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三姉妹探偵団 4 怪奇篇, 三姉妹探偵団 4 Chapter 11

三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 11

11 地下 道

ズブッ 。

「 ワッ !

と 、 敦子 が 思わず 声 を 上げる 。

「 静かに 」

と 、 珠美 が 振り向いて 、 にらんだ 。

「 ご 、 ごめんなさい 」

雪 に 足 を 取ら れた 敦子 は 、 あわてて 謝った 。

二 人 は 、 そっと 、 裏庭 へ 出る ドア を 開け 、 外 へ 踏み出した ところ だった 。

── そろそろ 、 陽 は 傾き かけて いる 。

さっき 、 ここ へ 出て 、 金田 と しゃべったり して いた 敦子 も 、 ぐっと 気温 が 下って 、 顔 が こわばり そうに なる 寒 さ に 、 ちょっと びっくり した 。

「 ちゃんと ドア 閉めて 。

── 足跡 を 逆に 辿 る の よ 」

と 、 珠美 は 言った 。

もちろん 、 まだ 暗く なって いる わけで は ない 。

しかし 、 青空 が 広がり 、 雪 は 白く 光って いて も 、 もう目に まぶしい と いう こと が なくなって いる 。

それ だけ 陽 が 弱まり 、 夜 が ひそやかに 忍び寄って いる のだろう 。

こう なる と 暗く なる の も 早い 。

特に 、 山 の 中 である 。 山 の 陰 に なる 辺り で は 、 早くも 、 黒い 影 が 、 巨大な 手のひら の ように 広がり 始めて いた 。

珠美 は 、 さっき 石垣 園子 と 秀 哉 が 戻って 来た 足跡 を 、 逆に 辿 って いた 。

見分ける の は 至って 簡単 。 ともかく 、 二 人 の 足跡 は 、 途中 から 大きく わき へ それて 、 少し 高く なった 岩 の 辺り へ と 向 って いる のである 。

岩 と いって も 、 そう 大きく は ない 。

崖 の 頂上 が 、 そこ だけ 少し 盛り上って いる 、 と いう 格好 で 、 雪 が なければ ゴツゴツ と した 岩肌 が 見える のだろう が 、 今 は 雪 が なだらかな スロープ で 裏庭 の 方 へ と 広がって 来て いる 。

石垣 母子 の 足跡 は 、 その 岩 の 方 へ と 向 って いた が ……。

途中 、 いくらか の 木立 ち が あり 、 その 中 を 二 組 の 足跡 が 縫って 行く 。

「 やっぱり 変だ 」

と 、 木立 ち の 一 つ に 手 を かけて 、 珠美 は 言った 。

「── どうした の ?

敦子 は 、 ハアハア 息 を 切らして いる 。

「 運動 不足 じゃ ない ?

「 ご 心配 なく 」

「 ほら 。

足跡 を 見て 」

岩 の 高 み へ と 向 って いた 足跡 が 、 その 少し 手前 で 、 左 へ 曲って いる 。

そこ から 下 へ ……。 何 段 か 、 階段 の ように 崖 が 落ち 込んで 、 その先 は 、 急な 断崖 である 。

「 あれ じゃ 、 二 人 と も 崖 から 上って 来た と しか 思え ない わ 」

と 、 珠美 は 言った 。

「 そう ね ……。

どう する ? 「 見 に 行く 」

「 あそこ へ ?

危 い じゃ ない の 」

「 その ため に 来た んだ もん 」

「 そりゃ そう だ けど ……。

国 友 さん に 相談 する と かして ──」

「 大丈夫 。

じゃ 、 敦子 さん 、 ここ で 待って て ね 」

珠美 は 、 ノコノコ と 断崖 の 方 へ と 歩いて 行った 。

「 待って !

敦子 も 、 仕方なく 追い かけて 行く 。

珠美 とて 、 怖く ない わけじゃ ない のである 。

しかし 、 そこ は やはり 夕 里子 の 妹 。 ── 好奇心 と いう やつ に は 勝て ない 。

それ に ── もし 、「 抜け道 」 でも 見付けたら 、 通行 税 を 取り立てて やろう ── と いう の は 冗談 だ が ……。

「 滑ったら 下 へ 落ちる わ よ 」

と 、 敦子 が もっともな こと を 言った 。

「 分 って る …… わ 」

さすが に 、 珠美 も 、 現実 に 崖 の 下 を 覗き 込む と 、 おっかなびっくり 、 一 歩 、 また 一 歩 と 進んで 行った 。

と ── 足 が 何 か 、 固い もの に 触れた 。

雪 が 、 その 部分 、 かき回さ れて 、 後 で 、 手 で 盛って ある の が 、 一目 で 分 る 。

「 何 か ある んだ 」

珠美 は 、 かがみ 込んで 、 雪 を かき分けた 。

「── 見て !

四角い 、 一 メートル 四方 ぐらい の 鉄 の 板 が 現われた のである 。

いや 、 これ は ただ の 板 じゃ なくて 、 蓋 だ 。

その 真中 に 大きな 鉄 の 輪 が ついて いて 、 握って 引 張る ように なって いる らしい 。

「── 秘密の 入口 だ 」

と 、 珠美 は 得意 げ に 言った 。

「 やっぱり あった でしょ 」

「 ない と は 言って ない わ 」

敦子 も 少し は 逆らって み たく なった らしい 。

何といっても 、 珠美 より 年上 な のである 。

「 引 張って みよう 。

── 重そう だ ね 」

「 二 人 で やれば ……」

「 そう ね 」

大きな 輪 な ので 、 充分に 、 二 人 の 手 が かかる 。

「── 一 、 二 、 の ──」

「 三 !

かけ声 と 共に 引 張る と 、 ポン と 簡単に 蓋 が 開いて 、 二 人 と も 雪 の 中 へ 引っくり返って しまった 。

「── 何 だ !

軽く 開く の ね 」

珠美 は 、 雪 だらけ に なり ながら 、 頭 を 振った 。

「 でも ── そう よ 。

あの 石垣 さん や 子供 が 開ける んだ と したら 、 そんなに 重い わけな い じゃ ない 」

と 、 敦子 は 、 雪 ダルマ みたいに なって 、 立ち上った 。

「 もっと 早く 、 それ に 気 が 付いて くれ なくちゃ 」

と 、 珠美 は 文句 を 言った 。

「 ともかく 入って みよう 」

「 そう ね ……」

雪 を 払い 落として 、 二 人 は 中 を 覗き 込んだ 。

鉄 の はしご が 降りて いる 。

── しかし 、 そう 深く は ない 様子 だった 。

「 私 が 入る わ 」

と 、 敦子 は 平静 を 装い つつ 、 先 に 、 はしご を 降って 行った 。

── 地下 道 だった 。

石 を 敷き つ め 、 両側 の 壁 、 天井 も 、 きちんと 石 で 造ら れて いる 。

頑丈な 造り の ようだった 。

「── 秘密の 地下 通路 か 」

と 、 珠美 は 言った 。

「 もう ちょっと 無気味だ と 面白い のに ね 」

「 やめて よ 。

これ で 充分 」

敦子 が 顔 を しかめた 。

裸 電球 が 、 いく つ かぶら 下って いて 、 薄暗く は ある が 、 充分に 見通し は きく 。

地下 道 は 、 真 直ぐで は なかった 。

一旦 、 山荘 の 方 へ と 向 って いる が 、 その先 で 、 折れ曲って いた 。

「 行って みる ?

と 、 敦子 の 訊 く 声 が 、 地下 道 に 響いた 。

珠美 は 、 返事 を する 代り に 、 先 に 立って 歩き 出した 。

頭 を ぶつける ほど 、 天井 が 低い わけで も ない のだ が 、 何となく 、 つい 頭 を 低く して しまう 。

人間 の 心理 って 、 面白い もん ね 、 など と 、 珠美 は 呑気 な こと を 考えて いた 。

「 待って よ ……。

置いて か ない で 」

敦子 の 方 が 、 情 ない 声 を 出して 、 珠美 に やっと ついて 来る 。

通路 は 左 へ 、 右 へ 、 くねくね と 折れ曲って 、 結局 、 どこ へ 向 って いる の か 、 分 ら なく なって しまった 。

「── 階段 だ 」

と 、 珠美 が 言った 。

「 上 に 出 られる の ね 」

と 、 敦子 が ホッと した 様子 。

「 じゃ なくて 、 下 へ 降りる の 」

と 、 珠美 は 申し訳な さ そうに 言った 。

「 また ?

