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或る女 - 有島武郎(アクセス), 48.2 或る女

48.2 或る 女

葉子 は もう 肩 で 息 気 を して いた 。 頭 が 激しい 動 悸 の たび ごと に 震える ので 、 髪 の 毛 は 小刻みに 生き物 の ように おののいた 。 そして 岡 の 手 から 自分 の 手 を 離して 、 袂 から 取り出した ハンケチ で それ を 押し ぬぐった 。 目 に 入る 限り の もの 、 手 に 触れる 限り の もの が また けがらわしく 見え 始めた のだ 。 岡 の 返事 も 待た ず に 葉子 は 畳みかけて 吐き出す ように いった 。 ・・

「 貞 世 は もう 死んで いる んです 。 それ を 知ら ない と でも あなた は 思って いらっしゃる の 。 あなた や 愛子 に 看護 して もらえば だれ でも ありがたい 往生 が できましょう よ 。 ほんとうに 貞 世 は 仕 合わせ な子 でした 。 …… お ゝ お ゝ 貞 世 ! お前 は ほんとに 仕 合わせ な子 だ ねえ 。 …… 岡 さん いって 聞か せて ください 、 貞 世 は どんな 死に かた を した か 。 飲みたい 死 に 水 も 飲 まず に 死にました か 。 あなた と 愛子 が お 庭 を 歩き回って いる うち に 死んで いました か 。 それとも …… それとも 愛子 の 目 が 憎 々 しく 笑って いる その 前 で 眠る ように 息 気 を 引き取りました か 。 どんな お 葬式 が 出た んです 。 早 桶 は どこ で 注文 なさった んです 。 わたし の 早 桶 の より 少し 大きく し ない と はいりません よ 。 …… わたし は なんという ばかだろう 早く 丈夫に なって 思いきり 貞 世 を 介抱 して やりたい と 思った のに …… もう 死んで しまった のです もの ねえ 。 うそ です …… それ から なぜ あなた も 愛子 も もっと しげしげ わたし の 見舞い に は 来て くださら ない の 。 あなた は きょう わたし を 苦し めに …… な ぶり に いら しった の ね ……」・・

「 そんな 飛んで も ない ! 」・・

岡 が せきこんで 葉子 の 言葉 の 切れ目 に いい出そう と する の を 、 葉子 は 激しい 笑い で さえぎった 。 ・・

「 飛んで も ない …… その とおり 。 あ ゝ 頭 が 痛い 。 わたし は 存分に 呪い を 受けました 。 御 安心な さい まし と も 。 決して お邪魔 は しません から 。 わたし は さんざん 踊りました 。 今度 は あなた 方 が 踊って いい 番 です もの ね 。 …… ふむ 、 踊れる もの なら みごとに 踊って ごらん なさい まし 。 …… 踊れる もの なら 、 は ゝ ゝ 」・・

葉子 は 狂 女 の ように 高々 と 笑った 。 岡 は 葉子 の 物 狂 おしく 笑う の を 見る と 、 それ を 恥じる ように まっ紅 に なって 下 を 向いて しまった 。 ・・

「 聞いて ください 」・・

やがて 岡 は こう いって きっと なった 。 ・・

「 伺いましょう 」・・

葉子 も きっと なって 岡 を 見 やった が 、 すぐ 口 じ り に むごたらしい 皮肉な 微笑 を たたえた 。 それ は 岡 の 気先 を さえ 折る に 充分な ほど の 皮肉 さ だった 。 ・・

「 お 疑い なさって も し かた が ありません 。 わたし 、 愛子 さん に は 深い 親し み を 感じて おります ……」・・ 「 そんな 事 なら 伺う まで も ありません わ 。 わたし を どんな 女 だ と 思って いらっしゃる の 。 愛子 さん に 深い 親し み を 感じて いらっしゃれば こそ 、 けさ は わざわざ 何 日 ごろ 死ぬ だろう と 見 に 来て くださった の ね 。 なんと お礼 を 申して いい か 、 そこ は お 察し ください まし 。 きょう は 手術 を 受けます から 、 死骸 に なって 手術 室 から 出て 来る 所 を よっく 御覧 なさって あなた の 愛子 に 知らせて 喜ば して やって ください まし よ 。 死に に 行く 前 に 篤と お礼 を 申します 。 絵 島 丸 で は いろいろ 御 親切 を ありがとう ございました 。 お陰 様 で わたし は さびしい 世の中 から 救い出さ れました 。 あなた を お にいさん と も お 慕い して いました が 、 愛子 に 対して も 気恥ずかしく なりました から 、 もう あなた と は 御 縁 を 断ちます 。 と いう まで も ない 事 です わ ね 。 もう 時間 が 来ます から お 立ち ください まし 」・・

