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「黒猫」エドガー・アラン・ポー, Black Cat - Edgar Alan Poe

Black Cat - Edgar Alan Poe

私 が これ から 書こ う と し て いる きわめて 奇怪 な 、 また きわめて 素朴 な 物語 に ついて は 、 自分 は それ を 信じ て もらえる と も 思わ ない し 、 そう 願い も し ない 。

自分 の 感覚 で さえ が 自分 の 経験 し た こと を 信じ ない よう な 場合 に 、 他人 に 信じ て もら お う など と 期待 する の は 、 ほんとに 正気 の 沙汰 と は 言え ない と 思う 。 [:] だが 、 私 は 正気 を 失 っ て いる 訳 で は なく 、―― また 決して 夢み て いる ので も ない 。 しかし あす 私 は 死ぬ べき 身 だ 。

で 、 今日 の うち に 自分 の 魂 の 重荷 を おろし て おき たい の だ 。 私 の 第 一 の 目的 は 、 一 連 の 単なる 家庭 の 出来事 を 、 はっきり と 、 簡潔 に 、 注釈 ぬき で 、 世 の 人々 に 示す こと で ある 。

それ ら の 出来事 は 、 その 結果 と して 、 私 を 恐れ させ ―― 苦しめ ―― そして 破滅 さ せ た 。 だ が 私 は それ を くどくど と 説明 しよ う と は 思わ ない 。 私 に は それ は ただ もう 恐怖 だけ を 感じ させ た 。 ―― 多く の 人々 に は 恐ろしい と いう より も 怪 奇 な もの に 見える で あ ろ う 。

今後 、 あるいは 、 誰 か 知 者 が あらわれ て き て 、 私 の 幻想 を 単なる 平凡 な こと に し て しまう かも しれ ぬ 。 ―― 誰 か 私 など より も もっと 冷静 な 、 もっと 論理 的 な 、 もっと ずっと 興奮 し やすく ない 知性 人 が 、 私 が 畏怖 を も っ て 述べる 事 がら の なか に 、 ごく 自然 な 原因 結果 の 普通 の 連続 以上 の もの を 認め ない よう に なる で あ ろ う 。 子供 の ころ から 私 は おとなしく て 情 け ぶかい 性質 で 知ら れ て い た 。

私 の 心 の 優し さ は 仲間 たち に からかわ れる くらい に き わ だっ て い た 。 とりわけ 動物 が 好き で 、 両親 も さまざま な 生きもの を 私 の 思い どおり に 飼 っ て くれ た 。 > 私 は たいてい それ ら の 生きもの を 相手 に し て 時 を 過 し 、 それ ら に 食物 を やっ たり 、 それ ら を 愛 撫 し たり する とき ほど 楽しい こと は なか っ た 。 この 特質 は 成長 する と ともに だんだん 強く なり 、 大人 に な っ て から は 自分 の 主 な 楽しみ の 源泉 の 一 つ と な っ た ので あっ た 。 忠実 な 利口 な 犬 を かわいが っ た こと の ある 人 に は 、 その よう な 愉快 さ の 性質 や 強 さ を わざわざ 説明 する 必要 は ほとんど ない 。

動物 の 非 利己 的 な 自己 犠牲 的 な 愛 の なか に は 、 単なる 人間 の さもしい 友情 や 薄っぺら な 信義 を しばしば 嘗め た こと の ある 人 の 心 を じかに 打つ なに もの か が ある 。 私 は 若い ころ 結婚 し た が 、 幸い な こと に 妻 は 私 と 性 の 合う 気質 だっ た 。 私 が 家庭 的 な 生きもの を 好き な のに 気 が つく と 、 彼女 は おり さえ あれ ば とても 気持 の いい 種類 の 生きもの を 手 に 入れ た 。

私 たち は 鳥類 や 、 金魚 や 、 一 匹 の 立派 な 犬 や 、 兎 や 、 一 匹 の 小 猿 や 、 一 匹 の 猫 など を 飼 っ た 。 この 最後 の もの は 非常 に 大きな 美しい 動物 で 、 体 じゅう 黒く 、 驚く ほど に 利口 だっ た 。

この 猫 の 知恵 の ある こと を 話す とき に は 、 心 で は かなり 迷信 に かぶれ て い た 妻 は 、 黒 猫 と いう もの が みんな 魔女 が 姿 を 変え た もの だ と いう 、 あの 昔 から の 世間 の 言い つたえ を 、 よく 口 に し た もの だっ た 。 もっとも 、 彼女 だって いつ でも こんな こと を 本気 で 考え て い た と いう ので は なく 、―― 私 が この 事 がら を 述べる の は ただ 、 ちょうど いま ふと 思い出し た から に すぎ ない 。

プルートォ ―― と いう の が その 猫 の 名 で あっ た ―― は 私 の 気 に 入り で あり 、 遊び 仲間 で あっ た 。 食物 を やる の は いつも 私 だけ だっ た し 、 彼 は 家 じゅう 私 の 行く ところ へ どこ へ でも 一緒 に 来 た 。 往来 へ まで つい て 来 ない よう に する の に は 、 かなり 骨 が 折れる くらい で あっ た 。 [:]

私 と 猫 と の 親しみ は こんな ぐあい に して 数 年間 つ づい た が 、 その あいだ に 私 の 気質 や 性格 は 一般に ―― 酒 癖 と いう 悪 鬼 の ため に ―― 急激 に 悪い ほう へ ( 白状 する の も 恥ずかしい が ) 変 っ て し まっ た 。 私 は 一 日 一 日 と 気むずかしく なり 、 癇癪 もち に なり 、 他人 の 感情 など ちっとも かまわ なく な っ て し まっ た 。 妻 に 対して は 乱暴 な 言葉 を 使う よう に な っ た 。

< p > しまい に は 彼女 の 体 に 手 を 振り 上げる まで に な っ た 。 [:] 飼 っ て い た 生きもの も 、 もちろん 、 その 私 の 性質 の 変化 を 感じ させ られ た 。 [:] 私 は 彼 ら を かまわ なく な っ た だけ で は なく 、 虐待 し た 。

けれども 、 兎 や 、 猿 や 、 あるいは 犬 で さえ も 、 なにげなく 、 または 私 を 慕 っ て 、 そば へ やって 来る と 、 遠慮 なし に いじめ て やっ た もの だっ た の だ が 、 プルートォ を いじめ いじめ ない で おく だけ の 心づかい は まだ あっ た 。 しかし 私 の 病気 は つ の っ て き て ―― ああ 、 アルコール の よう な 恐ろしい 病気 が 他 に あ ろ う か ! ―― ついに は プルートォ で さえ ―― いま で は 年 を と っ て 、 したがって いくらか 怒り っぽく な っ て いる プルートォ で さえ 、 私 の 不機嫌 の とばっちり を うける よう に な っ た 。 ある 夜 、 町 の そち こ ち に ある 自分 の 行きつけ の 酒場 の 一 つ から ひどく 酔っぱら っ て 帰 っ て 来る と 、 その 猫 が なんだか 私 の 前 を 避け た よう な 気 が し た 。 私 は 彼 を ひ っと ら え た 。 [:] その とき 彼 は 私 の 手荒 さ に びっくり し て 、 歯 で 私 の 手 に ちょっと した 傷 を つけ た 。

と 、 たちまち 悪魔 の よう な 憤怒 が 私 に のりうつ っ た 。 私 は 我 を 忘れ て し まっ た 。 生来 の やさしい 魂 は すぐ に 私 の 体 から 飛び 去 っ た よう で あっ た 。 そして ジン 酒 に おだて られ た 悪 鬼 以上 の 憎悪 が 体 の あらゆる 筋肉 を ぶるぶる 震わせ た 。 私 は チョッキ の ポケット から ペン ナイフ を 取り出し 、 それ を 開き 、 その かわいそう な 動物 の 咽 喉 を つかむ と 、 悠々 と その 眼 窩 から 片 眼 を えぐり 取 っ た 。

この 憎む べき 凶行 を しるし ながら 、 私 は 面 を あからめ 、 体 が ほてり 、 身ぶるい する 。 朝 に な っ て 理性 が 戻 っ て き た とき ―― 一晩 眠 っ て 前夜 の 乱行 の 毒気 が 消え て し まっ た とき ―― 自分 の 犯し た 罪 に たいして なかば 恐怖 の 、 なかば 悔恨 の 情 を 感じ た 。

が 、 それ も せいぜい 弱い 曖昧 な 感情 で 、 心 まで 動かさ れ は し なか っ た 。 [:] 私 は ふたたび 無 節制 に な っ て 、 間もなく その 行為 の すべて の 記憶 を 酒 に まぎらし て し まっ た 。 [:] その うち に 猫 は いくら か ずつ 回復 し て き た 。 [:] 眼 の なくな っ た 眼 窩 は いかにも 恐ろしい 様子 を し て は い た が 、 もう 痛み は 少し も ない よう だっ た 。 彼 は もと どおり に 家 の なか を 歩き まわ っ て い た けれども 、 当り まえ の こと で あ ろ う が 私 が 近づく と ひどく 恐ろし が っ て 逃げ て 行く の だっ た 。

