 を 与えて 、 残る 幸福に 共 白髪 の 長き 末 まで を 耽 る べく 、 新 らしい のである 、 また 美 くし い のである 。
かれら|||みどり|もん||した||たって|むかえ||ひんきゃく|||こうふく||ひと|ぶん||あたえ|おくりだす|ともとも|||こうふく||ひと|ぶん||あたえて|のこる|こうふくに|とも|しらが||ながき|すえ|||たん|||しん||||び|||
男 は 黒き 上着 に 縞 の 洋 袴 ( ズボン ) を 穿 く 。
おとこ||くろき|うわぎ||しま||よう|はかま|ずぼん||うが|
折々 は 雪 を 欺く 白き 手拭 ( ハンケチ ) が 黒き 胸 の あたり に 漂う 。
おりおり||ゆき||あざむく|しろき|てぬぐい|||くろき|むね||||ただよう
女 は 紋つき である 。
おんな||もんつき|
||with a crest|
裾 を 色どる 模様 の 華やかなる なか から 浮き上がる が ごとく 調子 よく すらりと 腰 から 上 が 抜け出 でて いる 。
すそ||いろどる|もよう||はなやかなる|||うきあがる|||ちょうし|||こし||うえ||ぬけで||
||adorn|||radiant|||||||||||||||
ヴィーナス は 浪 の なか から 生れた 。
||ろう||||うまれた
この 女 は 裾 模様 の なか から 生れて いる 。
|おんな||すそ|もよう||||うまれて|
日 は 明か に 女 の 頸筋 に 落ちて 、 角 だ た ぬ 咽 喉 の 方 は ほの白き 影 と なる 。
ひ||あか||おんな||けいすじ||おちて|かど||||むせ|のど||かた||ほのじろき|かげ||
||||||||||||||||||faintly white|||
横 から 見る とき その 影 が 消える が ごとく 薄く なって 、 判然と した やさしき 輪 廓 に 終る 。
よこ||みる|||かげ||きえる|||うすく||はんぜんと|||りん|かく||おわる
||||||||||||||gentle||||
その 上 に 紫 の うずまく は 一 朶 の 暗き 髪 を 束ね ながら も 額 際 に 浮か せた のである 。
|うえ||むらさき||||ひと|だ||くらき|かみ||たばね|||がく|さい||うか||
金 台 に 深紅 の 七宝 を 鏤めた ヌーボー 式 の 簪 が 紫 の 影 から 顔 だけ 出して いる 。
きむ|だい||しんく||しっぽう||ちりばめた||しき||かんざし||むらさき||かげ||かお||だして|
|||||seven treasures||inlaid||||hairpin|||||||||
愛 は 堅き もの を 忌む 。
あい||かたき|||いむ
||firm|||dislike
すべて の 硬 性 を 溶 化せ ねば やま ぬ 。
||かた|せい||と|かせ|||
女 の 眼 に 耀 く 光り は 、 光り それ 自から の 溶けた 姿 である 。
おんな||がん||よう||ひかり||ひかり||おのずから||とけた|すがた|
不可思議なる 神 境 から 双 眸 の 底 に 漂う て 、 視界 に 入る 万有 を 恍惚 の 境 に 逍遥 せ しむ る 。
ふかしぎなる|かみ|さかい||そう|ひとみ||そこ||ただよう||しかい||はいる|ばんゆう||こうこつ||さかい||しょうよう|||
mysterious|||||eyes|||||||||||||||wander freely|||
迎えられ たる 賓客 は 陶然 と して 園 内 に 入る 。
むかえ られ||ひんきゃく||とうぜん|||えん|うち||はいる
「 高柳 さん は いらっしゃる でしょう か 」 と 女 が 小さな 声 で 聞く 。
たかやなぎ|||||||おんな||ちいさな|こえ||きく
「 え ?
」 と 男 は 耳 を 持ってくる 。
|おとこ||みみ||もってくる
園 内 で は 楽隊 が 越後 獅子 を 奏して いる 。
えん|うち|||がくたい||えちご|しし||そうして|
||||band||||||
客 は 半分 以上 集まった 。
きゃく||はんぶん|いじょう|あつまった
夫婦 は なか へ 這 入って 接待 を せ ねば なら ん 。
ふうふ||||は|はいって|せったい|||||
「 そう さ ね 。
忘れて いた 」 と 男 が 云 う 。
わすれて|||おとこ||うん|
「 もう だいぶ 御 客 さま が いら しった から 、 向 へ 行か ない じゃ わるい でしょう 」 「 そう さ ね 。
||ご|きゃく||||||むかい||いか|||||||
もう 行く 方 が いい だろう 。
|いく|かた|||
しかし 高柳 が くる と 可哀想だ から ね 」 「 ここ に いらっしゃら ない と です か 」 「 うん 。
|たかやなぎ||||かわいそうだ||||||||||
あの 男 は 、 わたし が 、 ここ に 見え ない と 門 まで 来て 引き返す よ 」 「 なぜ ?