「 わたし 、 ちっとも 知りません でした 。 ほんとうに その お からだ で 手術 を お 受け に なる のです か 」・・

岡 は あきれた ような 顔 を した 。 ・・

「 毎日 大学 に 行く つや は ばかです から 何も 申し上げ なかった んでしょう よ 。 申し上げて も お 聞こえ に なら なかった かも しれません わ ね 」・・

と 葉子 は ほほえんで 、 まっさおに なった 顔 に ふりかかる 髪 の 毛 を 左 の 手 で 器用に かき上げた 。 その 小指 は やせ細って 骨 ばかり の ように なり ながら も 、 美しい 線 を 描いて 折れ曲がって いた 。 ・・

「 それ は ぜひ お 延ばし ください お 願い します から …… お 医者 さん も お 医者 さん だ と 思います 」・・

「 わたし が わたし だ もん です から ね 」・・

葉子 は しげしげ と 岡 を 見 やった 。 その 目 から は 涙 が すっかり かわいて 、 額 の 所 に は 油 汗 が にじみ出て いた 。 触れて みたら 氷 の ようだろう と 思わ れる ような 青白い 冷た さ が 生えぎわ かけて 漂って いた 。 ・・

「 では せめて わたし に 立ち会わ して ください 」・・

「 それほど まで に あなた は わたし が お 憎い の ? …… 麻酔 中 に わたし の いう 囈口 でも 聞いて おいて 笑い話 の 種 に なさろう と いう の ね 。 え ゝ 、 ようご さ います いらっしゃい まし 、 御覧 に 入れます から 。 呪い の ため に やせ細って お 婆さん の ように なって しまった この からだ を 頭から 足 の 爪先 まで 御覧 に 入れます から …… 今さら お あきれ に なる 余地 も あります まい けれど 」・・

そう いって 葉子 は やせ細った 顔 に あらん限り の 媚 び を 集めて 、 流 眄 に 岡 を 見 やった 。 岡 は 思わず 顔 を そむけた 。 ・・

そこ に 若い 医 員 が つや を つれて は いって 来た 。 葉子 は 手術 の したく が できた 事 を 見て取った 。 葉子 は 黙って 医 員 に ちょっと 挨拶 した まま 衣 紋 を つくろって すぐ 座 を 立った 。 それ に 続いて 部屋 を 出て 来た 岡 など は 全く 無視 した 態度 で 、 怪しげな 薄暗い 階子 段 を 降りて 、 これ も 暗い 廊下 を 四五 間 たどって 手術 室 の 前 まで 来た 。 つや が 戸 の ハンドル を 回して それ を あける と 、 手術 室 から は さすが に まぶしい 豊かな 光線 が 廊下 の ほう に 流れて 来た 。 そこ で 葉子 は 岡 の ほう に 始めて 振り返った 。 ・・

「 遠方 を わざわざ 御苦労さま 。 わたし は まだ あなた に 肌 を 御覧 に 入れる ほど の 莫連 者 に は なって いません から ……」・・

そう 小さな 声 で いって 悠々と 手術 室 に は いって 行った 。 岡 は もちろん 押し切って あと に ついて は 来 なかった 。 ・・

着物 を 脱ぐ 間 に 、 世話に 立った つや に 葉子 は こう ようやく に して いった 。 ・・

「 岡 さん が はいりたい と おっしゃって も 入れて は いけない よ 。 それ から …… それ から ( ここ で 葉子 は 何 が なし に 涙ぐましく なった ) もし わたし が 囈言 の ような 事 でも いい かけたら 、 お前 に 一生 の お 願い だ から ね 、 わたし の 口 を …… 口 を 抑えて 殺して しまって おくれ 。 頼む よ 。 きっと ! 」・・

