×

LingQをより快適にするためCookieを使用しています。サイトの訪問により同意したと見なされます cookie policy.


image

三姉妹探偵団 2 キャンパス篇, 三姉妹探偵団(2) Chapter 14 (1)

三 姉妹 探偵 団 (2) Chapter 14 (1)

14 狙わ れた 子 猫

「 あの 子 、 ね ……」

と 、 神山 田 タカシ は 、 呟く ように 言って 、 天井 を 見上げた 。

「 憶 えて る か ?

と 、 国友 は 訊 いた 。

「 そう だった の か ……」

タカシ は 、 独り言 の ように 言って 、 それ から 、 視線 を 国友 の 方 へ 戻した 。

「 あの ガードマン は 憶 えて た よ 。 ともかく 、 みごとな パンチ を くらった から ね 」

「 女の子 の 方 は 忘れた の か ?

「 待って くれよ 」

と 、 タカシ は 苦笑 した 。

「 いい かい 、 女の子 の 方 から 、 部屋 へ 押しかけて 来る こと だって 、 珍しく ない んだ 」

「 彼女 の 場合 も 、 そう だった 、 と 言う つもり かい ?

「 いや 」

タカシ は 首 を 振った 。

「 たぶん 違う だろう 。 でも ── 正直な ところ 、 信じて くれよ 、 俺 は 酔って た んだ 。 いちいち 女の子 の 顔 なんて 憶 えて ない 」

タカシ の マンション 。

国友 は 、 部屋 へ 入って 、 何となく 寒々 と した もの を 感じた 。

雑然 と して いて も 、 それ は それなり に 、 生活 の 匂い を 感じ させて いい 、 と いう こと も ある が 、 ここ の 「 雑然 」 は 本当の 「 雑然 」 で 、 どこ か 侘 しく すら なる 光景 だった 。

「── 一 人 か ?

と 、 国友 は 、 ソファ に 座った 。

「 時々 、 掃除 の おばさん が 来て 、 きれいに して くれる よ 」

タカシ は 、 少し ホッと した 様子 だった 。

「 黒木 の 女房 は ?

「 風 を 食って 、 逃げた よ 」

と 、 タカシ は 言った 。

「 何 か 飲む かい 」

「 いや 、 結構 」

国友 は 、 ゆっくり と 手帳 を 開く 。

中 に は 、 大した こと は 書いて ない のだ が 、 こう する と 、 向 う が 緊張 する 。

プレッシャー を かける のだ 。

特に 、 タカシ の ような 、 気 の 弱い 男 に は 効果 的だ 。

タカシ は 、 ひっきりなしに タバコ を すって いた 。

落ちつき が ない 。 不安 そうだった 。

「── じゃ 、 石原 茂子 の こと は 、 憶 えて ない んだ な ?

と 、 国友 は 言った 。

「 いや 、 そう 言わ れる と 、 思い出す よ 」

タカシ は 、 言った 。

「 あの ころ は 、 俺 も めちゃくちゃだった から ね 」

今 は ?

国友 は 、 そう 訊 きたい の を 、 我慢 して いた 。

「 じゃ 認める ね 、 彼女 に 乱暴 した こと は ?

「 うん 。

── 仕方ない ね 。 あれ は 事実 だ から な 」

「 しかし 、 彼女 は 訴える 気 も ない 」

「 そう か 。

そい つ は 、 礼 を 言わ なきゃ な 」

「 その とき の こと で 、 一 つ 訊 きたい んだ 」 と 、 国友 は 座り 直した 。 「 何 だい ?

「 その とき 、 お前 と 、 黒木 と 、 もう 一 人 、 誰 が いた ?

「 もう 一 人 ?

── タカシ は 、 まだ パジャマ 姿 で ── もう 十二 時 に 近い ── 何とも 冴え ない アイドル だった 。

「 三 人 いた こと は 分って る 。 隠す な 」

「 いや 、 隠しちゃ いない よ 」 タカシ は 急いで 言った 。 「 でも 、 本当に よく 憶 えて ない んだ 。 当の 女の子 の こと は ともかく 、 誰 と 一緒だった か 、 も ね 」

「 しかし 、 大体 そば に いる の は 、 付き人 みたいな もん だろう ?

「 普通 は ね 」

と 肯 く 。

「 でも 、 色々だ よ 。 弟子 に して くれって の も いる し 、 はっきり 『 愛人 』 に して 、 と いう の も いる 」 「 男 で か ? と 、 国友 は 苦笑 した 。

「 どう だった か なあ ……。

ともかく 、 付いて 歩く 奴 なんて 、 コロコロ 変る んだ 。 正式に 契約 して 雇うって わけで も ない し ね 。 何 月 何 日 から 何 日 まで は 誰 が ついて た なんて 、 記録 も ない よ 」

「 しかし 、 そ いつも 、 石原 茂子 に 乱暴 した とき 、 加わって た んじゃ ない の か 」

「 どう だった か なあ ……。

あの ガードマン は 憶 えて ない の かい ? 「 今 は 意識 不明だ よ 」

「 ああ 、 そう だった な 。

── 助かり そうかい ? 「 何とか ね 」

「 そう か 」

タカシ は 、 ちょっと 肯 いて 見せた 。

「 そい つ は 良かった ……」

奇妙な こと に 、 本心 から ホッ と して いる ような 響き が 、 そこ に は あった 。

「 少し は 気 に なる の か 」

と 国友 が 言う と 、 タカシ は 、 ちょっと 引きつった ような 笑み を 浮かべた 。

「 俺 だって 、 別に 悪党 じゃ ない よ 。

いや ── 小 悪党 か な 。 でも 、 大した こと は でき やしない 。 それにしても 、 ガードマン と あの 女の子 が 恋人 同士 と は ね 、 まるで 小説 だ な 」

「 少し は いい こと も なきゃ 、 救わ れ ない さ 。

── じゃ 、 本当に 、『 もう 一 人 』 が 誰 だった か 、 憶 えて ない んだ な 」

「 うん ……」

タカシ は 顔 を しかめた 。

「 考えて みる よ 。 もし 思い出したら 、 知らせる 」

「 本当に ?