「 そう 。

── どこ へ 行く んだ ろ 」

「 もう 、 戻ら ない ?

と 、 敦子 は 心細 そうな 声 を 出した 。

「 そろそろ 夜 が 明ける かも しれ ない よ 」

「 たった 二 、 三 分 しか 歩いて ない よ 」

と 、 珠美 は 言った 。

しかし 、 珠美 も 、 そこ から 先 へ 行く の は 少し ためらわ れた 。

階段 の 下 は 、 真 暗 だった から だ 。

懐中 電灯 なんて もの も 、 持ち 合せて い ない 。

「 ここ は 、 やっぱり 戻り ます か 」

と 、 珠美 は 言った 。

「 ともかく 、 この 地下 道 を 見付けた だけ でも いい や 」

「 そう よ !

敦子 は 、 と たんに 声 まで 元気に なって 、

「 ノーベル 賞 でも もらえる かも しれ ない わ 」

── 二 人 は 、 来た 道 を 戻り 始めた 。

今度 は 、 敦子 が 先 に なる 。

ふと 、 珠美 は 、 足 を 止めた 。

「 ね 、 ちょっと 」

「 どうした の ?

「 何 か 、 聞こえた ……」

「 え ?

そう 。

確かに ……。 ギ 、 ギ 、 ギ ……。

何 か が 、 きしむ ような 音 。

「 何かしら ?

「 分 ん ない けど ── ともかく 早く 出た 方 が いい みたい 」

「 同感 」

と 、 敦子 は 肯 いて 、 また 歩き 出した 。

突然 ── 明り が 消えた 。

「 キャッ !

敦子 が 悲鳴 を 上げる 。

「 ど 、 どうした の ? 「 明り が 消えた だけ 」

珠美 は 、 落ちついて いる 。

「 大丈夫 。

壁 に 手 を 触れて 、 辿 って 行けば ……。 最後 の 角 を 曲れば 、 外 の 光 が 射 して る から 」

「 そ 、 そう ね ……」

敦子 は 、 年下 の 珠美 の 前 で 、 自分 の 方 が 落ちつか なくて は 、 と 思い ながら 、 つい 声 が 震えて 来る の を 、 こらえ られ なかった 。

壁 に 手 を 当て 、 ノロノロ と 進んで 行く 。

「 ね 、 誰 か ──」

と 、 珠美 が 言った 。

「 なに ?

「 誰 か いる !

二 人 は 息 を 殺した 。

── そう 。 足音 だった 。

二 人 の 後 を 追って 、 暗がり の 奥 から 、 引きずる ような 、 重々しい 足音 が 聞こえて 来た のだ 。

「 近付いて 来る 。

── 逃げよう ! と 、 珠美 が 叫んだ 。

「 走って ! 敦子 は 、 壁 を 両手 で 叩く ように して 、 駆け 出した 。

転び そうだ 。

しかし 、 人間 、 必死に なる と 、 たいてい の こと は やって しまう もの である 。

明り が 見えた !

行 手 に 、 上 から 光 が 射 し込み 、 鉄 の はしご が 見えて いる 。

敦子 は 、

「 出口 よ !

と 叫んで 、 駆け 出した 。

はしご を 上る の も もどかしく 、 雪 の 中 へ と 転がり 出る 。

ハアハア と 喘ぎ ながら 、 敦子 は 、 雪 の 冷た さ など 気 に も なら なかった 。

「 珠美 ちゃん ──。

大丈夫 ? と 、 顔 を 上げる と ……。

珠美 の 姿 は なかった 。

「 珠美 ちゃん ……。

早く ── 早く 出て 来 ない と ──」

だが 、 珠美 は 、 一向に 姿 を 見せ ない 。

まさか ……。

まさか ……。

敦子 は 、 よろけ ながら 、 立ち上った 。

あの 穴 の 中 に 戻って 行く だけ の 勇気 は 、 とても なかった 。

── そうだ 。 国 友 さん に ……。

早く 知らせよう 。

助け に 行か なくちゃ 。

もう 、 辺り は 大分 暗く なり つつ あった 。

それ こそ 、 あの 地下 道 へ 入って から 、 十分 と は たって い ない はずだ が 、 急激に 、 夜 の 気配 が 立ち こめて 来て いる 。

「 待って て ね 。

── すぐ 国 友 さん を 呼んで 来る から 」

珠美 へ 呼びかける ように 言って 、 敦子 は 、 雪 を け散らし ながら 、 進んで 行った 。

自分 が 助かって 、 珠美 に 何 か あったり したら ── それ こそ 、 夕 里子 に 何と 言って 詫びれば いい か ……。

木立 ち の 間 を 抜けて 、 敦子 は 、 山荘 の 裏庭 へ ──。

だが 、 その場で 、 敦子 は 、 立ちすくんで しまった 。

こんな …… こんな こと が ……。

膝 近く まで 来る 雪 の 冷た さ が 、 足 の 指 を しびれ させて いる の も 、 一瞬 忘れて しまった 。

吐き出す 息 の 白 さ が 、 煙 の ように 立ち上って 行く 。

「 こんな こと って ── こんな こと って 、 ない わ !

敦子 は 叫ぶ ように 言った 。

目の前 に は ── 何も なかった 。

あの 山荘 は 、 影 も 形 も なく 消え失せて 、 ただ 、 のっぺり と して 、 足跡 一 つ ない 雪原 が 、 広がって いる ばかりだった のである 。

「── ひどい 年 でした よ 、 今年 は ね 」

と 、 やつれ 切った 顔 で 、 その 男 は 言った 。

「 分 り ます 」

三崎 は 、 肯 いた 。

「 お 気の毒でした 、 娘 さん の こと は 」

「 気の毒 ねえ ……」

と 、 男 は 苦々し げ に 、「 全く ── 哀れでしょう が ない んです よ 。

そう でしょう 」

と 、 訴える ように 言った 。

男 の 名 は 笹 田 。

やっと 、 三崎 の 頼み に 応じて 、 この 喫茶 店 まで 出て 来て くれた 。

「 寒い ね 」

と 、 笹 田 は 、 唐突な 言い 方 を して 、 外 の 方 へ 目 を 向けた 。

「 雪 でも 降り そうな 天気 です 」

と 、 三崎 は 肯 いた 。

三崎 は 、 内心 の 焦り を 、 外 へ 現わさ ない ように 、 努力 して いた 。

今 、 ここ で 焦った ところ で 仕方ない 。

石垣 の 山荘 と いう の が 、 一体 どこ に ある の か 、 必死で 調べて いる ところ だった 。

沼 淵 の 話 から 、 一応 は 長野 辺り を 中心 に 調べて いる が 、 石垣 が 、 全く の でたらめな 場所 を 言って い ない と も 限ら ない 。

一応 、 考え 得る 範囲 で 、 捜査 の 依頼 を 出して いた 。

しかし 、 何といっても 年 末 で 、 どこ も 忙しい 。

思う ように は 、 協力 を 取りつける こと が でき なかった 。

三崎 が 焦り を 覚えて いた の も 、 無理 は ない 。

沼 淵 に 石垣 の こと を 話した と いう 「 教え子 」 に 会って 、 話 を 聞いた が 、 直接 石垣 と 付合い が あった わけで は なく 、 具体 的な こと は ほとんど 知ら なかった 。

そして 、 三崎 は ふと 思い 付いて 、 石垣 が 無理 心中 した と いう 女子 学生 の 親 に 連絡 した のである 。

会い たく ない 。

話 も し たく ない 。 ── 父親 の 反応 は 、 至って 素 気 ない もの だった 。

親 の 身 と して は 、 無理 も ない 。

三崎 に も その 気持 は よく 分 った 。

「── そりゃ 、 私 も 娘 が 好きな 男 を 作りゃ 、 怒った かも しれ ませ ん 。

しかし 、 最終 的に ゃ 、 娘 が 幸せに なりゃ 、 それ で いい 。 そう でしょう ? すっかり 老け 込んだ 感じ の 父親 は 、 髪 を 少し かき 上げて 、「 白く なり ました 。

分 る でしょう ? 娘 が 死んで から です 。 それ まで は 、 白髪 なんて 、 一 本 も なかった のに ……」

「 石垣 と いう 男 に 会わ れた こと は ?