|おとこ||||||みえ|||もん||きて|ひきかえす||
」 「 なぜって 、 こんな 所 へ 来た 事 は ない んだ から ―― 一 人 で 一 人 坊っち に なる 男 な んだ から ――、 ともかくも アーチ を 潜ら せて しまわ ない と 安心 が 出来 ない 」 「 いらっしゃる んでしょう ね 」 「 来る よ 、 わざわざ 行って 頼んだ んだ から 、 いやで も 来る と 約束 する と 来 ず に いられ ない 男 だ から きっと くる よ 」 「 御 厭 な んです か 」 「 厭って 、 な に 別に 厭 な 事 も ない んだ が 、 つまり きまり が わるい の さ 」 「 ホホホホ 妙です わ ね 」 きまり の わるい の は 自信 が ない から である 。
なぜ って||しょ||きた|こと|||||ひと|じん||ひと|じん|ぼう っち|||おとこ|||||あーち||くぐら|||||あんしん||でき|||||くる|||おこなって|たのんだ|||||くる||やくそく|||らい|||いら れ||おとこ||||||ご|いと||||いとって|||べつに|いと||こと||||||||||||みょうです||||||||じしん||||
|||||||||||||||||||||||||pass under||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||dislike||||||||||||||||||||||||||||||
自信 が ない の は 、 人 が 馬鹿に する と 思う から である 。
じしん|||||じん||ばかに|||おもう||
中野 君 は ただ きまり が 悪い から だ と 云 う 。
なかの|きみ|||||わるい||||うん|
細 君 は ただ 妙です わ ね と 思う 。
ほそ|きみ|||みょうです||||おもう
この 夫婦 は 自分 達 の きまり を 悪 る がる 事 は 忘れて いる 。
|ふうふ||じぶん|さとる||||あく|||こと||わすれて|
この 夫婦 の 境界 に ある 人 は 、 いくら きまり を 悪 る がる 性分 でも 、 きまり を わる がら ず に 生涯 を 済ませる 事 が 出来る 。
|ふうふ||きょうかい|||じん|||||あく|||しょうぶん||||||||しょうがい||すませる|こと||できる
「 いらっしゃる なら 、 ここ に いて 上げる 方 が いい でしょう 」 「 来る 事 は 受け 合う よ 。
|||||あげる|かた||||くる|こと||うけ|あう|
―― いい さ 、 奥 は おやじ や 何 か だいぶ いる から 」 愛 は 善人 である 。
||おく||||なん|||||あい||ぜんにん|
善人 は その 友 の ため に 自家 の 不都合 を 犠牲 に する を 憚 から ぬ 。
ぜんにん|||とも||||じか||ふつごう||ぎせい||||はばか||
|||||||||inconvenience||||||hesitate to||
夫婦 は 高柳 君 の ため に アーチ の 下 に 待って いる 。
ふうふ||たかやなぎ|きみ||||あーち||した||まって|
高柳 君 は 来 ねば なら ぬ 。
たかやなぎ|きみ||らい|||
馬車 の 客 、 車 の 客 の 間 に 、 ただ 一 人 高柳 君 は 蹌踉 と して 敵地 に 乗り込んで 来る 。
ばしゃ||きゃく|くるま||きゃく||あいだ|||ひと|じん|たかやなぎ|きみ||そうりょ|||てきち||のりこんで|くる
|||||||||||||||staggering||||||
この 海 の ごとく 和気 の 漲り たる 園遊会 ―― 新 夫婦 の 面 に 湛え たる 笑 の 波 に 酔う て 、 われ知らず 幸福 の 同化 を 享 くる 園遊会 ―― 行く年 を しばらく は 春 に 戻して 、 のどかなる 日影 に 、 窮 陰 の 面 の あたり なる を 忘 る べき 園遊会 は 高柳 君 に とって 敵地 である 。
|うみ|||わけ||みなぎり||えんゆうかい|しん|ふうふ||おもて||たたえ||わら||なみ||よう||われしらず|こうふく||どうか||あきら||えんゆうかい|ゆくとし||||はる||もどして||ひかげ||きゅう|かげ||おもて|||||ぼう|||えんゆうかい||たかやなぎ|きみ|||てきち|
||||||overflowing|||||||||||||||||||||||||||||||peaceful|||||||||||||||||||||
富 と 勢 と 得意 と 満足の 跋扈 する 所 は 東西 球 を 極めて 高柳 君 に は 敵地 である 。
とみ||ぜい||とくい||まんぞくの|ばっこ||しょ||とうざい|たま||きわめて|たかやなぎ|きみ|||てきち|
高柳 君 は アーチ の 下 に 立つ 新しき 夫婦 を 十 歩 の 遠き に 見て 、 これ が わが 友 である と は たしかに 思わ なかった 。
たかやなぎ|きみ||あーち||した||たつ|あたらしき|ふうふ||じゅう|ふ||とおき||みて||||とも|||||おもわ|
多少 の 不都合 を 犠牲 に して まで 、 高柳 君 を 待ち受け たる 夫婦 の 眼 に 高柳 君 の 姿 が ちら と 映 じた 時 、 待ち受けた に も かかわら ず 、 待ち受け 甲斐 の ある 御 客 と は 夫婦 共に 思わ なかった 。
たしょう||ふつごう||ぎせい||||たかやなぎ|きみ||まちうけ||ふうふ||がん||たかやなぎ|きみ||すがた||||うつ||じ|まちうけた|||||まちうけ|かい|||ご|きゃく|||ふうふ|ともに|おもわ|