「 ああ 。

── そう か 、 すると 、 あの 娘 、 黒木 に 仕返し を した の か な 」

「 石原 茂子 が 殺した なんて 、 誰 も 言って ない ぞ 」

「 しかし 、 殺されて も 、 あんまり 文句 は 言え ない ね 」 「 そっち も 同様だろう 」 「 しかし 、 死に たく ない ね 」 と 、 タカシ は 、 弱々しく 笑った 。 「 まだ 仕事 が ある んだ から 」

「 まあ 、 殺人 事件 の 捜査 だ から な 、 気長に やる さ 」

と 、 国友 は 手帳 を 閉じた 。

「 差し当り 、 明日 の 文化 祭 に は 、 ちゃんと 出て くれる んだろう ね 」

「 ああ 、 仕事 は やる よ 」

と タカシ は 大きく 伸び を した 。

「 今日 も 一 度 行って みる つもりだ よ 」

「 どこ へ ?

「 その 講堂 さ 。

俺 は 前もって 、 その 場所 を よく 知っと か ない と 、 どうも 落ちつか ない んだ よ 」 「 デリケートな んだ な 」 「 見かけ に よら ず 、 と 言いたい んだ ろ ? と 、 タカシ は ニヤッ と 笑った 。

「── あんた たち に ゃ 分 ら ない さ 。 ステージ に 出る 前 、 俺 が どんなに 青く なって 、 ガタガタ 震えて る か 。 金 が ほしく なきゃ 、 こんな 商売 、 すぐに も 放り出し ち まう とこ だ よ 」

意外な こと を 聞く な 、 と 国友 は 思った 。

もっとも 、 表向き だけ 華やかな アイドル たち の 素顔 なんて 、 こんな もの かも しれ ない 。

「 あの 講堂 は 、 もう 使える んだ ろ ?

「 ああ 、 構わ ん よ 」

「 黒木 が 死んだ 所 で やるって の も 、 面白い かも しれ ない な 」 「── 奥さん と は 全然 会って ない の か ? 「 昨日 電話 した けど 、 居留守 を 使わ れた よ 。

親戚 だって の が 出て 来て 、 その 向 うで 『 留守 だ と 言って 』 なんて いう あいつ の 声 が 聞こえる んだ 。 苦笑い しち まった 」

「 嫌わ れた もん だ な 」

「 女って の は 、 当て に なら ねえ よ 」 タカシ が 、 ため息 と 共に 言った 。 国友 は 、 おかしく なって 吹き出して しまった 。

大学 の 正門 を 入った ところ で 、 二 人 は やり合って いる のだった 。

二 人 の 言い合い と は 関係なく 、 いい 天気 で 、 暖かい 午後 だった 。

十一 月 に 入った と は とても 思え ない 。

午後 と いって も 、 そう 遅い わけで は なく 、 さすが に 綾子 も 、 明日 が 文化 祭 と あって 、 少し は 緊張 して いる のだった 。

「 そろそろ お 昼 休み も 終り ね 」

と 、 夕 里子 が 言った 。

「 お 姉さん 、 お 昼 、 食べる ? 「 あんた 一 人 で 食べて らっしゃい 。

私 、 仕事 が ある から 」

「 じゃ 、 一緒に 行く 」

綾子 は ため息 を ついた 。

「 私 は 大丈夫だって ば 」 「 何 が 大丈夫な の よ ! ゆうべ 、 車 に ひき 殺さ れ そうに なった ばっかりじゃ ない 」

「 あれ は 、 何も 私 を 狙った と は 限ら ない でしょ 」

「 じゃ 、 あの 小 犬 を 、 わざわざ 誰 か が 殺そう と したって いう の ?

一体 、 どうして そんな こと する の よ ? 「 あの 犬 が 、 莫大な 遺産 を 相続 して る の かも しれ ない わ 」

と 、 綾子 は 言った 。

「── ともかく 、 何と 言わ れよう と 、 お 姉さん に ついて 歩く の !

