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三姉妹探偵団 2 キャンパス篇, 三姉妹探偵団(2) Chapter 03 (1)

三姉妹探偵団(2) Chapter 03 (1)

3 死 の リハーサル

「 おはよう 」

と 、 夕 里子 は 言った 。

「 お は よ 」

珠美 が 短く 答えて 、 椅子 に 腰かける 。

「 朝 早く 起きるって 、 いい 気持 でしょ 。 ね 、 綾子 姉ちゃん 」

「 うん ……」

綾子 は 、 まだ 半分 瞼 が 降りた まま である 。

── ともかく 低 血圧 で 、 朝 は 極端に 弱い のだ 。

「 コーヒー 飲んだら ?

目 が 覚める よ 」

と 、 夕 里子 が 、 特大 の モーニング カップ に たっぷり コーヒー を 注ぐ 。

「 うん ……」

と 、 テーブル の 上 を 手探り する 。

「 危 いよ !

熱い んだ から 。 ちゃんと 目 を 開けて ! 「 開けて る わ よ 。

── ほら ね 」

綾子 は 、 何だか 夢 遊 病者 みたいな 目つき で 夕 里子 を 見た 。

夕 里子 は 、 ため息 を ついて 、

「 だめ ねえ 。

こんな 朝 早い 時間 に 約束 なんて する から よ 」

「 だって …… 仕方ない じゃ ない 」

大 欠 伸し ながら 、 綾子 は 言った 。

「 向 う が 午前 九 時 に 来るって 言う んだ から 」 「 綾子 姉ちゃん 、 見て る と 、 こっち まで 、 せっかく 覚めた 目 が 、 また 眠く なっちゃ う よ 」 珠美 が 早々 に 立ち上る 。 「 じゃ 、 行って 来る 」

「 私 も 出る わ 」

と 、 夕 里子 も 立ち上った が 、「── お 姉さん 、 大丈夫 ?

そのまま 寝ちゃ わ ないで ね 」

「 誰 が ── 寝る もん です か 」

と 、 言い ながら 綾子 の 眼 は 半ば くっつき かけて いた 。

「 参った なあ 」

と 、 夕 里子 は 頭 を かいた 。

夕 里子 も 、 もう そろそろ 出 なくて は なら ない のだ が 、 このまま 姉 を 放って 行く の は 気がかりだった 。

「── お 姉ちゃん 」

玄関 へ 行った 珠美 が 、 戻って 来た 。

「 何 よ 、 忘れ物 ?

「 お 客 さん だ よ 」

「 こんな 時間 に ?

びっくり して 玄関 に 出て みる と 、 ジャンパー に スラックス と いう スタイル の 石原 茂子 が 立って いた 。

「 あ 、 石原 さん 」

「 綾子 さん 、 起きられた ? 心配で 見 に 来た の 」

茂子 の こと は 、 夕 里子 も 何度 か 会って 、 よく 知っている 。

年齢 の 割に 、 とても しっかり した 人だった 。

「 よろしく お 願い します 。 お 姉さん に とって は 、 今 は 深夜 みたいな もん です から 」

「 そんな こと だ と 思った 」

と 茂子 は 笑って 、「 夕 里子 さん たち 、 学校 でしょ ?

行って い いわ よ 。 私 、 何とか して 綾子 さん を 引 張って 行く から 」

「 神 山田 タカシ 本人 が 来る んです か ?

と 、 珠美 が 靴 を はき ながら 言った 。

「 その はずだった の よ 」

と 茂子 は 肯 いて 、「 リハーサル を 兼ねて 、 会場 を 見たい 、って 話 で ね 。 でも 、 今朝 マネージャー から 電話 で 、 当人 は 風邪 気味な んで 、 大事 を 取って 休ま せるって 」 「 何 だ 、 それ じゃ ──」 「 ええ 、 大した こと じゃ ない の 。 でも 、 一応 招く 側 と して は そう も 言って いられ ない から ……」 話 を して いる と 、 綾子 が 、 まるで 出来 たて の フランケンシュタイン の 怪物 みたいな 、 ぎこちない 足取り で 現われた 。 「 あら 、 茂子 さん ……」

と 、 少々 もつれた 舌 で 、「 私 、 いつでも いい わ よ 」

「 じゃ 、 出かける ?

「 そう ね 」

綾子 は 、 玄関 の 靴 を はこう と した 。

「 お 姉さん !

夕 里子 が あわてて 、「 まず 、 パジャマ を 普通の 服 に 替えて よ !

「 タカシ 、 起きて る か ?

ドア を ノック して 、 黒木 は 声 を かけた 。

しばらく 返事 が ない 。

いつも の こと である 。

それ でも 、 タカシ は 神経質だ 。

ちゃんと ノック の 音 で 、 目 が 覚めて いる に 違いない のだった 。

ずっと マネージャー を して 来た 黒木 に は 、 その辺 は よく 分って いる 。 ドア の 内側 へ 聞き 耳 を 立てる と 、 ゴソゴソ と 音 が する 。

どうやら 起きて 来た ようだ 。

「 私 、 シャワー ……」

と 、 女 の 声 らしい もの 。

黒木 は 苦笑 した 。

── やれやれ 。

具合 が 悪い と 言って ある のに 、 困った 奴 だ な 。

黒木 は 待って いる 間 に 、 三 回 、 大 欠 伸 を した 。

── 黒木 も 、 そう 朝 に 強い 方 で は ない 。

特に 四十 歳 に も なる と 、 前日 の 疲労 が 、 繰越して 残って 来る 。

少し 禿げ 上った 頭 を 、 黒木 は 軽く 撫でた 。

── まだ 若い のに 。

苦労 して いる んだ 、 と 黒木 は 思った 。

自分 で そう 言う の も 妙だ が 、 実際 、 そう 言って くれる 人間 など 、 いやし ない のだ から 、 自分 で 慰めて やる しか ない 。

黒木 は ゆうべ 、 大阪 まで 行って 来た のである 。

本当 なら 、 今日 の 夕方 に 戻って 来る つもりだった が 、 突然 飛び込んで 来た 大学 の 文化 祭 の 打ち合せ を し なくて は なら なくて 、 こうして 朝 早く 戻った のだ 。