婦人 科 病院 の 事 とて 女 の 裸体 は 毎日 幾 人 と なく 扱い つけて いる くせ に 、 やはり 好 奇 な 目 を 向けて 葉子 を 見守って いる らしい 助手 たち に 、 葉子 はやせ さらば えた 自分 を さらけ出して 見せる の が 死ぬ より つらかった 。 ふとした 出来心 から 岡 に 対して いった 言葉 が 、 葉子 の 頭 に は いつまでも こびり付いて 、 貞 世 は もう ほんとうに 死んで しまった もの の ように 思えて しかたがなかった 。 貞 世 が 死んで しまった のに 何 を 苦しんで 手術 を 受ける 事 が あろう 。 そう 思わ ないで も なかった 。 しかし 場合 が 場合 で こう なる より しかたがなかった 。 ・・

まっ白 な 手術 衣 を 着た 医 員 や 看護 婦 に 囲まれて 、 やはり まっ白 な 手術 台 は 墓場 の ように 葉子 を 待って いた 。 そこ に 近づく と 葉子 は われ に も なく 急に おびえ が 出た 。 思いきり 鋭利な メス で 手ぎわ よく 切り取って しまったら さぞ さっぱり する だろう と 思って いた 腰部 の 鈍痛 も 、 急に 痛み が 止まって しまって 、 からだ 全体 が しびれる ように しゃち こばって 冷や汗 が 額 に も 手 に もし とど に 流れた 。 葉子 は ただ 一 つ の 慰藉 の ように つや を 顧みた 。 その つや の 励ます ような 顔 を ただ 一 つ の たより に して 、 細かく 震え ながら 仰向け に 冷やっと する 手術 台 に 横たわった 。 ・・

医 員 の 一 人 が 白 布 の 口 あて を 口 から 鼻 の 上 に あてがった 。 それ だけ で 葉子 は もう 息 気 が つまる ほど の 思い を した 。 そのくせ 目 は 妙に さえて 目の前 に 見る 天井 板 の 細かい 木 理 まで が 動いて 走る ように ながめられた 。 神経 の 末梢 が 大 風 に あった ように ざ わざ わ と 小気味 わるく 騒ぎ 立った 。 心臓 が 息 気 苦しい ほど 時々 働き を 止めた 。 ・・

やがて 芳 芬 の 激しい 薬 滴 が 布 の 上 に たらさ れた 。 葉子 は 両手 の 脈 所 を 医 員 に 取ら れ ながら 、 その 香 い を 薄気味わるく かいだ 。 ・・

「 ひと ー つ 」・・

執刀 者 が 鈍い 声 で こういった 。 ・・

「 ひと ー つ 」・・

葉子 の それ に 応ずる 声 は 激しく 震えて いた 。 ・・

「 ふた ー つ 」・・

葉子 は 生命 の 尊 さ を しみじみ と 思い知った 。 死 もしくは 死 の 隣 へ まで の 不思議な 冒険 …… そう 思う と 血 は 凍る か と 疑わ れた 。 ・・

「 ふた ー つ 」・・

葉子 の 声 は ますます 震えた 。 こうして 数 を 読んで 行く うち に 、 頭 の 中 が しんしんと 冴える ように なって 行った と 思う と 、 世の中 が ひとりでに 遠のく ように 思えた 。 葉子 は 我慢 が でき なかった 。 いきなり 右手 を 振り ほどいて 力任せに 口 の 所 を 掻 い 払った 。 しかし 医 員 の 力 は すぐ 葉子 の 自由 を 奪って しまった 。 葉子 は 確かに それ に あらがって いる つもりだった 。 ・・

「 倉地 が 生きて いる 間 ―― 死ぬ もの か 、…… どうしても もう 一 度 その 胸 に …… やめて ください 。 狂気 で 死ぬ と も 殺さ れ たく は ない 。 やめて …… 人殺し 」・・

そう 思った の か いった の か 、 自分 ながら どっち と も 定め かね ながら 葉子 は もだえた 。 ・・

「 生きる 生きる …… 死ぬ の は いやだ …… 人殺し ! ……」・・

葉子 は 力 の あらん限り 戦った 、 医者 と も 薬 と も …… 運命 と も …… 葉子 は 永久 に 戦った 。 しかし 葉子 は 二十 も 数 を 読ま ない うち に 、 死んだ 者 同様に 意識 なく 医 員 ら の 目の前 に 横たわって いた のだ 。