私 は 、 前 に あんなに 自分 を 慕 っ て い た 動物 が こんなに 明らか に 自分 を 嫌う よう に な っ た こと を 、 初め は 悲しく 思う くらい に 、 昔 の 心 が 残 っ て い た 。 しかし この 感情 も やがて 癇癪 に 変 っ て いっ た 。 それ から 、 まるで 私 を 最後 の 取りかえ し の つか ない 破滅 に 陥ら せる ため の よう に 、 天邪鬼 の 心 持 が やってき た 。 この 心 持 を 哲学 は 少し も 認め て は い ない 。

けれども 、 私 は 、 自分 の 魂 が 生き て いる と いう こと と 同じ くらい に 、 天邪鬼 が 人間 の 心 の 原始 的 な 衝動 の 一 つ ―― 人 の 性格 に 命令 する 、 分 つ こと の でき ない 本 源 的 な 性能 もしくは 感情 の 一 つ ―― で ある と いう こと を 確信 し て いる 。 し て は いけ ない と いう 、 ただ それ だけ の 理由 で 、 自分 が 邪悪 な 、 あるいは 愚か な 行為 を し て いる こと に 、 人 は どんなに か しばしば 気づ い た こと で あ ろ う 。

人 は 、 掟 を 、 単に それ が 掟 で ある と 知 っ て いる だけ の ため に 、 その 最善 の 判断 に 逆 ら っ てま でも 、 その 掟 を 破 ろ う と する 永続 的 な 性 向 を 、 持 っ て い は し ない だ ろ う か ? この 天邪鬼 の 心 持 が いま 言 っ た よう に 、 私 の 最後 の 破滅 を 来た し た ので あっ た 。

なん の 罪 も ない 動物 に 対して 自分 の 加え た 傷害 を なおも つづけ させ 、 とうとう 仕 遂げ させる よう に 私 を せっつ い た の は 、 魂 の 自ら を 苦しめよ う と する ―― それ 自身 の 本性 に 暴 虐 を 加えよ う と する ―― 悪 の ため に のみ 悪 を しよ う と する 、 この 不可解 な 切望 で あっ た の だ 。 ある 朝 、 冷 然 と 、 私 は 猫 の 首 に 輪 索 を はめ て 、 一 本 の 木 の 枝 に つるし た 。

―― 眼 から 涙 を 流し ながら 、 心 に 痛切 な 悔恨 を 感じ ながら 、 つるし た 。

―― その 猫 が 私 を 慕 っ て い た と いう こと を 知 っ て い れ ば こそ 、 猫 が 私 を 怒ら せる よう な こと は な に 一 つ し なか っ た と いう こと を 感じ て い れ ば こそ 、 つるし た の だ 。

―― そう すれ ば 自分 は 罪 を 犯す の だ 、―― 自分 の 不滅 の 魂 を いとも 慈悲 ぶ かく 、 いとも 畏 る べき 神 の 無限 の 慈悲 の 及ば ない 彼方 へ 置く ―― もし そういう こと が あり うる なら ―― ほど に も 危うく する よう な 極悪 罪 を 犯す の だ 、 と いう こと を 知 っ て い れ ば こそ 、 つるし た の だっ た 。

この 残酷 な 行為 を やっ た 日 の 晩 、 私 は 火事 だ と いう 叫び声 で 眠り から 覚まさ れ た 。 私 の 寝 台 の カーテン に 火 が つい て い た 。 [:] 家 全体 が 燃え 上が っ て い た 。 妻 と 、 召使 と 、 私 自身 と は 、 やっと の こと で その 火災 から のがれ た 。 [:] なにもかも 焼け て し まっ た 。

私 の 全 財産 は なく なり 、 それ 以来 私 は 絶望 に 身 を まかせ て し まっ た 。

この 災難 と あの 凶行 と の あいだ に 因果 関係 を つけよ う と する ほど 、 私 は 心 の 弱い 者 で は ない 。 しかし 私 は 事実 の つながり を 詳しく 述べ て いる ので あっ て 、―― 一 つ の 鐶 でも 不 完全 に し て おき たく ない ので ある 。 火事 の つぎ の 日 、 私 は 焼 跡 へ 行 っ て み た 。 [:] 壁 は 、 一 カ所 だけ を の ぞい て 、 みんな 焼け落ち て い た 。 この 一 カ所 と いう の は 、 家 の 真ん中 あたり に ある 、 私 の 寝 台 の 頭 板 に 向 っ て い た 、 あまり 厚く ない 仕 切 壁 の ところ で あっ た 。

ここ の 漆 喰 だけ は だいたい 火 の 力 に 耐え て い た が 、―― この 事実 を 私 は 最近 そこ を 塗り 換え た から だ ろ う と 思 っ た 。 この 壁 の まわり に 真っ 黒 に 人 が たか っ て い て 、 多く の 人々 が その 一部分 を 綿密 な 熱心 な 注意 を も っ て 調べ て いる よう だっ た 。 「 妙 だ な ! 」「 不思議 だ ね ? と いう 言葉 や 、 その他 それ に 似 た よう な 文句 が 、 私 の 好奇心 を そそ っ た 。

近づ い て みる と 、 その 白い 表面 に 薄 肉 彫り に 彫 っ た か の よう に 、 巨大 な 猫 の 姿 が 見え た 。 [:] その 痕 は まったく 驚く ほど 正確 に あらわれ て い た 。 その 動物 の 首 の まわり に は 縄 が あっ た 。

最初 この 妖怪 ―― と いう の は 私 に は それ 以外 の もの と は 思え なか っ た から だ が ―― を 見 た とき 、 私 の 驚愕 と 恐怖 と は 非常 な もの だっ た 。 しかし あれこれ と 考え て み て やっ と 気 が 安 まっ た 。

猫 が 家 に つづ い て いる 庭 に つるし て あっ た こと を 私 は 思い出し た 。 火事 の 警報 が 伝わる と 、 この 庭 は すぐ に 大勢 の 人 で いっぱい に なり 、―― その なか の 誰 か が 猫 を 木 から 切り は なし て 、 開 い て い た 窓 から 私 の 部屋 の なか へ 投げ こ ん だ もの に ちがい ない 。

これ は きっと 私 の 寝 て いる の を 起す ため に やっ た もの だ ろ う 。 そこ へ 他 の 壁 が 落ち か か っ て 、 私 の 残虐 の 犠牲 者 を 、 その 塗り たて の 漆 喰 の 壁 の なか へ 押しつけ 、 そうして 、 その 漆 喰 の 石灰 と 、 火炎 と 、 死骸 から 出 た アンモニア と で 、 自分 の 見 た よう な 像 が でき あが っ た の だ 。

いま 述べ た 驚く べき 事実 を 、 自分 の 良心 に たいして は ぜんぜん でき なか っ た と して も 、 理性 に たいして は こんなに たやすく 説明 し た ので ある が 、 それ でも 、 それ が 私 の 想像 に 深い 印象 を 与え た こと に 変り は なか っ た 。 幾 月 も の あいだ 私 は その 猫 の 幻 像 を 払い のける こと が でき なか っ た 。

そして その あいだ 、 悔恨 に 似 て いる が そう で は ない ある 漠然と し た 感情 が 、 私 の 心 の なか へ 戻 っ て き た 。 私 は 猫 の い なく な っ た こと を 悔 むように さえ なり 、 その ころ 行きつけ の 悪 所 で それ の 代り に なる 同じ 種類 の 、 また いくらか 似 た よう な 毛並 の もの が い ない か と 自分 の まわり を 捜す よう に も な っ た 。

< p > ある 夜 、 ごく たち の 悪い 酒場 に 、 なかば 茫然 と して 腰かけ て いる と 、 その 部屋 の 主 な 家具 を にな っ て いる ジン 酒 か ラム 酒 の 大 樽 の 上 に 、 なんだか 黒い 物 が じっと し て いる のに 、 とつぜん 注意 を ひか れ た 。 私 は それ まで 数 分間 その 大 樽 の てっぺん の ところ を じっと 見 て い た ので 、 いま 私 を 驚か せ た こと は 、 自分 が もっと 早く その 物 に 気 が つか なか っ た と いう 事実 な ので あっ た 。

私 は 近づ い て 行 っ て 、 それ に 手 を 触れ て み た 。 それ は 一 匹 の 黒 猫 ―― 非常 に 大きな 猫 ―― で 、 プルートォ くらい の 大き さ は 十分 あり 、 一 つ の 点 を の ぞい て 、 あらゆる 点 で 彼 に とても よく 似 て い た 。

