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有島武郎 - 或る女(アクセス), 38.1 或る女

38.1 或る 女

「 何 を そう 怯 ず 怯 ず して いる の かい 。 その ボタン を 後ろ に はめて くれ さえ すれば それ で いい のだ に 」・・

倉地 は 倉地 に して は 特に やさしい 声 で こういった 、 ワイシャツ を 着よう と した まま 葉子 に 背 を 向けて 立ち ながら 。 葉子 は 飛んで も ない 失策 でも した ように 、 シャツ の 背 部 に つける カラーボタン を 手 に 持った まま おろおろ して いた 。 ・・

「 つい シャツ を 仕 替える 時 それ だけ 忘れて しまって ……」・・

「 いい わけな ん ぞ は い いわ い 。 早く 頼む 」・・

「 はい 」・・

葉子 は しとやかに そう いって 寄り添う ように 倉地 に 近寄って その ボタン を ボタン 孔 に 入れよう と した が 、 糊 が 硬い の と 、 気 おくれ が して いる ので ちょっと は はいり そうに なかった 。 ・・

「 すみません が ちょっと 脱いで ください ましな 」・・

「 めんどうだ な 、 このまま で できよう が 」・・

葉子 は もう 一 度 試みた 。 しかし 思う ように は 行か なかった 。 倉地 は もう 明らかに いらいら し 出して いた 。 ・・

「 だめ か 」・・

「 まあ ちょっと 」・・

「 出せ 、 貸せ おれ に 。 なんでもない 事 だに 」・・

そう いって くるり と 振り返って ちょっと 葉子 を にらみつけ ながら 、 ひったくる ように ボタン を 受け取った 。 そして また 葉子 に 後ろ を 向けて 自分 で それ を はめよう と かかった 。 しかし なかなか うまく 行か なかった 。 見る見る 倉地 の 手 は はげしく 震え 出した 。 ・・

「 おい 、 手伝って くれて も よかろう が 」・・

葉子 が あわてて 手 を 出す と はずみ に ボタン は 畳 の 上 に 落ちて しまった 。 葉子 が それ を 拾おう と する 間もなく 、 頭 の 上 から 倉地 の 声 が 雷 の ように 鳴り響いた 。 ・・

「 ばか ! 邪魔 を しろ と いい や せんぞ 」・・

葉子 は それ でも どこまでも 優しく 出よう と した 。 ・・

「 御免 ください ね 、 わたし お邪魔 なん ぞ ……」・・

「 邪魔 よ 。 これ で 邪魔で なくて なんだ …… え ゝ 、 そこ じゃ ありゃ せ ん よ 。 そこ に 見え とる じゃ ない か 」・・

倉地 は 口 を とがらして 顎 を 突き出し ながら 、 ど しんと 足 を あげて 畳 を 踏み鳴らした 。 ・・

葉子 は それ でも 我慢 した 。 そして ボタン を 拾って 立ち上がる と 倉地 は もう ワイシャツ を 脱ぎ捨てて いる 所 だった 。 ・・

「 胸 くそ の 悪い …… おい 日本 服 を 出せ 」・・

「 襦袢 の 襟 が かけ ず に あります から …… 洋服 で 我慢 して ください まし ね 」・・ 葉子 は 自分 が 持って いる と 思う ほど の 媚 び を ある 限り 目 に 集めて 嘆願 する ように こういった 。 ・・

「 お前 に は 頼ま ん まで よ …… 愛 ちゃん 」・・

倉地 は 大きな 声 で 愛子 を 呼び ながら 階下 の ほう に 耳 を 澄ました 。 葉子 は それ でも 根かぎり 我慢 しよう と した 。 階子 段 を しとやかに のぼって 愛子 が いつも の ように 柔 順に 部屋 に は いって 来た 。 倉地 は 急に 相好 を くずして にこやかに なって いた 。 ・・

「 愛 ちゃん 頼む 、 シャツ に その ボタン を つけて おくれ 」・・

愛子 は 何事 の 起こった か を 露 知ら ぬ ような 顔 を して 、 男 の 肉 感 を そそる ような 堅 肉 の 肉体 を 美しく 折り曲げて 、 雪 白 の シャツ を 手 に 取り上げる のだった 。 葉子 が ちゃんと 倉地 に かし ず いて そこ に いる の を 全く 無視 した ような ずうずうしい 態度 が 、 ひがんで しまった 葉子 の 目 に は 憎 々 しく 映った 。 ・・

