7. 女 仙 - 芥川 龍 之介
おんな|せん|あくたがわ|りゅう|ゆきすけ
woman|fairy|Akutagawa|dragon|Ryunosuke
7. onsensen - Ryunosuke Akutagawa
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7. 女仙-芥川龍之介
昔 、 支那 の 或 ある 田舎 に 書生 が 一人 住んで いました 。
むかし|しな||ある||いなか||しょせい||ひとり|すんで|
|China||or||countryside||student||||
何しろ 支那 の こと です から 、 桃 の 花 の 咲いた 窓 の 下 に 本 ばかり 読んで いた のでしょう 。
なにしろ|しな|||||もも||か||さいた|まど||した||ほん||よんで||
after all|China|||||peach||||bloomed|||||||||
After all, since this is China, she must have been reading nothing but books under the window where the peach blossoms bloomed.
すると 、 この 書生 の 家 の 隣 に 年 の 若い 女 が 一人 、―― それ も 美しい 女 が 一人 、 誰 も 使わ ず に 住んで いました 。
||しょせい||いえ||となり||とし||わかい|おんな||ひとり|||うつくしい|おんな||ひとり|だれ||つかわ|||すんで|
||||||next to||||young||||||||||||used||||
Then, next to the scholar's house, there lived a young woman, and she was beautiful, living alone without anyone else.
書生 は この 若い 女 を 不思議に 思って いた の は もちろん です 。
しょせい|||わかい|おんな||ふしぎに|おもって|||||
student||||||||||||
Of course, the scholar was puzzled by this young woman.
実際 また 彼女 の 身の上 を はじめ 、 彼女 が 何 を して 暮らして いる か は 誰一人 知る もの も なかった の です から 。
じっさい||かのじょ||みのうえ|||かのじょ||なん|||くらして||||だれひとり|しる||||||
||||personal circumstances||||||||||||not a single person|||||||
或風 のない 春 の 日 の 暮 、 書生 は ふと 外 へ 出て 見る と 、 何 か この 若い 女 の 罵って いる 声 が 聞えました 。
あるかぜ|の ない|はる||ひ||くら|しょせい|||がい||でて|みる||なん|||わかい|おんな||ののしって||こえ||きこえました
perhaps|without|||||evening|||||||||||||||cursing||||was heard
それ は また どこ か の 庭 鳥 が のんびり と 鬨 を 作って いる 中 に 、 如何にも 物 も の しく 聞える の です 。
||||||にわ|ちょう||||こう||つくって||なか||いかにも|ぶつ||||きこえる||
|||||||||leisurely||cawing||||||indeed|||||sounds like||
Amidst the leisurely sounds of the garden birds making their calls, it indeed sounds quite typical.
書生 は どうした の か と 思い ながら 、 彼女 の 家 の 前 へ 行って 見ました 。
しょせい||||||おもい||かのじょ||いえ||ぜん||おこなって|みました
||what happened|||||||||||||
I wondered what had happened to the student and went to check in front of her house.
すると 眉 を 吊り上げ た 彼女 は 、 年 を とった 木 樵 り の 爺さん を 引き 据え 、 ぽかぽか 白髪 頭 を 擲って いる の です 。
|まゆ||つりあげ||かのじょ||とし|||き|しょう|||じいさん||ひき|すえ||しらが|あたま||なげうって|||
|brow||lifted||||||||woodcutter|||old man|||set|gently|white hair|||throwing|||
Then, raising her eyebrows, she had an old woodcutter sitting there, and she was striking his white-haired head playfully.
しかも 木 樵 り の 爺さん は 顔 中 に 涙 を 流した まま 、 平あやまり に あやまって いる では ありません か !
|き|しょう|||じいさん||かお|なか||なみだ||ながした||ひらあやまり||||||
||woodcutter||||||||||||flat apology||apologizing||||
「 これ は 一体 どうした の です ?
||いったい|||
this|||||
何も こういう 年より を 、 擲 らない でも 善い じゃ ありません か !
