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三姉妹探偵団 2 キャンパス篇, 三姉妹探偵団(2) Chapter 10 (1)

三姉妹探偵団(2) Chapter 10 (1)

10 珠美 の マネージャー

「 馬鹿だ わ 」

石原 茂子 が 、 息 を 吐き出し ながら 、 言った 。

「 そんな こと 言っちゃ いけない わ 」

と 、 綾子 は 、 茂子 の 肩 を 抱く ように して 、

「 好きな 人 の こと を 馬鹿 なんて 言う と 、 バチ が 当る わ 」

そば で 聞いて いて 、 夕 里子 は 思わず 吹き出し そうに なった 。

いや 、 もちろん 、 実際 に は 笑い 出し や し なかった のだ が 、 ともかく 姉 の 言う こと は 、 いつも ピント が ずれて いる のだ 。

でも 、 それでいて 、 言葉 に は 心 が こもって いる 。

だから 、 時として 、 あまりに その 場 に ふさわしい 言葉 より も 、 心 を 打つ こと が ある のである 。

── やがて 夜明け だった 。

大学 の 構内 の 木 で 首 を 吊 って いた 太田 を 救急 車 で 病院 へ 運び込み 、 そのまま 、 病院 で 夜 明 し して しまった 。

当直 の 医師 が 、 欠 伸し ながら 、 夕 里子 たち の 方 へ やって 来た 。

あまり ドラマチックな 緊迫 感 は ない 。

「 どう です ?

と 、 国友 が 言った 。

「 ああ 、 刑事 さん でした ね 」

と 、 医師 が 言った 。

「 何とか 命 は 取り止め そうです よ 」

ホッと した 空気 が 流れた 。

茂子 は 両手 で 顔 を 覆った 。

「 もう 少し 遅かったら 、 危なかった です ね 」

と 医師 は また 欠 伸 を して 、「 いや ── 失礼 、 ともかく ゆうべ は 急患 が 多くて 」

「 意識 は まだ ──」

「 そこ まで は とても ……。

二 、 三 日 は こんな 状態 でしょう ね 。 ま 、 後 は 専門 の 担当 医 に 訊 いて 下さい 」

「 分 り ました 」

と 、 国友 は 言った 。

「 では ……」

医師 は 、 また 欠 伸し ながら 、 歩いて 行った 。

「 よっぽど 疲れて る の ね 」

と 、 綾子 が 言った 。

「 でも 茂子 さん 、 良かった わ ね 」

「 ええ 。

── ご 心配 かけて すみません 」

茂子 は 、 みんな に 向 って 、 頭 を 下げた 。

国友 、 綾子 、 夕 里子 の 三 人 である 。

珠美 は 、 学校 が ある から と いう ので 、 夕 里子 が マンション へ 帰した のだった 。

「 じゃ 、 私 たち も 一 旦家 へ 帰り ま しょ 」

と 、 夕 里子 が 言った 。

「 国友 さん は どう する の ? 「 僕 かい ?

僕 は 大学 へ 戻ら ない と 。 肝心の 殺し の 方 は 放って 来た から ね 」

そう 言って 、 国友 も 欠 伸 を した 。

どうやら 、 医師 の 欠 伸 が 伝染 した らしい 。

「 私 、 ずっと そば に ついて い ます から 」

と 、 茂子 は 言った 。

「 そう ?

でも 、 少し 休ま なきゃ だめ よ 」

と 綾子 が 心配 そうに 言った 。

「 ええ 。

大丈夫 。 私 、 一 人 暮し です もの 。 どこ で だって 寝 られる わ 」

茂子 は 、 やっと 笑顔 を 見せた 。

「 いい じゃ ない か 」

国友 は 、 ちょっと 笑って 、「 疲れた んだ よ 」

「 それにしても 、 呑気 な んだ から 」

夕 里子 は 苦笑 した 。

パトカー に 同乗 して 、 マンション まで 送って もらう ところ である 。

外 は 少し 明るく なって 来て いた が 、 まだ 人通り は なかった 。

「 今日 は もう 十一 月 一 日 ね 」

と 、 夕 里子 が 、 ふと 気付いて 、「 あさって は 文化 祭 な んだ わ 」

「 波乱 含み だ ね 、 どうも 」

「 殺人 事件 が 二 つ も 起こっちゃ ね 」

と 、 夕 里子 は 首 を 振った 。

「 だけど 、 何だか スッキリ し ない わ 」

「 うん 。

── 僕 も 同感 だ 」

国友 が 肯 く 。

「 梨 山 教授 の 奥さん を 殺した の が 、 もし 本当に 石原 茂子 の 言う ように 、 太田 で なかった の なら 、 どうして 首 を 吊 ったり した んだろう ? 「 そこ が 問題 ね 」

夕 里子 は 、 ぐ た っと もた れて くる 姉 の 重 味 を 、 よい しょ 、 と 押し 返し ながら 、「 太田 さん に 、 何 か 死ぬ 理由 が あった と する と ……」

「 本当 は 彼 が 殺した の かも しれ ない 」

「 茂子 さん が 、 かばって る って こと ?

それ は そう ね 。 でも 、 ちょっと ピンと 来 ない なあ 」

「 どうして ?

「 だって 、 太田 さん って 、 割と 古風な タイプ じゃ ない ?