48.2 或る 女 ある|おんな 48,2 Una mujer

葉子 は もう 肩 で 息 気 を して いた 。 ようこ|||かた||いき|き||| Yoko was already breathing on her shoulders. 頭 が 激しい 動 悸 の たび ごと に 震える ので 、 髪 の 毛 は 小刻みに 生き物 の ように おののいた 。 あたま||はげしい|どう|き|||||ふるえる||かみ||け||こきざみに|いきもの||| そして 岡 の 手 から 自分 の 手 を 離して 、 袂 から 取り出した ハンケチ で それ を 押し ぬぐった 。 |おか||て||じぶん||て||はなして|たもと||とりだした|||||おし| 目 に 入る 限り の もの 、 手 に 触れる 限り の もの が また けがらわしく 見え 始めた のだ 。 め||はいる|かぎり|||て||ふれる|かぎり||||||みえ|はじめた| 岡 の 返事 も 待た ず に 葉子 は 畳みかけて 吐き出す ように いった 。 おか||へんじ||また|||ようこ||たたみかけて|はきだす|| ・・

「 貞 世 は もう 死んで いる んです 。 さだ|よ|||しんで|| それ を 知ら ない と でも あなた は 思って いらっしゃる の 。 ||しら||||||おもって|| You think you don't know that. あなた や 愛子 に 看護 して もらえば だれ でも ありがたい 往生 が できましょう よ 。 ||あいこ||かんご||||||おうじょう||でき ましょう| ほんとうに 貞 世 は 仕 合わせ な子 でした 。 |さだ|よ||し|あわせ|なす| …… お ゝ お ゝ 貞 世 ! ||||さだ|よ お前 は ほんとに 仕 合わせ な子 だ ねえ 。 おまえ|||し|あわせ|なす|| …… 岡 さん いって 聞か せて ください 、 貞 世 は どんな 死に かた を した か 。 おか|||きか|||さだ|よ|||しに|||| 飲みたい 死 に 水 も 飲 まず に 死にました か 。 のみ たい|し||すい||いん|||しに ました| あなた と 愛子 が お 庭 を 歩き回って いる うち に 死んで いました か 。 ||あいこ|||にわ||あるきまわって||||しんで|い ました| それとも …… それとも 愛子 の 目 が 憎 々 しく 笑って いる その 前 で 眠る ように 息 気 を 引き取りました か 。 ||あいこ||め||にく|||わらって|||ぜん||ねむる||いき|き||ひきとり ました| どんな お 葬式 が 出た んです 。 ||そうしき||でた| 早 桶 は どこ で 注文 なさった んです 。 はや|おけ||||ちゅうもん|| わたし の 早 桶 の より 少し 大きく し ない と はいりません よ 。 ||はや|おけ|||すこし|おおきく||||はいり ませ ん| …… わたし は なんという ばかだろう 早く 丈夫に なって 思いきり 貞 世 を 介抱 して やりたい と 思った のに …… もう 死んで しまった のです もの ねえ 。 ||||はやく|じょうぶに||おもいきり|さだ|よ||かいほう||やり たい||おもった|||しんで|||| うそ です …… それ から なぜ あなた も 愛子 も もっと しげしげ わたし の 見舞い に は 来て くださら ない の 。 |||||||あいこ||||||みまい|||きて||| あなた は きょう わたし を 苦し めに …… な ぶり に いら しった の ね ……」・・ |||||にがし||||||||

「 そんな 飛んで も ない ! |とんで|| 」・・

岡 が せきこんで 葉子 の 言葉 の 切れ目 に いい出そう と する の を 、 葉子 は 激しい 笑い で さえぎった 。 おか|||ようこ||ことば||きれめ||いいだそう|||||ようこ||はげしい|わらい|| ・・

「 飛んで も ない …… その とおり 。 とんで|||| あ ゝ 頭 が 痛い 。 ||あたま||いたい わたし は 存分に 呪い を 受けました 。 ||ぞんぶんに|まじない||うけ ました 御 安心な さい まし と も 。 ご|あんしんな|||| 決して お邪魔 は しません から 。 けっして|おじゃま||し ませ ん| わたし は さんざん 踊りました 。 |||おどり ました 今度 は あなた 方 が 踊って いい 番 です もの ね 。 こんど|||かた||おどって||ばん||| …… ふむ 、 踊れる もの なら みごとに 踊って ごらん なさい まし 。 |おどれる||||おどって||| …… 踊れる もの なら 、 は ゝ ゝ 」・・ おどれる|||||

葉子 は 狂 女 の ように 高々 と 笑った 。 ようこ||くる|おんな|||たかだか||わらった 岡 は 葉子 の 物 狂 おしく 笑う の を 見る と 、 それ を 恥じる ように まっ紅 に なって 下 を 向いて しまった 。 おか||ようこ||ぶつ|くる||わらう|||みる||||はじる||まっ くれない|||した||むいて| ・・