友 誼 の 三 分 一 は 服装 が 引き受ける 者 である 。
とも|よしみ||みっ|ぶん|ひと||ふくそう||ひきうける|もの|
頭 の なか で 考えた 友達 と 眼 の 前 へ 出て 来た 友達 と は だいぶ 違う 。
あたま||||かんがえた|ともだち||がん||ぜん||でて|きた|ともだち||||ちがう
高柳 君 の 服装 は この 日 の 来客 中 で もっとも 憐れ なる 服装 である 。
たかやなぎ|きみ||ふくそう|||ひ||らいきゃく|なか|||あわれ||ふくそう|
愛 は 贅沢である 。
あい||ぜいたくである
||luxurious
美 なる もの の ほか に は 価値 を 認め ぬ 。
び|||||||かち||みとめ|
女 は なお さらに 価値 を 認め ぬ 。
おんな||||かち||みとめ|
夫婦 が 高柳 君 と 顔 を 見合せた 時 、 夫婦 共 「 これ は 」 と 思った 。
ふうふ||たかやなぎ|きみ||かお||みあわせた|じ|ふうふ|とも||||おもった
|||||||looked at|||||||
高柳 君 が 夫婦 と 顔 を 見合せた 時 、 同じく 「 これ は 」 と 思った 。
たかやなぎ|きみ||ふうふ||かお||みあわせた|じ|おなじく||||おもった
|||||||looked at||||||
世の中 は 「 これ は 」 と 思った 時 、 引き返せ ぬ もの である 。
よのなか|||||おもった|じ|ひきかえせ|||
高柳 君 は 蹌踉 と して 進んで くる 。
たかやなぎ|きみ||そうりょ|||すすんで|
夫婦 の 胸 に はっと きざした 「 これ は 」 は 、 すぐ と 愛 の 光り に 姿 を かくす 。
ふうふ||むね|||||||||あい||ひかり||すがた||
|||||suddenly appeared||||||||||||conceal
「 や あ 、 よく 来て くれた 。
|||きて|
あまり 遅い から 、 どうした か と 思って 心配 して いた ところ だった 」 偽り も ない 事実 である 。
|おそい|||||おもって|しんぱい|||||いつわり|||じじつ|
ただ 「 これ は 」 と 思った 事 だけ を 略した まで である 。
||||おもった|こと|||りゃくした||
「 早く 来よう と 思った が 、 つい 用 が あって ……」 これ も 事実 である 。
はやく|こよう||おもった|||よう|||||じじつ|
けれども やはり 「 これ は 」 が 略されて いる 。
|||||りゃくさ れて|
|||||abbreviated|
人間 の 交際 に は いつでも 「 これ は 」 が 略さ れる 。
にんげん||こうさい|||||||りゃくさ|
略さ れた 「 これ は 」 が 重なる と 、 喧嘩 なし の 絶交 と なる 。
りゃくさ|||||かさなる||けんか|||ぜっこう||
親しき 夫婦 、 親しき 朋友 が 、 腹 の なか の 「 これ は 、 これ は 」 で なし崩し に 愛想 を つかし 合って いる 。
したしき|ふうふ|したしき|ともとも||はら|||||||||なしくずし||あいそ|||あって|
||||||||||||||gradual collapse||||||
「 これ が 妻 だ 」 と 引き合わせる 。
||つま|||ひきあわせる
一 人 坊っち に 美しい 妻君 を 引き合わせる の は 好意 より 出た 罪悪 である 。
ひと|じん|ぼう っち||うつくしい|さいくん||ひきあわせる|||こうい||でた|ざいあく|
愛 の 光り を 浴びた もの は 、 嬉し さ が はびこって 、 そんな 事 に 頓着 は ない 。
あい||ひかり||あびた|||うれし|||||こと||とんちゃく||
何にも 云 わ ぬ 細 君 は ただ しとやかに 頭 を 下げた 。
なんにも|うん|||ほそ|きみ||||あたま||さげた
高柳 君 は ぼんやり して いる 。
たかやなぎ|きみ||||
「 さあ 、 あちら へ ―― 僕 も いっしょに 行こう 」 と 歩 を 運 ら す 。
|||ぼく|||いこう||ふ||うん||
十 間 ばかり あるく と 、 夫婦 は すぐ 胡麻 塩 おやじ に つら まった 。
じゅう|あいだ||||ふうふ|||ごま|しお||||
「 や 、 どうも みごとな 御 庭 です ね 。
|||ご|にわ||
こう 広く は ある まい と 思って た が ―― いえ 始めて で 。
|ひろく|||||おもって||||はじめて|
おとっさん から 時々 御 招き は あった が 、 いつでも 折悪しく 用事 が あって ―― どうも 、 よく 御 手入れ が 届いて 、 実に 結構です ね ……」 と 胡麻 塩 は のべつ に 述べ たてて 容易に 動か ない 。
お とっさ ん||ときどき|ご|まねき|||||おりあしく|ようじ|||||ご|ていれ||とどいて|じつに|けっこうです|||ごま|しお||||のべ||よういに|うごか|
|||||||||unfortunately||||||||||||||sesame|||||||||
ところ へ また 二三 人 が やってくる 。
|||ふみ|じん||
「 結構だ 」「 何 坪 です か な 」「 私 も 年 来 この 辺 を 心掛けて おります が 」 など と 新 夫婦 を 取り 捲 いて しまう 。
けっこうだ|なん|つぼ||||わたくし||とし|らい||ほとり||こころがけて|おり ます||||しん|ふうふ||とり|まく||
高柳 君 は 憮然と して 中心 を はずれて 立って いる 。
たかやなぎ|きみ||ぶぜんと||ちゅうしん|||たって|