「 よけいな 事 を おし で ない 」・・

葉子 は とうとう かっと なって 愛子 を たしなめ ながら いきなり 手 に ある シャツ を ひったくって しまった 。 ・・

「 き さま は …… おれ が 愛 ちゃん に 頼んだ に なぜ よけいな 事 を し くさる んだ 」・・

と そう いって 威 丈 高 に なった 倉地 に は 葉子 は もう目 も くれ なかった 。 愛子 ばかり が 葉子 の 目 に は 見えて いた 。 ・・

「 お前 は 下 に いれば それ で いい 人間 な んだ よ 。 おさん どん の 仕事 も ろくろく でき は し ない くせ に よけいな 所 に 出しゃ ば る もん じゃ ない 事 よ 。 …… 下 に 行って おいで 」・・

愛子 は こう まで 姉 に たしなめられて も 、 さからう でも なく 怒る でも なく 、 黙った まま 柔 順に 、 多 恨 な 目 で 姉 を じっと 見て 静々 と その 座 を はずして しまった 。 ・・

こんな もつれ 合った いさかい が ともすると 葉子 の 家 で 繰り返さ れる ように なった 。 ひと り に なって 気 が しずまる と 葉子 は 心 の 底 から 自分 の 狂暴な 振る舞い を 悔いた 。 そして 気 を 取り 直した つもりで どこまでも 愛子 を いたわって やろう と した 。 愛子 に 愛情 を 見せる ため に は 義理 に も 貞 世に つらく 当たる の が 当然だ と 思った 。 そして 愛子 の 見て いる 前 で 、 愛する もの が 愛する 者 を 憎んだ 時 ばかり に 見せる 残虐な 呵責 を 貞 世に 与えたり した 。 葉子 は それ が 理不尽 きわまる 事 だ と は 知ってい ながら 、 そう 偏 頗 に 傾いて 来る 自分 の 心持ち を どう する 事 も でき なかった 。 それ のみ なら ず 葉子 に は 自分 の 鬱憤 を もらす ため の 対象 が ぜひ 一 つ 必要に なって 来た 。 人 で なければ 動物 、 動物 で なければ 草木 、 草木 で なければ 自分 自身 に 何 か なし に 傷害 を 与えて い なければ 気 が 休ま なく なった 。 庭 の 草 など を つかんで いる 時 でも 、 ふと 気 が 付く と 葉子 は しゃがんだ まま 一 茎 の 名 も ない 草 を たった 一 本 摘みとって 、 目 に 涙 を いっぱい ため ながら 爪 の 先 で 寸 々 に 切り さいなんで いる 自分 を 見いだしたり した 。 ・・

同じ 衝動 は 葉子 を 駆って 倉地 の 抱擁 に 自分 自身 を 思う存分 しいたげよう と した 。 そこ に は 倉地 の 愛 を 少し でも 多く 自分 に つなぎたい 欲求 も 手伝って は いた けれども 、 倉地 の 手 で 極度の 苦痛 を 感ずる 事 に 不満足 きわまる 満足 を 見いだそう と して いた のだ 。 精神 も 肉体 も はなはだしく 病 に 虫ばま れた 葉子 は 抱擁 に よって の 有頂天な 歓楽 を 味わう 資格 を 失って から かなり 久しかった 。 そこ に は ただ 地獄 の ような 呵責 が ある ばかりだった 。 すべて が 終わって から 葉子 に 残る もの は 、 嘔吐 を 催す ような 肉体 の 苦痛 と 、 しいて 自分 を 忘我 に 誘おう と もがき ながら 、 それ が 裏切られて 無益に 終わった 、 その後 に 襲って 来る 唾 棄 す べき 倦怠 ばかり だった 。 倉地 が 葉子 の その 悲惨な 無 感覚 を 分け前 して たとえ よう も ない 憎悪 を 感ずる の は もちろん だった 。 葉子 は それ を 知る と さらに いい 知れ ない たよりな さ を 感じて また はげしく 倉地 に いどみ かかる のだった 。 倉地 は 見る見る 一歩一歩 葉子 から 離れて 行った 。 そして ますます その 気分 は すさんで 行った 。 ・・

「 き さま は おれ に 厭 きた な 。 男 で も 作り おった んだろう 」・・

そう 唾 でも 吐き捨てる ように いまいまし げ に 倉地 が あらわに いう ような 日 も 来た 。 ・・

「 どう すれば いい んだろう 」・・

そう いって 額 の 所 に 手 を やって 頭痛 を 忍び ながら 葉子 は ひとり 苦しま ねば なら なかった 。

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38.1 或る 女 ある|おんな 38.1 Una mujer 38.1 一名妇女