プルートォ は 体 の どこ に も 白い 毛 が 一 本 も なか っ た が 、 この 猫 は 、 胸 の ところ が ほとんど 一面 に 、 ぼんやり し た 形 で は ある が 、 大きな 、 白い 斑点 で 蔽 わ れ て いる の だ 。

私 が さわる と 、 その 猫 は すぐ に 立ち 上がり 、 さかん に ごろごろ 咽 喉 を 鳴らし 、 私 の 手 に 体 を すり つけ 、 私 が 目 を つけ て やっ た の を 喜 ん で いる よう だっ た 。 これ こそ 私 の 探し て いる 猫 だっ た 。 私 は すぐ に そこ の 主人 に それ を 買い たい と 言い 出し た 。

が 主人 は その 猫 を 自分 の もの だ と は 言わ ず 、―― ちっとも 知ら ない し ―― いま まで に 見 た こと も ない と 言う の だっ た 。 私 は 愛 撫 を つづけ て い た が 、 家 へ 帰り かけよ う と する と 、 その 動物 は つい て 来 たい よう な 様子 を 見せ た 。 で 、 つい て 来る まま に さ せ 、 歩 い て 行く 途中 で おり おり か がん で 軽く 手 で 叩 い て やっ た 。 家 へ 着く と 、 すぐ に 居 つい て しまい 、 すぐ 妻 の 非常 な お 気 に 入り に な っ た 。

私 は と いう と 、 間もなく その 猫 に 対する 嫌悪 の 情 が 心 の なか に 湧き 起る のに 気 が つい た 。 これ は 自分 の 予想 し て い た こと と は 正反対 で あっ た 。 しかし ―― どうして だ か 、 また なぜ だ か は 知ら ない が ―― 猫 が はっきり 私 を 好 い て いる こと が 私 を かえって 厭 がら せ 、 うるさ がら せ た 。

だんだん に 、 この 厭 で うるさい と いう 感情 が 嵩 じ て はげしい 憎しみ に な っ て いっ た 。 私 は その 動物 を 避け た 。 ある 慚愧 の 念 と 、 以前 の 残酷 な 行為 の 記憶 と が 、 私 に それ を 肉体 的 に 虐待 し ない よう に さ せ た の だ 。 数 週 の 間 、 私 は 打つ と か 、 その他 手荒 な こと は し なか っ た 。

が しだい しだい に ―― ごく ゆっくり と ―― 言い よう の ない 嫌悪 の 情 を も っ て その 猫 を 見る よう に なり 、 悪 疫 の 息吹 から 逃げる よう に 、 その 忌む べき 存在 から 無言 の まま で 逃げ 出す よう に な っ た 。

疑い も なく 、 その 動物 に 対する 私 の 憎しみ を 増し た の は 、 それ を 家 へ 連れ て き た 翌朝 、 それ に も プルートォ の よう に 片 眼 が ない と いう こと を 発見 し た こと で あっ た 。 けれども 、 この 事 がら の ため に それ は ますます 妻 に かわいがら れる だけ で あっ た 。

< p > 妻 は 、 以前 は 私 の りっぱ な 特徴 で あり 、 また 多く の もっとも 単純 な 、 もっと も 純粋 な 快楽 の 源 で あっ た あの 慈悲 ぶ かい 気持 を 、 前 に も 言 っ た よう に 、 多分 に 持 っ て い た の だ 。 しかし 、 私 が この 猫 を 嫌え ば 嫌う ほど 、 猫 の ほう は いよいよ 私 を 好く よう に な っ て くる よう だっ た 。 私 の あと を つけ まわり 、 その しつこ さ は 読者 に 理解 し て もらう の が 困難 な くらい で あっ た 。 私 が 腰かけ て いる とき に は いつ でも 、 椅子 の 下 に うずく まっ たり 、 あるいは 膝 の 上 へ 上 が っ て 、 しきりに どこ へ でも いまいましく じゃれ つい たり し た 。

立ち 上が っ て 歩 こ う と する と 、 両足 の あいだ へ 入 っ て 、 私 を 倒し そう に し たり 、 あるいは その 長い 鋭い 爪 を 私 の 着物 に ひっかけ て 、 胸 の ところ まで よじ登 っ たり する 。

そんな とき に は 、 殴り 殺し て しまい たか っ た けれども 、 そう する こと を 差し控え た の は 、 いくらか 自分 の 以前 の 罪悪 を 思い出す ため で あっ た が 、 主 と して は ―― あっさり 白状 し て しまえ ば ―― その 動物 が ほんとう に 怖 か っ た ため で あっ た 。

この 怖 さ は 肉体 的 災害 の 怖 さ と は 少し 違 っ て い た 、―― が 、 それ でも その ほか に それ を なんと 説明 し て よい か 私 に は わから ない 。

私 は 告白 する の が 恥ずかしい くらい だ が ―― そう だ 、 この 重罪 人 の 監房 の なか に あっ て さえ も 、 告白 する の が 恥ずかしい くらい だ が ―― その 動物 が 私 の 心 に 起さ せ た 恐怖 の 念 は 、 実に くだらない 一 つ の 妄想 の ため に 強め られ て い た ので あっ た 。 その 猫 と 前 に 殺し た 猫 と の 唯一 の 眼 に 見える 違い と いえ ば 、 さっき 話し た あの 白い 毛 の 斑点 な の だ が 、 妻 は その 斑点 の こと で 何 度 か 私 に 注意 し て い た 。 この 斑点 は 、 大きく は あっ た が 、 もと は たいへん ぼんやり し た 形 で あっ た と いう こと を 、 読者 は 記憶 せら れる で あ ろ う 。

ところが 、 だんだん に ―― ほとんど 眼 に つか ない ほど に ゆっくり と 、 そして 、 長い あいだ 私 の 理性 は それ を 気 の 迷い だ と して 否定 しよ う と あ せっ て い た の だ が ―― それ が 、 とうとう 、 まったく きっぱり し た 輪郭 と な っ た 。 それ は いまや 私 が 名 を 言う も 身ぶるい する よう な 物 の 格好 に な っ た 。

―― そして 、 とりわけ この ため に 、 私 は その 怪物 を 嫌い 、 恐れ 、 できる なら 思い きっ て やっつけ て しまい たい と 思 っ た ので ある が 、―― それ は いまや 、 恐ろしい ―― もの 凄い 物 の ―― 絞 首 台 の ―― 形 に な っ た の だ ! ―― おお 、 恐怖 と 罪悪 と の ―― 苦悶 と 死 と の 痛ましい 恐ろしい 刑 具 の 形 に な っ た の だ ! そして いま こそ 私 は 実に 単なる 人間 の 惨め さ 以上 に 惨め で あっ た 。

一 匹 の 畜生 が ―― その 仲間 の 奴 を 私 は 傲 然 と 殺し て やっ た の だ ―― 一 匹 の 畜生 が 私 に ―― い と 高き 神 の 像 に 象 っ て 造ら れ た 人間 で ある 私 に ―― かく も 多く の 堪え がたい 苦痛 を 与える と は ! ああ ! 昼 も 夜 も 私 は もう 安息 の 恩恵 と いう もの を 知ら なく な っ た ! 昼間 は か の 動物 が ちょっと も 私 を 一 人 に し て おか なか っ た 。

夜 に は 、 私 は 言い よう も なく 恐ろしい 夢 から 毎 時間 ぎょっと し て 目覚める と 、 そい つ の 熱い 息 が 自分 の 顔 に かかり 、 その どっしり し た 重 さ が ―― 私 に は 払い 落す 力 の ない 悪魔 の 化身 が ―― いつも いつも 私 の 心臓 の 上 に 圧し かか っ て いる の だっ た ! こう いっ た 呵責 に 押しつけ られ て 、 私 の うち に 少し ばかり 残 っ て い た 善 も 敗北 し て し まっ た 。

邪悪 な 考え が 私 の 唯一 の 友 と な っ た 、―― もっと も 暗黒 な 、 もっとも 邪悪 な 考え が 。

私 の いつも の 気むずかしい 気質 は ますます つ の っ て 、 あらゆる 物 や あらゆる 人 を 憎む よう に な っ た 。 [:] そして 、 いま で は 幾 度 も とつぜん に 起る おさえ られ ぬ 激怒 の 発作 に 盲 目的 に 身 を まかせ た の だ が 、 なん の 苦情 も 言わ ない 私 の 妻 は 、 ああ ! それ を 誰 より も いつも ひどく 受け ながら 、 辛抱 づ よく 我慢 し た の だっ た 。

ある 日 、 妻 は なに か の 家 の 用事 で 、 貧乏 の ため に 私 たち が 仕方 なく 住 ん で い た 古い 穴 蔵 の なか へ 、 私 と 一緒 に 降り て き た 。 猫 も その 急 な 階段 を 私 の あと へ つい て 降り て き た が 、 もう 少し の こと で 私 を 真っ 逆さま に 突き 落 そ う と し た ので 、 私 は か っと 激怒 し た 。