夕 里子 は 頑として 、 聞か なかった 。

綾子 の 方 も 、 夕 里子 と は また 違う 意味 で 頑固である 。

つまり 、 自分 が 人 を 傷つけたり 、 恨んだり しなければ 、 人 に 狙わ れたり する はず が ない 、 と 信じて いる のである 。 夕 里子 の 「 護衛 」 を 認める こと は 、 すなわち 、 自分 の 人生 観 を 変える こと な のだ 。

綾子 と して は 、 それ は いやだった 。

それ くらい なら 、 むしろ おとなしく 殺さ れた 方 が いい ── と まで は いか ない に して も ……。

夕 里子 とて 、 その 姉 の 気持 は 分 ら ないで も ない 。

しかし 、 だからといって 、 黙って 放っておく わけに は いか ない 。

「 仕方ない わ ね 、 じゃ 、 サンドイッチ でも 食べよう 」

と 、 綾子 は 言った 。

実のところ 、 綾子 も お腹 が 空いて は いた のだった 。

二 人 して 、 学生 食堂 の 方 へ と 歩いて 行く 。

「── 太田 さん の 具合 、 どう な の かしら 」

と 、 綾子 が 言った 。

「 午前 中 に 、 病院 へ 電話 して みた わ 。

茂子 さん 、 割合 、 明るい 感じ だった わ よ 。 でも 、 まだ 意識 は 戻ら ない みたい 」

「 大変 ねえ 」

しかし 、「 大変 」 と いえば ── もう 、 明日 から 文化 祭 な のだ 。

大学 の 中 は 、 珍しく 学生 たち が 溢れ 返って いる 感じ で 、 いつも は のんびり と 芝生 で 引っくり返って いる 連中 も 、 あわただしく 駆け回って いる 。

良く いえば 活気 が あり 、 悪く いえば やかましい 。

「── あら 、 梨 山 先生 だ わ 」

と 、 夕 里子 が 言った 。

「 どこ に ?

「 ほら 、 あの テーブル 」

二 人 は 、 サンドイッチ と 紅茶 を プラスチック の お盆 に のせて 、 席 を 捜して いた 。

「── どこ に 座る ?

「 決って る じゃ ない の 」 夕 里子 は 、 さっさと 先 に 立って 歩いて 行き 、 綾子 の 、 いやな 予感 の 通り 、 梨 山 教授 の 真向い に 座って しまった 。 綾子 は 、 仕方なく その 隣 に ……。

「 や あ 、 君 か 」

梨 山 が 、 綾子 に 気付いて 、 言った 。

「 文化 祭 の ──」

「 は あ 」

「 まあ 、 よろしく 頼む よ 。

僕 は 明日 、 女房 の 葬式 な んだ 」

「 どうも 」

と だけ 言って 、 綾子 は 食べ 始めた 。

夕 里子 は サンドイッチ を パク つき ながら 、

「 先生 は 火薬 の こと 、 お 詳しい んです か ?

と 言った 。

梨 山 が むせ返った 。

やっと コーラ を 飲んで 、 息 を つく と 、

「 ど 、 どうして そんな こと を 訊 くん だ ね ?

と 訊 き 返す 。

「 この 間 、 姉 と 一緒に 先生 の お 部屋 に うかがった とき 、 本棚 を 見て た んです 。

そ したら 、『 火薬 の 話 』って いう 本 が あった もん です から 」 「『 火薬 の 話 』? そんな 本 が あった か な 」

「 ええ 、 ありました わ 」 梨 山 は 、 小 首 を かしげて 考えて いた が 、 「── ああ 、 そう か 。 いや 、 先日 の 講義 で ね 、 あの 本 を 引用 して ……。 ま 、 大した 必要 も なかった んだ が 。 いや 、 そう 言われて みる と 、 あの 本 を 図書 館 に 返す の を 忘れて た よ 。 いや 、 よく 言って くれた ! 見えすいた 噓 を ついて る 、 と 夕 里子 は 思った 。

しかし 、 姉 を 爆弾 で 殺そう と する ような 理由 が 、 梨 山 に ある だろう か ?

「 大学 も 大騒ぎ だ な 」

と 、 梨 山 は 言った 。

「 事件 と 文化 祭 が 重なって ……」

まるで 他人ごと みたいな 口 を きいて いる 。

自分 の 妻 が 殺さ れた こと は 忘れて しまった のだろう か 。

「 君 は 、 あの 刑事 と 親しい ようだ ね 」

と 、 梨 山 は 、 夕 里子 に 言った 。

「 ええ 、 親戚 な んです 」

出まかせ を 平気で 言える の も 、 探偵 の 資格 の 内 だ 。

「 そう か 。

── 捜査 の 方 は 進んで る の か ね 」

「 直接 お 訊 き に なったら いかがです か 」

「 いや ── まあ 、 犯人 が 捕まって も 、 女房 は 戻って 来 ない から ね 」

と 、 何だか 取って つけた ように 言った 。

その とき 、 校 内 放送 が 、

「 文学部 の 梨 山 先生 、 お 部屋 へ お 戻り 下さい 。

文学部 の 梨 山 先生 ──」

と 、 くり返した 。

「 おっと 。

何の 用 か な 」

梨 山 は 、 なぜ か ひどく あわてた 様子 で 立ち上り 、 盆 を 手 に して 、 急いで 返却 の カウンター へ と 歩いて 行った 。

「 何だか 変だ わ 」

と 、 夕 里子 が 言う と 、 綾子 も 肯 いて 、

「 そう ね 。

パン が 古い みたい 」

「 先生 の こと よ 。

── ね 、 ちょっと 後 を つけて み ない ? 「 どうぞ 。

私 、 探偵 じゃ ない の 。 学生 な んです の よ 」

「── もう !

夕 里子 は 姉 を にらんだ 。

「 じゃ 、 私 が 戻る まで ここ に いる ? 「 どうして ?

「 約束 し なさい !