もちろん 、 タカシ の 方 に 、 行く 気 が ない こと は 分って いた から 、 向 う の 学生 に も 言って おいた 。 充分に 下 準備 を して おか ない と 、 タカシ が ヘソ を 曲げる 。

特に 、 この ところ 、 神山 田 タカシ の 人気 は 落ちて 来て いて 、 当人 も それ を よく 知っている 。

それだけに 、 焦り も ある に は 違いなかった 。

「── 誰 だ ?

と 、 タカシ の 声 が した 。

「 誰 だ 、 じゃ ない よ 」

と 、 黒木 は 笑った 。

ドア が 開く と 、 髪 は ボサボサ 、 無 精 ひげ の むさ苦しい 顔 が 覗く 。

これ が 、 神山 田 タカシ の 真実の 姿 だ と 公表 したら 、 一度に ファン が 離れて しまう に 違いない 。

「 お前 か 」

と タカシ は 意外 そうに 、「 夕方 じゃ なかった の かい ?

「 大学 の 文化 祭 の 仕事 が 入って る から 、 その 打ち合せ を やら なきゃ 」

「 大学 か !

と 、 タカシ は 渋い 顔 で 、「 面倒だ な 」

「 何でも 金田 常務 が 一 度 色々 と 世話に なった 刑事 の 紹介 だって 。

── ちょっと 断れ ない よ 」

「 俺 は その場で 燃える よ 」

「 わかって る 。

ただ 一応 声 を かけ と こう と 思って ……」

マンション の 朝 は 大体 が 遅 目 である 。

タカシ が 、 いつも 昼 ごろ 起き 出して も 、 別に 目立た ない のだ 。

奥 の 方 から 、 シャワー の 音 が した 。

「 お 客 かい ?

と 黒木 が 訊 く と 、 なぜ か タカシ も 、 ちょっと あわてた ように 、

「 ああ 。

── ちょっと した 知り合い だ 。 本当だ よ 」

黒木 は 、 いつ に なく タカシ が 言い訳 めいた こと を 言う ので 、 おかしかった 。

いつも なら 、 女 の 一 人 や 二 人 、 堂々と ベッド に 裸 で 寝か せて おいて 、 黒木 を 中 に 入れる のに 。

「 後 で 連絡 して くれ 」

と 、 タカシ は 言った 。

「 それ は 分って る 。 ただ 、 何 曲 ぐらい やる の か 。 調整 し ない と ね 」

「 その辺 は 任せる よ 。

だから ──」

と 、 タカシ が 言い かけた とき 、

「 誰 な の ?

と 出て 来た 女 が いた 。

バスローブ を まとって 、 髪 は まだ 濡れて いる 。

黒木 は 、 なぜ タカシ が あわてて いた か 、 分った 。 「── あら 、 あなた 、 早かった の ね 」

妻 の 美江 は 、 平気な 様子 で 言った 。

「 快適 ね !

私 、 これ から 、 いつも これ ぐらい の 時間 に しよう か な 」

石原 茂子 は クスッ と 笑って 、

「 毎朝 、 あなた を 起す のに 妹 さん たち が 四苦八苦 する んじゃ 、 可哀そう よ 」

「 それ は そう ね 」

綾子 も 笑って 、「 夕 里子 なんか 、 頭から 水 でも 浴びせ かね ない もの ね 」

「 しっかり して る わ ね 、 あの 妹 さん は 」

「 しっかり し 過ぎて 困る こと も 、 ちょくちょく ある けど ね 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 八 時 四十 分 か 」

と 、 茂子 は 腕 時計 を 見た 。

「 そろそろ 来る かしら ね 」

「 打ち合せって 、 一体 何 を やる の かしら ? 「 さあ 。

── 出演 料 と か 、 そんな こと を 相談 する んじゃ ない の ? 「 あら 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 出演 料 払う の ? 学校 に 来る んだ から 、 タダ か と 思った 」

「 綾子 さんって 面白い 」 茂子 は 笑い 出して いた 。 綾子 は 頭 を かいた 。

「 ともかく 世間知らずだ から 、 いつも 夕 里子 たち に 笑われる の 。

下 の 珠美 に まで 、 馬鹿に さ れる んだ から 」

「 でも 、 そういう の が 、 あなた の いい ところ な んだ もの 。

妹 さん たち も 、 そこ は よく 分って る わ よ 」 「 そう だ と いい けど ……」 綾子 は 、 いささか 心もとない 顔 で 呟いた 。 「── あら 、 あの 人 」

と 、 茂子 が 言った 。

「 え ?

綾子 が 茂子 の 視線 を 辿って みる と 、 どうにも 、 大学生 と いう に は 少々 老けた 感じ の 女性 が 歩いて いる 。 ちょっと きつい 顔立ち で 、 それ に 何だか いやに 気 が 立って いる ような 顔つき だった 。

コート の ポケット に ギュッと 手 を 突っ込んで 、 校門 の 方 へ 向って 歩いて 行く のだ 。 「 知って る 人 ?

綾子 は 訊 いた 。

「 どこ か で 見た こと が ある みたい 。

── 誰 だった か なあ 」

茂子 は 首 を かしげた 。

しかし 、 その 女性 の こと を 思い出さ ない 内 に 、 二 人 は 、 大学 の 学生 部 に 着いて いた 。

「 水口 さん 、 来 てる かしら ?