「 あり ます よ 」

と 、 笹 田 は 肯 いた 。

「 あの とき 、 もっと よく あいつ の こと を 知って り ゃあ ……」

「 そう です な 」

三崎 は 肯 いた 。

「 もし ── 娘 が 、 本当に 好きな 男 と 心中 した と いう の なら ね 、 もちろん 悲しい が 、 まだ 諦め も つく 。

それ が 、 当人 は 死に たく も ない のに 、 殺さ れて 、 無理 心中 ……。 石垣 の 奴 を 、 生き返ら せて 、 もう 一 度 この 手 で 殺して やり たい です よ 」

笹 田 は 、 自分 の 両手 を 、 じっと 見下ろし ながら 言った 。

「 どんな 男 でした ?

と 、 三崎 は 訊 いた 。

「 石垣 です か ?

まあ ── 神経質 そうな 、 と いう か 、 どことなく 暗い 感じ の 男 でした よ 」

「 どこ で お 会い に なった んです ?

「 ええ と ……。

何とか いう 店 でした ね 。 〈 P 〉 だった か な 。 そう 、 そんな 名前 の 店 だった と 思い ます 」

三崎 の 眉 が 、 ちょっと 寄って 、

「 その 店 の 名 は ── 確か 、 です か ?

と 、 念 を 押す 。

「 たぶん ね 。

── しかし 、 どうして そんな こと が ? 「 いや ……。

偶然 、 その 店 を 知って いる もの です から ね 」

と 、 三崎 は 言った 。

「 石垣 は 、 どこ か 妙な 印象 を 与え ました か 」

「 そう です ね ……。

いやに 落ちつき の ない 男 でした よ 」

「 落ちつき の ない ?

「 そう 。

── こっち の 目 を 真 直ぐ 見 ない と いう か ね 。 いやに キョロキョロ して ……。 後 から 悪い 印象 を でっち上げた わけじゃ あり ませ ん よ 。 その とき 、 帰って 家内 に 石垣 の こと を そう 話した んです から 」

「 そう です か ……」

三崎 は 、 ゆっくり と 肯 いた 。

「 石垣 と は どんな ご用 で 会わ れた んです か ? 「 もちろん 、 娘 の 直子 の こと です 」

と 、 笹 田 は 肩 を すくめて 、「 石垣 が 、 私 の 会社 へ 電話 して 来た んです よ 、 会い たい 、 と ね 」

「 話 と いう の は ──」

「 娘 に 惚れた 、 と いう わけです 。

妻 と 別れる から 、 結婚 を 許して ほしい 、 と 」

「 もちろん 、 あなた は ──」

「 冗談 じゃ ない 、 と 突っぱね ました よ 。

当然でしょう 。 娘 が 同じ 気持 だ と いう の なら ともかく 、 全く その 気 は なかった んです から 」

「 石垣 は 何と ?

「 大して 、 こだわり ませ ん でした ね 。

怒鳴り 合い と か に は なり ませ ん 。 無気力な 感じ だった な 、 あいつ は 」

「 それでいて 無理 心中 を ──」

「 そう な んです 。

信じ られ ませ ん よ 、 全く ! 笹 田 は 、 深々と 息 を ついた 。

「 その 話 を した ので 、 娘 に 、 もう 家庭 教師 に 行く の は やめろ 、 と 言い ました 。 しかし 、 直子 は ……。 生徒 を 途中 で 放り 出せ ない 、 と 言い まして ね 。 責任 感 の 強い 娘 でした から ……」

「 そして 、 無理 心中 」

「 そうです 。

しかし 、 無理 心中 って の は 殺人 です よ 。 そう でしょう ? しかも 犯人 は 死んで しまって いる 。 ── 卑怯 だ ! 笹 田 は 、 吐き 捨てる ように 言った 。

「 同感 です ね 」

三崎 は 、 穏やかな 口調 で 言った 。

「── 娘 さん が 亡くなった とき 、 石垣 の 死体 も 、 ご覧 に なり ました か ? 「 いいえ 。

── それ どころ じゃ あり ませ ん 。 娘 が 殺さ れた と いう ショック だけ で ……」

「 分 り ます 」

三崎 は 、 丁重に 礼 を 述べて 、 笹 田 と 別れた 。

── 確かに 、 雪 に なり そうな 、 冷え 込み だった 。

電話 ボックス へ 入った 三崎 は 、 署 へ 電話 を 入れた 。

「── 三崎 だ 。

何 か 分 った か ? 「 それ らしい 山荘 が 、 三 つ 四 つ 、 出て 来て い ます 」

と 、 部下 の 若い 刑事 が 答える 。

「 今 、 確認 を 取って いる ところ です 」

「 そう か 。

急が せて くれ 」

と 、 三崎 は 言って 、「 国 友 と は 連絡 が ついた か ?

「 いえ 、 まだ です 。

い ない んじゃ あり ませ ん か ね 」

「 うむ ……」

もちろん 、 三崎 自身 が 休め と 言って やった のだ から 、 国 友 が い なくて も 不思議 は ない 。

しかし 、 普通 なら 、 必ず 連絡 が つく ように 、 遠出 する とき は そう 知らせて から に する 。

そう で なければ 、 部屋 に 戻って いる はずだ 。

いや 、 もしかしたら ……。

三崎 も 、 その 可能 性 は 考えて いた 。

国 友 は 、 夕 里子 たち 三 人 姉妹 に 、 ついて 行った の かも しれ ない 。

もし そう なら 、 夕 里子 たち が 危険な 目 に あって も 、 無事に 切り抜ける 可能 性 は 大きい 。

そう であって くれれば 、 と 三崎 は 思って いた 。

「 それ から な ──」

と 、 三崎 は 受話器 を 握り 直した 。

「 例 の 、 石垣 と 笹 田 直子 の 無理 心中 の 事件 だ が 、 詳しく 知り たい 。 特に 、 石垣 の 死体 を 確認 した の が 誰 な の か 」

「 分 り ました 」

「 頼む ぞ 。

俺 は この 近く で 飯 を 食って から 戻る 」

三崎 は 、 受話器 を 戻して 、 ボックス から 外 へ 出る と 、 風 の 冷た さ に 身 を 縮めた 。

「── 畜生 !

三崎 は 、 足早に 歩き 出して いた 。

もし 、 俺 の 考えた 通り だった と したら ……。

いや 、〈 P 〉 と いう 店 で 、 石垣 が 笹 田 と 会った こと も 、 偶然 と は 思え ない 。

もし そう なら 、 今度 の 、 平川 浩子 の 異常な 殺し 方 も 、 分 る と いう もの だ 。

そして ……。

そう だ 。

三崎 は 、 まだ はっきり と 証拠 を つかんで いた わけで は ない が 、 ほとんど 確信 に 近い もの を 持って いた 。

── 石垣 は 、 死んで い ない 。

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三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 11 みっ|しまい|たんてい|だん|chapter Three Sisters Detectives 4 Chapter 11

11  地下 道 ちか|どう

ズブッ 。

「 ワッ !

と 、 敦子 が 思わず 声 を 上げる 。 |あつこ||おもわず|こえ||あげる

「 静かに 」 しずかに

と 、 珠美 が 振り向いて 、 にらんだ 。 |たまみ||ふりむいて|

「 ご 、 ごめんなさい 」

雪 に 足 を 取ら れた 敦子 は 、 あわてて 謝った 。 ゆき||あし||とら||あつこ|||あやまった

二 人 は 、 そっと 、 裏庭 へ 出る ドア を 開け 、 外 へ 踏み出した ところ だった 。 ふた|じん|||うらにわ||でる|どあ||あけ|がい||ふみだした||

── そろそろ 、 陽 は 傾き かけて いる 。 |よう||かたむき||

さっき 、 ここ へ 出て 、 金田 と しゃべったり して いた 敦子 も 、 ぐっと 気温 が 下って 、 顔 が こわばり そうに なる 寒 さ に 、 ちょっと びっくり した 。 |||でて|かなだ|||||あつこ|||きおん||くだって|かお|||そう に||さむ||||| Atsuko who went out here and was talking with Kanada a little while ago was also surprised a bit by the coldness as the temperature went down and the face seemed stiff.

「 ちゃんと ドア 閉めて 。 |どあ|しめて

── 足跡 を 逆に 辿 る の よ 」 あしあと||ぎゃくに|てん|||

と 、 珠美 は 言った 。 |たまみ||いった

もちろん 、 まだ 暗く なって いる わけで は ない 。 ||くらく||||| Of course, it is not getting dark yet.

しかし 、 青空 が 広がり 、 雪 は 白く 光って いて も 、 もう目に まぶしい と いう こと が なくなって いる 。 |あおぞら||ひろがり|ゆき||しろく|ひかって|||もうもくに||||||| However, even though the blue sky spreads and the snow glows white, it is no longer being a dazzling eye.