私 が 戻る まで 、 この 席 を 動か ないって 」 「 あんた 本当に 、 怒る と 、 死んだ ママ そっくり ね 」 「 大きな お 世話 よ 」 「 分った わ 。 じゃ 、 ここ で 座って る わ 。 でも 、 閉る 前 に 戻って 来て よ ね 」

「 分って る ! 夕 里子 は 、 急いで 、 梨 山 の 後 を 追って 行った 。

「 全く もう ……」

と 、 綾子 は ため息 を ついた 。

夕 里子 が 姉 思い である こと は 、 綾子 も よく 分って いた 。 ありがたい 、 と も 思って いる のだ 。

ただ ── ちょっと やり 過ぎ の 感 は ある けれど ……。

学生 食堂 は 、 まだ 結構 込み合って いた 。

紅茶 、 もう 一 杯 飲もう か な 。


三 姉妹 探偵 団 (2) Chapter 14 (1) みっ|しまい|たんてい|だん|chapter

14 狙わ れた 子 猫 ねらわ||こ|ねこ 14 Targeted kitten

「 あの 子 、 ね ……」 |こ|

と 、 神山 田 タカシ は 、 呟く ように 言って 、 天井 を 見上げた 。 |かみやま|た|たかし||つぶやく||いって|てんじょう||みあげた Takashi Kamiyama said, muttering, and looked up at the ceiling.

「 憶 えて る か ? おく|||

と 、 国友 は 訊 いた 。 |くにとも||じん|

「 そう だった の か ……」

タカシ は 、 独り言 の ように 言って 、 それ から 、 視線 を 国友 の 方 へ 戻した 。 たかし||ひとりごと|||いって|||しせん||くにとも||かた||もどした

「 あの ガードマン は 憶 えて た よ 。 |がーどまん||おく||| ともかく 、 みごとな パンチ を くらった から ね 」 ||ぱんち||||

「 女の子 の 方 は 忘れた の か ? おんなのこ||かた||わすれた||

「 待って くれよ 」 まって|

と 、 タカシ は 苦笑 した 。 |たかし||くしょう|

「 いい かい 、 女の子 の 方 から 、 部屋 へ 押しかけて 来る こと だって 、 珍しく ない んだ 」 ||おんなのこ||かた||へや||おしかけて|くる|||めずらしく|| "It's not uncommon for a girl to rush into the room."

「 彼女 の 場合 も 、 そう だった 、 と 言う つもり かい ? かのじょ||ばあい|||||いう||

「 いや 」

タカシ は 首 を 振った 。 たかし||くび||ふった

「 たぶん 違う だろう 。 |ちがう| でも ── 正直な ところ 、 信じて くれよ 、 俺 は 酔って た んだ 。 |しょうじきな||しんじて||おれ||よって|| いちいち 女の子 の 顔 なんて 憶 えて ない 」 |おんなのこ||かお||おく||

タカシ の マンション 。 たかし||まんしょん

国友 は 、 部屋 へ 入って 、 何となく 寒々 と した もの を 感じた 。 くにとも||へや||はいって|なんとなく|さむざむ|||||かんじた

雑然 と して いて も 、 それ は それなり に 、 生活 の 匂い を 感じ させて いい 、 と いう こと も ある が 、 ここ の 「 雑然 」 は 本当の 「 雑然 」 で 、 どこ か 侘 しく すら なる 光景 だった 。 ざつぜん|||||||||せいかつ||におい||かんじ|さ せて||||||||||ざつぜん||ほんとうの|ざつぜん||||た||||こうけい|

「── 一 人 か ? ひと|じん|

と 、 国友 は 、 ソファ に 座った 。 |くにとも||||すわった

「 時々 、 掃除 の おばさん が 来て 、 きれいに して くれる よ 」 ときどき|そうじ||||きて||||

タカシ は 、 少し ホッと した 様子 だった 。 たかし||すこし|ほっと||ようす|

「 黒木 の 女房 は ? くろき||にょうぼう|

「 風 を 食って 、 逃げた よ 」 かぜ||くって|にげた|

と 、 タカシ は 言った 。 |たかし||いった

「 何 か 飲む かい 」 なん||のむ|

「 いや 、 結構 」 |けっこう

国友 は 、 ゆっくり と 手帳 を 開く 。 くにとも||||てちょう||あく

中 に は 、 大した こと は 書いて ない のだ が 、 こう する と 、 向 う が 緊張 する 。 なか|||たいした|||かいて|||||||むかい|||きんちょう|

プレッシャー を かける のだ 。 ぷれっしゃー|||

特に 、 タカシ の ような 、 気 の 弱い 男 に は 効果 的だ 。 とくに|たかし|||き||よわい|おとこ|||こうか|てきだ

タカシ は 、 ひっきりなしに タバコ を すって いた 。 たかし|||たばこ|||

落ちつき が ない 。 おちつき|| 不安 そうだった 。 ふあん|そう だった

「── じゃ 、 石原 茂子 の こと は 、 憶 えて ない んだ な ? |いしはら|しげこ||||おく||||

と 、 国友 は 言った 。 |くにとも||いった

「 いや 、 そう 言わ れる と 、 思い出す よ 」 ||いわ|||おもいだす|

タカシ は 、 言った 。 たかし||いった

「 あの ころ は 、 俺 も めちゃくちゃだった から ね 」 |||おれ||||

今 は ? いま|

国友 は 、 そう 訊 きたい の を 、 我慢 して いた 。 くにとも|||じん||||がまん||

「 じゃ 認める ね 、 彼女 に 乱暴 した こと は ? |みとめる||かのじょ||らんぼう|||

「 うん 。

── 仕方ない ね 。 しかたない| あれ は 事実 だ から な 」 ||じじつ|||

「 しかし 、 彼女 は 訴える 気 も ない 」 |かのじょ||うったえる|き||

「 そう か 。

そい つ は 、 礼 を 言わ なきゃ な 」 |||れい||いわ||

「 その とき の こと で 、 一 つ 訊 きたい んだ 」 と 、 国友 は 座り 直した 。 |||||ひと||じん||||くにとも||すわり|なおした 「 何 だい ? なん|

