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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 029 - Kokoro - Soseki Project

Section 029 - Kokoro - Soseki Project

十五

その後 私 は 奥さん の 顔 を 見る たび に 気 に なった 。 先生 は 奥さん に 対して も 始終 こういう 態度 に 出る のだろう か 。 もし そう だ と すれば 、 奥さん は それ で 満足な のだろう か 。

奥さん の 様子 は 満足 と も 不満足 と も 極め よう が なかった 。 私 は それ ほど近く 奥さん に 接触 する 機会 が なかった から 。 それ から 奥さん は 私 に 会う たび に 尋常であった から 。 最後に 先生 の いる 席 で なければ 私 と 奥さん と は 滅多に 顔 を 合せ なかった から 。

私 の 疑惑 は まだ その 上 に も あった 。 先生 の 人間 に 対する この 覚悟 は どこ から 来る のだろう か 。 ただ 冷たい 眼 で 自分 を 内省 したり 現代 を 観察 したり した 結果 な のだろう か 。 先生 は 坐って 考える 質 の 人 であった 。 先生 の 頭 さえ あれば 、 こういう 態度 は 坐って 世の中 を 考えて いて も 自然 と 出て 来る もの だろう か 。 私 に は そう ばかり と は 思え なかった 。 先生 の 覚悟 は 生きた 覚悟 らしかった 。 火 に 焼けて 冷却 し 切った 石 造 家屋 の 輪 廓 と は 違って いた 。 私 の 眼 に 映 ずる 先生 は たしかに 思想 家 であった 。 けれども その 思想 家 の 纏め 上げた 主義 の 裏 に は 、 強い 事実 が 織り込まれて いる らしかった 。 自分 と 切り離さ れた 他人 の 事実 で なくって 、 自分 自身 が 痛切に 味わった 事実 、 血 が 熱く なったり 脈 が 止まったり する ほど の 事実 が 、 畳み込まれて いる らしかった 。 これ は 私 の 胸 で 推測 する が もの は ない 。 先生 自身 すでに そう だ と 告白 して いた 。 ただ その 告白 が 雲 の 峯 の ようであった 。 私 の 頭 の 上 に 正体 の 知れ ない 恐ろしい もの を 蔽 い 被せた 。 そうして なぜ それ が 恐ろしい か 私 に も 解ら なかった 。 告白 は ぼう と して いた 。 それでいて 明らかに 私 の 神経 を 震わせた 。

Section 029 - Kokoro - Soseki Project Abschnitt 029 - Projekt Kokoro - Soseki Section 029 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 029 - Projekt Kokoro - Soseki

十五 じゅうご

その後 私 は 奥さん の 顔 を 見る たび に 気 に なった 。 そのご|わたくし||おくさん||かお||みる|||き|| After that, every time I saw his wife's face, I was worried. 先生 は 奥さん に 対して も 始終 こういう 態度 に 出る のだろう か 。 せんせい||おくさん||たいして||しじゅう||たいど||でる|| もし そう だ と すれば 、 奥さん は それ で 満足な のだろう か 。 |||||おくさん||||まんぞくな||

奥さん の 様子 は 満足 と も 不満足 と も 極め よう が なかった 。 おくさん||ようす||まんぞく|||ふまんぞく|||きわめ||| His wife's appearance was neither satisfied nor unsatisfied. 私 は それ ほど近く 奥さん に 接触 する 機会 が なかった から 。 わたくし|||ほどちかく|おくさん||せっしょく||きかい||| I didn't have the opportunity to contact my wife so close. それ から 奥さん は 私 に 会う たび に 尋常であった から 。 ||おくさん||わたくし||あう|||じんじょうであった| Then my wife was normal every time I met her. 最後に 先生 の いる 席 で なければ 私 と 奥さん と は 滅多に 顔 を 合せ なかった から 。 さいごに|せんせい|||せき|||わたくし||おくさん|||めったに|かお||あわせ|| Lastly, I and my wife rarely met each other unless I was in the seat where the teacher was.

私 の 疑惑 は まだ その 上 に も あった 。 わたくし||ぎわく||||うえ||| 先生 の 人間 に 対する この 覚悟 は どこ から 来る のだろう か 。 せんせい||にんげん||たいする||かくご||||くる|| ただ 冷たい 眼 で 自分 を 内省 したり 現代 を 観察 したり した 結果 な のだろう か 。 |つめたい|がん||じぶん||ないせい||げんだい||かんさつ|||けっか||| Is it just the result of introspecting oneself and observing the present age with cold eyes? 先生 は 坐って 考える 質 の 人 であった 。 せんせい||すわって|かんがえる|しち||じん| The teacher was a quality person who sat down and thought. 先生 の 頭 さえ あれば 、 こういう 態度 は 坐って 世の中 を 考えて いて も 自然 と 出て 来る もの だろう か 。 せんせい||あたま||||たいど||すわって|よのなか||かんがえて|||しぜん||でて|くる||| As long as the teacher has a head, does this kind of attitude come out naturally even if he sits down and thinks about the world? 私 に は そう ばかり と は 思え なかった 。 わたくし|||||||おもえ| I didn't think so. 先生 の 覚悟 は 生きた 覚悟 らしかった 。 せんせい||かくご||いきた|かくご| The teacher's resolution seemed to be alive. 火 に 焼けて 冷却 し 切った 石 造 家屋 の 輪 廓 と は 違って いた 。 ひ||やけて|れいきゃく||きった|いし|つく|かおく||りん|かく|||ちがって| It was different from the ring of a stone house that had been burnt to the ground and cooled. 私 の 眼 に 映 ずる 先生 は たしかに 思想 家 であった 。 わたくし||がん||うつ||せんせい|||しそう|いえ| The teacher in my eyes was certainly a thinker. けれども その 思想 家 の 纏め 上げた 主義 の 裏 に は 、 強い 事実 が 織り込まれて いる らしかった 。 ||しそう|いえ||まとめ|あげた|しゅぎ||うら|||つよい|じじつ||おりこまれて|| 自分 と 切り離さ れた 他人 の 事実 で なくって 、 自分 自身 が 痛切に 味わった 事実 、 血 が 熱く なったり 脈 が 止まったり する ほど の 事実 が 、 畳み込まれて いる らしかった 。 じぶん||きりはなさ||たにん||じじつ|||じぶん|じしん||つうせつに|あじわった|じじつ|ち||あつく||みゃく||とまったり||||じじつ||たたみこまれて|| It seemed that the facts that he had tasted painfully, not the facts of others who were separated from himself, were convoluted to the extent that his blood became hot and his pulse stopped. これ は 私 の 胸 で 推測 する が もの は ない 。 ||わたくし||むね||すいそく||||| I can't guess this in my chest. 先生 自身 すでに そう だ と 告白 して いた 。 せんせい|じしん|||||こくはく|| The teacher himself had already confessed that it was the case. ただ その 告白 が 雲 の 峯 の ようであった 。 ||こくはく||くも||みね|| However, the confession was like a cloud ridge. 私 の 頭 の 上 に 正体 の 知れ ない 恐ろしい もの を 蔽 い 被せた 。 わたくし||あたま||うえ||しょうたい||しれ||おそろしい|||へい||かぶせた そうして なぜ それ が 恐ろしい か 私 に も 解ら なかった 。 ||||おそろしい||わたくし|||わから| And I didn't understand why it was scary. 告白 は ぼう と して いた 。 こくはく||||| The confession was drowsy. それでいて 明らかに 私 の 神経 を 震わせた 。 |あきらかに|わたくし||しんけい||ふるわせた