どっち か って いう と 、 自分 が 名乗り出て 、 罪 を かぶっちゃ う 方 だ と 思う わ 」

「 うん 、 それ は そう だ 」

「 だから ── 本当 は 茂子 さん が やった の を 、 太田 さん が 引き受けよう と して ……。

でも 、 それ も 変 ね 。 何も 首 を 吊る 必要 ない んだ から 」

夕 里子 は 、 姉 が もたれかかって 来る の を 押し戻す の は ついに 諦め 、 重 味 に 堪える こと に した 。

「 ただ 、 石原 茂子 の 話 も 、 本当 か どう か 、 まだ 分 ら ない さ 。

梨 山 教授 の 奥さん が 太田 に 熱 を 上げて た と いう の は ……」

「 あり そうな こと で は ある けど ね 」

と 夕 里子 は 言った 。

「 梨 山 教授 って の は 、 かなり 女 ぐ せ が 悪かった みたいだ もの 」

夕 里子 は 、 たまたま ホテル で 見かけた 裸 の 女の子 が 、 梨 山 の 膝 に チョコン と 乗っかって いた こと を 話して やった 。

「 呆れた もん だ な !

と 、 国友 は ため息 を ついて 、「 何 を し に 大学 へ 行って る んだろう ?

「 色々 いる の よ 。

あの 女の子 みたいな 人 も 、 お 姉さん みたいな 人 も ね 」

「── 何 か 言った ?

ヒョイ と 頭 を 上げて 、 綾子 が 訊 いた ので 、 夕 里子 は びっくり した 。

「 お 姉さん !

起きて た の ? 「 寝て る なんて 、 私 言わ ない わ よ 」

そりゃ 、 いちいち 断って から 寝る って もの で も ある まい 。

「 だって 、 もたれかかって 来る から 、 てっきり ……」

「 起きて る と 、 もたれかかっちゃ いけない の ?

「 そんな こと ない よ 」

「 じゃ 、 いい でしょ 。

疲れた の 」

と 、 綾子 は 、 深々と 息 を して 目 を つぶった 。

夕 里子 は 呆れて 何とも 言え なかった 。

「── それ に もう 一 つ の 疑問 は ね 」

と 、 国友 が 、 やっと 笑い を かみ殺して 、 言った 。

「 黒木 が 殺さ れた こと と 、 何 か 関係 が ある の か って こと でしょ ?

「 その 通り 。

── 黒木 と 、 梨 山 教授 夫人 。 どうにも つながり そうに ない けど ね 」

「 でも 、 何 か ある の よ 、 きっと 」

と 、 夕 里子 は 言った 。

「 そんな 、 たまたま 二 つ の 殺人 事件 が 、 同じ 大学 の 中 で 起る なんて 、 考え られ ない 」

「 同感 だ ね 。

── 今 の ところ 、 その 両者 を つないで いる の は 、 太田 と 、 石原 茂子 の 二 人 だ 」

「 そう ね 。

── でも 、 あの 二 人 が やった と したら 、 あんまり 単純に 過ぎ ない ? 「 現実 の 事件 なんて 、 単純な もん だ よ 。

大体 は 犯人 らしい 奴 が 犯人 だ 」

「 そういう 思い込み が 、 判断 を 誤ら せる の よ 」

と 、 夕 里子 は 手厳しい 。

「 いや 、 もちろん 、 まだ 隠さ れて いる 事情 が ある の かも しれ ない 。

その 点 は 充分に 調べる よ 」

国友 が あわてて 言った 。

「 よろしい 。

その 精神 を 忘れ ない ように 」

と 、 夕 里子 は 威張って 言った 。

それ から 、 二 人 して 吹き出す 。

パトカー を 運転 して いた 巡査 も 、 一緒に なって 笑い 出した 。

「 あら 、 そう だ わ 」

と 、 突然 、 綾子 が 目 を 開いて 、 言った 。

「 あの 子 、 何 を して た んだ ろ ? 「 お 姉さん 、── 急に 何 か 言い出す の やめて くれ ない ?

びっくり する じゃ ない の 」

「 突然 思い出した んだ から 、 仕方ない でしょ 」

と 、 綾子 は 平気な もの だ 。

「 あの 子 、 って 何の こと だい ?

と 国友 が 言った 。

「 ほら 、 膝 に のって た 子 よ 。

何て いった っけ 、── そうそう 、 梨 山 先生 の 」

「 ああ 、 あの 一 年生 の 子 ?

そりゃ 、 先生 に 甘えて 、 点 を よくして もらおう と して た んじゃ ない ? と 夕 里子 が 言う と 、 綾子 は 首 を 振って 、

「 そう じゃ ない の よ 。

あの 子 、 大学 から 出て 来た の 。 門 を 乗り越えて ね 」

「 乗り越えて ?

「 うん 。

でも 、 真似 したら 、 お 尻 打っちゃ った 。 あ 、 そう か 。 それ で お 尻 が 痛い んだ わ 。 どうして 痛い の か な 、 って ずっと 考えて た んだ 」

「 お 姉さん 、 いつ の 話 、 それ ?

「 夕 里子 も ね 、 夜中 に 大学 へ 入る とき は 、 門 を 乗り越え ない 方 が いい わ よ 」

「 夜中 って 言った わ ね 」

「 うん 。

だから 、 ほら 、 ゆうべ 、 茂子 さん に 呼び出さ れて 行った でしょ 。 その とき よ 」

夕 里子 と 国友 は 、 顔 を 見合わせた 。

「 じゃ 、 あの 一 年生 の 子 が 、 出て 来た わけ ?

「 そう よ 。

凄く 楽し そうだった 」

「 楽し そう ?

