11.2 或る 女
ある|おんな
11.2 Eine Frau
11.2 A Woman
11.2 Una mujer
11.2 Bir kadın
葉子 は 思い余った その場のがれ から 、 箪笥 の 上 に 興 録 から 受け取った まま 投げ捨てて 置いた 古藤 の 手紙 を 取り上げて 、 白い 西洋 封筒 の 一端 を 美しい 指 の 爪 で 丹念に 細く 破り 取って 、 手 筋 は 立派 ながら まだ どこ か たどたどしい 手 跡 で ペン で 走り書き した 文句 を 読み 下して 見た 。
ようこ||おもいあまった|そのばのがれ||たんす||うえ||きょう|ろく||うけとった||なげすてて|おいた|ことう||てがみ||とりあげて|しろい|せいよう|ふうとう||いったん||うつくしい|ゆび||つめ||たんねんに|ほそく|やぶり|とって|て|すじ||りっぱ||||||て|あと||ぺん||はしりがき||もんく||よみ|くだして|みた
||overwhelmed|locally sourced|||||||||||thrown away|left|||||picked up|||Western envelope||one end|||||||||||||||||||clumsy||||pen||hasty writing|||||read aloud|
・・
「 あなた は おさ ん どん に なる と いう 事 を 想像 して みる 事 が できます か 。
|||||||||こと||そうぞう|||こと||でき ます|
||elder|||||||||||||||
おさん どん と いう 仕事 が 女 に ある と いう 事 を 想像 して みる 事 が できます か 。
||||しごと||おんな|||||こと||そうぞう|||こと||でき ます|
woman|||||||||||||||||||
僕 は あなた を 見る 時 は いつでも そう 思って 不思議な 心持ち に なって しまいます 。
ぼく||||みる|じ||||おもって|ふしぎな|こころもち|||しまい ます
いったい 世の中 に は 人 を 使って 、 人 から 使わ れる と いう 事 を 全く し ないで いい と いう 人 が ある もの でしょう か 。
|よのなか|||じん||つかって|じん||つかわ||||こと||まったく||||||じん|||||
そんな 事 が でき うる もの でしょう か 。
|こと||||||
僕 は それ を あなた に 考えて いただきたい のです 。
ぼく||||||かんがえて|いただき たい|
|||||||would like you to consider|
・・
あなた は 奇 態 な 感じ を 与える 人 です 。
||き|なり||かんじ||あたえる|じん|
|||appearance||||||
あなた の なさる 事 は どんな 危険な 事 でも 危険 らしく 見えません 。
|||こと|||きけんな|こと||きけん||みえ ませ ん
||||||dangerous|||||does not seem
行きづまった 末 に は こう と いう 覚悟 が ちゃんと できて いる ように 思わ れる から でしょう か 。
ゆきづまった|すえ||||||かくご||||||おもわ||||
reached a dead end|||||||||||||||||
・・
僕 が あなた に 始めて お目にかかった の は 、 この 夏 あなた が 木村 君 と 一緒に 八幡 に 避暑 を して おら れた 時 です から 、 あなた に ついて は 僕 は 、 なんにも 知ら ない と いって いい くらい です 。
ぼく||||はじめて|おめにかかった||||なつ|||きむら|きみ||いっしょに|はちまん||ひしょ|||||じ|||||||ぼく|||しら||||||
||||||||||||||||Yahata|||||staying||||||||||||||||||
僕 は 第 一 一般 的に 女 と いう もの に ついて なんにも 知りません 。
ぼく||だい|ひと|いっぱん|てきに|おんな|||||||しり ませ ん
しかし 少し でも あなた を 知った だけ の 心持ち から いう と 、 女 の 人 と いう もの は 僕 に 取って は 不思議な 謎 です 。
|すこし||||しった|||こころもち||||おんな||じん|||||ぼく||とって||ふしぎな|なぞ|
あなた は どこ まで 行ったら 行きづまる と 思って いる んです 。
||||おこなったら|ゆきづまる||おもって||
|||||reach a dead end||||
あなた は すでに 木村 君 で 行きづまって いる 人 な んだ と 僕 に は 思わ れる のです 。
|||きむら|きみ||ゆきづまって||じん||||ぼく|||おもわ||
||||||at a standstill|||||||||||
結婚 を 承諾 した 以上 は その 良 人 に 行きづまる の が 女 の 人 の 当然な 道 で は ない でしょう か 。