それ だけ 陽 が 弱まり 、 夜 が ひそやかに 忍び寄って いる のだろう 。 ||よう||よわまり|よ|||しのびよって|| That's probably why the daylight is waning and night is creeping in quietly.

こう なる と 暗く なる の も 早い 。 |||くらく||||はやい

特に 、 山 の 中 である 。 とくに|やま||なか| 山 の 陰 に なる 辺り で は 、 早くも 、 黒い 影 が 、 巨大な 手のひら の ように 広がり 始めて いた 。 やま||かげ|||あたり|||はやくも|くろい|かげ||きょだいな|てのひら|||ひろがり|はじめて| In the shadowy areas of the mountains, black shadows were already beginning to spread like the palm of a giant hand.

珠美 は 、 さっき 石垣 園子 と 秀 哉 が 戻って 来た 足跡 を 、 逆に 辿 って いた 。 たまみ|||いしがき|そのこ||しゅう|や||もどって|きた|あしあと||ぎゃくに|てん|| Tamami was retracing the footsteps of Sonoko and Hideya Ishigaki.

見分ける の は 至って 簡単 。 みわける|||いたって|かんたん It is quite easy to tell them apart. ともかく 、 二 人 の 足跡 は 、 途中 から 大きく わき へ それて 、 少し 高く なった 岩 の 辺り へ と 向 って いる のである 。 |ふた|じん||あしあと||とちゅう||おおきく||||すこし|たかく||いわ||あたり|||むかい||| Anyway, their footsteps wandered off to the side and headed toward a slightly elevated rocky area.

岩 と いって も 、 そう 大きく は ない 。 いわ|||||おおきく||

崖 の 頂上 が 、 そこ だけ 少し 盛り上って いる 、 と いう 格好 で 、 雪 が なければ ゴツゴツ と した 岩肌 が 見える のだろう が 、 今 は 雪 が なだらかな スロープ で 裏庭 の 方 へ と 広がって 来て いる 。 がけ||ちょうじょう||||すこし|もりあがって||||かっこう||ゆき|||ごつごつ|||いわはだ||みえる|||いま||ゆき|||すろーぷ||うらにわ||かた|||ひろがって|きて| It seems that the top of the cliff is slightly raised only there, and it seems that rocks that are rugged without snow can be seen, but now the snow spreads toward the backyard with a gentle slope ing .

石垣 母子 の 足跡 は 、 その 岩 の 方 へ と 向 って いた が ……。 いしがき|ぼし||あしあと|||いわ||かた|||むかい|||

途中 、 いくらか の 木立 ち が あり 、 その 中 を 二 組 の 足跡 が 縫って 行く 。 とちゅう|||こだち|||||なか||ふた|くみ||あしあと||ぬって|いく

「 やっぱり 変だ 」 |へんだ

と 、 木立 ち の 一 つ に 手 を かけて 、 珠美 は 言った 。 |こだち|||ひと|||て|||たまみ||いった Tamami said as she put her hand on one of the groves.

「── どうした の ?

敦子 は 、 ハアハア 息 を 切らして いる 。 あつこ||はあはあ|いき||きらして| Atsuko is gasping for air.

「 運動 不足 じゃ ない ? うんどう|ふそく||

「 ご 心配 なく 」 |しんぱい|

「 ほら 。

足跡 を 見て 」 あしあと||みて

岩 の 高 み へ と 向 って いた 足跡 が 、 その 少し 手前 で 、 左 へ 曲って いる 。 いわ||たか||||むかい|||あしあと|||すこし|てまえ||ひだり||まがって| The footprints leading to the height of the rock turn to the left a little before that.

そこ から 下 へ ……。 ||した| 何 段 か 、 階段 の ように 崖 が 落ち 込んで 、 その先 は 、 急な 断崖 である 。 なん|だん||かいだん|||がけ||おち|こんで|そのさき||きゅうな|だんがい| The cliff drops down like a staircase, and beyond that is a steep cliff.

「 あれ じゃ 、 二 人 と も 崖 から 上って 来た と しか 思え ない わ 」 ||ふた|じん|||がけ||のぼって|きた|||おもえ||

と 、 珠美 は 言った 。 |たまみ||いった

「 そう ね ……。

どう する ? 「 見 に 行く 」 み||いく

「 あそこ へ ?

危 い じゃ ない の 」 き||||

「 その ため に 来た んだ もん 」 |||きた|| "I came for that,"

「 そりゃ そう だ けど ……。

国 友 さん に 相談 する と かして ──」 くに|とも|||そうだん||| Maybe you can talk to Kunitomo-san about it.

「 大丈夫 。 だいじょうぶ

じゃ 、 敦子 さん 、 ここ で 待って て ね 」 |あつこ||||まって||

珠美 は 、 ノコノコ と 断崖 の 方 へ と 歩いて 行った 。 たまみ||||だんがい||かた|||あるいて|おこなった

「 待って ! まって

敦子 も 、 仕方なく 追い かけて 行く 。 あつこ||しかたなく|おい||いく Atsuko will also chase after me.

珠美 とて 、 怖く ない わけじゃ ない のである 。 たまみ||こわく|||| It is irritating and not scary.

しかし 、 そこ は やはり 夕 里子 の 妹 。 ||||ゆう|さとご||いもうと ── 好奇心 と いう やつ に は 勝て ない 。 こうきしん||||||かて| I am not a fool if I am curious.

それ に ── もし 、「 抜け道 」 でも 見付けたら 、 通行 税 を 取り立てて やろう ── と いう の は 冗談 だ が ……。 |||ぬけみち||みつけたら|つうこう|ぜい||とりたてて||||||じょうだん|| And if there's a loophole. But if I find one, I'll collect the toll tax... just kidding. ......

「 滑ったら 下 へ 落ちる わ よ 」 すべったら|した||おちる||

と 、 敦子 が もっともな こと を 言った 。 |あつこ|||||いった Atsuko said the right thing.

「 分 って る …… わ 」 ぶん|||

さすが に 、 珠美 も 、 現実 に 崖 の 下 を 覗き 込む と 、 おっかなびっくり 、 一 歩 、 また 一 歩 と 進んで 行った 。 ||たまみ||げんじつ||がけ||した||のぞき|こむ|||ひと|ふ||ひと|ふ||すすんで|おこなった Truly, Zhi Ami looked down under the cliffs in reality, after all, I made a fun step forward, one step again.

と ── 足 が 何 か 、 固い もの に 触れた 。 |あし||なん||かたい|||ふれた

雪 が 、 その 部分 、 かき回さ れて 、 後 で 、 手 で 盛って ある の が 、 一目 で 分 る 。 ゆき|||ぶぶん|かきまわさ||あと||て||もって||||いちもく||ぶん| At the sight, the snow is scattered, that part is stirred, later, it is packed with hands.

「 何 か ある んだ 」 なん|||

珠美 は 、 かがみ 込んで 、 雪 を かき分けた 。 たまみ|||こんで|ゆき||かきわけた Tamami crouched down and shoveled the snow away.

「── 見て ! みて

四角い 、 一 メートル 四方 ぐらい の 鉄 の 板 が 現われた のである 。 しかくい|ひと|めーとる|しほう|||くろがね||いた||あらわれた| A square iron plate about one meter square appeared.

いや 、 これ は ただ の 板 じゃ なくて 、 蓋 だ 。 |||||いた|||ふた|

その 真中 に 大きな 鉄 の 輪 が ついて いて 、 握って 引 張る ように なって いる らしい 。 |まんなか||おおきな|くろがね||りん||||にぎって|ひ|はる|||| It has a large iron ring in the middle of it, which is supposed to be pulled by grasping it.

「── 秘密の 入口 だ 」 ひみつの|いりぐち|

と 、 珠美 は 得意 げ に 言った 。 |たまみ||とくい|||いった Tamami said proudly.

「 やっぱり あった でしょ 」

「 ない と は 言って ない わ 」 |||いって|| I didn't say I didn't.

敦子 も 少し は 逆らって み たく なった らしい 。 あつこ||すこし||さからって|||| Atsuko also felt like defying him a little.

何といっても 、 珠美 より 年上 な のである 。 なんといっても|たまみ||としうえ|| Anyway, I am older than Mami.

「 引 張って みよう 。 ひ|はって| "Let's stretch it out.

── 重そう だ ね 」 じゅうそう||

「 二 人 で やれば ……」 ふた|じん|| If we do it together, we can do it at ......."