「 でも 、 いつも あんな 風 な の かも ね 。

── でも 、 夕 里子 、『 一 年生 の 子 』 なんて 言って 、 あんた より 年上 な の よ 。 多少 は 敬意 を 払い なさい 」

綾子 は 、 長 女らしく お 説教 を する と 、 また 目 を つぶって しまった 。

国友 は 、 少し ひげ の ざらつく 顎 を 撫でて 、

「 その 一 年生 の 子 に も 、 当って みる 必要 が ある な 」

と 言った 。

「 事件 の 起った ころ に 、 大学 に いた わけです もの ね 」

「 名前 は 梨 山 教授 に 訊 け ば 分 る だろう 。

── もしかすると ──」

と 、 国友 が 、 ハッと した ように 言った 。

「 そう よ 。

梨 山 教授 と 会って た の かも しれ ない わ ! 「 こいつ は 面白い ぞ 」

国友 も 眠気 が 覚めた ようだった 。

「 夕 里子 」

と 、 綾子 が 目 を 開けて 、 言った 。

「 なあ に ?

「 眠る から 、 着いたら 起こして 」

と 言う なり 、 綾子 は 寝息 を たて 始めた 。

「── もう 五 分 ぐらい で 着き ます が 、 どう し ます ?

と 、 運転 して いる 巡査 が 訊 いた 。

いや 、 時計 の 針 だけ 戻した って 仕方ない ので 、 要するに 三十 分 ほど 前 の こと である 。

マンション の 玄関 の チャイム が しつこく 鳴った 。

「── うるさい な 、 もう !

やっと 寝入った ばかりの ところ を 起こさ れて 、 珠美 は ブツクサ 言い ながら 、 玄関 へ 出て 来た 。

パジャマ に 薄い カーデガン を はおった 格好で 、 大 欠 伸し ながら 、 チェーン を 外す 。

「 お 帰り ──」

と 、 ドア を 開けて 、 目 を パチクリ さ せた 。

目の前 に 立って いる の は 、 どう 見て も 、 姉 で は なかった 。

だって 、 ともかく 男 だった のだ から 、 姉 である わけ が ない 。 いくら 夕 里子 が 男 まさり と いって も ……。

「 どなた です か ?

と 、 珠美 は 言った 。

「 姉さん 、 いる かい ?

やけに 、 ぞんざいな 口 を きく 男 だった 。

誰 だろう ?

どこ か で 見た ような 顔 だ 。

と いって も 、 こんな 夜中 に サングラス を かけて いる ので 、 よく 分 ら ない のだ が 。

「 姉 って 、 どっち のです か 」

「 二 人 いる の か 」

白い スーツ 上 下 、 紫色 の シャツ と いう 、 およそ まともで ない 格好 の その 男 は 言った 。

「 大学 に 行って る 方 だ 」

「 留守 です 。

── どっち も 留守 な んです けど ね 」

「 そう か 」

「 どちら 様 です か ?

男 は サングラス を パッと 外して 、 ニッ と 歯 を むき 出して 笑った 。

「 これ で 分 ったろう 」

「 歯 ミガキ の CM に 出て ました ?

男 は 顔 を しかめた 。

「 俺 は 神山 田 タカシ だ 」

珠美 だって 、 それ くらい 分 って いた のである 。

ただ 、 相手 の 気取り よう が おかしかった ので 、 からかって みた のだ 。

「 ああ 、 歌い手 の ?

「 シンガーソングライター と いって くれ 」

と 、 タカシ は 、 ちょっと 斜 に 構えて みせた 。

「 姉 に 何 かご 用 です か 」

「 ちょっと 話 が ある んだ 。

待た せて もらう ぜ 」

どうぞ 、 と も 言わ ない うち に 、 タカシ は 玄関 へ 入りこんで 来た 。

図 々 しい なあ 、 と 珠美 は 腹 が 立った が 、 一方 で は 、 やはり 好奇心 も ある 。

「 じゃ 、 どうぞ 」

と 、 神山 田 タカシ を 居間 へ 通した 。

「── 誰 も い ない の かい ?

ソファ に 、 だらしない 格好 で 座り込む と 、 タカシ が 言った 。

「 父 は 出張 中 で 」

「 お袋 さん は ?

「 もう 亡くなり ました 」

「 ふ ー ん 。

じゃ 、 三 人 姉妹 で 住んで る の か 、 ここ で 」

「 家族 調査 です か 」

と 、 珠美 は 言って やった 。

「 いや 、 ちょっと な ……」

タカシ は 、 曖昧に 言って 、「── お茶 でも 出 ない の か ?

「 高い です よ 」

と 、 珠美 は 言って 、 台所 へ 入って 行った 。

本当に 伝票 を 書いて 、 一 杯 三千 円 と か つけて 持って行ったら 、 どんな 顔 する かしら 、 など と 考え ながら 、 お 湯 の 沸く の を 待って いる と …… ふと 、 背後 に 人 の 気配 を 感じて 、 振り返った 。

すぐ 間近に 、 神山 田 タカシ が 立って いた 。

いきなり 珠美 に 、 後ろ から 抱きつく 。

「 何 する の よ !

と 、 珠美 は 叫んだ 。

「 可愛い ぜ 、 なあ 。

── 本当 は お前 の 姉さん が 目当て で 来た んだ けど ── その パジャマ 姿 に グッと 来 ち まったん だ ! 「 放して よ !