と 、 綾子 は 建物 の 中 へ 入って 行き ながら 言った 。

大体 、 講義 室 の ある 建物 は 新しい のだ が 、 この 学生 部 の 方 は 、 いい加減 古びた 、 薄暗い 校舎 である 。

「 ここ 、 寒い ねえ 」

と 、 茂子 が 身 を 縮めた 。

実際 、 廊下 など は 外 から 入る と ゾクゾク する ほど の 寒 さ な のである 。

「 そこ 、 右 だっけ ? 「 もう 一 つ 先 よ 」

「 あ 、 そう か 。

いくら 来て も 憶 えられ なくって 」 と 、 綾子 は 首 を 振った 。 「 でも 、 綾子 さん 、 威張って て いい の よ 。

下手 すれば 中止 に なる ところ だった コンサート を 、 実現 に こぎつけた んだ から 」

「 でも 、 一 年生 の 子 に 、『 敬老 の 日 』 の コンサート だ 、って 言わ れちゃった 」 「 今 の 若い 子 は 、 何 か 言い た がる の よ 」 と 、 茂子 が 綾子 の 肩 を 叩いた 。 「 あんな 、 有名な 歌手 を 連れて 来た んだ もの 、 大した もん だ わ 」

「 そう かしら ……」

自信 なげ で は あった が 、 ともかく 、 綾子 と して は 、 そう 言わ れる と 、 やはり いくらか は 嬉しい 。

でも まあ ── 厳密に 言う と 、「 連れて 来た 」 わけじゃ なくて 、 向 う から 「 やって 来た 」 のだ 。

今 でも 、 綾子 に は その辺 の 事情 は 全く 分って いない のである 。 二 人 が 、 廊下 の 角 を 曲った とたん 、 誰 か と ぶつかり そうに なった 。

「 おっと !

「 あ 、 何 だ ──」

「 や あ 、 君 か 」

ガードマン の 太田 だった 。

「 今 は 仕事 じゃ ない んでしょ ?

「 うん 、 だから この 格好 さ 」

太田 は 、 ジーパン スタイル だった 。

「 これ から 文化 祭 の 打ち合せ ? 大変だ な 」

「 うん 。

あなた は 何 して る の 、 こんな 所 で 」

と 、 茂子 は 訊 いた 。

「 ちょっと 落し物 を 届け に ね 。

じゃ 、 また 」

「 バイ 」

歩き 出して 、 綾子 が 言った 。

「 いい の ?

恋人 な んでしょ ! 「 いやだ 。

変な こと 、 憶 えて る んだ から ! と 、 茂子 は 笑って 、「 どうせ 、 後 で会う こと に なって る から いい の 」

「 な あんだ 。

心配 して 損しちゃった 」 二 人 の 笑い声 が 、 薄暗い 廊下 に 反響 した 。 学生 部 の 会議 室 の ドア を 開ける と 、 二 人 は 、 びっくり して 足 を 止めた 。

窓 辺 に 背中 を 向けて 立って いる の は 、 委員 長 の 水口 恭子 だった のだ 。

まさか 、 先 に 来て いる と は 思わ なかった のである 。

「 おはよう ございます 」

と 、 茂子 が 言った 。

水口 恭子 は 、 初めて 二 人 が 来た の に 気付いた 様子 で 、 ハッと 振り向いた 。

「 あ ── おはよう 、 ご苦労さま 」

と 早口 で 言った 。

「 もう 時間 ね 。 ── こんなに 早く 起きた こと なんて 、 めったに ない から 、 目 が 覚め ない わ 」

水口 恭子 は 、 メガネ を 外して 、 目 を こすった 。

「── ちょっと 顔 を 洗って 来る から 」

と 、 急ぎ足 で 出て 行く 。

綾子 と 茂子 は 、 顔 を 見合わせた 。

「 水口 さん ……」

「 泣いて た みたい ね 」

と 、 茂子 は 言った 。

「 目 に ゴミ で も 入った の かしら ?

綾子 の 連想 は 、 至って 健全な のである 。

「── そう だ わ 。

思い出した 」

と 、 茂子 は 言った 。

「 何 を ?

「 さっき 、 校門 の 方 へ 歩いて 行った 女 の 人 。

梨 山 先生 の 奥さん だ わ 」

「 梨 山 先生 の ?

「 前 に 、 写真 で 見た こと ある 。

きっと そう だ わ 」

「 へえ ……」

「 それ で 水口 さん 、 泣いて た んだ わ 」

昨夜 の 梨 山 と 水口 恭子 の 一 件 を 知ら ない 綾子 は 、 茂子 の 言葉 の 意味 が 分 ら なくて 、 目 を パチクリ さ せて いる だけ だった 。

足音 が した 。

そして 、 ヒョイ と 男 の 顔 が 覗く と 、

「 や あ 、 どうも お 待た せ しました ! と 、 やたら 大きな 、 威勢 の いい 声 が 響き渡る 。

「 神 山田 タカシ の マネージャー 、 黒木 です !

