第 七 章 幕 間 狂言 (4)
「…… それ は フォーク 准将 に 対抗 しろ 、 と いう こと です か 」
「 べつに フォーク だけ を 対象 に する こと は ない 。 きみ が 軍 の 最高 地位 に つけば 、 おのずと 彼 の ような 存在 を 掣肘 も 淘汰 も できる 。 私 は そう なる こと を のぞんで いる のだ 。 きみ が 迷惑な の を 承知 で な 」
沈黙 が 、 重く 濡れた 衣 の ように ふた り に まとわり ついた 。 それ を ふりはらう のに 、 ヤン は 実際 に 首 を ふら ねば なら なかった 。
「 本 部長 閣下 は いつでも 私 に 重 すぎる 課題 を お あたえ に なります 。 イゼルローン 攻略 の とき も でした が ……」
「 だが きみ は 成功 した で は ない か ね 」
「 あの とき は …… しかし ……」
言い さ して ヤン は ふたたび 沈黙 し かけた が 、
「 私 は 権力 や 武力 を 軽蔑 して いる わけで は ない のです 。 いや 、 じつは 怖い のです 。 権力 や 武力 を 手 に いれた とき 、 ほとんど の 人間 が 醜く 変わる と いう 例 を 、 私 は いく つ も 知っています 。 そして 自分 は 変わら ない と いう 自信 を もて ない のです 」
「 きみ は ほとんど と 言った 。 その とおり だ 。 全部 の 人間 が 変わる わけで は ない 」
「 とにかく 私 は これ でも 君子 の つもり です から 、 危 き に は ちかより たく ない のです 。 自分 の できる 範囲 で なに か 仕事 を やったら 、 あと は のんびり 気楽に 暮らしたい ―― そう 思う の は 怠け 根性 な んでしょう か 」 「 そう だ 、 怠け 根性 だ 」
絶句 した ヤン を 見すえて 、 シトレ 元帥 は おかし そうに 笑った 。
「 私 も これ で いろいろ と 苦労 も して きた のだ 。 自分 だけ 苦労 して 他人 が のんびり 気楽に 暮らす の を みる の は 、 愉快な 気分 じゃ ない 。 きみ に も 才能 相応 の 苦労 を して もらわ ん と 、 だいいち 、 不公平 と 言う もの だ 」
「…… 不公平です か 」
苦笑 する 以外 、 ヤン は 感情 の 表現 法 を 知ら なかった 。 シトレ の 場合 は 自発 的に かってでた 苦労だろう が 、 自分 は そう で は ない 、 と 思う のである 。 とにかく 、 辞める 時機 を 失した こと だけ は たしかな 事実 だった 。
Ⅴ ラインハルト の 前 に は 、 彼 の 元帥 府 に 所属 する 若い 提督 たち が 居並んで いた 。 キルヒアイス 、 ミッターマイヤー 、 ロイエンタール 、 ビッテンフェルト 、 ルッツ 、 ワーレン 、 ケンプ 、 そして オーベルシュタイン 。 帝国 軍 に おける 人 的 資源 の 精 粋だ と ラインハルト は 信じて いる 。 だが 、 さらに 質 と 量 を そろえ なければ なら ない 。 この 元帥 府 に 登用 さ れる こと は 、 有能な 人材 たる 評価 を うける こと だ 、 と 言わ れる ように なら なくて は なら ない 。 現に そう なり つつ は ある が 、 現状 を さらに すすめたい ラインハルト だった 。 「 帝国 軍 情報 部 から つぎ の ような 報告 が あった 」
ラインハルト は 一同 を 見わたし 、 提督 たち は 心もち 背筋 を 伸ばした 。
「 先日 、 自由 惑星 同盟 を 僭称 する 辺境 の 叛徒 ども は 、 帝国 の 前 哨 基地 たる イゼルローン を 強奪 する こと に 成功 した 。 これ は 卿 ら も 承知 の こと だ が 、 その後 、 叛徒 ども は イゼルローン に 膨大な 兵力 を 結集 し つつ ある 。 推定 に よれば 、 艦艇 二〇万 隻 、 将兵 三〇〇〇万 、 しかも これ は 最少 に 見つもって の こと だ 」
ほう 、 と いう 吐息 が 提督 たち の あいだ に 流れた 。 大軍 を 指揮 統率 する の は 武人 の 本 懐 であり 、 敵 ながら その 規模 の 雄大 さ に 感心 せ ざる を え ない 。