この 変態 ! 「 大 スター に 抱か れりゃ 、 友だち に 自慢 できる ぜ 」

暴れる 珠美 に 、 足 が もつれて 、 タカシ は よろけた 。

二 人 して 、 台所 の 床 に 倒れる 。

タカシ が 、 ワゴン の 足 に 頭 を ぶつけた 。

「 いて っ !

と 声 を 上げ 、 思わず 頭 へ 手 を やった 。

その 隙 に 、 エイッ と 肘 で タカシ の わき腹 を ついて 、 珠美 は 脱出 した 。

素早く 戸棚 の 扉 を 開け 、 包丁 を 抜き取って 身構える 。

三姉妹探偵団(2) Chapter 10 (1) みっ しまい たんてい だん|chapter 三姐妹侦探团(2)第10章(1)

10  珠美 の マネージャー たまみ||まねーじゃー 10 Tamami's Manager

「 馬鹿だ わ 」 ばかだ| "I'm an idiot."

石原 茂子 が 、 息 を 吐き出し ながら 、 言った 。 いしはら|しげこ||いき||はきだし||いった

「 そんな こと 言っちゃ いけない わ 」 ||いっちゃ||

と 、 綾子 は 、 茂子 の 肩 を 抱く ように して 、 |あやこ||しげこ||かた||いだく||

「 好きな 人 の こと を 馬鹿 なんて 言う と 、 バチ が 当る わ 」 すきな|じん||||ばか||いう||||あたる|

そば で 聞いて いて 、 夕 里子 は 思わず 吹き出し そうに なった 。 ||きいて||ゆう|さとご||おもわず|ふきだし|そう に|

いや 、 もちろん 、 実際 に は 笑い 出し や し なかった のだ が 、 ともかく 姉 の 言う こと は 、 いつも ピント が ずれて いる のだ 。 ||じっさい|||わらい|だし|||||||あね||いう||||ぴんと||||

でも 、 それでいて 、 言葉 に は 心 が こもって いる 。 ||ことば|||こころ|||

だから 、 時として 、 あまりに その 場 に ふさわしい 言葉 より も 、 心 を 打つ こと が ある のである 。 |ときとして|||じょう|||ことば|||こころ||うつ||||

── やがて 夜明け だった 。 |よあけ|

大学 の 構内 の 木 で 首 を 吊 って いた 太田 を 救急 車 で 病院 へ 運び込み 、 そのまま 、 病院 で 夜 明 し して しまった 。 だいがく||こうない||き||くび||つり|||おおた||きゅうきゅう|くるま||びょういん||はこびこみ||びょういん||よ|あき|||

当直 の 医師 が 、 欠 伸し ながら 、 夕 里子 たち の 方 へ やって 来た 。 とうちょく||いし||けつ|のし||ゆう|さとご|||かた|||きた

あまり ドラマチックな 緊迫 感 は ない 。 |どらまちっくな|きんぱく|かん||

「 どう です ?

と 、 国友 が 言った 。 |くにとも||いった

「 ああ 、 刑事 さん でした ね 」 |けいじ|||

と 、 医師 が 言った 。 |いし||いった

「 何とか 命 は 取り止め そうです よ 」 なんとか|いのち||とりとめ|そう です|

ホッと した 空気 が 流れた 。 ほっと||くうき||ながれた

茂子 は 両手 で 顔 を 覆った 。 しげこ||りょうて||かお||おおった

「 もう 少し 遅かったら 、 危なかった です ね 」 |すこし|おそかったら|あぶなかった||

と 医師 は また 欠 伸 を して 、「 いや ── 失礼 、 ともかく ゆうべ は 急患 が 多くて 」 |いし|||けつ|しん||||しつれい||||きゅうかん||おおくて

「 意識 は まだ ──」 いしき||

「 そこ まで は とても ……。

二 、 三 日 は こんな 状態 でしょう ね 。 ふた|みっ|ひ|||じょうたい|| ま 、 後 は 専門 の 担当 医 に 訊 いて 下さい 」 |あと||せんもん||たんとう|い||じん||ください

「 分 り ました 」 ぶん||

と 、 国友 は 言った 。 |くにとも||いった

「 では ……」

医師 は 、 また 欠 伸し ながら 、 歩いて 行った 。 いし|||けつ|のし||あるいて|おこなった

「 よっぽど 疲れて る の ね 」 |つかれて|||

と 、 綾子 が 言った 。 |あやこ||いった

「 でも 茂子 さん 、 良かった わ ね 」 |しげこ||よかった||

「 ええ 。

── ご 心配 かけて すみません 」 |しんぱい||

茂子 は 、 みんな に 向 って 、 頭 を 下げた 。 しげこ||||むかい||あたま||さげた

国友 、 綾子 、 夕 里子 の 三 人 である 。 くにとも|あやこ|ゆう|さとご||みっ|じん|

珠美 は 、 学校 が ある から と いう ので 、 夕 里子 が マンション へ 帰した のだった 。 たまみ||がっこう|||||||ゆう|さとご||まんしょん||きした|

「 じゃ 、 私 たち も 一 旦家 へ 帰り ま しょ 」 |わたくし|||ひと|たんいえ||かえり||

と 、 夕 里子 が 言った 。 |ゆう|さとご||いった

「 国友 さん は どう する の ? くにとも||||| 「 僕 かい ? ぼく|

僕 は 大学 へ 戻ら ない と 。 ぼく||だいがく||もどら|| 肝心の 殺し の 方 は 放って 来た から ね 」 かんじんの|ころし||かた||はなって|きた||

そう 言って 、 国友 も 欠 伸 を した 。 |いって|くにとも||けつ|しん||

どうやら 、 医師 の 欠 伸 が 伝染 した らしい 。 |いし||けつ|しん||でんせん||

「 私 、 ずっと そば に ついて い ます から 」 わたくし|||||||

と 、 茂子 は 言った 。 |しげこ||いった

「 そう ?