する と 向 う から 、 襷がけ の 女 が 駈 け て 来て 、 いきなり 塩 瀬 の 五 つ 紋 を つら ま えた 。
||むかい|||たすきがけ||おんな||く|||きて||しお|せ||いつ||もん||||
|||||sashiko||||ran||||||||||||||
「 さあ 、 いらっしゃい 」 「 いらっしゃい たって 、 もう ほか で 御馳走 に なっち まった よ 」 「 ずるい わ 、 あなた は 、 他 に これほど 馳 けずり 廻ら せて 」 「 旨 いもの も 、 ない 癖 に 」 「 ある わ よ 、 あなた 。
|||||||ごちそう||な っち|||||||た|||ち||まわら||むね||||くせ|||||
|||||||||||||||||||running around||running around|||||||||||
まあ いい から いらっしゃ いて え のに 」 と ぐいぐい 引っ張る 。
|||||||||ひっぱる
塩 瀬 は 羽織 が 大事だ から 引か れ ながら 行く 、 途端 に 高柳 君 に 突き当った 。
しお|せ||はおり||だいじだ||ひか|||いく|とたん||たかやなぎ|きみ||つきあたった
||||||||||||||||bumped into
塩 瀬 は ちょっと 驚 ろ いて 振り向いた まで は 、 粗忽 を して 恐れ入った と 云 う 面 相 を して いた が 、 高柳 君 の 顔 から 服装 を 見る や 否 や 、 急に 表情 を 変えた 。
しお|せ|||おどろ|||ふりむいた|||そこつ|||おそれいった||うん||おもて|そう|||||たかやなぎ|きみ||かお||ふくそう||みる||いな||きゅうに|ひょうじょう||かえた
|||||||||||||apologetic expression||||||||||||||||||||||||
「 や あ 、 こりゃ 」 と 上 から さげすむ ように 云って 、 しかも 立って 見て いる 。
||||うえ||||うん って||たって|みて|
「 いらっしゃい よ 。
いい から いらっしゃい よ 。
構わ ない でも 、 いい から いらっしゃい よ 」 と 女 は 高柳 君 を 後 目 に かけた なり 塩 瀬 を 引っ張って 行く 。
かまわ||||||||おんな||たかやなぎ|きみ||あと|め||||しお|せ||ひっぱって|いく
高柳 君 は ぽつぽつ 歩き 出した 。
たかやなぎ|きみ|||あるき|だした
|||little by little||
若 夫婦 は 遥か あなた に 遮られて いっしょに は なれ ぬ 。
わか|ふうふ||はるか|||さえぎら れて||||
芝生 の 真中 に 長い 天幕 ( テント ) を 張る 。
しばふ||まんなか||ながい|てんまく|てんと||はる
中 を 覗いて 見たら 、 暗い 所 に 大きな 菊 の 鉢 が ならべて ある 。
なか||のぞいて|みたら|くらい|しょ||おおきな|きく||はち|||
今頃 こんな 菊 が まだ ある か と 思う 。
いまごろ||きく||||||おもう
白い 長い 花弁 が 中心 から 四方 へ 数 百 片 延び 尽して 、 延び 尽した 端 から また 随意に 反り返り つつ 、 あらん限り の 狂 態 を 演じて いる の が ある 。
しろい|ながい|かべん||ちゅうしん||しほう||すう|ひゃく|かた|のび|つくして|のび|つくした|はし|||ずいいに|そりかえり||あらんかぎり||くる|なり||えんじて||||
||||||||||||exhausted||||||at will|curling back|||||||||||
背筋 の 通った 黄 な 片 が 中 へ 中 へ と 抱き合って 、 真中 に 大切な もの を 守護 する ごとく 、 こんもり と 丸く なった の も ある 。
せすじ||かよった|き||かた||なか||なか|||だきあって|まんなか||たいせつな|||しゅご|||||まるく||||
松 の 鉢 も 見える 。
まつ||はち||みえる
玻璃 盤 に 堆 かく 林檎 を 盛った の が 、 白い 卓 布 の 上 に 鮮やかに 映る 。
はり|ばん||つい||りんご||もった|||しろい|すぐる|ぬの||うえ||あざやかに|うつる
glass|||piled||||||||||||||
林檎 の 頬 が 、 暗き うち に も 光って いる 。
りんご||ほお||くらき||||ひかって|
蜜柑 を 盛った 大 皿 も ある 。
みかん||もった|だい|さら||
傍 で けら けら と 笑う 声 が する 。
そば|||||わらう|こえ||
驚 ろ いて 振り向く と 、 しる く はっと を 被った 二 人 の 若い 男 が 、 二 人 共 相好 を 崩して いる 。
おどろ|||ふりむく||||||おおった|ふた|じん||わかい|おとこ||ふた|じん|とも|そうごう||くずして|
「 妙だ よ 。
みょうだ|
実に 」 と 一 人 が 云 う 。
じつに||ひと|じん||うん|
「 珍 だ ね 。
ちん||
全く 田舎 者 な んだ よ 」 と 一 人 が 云 う 。
まったく|いなか|もの|||||ひと|じん||うん|
高柳 君 は じっと 二 人 を 見た 。
たかやなぎ|きみ|||ふた|じん||みた
一 人 は 胸 開 の 狭い 。
ひと|じん||むね|ひらき||せまい
模様 の ある 胴衣 ( チョッキ ) を 着て 、 右手 の 親指 を 胴衣 の ぽっけっと へ 突き 込んだ まま 肘 を 張って いる 。
もよう|||どうい|ちょっき||きて|みぎて||おやゆび||どうい||ぽっ け っと||つき|こんだ||ひじ||はって|
|||||||||||||pocket||||||||
