三姉妹探偵団(2) Chapter 10 (1)
10 珠美 の マネージャー
「 馬鹿だ わ 」
石原 茂子 が 、 息 を 吐き出し ながら 、 言った 。
「 そんな こと 言っちゃ いけない わ 」
と 、 綾子 は 、 茂子 の 肩 を 抱く ように して 、
「 好きな 人 の こと を 馬鹿 なんて 言う と 、 バチ が 当る わ 」
そば で 聞いて いて 、 夕 里子 は 思わず 吹き出し そうに なった 。
いや 、 もちろん 、 実際 に は 笑い 出し や し なかった のだ が 、 ともかく 姉 の 言う こと は 、 いつも ピント が ずれて いる のだ 。
でも 、 それでいて 、 言葉 に は 心 が こもって いる 。
だから 、 時として 、 あまりに その 場 に ふさわしい 言葉 より も 、 心 を 打つ こと が ある のである 。
── やがて 夜明け だった 。
大学 の 構内 の 木 で 首 を 吊 って いた 太田 を 救急 車 で 病院 へ 運び込み 、 そのまま 、 病院 で 夜 明 し して しまった 。
当直 の 医師 が 、 欠 伸し ながら 、 夕 里子 たち の 方 へ やって 来た 。
あまり ドラマチックな 緊迫 感 は ない 。
「 どう です ?
と 、 国友 が 言った 。
「 ああ 、 刑事 さん でした ね 」
と 、 医師 が 言った 。
「 何とか 命 は 取り止め そうです よ 」
ホッと した 空気 が 流れた 。
茂子 は 両手 で 顔 を 覆った 。
「 もう 少し 遅かったら 、 危なかった です ね 」
と 医師 は また 欠 伸 を して 、「 いや ── 失礼 、 ともかく ゆうべ は 急患 が 多くて 」
「 意識 は まだ ──」
「 そこ まで は とても ……。
二 、 三 日 は こんな 状態 でしょう ね 。 ま 、 後 は 専門 の 担当 医 に 訊 いて 下さい 」
「 分 り ました 」
と 、 国友 は 言った 。
「 では ……」
医師 は 、 また 欠 伸し ながら 、 歩いて 行った 。
「 よっぽど 疲れて る の ね 」
と 、 綾子 が 言った 。
「 でも 茂子 さん 、 良かった わ ね 」
「 ええ 。
── ご 心配 かけて すみません 」
茂子 は 、 みんな に 向 って 、 頭 を 下げた 。
国友 、 綾子 、 夕 里子 の 三 人 である 。
珠美 は 、 学校 が ある から と いう ので 、 夕 里子 が マンション へ 帰した のだった 。
「 じゃ 、 私 たち も 一 旦家 へ 帰り ま しょ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 国友 さん は どう する の ? 「 僕 かい ?
僕 は 大学 へ 戻ら ない と 。 肝心の 殺し の 方 は 放って 来た から ね 」
そう 言って 、 国友 も 欠 伸 を した 。
どうやら 、 医師 の 欠 伸 が 伝染 した らしい 。
「 私 、 ずっと そば に ついて い ます から 」
と 、 茂子 は 言った 。
「 そう ?
でも 、 少し 休ま なきゃ だめ よ 」
と 綾子 が 心配 そうに 言った 。
「 ええ 。
大丈夫 。 私 、 一 人 暮し です もの 。 どこ で だって 寝 られる わ 」
茂子 は 、 やっと 笑顔 を 見せた 。
「 いい じゃ ない か 」
国友 は 、 ちょっと 笑って 、「 疲れた んだ よ 」
「 それにしても 、 呑気 な んだ から 」
夕 里子 は 苦笑 した 。
パトカー に 同乗 して 、 マンション まで 送って もらう ところ である 。
外 は 少し 明るく なって 来て いた が 、 まだ 人通り は なかった 。
「 今日 は もう 十一 月 一 日 ね 」
と 、 夕 里子 が 、 ふと 気付いて 、「 あさって は 文化 祭 な んだ わ 」
「 波乱 含み だ ね 、 どうも 」
「 殺人 事件 が 二 つ も 起こっちゃ ね 」
と 、 夕 里子 は 首 を 振った 。
「 だけど 、 何だか スッキリ し ない わ 」
「 うん 。
── 僕 も 同感 だ 」
国友 が 肯 く 。
「 梨 山 教授 の 奥さん を 殺した の が 、 もし 本当に 石原 茂子 の 言う ように 、 太田 で なかった の なら 、 どうして 首 を 吊 ったり した んだろう ? 「 そこ が 問題 ね 」
夕 里子 は 、 ぐ た っと もた れて くる 姉 の 重 味 を 、 よい しょ 、 と 押し 返し ながら 、「 太田 さん に 、 何 か 死ぬ 理由 が あった と する と ……」
「 本当 は 彼 が 殺した の かも しれ ない 」
「 茂子 さん が 、 かばって る って こと ?