でも 、 少し 休ま なきゃ だめ よ 」 |すこし|やすま|||

と 綾子 が 心配 そうに 言った 。 |あやこ||しんぱい|そう に|いった

「 ええ 。

大丈夫 。 だいじょうぶ 私 、 一 人 暮し です もの 。 わたくし|ひと|じん|くらし|| どこ で だって 寝 られる わ 」 |||ね||

茂子 は 、 やっと 笑顔 を 見せた 。 しげこ|||えがお||みせた

「 いい じゃ ない か 」

国友 は 、 ちょっと 笑って 、「 疲れた んだ よ 」 くにとも|||わらって|つかれた||

「 それにしても 、 呑気 な んだ から 」 |のんき|||

夕 里子 は 苦笑 した 。 ゆう|さとご||くしょう|

パトカー に 同乗 して 、 マンション まで 送って もらう ところ である 。 ぱとかー||どうじょう||まんしょん||おくって|||

外 は 少し 明るく なって 来て いた が 、 まだ 人通り は なかった 。 がい||すこし|あかるく||きて||||ひとどおり||

「 今日 は もう 十一 月 一 日 ね 」 きょう|||じゅういち|つき|ひと|ひ|

と 、 夕 里子 が 、 ふと 気付いて 、「 あさって は 文化 祭 な んだ わ 」 |ゆう|さとご|||きづいて|||ぶんか|さい|||

「 波乱 含み だ ね 、 どうも 」 はらん|ふくみ|||

「 殺人 事件 が 二 つ も 起こっちゃ ね 」 さつじん|じけん||ふた|||おこっちゃ|

と 、 夕 里子 は 首 を 振った 。 |ゆう|さとご||くび||ふった

「 だけど 、 何だか スッキリ し ない わ 」 |なんだか|すっきり|||

「 うん 。

── 僕 も 同感 だ 」 ぼく||どうかん|

国友 が 肯 く 。 くにとも||こう|

「 梨 山 教授 の 奥さん を 殺した の が 、 もし 本当に 石原 茂子 の 言う ように 、 太田 で なかった の なら 、 どうして 首 を 吊 ったり した んだろう ? なし|やま|きょうじゅ||おくさん||ころした||||ほんとうに|いしはら|しげこ||いう||おおた||||||くび||つり||| 「 そこ が 問題 ね 」 ||もんだい|

夕 里子 は 、 ぐ た っと もた れて くる 姉 の 重 味 を 、 よい しょ 、 と 押し 返し ながら 、「 太田 さん に 、 何 か 死ぬ 理由 が あった と する と ……」 ゆう|さとご||||||||あね||おも|あじ|||||おし|かえし||おおた|||なん||しぬ|りゆう|||||

「 本当 は 彼 が 殺した の かも しれ ない 」 ほんとう||かれ||ころした||||

「 茂子 さん が 、 かばって る って こと ? しげこ||||||

それ は そう ね 。 でも 、 ちょっと ピンと 来 ない なあ 」 ||ぴんと|らい||

「 どうして ?

「 だって 、 太田 さん って 、 割と 古風な タイプ じゃ ない ? |おおた|||わりと|こふうな|たいぷ||

どっち か って いう と 、 自分 が 名乗り出て 、 罪 を かぶっちゃ う 方 だ と 思う わ 」 |||||じぶん||なのりでて|ざい||||かた|||おもう|

「 うん 、 それ は そう だ 」

「 だから ── 本当 は 茂子 さん が やった の を 、 太田 さん が 引き受けよう と して ……。 |ほんとう||しげこ||||||おおた|||ひきうけよう||

でも 、 それ も 変 ね 。 |||へん| 何も 首 を 吊る 必要 ない んだ から 」 なにも|くび||つる|ひつよう|||

夕 里子 は 、 姉 が もたれかかって 来る の を 押し戻す の は ついに 諦め 、 重 味 に 堪える こと に した 。 ゆう|さとご||あね|||くる|||おしもどす||||あきらめ|おも|あじ||こらえる|||

「 ただ 、 石原 茂子 の 話 も 、 本当 か どう か 、 まだ 分 ら ない さ 。 |いしはら|しげこ||はなし||ほんとう|||||ぶん|||

梨 山 教授 の 奥さん が 太田 に 熱 を 上げて た と いう の は ……」 なし|やま|きょうじゅ||おくさん||おおた||ねつ||あげて|||||

「 あり そうな こと で は ある けど ね 」 |そう な||||||

と 夕 里子 は 言った 。 |ゆう|さとご||いった

「 梨 山 教授 って の は 、 かなり 女 ぐ せ が 悪かった みたいだ もの 」 なし|やま|きょうじゅ|||||おんな||||わるかった|| "Professor Pearson seems to have been pretty female"

夕 里子 は 、 たまたま ホテル で 見かけた 裸 の 女の子 が 、 梨 山 の 膝 に チョコン と 乗っかって いた こと を 話して やった 。 ゆう|さとご|||ほてる||みかけた|はだか||おんなのこ||なし|やま||ひざ||||のっかって||||はなして|

「 呆れた もん だ な ! あきれた|||

と 、 国友 は ため息 を ついて 、「 何 を し に 大学 へ 行って る んだろう ? |くにとも||ためいき|||なん||||だいがく||おこなって||