けっこん||しょうだく||いじょう|||よ|じん||ゆきづまる|||おんな||じん||とうぜんな|どう|||||
||consent|||||||||||||||||||||
木村 君 で 行きづまって ください 。
きむら|きみ||ゆきづまって|
木村 君 に あなた を 全部 与えて ください 。
きむら|きみ||||ぜんぶ|あたえて|
木村 君 の 親友 と して これ が 僕 の 願い です 。
きむら|きみ||しんゆう|||||ぼく||ねがい|
・・
全体 同じ 年齢 で あり ながら 、 あなた から は 僕 など は 子供 に 見える のでしょう から 、 僕 の いう 事 など は 頓着 なさら ない か と 思います が 、 子供 に も 一 つ の 直 覚 は あります 。
ぜんたい|おなじ|ねんれい|||||||ぼく|||こども||みえる|||ぼく|||こと|||とんちゃく|||||おもい ます||こども|||ひと|||なお|あきら||あり ます
||age||||||||||||||||||||||||||||||||||straight|direct realization||
そして 子供 は きっぱり した 物 の 姿 が 見たい のです 。
|こども||||ぶつ||すがた||み たい|
あなた が 木村 君 の 妻 に なる と 約束 した 以上 は 、 僕 の いう 事 に も 権威 が ある はずだ と 思います 。
||きむら|きみ||つま||||やくそく||いじょう||ぼく|||こと|||けんい|||||おもい ます
|||||||||||||||||||authority|||||
・・
僕 は そう は いい ながら 一面に は あなた が うらやましい ように も 、 憎い ように も 、 かわいそうな ように も 思います 。
ぼく||||||いちめんに|||||||にくい||||||おもい ます
||||||||||envy you|||hateful|||pitiful|||
あなた の なさる 事 が 僕 の 理性 を 裏切って 奇怪な 同情 を 喚 び 起こす ように も 思います 。
|||こと||ぼく||りせい||うらぎって|きかいな|どうじょう||かん||おこす|||おもい ます
||||||possessive particle|reason||betray||||evoke|||||
僕 は 心 の 底 に 起こる こんな 働き を も しいて 押しつぶして 理屈 一方 に 固まろう と は 思いません 。
ぼく||こころ||そこ||おこる||はたらき||||おしつぶして|りくつ|いっぽう||かたまろう|||おもい ませ ん
||||||||||||squash||||let's solidify|||
それほど 僕 は 道 学 者 で は ない つもりです 。
|ぼく||どう|まな|もの||||
||||study|||||
それ だからといって 、 今 の まま の あなた で は 、 僕 に は あなた を 敬 親 する 気 は 起こりません 。
||いま|||||||ぼく|||||たかし|おや||き||おこり ませ ん
|that doesn't mean|||||||||||||respect|||||will not happen
木村 君 の 妻 と して あなた を 敬 親 したい から 、 僕 は あえて こんな 事 を 書きました 。
きむら|きみ||つま|||||たかし|おや|し たい||ぼく||||こと||かき ました
||||||||||||||||||wrote this
そういう 時 が 来る ように して ほしい のです 。
|じ||くる||||
・・
木村 君 の 事 を ―― あなた を 熱 愛して あなた のみ に 希望 を かけて いる 木村 君 の 事 を 考える と 僕 は これ だけ の 事 を 書か ず に は いられ なく なります 。
きむら|きみ||こと||||ねつ|あいして||||きぼう||||きむら|きみ||こと||かんがえる||ぼく|||||こと||かか||||いら れ||なり ます
・・
古藤 義一 ・・
ことう|ぎいち
木村 葉子 様 」・・
きむら|ようこ|さま
それ は 葉子 に 取って は ほんとうの 子供っぽい 言葉 と しか 響か なかった 。
||ようこ||とって|||こども っぽい|ことば|||ひびか|
|||||topic marker|true|childish|||||
しかし 古藤 は 妙に 葉子 に は 苦手だった 。
|ことう||みょうに|ようこ|||にがてだった
|||||||not good at
今 も 古藤 の 手紙 を 読んで 見る と 、 ばかばかしい 事 が いわれて いる と は 思い ながら も 、 いちばん 大事な 急所 を 偶然 の ように しっかり 捕えて いる ように も 感じられた 。
いま||ことう||てがみ||よんで|みる|||こと||いわ れて||||おもい||||だいじな|きゅうしょ||ぐうぜん||||とらえて||||かんじ られた