「 聞いて ください 」・・ きいて|

やがて 岡 は こう いって きっと なった 。 |おか||||| ・・

「 伺いましょう 」・・ うかがい ましょう

葉子 も きっと なって 岡 を 見 やった が 、 すぐ 口 じ り に むごたらしい 皮肉な 微笑 を たたえた 。 ようこ||||おか||み||||くち|||||ひにくな|びしょう|| それ は 岡 の 気先 を さえ 折る に 充分な ほど の 皮肉 さ だった 。 ||おか||きさき|||おる||じゅうぶんな|||ひにく|| ・・

「 お 疑い なさって も し かた が ありません 。 |うたがい||||||あり ませ ん わたし 、 愛子 さん に は 深い 親し み を 感じて おります ……」・・ |あいこ||||ふかい|したし|||かんじて|おり ます 「 そんな 事 なら 伺う まで も ありません わ 。 |こと||うかがう|||あり ませ ん| わたし を どんな 女 だ と 思って いらっしゃる の 。 |||おんな|||おもって|| 愛子 さん に 深い 親し み を 感じて いらっしゃれば こそ 、 けさ は わざわざ 何 日 ごろ 死ぬ だろう と 見 に 来て くださった の ね 。 あいこ|||ふかい|したし|||かんじて||||||なん|ひ||しぬ|||み||きて||| なんと お礼 を 申して いい か 、 そこ は お 察し ください まし 。 |お れい||もうして||||||さっし|| きょう は 手術 を 受けます から 、 死骸 に なって 手術 室 から 出て 来る 所 を よっく 御覧 なさって あなた の 愛子 に 知らせて 喜ば して やって ください まし よ 。 ||しゅじゅつ||うけ ます||しがい|||しゅじゅつ|しつ||でて|くる|しょ||よ っく|ごらん||||あいこ||しらせて|よろこば||||| I'm going to have surgery today, so please take a good look at my body as it comes out of the operating room and let your Aiko know about it. 死に に 行く 前 に 篤と お礼 を 申します 。 しに||いく|ぜん||とくと|お れい||もうし ます 絵 島 丸 で は いろいろ 御 親切 を ありがとう ございました 。 え|しま|まる||||ご|しんせつ||| お陰 様 で わたし は さびしい 世の中 から 救い出さ れました 。 おかげ|さま|||||よのなか||すくいださ|れ ました あなた を お にいさん と も お 慕い して いました が 、 愛子 に 対して も 気恥ずかしく なりました から 、 もう あなた と は 御 縁 を 断ちます 。 |||||||したい||い ました||あいこ||たいして||きはずかしく|なり ました||||||ご|えん||たち ます と いう まで も ない 事 です わ ね 。 |||||こと||| もう 時間 が 来ます から お 立ち ください まし 」・・ |じかん||き ます|||たち||

「 わたし 、 ちっとも 知りません でした 。 ||しり ませ ん| ほんとうに その お からだ で 手術 を お 受け に なる のです か 」・・ |||||しゅじゅつ|||うけ||||

岡 は あきれた ような 顔 を した 。 おか||||かお|| ・・

「 毎日 大学 に 行く つや は ばかです から 何も 申し上げ なかった んでしょう よ 。 まいにち|だいがく||いく|||||なにも|もうしあげ||| 申し上げて も お 聞こえ に なら なかった かも しれません わ ね 」・・ もうしあげて|||きこえ|||||しれ ませ ん||

と 葉子 は ほほえんで 、 まっさおに なった 顔 に ふりかかる 髪 の 毛 を 左 の 手 で 器用に かき上げた 。 |ようこ|||||かお|||かみ||け||ひだり||て||きように|かきあげた その 小指 は やせ細って 骨 ばかり の ように なり ながら も 、 美しい 線 を 描いて 折れ曲がって いた 。 |こゆび||やせほそって|こつ|||||||うつくしい|せん||えがいて|おれまがって| ・・

「 それ は ぜひ お 延ばし ください お 願い します から …… お 医者 さん も お 医者 さん だ と 思います 」・・ ||||のばし|||ねがい|し ます|||いしゃ||||いしゃ||||おもい ます