「 色々 いる の よ 。 いろいろ|||

あの 女の子 みたいな 人 も 、 お 姉さん みたいな 人 も ね 」 |おんなのこ||じん|||ねえさん||じん||

「── 何 か 言った ? なん||いった

ヒョイ と 頭 を 上げて 、 綾子 が 訊 いた ので 、 夕 里子 は びっくり した 。 ||あたま||あげて|あやこ||じん|||ゆう|さとご|||

「 お 姉さん ! |ねえさん

起きて た の ? おきて|| 「 寝て る なんて 、 私 言わ ない わ よ 」 ねて|||わたくし|いわ|||

そりゃ 、 いちいち 断って から 寝る って もの で も ある まい 。 ||たって||ねる||||||

「 だって 、 もたれかかって 来る から 、 てっきり ……」 ||くる||

「 起きて る と 、 もたれかかっちゃ いけない の ? おきて|||||

「 そんな こと ない よ 」

「 じゃ 、 いい でしょ 。

疲れた の 」 つかれた|

と 、 綾子 は 、 深々と 息 を して 目 を つぶった 。 |あやこ||しんしんと|いき|||め||

夕 里子 は 呆れて 何とも 言え なかった 。 ゆう|さとご||あきれて|なんとも|いえ|

「── それ に もう 一 つ の 疑問 は ね 」 |||ひと|||ぎもん||

と 、 国友 が 、 やっと 笑い を かみ殺して 、 言った 。 |くにとも|||わらい||かみころして|いった

「 黒木 が 殺さ れた こと と 、 何 か 関係 が ある の か って こと でしょ ? くろき||ころさ||||なん||かんけい|||||||

「 その 通り 。 |とおり

── 黒木 と 、 梨 山 教授 夫人 。 くろき||なし|やま|きょうじゅ|ふじん どうにも つながり そうに ない けど ね 」 ||そう に|||

「 でも 、 何 か ある の よ 、 きっと 」 |なん|||||

と 、 夕 里子 は 言った 。 |ゆう|さとご||いった

「 そんな 、 たまたま 二 つ の 殺人 事件 が 、 同じ 大学 の 中 で 起る なんて 、 考え られ ない 」 ||ふた|||さつじん|じけん||おなじ|だいがく||なか||おこる||かんがえ||

「 同感 だ ね 。 どうかん||

── 今 の ところ 、 その 両者 を つないで いる の は 、 太田 と 、 石原 茂子 の 二 人 だ 」 いま||||りょうしゃ||||||おおた||いしはら|しげこ||ふた|じん|

「 そう ね 。

── でも 、 あの 二 人 が やった と したら 、 あんまり 単純に 過ぎ ない ? ||ふた|じん||||||たんじゅんに|すぎ| 「 現実 の 事件 なんて 、 単純な もん だ よ 。 げんじつ||じけん||たんじゅんな|||

大体 は 犯人 らしい 奴 が 犯人 だ 」 だいたい||はんにん||やつ||はんにん|

「 そういう 思い込み が 、 判断 を 誤ら せる の よ 」 |おもいこみ||はんだん||あやまら|||

と 、 夕 里子 は 手厳しい 。 |ゆう|さとご||てきびしい

「 いや 、 もちろん 、 まだ 隠さ れて いる 事情 が ある の かも しれ ない 。 |||かくさ|||じじょう||||||

その 点 は 充分に 調べる よ 」 |てん||じゅうぶんに|しらべる|

国友 が あわてて 言った 。 くにとも|||いった

「 よろしい 。

その 精神 を 忘れ ない ように 」 |せいしん||わすれ||

と 、 夕 里子 は 威張って 言った 。 |ゆう|さとご||いばって|いった

それ から 、 二 人 して 吹き出す 。 ||ふた|じん||ふきだす

パトカー を 運転 して いた 巡査 も 、 一緒に なって 笑い 出した 。 ぱとかー||うんてん|||じゅんさ||いっしょに||わらい|だした

「 あら 、 そう だ わ 」

と 、 突然 、 綾子 が 目 を 開いて 、 言った 。 |とつぜん|あやこ||め||あいて|いった

「 あの 子 、 何 を して た んだ ろ ? |こ|なん||||| 「 お 姉さん 、── 急に 何 か 言い出す の やめて くれ ない ? |ねえさん|きゅうに|なん||いいだす||||

びっくり する じゃ ない の 」

「 突然 思い出した んだ から 、 仕方ない でしょ 」 とつぜん|おもいだした|||しかたない|

と 、 綾子 は 平気な もの だ 。 |あやこ||へいきな||

「 あの 子 、 って 何の こと だい ? |こ||なんの||

と 国友 が 言った 。 |くにとも||いった

「 ほら 、 膝 に のって た 子 よ 。 |ひざ||||こ|

何て いった っけ 、── そうそう 、 梨 山 先生 の 」 なんて|||そう そう|なし|やま|せんせい|

「 ああ 、 あの 一 年生 の 子 ? ||ひと|ねんせい||こ

そりゃ 、 先生 に 甘えて 、 点 を よくして もらおう と して た んじゃ ない ? |せんせい||あまえて|てん||よく して|||||| と 夕 里子 が 言う と 、 綾子 は 首 を 振って 、 |ゆう|さとご||いう||あやこ||くび||ふって

