第 五 章 イゼルローン 攻略 (4)
応用 化学 者 であった ゼッフル が 、 惑星 規模 の 鉱物 採掘 や 土木 工事 を おこなう ため 発明 した もの で 、 要するに それ は 、 一定 量 以上 の 熱量 や エネルギー に 反応 して 制御 可能な 範囲 内 で 引火 爆発 する ガス の ような もの だ 。 しかし 、 どんな 分野 の 工業 技術 であって も 、 人類 は それ を 軍事 に 転用 して きた のである 。
レムラー 中佐 の 顔 は 、 ほとんど 黒ずんで みえた 。 エネルギー ・ ビーム を 発射 する ブラスター は 使用 不可能に なった のだ 。 撃てば 共倒れ に なる 。 空気 中 の ゼッフル 粒子 が ビーム に 引火 し 、 室 内 に いる 全員 が 一瞬 で 灰 に なって しまう 。
「 ち ゅ 、 中佐 ……」
警備 兵 の ひと り が 悲鳴 じ みた 声 を あげた 。 レムラー 中佐 は うつろな 光 を たたえた 眼 で 、 シュトックハウゼン 大将 を 見た 。 シェーンコップ が 心もち 腕 を ゆるめる と 、 二 度 ほど 激しい 呼吸 を した のち 、 イゼルローン 要塞 の 司令 官 は 屈服 した 。
「 お前 ら の 勝ち だ 。 しかたない 、 降伏 する 」
シェーンコップ は 内心 で 安堵 の 吐息 を 洩らした 。
「 よし 、 各 員 、 予定 どおり に 行動 だ 」
大佐 の 部下 たち は 指示 に したがって 行動 に うつった 。 管制 コンピューター の プログラム を 変更 し 、 あらゆる 防御 システム を 無力 化 さ せ 、 空調 システム を つうじて 全 要塞 に 睡眠 ガス を 流す 。 ブレーメン 型 軽 巡 に 身 を ひそめて いた 技術 兵 が とびだして 、 これら の 作業 を 手ぎわ よく 実行 して いった 。 ごく 一部 の 者 しか 気づか ない あいだ に 、 イゼルローン の 体 細胞 は ガン に 冒さ れた ように 機能 を 奪われて いった のだ 。 五 時間 後 、 豆 スープ の ように 濁った 睡眠 から 解放 さ れた 帝国 軍 の 将兵 たち は 、 武装 を 解除 されて 捕虜 と なった 自分 たち の 姿 を 見て 呆然と した 。 彼ら の 総数 は 、 戦闘 、 通信 、 補給 、 医療 、 整備 、 管制 、 技術 など の 要員 を 合して 五〇万 人 に およんで いた 。 巨大な 食糧 工場 など 、 駐留 艦隊 も ふくめて 一〇〇万 以上 の 人口 を ささえる 環境 と 設備 が ととのって おり 、 帝国 が イゼルローン を 名実ともに 永久 要塞 たら しめ ん と 意図 した 事実 が あきらかだった 。
だが 、 そこ に は いまや 、 同盟 軍 第 一三 艦隊 の 将兵 が 歩きまわって いた 。
こうして 、 過去 、 同盟 軍将 兵 数 百万 の 人 血 を ポンプ の ように 吸いあげた イゼルローン 要塞 は 、 あらたな 血 を 一 滴 も くわえる こと なく 、 その 所有 者 を 変えた のである 。
Ⅳ 障害 物 と 危険に みちた 回廊 の なか を 、 帝国 軍 イゼルローン 駐留 艦隊 は 敵 を もとめて 徘徊 して いた 。 通信 士官 たち は 要塞 と の 連絡 を とる の に 苦心 して いた が 、 やがて 血相 を 変えて ゼークト 司令 官 を 呼んだ 。 執拗な 妨害 波 を 排除 して 、 ようやく 通信 を 回復 さ せた のだ が 、 要塞 から もたらさ れた の は 、「 一部 兵士 の 叛乱 勃発 、 救援 を 請う 」 と いう 内容 の 通信 だった のだ 。
「 要塞 内部 で 叛乱 だ と ? 」 ゼークト は 舌 打 した 。 「 配下 を 治める こと も よう でき ん の か 、 シュトックハウゼン の 無能 者 は ! 」 だが 、 辞 を 低く して 救援 を 請わ れ 、 ゼークト は 内心 、 優越 感 を くすぐられて いた 。 同僚 に 小さく ない 貸し を つくる こと に なる と 思う と 、 いっそ 愉快である 。
「 足 もと の 火 を 消す の が 先決 だ 。 全 艦隊 、 ただちに イゼルローン に 帰 投 する ぞ 」
ゼークト の 命令 にたいし 、 「 お 待ち ください 」
陰気な ほど 静かな 声 は 、 だが 室 内 を 圧した 。 自分 の 前 に 進み でて きた 士官 を 見て 、 ゼークト の 顔 に 露骨な 嫌悪 と 反発 の 表情 が 浮きあがった 。 半 白 の 頭髪 、 蒼白 い 頰 、 またしても オーベルシュタイン 大佐 !