「 あ 、 どうも 。

佐々 本 綾子 です 」

「 や あ 、 あなた が 、 金田 常務 から お 話 の あった 方 です な 。

いや 、 今日 は 本当 なら タカシ も 来る と 言って た んです が 、 ちょっと 風邪 気味で 、 喉 の 調子 が 良く ない と 言う もん です から ね 。 肝心の 当日 に 寝込んで しまって は 、 と いう わけで 、 今日 は 一 人 で 寝て います 。 しかし 、 私 は 充分 慣れて います から 、 何でも ご 相談 に 乗ります よ 」 凄い 早口 だ 。 綾子 の ように 、 通常 より 総 て スローテンポ な 人間 と して は 、 話 に ついて行く の が 大変だった 。

「 ご 無理 を お 願い して 申し訳 ありません 」 と 、 茂子 が 言った 。 「 今 、 委員 長 が 参ります ので 。 お かけ に なって いて 下さい 」

「 あ 、 どうも 。


三姉妹探偵団(2) Chapter 03 (1) みっ しまい たんてい だん|chapter

3 死 の リハーサル し||りはーさる

「 おはよう 」

と 、 夕 里子 は 言った 。 |ゆう|さとご||いった

「 お は よ 」

珠美 が 短く 答えて 、 椅子 に 腰かける 。 たまみ||みじかく|こたえて|いす||こしかける

「 朝 早く 起きるって 、 いい 気持 でしょ 。 あさ|はやく|おきる って||きもち| ね 、 綾子 姉ちゃん 」 |あやこ|ねえちゃん

「 うん ……」

綾子 は 、 まだ 半分 瞼 が 降りた まま である 。 あやこ|||はんぶん|まぶた||おりた||

── ともかく 低 血圧 で 、 朝 は 極端に 弱い のだ 。 |てい|けつあつ||あさ||きょくたんに|よわい|

「 コーヒー 飲んだら ? こーひー|のんだら

目 が 覚める よ 」 め||さめる|

と 、 夕 里子 が 、 特大 の モーニング カップ に たっぷり コーヒー を 注ぐ 。 |ゆう|さとご||とくだい||もーにんぐ|かっぷ|||こーひー||そそぐ

「 うん ……」

と 、 テーブル の 上 を 手探り する 。 |てーぶる||うえ||てさぐり|

「 危 いよ ! き|

熱い んだ から 。 あつい|| ちゃんと 目 を 開けて ! |め||あけて 「 開けて る わ よ 。 あけて|||

── ほら ね 」

綾子 は 、 何だか 夢 遊 病者 みたいな 目つき で 夕 里子 を 見た 。 あやこ||なんだか|ゆめ|あそ|びょうしゃ||めつき||ゆう|さとご||みた

夕 里子 は 、 ため息 を ついて 、 ゆう|さとご||ためいき||

「 だめ ねえ 。

こんな 朝 早い 時間 に 約束 なんて する から よ 」 |あさ|はやい|じかん||やくそく||||

「 だって …… 仕方ない じゃ ない 」 |しかたない||

大 欠 伸し ながら 、 綾子 は 言った 。 だい|けつ|のし||あやこ||いった

「 向 う が 午前 九 時 に 来るって 言う んだ から 」 「 綾子 姉ちゃん 、 見て る と 、 こっち まで 、 せっかく 覚めた 目 が 、 また 眠く なっちゃ う よ 」 珠美 が 早々 に 立ち上る 。 むかい|||ごぜん|ここの|じ||くる って|いう|||あやこ|ねえちゃん|みて||||||さめた|め|||ねむく||||たまみ||はやばや||たちのぼる 「 じゃ 、 行って 来る 」 |おこなって|くる

「 私 も 出る わ 」 わたくし||でる|

と 、 夕 里子 も 立ち上った が 、「── お 姉さん 、 大丈夫 ? |ゆう|さとご||たちのぼった|||ねえさん|だいじょうぶ

そのまま 寝ちゃ わ ないで ね 」 |ねちゃ|||

「 誰 が ── 寝る もん です か 」 だれ||ねる|||

と 、 言い ながら 綾子 の 眼 は 半ば くっつき かけて いた 。 |いい||あやこ||がん||なかば|||

「 参った なあ 」 まいった|

と 、 夕 里子 は 頭 を かいた 。 |ゆう|さとご||あたま||

夕 里子 も 、 もう そろそろ 出 なくて は なら ない のだ が 、 このまま 姉 を 放って 行く の は 気がかりだった 。 ゆう|さとご||||だ||||||||あね||はなって|いく|||きがかりだった

「── お 姉ちゃん 」 |ねえちゃん

玄関 へ 行った 珠美 が 、 戻って 来た 。 げんかん||おこなった|たまみ||もどって|きた

「 何 よ 、 忘れ物 ? なん||わすれもの

「 お 客 さん だ よ 」 |きゃく|||

「 こんな 時間 に ? |じかん|

びっくり して 玄関 に 出て みる と 、 ジャンパー に スラックス と いう スタイル の 石原 茂子 が 立って いた 。 ||げんかん||でて|||じゃんぱー||すらっくす|||すたいる||いしはら|しげこ||たって|

「 あ 、 石原 さん 」 |いしはら|

「 綾子 さん 、 起きられた ? あやこ||おき られた 心配で 見 に 来た の 」 しんぱいで|み||きた|

茂子 の こと は 、 夕 里子 も 何度 か 会って 、 よく 知っている 。 しげこ||||ゆう|さとご||なんど||あって||しっている

年齢 の 割に 、 とても しっかり した 人だった 。 ねんれい||わりに||||ひとだった

「 よろしく お 願い します 。 ||ねがい|し ます お 姉さん に とって は 、 今 は 深夜 みたいな もん です から 」 |ねえさん||||いま||しんや||||

「 そんな こと だ と 思った 」 ||||おもった

と 茂子 は 笑って 、「 夕 里子 さん たち 、 学校 でしょ ? |しげこ||わらって|ゆう|さとご|||がっこう|

行って い いわ よ 。 おこなって||| 私 、 何とか して 綾子 さん を 引 張って 行く から 」 わたくし|なんとか||あやこ|||ひ|はって|いく|