一 人 は 細い 杖 に 言訳 ほど に 身 を もた せて 、 護 謨 ( ゴム ) び き 靴 の 右 の 爪先 を 、 竪 に 地 に 突いて 、 左 足 一 本 で 細長い から だ の 中心 を 支えて いる 。
ひと|じん||ほそい|つえ||いいわけ|||み||||まもる|ぼ|ごむ|||くつ||みぎ||つまさき||たて||ち||ついて|ひだり|あし|ひと|ほん||ほそながい||||ちゅうしん||ささえて|
||||||||||||||rubber|||||||||||||||||||||||||||
「 まるで 給仕 人 ( ウェーター ) だ 」 と 一 本 足 が 云 う 。
|きゅうじ|じん||||ひと|ほん|あし||うん|
|||waiter||||||||
高柳 君 は 自分 の 事 を 云 う の か と 思った 。
たかやなぎ|きみ||じぶん||こと||うん|||||おもった
すると 色 胴衣 が 「 本当に さ 。
|いろ|どうい||ほんとうに|
園遊会 に 燕尾服 を 着て くる なんて ―― 洋行 し ない だって その くらい な 事 は わかり そうな もの だ 」 と 相鎚 を 打って いる 。
えんゆうかい||えんびふく||きて|||ようこう|||||||こと|||そう な||||あいづち||うって|
|||||||||||||||||||||interjecting|||
向 う を 見る と なるほど 燕尾服 が いる 。
むかい|||みる|||えんびふく||
||||||tailcoat||
しかも 二 人 かたまって 、 何 か 話 を して いる 。
|ふた|じん||なん||はなし|||
同類 相 集まる と 云 う 訳 だろう 。
どうるい|そう|あつまる||うん||やく|
高柳 君 は ようやく あれ を 笑って る のだ な と 気 が ついた 。
たかやなぎ|きみ|||||わらって|||||き||
しかし なぜ 燕尾服 が 園遊会 に 適し ない か は とうてい 想像 が つか なかった 。
||えんびふく||えんゆうかい||てきし|||||そうぞう|||
||||||suitable||||||||
芝生 の 行き当り に 葭簀 掛け の 踊 舞台 が あって 、 何 か しきりに やって いる 。
しばふ||ゆきあたり||よしず|かけ||おどり|ぶたい|||なん||||
||at random||reed screen|||||||||||
正面 は 紅白 の 幕 で 庇 を かこって 、 奥 に は 赤い 毛氈 を 敷いた 長い 台 が ある 。
しょうめん||こうはく||まく||ひさし|||おく|||あかい|もうせん||しいた|ながい|だい||
|||||||||||||felt||||||
その 上 に 三味線 を 抱えた 女 が 三 人 、 抱え ない の が 二 人 並んで いる 。
|うえ||しゃみせん||かかえた|おんな||みっ|じん|かかえ||||ふた|じん|ならんで|
弾く もの と 唄う もの と 分業 に した のである 。
はじく|||うたう|||ぶんぎょう|||
|||sing||||||
舞台 の 真中 に 金 紙 の 烏帽子 を 被って 、 真 白 に 顔 を 塗り たてた 女 が 、 棹 の ような もの を 持ったり 、 落したり 、 舞 扇 を 開いたり 、 つぼめたり 、 長い 赤い 袖 を 翳したり 、 翳さ なかったり 、 何でも しきりに 身振 を して いる 。
ぶたい||まんなか||きむ|かみ||えぼし||おおって|まこと|しろ||かお||ぬり||おんな||さお|||||もったり|おとしたり|まい|おうぎ||あいたり||ながい|あかい|そで||かざしたり|かざさ||なんでも||みぶり|||
||||||||||||||||||||||||||||||pursed|||||raised|raised||||gestures|||
半紙 に 墨 黒々 と 朝妻 船 と かいて 貼り 出して ある から 、 おおかた 朝妻 船 と 云 う もの だろう と 高柳 君 は しばらく 後ろ の 方 から 小さく なって 眺めて いた 。
はんし||すみ|くろぐろ||あさづま|せん|||はり|だして||||あさづま|せん||うん|||||たかやなぎ|きみ|||うしろ||かた||ちいさく||ながめて|
half paper|||||asazuma||||||||||||||||||||||||||||
舞台 を 左 へ 切れる と 、 御影 の 橋 が ある 。
ぶたい||ひだり||きれる||みかげ||きょう||
||||||Mikage||||
橋 の 向 の 築山 の 傍 手 に は 松 が 沢山 ある 。
きょう||むかい||つきやま||そば|て|||まつ||たくさん|
||||mound|||||||||
松 の 間 から 暖簾 の ような もの が ちらちら 見える 。
まつ||あいだ||のれん||||||みえる
中 で 女 が ききと 笑って いる 。
なか||おんな|||わらって|
||||hearing||
橋 を 渡り かけた 高柳 君 は また 引き返した 。
きょう||わたり||たかやなぎ|きみ|||ひきかえした
楽隊 が 一度に 満 庭 の 空気 を 動かして 起る 。
がくたい||いちどに|まん|にわ||くうき||うごかして|おこる
そろそろ と 天幕 ( テント ) の 所 まで 帰って 来る 。
||てんまく|てんと||しょ||かえって|くる
今度 は 中 を 覗く の を やめ に した 。
こんど||なか||のぞく|||||
中 は 大勢 で がやがや して いる 。
なか||おおぜい||||
入口 へ 回って 見る と 人 で 埋って 皿 の 音 が しきりに する 。