「 貴 官 に 意見 を 訊 いた おぼえ は ない ぞ 、 大佐 」
「 承知 して おります 。 ですが 、 あえて 申しあげます 」 「…… なに を 言いたい のだ ? 」 「 これ は 罠 です 。 帰還 し ない ほう が よろしい か と 存じます 」 「…………」
司令 官 は 無言 で あご を ひいて 、 不愉快な こと を 不愉快な 口調 で 言う 不愉快な 部下 を 、 憎らし げ に にらみつけた 。
「 貴 官 の 目 に は ありとあらゆる もの が 罠 に 見える らしい な 」
「 閣下 、 お 聞き ください 」
「 もう いい ! 全 艦隊 、 回 頭 、 第 二 戦闘 速度 で イゼルローン に むかえ 。 宇宙 もぐら ども に 貸し を つくる 好機 だ ぞ 」
幅 の 広い 背中 が 、 オーベルシュタイン から 遠ざかって いった 。
「 怒 気 あって 真 の 勇気 なき 小人 め 、 語る に たら ん 」
冷 然 たる 侮 蔑 を こめて つぶやき 捨てる と 、 オーベルシュタイン は 踵 を めぐらせて 艦 橋 を でて いった 。 誰 も 制止 し なかった 。
士官 の 声紋 に のみ 反応 する 専用 の エレベーター に 乗る と 、 オーベルシュタイン は 、 六〇 階建 の ビル に 匹敵 する 巨艦 の なか を 艦 底 へ と おりて ゆく 。
「 敵 艦隊 、 射程 距離 に はいり ました ! 」 「 要塞 主砲 、 エネルギー 充 塡 、 すでに 完了 」 「 照準 OK ! いつでも 発射 できます 」 活性 化 さ れた 緊張 感 を もつ 声 が 、 イゼルローン 要塞 指令 室 の 内部 で 交錯 した 。
「 もう すこし ひきつけろ 」
ヤン は シュトックハウゼン の 指揮 卓 に すわって いた 。 着席 して いる ので は なく 、 卓 の 上 に あぐら を かいて 、 行儀 の 悪い その 姿勢 で 、 スクリーン の 広大な 画面 を 埋めて 接近 して くる 光 点 の 群 を 見つめて いる 。 やがて 、 ひと つ 深呼吸 する と 、
「 撃て ! 」 ヤン の くだした 命令 は 大きく は なかった が 、 ヘッドホン を とおして 砲手 たち に 明確に 伝達 さ れた 。 スイッチ が おさ れた 。
白い 、 量 感 に あふれた 光 の 塊 が 、 光 点 の 群 に 襲いかかって ゆく の を 砲手 たち は 見た 。 それ は 衝撃 的な 光景 だった 。
帝国 軍 の 先頭 に あって 、 イゼルローン 要塞 主砲 群 の 直撃 を うけた 百 余 隻 は 、 瞬時 に 消滅 した 。 あまり の 高熱 、 高 濃度 エネルギー が 、 爆発 を 生じ させる いとま さえ あたえ なかった のだ 。 有機 物 も 無機 物 も 蒸発 した あと に 、 完全に ちかい 虚無 だけ が 残った 。
爆発 が 生じた の は その 後方 、 帝国 軍 の 第 二 陣 、 あるいは 直撃 を うけ なかった 左右 の 艦 列 に おいて だった 。 さらに その 外側 に 位置 して いた 艦 も 膨大な エネルギー の 余波 を うけて 無秩序に 揺れ うごいた 。
第 一撃 に 生き残った 帝国 軍 艦艇 の 通信 回路 を 、 悲鳴 と 叫び声 が 占拠 した 。
「 味方 を なぜ 撃つ のだ !?」
「 いや 、 ちがう 、 きっと 叛乱 を おこした 奴 ら が ! 」 「 どう する んだ ! 対抗 でき ない ぞ 。 どう やって あの 主砲 から のがれる 」