怒り の あまり 、 これ まで 自分 の 手 を 止め て い た あの 子供 らしい 怖 さ も 忘れ て 、 斧 を 振り 上げ 、 その 動物 を めがけ て 一撃 に 打ち 下ろ そ う と し た 。 それ を 自分 の 思 っ た とおり に 打ち 下ろし た なら 、 もちろん 、 猫 は 即座 に 死 ん で し まっ た ろ う 。 が 、 その 一撃 は 妻 の 手 で さえぎら れ た 。

この 邪魔 立て に 悪 鬼 以上 の 憤怒 に 駆ら れ て 、 私 は 妻 に つかま れ て いる 腕 を ひき 放し 、 斧 を 彼女 の 脳天 に 打ち こ ん だ 。 彼女 は 呻き 声 も たて ず に 、 その 場 で 倒れ て 死 ん で し まっ た 。

この 恐ろしい 殺人 を やっ て しまう と 、 私 は すぐ に 、 きわめて 慎重 に 、 死体 を 隠す 仕事 に 取りかか っ た 。 昼 でも 夜 でも 、 近所 の 人々 の 目 に とまる 恐れ なし に は 、 それ を 家 から 運び 去る こと が でき ない と いう こと は 、 私 に は わか っ て い た 。 いろいろ の 計画 が 心 に 浮 ん だ 。

ある とき は 死骸 を 細かく 切 っ て 火 で 焼 い て しま お う と 考え た 。 また ある とき に は 穴 蔵 の 床 に それ を 埋める 穴 を 掘 ろ う と 決心 し た 。 さらに また 、 庭 の 井戸 の なか へ 投げ こ も う か と も ―― 商品 の よう に 箱 の なか へ 入れ て 普通 やる よう に 荷造り し て 、 運搬 人 に 家 から 持ち出さ せよ う か と も 、 考え て み た 。

最後 に 、 これ ら の どれ より も ずっと いい と 思わ れる 工夫 を 考え つ い た 。 中 世紀 の 僧侶 たち が 彼 ら の 犠牲 者 を 壁 に 塗り こ ん だ と 伝え られ て いる よう に ―― それ を 穴 蔵 の 壁 に 塗り こむ こと に 決め た の だ 。

そういった 目的 に は その 穴 蔵 は たいへん 適し て い た 。 そこ の 壁 は ぞんざい に でき て い た し 、 近ごろ 粗い 漆 喰 を 一面 に 塗ら れ た ばかりで 、 空気 が 湿 っ て いる ため に その 漆 喰 が 固 まっ て い ない の だっ た 。 その 上 に 、 一方 の 壁 に は 、 穴 蔵 の 他 の ところ と 同じ よう に し て ある 、 見せかけ だけ の 煙突 か 暖炉 の ため に でき た 、 突き出 た 一 カ所 が あっ た 。

ここ の 煉瓦 を 取りのけ て 、 死骸 を 押し こみ 、 誰 の 目 に も な に 一 つ 怪しい こと の 見つから ない よう に 、 前 の とおり に すっかり 壁 を 塗り潰す こと は 、 造作 なく できる に ちがい ない 、 と 私 は 思 っ た 。

そして この 予想 は はずれ なか っ た 。 鉄 梃 を 使 っ て 私 は たやすく 煉瓦 を 動かし 、 内側 の 壁 に 死体 を 注意深く 寄せ かける と 、 その 位置 に 支え て おき ながら 、 大した 苦 も なく 全体 を もと の とおり に 積み 直し た 。 できる かぎり の 用心 を し て 膠 泥 と 、 砂 と 、 毛髪 と を 手 に 入れる と 、 前 の と 区別 の つけ られ ない 漆 喰 を こしらえ 、 それ で 新しい 煉瓦 細工 の 上 を とても 念 入り に 塗 っ た 。 仕上げ て しまう と 、 万事 が うまく いっ た の に 満足 し た 。

壁 に は 手 を 加え た よう な 様子 が 少し も 見え なか っ た 。 床 の 上 の 屑 は ごく 注意 し て 拾い 上げ た 。 私 は 得意 に な っ て あたり を 見 まわし て 、 こう 独 言 を 言 っ た 。 ――「 さあ 、 これ で 少なくとも 今度 だけ は 己 の 骨折り も 無駄 じゃ なか っ た ぞ 」 次に 私 の やる こと は 、 かく まで の 不幸 の 原因 で あっ た あの 獣 を 捜す こと で あっ た 。 とうとう 私 は それ を 殺し て やろ う と 堅く 決心 し て い た から で ある 。

その とき そい つ に 出会う こと が でき た なら 、 そい つ の 命 は ない に 決 っ て い た 。 が 、 その ずるい 動物 は 私 の さっき の 怒り の はげし さ に びっくり し た らしく 、 私 が いま の 気分 で いる ところ へ は 姿 を 見せる の を 控え て いる よう で あっ た 。 その 厭 で たまら ない 生きもの が い なく な っ た ため に 私 の 胸 に 生じ た 、 深い 、 この 上 なく 幸福 な 、 安堵 の 感じ は 、 記述 する こと も 、 想像 する こと も でき ない くらい で ある 。 猫 は その 夜 じゅう 姿 を あらわさ なか っ た 。

―― で 、 その ため に 、 あの 猫 を 家 へ 連れ て き て 以来 、 少なくとも 一晩 だけ は 、 私 は ぐっすり と 安らか に 眠 っ た 。 そう だ 、 魂 に 人殺し の 重荷 を 負い ながら も 眠 っ た の だ ! 二 日 目 も 過ぎ 三 日 目 も 過ぎ た が 、 それ でも まだ 私 の 呵責 者 は 出 て こ なか っ た 。 もう 一 度 私 は 自由 な 人間 と して 呼吸 し た 。

あの 怪物 は 永久 に この 屋内 から 逃げ 去 っ て し まっ た の だ ! 私 は もう あいつ を 見る こと は ない の だ ! 私 の 幸福 は この 上 も なか っ た ! 自分 の 凶行 の 罪 は ほとんど 私 を 不安 に さ せ なか っ た 。

二 、 三 の 訊問 は 受け た が 、 それ に は 造作 なく 答え た 。 家宅 捜索 さえ 一 度 行わ れ た 、―― が 無論 なに も 発見 さ れる はず が なか っ た 。 私 は 自分 の 未来 の 幸運 を 確実 だ と 思 っ た 。

殺人 を し て から 四 日 目 に 、 まったく 思い がけ なく 、 一 隊 の 警官 が 家 へ やって 来 て 、 ふたたび 屋内 を 厳重 に 調べ に かか っ た 。 けれども 、 自分 の 隠匿 の 場所 は わかる はず が ない と 思 っ て 、 私 は ちっとも どぎまぎ し なか っ た 。 警官 は 私 に 彼 ら の 捜索 に ついて 来い と 命じ た 。

彼 ら は すみ ずみ まで も 残る くま なく 捜し た 。 とうとう 、 三 度 目 か 四 度 目 に 穴 蔵 へ 降り て 行 っ た 。 私 は 体 の 筋 一 つ 動かさ なか っ た 。 私 の 心臓 は 罪 も なく て 眠 っ て いる 人 の 心臓 の よう に 穏やか に 鼓動 し て い た 。 私 は 穴 蔵 を 端 から 端 へ と 歩 い た 。 腕 を 胸 の 上 で 組み 、 あちこち 悠々 と 歩き まわ っ た 。 警官 は すっかり 満足 し て 、 引き揚げよ う と し た 。

私 の 心 の 歓喜 は 抑え きれ ない くらい 強 か っ た 。 私 は 、 凱歌 の つもり で たった 一言 でも 言 っ て やり 、 また 自分 の 潔白 を 彼 ら に 確か な 上 に も 確か に し て やり たく て たまら な か っ た 。 「 皆さん 」 と 、 とうとう 私 は 、 一行 が 階 投 を のぼり かけ た とき に 、 言 っ た 。

「 お 疑い が 晴れ た こと を わたし は 嬉しく 思い ます 。 皆さん 方 の ご 健康 を 祈り 、 それ から も 少し 礼儀 を 重んぜ られ ん こと を 望み ます 。 とき に 、 皆さん 、 これ は ―― これ は なかなか よく でき て いる 家 です ぜ 」〔 なに か を すら すら 言い たい はげしい 欲望 を 感じ て 、 私 は 自分 の 口 に し て いる こと が ほとんど わ から なか っ た 〕――「 すてき に よく でき て いる 家 だ と 言 っ て い い でしょ う な 。