いりぐち||まわって|みる||じん||うずまって|さら||おと|||
|||||||buried||||||
若 夫婦 は どこ に いる か 見え ぬ 。
わか|ふうふ||||||みえ|
しばらく 様子 を 窺って いる と 突然 万歳 と 云 う 声 が した 。
|ようす||き って|||とつぜん|ばんざい||うん||こえ||
楽隊 の 音 は 消されて しまう 。
がくたい||おと||けさ れて|
石橋 の 向 うで 万歳 と 云 う 返事 が ある 。
いしばし||むかい||ばんざい||うん||へんじ||
これ は 迷子 の 万 歳 である 。
||まいご||よろず|さい|
高柳 君 は の そり と 疳違 を した 客 の ように 天幕 の うち に 這 入った 。
たかやなぎ|きみ|||||かんい|||きゃく|||てんまく||||は|はいった
||||||sudden anger|||||||||||
皿 だけ 高く 差し上げて 人 と 人 の 間 を 抜けて 来た もの が ある 。
さら||たかく|さしあげて|じん||じん||あいだ||ぬけて|きた|||
「 さあ 、 御上 ん なさい 。
|おかみ||
|please rise||
まだ ある んだ が 人 が 込んで て 容易に 手 が 届か ない 」 と 云 う 。
||||じん||こんで||よういに|て||とどか|||うん|
高柳 君 は 自分 に くれる に して は 目 の 見当 が 少し 違う と 思ったら 、 後ろ の 方 で 「 ありがとう 」 と 云 う 涼しい 声 が した 。
たかやなぎ|きみ||じぶん||||||め||けんとう||すこし|ちがう||おもったら|うしろ||かた||||うん||すずしい|こえ||
十七八 の 桃色 縮緬 の 紋 付 を きた 令嬢 が 皿 を もらった まま 立って いる 。
じゅうしちはち||ももいろ|ちりめん||もん|つき|||れいじょう||さら||||たって|
seventeen eighteen||||||||||||||||
傍 に いた 紳士 が 、 天幕 の 隅 から 一 脚 の 椅子 を 持って 来て 、 「 さあ この上 へ 御 乗せ なさい 」 と 令嬢 の 前 に 据えた 。
そば|||しんし||てんまく||すみ||ひと|あし||いす||もって|きて||このうえ||ご|のせ|||れいじょう||ぜん||すえた
高柳 君 は 一 間 ばかり 左 へ 進む 。
たかやなぎ|きみ||ひと|あいだ||ひだり||すすむ
天幕 の 柱 に 倚 り かかって 洋服 と 和服 が 煙草 を ふかして いる 。
てんまく||ちゅう||い|||ようふく||わふく||たばこ|||
「 葉巻 は やめた の かい 」 「 うん 、 頭 に わるい そうだ から ―― しかし あれ を 呑 みつける と 、 何 だ ね 、 紙 巻 は とうてい 呑 め ない ね 。
はまき||||||あたま|||そう だ|||||どん|||なん|||かみ|かん|||どん|||
どんな 好 い 奴 でも 駄目だ 」 「 そりゃ 、 価 段 だけ だ から ―― 一 本 三十 銭 と 三 銭 と は 比較 に なら ない から な 」 「 君 は 何 を 呑 む の だい 」 「 これ を 一 つ やって 見た まえ 」 と 洋服 が 鰐 皮 の 煙草 入 から 太い 紙 巻 を 出す 。
|よしみ||やつ||だめだ||か|だん||||ひと|ほん|さんじゅう|せん||みっ|せん|||ひかく||||||きみ||なん||どん||||||ひと|||みた|||ようふく||わに|かわ||たばこ|はい||ふとい|かみ|かん||だす
「 なるほど エジプシアン か 。
|Egyptian|
これ は 百 本 五六 円 する だろう 」 「 安い 割に は うまく 呑 め る よ 」 「 そう か ―― 僕 も 紙 巻 でも 始めよう か 。
||ひゃく|ほん|ごろく|えん|||やすい|わりに|||どん||||||ぼく||かみ|かん||はじめよう|
これ なら 日 に 二十 本 ずつ に して も 二十 円 ぐらい で あがる から ね 」 二十 円 は 高柳 君 の 全 収入 である 。
||ひ||にじゅう|ほん|||||にじゅう|えん||||||にじゅう|えん||たかやなぎ|きみ||ぜん|しゅうにゅう|
この 紳士 は 高柳 君 の 全 収入 を 煙 に する つもりである 。
|しんし||たかやなぎ|きみ||ぜん|しゅうにゅう||けむり|||
高柳 君 は また 左 へ 四 尺 ほど 進んだ 。
たかやなぎ|きみ|||ひだり||よっ|しゃく||すすんだ
二三 人 話 を して いる 。
ふみ|じん|はなし|||
「 この 間 ね 、 野 添 が 例の 人造 肥料 会社 を 起す ので ……」 と 頭 の 禿げた 鼻 の 低い 金 歯 を 入れた 男 が 云 う 。
|あいだ||の|そえ||れいの|じんぞう|ひりょう|かいしゃ||おこす|||あたま||はげた|はな||ひくい|きむ|は||いれた|おとこ||うん|
「 うん 。
ありゃ 当った ね 。
|あたった|
旨 く やった よ 」 と 真四角な 色 の 黒い 、 煙草 入 の 金具 の ような 顔 が 云 う 。
むね|||||ましかくな|いろ||くろい|たばこ|はい||かなぐ|||かお||うん|
|||||perfectly square|||||||||||||
「 君 も 賛成 者 の うち に 名 が 見えた じゃ ない か 」 と 胡麻 塩 頭 の 最 前 中野 君 を 中途 で 強奪 した おやじ が 云 う 。
きみ||さんせい|もの||||な||みえた|||||ごま|しお|あたま||さい|ぜん|なかの|きみ||ちゅうと||ごうだつ||||うん|