「 何 を そう 怯 ず 怯 ず して いる の かい 。 なん|||きょう||きょう||||| その ボタン を 後ろ に はめて くれ さえ すれば それ で いい のだ に 」・・ |ぼたん||うしろ|||||||||| |button||||||||||||

倉地 は 倉地 に して は 特に やさしい 声 で こういった 、 ワイシャツ を 着よう と した まま 葉子 に 背 を 向けて 立ち ながら 。 くらち||くらち||||とくに||こえ|||わいしゃつ||きよう||||ようこ||せ||むけて|たち| |||||||||||dress shirt|||||||||||| 葉子 は 飛んで も ない 失策 でも した ように 、 シャツ の 背 部 に つける カラーボタン を 手 に 持った まま おろおろ して いた 。 ようこ||とんで|||しっさく||||しゃつ||せ|ぶ|||||て||もった|||| ||flew|||||||||||||color button|||||||| ・・

「 つい シャツ を 仕 替える 時 それ だけ 忘れて しまって ……」・・ |しゃつ||し|かえる|じ|||わすれて| ||||replace|||||

「 いい わけな ん ぞ は い いわ い 。 |excuse|||||| 早く 頼む 」・・ はやく|たのむ

「 はい 」・・

葉子 は しとやかに そう いって 寄り添う ように 倉地 に 近寄って その ボタン を ボタン 孔 に 入れよう と した が 、 糊 が 硬い の と 、 気 おくれ が して いる ので ちょっと は はいり そうに なかった 。 ようこ|||||よりそう||くらち||ちかよって||ぼたん||ぼたん|あな||いれよう||||のり||かたい|||き|||||||||そう に| ・・

「 すみません が ちょっと 脱いで ください ましな 」・・ |||ぬいで||

「 めんどうだ な 、 このまま で できよう が 」・・

葉子 は もう 一 度 試みた 。 ようこ|||ひと|たび|こころみた しかし 思う ように は 行か なかった 。 |おもう|||いか| 倉地 は もう 明らかに いらいら し 出して いた 。 くらち|||あきらかに|||だして| ・・

「 だめ か 」・・

「 まあ ちょっと 」・・

「 出せ 、 貸せ おれ に 。 だせ|かせ|| |lend|| なんでもない 事 だに 」・・ |こと|

そう いって くるり と 振り返って ちょっと 葉子 を にらみつけ ながら 、 ひったくる ように ボタン を 受け取った 。 ||||ふりかえって||ようこ||||||ぼたん||うけとった ||||||||glared|||||| そして また 葉子 に 後ろ を 向けて 自分 で それ を はめよう と かかった 。 ||ようこ||うしろ||むけて|じぶん|||||| |||||||||||put|| しかし なかなか うまく 行か なかった 。 |||いか| 見る見る 倉地 の 手 は はげしく 震え 出した 。 みるみる|くらち||て|||ふるえ|だした ・・

「 おい 、 手伝って くれて も よかろう が 」・・ |てつだって||||

葉子 が あわてて 手 を 出す と はずみ に ボタン は 畳 の 上 に 落ちて しまった 。 ようこ|||て||だす||||ぼたん||たたみ||うえ||おちて| |||||||by chance||||||||| 葉子 が それ を 拾おう と する 間もなく 、 頭 の 上 から 倉地 の 声 が 雷 の ように 鳴り響いた 。 ようこ||||ひろおう|||まもなく|あたま||うえ||くらち||こえ||かみなり|||なりひびいた ||||||||||||||||thunder||| ・・

「 ばか ! 邪魔 を しろ と いい や せんぞ 」・・ じゃま|||||| ||||||ancestor

葉子 は それ でも どこまでも 優しく 出よう と した 。 ようこ|||||やさしく|でよう|| ・・

「 御免 ください ね 、 わたし お邪魔 なん ぞ ……」・・ ごめん||||おじゃま||

「 邪魔 よ 。 じゃま| これ で 邪魔で なくて なんだ …… え ゝ 、 そこ じゃ ありゃ せ ん よ 。 ||じゃまで|||||||||| ||a nuisance|||||||||| そこ に 見え とる じゃ ない か 」・・ ||みえ||||