「 その とき 、 お前 と 、 黒木 と 、 もう 一 人 、 誰 が いた ? ||おまえ||くろき|||ひと|じん|だれ||

「 もう 一 人 ? |ひと|じん

── タカシ は 、 まだ パジャマ 姿 で ── もう 十二 時 に 近い ── 何とも 冴え ない アイドル だった 。 たかし|||ぱじゃま|すがた|||じゅうに|じ||ちかい|なんとも|さえ||あいどる|

「 三 人 いた こと は 分って る 。 みっ|じん||||ぶん って| 隠す な 」 かくす|

「 いや 、 隠しちゃ いない よ 」 タカシ は 急いで 言った 。 |かくしちゃ|||たかし||いそいで|いった 「 でも 、 本当に よく 憶 えて ない んだ 。 |ほんとうに||おく||| 当の 女の子 の こと は ともかく 、 誰 と 一緒だった か 、 も ね 」 とうの|おんなのこ|||||だれ||いっしょだった|||

「 しかし 、 大体 そば に いる の は 、 付き人 みたいな もん だろう ? |だいたい||||||つきびと|||

「 普通 は ね 」 ふつう||

と 肯 く 。 |こう|

「 でも 、 色々だ よ 。 |いろいろだ| 弟子 に して くれって の も いる し 、 はっきり 『 愛人 』 に して 、 と いう の も いる 」 「 男 で か ? でし|||くれ って||||||あいじん||||||||おとこ|| と 、 国友 は 苦笑 した 。 |くにとも||くしょう|

「 どう だった か なあ ……。

ともかく 、 付いて 歩く 奴 なんて 、 コロコロ 変る んだ 。 |ついて|あるく|やつ||ころころ|かわる| 正式に 契約 して 雇うって わけで も ない し ね 。 せいしきに|けいやく||やとう って||||| 何 月 何 日 から 何 日 まで は 誰 が ついて た なんて 、 記録 も ない よ 」 なん|つき|なん|ひ||なん|ひ|||だれ|||||きろく|||

「 しかし 、 そ いつも 、 石原 茂子 に 乱暴 した とき 、 加わって た んじゃ ない の か 」 |||いしはら|しげこ||らんぼう|||くわわって|||||

「 どう だった か なあ ……。

あの ガードマン は 憶 えて ない の かい ? |がーどまん||おく|||| 「 今 は 意識 不明だ よ 」 いま||いしき|ふめいだ|

「 ああ 、 そう だった な 。

── 助かり そうかい ? たすかり| 「 何とか ね 」 なんとか|

「 そう か 」

タカシ は 、 ちょっと 肯 いて 見せた 。 たかし|||こう||みせた

「 そい つ は 良かった ……」 |||よかった

奇妙な こと に 、 本心 から ホッ と して いる ような 響き が 、 そこ に は あった 。 きみょうな|||ほんしん||ほっ|||||ひびき|||||

「 少し は 気 に なる の か 」 すこし||き||||

と 国友 が 言う と 、 タカシ は 、 ちょっと 引きつった ような 笑み を 浮かべた 。 |くにとも||いう||たかし|||ひきつった||えみ||うかべた

「 俺 だって 、 別に 悪党 じゃ ない よ 。 おれ||べつに|あくとう|||

いや ── 小 悪党 か な 。 |しょう|あくとう|| でも 、 大した こと は でき やしない 。 |たいした|||| それにしても 、 ガードマン と あの 女の子 が 恋人 同士 と は ね 、 まるで 小説 だ な 」 |がーどまん|||おんなのこ||こいびと|どうし|||||しょうせつ||

「 少し は いい こと も なきゃ 、 救わ れ ない さ 。 すこし||||||すくわ|||

── じゃ 、 本当に 、『 もう 一 人 』 が 誰 だった か 、 憶 えて ない んだ な 」 |ほんとうに||ひと|じん||だれ|||おく||||

「 うん ……」

タカシ は 顔 を しかめた 。 たかし||かお||

「 考えて みる よ 。 かんがえて|| もし 思い出したら 、 知らせる 」 |おもいだしたら|しらせる

「 本当に ? ほんとうに

「 ああ 。

── そう か 、 すると 、 あの 娘 、 黒木 に 仕返し を した の か な 」 ||||むすめ|くろき||しかえし|||||

「 石原 茂子 が 殺した なんて 、 誰 も 言って ない ぞ 」 いしはら|しげこ||ころした||だれ||いって||

「 しかし 、 殺されて も 、 あんまり 文句 は 言え ない ね 」 「 そっち も 同様だろう 」 「 しかし 、 死に たく ない ね 」 と 、 タカシ は 、 弱々しく 笑った 。 |ころさ れて|||もんく||いえ|||||どうようだろう||しに|||||たかし||よわよわしく|わらった 「 まだ 仕事 が ある んだ から 」 |しごと||||

「 まあ 、 殺人 事件 の 捜査 だ から な 、 気長に やる さ 」 |さつじん|じけん||そうさ||||きながに||

と 、 国友 は 手帳 を 閉じた 。 |くにとも||てちょう||とじた

「 差し当り 、 明日 の 文化 祭 に は 、 ちゃんと 出て くれる んだろう ね 」 さしあたり|あした||ぶんか|さい||||でて|||

「 ああ 、 仕事 は やる よ 」 |しごと|||

と タカシ は 大きく 伸び を した 。 |たかし||おおきく|のび||

「 今日 も 一 度 行って みる つもりだ よ 」 きょう||ひと|たび|おこなって|||

「 どこ へ ?