この 壁 は ―― お 帰り です か ? 皆さん ―― この 壁 は がん じ ょう に こしらえて あり ます よ 」 そう 言 っ て 、 ただ 気 違い じみ た 空威張り から 、 手 に し た 杖 で 、 ちょうど 愛妻 の 死骸 が 内側 に 立 っ て いる 部分 の 煉瓦 細工 を 、 強く たた い た 。

だが 、 神 よ 、 魔 王 の 牙 より 私 を 護 り また 救い たまえ ! 私 の 打 っ た 音 の 反響 が 鎮まる か 鎮まら ぬ か に 、 その 墓 の なか から 一 つ の 声 が 私 に 答え た ので あっ た ! ―― 初め は 、 子供 の 啜り泣き の よう に 、 なに か で 包ま れ た よう な 、 きれ ぎ れ な 叫び声 で あっ た が 、 それ から 急 に 高 まっ て 、 まったく 異様 な 、 人間 の もの で は ない 、 一 つ の 長い 、 高い 、 連続 し た 金 切 声 と なり 、―― 地獄 に 墜 ち て もだえ 苦しむ 者 と 、 地獄 に 墜 し て 喜ぶ 悪魔 と の 咽 喉 から 一緒 に な っ て 、 ただ 地獄 から だけ 聞え て くる もの と 思わ れる よう な 、 なかば 恐怖 の 、 なかば 勝利 の 、 号泣 ―― 慟哭 する よう な 悲鳴 ―― と な っ た 。

私 自身 の 気持 は 語る も 愚か で ある 。 気 が 遠く な っ て 、 私 は 反対 の 側 の 壁 へ と よろめ い た 。 一 瞬間 、 階段 の 上 に い た 一行 は 、 極度 の 恐怖 と 畏懼 と の ため に 、 じっと 立ち止 っ た 。 次 の 瞬間 に は 、 幾 本 か の 逞 しい 腕 が 壁 を せっせと くずし て い た 。 壁 は そっくり 落ち た 。

もう ひどく 腐 爛 し て 血 魂 が 固まり つ い て いる 死骸 が 、 そこ に い た 人々 の 眼前 に すっくと 立 っ た 。 その 頭 の 上 に 、 赤い 口 を 大きく あけ 、 爛々 たる 片 眼 を 光ら せ て 、 あの いまわしい 獣 が 坐 っ て い た 。 そい つ の 奸策 が 私 を おび き こん で 人殺し を さ せ 、 そい つ の たて た 声 が 私 を 絞 刑 吏 に 引渡し た の だ 。

その 怪物 を 私 は その 墓 の なか へ 塗り こめ て おい た の だっ た !


Black Cat - Edgar Alan Poe Black Cat - Edgar Alan Poe Il gatto nero - Edgar Alan Poe

私 が これ から 書こ う と し て いる きわめて 奇怪 な 、 また きわめて 素朴 な 物語 に ついて は 、 自分 は それ を 信じ て もらえる と も 思わ ない し 、 そう 願い も し ない 。 わたくし||||かきこ|||||||きかい||||そぼく||ものがたり||||じぶん||||しんじ|||||おもわ||||ねがい||| Regarding the very bizarre and very simple story I am about to write from now on, I do not think that I will believe it, I do not wish for it either.

自分 の 感覚 で さえ が 自分 の 経験 し た こと を 信じ ない よう な 場合 に 、 他人 に 信じ て もら お う など と 期待 する の は 、 ほんとに 正気 の 沙汰 と は 言え ない と 思う 。 じぶん||かんかく||||じぶん||けいけん|||||しんじ||||ばあい||たにん||しんじ|||||||きたい|||||しょうき||さた|||いえ|||おもう [:] だが 、 私 は 正気 を 失 っ て いる 訳 で は なく 、―― また 決して 夢み て いる ので も ない 。 |わたくし||しょうき||うしな||||やく|||||けっして|ゆめみ||||| しかし あす 私 は 死ぬ べき 身 だ 。 ||わたくし||しぬ||み|

で 、 今日 の うち に 自分 の 魂 の 重荷 を おろし て おき たい の だ 。 |きょう||||じぶん||たましい||おもに||||||| 私 の 第 一 の 目的 は 、 一 連 の 単なる 家庭 の 出来事 を 、 はっきり と 、 簡潔 に 、 注釈 ぬき で 、 世 の 人々 に 示す こと で ある 。 わたくし||だい|ひと||もくてき||ひと|れん||たんなる|かてい||できごと||||かんけつ||ちゅうしゃく|||よ||ひとびと||しめす|||

それ ら の 出来事 は 、 その 結果 と して 、 私 を 恐れ させ ―― 苦しめ ―― そして 破滅 さ せ た 。 |||できごと|||けっか|||わたくし||おそれ|さ せ|くるしめ||はめつ||| だ が 私 は それ を くどくど と 説明 しよ う と は 思わ ない 。 ||わたくし||||||せつめい|||||おもわ| 私 に は それ は ただ もう 恐怖 だけ を 感じ させ た 。 わたくし|||||||きょうふ|||かんじ|さ せ| ―― 多く の 人々 に は 恐ろしい と いう より も 怪 奇 な もの に 見える で あ ろ う 。 おおく||ひとびと|||おそろしい|||||かい|き||||みえる||||

今後 、 あるいは 、 誰 か 知 者 が あらわれ て き て 、 私 の 幻想 を 単なる 平凡 な こと に し て しまう かも しれ ぬ 。 こんご||だれ||ち|もの||||||わたくし||げんそう||たんなる|へいぼん||||||||| ―― 誰 か 私 など より も もっと 冷静 な 、 もっと 論理 的 な 、 もっと ずっと 興奮 し やすく ない 知性 人 が 、 私 が 畏怖 を も っ て 述べる 事 がら の なか に 、 ごく 自然 な 原因 結果 の 普通 の 連続 以上 の もの を 認め ない よう に なる で あ ろ う 。 だれ||わたくし|||||れいせい|||ろんり|てき||||こうふん||||ちせい|じん||わたくし||いふ|||||のべる|こと||||||しぜん||げんいん|けっか||ふつう||れんぞく|いじょう||||みとめ|||||||| 子供 の ころ から 私 は おとなしく て 情 け ぶかい 性質 で 知ら れ て い た 。 こども||||わたくし||||じょう|||せいしつ||しら||||

私 の 心 の 優し さ は 仲間 たち に からかわ れる くらい に き わ だっ て い た 。 わたくし||こころ||やさし|||なかま|||||||||||| とりわけ 動物 が 好き で 、 両親 も さまざま な 生きもの を 私 の 思い どおり に 飼 っ て くれ た 。 |どうぶつ||すき||りょうしん||||いきもの||わたくし||おもい|||か|||| > 私 は たいてい それ ら の 生きもの を 相手 に し て 時 を 過 し 、 それ ら に 食物 を やっ たり 、 それ ら を 愛 撫 し たり する とき ほど 楽しい こと は なか っ た 。 わたくし||||||いきもの||あいて||||じ||か|||||しょくもつ|||||||あい|ぶ||||||たのしい||||| この 特質 は 成長 する と ともに だんだん 強く なり 、 大人 に な っ て から は 自分 の 主 な 楽しみ の 源泉 の 一 つ と な っ た ので あっ た 。 |とくしつ||せいちょう|||||つよく||おとな|||||||じぶん||おも||たのしみ||げんせん||ひと|||||||| 忠実 な 利口 な 犬 を かわいが っ た こと の ある 人 に は 、 その よう な 愉快 さ の 性質 や 強 さ を わざわざ 説明 する 必要 は ほとんど ない 。 ちゅうじつ||りこう||いぬ||||||||じん||||||ゆかい|||せいしつ||つよ||||せつめい||ひつよう|||

動物 の 非 利己 的 な 自己 犠牲 的 な 愛 の なか に は 、 単なる 人間 の さもしい 友情 や 薄っぺら な 信義 を しばしば 嘗め た こと の ある 人 の 心 を じかに 打つ なに もの か が ある 。 どうぶつ||ひ|りこ|てき||じこ|ぎせい|てき||あい|||||たんなる|にんげん|||ゆうじょう||うすっぺら||しんぎ|||なめ|||||じん||こころ|||うつ||||| 私 は 若い ころ 結婚 し た が 、 幸い な こと に 妻 は 私 と 性 の 合う 気質 だっ た 。 わたくし||わかい||けっこん||||さいわい||||つま||わたくし||せい||あう|きしつ|| 私 が 家庭 的 な 生きもの を 好き な のに 気 が つく と 、 彼女 は おり さえ あれ ば とても 気持 の いい 種類 の 生きもの を 手 に 入れ た 。 わたくし||かてい|てき||いきもの||すき|||き||||かのじょ|||||||きもち|||しゅるい||いきもの||て||いれ|