「 そう じゃ ない の よ 。

あの 子 、 大学 から 出て 来た の 。 |こ|だいがく||でて|きた| 門 を 乗り越えて ね 」 もん||のりこえて|

「 乗り越えて ? のりこえて

「 うん 。

でも 、 真似 したら 、 お 尻 打っちゃ った 。 |まね|||しり|うっちゃ| あ 、 そう か 。 それ で お 尻 が 痛い んだ わ 。 |||しり||いたい|| どうして 痛い の か な 、 って ずっと 考えて た んだ 」 |いたい||||||かんがえて||

「 お 姉さん 、 いつ の 話 、 それ ? |ねえさん|||はなし|

「 夕 里子 も ね 、 夜中 に 大学 へ 入る とき は 、 門 を 乗り越え ない 方 が いい わ よ 」 ゆう|さとご|||よなか||だいがく||はいる|||もん||のりこえ||かた||||

「 夜中 って 言った わ ね 」 よなか||いった||

「 うん 。

だから 、 ほら 、 ゆうべ 、 茂子 さん に 呼び出さ れて 行った でしょ 。 |||しげこ|||よびださ||おこなった| その とき よ 」

夕 里子 と 国友 は 、 顔 を 見合わせた 。 ゆう|さとご||くにとも||かお||みあわせた

「 じゃ 、 あの 一 年生 の 子 が 、 出て 来た わけ ? ||ひと|ねんせい||こ||でて|きた|

「 そう よ 。

凄く 楽し そうだった 」 すごく|たのし|そう だった

「 楽し そう ? たのし|

「 でも 、 いつも あんな 風 な の かも ね 。 |||かぜ||||

── でも 、 夕 里子 、『 一 年生 の 子 』 なんて 言って 、 あんた より 年上 な の よ 。 |ゆう|さとご|ひと|ねんせい||こ||いって|||としうえ||| 多少 は 敬意 を 払い なさい 」 たしょう||けいい||はらい|

綾子 は 、 長 女らしく お 説教 を する と 、 また 目 を つぶって しまった 。 あやこ||ちょう|おんならしく||せっきょう|||||め|||

国友 は 、 少し ひげ の ざらつく 顎 を 撫でて 、 くにとも||すこし||||あご||なでて

「 その 一 年生 の 子 に も 、 当って みる 必要 が ある な 」 |ひと|ねんせい||こ|||あたって||ひつよう|||

と 言った 。 |いった

「 事件 の 起った ころ に 、 大学 に いた わけです もの ね 」 じけん||おこった|||だいがく|||||

「 名前 は 梨 山 教授 に 訊 け ば 分 る だろう 。 なまえ||なし|やま|きょうじゅ||じん|||ぶん||

── もしかすると ──」

と 、 国友 が 、 ハッと した ように 言った 。 |くにとも||はっと|||いった

「 そう よ 。

梨 山 教授 と 会って た の かも しれ ない わ ! なし|やま|きょうじゅ||あって|||||| 「 こいつ は 面白い ぞ 」 ||おもしろい|

国友 も 眠気 が 覚めた ようだった 。 くにとも||ねむけ||さめた|

「 夕 里子 」 ゆう|さとご

と 、 綾子 が 目 を 開けて 、 言った 。 |あやこ||め||あけて|いった

「 なあ に ?

「 眠る から 、 着いたら 起こして 」 ねむる||ついたら|おこして

と 言う なり 、 綾子 は 寝息 を たて 始めた 。 |いう||あやこ||ねいき|||はじめた

「── もう 五 分 ぐらい で 着き ます が 、 どう し ます ? |いつ|ぶん|||つき|||||

と 、 運転 して いる 巡査 が 訊 いた 。 |うんてん|||じゅんさ||じん|

いや 、 時計 の 針 だけ 戻した って 仕方ない ので 、 要するに 三十 分 ほど 前 の こと である 。 |とけい||はり||もどした||しかたない||ようするに|さんじゅう|ぶん||ぜん|||

マンション の 玄関 の チャイム が しつこく 鳴った 。 まんしょん||げんかん||ちゃいむ|||なった

「── うるさい な 、 もう !

やっと 寝入った ばかりの ところ を 起こさ れて 、 珠美 は ブツクサ 言い ながら 、 玄関 へ 出て 来た 。 |ねいった||||おこさ||たまみ|||いい||げんかん||でて|きた

パジャマ に 薄い カーデガン を はおった 格好で 、 大 欠 伸し ながら 、 チェーン を 外す 。 ぱじゃま||うすい||||かっこうで|だい|けつ|のし||ちぇーん||はずす

「 お 帰り ──」 |かえり

と 、 ドア を 開けて 、 目 を パチクリ さ せた 。 |どあ||あけて|め||||

目の前 に 立って いる の は 、 どう 見て も 、 姉 で は なかった 。 めのまえ||たって|||||みて||あね|||

だって 、 ともかく 男 だった のだ から 、 姉 である わけ が ない 。 ||おとこ||||あね|||| いくら 夕 里子 が 男 まさり と いって も ……。 |ゆう|さとご||おとこ||||

「 どなた です か ?