「 そう ね 」

大きな 輪 な ので 、 充分に 、 二 人 の 手 が かかる 。 おおきな|りん|||じゅうぶんに|ふた|じん||て||

「── 一 、 二 、 の ──」 ひと|ふた|

「 三 ! みっ

かけ声 と 共に 引 張る と 、 ポン と 簡単に 蓋 が 開いて 、 二 人 と も 雪 の 中 へ 引っくり返って しまった 。 かけごえ||ともに|ひ|はる||||かんたんに|ふた||あいて|ふた|じん|||ゆき||なか||ひっくりかえって| With a yell, I pulled, and with a pop, the lid popped open and they both fell back into the snow.

「── 何 だ ! なん|

軽く 開く の ね 」 かるく|あく||

珠美 は 、 雪 だらけ に なり ながら 、 頭 を 振った 。 たまみ||ゆき|||||あたま||ふった Tamami shook her head, becoming a snowdrift.

「 でも ── そう よ 。

あの 石垣 さん や 子供 が 開ける んだ と したら 、 そんなに 重い わけな い じゃ ない 」 |いしがき|||こども||あける|||||おもい||||

と 、 敦子 は 、 雪 ダルマ みたいに なって 、 立ち上った 。 |あつこ||ゆき|だるま|||たちのぼった Atsuko became like a snow dalmatian and stood up.

「 もっと 早く 、 それ に 気 が 付いて くれ なくちゃ 」 |はやく|||き||ついて|| "You have to realize that much sooner."

と 、 珠美 は 文句 を 言った 。 |たまみ||もんく||いった Tamami complained.

「 ともかく 入って みよう 」 |はいって|

「 そう ね ……」

雪 を 払い 落として 、 二 人 は 中 を 覗き 込んだ 。 ゆき||はらい|おとして|ふた|じん||なか||のぞき|こんだ

鉄 の はしご が 降りて いる 。 くろがね||||おりて|

── しかし 、 そう 深く は ない 様子 だった 。 ||ふかく|||ようす| But he didn't seem to be so deep.

「 私 が 入る わ 」 わたくし||はいる|

と 、 敦子 は 平静 を 装い つつ 、 先 に 、 はしご を 降って 行った 。 |あつこ||へいせい||よそおい||さき||||ふって|おこなった

── 地下 道 だった 。 ちか|どう|

石 を 敷き つ め 、 両側 の 壁 、 天井 も 、 きちんと 石 で 造ら れて いる 。 いし||しき|||りょうがわ||かべ|てんじょう|||いし||つくら|| The walls and ceilings are also built of stone.

頑丈な 造り の ようだった 。 がんじょうな|つくり||

「── 秘密の 地下 通路 か 」 ひみつの|ちか|つうろ|

と 、 珠美 は 言った 。 |たまみ||いった

「 もう ちょっと 無気味だ と 面白い のに ね 」 ||ぶきみだ||おもしろい||

「 やめて よ 。

これ で 充分 」 ||じゅうぶん

敦子 が 顔 を しかめた 。 あつこ||かお||

裸 電球 が 、 いく つ かぶら 下って いて 、 薄暗く は ある が 、 充分に 見通し は きく 。 はだか|でんきゅう|||||くだって||うすぐらく||||じゅうぶんに|みとおし|| There are several bare light bulbs hanging from the ceiling, and although it is dimly lit, there is plenty of visibility.

地下 道 は 、 真 直ぐで は なかった 。 ちか|どう||まこと|すぐで|| The underground road was not true.

一旦 、 山荘 の 方 へ と 向 って いる が 、 その先 で 、 折れ曲って いた 。 いったん|さんそう||かた|||むかい||||そのさき||おれまがって| Once it was heading toward the mountain lodge, it turned at the end.

「 行って みる ? おこなって|

と 、 敦子 の 訊 く 声 が 、 地下 道 に 響いた 。 |あつこ||じん||こえ||ちか|どう||ひびいた

珠美 は 、 返事 を する 代り に 、 先 に 立って 歩き 出した 。 たまみ||へんじ|||かわり||さき||たって|あるき|だした

頭 を ぶつける ほど 、 天井 が 低い わけで も ない のだ が 、 何となく 、 つい 頭 を 低く して しまう 。 あたま||||てんじょう||ひくい||||||なんとなく||あたま||ひくく|| The more I hit my head, the lower the ceiling is, but somehow, I will lower my head.

人間 の 心理 って 、 面白い もん ね 、 など と 、 珠美 は 呑気 な こと を 考えて いた 。 にんげん||しんり||おもしろい|||||たまみ||のんき||||かんがえて| Tamami was absorbed in thinking about the interesting wonders of the human psyche.

「 待って よ ……。 まって|

置いて か ない で 」 おいて||| Do not leave me. "

敦子 の 方 が 、 情 ない 声 を 出して 、 珠美 に やっと ついて 来る 。 あつこ||かた||じょう||こえ||だして|たまみ||||くる Atsuko comes out with an empty voice, and finally follows Zhu Mi.

通路 は 左 へ 、 右 へ 、 くねくね と 折れ曲って 、 結局 、 どこ へ 向 って いる の か 、 分 ら なく なって しまった 。 つうろ||ひだり||みぎ||||おれまがって|けっきょく|||むかい|||||ぶん|||| The passageway wound left, right, and around, and eventually I couldn't tell where it was leading.

「── 階段 だ 」 かいだん|

と 、 珠美 が 言った 。 |たまみ||いった

「 上 に 出 られる の ね 」 うえ||だ|||

と 、 敦子 が ホッと した 様子 。 |あつこ||ほっと||ようす

「 じゃ なくて 、 下 へ 降りる の 」 ||した||おりる| "Not down, get down."

と 、 珠美 は 申し訳な さ そうに 言った 。 |たまみ||もうしわけな||そう に|いった Said Ms. Ami sorryly.

「 また ?

「 そう 。

── どこ へ 行く んだ ろ 」 ||いく||

「 もう 、 戻ら ない ? |もどら|

と 、 敦子 は 心細 そうな 声 を 出した 。 |あつこ||こころぼそ|そう な|こえ||だした

「 そろそろ 夜 が 明ける かも しれ ない よ 」 |よ||あける|||| "The night may come soon"

「 たった 二 、 三 分 しか 歩いて ない よ 」 |ふた|みっ|ぶん||あるいて||

と 、 珠美 は 言った 。 |たまみ||いった

しかし 、 珠美 も 、 そこ から 先 へ 行く の は 少し ためらわ れた 。 |たまみ||||さき||いく|||すこし|| Tamami, however, was a little hesitant to go any further.

階段 の 下 は 、 真 暗 だった から だ 。 かいだん||した||まこと|あん|||

懐中 電灯 なんて もの も 、 持ち 合せて い ない 。 かいちゅう|でんとう||||もち|あわせて||

「 ここ は 、 やっぱり 戻り ます か 」 |||もどり|| "Do we still want to go back to this place?"

と 、 珠美 は 言った 。 |たまみ||いった

「 ともかく 、 この 地下 道 を 見付けた だけ でも いい や 」 ||ちか|どう||みつけた|||| "Anyway, it's a good thing we found this underpass."

「 そう よ !

敦子 は 、 と たんに 声 まで 元気に なって 、 あつこ||||こえ||げんきに|

「 ノーベル 賞 でも もらえる かも しれ ない わ 」 のーべる|しょう||||||

── 二 人 は 、 来た 道 を 戻り 始めた 。 ふた|じん||きた|どう||もどり|はじめた

今度 は 、 敦子 が 先 に なる 。 こんど||あつこ||さき||

ふと 、 珠美 は 、 足 を 止めた 。 |たまみ||あし||とどめた

「 ね 、 ちょっと 」

「 どうした の ?

「 何 か 、 聞こえた ……」 なん||きこえた

「 え ?

そう 。

確かに ……。 たしかに ギ 、 ギ 、 ギ ……。

何 か が 、 きしむ ような 音 。 なん|||||おと

「 何かしら ? なにかしら

「 分 ん ない けど ── ともかく 早く 出た 方 が いい みたい 」 ぶん|||||はやく|でた|かた||| I don't know, but I think we should get out of here as soon as possible.

「 同感 」 どうかん

と 、 敦子 は 肯 いて 、 また 歩き 出した 。 |あつこ||こう|||あるき|だした

突然 ── 明り が 消えた 。 とつぜん|あかり||きえた

「 キャッ !