「 神 山田 タカシ 本人 が 来る んです か ? かみ|やまだ|たかし|ほんにん||くる||

と 、 珠美 が 靴 を はき ながら 言った 。 |たまみ||くつ||||いった

「 その はずだった の よ 」

と 茂子 は 肯 いて 、「 リハーサル を 兼ねて 、 会場 を 見たい 、って 話 で ね 。 |しげこ||こう||りはーさる||かねて|かいじょう||み たい||はなし|| でも 、 今朝 マネージャー から 電話 で 、 当人 は 風邪 気味な んで 、 大事 を 取って 休ま せるって 」 「 何 だ 、 それ じゃ ──」 「 ええ 、 大した こと じゃ ない の 。 |けさ|まねーじゃー||でんわ||とうにん||かぜ|ぎみな||だいじ||とって|やすま|せる って|なん|||||たいした|||| でも 、 一応 招く 側 と して は そう も 言って いられ ない から ……」 話 を して いる と 、 綾子 が 、 まるで 出来 たて の フランケンシュタイン の 怪物 みたいな 、 ぎこちない 足取り で 現われた 。 |いちおう|まねく|がわ||||||いって|いら れ|||はなし|||||あやこ|||でき|||||かいぶつ|||あしどり||あらわれた 「 あら 、 茂子 さん ……」 |しげこ|

と 、 少々 もつれた 舌 で 、「 私 、 いつでも いい わ よ 」 |しょうしょう||した||わたくし||||

「 じゃ 、 出かける ? |でかける

「 そう ね 」

綾子 は 、 玄関 の 靴 を はこう と した 。 あやこ||げんかん||くつ||は こう||

「 お 姉さん ! |ねえさん

夕 里子 が あわてて 、「 まず 、 パジャマ を 普通の 服 に 替えて よ ! ゆう|さとご||||ぱじゃま||ふつうの|ふく||かえて|

「 タカシ 、 起きて る か ? たかし|おきて||

ドア を ノック して 、 黒木 は 声 を かけた 。 どあ||||くろき||こえ||

しばらく 返事 が ない 。 |へんじ||

いつも の こと である 。

それ でも 、 タカシ は 神経質だ 。 ||たかし||しんけいしつだ

ちゃんと ノック の 音 で 、 目 が 覚めて いる に 違いない のだった 。 |||おと||め||さめて|||ちがいない|

ずっと マネージャー を して 来た 黒木 に は 、 その辺 は よく 分って いる 。 |まねーじゃー|||きた|くろき|||そのへん|||ぶん って| ドア の 内側 へ 聞き 耳 を 立てる と 、 ゴソゴソ と 音 が する 。 どあ||うちがわ||きき|みみ||たてる||||おと||

どうやら 起きて 来た ようだ 。 |おきて|きた|

「 私 、 シャワー ……」 わたくし|しゃわー

と 、 女 の 声 らしい もの 。 |おんな||こえ||

黒木 は 苦笑 した 。 くろき||くしょう|

── やれやれ 。

具合 が 悪い と 言って ある のに 、 困った 奴 だ な 。 ぐあい||わるい||いって|||こまった|やつ||

黒木 は 待って いる 間 に 、 三 回 、 大 欠 伸 を した 。 くろき||まって||あいだ||みっ|かい|だい|けつ|しん||

── 黒木 も 、 そう 朝 に 強い 方 で は ない 。 くろき|||あさ||つよい|かた|||

特に 四十 歳 に も なる と 、 前日 の 疲労 が 、 繰越して 残って 来る 。 とくに|しじゅう|さい|||||ぜんじつ||ひろう||くりこして|のこって|くる

少し 禿げ 上った 頭 を 、 黒木 は 軽く 撫でた 。 すこし|はげ|のぼった|あたま||くろき||かるく|なでた

── まだ 若い のに 。 |わかい|

苦労 して いる んだ 、 と 黒木 は 思った 。 くろう|||||くろき||おもった

自分 で そう 言う の も 妙だ が 、 実際 、 そう 言って くれる 人間 など 、 いやし ない のだ から 、 自分 で 慰めて やる しか ない 。 じぶん|||いう|||みょうだ||じっさい||いって||にんげん||||||じぶん||なぐさめて|||

黒木 は ゆうべ 、 大阪 まで 行って 来た のである 。 くろき|||おおさか||おこなって|きた|

本当 なら 、 今日 の 夕方 に 戻って 来る つもりだった が 、 突然 飛び込んで 来た 大学 の 文化 祭 の 打ち合せ を し なくて は なら なくて 、 こうして 朝 早く 戻った のだ 。 ほんとう||きょう||ゆうがた||もどって|くる|||とつぜん|とびこんで|きた|だいがく||ぶんか|さい||うちあわせ||||||||あさ|はやく|もどった|

もちろん 、 タカシ の 方 に 、 行く 気 が ない こと は 分って いた から 、 向 う の 学生 に も 言って おいた 。 |たかし||かた||いく|き|||||ぶん って|||むかい|||がくせい|||いって| 充分に 下 準備 を して おか ない と 、 タカシ が ヘソ を 曲げる 。 じゅうぶんに|した|じゅんび||||||たかし||||まげる

特に 、 この ところ 、 神山 田 タカシ の 人気 は 落ちて 来て いて 、 当人 も それ を よく 知っている 。 とくに|||かみやま|た|たかし||にんき||おちて|きて||とうにん|||||しっている

それだけに 、 焦り も ある に は 違いなかった 。 |あせり|||||ちがいなかった

「── 誰 だ ? だれ|

と 、 タカシ の 声 が した 。 |たかし||こえ||

「 誰 だ 、 じゃ ない よ 」 だれ||||

と 、 黒木 は 笑った 。 |くろき||わらった

ドア が 開く と 、 髪 は ボサボサ 、 無 精 ひげ の むさ苦しい 顔 が 覗く 。 どあ||あく||かみ|||む|せい|||むさくるしい|かお||のぞく