倉地 は 口 を とがらして 顎 を 突き出し ながら 、 ど しんと 足 を あげて 畳 を 踏み鳴らした 。 くらち||くち|||あご||つきだし||||あし|||たたみ||ふみならした ||||pursing|||thrusting|||||||||stamped With his mouth pouting and his chin sticking out, Kurachi suddenly lifted his foot and stamped the tatami mats. ・・

葉子 は それ でも 我慢 した 。 ようこ||||がまん| そして ボタン を 拾って 立ち上がる と 倉地 は もう ワイシャツ を 脱ぎ捨てて いる 所 だった 。 |ぼたん||ひろって|たちあがる||くらち|||わいしゃつ||ぬぎすてて||しょ| ・・

「 胸 くそ の 悪い …… おい 日本 服 を 出せ 」・・ むね|||わるい||にっぽん|ふく||だせ "It's disgusting... come on, get me some Japanese clothes."

「 襦袢 の 襟 が かけ ず に あります から …… 洋服 で 我慢 して ください まし ね 」・・ じゅばん||えり|||||あり ます||ようふく||がまん|||| "Since the collar of the undergarment isn't hanging, please put up with your clothes." 葉子 は 自分 が 持って いる と 思う ほど の 媚 び を ある 限り 目 に 集めて 嘆願 する ように こういった 。 ようこ||じぶん||もって|||おもう|||び||||かぎり|め||あつめて|たんがん||| ・・

「 お前 に は 頼ま ん まで よ …… 愛 ちゃん 」・・ おまえ|||たのま||||あい|

倉地 は 大きな 声 で 愛子 を 呼び ながら 階下 の ほう に 耳 を 澄ました 。 くらち||おおきな|こえ||あいこ||よび||かいか||||みみ||すました |||||||||||||||listened 葉子 は それ でも 根かぎり 我慢 しよう と した 。 ようこ||||こんかぎり|がまん||| ||||root|||| 階子 段 を しとやかに のぼって 愛子 が いつも の ように 柔 順に 部屋 に は いって 来た 。 はしご|だん||||あいこ|||||じゅう|じゅんに|へや||||きた 倉地 は 急に 相好 を くずして にこやかに なって いた 。 くらち||きゅうに|そうごう||||| Kurachi suddenly broke down and smiled. ・・

「 愛 ちゃん 頼む 、 シャツ に その ボタン を つけて おくれ 」・・ あい||たのむ|しゃつ|||ぼたん|||

愛子 は 何事 の 起こった か を 露 知ら ぬ ような 顔 を して 、 男 の 肉 感 を そそる ような 堅 肉 の 肉体 を 美しく 折り曲げて 、 雪 白 の シャツ を 手 に 取り上げる のだった 。 あいこ||なにごと||おこった|||ろ|しら|||かお|||おとこ||にく|かん||||かた|にく||にくたい||うつくしく|おりまげて|ゆき|しろ||しゃつ||て||とりあげる| Aiko made a face as if she didn't know what had happened, she beautifully bent the man's sensual, tough flesh, and picked up the snow-white shirt. 葉子 が ちゃんと 倉地 に かし ず いて そこ に いる の を 全く 無視 した ような ずうずうしい 態度 が 、 ひがんで しまった 葉子 の 目 に は 憎 々 しく 映った 。 ようこ|||くらち||||||||||まったく|むし||||たいど||||ようこ||め|||にく|||うつった ||||||||||||||||||||resentfully|||||||||| Yoko's brazen attitude, as if she had completely ignored the fact that Yoko was actually there at Kurachi, looked hateful in Yoko's contorted eyes. ・・

「 よけいな 事 を おし で ない 」・・ |こと|||| |||press|| "Don't do anything wrong"...

葉子 は とうとう かっと なって 愛子 を たしなめ ながら いきなり 手 に ある シャツ を ひったくって しまった 。 ようこ|||か っと||あいこ|||||て|||しゃつ||| ・・

「 き さま は …… おれ が 愛 ちゃん に 頼んだ に なぜ よけいな 事 を し くさる んだ 」・・ |||||あい|||たのんだ||||こと||||

と そう いって 威 丈 高 に なった 倉地 に は 葉子 は もう目 も くれ なかった 。 |||たけし|たけ|たか|||くらち|||ようこ||もう め||| |||authority||||||||||already||| 愛子 ばかり が 葉子 の 目 に は 見えて いた 。 あいこ|||ようこ||め|||みえて| ・・