敦子 が 悲鳴 を 上げる 。 あつこ||ひめい||あげる

「 ど 、 どうした の ? 「 明り が 消えた だけ 」 あかり||きえた|

珠美 は 、 落ちついて いる 。 たまみ||おちついて|

「 大丈夫 。 だいじょうぶ

壁 に 手 を 触れて 、 辿 って 行けば ……。 かべ||て||ふれて|てん||いけば 最後 の 角 を 曲れば 、 外 の 光 が 射 して る から 」 さいご||かど||まがれば|がい||ひかり||い|||

「 そ 、 そう ね ……」

敦子 は 、 年下 の 珠美 の 前 で 、 自分 の 方 が 落ちつか なくて は 、 と 思い ながら 、 つい 声 が 震えて 来る の を 、 こらえ られ なかった 。 あつこ||としした||たまみ||ぜん||じぶん||かた||おちつか||||おもい|||こえ||ふるえて|くる||||| Atsuko could not hold on to her trembling voice, thinking that herself would not settle in front of Toshumi younger.

壁 に 手 を 当て 、 ノロノロ と 進んで 行く 。 かべ||て||あて|のろのろ||すすんで|いく I put my hand against the wall and moved forward at a sluggish pace.

「 ね 、 誰 か ──」 |だれ| Hey, who's the...?

と 、 珠美 が 言った 。 |たまみ||いった

「 なに ?

「 誰 か いる ! だれ||

二 人 は 息 を 殺した 。 ふた|じん||いき||ころした They both gasped for air.

── そう 。 足音 だった 。 あしおと|

二 人 の 後 を 追って 、 暗がり の 奥 から 、 引きずる ような 、 重々しい 足音 が 聞こえて 来た のだ 。 ふた|じん||あと||おって|くらがり||おく||ひきずる||おもおもしい|あしおと||きこえて|きた| Following them, they heard heavy, dragging footsteps coming from deep in the darkness.

「 近付いて 来る 。 ちかづいて|くる

── 逃げよう ! にげよう と 、 珠美 が 叫んだ 。 |たまみ||さけんだ

「 走って ! はしって 敦子 は 、 壁 を 両手 で 叩く ように して 、 駆け 出した 。 あつこ||かべ||りょうて||たたく|||かけ|だした

転び そうだ 。 ころび|そう だ It seems to fall.

しかし 、 人間 、 必死に なる と 、 たいてい の こと は やって しまう もの である 。 |にんげん|ひっしに|||||||||| However, when people are desperate, they will do almost anything.

明り が 見えた ! あかり||みえた

行 手 に 、 上 から 光 が 射 し込み 、 鉄 の はしご が 見えて いる 。 ぎょう|て||うえ||ひかり||い|しこみ|くろがね||||みえて| The light shining from above reveals an iron ladder.

敦子 は 、 あつこ|

「 出口 よ ! でぐち| Exit!

と 叫んで 、 駆け 出した 。 |さけんで|かけ|だした

はしご を 上る の も もどかしく 、 雪 の 中 へ と 転がり 出る 。 ||のぼる||||ゆき||なか|||ころがり|でる He was too lazy to climb up the ladder and rolled out into the snow.

ハアハア と 喘ぎ ながら 、 敦子 は 、 雪 の 冷た さ など 気 に も なら なかった 。 はあはあ||あえぎ||あつこ||ゆき||つめた|||き|||| Atsuko, panting and gasping, did not care about the coldness of the snow.

「 珠美 ちゃん ──。 たまみ|

大丈夫 ? だいじょうぶ と 、 顔 を 上げる と ……。 |かお||あげる|

珠美 の 姿 は なかった 。 たまみ||すがた||

「 珠美 ちゃん ……。 たまみ|

早く ── 早く 出て 来 ない と ──」 はやく|はやく|でて|らい||

だが 、 珠美 は 、 一向に 姿 を 見せ ない 。 |たまみ||いっこうに|すがた||みせ| Tamami, however, does not show up at all.

まさか ……。

まさか ……。

敦子 は 、 よろけ ながら 、 立ち上った 。 あつこ||||たちのぼった

あの 穴 の 中 に 戻って 行く だけ の 勇気 は 、 とても なかった 。 |あな||なか||もどって|いく|||ゆうき||| There was not much courage to go back into that hole.

── そうだ 。 そう だ 国 友 さん に ……。 くに|とも||

早く 知らせよう 。 はやく|しらせよう

助け に 行か なくちゃ 。 たすけ||いか| I have to go help.

もう 、 辺り は 大分 暗く なり つつ あった 。 |あたり||だいぶ|くらく||| Already, the neighborhood was getting much darker.

それ こそ 、 あの 地下 道 へ 入って から 、 十分 と は たって い ない はずだ が 、 急激に 、 夜 の 気配 が 立ち こめて 来て いる 。 |||ちか|どう||はいって||じゅうぶん||||||||きゅうげきに|よ||けはい||たち||きて| That should not have been enough as it entered the underground path, but the sign of the night is rising rapidly.

「 待って て ね 。 まって||

── すぐ 国 友 さん を 呼んで 来る から 」 |くに|とも|||よんで|くる|

珠美 へ 呼びかける ように 言って 、 敦子 は 、 雪 を け散らし ながら 、 進んで 行った 。 たまみ||よびかける||いって|あつこ||ゆき||けちらし||すすんで|おこなった Saying a call to Tamami, Atsuko proceeded, kicking snow off the ground.

自分 が 助かって 、 珠美 に 何 か あったり したら ── それ こそ 、 夕 里子 に 何と 言って 詫びれば いい か ……。 じぶん||たすかって|たまみ||なん||||||ゆう|さとご||なんと|いって|わびれば|| If I am saved and something happens to Tamami - that's exactly what I should say to Yuriko and apologize to her. ......

木立 ち の 間 を 抜けて 、 敦子 は 、 山荘 の 裏庭 へ ──。 こだち|||あいだ||ぬけて|あつこ||さんそう||うらにわ| Atsuko walks through the trees to the backyard of the villa.

だが 、 その場で 、 敦子 は 、 立ちすくんで しまった 。 |そのばで|あつこ||たちすくんで|

こんな …… こんな こと が ……。

膝 近く まで 来る 雪 の 冷た さ が 、 足 の 指 を しびれ させて いる の も 、 一瞬 忘れて しまった 。 ひざ|ちかく||くる|ゆき||つめた|||あし||ゆび|||さ せて||||いっしゅん|わすれて| I forgot for a moment that the coldness of the snow coming close to the knee is numbing my fingers.

吐き出す 息 の 白 さ が 、 煙 の ように 立ち上って 行く 。 はきだす|いき||しろ|||けむり|||たちのぼって|いく

「 こんな こと って ── こんな こと って 、 ない わ !

敦子 は 叫ぶ ように 言った 。 あつこ||さけぶ||いった

目の前 に は ── 何も なかった 。 めのまえ|||なにも| In front of us ─ ─ There was nothing.

あの 山荘 は 、 影 も 形 も なく 消え失せて 、 ただ 、 のっぺり と して 、 足跡 一 つ ない 雪原 が 、 広がって いる ばかりだった のである 。 |さんそう||かげ||かた|||きえうせて|||||あしあと|ひと|||せつげん||ひろがって|||

「── ひどい 年 でした よ 、 今年 は ね 」 |とし|||ことし||

と 、 やつれ 切った 顔 で 、 その 男 は 言った 。 ||きった|かお|||おとこ||いった

「 分 り ます 」 ぶん||

三崎 は 、 肯 いた 。 みさき||こう|

「 お 気の毒でした 、 娘 さん の こと は 」 |きのどくでした|むすめ||||

「 気の毒 ねえ ……」 きのどく|

と 、 男 は 苦々し げ に 、「 全く ── 哀れでしょう が ない んです よ 。 |おとこ||にがにがし|||まったく|あわれでしょう|||| The man said bitterly, "I can't help feeling sorry for you.

そう でしょう 」

と 、 訴える ように 言った 。 |うったえる||いった

男 の 名 は 笹 田 。 おとこ||な||ささ|た

やっと 、 三崎 の 頼み に 応じて 、 この 喫茶 店 まで 出て 来て くれた 。 |みさき||たのみ||おうじて||きっさ|てん||でて|きて|

「 寒い ね 」 さむい|

と 、 笹 田 は 、 唐突な 言い 方 を して 、 外 の 方 へ 目 を 向けた 。 |ささ|た||とうとつな|いい|かた|||がい||かた||め||むけた

「 雪 でも 降り そうな 天気 です 」 ゆき||ふり|そう な|てんき|

と 、 三崎 は 肯 いた 。 |みさき||こう|

三崎 は 、 内心 の 焦り を 、 外 へ 現わさ ない ように 、 努力 して いた 。 みさき||ないしん||あせり||がい||あらわさ|||どりょく||

今 、 ここ で 焦った ところ で 仕方ない 。 いま|||あせった|||しかたない It can't be helped if we get impatient here and now.