要塞 の 内部 で は 、 スクリーン に 視線 を 凝固 さ せて 、 同盟 軍 の 将兵 が ひとしく 声 と 息 を のんで いた 。 〝 雷神 の 鎚 〟 と 称さ れる イゼルローン 要塞 主砲 の 魔 的な 破壊 力 を 、 彼ら は 初めて 目のあたり に した のだ 。
帝国 軍 は 恐怖 に 全身 を しめつけ られて いた 。 それ まで 強力 無比 な 守護 神 であった 要塞 主砲 が 、 対抗 し え ない 悪霊 の 剣 と 化して 、 彼ら の 咽 喉 もと に つきつけ られた のだ 。
「 応戦 しろ ! 全 艦 、 主砲 斉 射 ! 」 ゼークト 大将 の 怒号 が 轟いた 。 この 怒号 に は 、 混乱 した 将兵 を それなり に 律する 効果 が あった 。 蒼白な 顔色 の 砲手 が 操作 卓 に 手 を のばし 、 自動 照準 システム を あわせ 、 スイッチ を おす 。 数 百 条 の ビーム が 幾 何 的な 線 を 宇宙 空間 に 描きだした 。
だが 、 艦砲 の 出力 ていど で イゼルローン 要塞 の 外壁 を 破壊 する の は 不可能だった 。 放た れた すべて の ビーム は 、 外壁 に あたって は じき かえさ れ 、 むなしく 四散 した 。
過去 に 同盟 軍 の 将兵 が あじわった 屈辱 と 敗北 感 と 恐怖 を 、 帝国 軍 は 増幅 して 思い知ら さ れる こと に なった 。
艦砲 から 放た れる ビーム より 一〇 倍 も 太い 光 の 束 が 、 ふたたび イゼルローン 要塞 から ほとばしり 、 ふたたび 大量の 死 と 破壊 を 産み だした 。 帝国 軍 の 艦 列 に は 、 埋め がたい 巨大な 穴 が あき 、 その 周縁 部 は 損傷 を うけた 艦 体 や その 破片 に 装飾 さ れた 。
たった 二 回 の 砲撃 で 、 帝国 軍 は 半身 不随 と なって いた 。 生き残った 者 も 戦意 を 喪失 し 、 かろうじて その 場 に 踏みとどまって いる に すぎ ない 。
スクリーン から 視線 を そらして 、 ヤン は 胃 の あたり を なでた 。 ここ まで やら ねば 勝て ない もの な の か 、 と いう 気 が する 。
ヤン の 傍 で やはり スクリーン の 情景 に 見いって いた シェーンコップ 大佐 が 、 ことさら に 大きな せき を した 。
「 こいつ は 戦闘 と 呼べる もの では ありません な 、 閣下 。 一方的な 虐殺 です 」
大佐 の ほう を ふりむいた ヤン は 、 怒って は い なかった 。
「…… そう 、 その とおり だ な 。 帝国 軍 の 悪い ま ね を 吾々 が する こと は ない 。 大佐 、 彼ら に 降伏 を 勧告 して みて くれ 。 それ が いや なら 逃げる ように 、 追撃 は し ない 、 と 」
「 わかり ました 」
シェーンコップ は 興味深 げ に 若い 上官 を 見 やった 。 降伏 の 勧告 まで なら ほか の 武人 も する だろう が 、 敵 に むかって 「 逃げろ 」 と は まず 言う まい 。 ヤン ・ ウェンリー と いう 稀 世 の 用 兵 家 の 、 これ は 長所 だろう か 、 短所 だろう か 。
「 司令 官 閣下 、 イゼルローン から 通信 です ! 」 旗 艦 の 艦 橋 で 通信 士官 が わめいた 。 血走った 眼 で ゼークト が にらむ の へ 、