「 わたし が わたし だ もん です から ね 」・・

葉子 は しげしげ と 岡 を 見 やった 。 ようこ||||おか||み| その 目 から は 涙 が すっかり かわいて 、 額 の 所 に は 油 汗 が にじみ出て いた 。 |め|||なみだ||||がく||しょ|||あぶら|あせ||にじみでて| 触れて みたら 氷 の ようだろう と 思わ れる ような 青白い 冷た さ が 生えぎわ かけて 漂って いた 。 ふれて||こおり||||おもわ|||あおじろい|つめた|||はえぎわ||ただよって| ・・

「 では せめて わたし に 立ち会わ して ください 」・・ ||||たちあわ||

「 それほど まで に あなた は わたし が お 憎い の ? ||||||||にくい| …… 麻酔 中 に わたし の いう 囈口 でも 聞いて おいて 笑い話 の 種 に なさろう と いう の ね 。 ますい|なか|||||げいくち||きいて||わらいばなし||しゅ|||||| …… You said that you should listen to my jokes while you were under anesthesia and use them as a joke. え ゝ 、 ようご さ います いらっしゃい まし 、 御覧 に 入れます から 。 ||||い ます|||ごらん||いれ ます| 呪い の ため に やせ細って お 婆さん の ように なって しまった この からだ を 頭から 足 の 爪先 まで 御覧 に 入れます から …… 今さら お あきれ に なる 余地 も あります まい けれど 」・・ まじない||||やせほそって||ばあさん||||||||あたまから|あし||つまさき||ごらん||いれ ます||いまさら|||||よち||あり ます|| I'm going to show you this body, which has become thin and thin like an old woman because of the curse, from head to toe.

そう いって 葉子 は やせ細った 顔 に あらん限り の 媚 び を 集めて 、 流 眄 に 岡 を 見 やった 。 ||ようこ||やせほそった|かお||あらんかぎり||び|||あつめて|りゅう|べん||おか||み| 岡 は 思わず 顔 を そむけた 。 おか||おもわず|かお|| ・・

そこ に 若い 医 員 が つや を つれて は いって 来た 。 ||わかい|い|いん|||||||きた 葉子 は 手術 の したく が できた 事 を 見て取った 。 ようこ||しゅじゅつ|||||こと||みてとった 葉子 は 黙って 医 員 に ちょっと 挨拶 した まま 衣 紋 を つくろって すぐ 座 を 立った 。 ようこ||だまって|い|いん|||あいさつ|||ころも|もん||||ざ||たった それ に 続いて 部屋 を 出て 来た 岡 など は 全く 無視 した 態度 で 、 怪しげな 薄暗い 階子 段 を 降りて 、 これ も 暗い 廊下 を 四五 間 たどって 手術 室 の 前 まで 来た 。 ||つづいて|へや||でて|きた|おか|||まったく|むし||たいど||あやしげな|うすぐらい|はしご|だん||おりて|||くらい|ろうか||しご|あいだ||しゅじゅつ|しつ||ぜん||きた つや が 戸 の ハンドル を 回して それ を あける と 、 手術 室 から は さすが に まぶしい 豊かな 光線 が 廊下 の ほう に 流れて 来た 。 ||と||はんどる||まわして|||||しゅじゅつ|しつ||||||ゆたかな|こうせん||ろうか||||ながれて|きた そこ で 葉子 は 岡 の ほう に 始めて 振り返った 。 ||ようこ||おか||||はじめて|ふりかえった ・・

「 遠方 を わざわざ 御苦労さま 。 えんぽう|||ごくろうさま わたし は まだ あなた に 肌 を 御覧 に 入れる ほど の 莫連 者 に は なって いません から ……」・・ |||||はだ||ごらん||いれる|||ばくれん|もの||||いま せ ん| Because I haven't become a moron enough to let you see my skin yet..."

そう 小さな 声 で いって 悠々と 手術 室 に は いって 行った 。 |ちいさな|こえ|||ゆうゆうと|しゅじゅつ|しつ||||おこなった 岡 は もちろん 押し切って あと に ついて は 来 なかった 。 おか|||おしきって|||||らい| ・・

着物 を 脱ぐ 間 に 、 世話に 立った つや に 葉子 は こう ようやく に して いった 。 きもの||ぬぐ|あいだ||せわに|たった|||ようこ|||||| ・・