石垣 の 山荘 と いう の が 、 一体 どこ に ある の か 、 必死で 調べて いる ところ だった 。 いしがき||さんそう|||||いったい||||||ひっしで|しらべて||| I was desperately trying to find out where in the world the stone wall mountain villa was located.

沼 淵 の 話 から 、 一応 は 長野 辺り を 中心 に 調べて いる が 、 石垣 が 、 全く の でたらめな 場所 を 言って い ない と も 限ら ない 。 ぬま|ふち||はなし||いちおう||ながの|あたり||ちゅうしん||しらべて|||いしがき||まったく|||ばしょ||いって|||||かぎら| From Numabuchi's story, I have been checking around Nagano area, but there is no guarantee that Ishigaki is not referring to a completely false location.

一応 、 考え 得る 範囲 で 、 捜査 の 依頼 を 出して いた 。 いちおう|かんがえ|える|はんい||そうさ||いらい||だして| I had, to the best of my knowledge, sent out a request for an investigation.

しかし 、 何といっても 年 末 で 、 どこ も 忙しい 。 |なんといっても|とし|すえ||||いそがしい However, after all, it is the end of the year and everyone is busy.

思う ように は 、 協力 を 取りつける こと が でき なかった 。 おもう|||きょうりょく||とりつける|||| We were not able to get as much cooperation as we would have liked.

三崎 が 焦り を 覚えて いた の も 、 無理 は ない 。 みさき||あせり||おぼえて||||むり|| It was understandable that Misaki felt impatient.

沼 淵 に 石垣 の こと を 話した と いう 「 教え子 」 に 会って 、 話 を 聞いた が 、 直接 石垣 と 付合い が あった わけで は なく 、 具体 的な こと は ほとんど 知ら なかった 。 ぬま|ふち||いしがき||||はなした|||おしえご||あって|はなし||きいた||ちょくせつ|いしがき||つきあい||||||ぐたい|てきな||||しら| The "student" who told Numafuchi about the stone wall. Although we met and talked with the Ishigaki family, we did not have direct contact with them and knew very little about their specifics.

そして 、 三崎 は ふと 思い 付いて 、 石垣 が 無理 心中 した と いう 女子 学生 の 親 に 連絡 した のである 。 |みさき|||おもい|ついて|いしがき||むり|しんじゅう||||じょし|がくせい||おや||れんらく|| Then it occurred to Misaki to contact the parents of the female student who had been forced to commit suicide by Ishigaki.

会い たく ない 。 あい|| I don't want to see you.

話 も し たく ない 。 はなし|||| I don't even want to talk about it. ── 父親 の 反応 は 、 至って 素 気 ない もの だった 。 ちちおや||はんのう||いたって|そ|き||| The father's reaction was quite uninterested.

親 の 身 と して は 、 無理 も ない 。 おや||み||||むり|| As a parent, it is understandable.

三崎 に も その 気持 は よく 分 った 。 みさき||||きもち|||ぶん| Misaki could understand that feeling.

「── そりゃ 、 私 も 娘 が 好きな 男 を 作りゃ 、 怒った かも しれ ませ ん 。 |わたくし||むすめ||すきな|おとこ||つくりゃ|いかった|||| I might have been angry if I had made a man who liked my daughter.

しかし 、 最終 的に ゃ 、 娘 が 幸せに なりゃ 、 それ で いい 。 |さいしゅう|てきに||むすめ||しあわせに|||| But in the end, as long as my daughter is happy, that's all that matters. そう でしょう ? すっかり 老け 込んだ 感じ の 父親 は 、 髪 を 少し かき 上げて 、「 白く なり ました 。 |ふけ|こんだ|かんじ||ちちおや||かみ||すこし||あげて|しろく|| The father, who looked completely aged, brushed up his hair a little and said, "You've turned white.

分 る でしょう ? ぶん|| 娘 が 死んで から です 。 むすめ||しんで|| Since the death of my daughter. それ まで は 、 白髪 なんて 、 一 本 も なかった のに ……」 |||しらが||ひと|ほん||| Before that, I didn't have a single gray hair. ......"

「 石垣 と いう 男 に 会わ れた こと は ? いしがき|||おとこ||あわ||| "Have you ever met a man named Ishigaki?

「 あり ます よ 」

と 、 笹 田 は 肯 いた 。 |ささ|た||こう|

「 あの とき 、 もっと よく あいつ の こと を 知って り ゃあ ……」 ||||||||しって||

「 そう です な 」

三崎 は 肯 いた 。 みさき||こう|

「 もし ── 娘 が 、 本当に 好きな 男 と 心中 した と いう の なら ね 、 もちろん 悲しい が 、 まだ 諦め も つく 。 |むすめ||ほんとうに|すきな|おとこ||しんじゅう||||||||かなしい|||あきらめ|| If she really had an affair with the man she loved, it would be sad, of course, but I could still give up on it.

それ が 、 当人 は 死に たく も ない のに 、 殺さ れて 、 無理 心中 ……。 ||とうにん||しに|||||ころさ||むり|しんじゅう But, even though he didn't want to die, he was killed and forced to commit suicide. ...... 石垣 の 奴 を 、 生き返ら せて 、 もう 一 度 この 手 で 殺して やり たい です よ 」 いしがき||やつ||いきかえら|||ひと|たび||て||ころして|||| I want to bring him back to life and kill him with my own hands one more time.

笹 田 は 、 自分 の 両手 を 、 じっと 見下ろし ながら 言った 。 ささ|た||じぶん||りょうて|||みおろし||いった Sasada stared down at his hands and said, "I'm not going to do it.

「 どんな 男 でした ? |おとこ| What kind of man was he?

と 、 三崎 は 訊 いた 。 |みさき||じん|

「 石垣 です か ? いしがき||

まあ ── 神経質 そうな 、 と いう か 、 どことなく 暗い 感じ の 男 でした よ 」 |しんけいしつ|そう な|||||くらい|かんじ||おとこ|| He seemed nervous, or rather, dark in some way.

「 どこ で お 会い に なった んです ? |||あい||| "Where did you two meet?

「 ええ と ……。

何とか いう 店 でした ね 。 なんとか||てん|| It was something like this. 〈 P 〉 だった か な 。 p||| I think it was "P" or something like that. そう 、 そんな 名前 の 店 だった と 思い ます 」 ||なまえ||てん|||おもい| Yes, I think that's what it was called.

三崎 の 眉 が 、 ちょっと 寄って 、 みさき||まゆ|||よって Misaki's eyebrows raised a little,

「 その 店 の 名 は ── 確か 、 です か ? |てん||な||たしか||

と 、 念 を 押す 。 |ねん||おす

「 たぶん ね 。 I guess so.

── しかし 、 どうして そんな こと が ? 「 いや ……。

偶然 、 その 店 を 知って いる もの です から ね 」 ぐうぜん||てん||しって|||||

と 、 三崎 は 言った 。 |みさき||いった

「 石垣 は 、 どこ か 妙な 印象 を 与え ました か 」 いしがき||||みょうな|いんしょう||あたえ|| "Did the stone wall give you any strange impressions?"

「 そう です ね ……。

いやに 落ちつき の ない 男 でした よ 」 |おちつき|||おとこ|| He was a very restless man."

「 落ちつき の ない ? おちつき||

「 そう 。

── こっち の 目 を 真 直ぐ 見 ない と いう か ね 。 ||め||まこと|すぐ|み||||| I don't think he looks me straight in the eye. いやに キョロキョロ して ……。 I'm not sure I want to be scurrying around. ....... 後 から 悪い 印象 を でっち上げた わけじゃ あり ませ ん よ 。 あと||わるい|いんしょう||でっちあげた||||| I didn't make up the bad impression after the fact. その とき 、 帰って 家内 に 石垣 の こと を そう 話した んです から 」 ||かえって|かない||いしがき|||||はなした|| That's when I went home and told my wife about the stone wall.

「 そう です か ……」

三崎 は 、 ゆっくり と 肯 いた 。 みさき||||こう|

「 石垣 と は どんな ご用 で 会わ れた んです か ? いしがき||||ごよう||あわ||| What was your business with Ishigaki? 「 もちろん 、 娘 の 直子 の こと です 」 |むすめ||なおこ||| "Of course, it's about my daughter, Naoko."