|||||||||silly|||||||||||most important|||||||caught||||
ほんとうに こんな 事 を して いる と 、 子供 と 見くびって いる 古藤 に も あわれま れる はめ に なり そうな 気 が して なら なかった 。
||こと|||||こども||みくびって||ことう||||||||そう な|き||||
葉子 は なんという 事 なく 悒鬱 に なって 古藤 の 手紙 を 巻き お さめ も せ ず 膝 の 上 に 置いた まま 目 を すえて 、 じっと 考える と も なく 考えた 。
ようこ|||こと||ゆううつ|||ことう||てがみ||まき||||||ひざ||うえ||おいた||め||||かんがえる||||かんがえた
||||||||||||rolled||||||||||||||fixed||||||
・・
それにしても 、 新しい 教育 を 受け 、 新しい 思想 を 好み 、 世 事 に うとい だけ に 、 世の中 の 習俗 から も 飛び 離れて 自由であり げ に 見える 古藤 さえ が 、 葉子 が 今 立って いる 崕 の きわ から 先 に は 、 葉子 が 足 を 踏み出す の を 憎み 恐れる 様子 を 明らかに 見せて いる のだ 。
|あたらしい|きょういく||うけ|あたらしい|しそう||よしみ|よ|こと|||||よのなか||しゅうぞく|||とび|はなれて|じゆうであり|||みえる|ことう|||ようこ||いま|たって||がい||||さき|||ようこ||あし||ふみだす|||にくみ|おそれる|ようす||あきらかに|みせて||
||||||||||||ignorant of|||||customs|||||seemingly free|||||||||||||||||||||||steps out|||hate|||||||
結婚 と いう もの が 一 人 の 女 に 取って 、 どれほど 生活 と いう 実際 問題 と 結び付き 、 女 が どれほど その 束縛 の 下 に 悩んで いる か を 考えて みる 事 さえ しよう と は し ない のだ 。
けっこん|||||ひと|じん||おんな||とって||せいかつ|||じっさい|もんだい||むすびつき|おんな||||そくばく||した||なやんで||||かんがえて||こと|||||||
||||||||||||||||||connection|||||||||suffering|||||||||||||
そう 葉子 は 思って も みた 。
|ようこ||おもって||
・・
これ から 行こう と する 米国 と いう 土地 の 生活 も 葉子 は ひとりでに いろいろ と 想像 し ない で は いられ なかった 。
||いこう|||べいこく|||とち||せいかつ||ようこ|||||そうぞう|||||いら れ|
||||||||land||||||automatically|||||||||
米国 の 人 たち は どんなふうに 自分 を 迎え入れよう と は する だろう 。
べいこく||じん||||じぶん||むかえいれよう||||
||||||||welcome||||
とにかく 今 まで の 狭い 悩ましい 過去 と 縁 を 切って 、 何の 関り も ない 社会 の 中 に 乗り込む の は おもしろい 。
|いま|||せまい|なやましい|かこ||えん||きって|なんの|かかわり|||しゃかい||なか||のりこむ|||
|||||troublesome|||||||connection||||||||||interesting
和服 より も はるかに 洋服 に 適した 葉子 は 、 そこ の 交際 社会 でも 風俗 で は 米国 人 を 笑わ せ ない 事 が できる 。
わふく||||ようふく||てきした|ようこ||||こうさい|しゃかい||ふうぞく|||べいこく|じん||わらわ|||こと||
Japanese clothing||||||||||||||customs||||||make laugh|||||
歓楽 でも 哀傷 でも しっくり と 実 生活 の 中 に 織り込まれて いる ような 生活 が そこ に は ある に 違いない 。
かんらく||あいきず||||み|せいかつ||なか||おりこま れて|||せいかつ|||||||ちがいない
pleasure||sorrow||comfortably|||||||||||||||||
女 の チャーム と いう もの が 、 習慣 的な 絆 から 解き 放されて 、 その 力 だけ に 働く 事 の できる 生活 が そこ に は ある に 違いない 。
おんな|||||||しゅうかん|てきな|きずな||とき|はなさ れて||ちから|||はたらく|こと|||せいかつ|||||||ちがいない
|||||||||bond|||released||||||||||||||||
才能 と 力量 さえ あれば 女 でも 男 の 手 を 借り ず に 自分 を まわり の 人 に 認め さす 事 の できる 生活 が そこ に は ある に 違いない 。