「 お前 は 下 に いれば それ で いい 人間 な んだ よ 。 おまえ||した||||||にんげん||| おさん どん の 仕事 も ろくろく でき は し ない くせ に よけいな 所 に 出しゃ ば る もん じゃ ない 事 よ 。 |||しごと||||||||||しょ||だしゃ||||||こと| …… 下 に 行って おいで 」・・ した||おこなって|

愛子 は こう まで 姉 に たしなめられて も 、 さからう でも なく 怒る でも なく 、 黙った まま 柔 順に 、 多 恨 な 目 で 姉 を じっと 見て 静々 と その 座 を はずして しまった 。 あいこ||||あね||たしなめ られて|||||いかる|||だまった||じゅう|じゅんに|おお|うら||め||あね|||みて|しずしず|||ざ||| ||||||admonished||to oppose||||||||||||||||||||||||| ・・

こんな もつれ 合った いさかい が ともすると 葉子 の 家 で 繰り返さ れる ように なった 。 ||あった||||ようこ||いえ||くりかえさ||| |||quarrel|||||||||| ひと り に なって 気 が しずまる と 葉子 は 心 の 底 から 自分 の 狂暴な 振る舞い を 悔いた 。 ||||き||||ようこ||こころ||そこ||じぶん||きょうぼうな|ふるまい||くいた ||||||calmed|||||||||||||regretted そして 気 を 取り 直した つもりで どこまでも 愛子 を いたわって やろう と した 。 |き||とり|なおした|||あいこ||||| |||||||||cared for||| 愛子 に 愛情 を 見せる ため に は 義理 に も 貞 世に つらく 当たる の が 当然だ と 思った 。 あいこ||あいじょう||みせる||||ぎり|||さだ|よに||あたる|||とうぜんだ||おもった |||||||||||||||||of course|| In order to show Aiko his affection, he thought it was only natural to treat Sadayo harshly. そして 愛子 の 見て いる 前 で 、 愛する もの が 愛する 者 を 憎んだ 時 ばかり に 見せる 残虐な 呵責 を 貞 世に 与えたり した 。 |あいこ||みて||ぜん||あいする|||あいする|もの||にくんだ|じ|||みせる|ざんぎゃくな|かしゃく||さだ|よに|あたえたり| |||||||||||||||||||torment||||gave| And in front of Aiko, he gave Sadayo the cruel remorse that he only shows when the one he loves hates the one he loves. 葉子 は それ が 理不尽 きわまる 事 だ と は 知ってい ながら 、 そう 偏 頗 に 傾いて 来る 自分 の 心持ち を どう する 事 も でき なかった 。 ようこ||||りふじん||こと||||しってい|||へん|すこぶる||かたむいて|くる|じぶん||こころもち||||こと||| ||||unreasonable||||||||||biased||||||||||||| それ のみ なら ず 葉子 に は 自分 の 鬱憤 を もらす ため の 対象 が ぜひ 一 つ 必要に なって 来た 。 ||||ようこ|||じぶん||うっぷん|||||たいしょう|||ひと||ひつように||きた |||||||||frustration|||||||||||| Not only that, but Yoko came to desperately need an object to vent her frustrations on. 人 で なければ 動物 、 動物 で なければ 草木 、 草木 で なければ 自分 自身 に 何 か なし に 傷害 を 与えて い なければ 気 が 休ま なく なった 。 じん|||どうぶつ|どうぶつ|||くさき|くさき|||じぶん|じしん||なん||||しょうがい||あたえて|||き||やすま|| |||||||plants|||||||||||injury||||||||| If it wasn't a human being, it would be an animal, if it wasn't an animal, it would be a plant, if it wasn't a plant, it would make me feel restless unless I had somehow harmed myself. 庭 の 草 など を つかんで いる 時 でも 、 ふと 気 が 付く と 葉子 は しゃがんだ まま 一 茎 の 名 も ない 草 を たった 一 本 摘みとって 、 目 に 涙 を いっぱい ため ながら 爪 の 先 で 寸 々 に 切り さいなんで いる 自分 を 見いだしたり した 。 にわ||くさ|||||じ|||き||つく||ようこ||||ひと|くき||な|||くさ|||ひと|ほん|つみとって|め||なみだ|||||つめ||さき||すん|||きり|||じぶん||みいだしたり| ||||||||||||||||squatted|||stem||||||||||picked|||||||||||||寸々|||sighing||||found| Even when she was picking up grass in the garden, when she suddenly came to her senses, Yoko would squat down, pick just one nameless stem of grass, and with her eyes full of tears, she would drop it with the tips of her fingernails. I found myself being cut to pieces. ・・