「 それ さ 」 と 今度 は 禿げ の 番 である 。
|||こんど||はげ||ばん|
「 野 添 が 、 どう です 少し 持って くれません か と 云 う から 、 さよう さ 、 わたし は 今回 は まあ よしましょう と 断わった の さ 。
の|そえ||||すこし|もって|くれ ませ ん|||うん|||||||こんかい|||よし ましょう||ことわった||
ところが 、 まあ 、 そう 云 わ ず と 、 せめて 五百 株 でも 、 実は もう 貴 所 の 名前 に して ある んだ から と 云 うの さ 、 面倒だ から いい加減に 挨拶 を して 置いたら 先生 すぐ 九州 へ 立って 行った 。
|||うん|||||ごひゃく|かぶ||じつは||とうと|しょ||なまえ|||||||うん|||めんどうだ||いいかげんに|あいさつ|||おいたら|せんせい||きゅうしゅう||たって|おこなった
それ から 二 週間 ほど して 社 へ 出る と 書記 が 野 添 さん の 株 が 大変 上りました 。
||ふた|しゅうかん|||しゃ||でる||しょき||の|そえ|||かぶ||たいへん|のぼり ました
五十 円 株 が 六十五 円 に なりました 。
ごじゅう|えん|かぶ||ろくじゅうご|えん||なり ました
合計 三万二千五百 円 に なりました と 云 う の さ 」 「 そりゃ 豪勢だ 、 実は 僕 も 少し 持とう と 思って た んだ が 」 と 四角 が 云 う と 「 ありゃ 実際 意外だった 。
ごうけい|さんまんにせんごひゃく|えん||なり ました||うん|||||ごうせいだ|じつは|ぼく||すこし|もとう||おもって|||||しかく||うん||||じっさい|いがいだった
あんなに 、 とんとん拍子に あがろう と は 思わ なかった 」 と 胡麻 塩 が しきりに 胡麻 塩 頭 を 掻く 。
|とんとんびょうしに||||おもわ|||ごま|しお|||ごま|しお|あたま||かく
|smoothly|would rise||||||||||||||scratched
「 もう 少し 踏み込んで 沢山 僕 の 名 に して 置けば よかった 」 と 禿 は 三万二千五百 円 以外 に 残念がって いる 。
|すこし|ふみこんで|たくさん|ぼく||な|||おけば|||はげ||さんまんにせんごひゃく|えん|いがい||ざんねんがって|
||||||||||||||32500|||||
高柳 君 は 恐る恐る 三 人 の 傍 を 通り抜けた 。
たかやなぎ|きみ||おそるおそる|みっ|じん||そば||とおりぬけた
若 夫婦 に 逢って 挨拶 して 早く 帰りたい と 思って 、 見 廻 わす と 一 番 奥 の 方 に 二 人 は 黒い フロック と 五色 の 袖 に 取り巻かれて 、 なかなか 寄りつけ そう も ない 。
わか|ふうふ||あって|あいさつ||はやく|かえり たい||おもって|み|まわ|||ひと|ばん|おく||かた||ふた|じん||くろい|||ごしき||そで||とりまか れて||よりつけ|||
||||||||||||||||||||||||frock||||||||could not approach|||
食卓 は ようやく 人数 が 減った 。
しょくたく|||にんずう||へった
しかし 残って いる 食品 は ほとんど ない 。
|のこって||しょくひん|||
「 近頃 は 出掛ける か ね 」 と 云 う 声 が する 。
ちかごろ||でかける||||うん||こえ||
仙台 平 を ずるずる 地 び た へ 引きずって 白 足袋 に 鼠 緒 の 雪 駄 を かすかに 出した 三十 恰好 の 男 だ 。
せんだい|ひら|||ち||||ひきずって|しろ|たび||ねずみ|お||ゆき|だ|||だした|さんじゅう|かっこう||おとこ|
「 昨日 須崎 の 種田 家 の 別荘 へ 招待 されて 鴨 猟 を やった 」 と 五 分 刈 の 浅黒い の が 答えた 。
きのう|すさき||おいだ|いえ||べっそう||しょうたい|さ れて|かも|りょう||||いつ|ぶん|か||あさぐろい|||こたえた
|Suzaki|||||||||||||||||||||
「 鴨 に は まだ 早い だろう 」 「 もう いい ね 。
かも||||はやい||||
十 羽 ばかり 取った が ね 。
じゅう|はね||とった||
僕 が 十 羽 、 大谷 が 七 羽 、 加瀬 と 山内 が 八 羽 ずつ 」 「 じゃ 君 が 一 番 か 」 「 いい や 、 斎藤 は 十五 羽 だ 」 「 へえ 」 と 仙台 平 は 感心 して いる 。
ぼく||じゅう|はね|おおたに||なな|はね|かせ||さんない||やっ|はね|||きみ||ひと|ばん||||さいとう||じゅうご|はね||||せんだい|ひら||かんしん||
同期 の 卒業 生 は 多い なか に 、 たった 五六 人 しか 見え ん 。
どうき||そつぎょう|せい||おおい||||ごろく|じん||みえ|
しかも あまり 親しく ない もの ばかり である 。
||したしく||||
高柳 君 は 挨拶 だけ して 別段 話 も し なかった が 、 今 と なって 見る と 何だか 恋しい 心持ち が する 。
たかやなぎ|きみ||あいさつ|||べつだん|はなし|||||いま|||みる||なんだか|こいしい|こころもち||
どこ ぞ に おり は せ ぬ か と 見 廻した が 影 も 見え ぬ 。
|||||||||み|まわした||かげ||みえ|
||||||||||looked around|||||
ことに よる と 帰った かも 知れ ぬ 。
|||かえった||しれ|
自分 も 帰ろう 。
じぶん||かえろう
主客 は 一 である 。