さいのう||りきりょう|||おんな||おとこ||て||かり|||じぶん||||じん||みとめ||こと|||せいかつ|||||||ちがいない
||ability||||||||||||||||||acknowledge||||||||||||
女 でも 胸 を 張って 存分 呼吸 の できる 生活 が そこ に は ある に 違いない 。
おんな||むね||はって|ぞんぶん|こきゅう|||せいかつ|||||||ちがいない
少なくとも 交際 社会 の どこ か で は そんな 生活 が 女 に 許されて いる に 違いない 。
すくなくとも|こうさい|しゃかい|||||||せいかつ||おんな||ゆるさ れて|||ちがいない
|||||||||||||permitted|||
葉子 は そんな 事 を 空想 する と むずむず する ほど 快活に なった 。
ようこ|||こと||くうそう||||||かいかつに|
||||||||itching|||cheerfully|
そんな 心持ち で 古藤 の 言葉 など を 考えて みる と 、 まるで 老人 の 繰り言 の ように しか 見え なかった 。
|こころもち||ことう||ことば|||かんがえて||||ろうじん||くりごと||||みえ|
||||||||||||old man||repetitive talk|||||
葉子 は 長い 黙想 の 中 から 活 々 と 立ち上がった 。
ようこ||ながい|もくそう||なか||かつ|||たちあがった
|||meditation||||energetically|||
そして 化粧 を すます ため に 鏡 の ほう に 近づいた 。
|けしょう|||||きよう||||ちかづいた
|||to finish|||||||
・・
木村 を 良 人 と する のに なんの 屈託 が あろう 。
きむら||よ|じん|||||くったく||
||||||||worry||
木村 が 自分 の 良 人 である の は 、 自分 が 木村 の 妻 である と いう ほど に 軽い 事 だ 。
きむら||じぶん||よ|じん||||じぶん||きむら||つま||||||かるい|こと|
木村 と いう 仮面 …… 葉子 は 鏡 を 見 ながら そう 思って ほほえんだ 。
きむら|||かめん|ようこ||きよう||み|||おもって|
|||mask|||||||||
そして 乱れ かかる 額 ぎ わ の 髪 を 、 振り 仰いで 後ろ に な で つけたり 、 両方 の 鬢 を 器用に かき上げたり して 、 良 工 が 細工 物 でも する ように 楽しみ ながら 元気 よく朝 化粧 を 終えた 。
|みだれ||がく||||かみ||ふり|あおいで|うしろ|||||りょうほう||びん||きように|かきあげたり||よ|こう||さいく|ぶつ||||たのしみ||げんき|よくあさ|けしょう||おえた
||||||||||looking up||||||||||skillfully|pushed up|||skilled worker||craft||||||||well|||
ぬれた 手ぬぐい で 、 鏡 に 近づけた 目 の まわり の 白 粉 を ぬぐい 終わる と 、 口 び る を 開いて 美しく そろった 歯 並み を ながめ 、 両方 の 手 の 指 を 壺 の 口 の ように 一 所 に 集めて 爪 の 掃除 が 行き届いて いる か 確かめた 。
|てぬぐい||きよう||ちかづけた|め||||しろ|こな|||おわる||くち||||あいて|うつくしく||は|なみ|||りょうほう||て||ゆび||つぼ||くち|||ひと|しょ||あつめて|つめ||そうじ||ゆきとどいて|||たしかめた
|||||brought close||||||||||||||||||||||||||||jar|||||||||||||well-managed|||checked
見返る と 船 に 乗る 時 着て 来た 単 衣 の じみな 着物 は 、 世 捨て 人 の ように だ ら り と 寂しく 部屋 の すみ の 帽子 かけ に かかった まま に なって いた 。
みかえる||せん||のる|じ|きて|きた|ひとえ|ころも|||きもの||よ|すて|じん|||||||さびしく|へや||||ぼうし|||||||
look back|||||time|||||||||world|||||||slack||lonely||||||||||||
葉子 は 派手な 袷 を トランク の 中 から 取り出して 寝 衣 と 着 かえ ながら 、 それ に 目 を やる と 、 肩 に しっかり と しがみ付いて 、 泣き お めいた 彼 の 狂気 じみ た 若者 の 事 を 思った 。
ようこ||はでな|あわせ||とらんく||なか||とりだして|ね|ころも||ちゃく|||||め||||かた||||しがみついて|なき|||かれ||きょうき|||わかもの||こと||おもった
|||lined kimono|||||||||||||||||||||||clinging to|||||||||||||