なにも||としより||なげう|ら ない||よい|||
||elderly person||throw|won't throw||good|||
――」
書生 は 彼女 の 手 を 抑え 、 熱心に たしなめ に かかりました 。
しょせい||かのじょ||て||おさえ|ねっしんに|||
||||||held down|enthusiastically|to admonish||
The student held her hand and began to earnestly admonish her.
「 第 一 年 上 の もの を 擲 る と いう こと は 、 修身 の 道 に も はずれて いる 訣 です 。」
だい|ひと|とし|うえ||||なげう||||||しゅうしん||どう|||||けつ|
|||||||to throw||||||self-cultivation|||||off the mark||fact|
Throwing those who are a year older than you is against the path of self-cultivation.
「 年上 の もの を ?
としうえ|||
older person|||
Those who are older than you?
この 木 樵 り は わたし より も 年下 です 。」
|き|しょう||||||としした|
||||||||younger|
「 冗談 を 言って は いけません 。」
じょうだん||いって||
「 いえ 、 冗談 では ありません 。
|じょうだん||
|joke||
わたし は この 木 樵 り の 母親 です から 。」
|||き|しょう|||ははおや||
書生 は 呆 気 に とられた なり 、 思わず 彼女 の 顔 を 見つめました 。
しょせい||ぼけ|き||||おもわず|かのじょ||かお||みつめました
||astonished|||taken aback|||||||stared at
やっと 木 樵 り を 突き 離した 彼女 は 美しい 、―― と いう より も 凜々 しい 顔 に 血 の 色 を 通わせ 、 目 じ ろ ぎ も せず に こう 言う の です 。
|き|しょう|||つき|はなした|かのじょ||うつくしい|||||りんりん||かお||ち||いろ||かよわせ|め|||||せ ず|||いう||
|||||pushed|released||topic marker||||||steadfast||||||||tinged|||||||||||
||||||||||||||凜々しい|||||||||||||||||||
Finally, she who had put down the axe was beautiful, or rather, her face was dignified and flushed with the color of blood, and without blinking, she said this.
「 わたし は この 倅 の ため に 、 どの 位 苦労 を した か わかりません 。
|||せがれ|||||くらい|くろう||||
|||son||||||struggle|object marker|||
I don't know how much I have struggled for this son.
けれども 倅 は わたし の 言葉 を 聞か ず に 、 我 儘 ばかり して いました から 、 とうとう 年 を とって しまった の です 。」
|せがれ||||ことば||きか|||われ|まま||||||とし|||||
|son|||||||||I|selfish|||||||||||
However, since my son did not listen to my words and was only selfish, he has eventually grown older.
「 では 、…… この 木 樵 り は もう 七十 位 でしょう 。
||き|しょう||||しちじゅう|くらい|
|||woodcutter||||||
その また 木 樵 り の 母親 だ と いう あなた は 、 一体 いく つ に なって いる の です ?
||き|しょう|||ははおや||||||いったい|||||||
So, how old are you, being the mother of a woodcutter?
」
"
「 わたし です か ?
"Is it me?
わたし は 三千六百 歳 です 。」
||さんせんろくひゃく|さい|
||three thousand six hundred||
書生 は こういう 言葉 と 一しょに 、 この 美しい 隣 の 女 が 仙人 だった こと に 気づきました 。
しょせい|||ことば||いっしょに||うつくしい|となり||おんな||せんにん||||きづきました
|||||together with|||||||sage||||
The student realized that the beautiful woman next door was a hermit along with such words.
しかし もう その 時 に は 、 何 か 神々しい 彼女 の 姿 は 忽ち どこ か へ 消えて しまいました 。
|||じ|||なん||こうごうしい|かのじょ||すがた||たちまち||||きえて|
||||||||divine|||||suddenly|||||
||||||||神々しい|||||あっという間に|||||
However, by that time, her divine figure had already suddenly disappeared somewhere.
うらうら と 春 の 日 の 照り 渡った 中 に 木 樵 り の 爺さん を 残した まま 。
||はる||ひ||てり|わたった|なか||き|しょう|||じいさん||のこした|
gently||||||radiance|shone upon||||woodcutter|||grandfather|||
うらうら|||||||||||||||||
Leaving behind the old woodcutter in the gentle sunlight of spring.
……