私 たち は 鳥類 や 、 金魚 や 、 一 匹 の 立派 な 犬 や 、 兎 や 、 一 匹 の 小 猿 や 、 一 匹 の 猫 など を 飼 っ た 。 わたくし|||ちょうるい||きんぎょ||ひと|ひき||りっぱ||いぬ||うさぎ||ひと|ひき||しょう|さる||ひと|ひき||ねこ|||か|| この 最後 の もの は 非常 に 大きな 美しい 動物 で 、 体 じゅう 黒く 、 驚く ほど に 利口 だっ た 。 |さいご||||ひじょう||おおきな|うつくしい|どうぶつ||からだ||くろく|おどろく|||りこう||

この 猫 の 知恵 の ある こと を 話す とき に は 、 心 で は かなり 迷信 に かぶれ て い た 妻 は 、 黒 猫 と いう もの が みんな 魔女 が 姿 を 変え た もの だ と いう 、 あの 昔 から の 世間 の 言い つたえ を 、 よく 口 に し た もの だっ た 。 |ねこ||ちえ|||||はなす||||こころ||||めいしん||||||つま||くろ|ねこ||||||まじょ||すがた||かえ|||||||むかし|||せけん||いい||||くち|||||| もっとも 、 彼女 だって いつ でも こんな こと を 本気 で 考え て い た と いう ので は なく 、―― 私 が この 事 がら を 述べる の は ただ 、 ちょうど いま ふと 思い出し た から に すぎ ない 。 |かのじょ|||||||ほんき||かんがえ|||||||||わたくし|||こと|||のべる|||||||おもいだし|||||

プルートォ ―― と いう の が その 猫 の 名 で あっ た ―― は 私 の 気 に 入り で あり 、 遊び 仲間 で あっ た 。 ||||||ねこ||な|||||わたくし||き||はいり|||あそび|なかま||| 食物 を やる の は いつも 私 だけ だっ た し 、 彼 は 家 じゅう 私 の 行く ところ へ どこ へ でも 一緒 に 来 た 。 しょくもつ||||||わたくし|||||かれ||いえ||わたくし||いく||||||いっしょ||らい| 往来 へ まで つい て 来 ない よう に する の に は 、 かなり 骨 が 折れる くらい で あっ た 。 おうらい|||||らい|||||||||こつ||おれる|||| [:]

私 と 猫 と の 親しみ は こんな ぐあい に して 数 年間 つ づい た が 、 その あいだ に 私 の 気質 や 性格 は 一般に ―― 酒 癖 と いう 悪 鬼 の ため に ―― 急激 に 悪い ほう へ ( 白状 する の も 恥ずかしい が ) 変 っ て し まっ た 。 わたくし||ねこ|||したしみ||||||すう|ねんかん||||||||わたくし||きしつ||せいかく||いっぱんに|さけ|くせ|||あく|おに||||きゅうげき||わるい|||はくじょう||||はずかしい||へん||||| 私 は 一 日 一 日 と 気むずかしく なり 、 癇癪 もち に なり 、 他人 の 感情 など ちっとも かまわ なく な っ て し まっ た 。 わたくし||ひと|ひ|ひと|ひ||きむずかしく||かんしゃく||||たにん||かんじょう|||||||||| 妻 に 対して は 乱暴 な 言葉 を 使う よう に な っ た 。 つま||たいして||らんぼう||ことば||つかう|||||

< p > しまい に は 彼女 の 体 に 手 を 振り 上げる まで に な っ た 。 ||||かのじょ||からだ||て||ふり|あげる||||| [:] 飼 っ て い た 生きもの も 、 もちろん 、 その 私 の 性質 の 変化 を 感じ させ られ た 。 か|||||いきもの||||わたくし||せいしつ||へんか||かんじ|さ せ|| [:] 私 は 彼 ら を かまわ なく な っ た だけ で は なく 、 虐待 し た 。 わたくし||かれ||||||||||||ぎゃくたい||

けれども 、 兎 や 、 猿 や 、 あるいは 犬 で さえ も 、 なにげなく 、 または 私 を 慕 っ て 、 そば へ やって 来る と 、 遠慮 なし に いじめ て やっ た もの だっ た の だ が 、 プルートォ を いじめ いじめ ない で おく だけ の 心づかい は まだ あっ た 。 |うさぎ||さる|||いぬ||||||わたくし||した||||||くる||えんりょ||||||||||||||||||||||こころづかい|||| しかし 私 の 病気 は つ の っ て き て ―― ああ 、 アルコール の よう な 恐ろしい 病気 が 他 に あ ろ う か ! |わたくし||びょうき|||||||||あるこーる||||おそろしい|びょうき||た||||| ―― ついに は プルートォ で さえ ―― いま で は 年 を と っ て 、 したがって いくらか 怒り っぽく な っ て いる プルートォ で さえ 、 私 の 不機嫌 の とばっちり を うける よう に な っ た 。 ||||||||とし|||||||いかり|||||||||わたくし||ふきげん||||||||| ある 夜 、 町 の そち こ ち に ある 自分 の 行きつけ の 酒場 の 一 つ から ひどく 酔っぱら っ て 帰 っ て 来る と 、 その 猫 が なんだか 私 の 前 を 避け た よう な 気 が し た 。 |よ|まち|||||||じぶん||ゆきつけ||さかば||ひと||||よっぱら|||かえ|||くる|||ねこ|||わたくし||ぜん||さけ||||き||| 私 は 彼 を ひ っと ら え た 。 わたくし||かれ|||||| [:] その とき 彼 は 私 の 手荒 さ に びっくり し て 、 歯 で 私 の 手 に ちょっと した 傷 を つけ た 。 ||かれ||わたくし||てあら||||||は||わたくし||て||||きず|||

と 、 たちまち 悪魔 の よう な 憤怒 が 私 に のりうつ っ た 。 ||あくま||||ふんぬ||わたくし|||| 私 は 我 を 忘れ て し まっ た 。 わたくし||われ||わすれ|||| 生来 の やさしい 魂 は すぐ に 私 の 体 から 飛び 去 っ た よう で あっ た 。 せいらい|||たましい||||わたくし||からだ||とび|さ|||||| そして ジン 酒 に おだて られ た 悪 鬼 以上 の 憎悪 が 体 の あらゆる 筋肉 を ぶるぶる 震わせ た 。 ||さけ|||||あく|おに|いじょう||ぞうお||からだ|||きんにく|||ふるわせ| 私 は チョッキ の ポケット から ペン ナイフ を 取り出し 、 それ を 開き 、 その かわいそう な 動物 の 咽 喉 を つかむ と 、 悠々 と その 眼 窩 から 片 眼 を えぐり 取 っ た 。 わたくし||ちょっき||ぽけっと||ぺん|ないふ||とりだし|||あき||||どうぶつ||むせ|のど||||ゆうゆう|||がん|か||かた|がん|||と||

この 憎む べき 凶行 を しるし ながら 、 私 は 面 を あからめ 、 体 が ほてり 、 身ぶるい する 。 |にくむ||きょうこう||||わたくし||おもて|||からだ|||みぶるい| 朝 に な っ て 理性 が 戻 っ て き た とき ―― 一晩 眠 っ て 前夜 の 乱行 の 毒気 が 消え て し まっ た とき ―― 自分 の 犯し た 罪 に たいして なかば 恐怖 の 、 なかば 悔恨 の 情 を 感じ た 。 あさ|||||りせい||もど||||||ひとばん|ねむ|||ぜんや||らんぎょう||どっけ||きえ||||||じぶん||おかし||ざい||||きょうふ|||かいこん||じょう||かんじ|

が 、 それ も せいぜい 弱い 曖昧 な 感情 で 、 心 まで 動かさ れ は し なか っ た 。 ||||よわい|あいまい||かんじょう||こころ||うごかさ|||||| [:] 私 は ふたたび 無 節制 に な っ て 、 間もなく その 行為 の すべて の 記憶 を 酒 に まぎらし て し まっ た 。 わたくし|||む|せっせい|||||まもなく||こうい||||きおく||さけ|||||| [:] その うち に 猫 は いくら か ずつ 回復 し て き た 。 |||ねこ|||||かいふく|||| [:] 眼 の なくな っ た 眼 窩 は いかにも 恐ろしい 様子 を し て は い た が 、 もう 痛み は 少し も ない よう だっ た 。 がん|||||がん|か|||おそろしい|ようす|||||||||いたみ||すこし||||| 彼 は もと どおり に 家 の なか を 歩き まわ っ て い た けれども 、 当り まえ の こと で あ ろ う が 私 が 近づく と ひどく 恐ろし が っ て 逃げ て 行く の だっ た 。 かれ|||||いえ||||あるき|||||||あたり|||||||||わたくし||ちかづく|||おそろし||||にげ||いく|||