と 、 すぐ その そば から 若者 を 小 わき に かかえた 事務 長 の 姿 が 思い出さ れた 。
|||||わかもの||しょう||||じむ|ちょう||すがた||おもいださ|
||||||||||held|||||||
小雨 の 中 を 、 外套 も 着 ず に 、 小 荷物 でも 運んで 行った ように 若者 を 桟橋 の 上 に おろして 、 ちょっと 五十川 女史 に 挨拶 して 船 から 投げた 綱 に すがる や 否 や 、 静かに 岸 から 離れて ゆく 船 の 甲板 の 上 に 軽々 と 上がって 来た その 姿 が 、 葉子 の 心 を くすぐる ように 楽しま せて 思い出さ れた 。
こさめ||なか||がいとう||ちゃく|||しょう|にもつ||はこんで|おこなった||わかもの||さんばし||うえ||||いそがわ|じょし||あいさつ||せん||なげた|つな||||いな||しずかに|きし||はなれて||せん||かんぱん||うえ||かるがる||あがって|きた||すがた||ようこ||こころ||||たのしま||おもいださ|
drizzle||||coat|||||||||||||||||||Ms Igo||||||||||clung to||or not||||||going away|||||||easily|||||||||||tickled|||||
・・
夜 は いつのまにか 明け 離れて いた 。
よ|||あけ|はなれて|
眼 窓 の 外 は 元 の まま に 灰色 は して いる が 、 活 々 と した 光 が 添い 加わって 、 甲板 の 上 を 毎朝 規則正しく 散歩 する 白髪 の 米人 と その 娘 と の 足音 が こつこつ 快活 らしく 聞こえて いた 。
がん|まど||がい||もと||||はいいろ|||||かつ||||ひかり||そい|くわわって|かんぱん||うえ||まいあさ|きそくただしく|さんぽ||しらが||べいじん|||むすめ|||あしおと|||かいかつ||きこえて|
eye|window||||||||||||||||||||added|||||||||||American||||||||clattering|lively|||
化粧 を すました 葉子 は 長 椅子 に ゆっくり 腰 を かけて 、 両足 を まっすぐに そろえて 長々 と 延ばした まま 、 うっとり と 思う と も なく 事務 長 の 事 を 思って いた 。
けしょう|||ようこ||ちょう|いす|||こし|||りょうあし||||ながなが||のばした||||おもう||||じむ|ちょう||こと||おもって|
||finished||||||||||both legs|||aligned|straight||||enraptured||||||||||||
・・
その 時 突然 ノック を して ボーイ が コーヒー を 持って は いって 来た 。
|じ|とつぜん||||ぼーい||こーひー||もって|||きた
葉子 は 何 か 悪い 所 でも 見つけられた ように ちょっと ぎょっと して 、 延ばして いた 足 の 膝 を 立てた 。
ようこ||なん||わるい|しょ||みつけ られた|||||のばして||あし||ひざ||たてた
ボーイ は いつも の ように 薄 笑い を して ちょっと 頭 を 下げて 銀色 の 盆 を 畳 椅子 の 上 に おいた 。
ぼーい|||||うす|わらい||||あたま||さげて|ぎんいろ||ぼん||たたみ|いす||うえ||
||||||||||||lowered|silver||||tatami|||||
そして きょう も 食事 は やはり 船室 に 運ぼう か と 尋ねた 。
|||しょくじ|||せんしつ||はこぼう|||たずねた
||||||||bring|||
・・
「 今晩 から は 食堂 に して ください 」・・
こんばん|||しょくどう|||
tonight||||||
葉子 は うれしい 事 でも いって 聞か せる ように こういった 。
ようこ|||こと|||きか|||
||happy|||||||
ボーイ は まじめ くさって 「 はい 」 と いった が 、 ちらり と 葉子 を 上 目 で 見て 、 急ぐ ように 部屋 を 出た 。
ぼーい||||||||||ようこ||うえ|め||みて|いそぐ||へや||でた
||seriously||||||||||||||||||
葉子 は ボーイ が 部屋 を 出て どんな ふう を して いる か が はっきり 見える ようだった 。
ようこ||ぼーい||へや||でて|||||||||みえる|
ボーイ は すぐに にこにこ と 不思議な 笑い を もらし ながら ケーク ・ ウォーク の 足 つき で 食堂 の ほう に 帰って 行った に 違いない 。
ぼーい|||||ふしぎな|わらい|||||||あし|||しょくどう||||かえって|おこなった||ちがいない
||||||||||cake|cake walk||||||||||||
ほど も なく 、・・
「 え 、 いよいよ 御 来 迎 ?