これ が 、 神山 田 タカシ の 真実の 姿 だ と 公表 したら 、 一度に ファン が 離れて しまう に 違いない 。 ||かみやま|た|たかし||しんじつの|すがた|||こうひょう||いちどに|ふぁん||はなれて|||ちがいない

「 お前 か 」 おまえ|

と タカシ は 意外 そうに 、「 夕方 じゃ なかった の かい ? |たかし||いがい|そう に|ゆうがた||||

「 大学 の 文化 祭 の 仕事 が 入って る から 、 その 打ち合せ を やら なきゃ 」 だいがく||ぶんか|さい||しごと||はいって||||うちあわせ|||

「 大学 か ! だいがく|

と 、 タカシ は 渋い 顔 で 、「 面倒だ な 」 |たかし||しぶい|かお||めんどうだ|

「 何でも 金田 常務 が 一 度 色々 と 世話に なった 刑事 の 紹介 だって 。 なんでも|かなだ|じょうむ||ひと|たび|いろいろ||せわに||けいじ||しょうかい|

── ちょっと 断れ ない よ 」 |ことわれ||

「 俺 は その場で 燃える よ 」 おれ||そのばで|もえる|

「 わかって る 。

ただ 一応 声 を かけ と こう と 思って ……」 |いちおう|こえ||||||おもって

マンション の 朝 は 大体 が 遅 目 である 。 まんしょん||あさ||だいたい||おそ|め|

タカシ が 、 いつも 昼 ごろ 起き 出して も 、 別に 目立た ない のだ 。 たかし|||ひる||おき|だして||べつに|めだた||

奥 の 方 から 、 シャワー の 音 が した 。 おく||かた||しゃわー||おと||

「 お 客 かい ? |きゃく|

と 黒木 が 訊 く と 、 なぜ か タカシ も 、 ちょっと あわてた ように 、 |くろき||じん|||||たかし||||

「 ああ 。

── ちょっと した 知り合い だ 。 ||しりあい| 本当だ よ 」 ほんとうだ|

黒木 は 、 いつ に なく タカシ が 言い訳 めいた こと を 言う ので 、 おかしかった 。 くろき|||||たかし||いいわけ||||いう||

いつも なら 、 女 の 一 人 や 二 人 、 堂々と ベッド に 裸 で 寝か せて おいて 、 黒木 を 中 に 入れる のに 。 ||おんな||ひと|じん||ふた|じん|どうどうと|べっど||はだか||ねか|||くろき||なか||いれる|

「 後 で 連絡 して くれ 」 あと||れんらく||

と 、 タカシ は 言った 。 |たかし||いった

「 それ は 分って る 。 ||ぶん って| ただ 、 何 曲 ぐらい やる の か 。 |なん|きょく|||| 調整 し ない と ね 」 ちょうせい||||

「 その辺 は 任せる よ 。 そのへん||まかせる|

だから ──」

と 、 タカシ が 言い かけた とき 、 |たかし||いい||

「 誰 な の ? だれ||

と 出て 来た 女 が いた 。 |でて|きた|おんな||

バスローブ を まとって 、 髪 は まだ 濡れて いる 。 |||かみ|||ぬれて|

黒木 は 、 なぜ タカシ が あわてて いた か 、 分った 。 くろき|||たかし|||||ぶん った 「── あら 、 あなた 、 早かった の ね 」 ||はやかった||

妻 の 美江 は 、 平気な 様子 で 言った 。 つま||みえ||へいきな|ようす||いった

「 快適 ね ! かいてき|

私 、 これ から 、 いつも これ ぐらい の 時間 に しよう か な 」 わたくし|||||||じかん||||

石原 茂子 は クスッ と 笑って 、 いしはら|しげこ||||わらって

「 毎朝 、 あなた を 起す のに 妹 さん たち が 四苦八苦 する んじゃ 、 可哀そう よ 」 まいあさ|||おこす||いもうと||||しくはっく|||かわいそう|

「 それ は そう ね 」

綾子 も 笑って 、「 夕 里子 なんか 、 頭から 水 でも 浴びせ かね ない もの ね 」 あやこ||わらって|ゆう|さとご||あたまから|すい||あびせ||||

「 しっかり して る わ ね 、 あの 妹 さん は 」 ||||||いもうと||

「 しっかり し 過ぎて 困る こと も 、 ちょくちょく ある けど ね 」 ||すぎて|こまる||||||

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

「 八 時 四十 分 か 」 やっ|じ|しじゅう|ぶん|

と 、 茂子 は 腕 時計 を 見た 。 |しげこ||うで|とけい||みた

「 そろそろ 来る かしら ね 」 |くる||

「 打ち合せって 、 一体 何 を やる の かしら ? うちあわせ って|いったい|なん|||| 「 さあ 。

── 出演 料 と か 、 そんな こと を 相談 する んじゃ ない の ? しゅつえん|りょう||||||そうだん|||| 「 あら 」

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

「 出演 料 払う の ? しゅつえん|りょう|はらう| 学校 に 来る んだ から 、 タダ か と 思った 」 がっこう||くる|||ただ|||おもった

「 綾子 さんって 面白い 」 茂子 は 笑い 出して いた 。 あやこ|さん って|おもしろい|しげこ||わらい|だして| 綾子 は 頭 を かいた 。 あやこ||あたま||

「 ともかく 世間知らずだ から 、 いつも 夕 里子 たち に 笑われる の 。 |せけんしらずだ|||ゆう|さとご|||えみわれる|

下 の 珠美 に まで 、 馬鹿に さ れる んだ から 」 した||たまみ|||ばかに||||

「 でも 、 そういう の が 、 あなた の いい ところ な んだ もの 。

妹 さん たち も 、 そこ は よく 分って る わ よ 」 「 そう だ と いい けど ……」 綾子 は 、 いささか 心もとない 顔 で 呟いた 。 いもうと|||||||ぶん って|||||||||あやこ|||こころもとない|かお||つぶやいた 「── あら 、 あの 人 」 ||じん

と 、 茂子 が 言った 。 |しげこ||いった

「 え ?