「 その 講堂 さ 。 |こうどう|

俺 は 前もって 、 その 場所 を よく 知っと か ない と 、 どうも 落ちつか ない んだ よ 」 「 デリケートな んだ な 」 「 見かけ に よら ず 、 と 言いたい んだ ろ ? おれ||まえもって||ばしょ|||ち っと|||||おちつか||||でりけーとな|||みかけ|||||いい たい|| と 、 タカシ は ニヤッ と 笑った 。 |たかし||||わらった

「── あんた たち に ゃ 分 ら ない さ 。 ||||ぶん||| ステージ に 出る 前 、 俺 が どんなに 青く なって 、 ガタガタ 震えて る か 。 すてーじ||でる|ぜん|おれ|||あおく||がたがた|ふるえて|| 金 が ほしく なきゃ 、 こんな 商売 、 すぐに も 放り出し ち まう とこ だ よ 」 きむ|||||しょうばい|||ほうりだし|||||

意外な こと を 聞く な 、 と 国友 は 思った 。 いがいな|||きく|||くにとも||おもった

もっとも 、 表向き だけ 華やかな アイドル たち の 素顔 なんて 、 こんな もの かも しれ ない 。 |おもてむき||はなやかな|あいどる|||すがお||||||

「 あの 講堂 は 、 もう 使える んだ ろ ? |こうどう|||つかえる||

「 ああ 、 構わ ん よ 」 |かまわ||

「 黒木 が 死んだ 所 で やるって の も 、 面白い かも しれ ない な 」 「── 奥さん と は 全然 会って ない の か ? くろき||しんだ|しょ||やる って|||おもしろい|||||おくさん|||ぜんぜん|あって||| 「 昨日 電話 した けど 、 居留守 を 使わ れた よ 。 きのう|でんわ|||いるす||つかわ||

親戚 だって の が 出て 来て 、 その 向 うで 『 留守 だ と 言って 』 なんて いう あいつ の 声 が 聞こえる んだ 。 しんせき||||でて|きて||むかい||るす|||いって|||||こえ||きこえる| 苦笑い しち まった 」 にがわらい||

「 嫌わ れた もん だ な 」 きらわ||||

「 女って の は 、 当て に なら ねえ よ 」 タカシ が 、 ため息 と 共に 言った 。 おんな って|||あて|||||たかし||ためいき||ともに|いった 国友 は 、 おかしく なって 吹き出して しまった 。 くにとも||||ふきだして|

大学 の 正門 を 入った ところ で 、 二 人 は やり合って いる のだった 。 だいがく||せいもん||はいった|||ふた|じん||やりあって||

二 人 の 言い合い と は 関係なく 、 いい 天気 で 、 暖かい 午後 だった 。 ふた|じん||いいあい|||かんけいなく||てんき||あたたかい|ごご|

十一 月 に 入った と は とても 思え ない 。 じゅういち|つき||はいった||||おもえ|

午後 と いって も 、 そう 遅い わけで は なく 、 さすが に 綾子 も 、 明日 が 文化 祭 と あって 、 少し は 緊張 して いる のだった 。 ごご|||||おそい||||||あやこ||あした||ぶんか|さい|||すこし||きんちょう|||

「 そろそろ お 昼 休み も 終り ね 」 ||ひる|やすみ||おわり|

と 、 夕 里子 が 言った 。 |ゆう|さとご||いった

「 お 姉さん 、 お 昼 、 食べる ? |ねえさん||ひる|たべる 「 あんた 一 人 で 食べて らっしゃい 。 |ひと|じん||たべて|

私 、 仕事 が ある から 」 わたくし|しごと|||

「 じゃ 、 一緒に 行く 」 |いっしょに|いく

綾子 は ため息 を ついた 。 あやこ||ためいき||

「 私 は 大丈夫だって ば 」 「 何 が 大丈夫な の よ ! わたくし||だいじょうぶ だって||なん||だいじょうぶな|| ゆうべ 、 車 に ひき 殺さ れ そうに なった ばっかりじゃ ない 」 |くるま|||ころさ||そう に|||

「 あれ は 、 何も 私 を 狙った と は 限ら ない でしょ 」 ||なにも|わたくし||ねらった|||かぎら||

「 じゃ 、 あの 小 犬 を 、 わざわざ 誰 か が 殺そう と したって いう の ? ||しょう|いぬ|||だれ|||ころそう||||

一体 、 どうして そんな こと する の よ ? いったい|||||| 「 あの 犬 が 、 莫大な 遺産 を 相続 して る の かも しれ ない わ 」 |いぬ||ばくだいな|いさん||そうぞく|||||||