||ご|らい|むかい
|||coming|welcome
」・・
「 来た ね 」・・
きた|
と いう ような 野 卑 な 言葉 が 、 ボーイ らしい 軽薄な 調子 で 声高に 取りかわさ れる の を 葉子 は 聞いた 。
|||の|ひ||ことば||ぼーい||けいはくな|ちょうし||こわだかに|とりかわさ||||ようこ||きいた
|||field|vulgar||||||frivolous|||loudly|||||||
・・
葉子 は そんな 事 を 耳 に し ながら やはり 事務 長 の 事 を 思って いた 。
ようこ|||こと||みみ|||||じむ|ちょう||こと||おもって|
「 三 日 も 食堂 に 出 ないで 閉じこもって いる のに 、 なんという 事務 長 だろう 、 一ぺん も 見舞い に 来 ない と は あんまり ひどい 」 こんな 事 を 思って いた 。
みっ|ひ||しょくどう||だ||とじこもって||||じむ|ちょう||いっぺん||みまい||らい|||||||こと||おもって|
||||||||||||||||visit||||||||||||
そして その 一方 で は 縁 も ゆかり も ない 馬 の ように ただ 頑丈な 一 人 の 男 が なんで こう 思い出さ れる のだろう と 思って いた 。
||いっぽう|||えん|||||うま||||がんじょうな|ひと|じん||おとこ||||おもいださ||||おもって|
|||||||affection||||||||||||||||||||
・・
葉子 は 軽い ため息 を ついて 何げなく 立ち上がった 。
ようこ||かるい|ためいき|||なにげなく|たちあがった
|||sigh||||
そして また 長 椅子 に 腰かける 時 に は 棚 の 上 から 事務 長 の 名刺 を 持って 来て ながめて いた 。
||ちょう|いす||こしかける|じ|||たな||うえ||じむ|ちょう||めいし||もって|きて||
|||||sit down||||||||||||||||
「 日本 郵船 会社 絵 島 丸 事務 長 勲 六 等 倉地 三吉 」 と 明朝 で はっきり 書いて ある 。
にっぽん|ゆうせん|かいしゃ|え|しま|まる|じむ|ちょう|いさお|むっ|とう|くらち|みよし||みょうちょう|||かいて|
葉子 は 片手 で コーヒー を すすり ながら 、 名刺 を 裏返して その 裏 を ながめた 。
ようこ||かたて||こーひー||||めいし||うらがえして||うら||
||||||||||flipped over||||
そして まっ白 な その 裏 に 何 か 長い 文句 でも 書 い である か の ように 、 二 重 に なる 豊かな 顎 を 襟 の 間 に 落として 、 少し 眉 を ひそめ ながら 、 長い 間 まじ ろ ぎ も せ ず 見つめて いた 。
|まっしろ|||うら||なん||ながい|もんく||しょ||||||ふた|おも|||ゆたかな|あご||えり||あいだ||おとして|すこし|まゆ||||ながい|あいだ|||||||みつめて|
|||||||||||written|||||||||||||||||||||slightly frowned||||seriously|||||||