と 、 珠美 は 言った 。 |たまみ||いった

「 姉さん 、 いる かい ? ねえさん||

やけに 、 ぞんざいな 口 を きく 男 だった 。 ||くち|||おとこ|

誰 だろう ? だれ|

どこ か で 見た ような 顔 だ 。 |||みた||かお|

と いって も 、 こんな 夜中 に サングラス を かけて いる ので 、 よく 分 ら ない のだ が 。 ||||よなか||さんぐらす||||||ぶん||||

「 姉 って 、 どっち のです か 」 あね||||

「 二 人 いる の か 」 ふた|じん|||

白い スーツ 上 下 、 紫色 の シャツ と いう 、 およそ まともで ない 格好 の その 男 は 言った 。 しろい|すーつ|うえ|した|むらさきいろ||しゃつ||||||かっこう|||おとこ||いった

「 大学 に 行って る 方 だ 」 だいがく||おこなって||かた|

「 留守 です 。 るす|

── どっち も 留守 な んです けど ね 」 ||るす||||

「 そう か 」

「 どちら 様 です か ? |さま||

男 は サングラス を パッと 外して 、 ニッ と 歯 を むき 出して 笑った 。 おとこ||さんぐらす||ぱっと|はずして|||は|||だして|わらった

「 これ で 分 ったろう 」 ||ぶん|

「 歯 ミガキ の CM に 出て ました ? は|||cm||でて|

男 は 顔 を しかめた 。 おとこ||かお||

「 俺 は 神山 田 タカシ だ 」 おれ||かみやま|た|たかし|

珠美 だって 、 それ くらい 分 って いた のである 。 たまみ||||ぶん|||

ただ 、 相手 の 気取り よう が おかしかった ので 、 からかって みた のだ 。 |あいて||きどり|||||||

「 ああ 、 歌い手 の ? |うたいて|

「 シンガーソングライター と いって くれ 」

と 、 タカシ は 、 ちょっと 斜 に 構えて みせた 。 |たかし|||しゃ||かまえて|

「 姉 に 何 かご 用 です か 」 あね||なん||よう||

「 ちょっと 話 が ある んだ 。 |はなし|||

待た せて もらう ぜ 」 また|||

どうぞ 、 と も 言わ ない うち に 、 タカシ は 玄関 へ 入りこんで 来た 。 |||いわ||||たかし||げんかん||はいりこんで|きた

図 々 しい なあ 、 と 珠美 は 腹 が 立った が 、 一方 で は 、 やはり 好奇心 も ある 。 ず|||||たまみ||はら||たった||いっぽう||||こうきしん||

「 じゃ 、 どうぞ 」

と 、 神山 田 タカシ を 居間 へ 通した 。 |かみやま|た|たかし||いま||とおした

「── 誰 も い ない の かい ? だれ|||||

ソファ に 、 だらしない 格好 で 座り込む と 、 タカシ が 言った 。 |||かっこう||すわりこむ||たかし||いった

「 父 は 出張 中 で 」 ちち||しゅっちょう|なか|

「 お袋 さん は ? おふくろ||

「 もう 亡くなり ました 」 |なくなり|

「 ふ ー ん 。 |-|

じゃ 、 三 人 姉妹 で 住んで る の か 、 ここ で 」 |みっ|じん|しまい||すんで|||||

「 家族 調査 です か 」 かぞく|ちょうさ||

と 、 珠美 は 言って やった 。 |たまみ||いって|

「 いや 、 ちょっと な ……」

タカシ は 、 曖昧に 言って 、「── お茶 でも 出 ない の か ? たかし||あいまいに|いって|おちゃ||だ|||

「 高い です よ 」 たかい||

と 、 珠美 は 言って 、 台所 へ 入って 行った 。 |たまみ||いって|だいどころ||はいって|おこなった

本当に 伝票 を 書いて 、 一 杯 三千 円 と か つけて 持って行ったら 、 どんな 顔 する かしら 、 など と 考え ながら 、 お 湯 の 沸く の を 待って いる と …… ふと 、 背後 に 人 の 気配 を 感じて 、 振り返った 。 ほんとうに|でんぴょう||かいて|ひと|さかずき|さんせん|えん||||もっていったら||かお|||||かんがえ|||ゆ||わく|||まって||||はいご||じん||けはい||かんじて|ふりかえった

すぐ 間近に 、 神山 田 タカシ が 立って いた 。 |まぢかに|かみやま|た|たかし||たって|

いきなり 珠美 に 、 後ろ から 抱きつく 。 |たまみ||うしろ||だきつく

「 何 する の よ ! なん|||

と 、 珠美 は 叫んだ 。 |たまみ||さけんだ

「 可愛い ぜ 、 なあ 。 かわいい||

── 本当 は お前 の 姉さん が 目当て で 来た んだ けど ── その パジャマ 姿 に グッと 来 ち まったん だ ! ほんとう||おまえ||ねえさん||めあて||きた||||ぱじゃま|すがた||ぐっと|らい||| 「 放して よ ! はなして|

この 変態 ! |へんたい 「 大 スター に 抱か れりゃ 、 友だち に 自慢 できる ぜ 」 だい|すたー||いだか||ともだち||じまん||

暴れる 珠美 に 、 足 が もつれて 、 タカシ は よろけた 。 あばれる|たまみ||あし|||たかし||

二 人 して 、 台所 の 床 に 倒れる 。 ふた|じん||だいどころ||とこ||たおれる

タカシ が 、 ワゴン の 足 に 頭 を ぶつけた 。 たかし||わごん||あし||あたま||

「 いて っ !

と 声 を 上げ 、 思わず 頭 へ 手 を やった 。 |こえ||あげ|おもわず|あたま||て||

その 隙 に 、 エイッ と 肘 で タカシ の わき腹 を ついて 、 珠美 は 脱出 した 。 |すき||||ひじ||たかし||わきばら|||たまみ||だっしゅつ|

素早く 戸棚 の 扉 を 開け 、 包丁 を 抜き取って 身構える 。 すばやく|とだな||とびら||あけ|ほうちょう||ぬきとって|みがまえる