「 やはり イゼルローン は 同盟 軍 、 いや 叛乱 軍 に 占拠 されて います 。 その 指揮 官 ヤン 少将 の 名 で 言って おります 。 これ 以上 の 流血 は 無益である 、 降伏 せよ 、 と 」
「 降伏 だ と !?」
「 はい 、 そして 、 もし 降伏 する の が いや なら 逃げよ 、 追撃 は し ない 、 と ……」
一瞬 、 艦 橋 内 に 生 色 が みなぎった 。 そう だ 、 逃げる と いう 策 が あった のだ 。 しかし 、 その 生 色 を 猛 々 しい 怒声 が かき消した 。
「 叛乱 軍 に 降伏 など できる か ! 」 ゼークト は 軍靴 で 床 を 蹴った 。 イゼルローン を 敵 手 に ゆだね 、 配下 の 艦隊 の なかば を 失い 、 敗 軍 の 将 と して 皇帝 陛下 に 見えろ と いう の か 。 ゼークト に とって 、 そんな こと は 不可能だった 。 彼 に 残さ れた 最後 の 名誉 は 、 玉砕 ある のみ だった のだ 。
「 通信 士官 、 叛乱 軍 に 返信 しろ 、 内容 は こう だ 」
ゼークト が 告げる 内容 を 聞いて 、 周囲 の 将兵 は 色 を 失った 。 彼ら の 面 上 を 司令 官 の 苛烈 な 眼光 が 通過 して いった 。
「 いま より 全 艦 、 イゼルローン に 突入 する 。 この 期 に およんで 生命 を おしむ 奴 は よもや おる まい な 」
「…………」
返答 は ない 。
「 帝国 軍 から 返答 が あり ました 」
いっぽう 、 イゼルローン で ヤン に そう 告げた の は シェーンコップ だった 。 渋 面 に なって いる 。
「 汝 は 武人 の 心 を 弁え ず 、 吾 、 死 して 名誉 を 全うする の 道 を 知る 、 生きて 汚 辱 に 塗れる の 道 を 知ら ず 」
「…………」
「 このうえ は 全 艦 突入 して 玉砕 し 、 もって 皇帝 陛下 の 恩 顧 に むくいる ある のみ ―― そう 言って います 」 「 武人 の 心 だって ? 」 にがい 怒り の ひびき を 、 フレデリカ ・ グリーンヒル 中尉 は ヤン の 声 に 感じた 。 実際 、 ヤン は 怒り を おぼえて いた 。 死 を もって 敗戦 の 罪 を つぐなう と いう の なら 、 それ も よかろう 。 だが 、 それ なら なぜ 、 自分 ひと り で 死な ない 。 なぜ 部下 を 強制 的に 道連れ に する の か 。
こんな 奴 が いる から 戦争 が 絶え ない のだ 、 と さえ ヤン は 思う 。 もう まっぴら だ 。 こんな 奴 ら に かかわる の は 。
「 敵 、 全 艦 突入 して きます ! 」 オペレーター の 声 だった 。 「 砲手 ! 敵 の 旗 艦 を 識別 できる か 。 集中 的に それ を 狙え ! 」 これほど するどい 命令 を ヤン が 発した の は 初めて だった 。 フレデリカ と シェーンコップ は 、 それぞれ の 表情 で 司令 官 を 見つめた 。
「 これ が 最後 の 砲撃 だ 。 旗 艦 を 失えば 、 残り の 連中 は 逃げる だろう 」
砲手 たち は 慎重に 照準 を あわせた 。 帝国 軍 から は 無数の 光 の 矢 が 放た れた が 、 ひと つ と して 効果 を あげた もの は なかった 。
照準 が 完璧に あわさ れた 。