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

「── ともかく 、 何と 言わ れよう と 、 お 姉さん に ついて 歩く の ! |なんと|いわ||||ねえさん|||あるく|

夕 里子 は 頑として 、 聞か なかった 。 ゆう|さとご||がんとして|きか|

綾子 の 方 も 、 夕 里子 と は また 違う 意味 で 頑固である 。 あやこ||かた||ゆう|さとご||||ちがう|いみ||がんこである

つまり 、 自分 が 人 を 傷つけたり 、 恨んだり しなければ 、 人 に 狙わ れたり する はず が ない 、 と 信じて いる のである 。 |じぶん||じん||きずつけたり|うらんだり|し なければ|じん||ねらわ|||||||しんじて|| 夕 里子 の 「 護衛 」 を 認める こと は 、 すなわち 、 自分 の 人生 観 を 変える こと な のだ 。 ゆう|さとご||ごえい||みとめる||||じぶん||じんせい|かん||かえる|||

綾子 と して は 、 それ は いやだった 。 あやこ||||||

それ くらい なら 、 むしろ おとなしく 殺さ れた 方 が いい ── と まで は いか ない に して も ……。 |||||ころさ||かた||||||||||

夕 里子 とて 、 その 姉 の 気持 は 分 ら ないで も ない 。 ゆう|さとご|||あね||きもち||ぶん||||

しかし 、 だからといって 、 黙って 放っておく わけに は いか ない 。 ||だまって|ほうっておく||||

「 仕方ない わ ね 、 じゃ 、 サンドイッチ でも 食べよう 」 しかたない||||さんどいっち||たべよう

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

実のところ 、 綾子 も お腹 が 空いて は いた のだった 。 じつのところ|あやこ||おなか||あいて|||

二 人 して 、 学生 食堂 の 方 へ と 歩いて 行く 。 ふた|じん||がくせい|しょくどう||かた|||あるいて|いく

「── 太田 さん の 具合 、 どう な の かしら 」 おおた|||ぐあい||||

と 、 綾子 が 言った 。 |あやこ||いった

「 午前 中 に 、 病院 へ 電話 して みた わ 。 ごぜん|なか||びょういん||でんわ|||

茂子 さん 、 割合 、 明るい 感じ だった わ よ 。 しげこ||わりあい|あかるい|かんじ||| でも 、 まだ 意識 は 戻ら ない みたい 」 ||いしき||もどら||

「 大変 ねえ 」 たいへん|

しかし 、「 大変 」 と いえば ── もう 、 明日 から 文化 祭 な のだ 。 |たいへん||||あした||ぶんか|さい||

大学 の 中 は 、 珍しく 学生 たち が 溢れ 返って いる 感じ で 、 いつも は のんびり と 芝生 で 引っくり返って いる 連中 も 、 あわただしく 駆け回って いる 。 だいがく||なか||めずらしく|がくせい|||あふれ|かえって||かんじ||||||しばふ||ひっくりかえって||れんちゅう|||かけまわって|

良く いえば 活気 が あり 、 悪く いえば やかましい 。 よく||かっき|||わるく||

「── あら 、 梨 山 先生 だ わ 」 |なし|やま|せんせい||

と 、 夕 里子 が 言った 。 |ゆう|さとご||いった

「 どこ に ?

「 ほら 、 あの テーブル 」 ||てーぶる

二 人 は 、 サンドイッチ と 紅茶 を プラスチック の お盆 に のせて 、 席 を 捜して いた 。 ふた|じん||さんどいっち||こうちゃ||ぷらすちっく||おぼん|||せき||さがして|

「── どこ に 座る ? ||すわる

「 決って る じゃ ない の 」 夕 里子 は 、 さっさと 先 に 立って 歩いて 行き 、 綾子 の 、 いやな 予感 の 通り 、 梨 山 教授 の 真向い に 座って しまった 。 けっ って|||||ゆう|さとご|||さき||たって|あるいて|いき|あやこ|||よかん||とおり|なし|やま|きょうじゅ||まむかい||すわって| 綾子 は 、 仕方なく その 隣 に ……。 あやこ||しかたなく||となり|

「 や あ 、 君 か 」 ||きみ|

梨 山 が 、 綾子 に 気付いて 、 言った 。 なし|やま||あやこ||きづいて|いった

「 文化 祭 の ──」 ぶんか|さい|

「 は あ 」

「 まあ 、 よろしく 頼む よ 。 ||たのむ|

僕 は 明日 、 女房 の 葬式 な んだ 」 ぼく||あした|にょうぼう||そうしき||

「 どうも 」

と だけ 言って 、 綾子 は 食べ 始めた 。 ||いって|あやこ||たべ|はじめた

夕 里子 は サンドイッチ を パク つき ながら 、 ゆう|さとご||さんどいっち||||

「 先生 は 火薬 の こと 、 お 詳しい んです か ? せんせい||かやく||||くわしい||

と 言った 。 |いった

梨 山 が むせ返った 。 なし|やま||むせかえった

やっと コーラ を 飲んで 、 息 を つく と 、 |こーら||のんで|いき|||

「 ど 、 どうして そんな こと を 訊 くん だ ね ? |||||じん|||

と 訊 き 返す 。 |じん||かえす

「 この 間 、 姉 と 一緒に 先生 の お 部屋 に うかがった とき 、 本棚 を 見て た んです 。 |あいだ|あね||いっしょに|せんせい|||へや||||ほんだな||みて||

そ したら 、『 火薬 の 話 』って いう 本 が あった もん です から 」 「『 火薬 の 話 』? ||かやく||はなし|||ほん||||||かやく||はなし そんな 本 が あった か な 」 |ほん||||