綾子 が 茂子 の 視線 を 辿って みる と 、 どうにも 、 大学生 と いう に は 少々 老けた 感じ の 女性 が 歩いて いる 。 あやこ||しげこ||しせん||てん って||||だいがくせい|||||しょうしょう|ふけた|かんじ||じょせい||あるいて| ちょっと きつい 顔立ち で 、 それ に 何だか いやに 気 が 立って いる ような 顔つき だった 。 ||かおだち||||なんだか||き||たって|||かおつき|

コート の ポケット に ギュッと 手 を 突っ込んで 、 校門 の 方 へ 向って 歩いて 行く のだ 。 こーと||ぽけっと||ぎゅっと|て||つっこんで|こうもん||かた||むかい って|あるいて|いく| 「 知って る 人 ? しって||じん

綾子 は 訊 いた 。 あやこ||じん|

「 どこ か で 見た こと が ある みたい 。 |||みた||||

── 誰 だった か なあ 」 だれ|||

茂子 は 首 を かしげた 。 しげこ||くび||

しかし 、 その 女性 の こと を 思い出さ ない 内 に 、 二 人 は 、 大学 の 学生 部 に 着いて いた 。 ||じょせい||||おもいださ||うち||ふた|じん||だいがく||がくせい|ぶ||ついて|

「 水口 さん 、 来 てる かしら ? みずぐち||らい||

と 、 綾子 は 建物 の 中 へ 入って 行き ながら 言った 。 |あやこ||たてもの||なか||はいって|いき||いった

大体 、 講義 室 の ある 建物 は 新しい のだ が 、 この 学生 部 の 方 は 、 いい加減 古びた 、 薄暗い 校舎 である 。 だいたい|こうぎ|しつ|||たてもの||あたらしい||||がくせい|ぶ||かた||いいかげん|ふるびた|うすぐらい|こうしゃ|

「 ここ 、 寒い ねえ 」 |さむい|

と 、 茂子 が 身 を 縮めた 。 |しげこ||み||ちぢめた

実際 、 廊下 など は 外 から 入る と ゾクゾク する ほど の 寒 さ な のである 。 じっさい|ろうか|||がい||はいる||||||さむ|||

「 そこ 、 右 だっけ ? |みぎ|だ っけ 「 もう 一 つ 先 よ 」 |ひと||さき|

「 あ 、 そう か 。

いくら 来て も 憶 えられ なくって 」 と 、 綾子 は 首 を 振った 。 |きて||おく|え られ|なく って||あやこ||くび||ふった 「 でも 、 綾子 さん 、 威張って て いい の よ 。 |あやこ||いばって||||

下手 すれば 中止 に なる ところ だった コンサート を 、 実現 に こぎつけた んだ から 」 へた||ちゅうし|||||こんさーと||じつげん||||

「 でも 、 一 年生 の 子 に 、『 敬老 の 日 』 の コンサート だ 、って 言わ れちゃった 」 「 今 の 若い 子 は 、 何 か 言い た がる の よ 」 と 、 茂子 が 綾子 の 肩 を 叩いた 。 |ひと|ねんせい||こ||けいろう||ひ||こんさーと|||いわ|れちゃ った|いま||わかい|こ||なん||いい||||||しげこ||あやこ||かた||たたいた 「 あんな 、 有名な 歌手 を 連れて 来た んだ もの 、 大した もん だ わ 」 |ゆうめいな|かしゅ||つれて|きた|||たいした|||

「 そう かしら ……」

自信 なげ で は あった が 、 ともかく 、 綾子 と して は 、 そう 言わ れる と 、 やはり いくらか は 嬉しい 。 じしん|||||||あやこ|||||いわ||||||うれしい

でも まあ ── 厳密に 言う と 、「 連れて 来た 」 わけじゃ なくて 、 向 う から 「 やって 来た 」 のだ 。 ||げんみつに|いう||つれて|きた|||むかい||||きた|

今 でも 、 綾子 に は その辺 の 事情 は 全く 分って いない のである 。 いま||あやこ|||そのへん||じじょう||まったく|ぶん って|| 二 人 が 、 廊下 の 角 を 曲った とたん 、 誰 か と ぶつかり そうに なった 。 ふた|じん||ろうか||かど||まがった||だれ||||そう に|

「 おっと !

「 あ 、 何 だ ──」 |なん|

「 や あ 、 君 か 」 ||きみ|

ガードマン の 太田 だった 。 がーどまん||おおた|

「 今 は 仕事 じゃ ない んでしょ ? いま||しごと|||

「 うん 、 だから この 格好 さ 」 |||かっこう|

太田 は 、 ジーパン スタイル だった 。 おおた||じーぱん|すたいる|

「 これ から 文化 祭 の 打ち合せ ? ||ぶんか|さい||うちあわせ 大変だ な 」 たいへんだ|

「 うん 。

あなた は 何 して る の 、 こんな 所 で 」 ||なん|||||しょ|

と 、 茂子 は 訊 いた 。 |しげこ||じん|

「 ちょっと 落し物 を 届け に ね 。 |おとしもの||とどけ||

じゃ 、 また 」

「 バイ 」

歩き 出して 、 綾子 が 言った 。 あるき|だして|あやこ||いった

「 いい の ?