同じ 衝動 は 葉子 を 駆って 倉地 の 抱擁 に 自分 自身 を 思う存分 しいたげよう と した 。 おなじ|しょうどう||ようこ||かって|くらち||ほうよう||じぶん|じしん||おもうぞんぶん||| |||||driving|||||||||to oppress|| The same impulse drove Yoko to push herself to her heart's content in Kurachi's embrace. そこ に は 倉地 の 愛 を 少し でも 多く 自分 に つなぎたい 欲求 も 手伝って は いた けれども 、 倉地 の 手 で 極度の 苦痛 を 感ずる 事 に 不満足 きわまる 満足 を 見いだそう と して いた のだ 。 |||くらち||あい||すこし||おおく|じぶん||つなぎ たい|よっきゅう||てつだって||||くらち||て||きょくどの|くつう||かんずる|こと||ふまんぞく||まんぞく||みいだそう|||| ||||||||||||connect|||||||||||extreme|||||||||||||| 精神 も 肉体 も はなはだしく 病 に 虫ばま れた 葉子 は 抱擁 に よって の 有頂天な 歓楽 を 味わう 資格 を 失って から かなり 久しかった 。 せいしん||にくたい|||びょう||むしばま||ようこ||ほうよう||||うちょうてんな|かんらく||あじわう|しかく||うしなって|||ひさしかった |||||||infested|||||||||||to savor||||||a long time It had been a long time since Yoko, who had become extremely ill both physically and mentally, had lost the right to enjoy the ecstatic pleasures of a hug. そこ に は ただ 地獄 の ような 呵責 が ある ばかりだった 。 ||||じごく|||かしゃく||| すべて が 終わって から 葉子 に 残る もの は 、 嘔吐 を 催す ような 肉体 の 苦痛 と 、 しいて 自分 を 忘我 に 誘おう と もがき ながら 、 それ が 裏切られて 無益に 終わった 、 その後 に 襲って 来る 唾 棄 す べき 倦怠 ばかり だった 。 ||おわって||ようこ||のこる|||おうと||もよおす||にくたい||くつう|||じぶん||ぼうわれ||さそおう||||||うらぎら れて|むえきに|おわった|そのご||おそって|くる|つば|き|||けんたい|| |||||||||vomiting||||||||||||||||||||without purpose|||||||contempt||||| What remains in Yoko after everything is over is physical pain that makes her want to vomit, and while she struggles to lure herself into a trance, she is betrayed and ends in vain, followed by spitting. It was nothing but boredom. 倉地 が 葉子 の その 悲惨な 無 感覚 を 分け前 して たとえ よう も ない 憎悪 を 感ずる の は もちろん だった 。 くらち||ようこ|||ひさんな|む|かんかく||わけまえ||||||ぞうお||かんずる|||| |||||tragic||||share|||||||||||| Of course, Kurachi shared Yoko's tragic insensitivity and felt an indescribable hatred. 葉子 は それ を 知る と さらに いい 知れ ない たよりな さ を 感じて また はげしく 倉地 に いどみ かかる のだった 。 ようこ||||しる||||しれ|||||かんじて|||くらち|||| ||||||||||||||||||challenged|| When Yoko learned of this, she felt an even more inexplicable sense of helplessness and attacked Kurachi even more fiercely. 倉地 は 見る見る 一歩一歩 葉子 から 離れて 行った 。 くらち||みるみる|いっぽいっぽ|ようこ||はなれて|おこなった |||step by step|||| そして ますます その 気分 は すさんで 行った 。 |||きぶん|||おこなった And the mood got worse and worse. ・・

「 き さま は おれ に 厭 きた な 。 |||||いと|| 男 で も 作り おった んだろう 」・・ おとこ|||つくり||

そう 唾 でも 吐き捨てる ように いまいまし げ に 倉地 が あらわに いう ような 日 も 来た 。 |つば||はきすてる|||||くらち|||||ひ||きた The day came when Kurachi said so frankly, as if he were going to spit it out. ・・

「 どう すれば いい んだろう 」・・

そう いって 額 の 所 に 手 を やって 頭痛 を 忍び ながら 葉子 は ひとり 苦しま ねば なら なかった 。 ||がく||しょ||て|||ずつう||しのび||ようこ|||くるしま||| |||||||||||||||alone|suffer|||