と 、 笹 田 は 肩 を すくめて 、「 石垣 が 、 私 の 会社 へ 電話 して 来た んです よ 、 会い たい 、 と ね 」 |ささ|た||かた|||いしがき||わたくし||かいしゃ||でんわ||きた|||あい||| Sasada shrugged his shoulders and said, "Ishigaki called my company and said he wanted to meet me.

「 話 と いう の は ──」 はなし||||

「 娘 に 惚れた 、 と いう わけです 。 むすめ||ほれた||| I am in love with my daughter.

妻 と 別れる から 、 結婚 を 許して ほしい 、 と 」 つま||わかれる||けっこん||ゆるして|| I'm going to leave my wife, and I want you to let me marry her."

「 もちろん 、 あなた は ──」 Of course, you're...

「 冗談 じゃ ない 、 と 突っぱね ました よ 。 じょうだん||||つっぱね|| I said, "You've got to be kidding me.

当然でしょう 。 とうぜんでしょう 娘 が 同じ 気持 だ と いう の なら ともかく 、 全く その 気 は なかった んです から 」 むすめ||おなじ|きもち|||||||まったく||き|||| If my daughter had felt the same way, it would have been fine, but she didn't feel the same way at all.

「 石垣 は 何と ? いしがき||なんと What did you say about the stone wall?

「 大して 、 こだわり ませ ん でした ね 。 たいして||||| I was not very particular, was I?

怒鳴り 合い と か に は なり ませ ん 。 どなり|あい||||||| There will be no yelling and screaming at each other. 無気力な 感じ だった な 、 あいつ は 」 むきりょくな|かんじ|||| He seemed so lethargic, that guy."

「 それでいて 無理 心中 を ──」 |むり|しんじゅう| And yet, he was forced to do it.

「 そう な んです 。

信じ られ ませ ん よ 、 全く ! しんじ|||||まったく I don't believe it, not at all! 笹 田 は 、 深々と 息 を ついた 。 ささ|た||しんしんと|いき||

「 その 話 を した ので 、 娘 に 、 もう 家庭 教師 に 行く の は やめろ 、 と 言い ました 。 |はなし||||むすめ|||かてい|きょうし||いく|||||いい| I told my daughter that I would stop going to the tutor because of what she had told me. しかし 、 直子 は ……。 |なおこ| 生徒 を 途中 で 放り 出せ ない 、 と 言い まして ね 。 せいと||とちゅう||はな り|だせ|||いい|| Never say that you can not let students out on the way. 責任 感 の 強い 娘 でした から ……」 せきにん|かん||つよい|むすめ||

「 そして 、 無理 心中 」 |むり|しんじゅう

「 そうです 。 そう です

しかし 、 無理 心中 って の は 殺人 です よ 。 |むり|しんじゅう||||さつじん|| But it is murder that impossible. そう でしょう ? しかも 犯人 は 死んで しまって いる 。 |はんにん||しんで|| Moreover, the criminal has died. ── 卑怯 だ ! ひきょう| 笹 田 は 、 吐き 捨てる ように 言った 。 ささ|た||はき|すてる||いった Sasada said as if he was going to throw up.

「 同感 です ね 」 どうかん||

三崎 は 、 穏やかな 口調 で 言った 。 みさき||おだやかな|くちょう||いった

「── 娘 さん が 亡くなった とき 、 石垣 の 死体 も 、 ご覧 に なり ました か ? むすめ|||なくなった||いしがき||したい||ごらん|||| 「 いいえ 。

── それ どころ じゃ あり ませ ん 。 That's not all. 娘 が 殺さ れた と いう ショック だけ で ……」 むすめ||ころさ||||しょっく||

「 分 り ます 」 ぶん||

三崎 は 、 丁重に 礼 を 述べて 、 笹 田 と 別れた 。 みさき||ていちょうに|れい||のべて|ささ|た||わかれた

── 確かに 、 雪 に なり そうな 、 冷え 込み だった 。 たしかに|ゆき|||そう な|ひえ|こみ| It was cold enough to be snowing.

電話 ボックス へ 入った 三崎 は 、 署 へ 電話 を 入れた 。 でんわ|ぼっくす||はいった|みさき||しょ||でんわ||いれた

「── 三崎 だ 。 みさき|

何 か 分 った か ? なん||ぶん|| 「 それ らしい 山荘 が 、 三 つ 四 つ 、 出て 来て い ます 」 ||さんそう||みっ||よっ||でて|きて|| Three or four more villas are coming up that look like that."

と 、 部下 の 若い 刑事 が 答える 。 |ぶか||わかい|けいじ||こたえる

「 今 、 確認 を 取って いる ところ です 」 いま|かくにん||とって|||

「 そう か 。

急が せて くれ 」 いそが||

と 、 三崎 は 言って 、「 国 友 と は 連絡 が ついた か ? |みさき||いって|くに|とも|||れんらく|||

「 いえ 、 まだ です 。

い ない んじゃ あり ませ ん か ね 」 I don't think there are any.

「 うむ ……」

もちろん 、 三崎 自身 が 休め と 言って やった のだ から 、 国 友 が い なくて も 不思議 は ない 。 |みさき|じしん||やすめ||いって||||くに|とも|||||ふしぎ|| Of course, as Misaki himself said to be resting, it is no wonder that there is no national friend.

しかし 、 普通 なら 、 必ず 連絡 が つく ように 、 遠出 する とき は そう 知らせて から に する 。 |ふつう||かならず|れんらく||||とおで|||||しらせて|||

そう で なければ 、 部屋 に 戻って いる はずだ 。 |||へや||もどって||

いや 、 もしかしたら ……。

三崎 も 、 その 可能 性 は 考えて いた 。 みさき|||かのう|せい||かんがえて|

国 友 は 、 夕 里子 たち 三 人 姉妹 に 、 ついて 行った の かも しれ ない 。 くに|とも||ゆう|さとご||みっ|じん|しまい|||おこなった||||

もし そう なら 、 夕 里子 たち が 危険な 目 に あって も 、 無事に 切り抜ける 可能 性 は 大きい 。 |||ゆう|さとご|||きけんな|め||||ぶじに|きりぬける|かのう|せい||おおきい

そう であって くれれば 、 と 三崎 は 思って いた 。 ||||みさき||おもって| If only that were the case, Misaki thought.

「 それ から な ──」

と 、 三崎 は 受話器 を 握り 直した 。 |みさき||じゅわき||にぎり|なおした Misaki grabbed the phone again.

「 例 の 、 石垣 と 笹 田 直子 の 無理 心中 の 事件 だ が 、 詳しく 知り たい 。 れい||いしがき||ささ|た|なおこ||むり|しんじゅう||じけん|||くわしく|しり| I would like to know more details about the case of Ishigaki and Naoko Sasada's forced double suicide. 特に 、 石垣 の 死体 を 確認 した の が 誰 な の か 」 とくに|いしがき||したい||かくにん||||だれ|||

「 分 り ました 」 ぶん||

「 頼む ぞ 。 たのむ|

俺 は この 近く で 飯 を 食って から 戻る 」 おれ|||ちかく||めし||くって||もどる

三崎 は 、 受話器 を 戻して 、 ボックス から 外 へ 出る と 、 風 の 冷た さ に 身 を 縮めた 。 みさき||じゅわき||もどして|ぼっくす||がい||でる||かぜ||つめた|||み||ちぢめた

「── 畜生 ! ちくしょう

三崎 は 、 足早に 歩き 出して いた 。 みさき||あしばやに|あるき|だして|

もし 、 俺 の 考えた 通り だった と したら ……。 |おれ||かんがえた|とおり|||

いや 、〈 P 〉 と いう 店 で 、 石垣 が 笹 田 と 会った こと も 、 偶然 と は 思え ない 。 |p|||てん||いしがき||ささ|た||あった|||ぐうぜん|||おもえ|

もし そう なら 、 今度 の 、 平川 浩子 の 異常な 殺し 方 も 、 分 る と いう もの だ 。 |||こんど||ひらかわ|ひろこ||いじょうな|ころし|かた||ぶん|||||

そして ……。

そう だ 。

三崎 は 、 まだ はっきり と 証拠 を つかんで いた わけで は ない が 、 ほとんど 確信 に 近い もの を 持って いた 。 みさき|||||しょうこ|||||||||かくしん||ちかい|||もって|

── 石垣 は 、 死んで い ない 。 いしがき||しんで||