それ は そう ね 。 でも 、 ちょっと ピンと 来 ない なあ 」
「 どうして ?
「 だって 、 太田 さん って 、 割と 古風な タイプ じゃ ない ?
どっち か って いう と 、 自分 が 名乗り出て 、 罪 を かぶっちゃ う 方 だ と 思う わ 」
「 うん 、 それ は そう だ 」
「 だから ── 本当 は 茂子 さん が やった の を 、 太田 さん が 引き受けよう と して ……。
でも 、 それ も 変 ね 。 何も 首 を 吊る 必要 ない んだ から 」
夕 里子 は 、 姉 が もたれかかって 来る の を 押し戻す の は ついに 諦め 、 重 味 に 堪える こと に した 。
「 ただ 、 石原 茂子 の 話 も 、 本当 か どう か 、 まだ 分 ら ない さ 。
梨 山 教授 の 奥さん が 太田 に 熱 を 上げて た と いう の は ……」
「 あり そうな こと で は ある けど ね 」
と 夕 里子 は 言った 。
「 梨 山 教授 って の は 、 かなり 女 ぐ せ が 悪かった みたいだ もの 」
夕 里子 は 、 たまたま ホテル で 見かけた 裸 の 女の子 が 、 梨 山 の 膝 に チョコン と 乗っかって いた こと を 話して やった 。
「 呆れた もん だ な !
と 、 国友 は ため息 を ついて 、「 何 を し に 大学 へ 行って る んだろう ?
「 色々 いる の よ 。
あの 女の子 みたいな 人 も 、 お 姉さん みたいな 人 も ね 」
「── 何 か 言った ?
ヒョイ と 頭 を 上げて 、 綾子 が 訊 いた ので 、 夕 里子 は びっくり した 。
「 お 姉さん !
起きて た の ? 「 寝て る なんて 、 私 言わ ない わ よ 」
そりゃ 、 いちいち 断って から 寝る って もの で も ある まい 。
「 だって 、 もたれかかって 来る から 、 てっきり ……」
「 起きて る と 、 もたれかかっちゃ いけない の ?
「 そんな こと ない よ 」
「 じゃ 、 いい でしょ 。
疲れた の 」
と 、 綾子 は 、 深々と 息 を して 目 を つぶった 。
夕 里子 は 呆れて 何とも 言え なかった 。
「── それ に もう 一 つ の 疑問 は ね 」
と 、 国友 が 、 やっと 笑い を かみ殺して 、 言った 。
「 黒木 が 殺さ れた こと と 、 何 か 関係 が ある の か って こと でしょ ?
「 その 通り 。
── 黒木 と 、 梨 山 教授 夫人 。 どうにも つながり そうに ない けど ね 」
「 でも 、 何 か ある の よ 、 きっと 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 そんな 、 たまたま 二 つ の 殺人 事件 が 、 同じ 大学 の 中 で 起る なんて 、 考え られ ない 」
「 同感 だ ね 。
── 今 の ところ 、 その 両者 を つないで いる の は 、 太田 と 、 石原 茂子 の 二 人 だ 」
「 そう ね 。
── でも 、 あの 二 人 が やった と したら 、 あんまり 単純に 過ぎ ない ? 「 現実 の 事件 なんて 、 単純な もん だ よ 。
大体 は 犯人 らしい 奴 が 犯人 だ 」
「 そういう 思い込み が 、 判断 を 誤ら せる の よ 」
と 、 夕 里子 は 手厳しい 。
「 いや 、 もちろん 、 まだ 隠さ れて いる 事情 が ある の かも しれ ない 。
その 点 は 充分に 調べる よ 」
国友 が あわてて 言った 。
「 よろしい 。
その 精神 を 忘れ ない ように 」
と 、 夕 里子 は 威張って 言った 。
それ から 、 二 人 して 吹き出す 。
パトカー を 運転 して いた 巡査 も 、 一緒に なって 笑い 出した 。
「 あら 、 そう だ わ 」
と 、 突然 、 綾子 が 目 を 開いて 、 言った 。
「 あの 子 、 何 を して た んだ ろ ? 「 お 姉さん 、── 急に 何 か 言い出す の やめて くれ ない ?