私 は 、 前 に あんなに 自分 を 慕 っ て い た 動物 が こんなに 明らか に 自分 を 嫌う よう に な っ た こと を 、 初め は 悲しく 思う くらい に 、 昔 の 心 が 残 っ て い た 。 わたくし||ぜん|||じぶん||した|||||どうぶつ|||あきらか||じぶん||きらう||||||||はじめ||かなしく|おもう|||むかし||こころ||ざん|||| しかし この 感情 も やがて 癇癪 に 変 っ て いっ た 。 ||かんじょう|||かんしゃく||へん|||| それ から 、 まるで 私 を 最後 の 取りかえ し の つか ない 破滅 に 陥ら せる ため の よう に 、 天邪鬼 の 心 持 が やってき た 。 |||わたくし||さいご||とりかえ|||||はめつ||おちいら||||||あまのじゃく||こころ|じ||| この 心 持 を 哲学 は 少し も 認め て は い ない 。 |こころ|じ||てつがく||すこし||みとめ||||

けれども 、 私 は 、 自分 の 魂 が 生き て いる と いう こと と 同じ くらい に 、 天邪鬼 が 人間 の 心 の 原始 的 な 衝動 の 一 つ ―― 人 の 性格 に 命令 する 、 分 つ こと の でき ない 本 源 的 な 性能 もしくは 感情 の 一 つ ―― で ある と いう こと を 確信 し て いる 。 |わたくし||じぶん||たましい||いき|||||||おなじ|||あまのじゃく||にんげん||こころ||げんし|てき||しょうどう||ひと||じん||せいかく||めいれい||ぶん||||||ほん|げん|てき||せいのう||かんじょう||ひと||||||||かくしん||| し て は いけ ない と いう 、 ただ それ だけ の 理由 で 、 自分 が 邪悪 な 、 あるいは 愚か な 行為 を し て いる こと に 、 人 は どんなに か しばしば 気づ い た こと で あ ろ う 。 |||||||||||りゆう||じぶん||じゃあく|||おろか||こうい|||||||じん|||||きづ|||||||

人 は 、 掟 を 、 単に それ が 掟 で ある と 知 っ て いる だけ の ため に 、 その 最善 の 判断 に 逆 ら っ てま でも 、 その 掟 を 破 ろ う と する 永続 的 な 性 向 を 、 持 っ て い は し ない だ ろ う か ? じん||おきて||たんに|||おきて||||ち|||||||||さいぜん||はんだん||ぎゃく||||||おきて||やぶ|||||えいぞく|てき||せい|むかい||じ|||||||||| この 天邪鬼 の 心 持 が いま 言 っ た よう に 、 私 の 最後 の 破滅 を 来た し た ので あっ た 。 |あまのじゃく||こころ|じ|||げん|||||わたくし||さいご||はめつ||きた|||||

なん の 罪 も ない 動物 に 対して 自分 の 加え た 傷害 を なおも つづけ させ 、 とうとう 仕 遂げ させる よう に 私 を せっつ い た の は 、 魂 の 自ら を 苦しめよ う と する ―― それ 自身 の 本性 に 暴 虐 を 加えよ う と する ―― 悪 の ため に のみ 悪 を しよ う と する 、 この 不可解 な 切望 で あっ た の だ 。 ||ざい|||どうぶつ||たいして|じぶん||くわえ||しょうがい||||さ せ||し|とげ|さ せる|||わたくし|||||||たましい||おのずから||くるしめよ|||||じしん||ほんしょう||あば|ぎゃく||くわえよ||||あく|||||あく|||||||ふかかい||せつぼう||||| ある 朝 、 冷 然 と 、 私 は 猫 の 首 に 輪 索 を はめ て 、 一 本 の 木 の 枝 に つるし た 。 |あさ|ひや|ぜん||わたくし||ねこ||くび||りん|さく||||ひと|ほん||き||えだ|||

―― 眼 から 涙 を 流し ながら 、 心 に 痛切 な 悔恨 を 感じ ながら 、 つるし た 。 がん||なみだ||ながし||こころ||つうせつ||かいこん||かんじ|||

―― その 猫 が 私 を 慕 っ て い た と いう こと を 知 っ て い れ ば こそ 、 猫 が 私 を 怒ら せる よう な こと は な に 一 つ し なか っ た と いう こと を 感じ て い れ ば こそ 、 つるし た の だ 。 |ねこ||わたくし||した|||||||||ち|||||||ねこ||わたくし||いから||||||||ひと||||||||||かんじ|||||||||

―― そう すれ ば 自分 は 罪 を 犯す の だ 、―― 自分 の 不滅 の 魂 を いとも 慈悲 ぶ かく 、 いとも 畏 る べき 神 の 無限 の 慈悲 の 及ば ない 彼方 へ 置く ―― もし そういう こと が あり うる なら ―― ほど に も 危うく する よう な 極悪 罪 を 犯す の だ 、 と いう こと を 知 っ て い れ ば こそ 、 つるし た の だっ た 。 |||じぶん||ざい||おかす|||じぶん||ふめつ||たましい|||じひ||||い|||かみ||むげん||じひ||およば||かなた||おく|||||||||||あやうく||||ごくあく|ざい||おかす|||||||ち|||||||||||

この 残酷 な 行為 を やっ た 日 の 晩 、 私 は 火事 だ と いう 叫び声 で 眠り から 覚まさ れ た 。 |ざんこく||こうい||||ひ||ばん|わたくし||かじ||||さけびごえ||ねむり||さまさ|| 私 の 寝 台 の カーテン に 火 が つい て い た 。 わたくし||ね|だい||かーてん||ひ||||| [:] 家 全体 が 燃え 上が っ て い た 。 いえ|ぜんたい||もえ|うえ が|||| 妻 と 、 召使 と 、 私 自身 と は 、 やっと の こと で その 火災 から のがれ た 。 つま||めしつかい||わたくし|じしん||||||||かさい||| [:] なにもかも 焼け て し まっ た 。 |やけ||||

私 の 全 財産 は なく なり 、 それ 以来 私 は 絶望 に 身 を まかせ て し まっ た 。 わたくし||ぜん|ざいさん|||||いらい|わたくし||ぜつぼう||み||||||

この 災難 と あの 凶行 と の あいだ に 因果 関係 を つけよ う と する ほど 、 私 は 心 の 弱い 者 で は ない 。 |さいなん|||きょうこう|||||いんが|かんけい|||||||わたくし||こころ||よわい|もの||| しかし 私 は 事実 の つながり を 詳しく 述べ て いる ので あっ て 、―― 一 つ の 鐶 でも 不 完全 に し て おき たく ない ので ある 。 |わたくし||じじつ||||くわしく|のべ||||||ひと|||かん||ふ|かんぜん|||||||| 火事 の つぎ の 日 、 私 は 焼 跡 へ 行 っ て み た 。 かじ||||ひ|わたくし||や|あと||ぎょう|||| [:] 壁 は 、 一 カ所 だけ を の ぞい て 、 みんな 焼け落ち て い た 。 かべ||ひと|かしょ|||||||やけおち||| この 一 カ所 と いう の は 、 家 の 真ん中 あたり に ある 、 私 の 寝 台 の 頭 板 に 向 っ て い た 、 あまり 厚く ない 仕 切 壁 の ところ で あっ た 。 |ひと|かしょ|||||いえ||まんなか||||わたくし||ね|だい||あたま|いた||むかい||||||あつく||し|せつ|かべ|||||

ここ の 漆 喰 だけ は だいたい 火 の 力 に 耐え て い た が 、―― この 事実 を 私 は 最近 そこ を 塗り 換え た から だ ろ う と 思 っ た 。 ||うるし|しょく||||ひ||ちから||たえ||||||じじつ||わたくし||さいきん|||ぬり|かえ|||||||おも|| この 壁 の まわり に 真っ 黒 に 人 が たか っ て い て 、 多く の 人々 が その 一部分 を 綿密 な 熱心 な 注意 を も っ て 調べ て いる よう だっ た 。 |かべ||||まっ|くろ||じん|||||||おおく||ひとびと|||いちぶぶん||めんみつ||ねっしん||ちゅうい|||||しらべ||||| 「 妙 だ な ! たえ|| 」「 不思議 だ ね ? ふしぎ|| と いう 言葉 や 、 その他 それ に 似 た よう な 文句 が 、 私 の 好奇心 を そそ っ た 。 ||ことば||そのほか|||に||||もんく||わたくし||こうきしん||||

近づ い て みる と 、 その 白い 表面 に 薄 肉 彫り に 彫 っ た か の よう に 、 巨大 な 猫 の 姿 が 見え た 。 ちかづ||||||しろい|ひょうめん||うす|にく|ほり||ほ|||||||きょだい||ねこ||すがた||みえ| [:] その 痕 は まったく 驚く ほど 正確 に あらわれ て い た 。 |あと|||おどろく||せいかく||||| その 動物 の 首 の まわり に は 縄 が あっ た 。 |どうぶつ||くび|||||なわ|||