しゅかく||ひと|
subject and object|||
主 を 離れて 客 なく 、 客 を 離れて 主 は ない 。
おも||はなれて|きゃく||きゃく||はなれて|おも||
吾々 が 主客 の 別 を 立てて 物 我 の 境 を 判然と 分 劃 する の は 生存 上 の 便宜 である 。
われ々||しゅかく||べつ||たてて|ぶつ|われ||さかい||はんぜんと|ぶん|かく||||せいぞん|うえ||べんぎ|
形 を 離れて 色 なく 、 色 を 離れて 形 なき 強いて 個別 する の 便宜 、 着想 を 離れて 技巧 なく 技巧 を 離れて 着想 なき を しばらく 両 体 と なす の 便宜 と 同様である 。
かた||はなれて|いろ||いろ||はなれて|かた||しいて|こべつ|||べんぎ|ちゃくそう||はなれて|ぎこう||ぎこう||はなれて|ちゃくそう||||りょう|からだ||||べんぎ||どうようである
一 たび この 差別 を 立 し たる 時 吾人 は 一 の 迷路 に 入る 。
ひと|||さべつ||た|||じ|ごじん||ひと||めいろ||はいる
ただ 生存 は 人生 の 目的 なる が 故 に 、 生存 に 便宜 なるこ の 迷路 は 入る 事 いよいよ 深く して 出 ずる 事 いよいよ かたき を 感ず 。
|せいぞん||じんせい||もくてき|||こ||せいぞん||べんぎ|||めいろ||はいる|こと||ふかく||だ||こと||||かんず
||||||||||||||||||||||||||||feels
独り 生存 の 欲 を 一刻 たり と も 擺脱 し たる とき に この 迷 は 破る 事 が 出来る 。
ひとり|せいぞん||よく||いっこく||||はいだつ||||||まよ||やぶる|こと||できる
|||||||||shake off|||||||||||
高柳 君 は この 欲 を 刹那 も 除去 し 得 ざる 男 である 。
たかやなぎ|きみ|||よく||せつな||じょきょ||とく||おとこ|
したがって 主客 を 方 寸 に 一致 せ しむ る 事 の でき がたき 男 である 。
|しゅかく||かた|すん||いっち||||こと||||おとこ|
主 は 主 、 客 は 客 と して どこまでも 膠着 する が 故 に 、 一 たび 優勢なる 客 に 逢う とき 、 八方 より 無形 の 太刀 を 揮って 、 打ちのめさ る る が ごとき 心地 が する 。
おも||おも|きゃく||きゃく||||こうちゃく|||こ||ひと||ゆうせいなる|きゃく||あう||はっぽう||むけい||たち||き って|うちのめさ|||||ここち||
||||||||||||||||superior|||||||formless||invisible sword||wielding||||||||
高柳 君 は この 園遊会 に おいて 孤軍 重 囲 の うち に 陥った のである 。
たかやなぎ|きみ|||えんゆうかい|||こぐん|おも|かこ||||おちいった|
|||||||isolated unit|||||||
蹌踉 と して アーチ を 潜った 高柳 君 は また 蹌踉 と して アーチ を 出 ざる を 得 ぬ 。
そうりょ|||あーち||くぐった|たかやなぎ|きみ|||そうりょ|||あーち||だ|||とく|
遠く から 振り返って 見る と 青い 杉 の 環 の 奥 の 方 に 天幕 ( テント ) が 小さく 映って 、 幕 の なか から 、 奇麗な 着物 が かたまって あらわれて 来た 。
とおく||ふりかえって|みる||あおい|すぎ||かん||おく||かた||てんまく|てんと||ちいさく|うつって|まく||||きれいな|きもの||||きた
||||||||||||||||||||||||||gathered together||
あの なか に 若い 夫婦 も 交って る のであろう 。
|||わかい|ふうふ||こう って||
||||||mixing||
夫婦 の 方 で は 高柳 を さがして いる 。
ふうふ||かた|||たかやなぎ|||
「 時に 高柳 は どう したろう 。
ときに|たかやなぎ|||
御前 あれ から 逢った かい 」 「 いいえ 。
おまえ|||あった||
あなた は 」 「 おれ は 逢わ ない 」 「 もう 御 帰り に なった んでしょう か 」 「 そう さ 、―― しかし 帰る なら 、 ちっと は 帰る 前 に 傍 へ 来て 話 でも し そうな もの だ 」 「 なぜ 皆さん の いらっしゃる 所 へ 出て いらっしゃら ない のでしょう 」 「 損だ ね 、 ああ 云 う 人 は 。
||||あわ|||ご|かえり||||||||かえる||ち っと||かえる|ぜん||そば||きて|はなし|||そう な||||みなさん|||しょ||でて||||そんだ|||うん||じん|
あれ で 一 人 じゃ やっぱり 不愉快な んだ 。
||ひと|じん|||ふゆかいな|
不愉快 なら 出て くれば いい の に なお なお 引き込んで しまう 。
ふゆかい||でて|||||||ひきこんで|
気の毒な 男 だ 」 「 せっかく 愉快に して あげよう と 思って 、 御 招き する のに ね 」 「 今日 は 格別 色 が わるかった ようだ 」 「 きっと 御 病気 です よ 」 「 やっぱり 一 人 坊っち だ から 、 色 が 悪い のだ よ 」 高柳 君 は 往来 を あるき ながら 、 ぞっと 悪寒 を 催した 。
きのどくな|おとこ|||ゆかいに||||おもって|ご|まねき||||きょう||かくべつ|いろ|||||ご|びょうき||||ひと|じん|ぼう っち|||いろ||わるい|||たかやなぎ|きみ||おうらい|||||おかん||もよおした