びっくり する じゃ ない の 」
「 突然 思い出した んだ から 、 仕方ない でしょ 」
と 、 綾子 は 平気な もの だ 。
「 あの 子 、 って 何の こと だい ?
と 国友 が 言った 。
「 ほら 、 膝 に のって た 子 よ 。
何て いった っけ 、── そうそう 、 梨 山 先生 の 」
「 ああ 、 あの 一 年生 の 子 ?
そりゃ 、 先生 に 甘えて 、 点 を よくして もらおう と して た んじゃ ない ? と 夕 里子 が 言う と 、 綾子 は 首 を 振って 、
「 そう じゃ ない の よ 。
あの 子 、 大学 から 出て 来た の 。 門 を 乗り越えて ね 」
「 乗り越えて ?
「 うん 。
でも 、 真似 したら 、 お 尻 打っちゃ った 。 あ 、 そう か 。 それ で お 尻 が 痛い んだ わ 。 どうして 痛い の か な 、 って ずっと 考えて た んだ 」
「 お 姉さん 、 いつ の 話 、 それ ?
「 夕 里子 も ね 、 夜中 に 大学 へ 入る とき は 、 門 を 乗り越え ない 方 が いい わ よ 」
「 夜中 って 言った わ ね 」
「 うん 。
だから 、 ほら 、 ゆうべ 、 茂子 さん に 呼び出さ れて 行った でしょ 。 その とき よ 」
夕 里子 と 国友 は 、 顔 を 見合わせた 。
「 じゃ 、 あの 一 年生 の 子 が 、 出て 来た わけ ?
「 そう よ 。
凄く 楽し そうだった 」
「 楽し そう ?
「 でも 、 いつも あんな 風 な の かも ね 。
── でも 、 夕 里子 、『 一 年生 の 子 』 なんて 言って 、 あんた より 年上 な の よ 。 多少 は 敬意 を 払い なさい 」
綾子 は 、 長 女らしく お 説教 を する と 、 また 目 を つぶって しまった 。
国友 は 、 少し ひげ の ざらつく 顎 を 撫でて 、
「 その 一 年生 の 子 に も 、 当って みる 必要 が ある な 」
と 言った 。
「 事件 の 起った ころ に 、 大学 に いた わけです もの ね 」
「 名前 は 梨 山 教授 に 訊 け ば 分 る だろう 。
── もしかすると ──」
と 、 国友 が 、 ハッと した ように 言った 。
「 そう よ 。
梨 山 教授 と 会って た の かも しれ ない わ ! 「 こいつ は 面白い ぞ 」
国友 も 眠気 が 覚めた ようだった 。
「 夕 里子 」
と 、 綾子 が 目 を 開けて 、 言った 。
「 なあ に ?
「 眠る から 、 着いたら 起こして 」
と 言う なり 、 綾子 は 寝息 を たて 始めた 。
「── もう 五 分 ぐらい で 着き ます が 、 どう し ます ?
と 、 運転 して いる 巡査 が 訊 いた 。
いや 、 時計 の 針 だけ 戻した って 仕方ない ので 、 要するに 三十 分 ほど 前 の こと である 。
マンション の 玄関 の チャイム が しつこく 鳴った 。
「── うるさい な 、 もう !