「 これ の 意味 する ところ は 明々白々 、 疑問 の 余地 は 一 点 も ない 。 つまり 叛徒 ども は 、 わが 帝国 の 中枢 部 へ むけて 全面 攻勢 を かけて くる つもりだ 」
ラインハルト の 両眼 が 燃える ようだ 。
「 国務 尚 書 より の 内 命 が あって 、 この 軍事 的 脅威 にたいし 、 私 が 防御 、 迎撃 の 任 に あたる こと に なった 。 両日 中 に 勅命 が くだる だろう 。 武人 と して 名誉 の きわみ である 。 卿 ら の 善戦 を 希望 する 」
そこ まで は 固い 口調 だった が 、 ふいに 笑顔 に なる 。 活力 と 鋭 気 に みちた 魅力 的な 笑い だ が 、 アンネローゼ と キルヒアイス だけ に しめす 、 邪 心 の ない 透明な 笑顔 で は ない 。
「 要するに 他の 部隊 が すべて 皇宮 の 飾り 人形 、 まるで たより に なら ない から だ 。 昇進 と 勲章 を 手 に いれる いい 機会 だ ぞ 」
提督 たち も 笑った 。 地位 と 特権 を むさぼる だけ の 門 閥 貴族 にたいして は 、 共通 した 反感 が ある 。 ラインハルト が 彼ら を 登用 した の は 才 幹 の 面 だけ で は ない 。
「 では つぎに 卿 ら と 協議 したい 。 吾々 は どの 場所 に おいて 敵 を 迎撃 する か ……」
ミッターマイヤー と ビッテンフェルト が 、 共通の 意見 を だした 。 叛乱 軍 は イゼルローン 回廊 を とおって 侵攻 して くる 。 彼ら が 回廊 を 抜けて 帝国 領 へ はいりこんで きた ところ を たたいて は どう であろう 。 敵 が あらわれる 宙 点 を 特定 できる し 、 その 先頭 を たたく こと も 、 半 包囲 態勢 を とる こと も 可能で 、 戦う に 容易 かつ 有利である ……。
「 いや ……」
ラインハルト はか ぶり を ふった 。 回廊 から 帝国 中枢 部 へ と 抜ける 宙 点 で の 攻撃 は 敵 も 予測 して いる だろう 。 先頭 集団 に は 精鋭 を 配置 して いる であろう し 、 それ を たたいた ところ で 、 残り の 兵力 が 回廊 から でて こ なければ 、 こちら も それ 以上 、 攻勢 の かけよう が ない 。
「 敵 を より 奥深く 誘いこむ べきだ 」
ラインハルト は みずから の 意見 を 述べた 。 短 時間 の 討議 の のち 、 提督 たち も 賛同 した 。
敵 を 帝国 領 内 深く 誘いこみ 、 戦線 と 補給 線 が 伸び きって 限界 点 に 達した ところ を 全力 を もって 撃つ 。 迎撃 する 側 に とって 、 必勝 の 戦法 と 言えよう 。
「 しかし 時間 が かかります な 」 ミッターマイヤー が そう 感想 を 述べた 。 どちら か と いえば 小柄で 、 ひきしまった 体つき が いかにも 俊 敏 そうな 青年 士官 である 。 おさまり の 悪い 蜂蜜 色 の 髪 と グレー の 瞳 を して いる 。
同盟 の 叛徒 たち も 、 空前 の 壮挙 と 称する 以上 、 その 陣容 、 装備 、 補給 に 万全 を 期する であろう 。 その 物量 が つき 、 戦意 が 衰える まで 、 かなり の 時間 が 必要 と なる はずだった 。 ミッターマイヤー の 、 多少 の 懸念 を こめた 感想 は 当然の もの と いえた が 、 ラインハルト は 自信 に みちた 眼光 で 部下 の 提督 たち を 見わたした 。
「 いや 、 それほど 長く は ない 。 たぶん 、 五〇 日間 を でる こと は ない はずだ 。 オーベルシュタイン 、 作戦 の 基本 を 説明 して やれ 」
指名 さ れた 半 白 の 頭髪 の 幕僚 が 進み でて 、 説明 を はじめる と 、 提督 たち の あいだ に 驚愕 の 空気 が 音 も なく ひろがって いった 。
宇宙 暦 七九六 年 八 月 二二 日 、 自由 惑星 同盟 の 帝国 領 遠征 軍 は 総 司令 部 を イゼルローン 要塞 内 に 設置 した 。 それ と 前後 して 、 三〇〇〇万 の 将兵 は 艦 列 を つらね 、 連日 、 首都 ハイネセン や その 周辺 星 域 から 遠征 の 途 に のぼって いった 。