「 岡 さん が はいりたい と おっしゃって も 入れて は いけない よ 。 おか|||はいり たい||||いれて||| "Even if Oka-san wants to come in, you can't go in. それ から …… それ から ( ここ で 葉子 は 何 が なし に 涙ぐましく なった ) もし わたし が 囈言 の ような 事 でも いい かけたら 、 お前 に 一生 の お 願い だ から ね 、 わたし の 口 を …… 口 を 抑えて 殺して しまって おくれ 。 ||||||ようこ||なん||||なみだぐましく|||||うわごと|||こと||||おまえ||いっしょう|||ねがい||||||くち||くち||おさえて|ころして|| And then... then (here Yoko bursts into tears for no reason) If I were to say something like a whisper, I'd ask you for the rest of my life, so please open my mouth... …Keep your mouth shut and kill me. 頼む よ 。 たのむ| きっと ! 」・・

婦人 科 病院 の 事 とて 女 の 裸体 は 毎日 幾 人 と なく 扱い つけて いる くせ に 、 やはり 好 奇 な 目 を 向けて 葉子 を 見守って いる らしい 助手 たち に 、 葉子 はやせ さらば えた 自分 を さらけ出して 見せる の が 死ぬ より つらかった 。 ふじん|か|びょういん||こと||おんな||らたい||まいにち|いく|じん|||あつかい||||||よしみ|き||め||むけて|ようこ||みまもって|||じょしゅ|||ようこ||||じぶん||さらけだして|みせる|||しぬ|| At the gynecological hospital, she treats numerous nude women every day, but Yoko reveals herself, thin and thin, to her assistants, who seem to be watching over her with curious eyes. Death was more painful than dying. ふとした 出来心 から 岡 に 対して いった 言葉 が 、 葉子 の 頭 に は いつまでも こびり付いて 、 貞 世 は もう ほんとうに 死んで しまった もの の ように 思えて しかたがなかった 。 |できごころ||おか||たいして||ことば||ようこ||あたま||||こびりついて|さだ|よ||||しんで|||||おもえて| Those words she said to Oka on a whim stuck in Yoko's mind forever, and she couldn't help but think that Sadayo was really dead. 貞 世 が 死んで しまった のに 何 を 苦しんで 手術 を 受ける 事 が あろう 。 さだ|よ||しんで|||なん||くるしんで|しゅじゅつ||うける|こと|| そう 思わ ないで も なかった 。 |おもわ||| しかし 場合 が 場合 で こう なる より しかたがなかった 。 |ばあい||ばあい||||| ・・

まっ白 な 手術 衣 を 着た 医 員 や 看護 婦 に 囲まれて 、 やはり まっ白 な 手術 台 は 墓場 の ように 葉子 を 待って いた 。 まっしろ||しゅじゅつ|ころも||きた|い|いん||かんご|ふ||かこま れて||まっしろ||しゅじゅつ|だい||はかば|||ようこ||まって| そこ に 近づく と 葉子 は われ に も なく 急に おびえ が 出た 。 ||ちかづく||ようこ||||||きゅうに|||でた 思いきり 鋭利な メス で 手ぎわ よく 切り取って しまったら さぞ さっぱり する だろう と 思って いた 腰部 の 鈍痛 も 、 急に 痛み が 止まって しまって 、 からだ 全体 が しびれる ように しゃち こばって 冷や汗 が 額 に も 手 に もし とど に 流れた 。 おもいきり|えいりな|めす||てぎわ||きりとって|||||||おもって||ようぶ||どんつう||きゅうに|いたみ||とまって|||ぜんたい|||||こば って|ひやあせ||がく|||て|||||ながれた 葉子 は ただ 一 つ の 慰藉 の ように つや を 顧みた 。 ようこ|||ひと|||いせき|||||かえりみた Yoko looked at the luster as if it was a single consolation. その つや の 励ます ような 顔 を ただ 一 つ の たより に して 、 細かく 震え ながら 仰向け に 冷やっと する 手術 台 に 横たわった 。 |||はげます||かお|||ひと||||||こまかく|ふるえ||あおむけ||ひや っと||しゅじゅつ|だい||よこたわった ・・