「 ええ 、 ありました わ 」 梨 山 は 、 小 首 を かしげて 考えて いた が 、 「── ああ 、 そう か 。 |あり ました||なし|やま||しょう|くび|||かんがえて||||| いや 、 先日 の 講義 で ね 、 あの 本 を 引用 して ……。 |せんじつ||こうぎ||||ほん||いんよう| ま 、 大した 必要 も なかった んだ が 。 |たいした|ひつよう|||| いや 、 そう 言われて みる と 、 あの 本 を 図書 館 に 返す の を 忘れて た よ 。 ||いわ れて||||ほん||としょ|かん||かえす|||わすれて|| いや 、 よく 言って くれた ! ||いって| 見えすいた 噓 を ついて る 、 と 夕 里子 は 思った 。 みえすいた||||||ゆう|さとご||おもった

しかし 、 姉 を 爆弾 で 殺そう と する ような 理由 が 、 梨 山 に ある だろう か ? |あね||ばくだん||ころそう||||りゆう||なし|やま||||

「 大学 も 大騒ぎ だ な 」 だいがく||おおさわぎ||

と 、 梨 山 は 言った 。 |なし|やま||いった

「 事件 と 文化 祭 が 重なって ……」 じけん||ぶんか|さい||かさなって

まるで 他人ごと みたいな 口 を きいて いる 。 |ひとごと||くち|||

自分 の 妻 が 殺さ れた こと は 忘れて しまった のだろう か 。 じぶん||つま||ころさ||||わすれて|||

「 君 は 、 あの 刑事 と 親しい ようだ ね 」 きみ|||けいじ||したしい||

と 、 梨 山 は 、 夕 里子 に 言った 。 |なし|やま||ゆう|さとご||いった

「 ええ 、 親戚 な んです 」 |しんせき||

出まかせ を 平気で 言える の も 、 探偵 の 資格 の 内 だ 。 でまかせ||へいきで|いえる|||たんてい||しかく||うち|

「 そう か 。

── 捜査 の 方 は 進んで る の か ね 」 そうさ||かた||すすんで||||

「 直接 お 訊 き に なったら いかがです か 」 ちょくせつ||じん|||||

「 いや ── まあ 、 犯人 が 捕まって も 、 女房 は 戻って 来 ない から ね 」 ||はんにん||つかまって||にょうぼう||もどって|らい|||

と 、 何だか 取って つけた ように 言った 。 |なんだか|とって|||いった

その とき 、 校 内 放送 が 、 ||こう|うち|ほうそう|

「 文学部 の 梨 山 先生 、 お 部屋 へ お 戻り 下さい 。 ぶんがくぶ||なし|やま|せんせい||へや|||もどり|ください

文学部 の 梨 山 先生 ──」 ぶんがくぶ||なし|やま|せんせい

と 、 くり返した 。 |くりかえした

「 おっと 。

何の 用 か な 」 なんの|よう||

梨 山 は 、 なぜ か ひどく あわてた 様子 で 立ち上り 、 盆 を 手 に して 、 急いで 返却 の カウンター へ と 歩いて 行った 。 なし|やま||||||ようす||たちのぼり|ぼん||て|||いそいで|へんきゃく||かうんたー|||あるいて|おこなった

「 何だか 変だ わ 」 なんだか|へんだ|

と 、 夕 里子 が 言う と 、 綾子 も 肯 いて 、 |ゆう|さとご||いう||あやこ||こう|

「 そう ね 。

パン が 古い みたい 」 ぱん||ふるい|

「 先生 の こと よ 。 せんせい|||

── ね 、 ちょっと 後 を つけて み ない ? ||あと|||| 「 どうぞ 。

私 、 探偵 じゃ ない の 。 わたくし|たんてい||| 学生 な んです の よ 」 がくせい||||

「── もう !

夕 里子 は 姉 を にらんだ 。 ゆう|さとご||あね||

「 じゃ 、 私 が 戻る まで ここ に いる ? |わたくし||もどる|||| 「 どうして ?

「 約束 し なさい ! やくそく||

私 が 戻る まで 、 この 席 を 動か ないって 」 「 あんた 本当に 、 怒る と 、 死んだ ママ そっくり ね 」 「 大きな お 世話 よ 」 「 分った わ 。 わたくし||もどる|||せき||うごか|ない って||ほんとうに|いかる||しんだ|まま|||おおきな||せわ||ぶん った| じゃ 、 ここ で 座って る わ 。 |||すわって|| でも 、 閉る 前 に 戻って 来て よ ね 」 |しまる|ぜん||もどって|きて||

「 分って る ! ぶん って| 夕 里子 は 、 急いで 、 梨 山 の 後 を 追って 行った 。 ゆう|さとご||いそいで|なし|やま||あと||おって|おこなった

「 全く もう ……」 まったく|

と 、 綾子 は ため息 を ついた 。 |あやこ||ためいき||

夕 里子 が 姉 思い である こと は 、 綾子 も よく 分って いた 。 ゆう|さとご||あね|おもい||||あやこ|||ぶん って| ありがたい 、 と も 思って いる のだ 。 |||おもって||

ただ ── ちょっと やり 過ぎ の 感 は ある けれど ……。 |||すぎ||かん|||

学生 食堂 は 、 まだ 結構 込み合って いた 。 がくせい|しょくどう|||けっこう|こみあって|

紅茶 、 もう 一 杯 飲もう か な 。 こうちゃ||ひと|さかずき|のもう||