恋人 な んでしょ ! こいびと|| 「 いやだ 。

変な こと 、 憶 えて る んだ から ! へんな||おく|||| と 、 茂子 は 笑って 、「 どうせ 、 後 で会う こと に なって る から いい の 」 |しげこ||わらって||あと|であう|||||||

「 な あんだ 。

心配 して 損しちゃった 」 二 人 の 笑い声 が 、 薄暗い 廊下 に 反響 した 。 しんぱい||そんしちゃ った|ふた|じん||わらいごえ||うすぐらい|ろうか||はんきょう| 学生 部 の 会議 室 の ドア を 開ける と 、 二 人 は 、 びっくり して 足 を 止めた 。 がくせい|ぶ||かいぎ|しつ||どあ||あける||ふた|じん||||あし||とどめた

窓 辺 に 背中 を 向けて 立って いる の は 、 委員 長 の 水口 恭子 だった のだ 。 まど|ほとり||せなか||むけて|たって||||いいん|ちょう||みずぐち|きょうこ||

まさか 、 先 に 来て いる と は 思わ なかった のである 。 |さき||きて||||おもわ||

「 おはよう ございます 」

と 、 茂子 が 言った 。 |しげこ||いった

水口 恭子 は 、 初めて 二 人 が 来た の に 気付いた 様子 で 、 ハッと 振り向いた 。 みずぐち|きょうこ||はじめて|ふた|じん||きた|||きづいた|ようす||はっと|ふりむいた

「 あ ── おはよう 、 ご苦労さま 」 ||ごくろうさま

と 早口 で 言った 。 |はやくち||いった

「 もう 時間 ね 。 |じかん| ── こんなに 早く 起きた こと なんて 、 めったに ない から 、 目 が 覚め ない わ 」 |はやく|おきた||||||め||さめ||

水口 恭子 は 、 メガネ を 外して 、 目 を こすった 。 みずぐち|きょうこ||めがね||はずして|め||

「── ちょっと 顔 を 洗って 来る から 」 |かお||あらって|くる|

と 、 急ぎ足 で 出て 行く 。 |いそぎあし||でて|いく

綾子 と 茂子 は 、 顔 を 見合わせた 。 あやこ||しげこ||かお||みあわせた

「 水口 さん ……」 みずぐち|

「 泣いて た みたい ね 」 ないて|||

と 、 茂子 は 言った 。 |しげこ||いった

「 目 に ゴミ で も 入った の かしら ? め||ごみ|||はいった||

綾子 の 連想 は 、 至って 健全な のである 。 あやこ||れんそう||いたって|けんぜんな|

「── そう だ わ 。

思い出した 」 おもいだした

と 、 茂子 は 言った 。 |しげこ||いった

「 何 を ? なん|

「 さっき 、 校門 の 方 へ 歩いて 行った 女 の 人 。 |こうもん||かた||あるいて|おこなった|おんな||じん

梨 山 先生 の 奥さん だ わ 」 なし|やま|せんせい||おくさん||

「 梨 山 先生 の ? なし|やま|せんせい|

「 前 に 、 写真 で 見た こと ある 。 ぜん||しゃしん||みた||

きっと そう だ わ 」

「 へえ ……」

「 それ で 水口 さん 、 泣いて た んだ わ 」 ||みずぐち||ないて|||

昨夜 の 梨 山 と 水口 恭子 の 一 件 を 知ら ない 綾子 は 、 茂子 の 言葉 の 意味 が 分 ら なくて 、 目 を パチクリ さ せて いる だけ だった 。 さくや||なし|やま||みずぐち|きょうこ||ひと|けん||しら||あやこ||しげこ||ことば||いみ||ぶん|||め|||||||

足音 が した 。 あしおと||

そして 、 ヒョイ と 男 の 顔 が 覗く と 、 |||おとこ||かお||のぞく|

「 や あ 、 どうも お 待た せ しました ! ||||また||し ました と 、 やたら 大きな 、 威勢 の いい 声 が 響き渡る 。 ||おおきな|いせい|||こえ||ひびきわたる

「 神 山田 タカシ の マネージャー 、 黒木 です ! かみ|やまだ|たかし||まねーじゃー|くろき|

「 あ 、 どうも 。

佐々 本 綾子 です 」 ささ|ほん|あやこ|

「 や あ 、 あなた が 、 金田 常務 から お 話 の あった 方 です な 。 ||||かなだ|じょうむ|||はなし|||かた||

いや 、 今日 は 本当 なら タカシ も 来る と 言って た んです が 、 ちょっと 風邪 気味で 、 喉 の 調子 が 良く ない と 言う もん です から ね 。 |きょう||ほんとう||たかし||くる||いって|||||かぜ|ぎみで|のど||ちょうし||よく|||いう|||| 肝心の 当日 に 寝込んで しまって は 、 と いう わけで 、 今日 は 一 人 で 寝て います 。 かんじんの|とうじつ||ねこんで||||||きょう||ひと|じん||ねて|い ます しかし 、 私 は 充分 慣れて います から 、 何でも ご 相談 に 乗ります よ 」 凄い 早口 だ 。 |わたくし||じゅうぶん|なれて|い ます||なんでも||そうだん||のり ます||すごい|はやくち| 綾子 の ように 、 通常 より 総 て スローテンポ な 人間 と して は 、 話 に ついて行く の が 大変だった 。 あやこ|||つうじょう||そう||||にんげん||||はなし||ついていく|||たいへんだった

「 ご 無理 を お 願い して 申し訳 ありません 」 と 、 茂子 が 言った 。 |むり|||ねがい||もうしわけ|あり ませ ん||しげこ||いった 「 今 、 委員 長 が 参ります ので 。 いま|いいん|ちょう||まいり ます| お かけ に なって いて 下さい 」 |||||ください

「 あ 、 どうも 。