医 員 の 一 人 が 白 布 の 口 あて を 口 から 鼻 の 上 に あてがった 。 い|いん||ひと|じん||しろ|ぬの||くち|||くち||はな||うえ|| それ だけ で 葉子 は もう 息 気 が つまる ほど の 思い を した 。 |||ようこ|||いき|き|||||おもい|| そのくせ 目 は 妙に さえて 目の前 に 見る 天井 板 の 細かい 木 理 まで が 動いて 走る ように ながめられた 。 |め||みょうに||めのまえ||みる|てんじょう|いた||こまかい|き|り|||うごいて|はしる||ながめ られた 神経 の 末梢 が 大 風 に あった ように ざ わざ わ と 小気味 わるく 騒ぎ 立った 。 しんけい||まっしょう||だい|かぜ||||||||こきび||さわぎ|たった 心臓 が 息 気 苦しい ほど 時々 働き を 止めた 。 しんぞう||いき|き|くるしい||ときどき|はたらき||とどめた ・・

やがて 芳 芬 の 激しい 薬 滴 が 布 の 上 に たらさ れた 。 |かおり|ふん||はげしい|くすり|しずく||ぬの||うえ||| 葉子 は 両手 の 脈 所 を 医 員 に 取ら れ ながら 、 その 香 い を 薄気味わるく かいだ 。 ようこ||りょうて||みゃく|しょ||い|いん||とら||||かおり|||うすきみわるく| While Yoko had her pulse on both hands taken by the doctor, she smelled the scent with an eerie feeling. ・・

「 ひと ー つ 」・・ |-|

執刀 者 が 鈍い 声 で こういった 。 しっとう|もの||にぶい|こえ|| The operator said in a dull voice. ・・

「 ひと ー つ 」・・ |-|

葉子 の それ に 応ずる 声 は 激しく 震えて いた 。 ようこ||||おうずる|こえ||はげしく|ふるえて| ・・

「 ふた ー つ 」・・ |-|

葉子 は 生命 の 尊 さ を しみじみ と 思い知った 。 ようこ||せいめい||とうと|||||おもいしった Yoko learned deeply about the preciousness of life. 死 もしくは 死 の 隣 へ まで の 不思議な 冒険 …… そう 思う と 血 は 凍る か と 疑わ れた 。 し||し||となり||||ふしぎな|ぼうけん||おもう||ち||こおる|||うたがわ| ・・

「 ふた ー つ 」・・ |-|

葉子 の 声 は ますます 震えた 。 ようこ||こえ|||ふるえた こうして 数 を 読んで 行く うち に 、 頭 の 中 が しんしんと 冴える ように なって 行った と 思う と 、 世の中 が ひとりでに 遠のく ように 思えた 。 |すう||よんで|いく|||あたま||なか|||さえる|||おこなった||おもう||よのなか|||とおのく||おもえた 葉子 は 我慢 が でき なかった 。 ようこ||がまん||| いきなり 右手 を 振り ほどいて 力任せに 口 の 所 を 掻 い 払った 。 |みぎて||ふり||ちからまかせに|くち||しょ||か||はらった しかし 医 員 の 力 は すぐ 葉子 の 自由 を 奪って しまった 。 |い|いん||ちから|||ようこ||じゆう||うばって| 葉子 は 確かに それ に あらがって いる つもりだった 。 ようこ||たしかに||||| ・・

「 倉地 が 生きて いる 間 ―― 死ぬ もの か 、…… どうしても もう 一 度 その 胸 に …… やめて ください 。 くらち||いきて||あいだ|しぬ|||||ひと|たび||むね||| "While Kurachi is alive--I'm going to die--I'm going to have to put it in your heart again--please don't do it. 狂気 で 死ぬ と も 殺さ れ たく は ない 。 きょうき||しぬ|||ころさ|||| やめて …… 人殺し 」・・ |ひとごろし

そう 思った の か いった の か 、 自分 ながら どっち と も 定め かね ながら 葉子 は もだえた 。 |おもった||||||じぶん|||||さだめ|||ようこ|| Whether she thought so or not, Yoko couldn't decide between the two. ・・

「 生きる 生きる …… 死ぬ の は いやだ …… 人殺し ! いきる|いきる|しぬ||||ひとごろし ……」・・

葉子 は 力 の あらん限り 戦った 、 医者 と も 薬 と も …… 運命 と も …… 葉子 は 永久 に 戦った 。 ようこ||ちから||あらんかぎり|たたかった|いしゃ|||くすり|||うんめい|||ようこ||えいきゅう||たたかった しかし 葉子 は 二十 も 数 を 読ま ない うち に 、 死んだ 者 同様に 意識 なく 医 員 ら の 目の前 に 横たわって いた のだ 。 |ようこ||にじゅう||すう||よま||||しんだ|もの|どうように|いしき||い|いん|||めのまえ||よこたわって||