やっと 寝入った ばかりの ところ を 起こさ れて 、 珠美 は ブツクサ 言い ながら 、 玄関 へ 出て 来た 。
パジャマ に 薄い カーデガン を はおった 格好で 、 大 欠 伸し ながら 、 チェーン を 外す 。
「 お 帰り ──」
と 、 ドア を 開けて 、 目 を パチクリ さ せた 。
目の前 に 立って いる の は 、 どう 見て も 、 姉 で は なかった 。
だって 、 ともかく 男 だった のだ から 、 姉 である わけ が ない 。 いくら 夕 里子 が 男 まさり と いって も ……。
「 どなた です か ?
と 、 珠美 は 言った 。
「 姉さん 、 いる かい ?
やけに 、 ぞんざいな 口 を きく 男 だった 。
誰 だろう ?
どこ か で 見た ような 顔 だ 。
と いって も 、 こんな 夜中 に サングラス を かけて いる ので 、 よく 分 ら ない のだ が 。
「 姉 って 、 どっち のです か 」
「 二 人 いる の か 」
白い スーツ 上 下 、 紫色 の シャツ と いう 、 およそ まともで ない 格好 の その 男 は 言った 。
「 大学 に 行って る 方 だ 」
「 留守 です 。
── どっち も 留守 な んです けど ね 」
「 そう か 」
「 どちら 様 です か ?
男 は サングラス を パッと 外して 、 ニッ と 歯 を むき 出して 笑った 。
「 これ で 分 ったろう 」
「 歯 ミガキ の CM に 出て ました ?
男 は 顔 を しかめた 。
「 俺 は 神山 田 タカシ だ 」
珠美 だって 、 それ くらい 分 って いた のである 。
ただ 、 相手 の 気取り よう が おかしかった ので 、 からかって みた のだ 。
「 ああ 、 歌い手 の ?
「 シンガーソングライター と いって くれ 」
と 、 タカシ は 、 ちょっと 斜 に 構えて みせた 。
「 姉 に 何 かご 用 です か 」
「 ちょっと 話 が ある んだ 。
待た せて もらう ぜ 」
どうぞ 、 と も 言わ ない うち に 、 タカシ は 玄関 へ 入りこんで 来た 。
図 々 しい なあ 、 と 珠美 は 腹 が 立った が 、 一方 で は 、 やはり 好奇心 も ある 。
「 じゃ 、 どうぞ 」
と 、 神山 田 タカシ を 居間 へ 通した 。
「── 誰 も い ない の かい ?
ソファ に 、 だらしない 格好 で 座り込む と 、 タカシ が 言った 。
「 父 は 出張 中 で 」
「 お袋 さん は ?
「 もう 亡くなり ました 」
「 ふ ー ん 。
じゃ 、 三 人 姉妹 で 住んで る の か 、 ここ で 」
「 家族 調査 です か 」
と 、 珠美 は 言って やった 。
「 いや 、 ちょっと な ……」
タカシ は 、 曖昧に 言って 、「── お茶 でも 出 ない の か ?
「 高い です よ 」
と 、 珠美 は 言って 、 台所 へ 入って 行った 。
本当に 伝票 を 書いて 、 一 杯 三千 円 と か つけて 持って行ったら 、 どんな 顔 する かしら 、 など と 考え ながら 、 お 湯 の 沸く の を 待って いる と …… ふと 、 背後 に 人 の 気配 を 感じて 、 振り返った 。
すぐ 間近に 、 神山 田 タカシ が 立って いた 。
いきなり 珠美 に 、 後ろ から 抱きつく 。
「 何 する の よ !
と 、 珠美 は 叫んだ 。
「 可愛い ぜ 、 なあ 。
── 本当 は お前 の 姉さん が 目当て で 来た んだ けど ── その パジャマ 姿 に グッと 来 ち まったん だ ! 「 放して よ !
この 変態 ! 「 大 スター に 抱か れりゃ 、 友だち に 自慢 できる ぜ 」
暴れる 珠美 に 、 足 が もつれて 、 タカシ は よろけた 。
二 人 して 、 台所 の 床 に 倒れる 。
タカシ が 、 ワゴン の 足 に 頭 を ぶつけた 。
「 いて っ !
と 声 を 上げ 、 思わず 頭 へ 手 を やった 。
その 隙 に 、 エイッ と 肘 で タカシ の わき腹 を ついて 、 珠美 は 脱出 した 。
素早く 戸棚 の 扉 を 開け 、 包丁 を 抜き取って 身構える 。