最初 この 妖怪 ―― と いう の は 私 に は それ 以外 の もの と は 思え なか っ た から だ が ―― を 見 た とき 、 私 の 驚愕 と 恐怖 と は 非常 な もの だっ た 。 さいしょ||ようかい|||||わたくし||||いがい|||||おもえ||||||||み|||わたくし||きょうがく||きょうふ|||ひじょう|||| しかし あれこれ と 考え て み て やっ と 気 が 安 まっ た 。 |||かんがえ||||||き||やす||

猫 が 家 に つづ い て いる 庭 に つるし て あっ た こと を 私 は 思い出し た 。 ねこ||いえ||||||にわ||||||||わたくし||おもいだし| 火事 の 警報 が 伝わる と 、 この 庭 は すぐ に 大勢 の 人 で いっぱい に なり 、―― その なか の 誰 か が 猫 を 木 から 切り は なし て 、 開 い て い た 窓 から 私 の 部屋 の なか へ 投げ こ ん だ もの に ちがい ない 。 かじ||けいほう||つたわる|||にわ||||おおぜい||じん||||||||だれ|||ねこ||き||きり||||ひらき|||||まど||わたくし||へや||||なげ|||||||

これ は きっと 私 の 寝 て いる の を 起す ため に やっ た もの だ ろ う 。 |||わたくし||ね|||||おこす|||||||| そこ へ 他 の 壁 が 落ち か か っ て 、 私 の 残虐 の 犠牲 者 を 、 その 塗り たて の 漆 喰 の 壁 の なか へ 押しつけ 、 そうして 、 その 漆 喰 の 石灰 と 、 火炎 と 、 死骸 から 出 た アンモニア と で 、 自分 の 見 た よう な 像 が でき あが っ た の だ 。 ||た||かべ||おち|||||わたくし||ざんぎゃく||ぎせい|もの|||ぬり|||うるし|しょく||かべ||||おしつけ|||うるし|しょく||せっかい||かえん||しがい||だ||あんもにあ|||じぶん||み||||ぞう|||||||

いま 述べ た 驚く べき 事実 を 、 自分 の 良心 に たいして は ぜんぜん でき なか っ た と して も 、 理性 に たいして は こんなに たやすく 説明 し た ので ある が 、 それ でも 、 それ が 私 の 想像 に 深い 印象 を 与え た こと に 変り は なか っ た 。 |のべ||おどろく||じじつ||じぶん||りょうしん||||||||||||りせい||||||せつめい||||||||||わたくし||そうぞう||ふかい|いんしょう||あたえ||||かわり|||| 幾 月 も の あいだ 私 は その 猫 の 幻 像 を 払い のける こと が でき なか っ た 。 いく|つき||||わたくし|||ねこ||まぼろし|ぞう||はらい|||||||

そして その あいだ 、 悔恨 に 似 て いる が そう で は ない ある 漠然と し た 感情 が 、 私 の 心 の なか へ 戻 っ て き た 。 |||かいこん||に|||||||||ばくぜんと|||かんじょう||わたくし||こころ||||もど|||| 私 は 猫 の い なく な っ た こと を 悔 むように さえ なり 、 その ころ 行きつけ の 悪 所 で それ の 代り に なる 同じ 種類 の 、 また いくらか 似 た よう な 毛並 の もの が い ない か と 自分 の まわり を 捜す よう に も な っ た 。 わたくし||ねこ|||||||||くや||||||ゆきつけ||あく|しょ||||かわり|||おなじ|しゅるい||||に||||けなみ||||||||じぶん||||さがす||||||

< p > ある 夜 、 ごく たち の 悪い 酒場 に 、 なかば 茫然 と して 腰かけ て いる と 、 その 部屋 の 主 な 家具 を にな っ て いる ジン 酒 か ラム 酒 の 大 樽 の 上 に 、 なんだか 黒い 物 が じっと し て いる のに 、 とつぜん 注意 を ひか れ た 。 ||よ||||わるい|さかば|||ぼうぜん|||こしかけ|||||へや||おも||かぐ|||||||さけ|||さけ||だい|たる||うえ|||くろい|ぶつ||||||||ちゅうい|||| 私 は それ まで 数 分間 その 大 樽 の てっぺん の ところ を じっと 見 て い た ので 、 いま 私 を 驚か せ た こと は 、 自分 が もっと 早く その 物 に 気 が つか なか っ た と いう 事実 な ので あっ た 。 わたくし||||すう|ぶん かん||だい|たる|||||||み||||||わたくし||おどろか|||||じぶん|||はやく||ぶつ||き||||||||じじつ||||

私 は 近づ い て 行 っ て 、 それ に 手 を 触れ て み た 。 わたくし||ちかづ|||ぎょう|||||て||ふれ||| それ は 一 匹 の 黒 猫 ―― 非常 に 大きな 猫 ―― で 、 プルートォ くらい の 大き さ は 十分 あり 、 一 つ の 点 を の ぞい て 、 あらゆる 点 で 彼 に とても よく 似 て い た 。 ||ひと|ひき||くろ|ねこ|ひじょう||おおきな|ねこ|||||おおき|||じゅうぶん||ひと|||てん||||||てん||かれ||||に|||

プルートォ は 体 の どこ に も 白い 毛 が 一 本 も なか っ た が 、 この 猫 は 、 胸 の ところ が ほとんど 一面 に 、 ぼんやり し た 形 で は ある が 、 大きな 、 白い 斑点 で 蔽 わ れ て いる の だ 。 ||からだ|||||しろい|け||ひと|ほん|||||||ねこ||むね|||||いちめん|||||かた|||||おおきな|しろい|はんてん||へい||||||

私 が さわる と 、 その 猫 は すぐ に 立ち 上がり 、 さかん に ごろごろ 咽 喉 を 鳴らし 、 私 の 手 に 体 を すり つけ 、 私 が 目 を つけ て やっ た の を 喜 ん で いる よう だっ た 。 わたくし|||||ねこ||||たち|あがり||||むせ|のど||ならし|わたくし||て||からだ||||わたくし||め||||||||よろこ|||||| これ こそ 私 の 探し て いる 猫 だっ た 。 ||わたくし||さがし|||ねこ|| 私 は すぐ に そこ の 主人 に それ を 買い たい と 言い 出し た 。 わたくし||||||あるじ||||かい|||いい|だし|

が 主人 は その 猫 を 自分 の もの だ と は 言わ ず 、―― ちっとも 知ら ない し ―― いま まで に 見 た こと も ない と 言う の だっ た 。 |あるじ|||ねこ||じぶん||||||いわ|||しら||||||み||||||いう||| 私 は 愛 撫 を つづけ て い た が 、 家 へ 帰り かけよ う と する と 、 その 動物 は つい て 来 たい よう な 様子 を 見せ た 。 わたくし||あい|ぶ|||||||いえ||かえり|||||||どうぶつ||||らい||||ようす||みせ| で 、 つい て 来る まま に さ せ 、 歩 い て 行く 途中 で おり おり か がん で 軽く 手 で 叩 い て やっ た 。 |||くる|||||ふ|||いく|とちゅう|||||||かるく|て||たた|||| 家 へ 着く と 、 すぐ に 居 つい て しまい 、 すぐ 妻 の 非常 な お 気 に 入り に な っ た 。 いえ||つく||||い|||||つま||ひじょう|||き||はいり||||

私 は と いう と 、 間もなく その 猫 に 対する 嫌悪 の 情 が 心 の なか に 湧き 起る のに 気 が つい た 。 わたくし|||||まもなく||ねこ||たいする|けんお||じょう||こころ||||わき|おこる||き||| これ は 自分 の 予想 し て い た こと と は 正反対 で あっ た 。 ||じぶん||よそう||||||||せいはんたい||| しかし ―― どうして だ か 、 また なぜ だ か は 知ら ない が ―― 猫 が はっきり 私 を 好 い て いる こと が 私 を かえって 厭 がら せ 、 うるさ がら せ た 。 |||||||||しら|||ねこ|||わたくし||よしみ||||||わたくし|||いと||||||

だんだん に 、 この 厭 で うるさい と いう 感情 が 嵩 じ て はげしい 憎しみ に な っ て いっ た 。 |||いと|||||かんじょう||かさみ||||にくしみ|||||| 私 は その 動物 を 避け た 。 わたくし|||どうぶつ||さけ| ある 慚愧 の 念 と 、 以前 の 残酷 な 行為 の 記憶 と が 、 私 に それ を 肉体 的 に 虐待 し ない よう に さ せ た の だ 。 |ざんき||ねん||いぜん||ざんこく||こうい||きおく|||わたくし||||にくたい|てき||ぎゃくたい||||||||| 数 週 の 間 、 私 は 打つ と か 、 その他 手荒 な こと は し なか っ た 。 すう|しゅう||あいだ|わたくし||うつ|||そのほか|てあら|||||||

が しだい しだい に ―― ごく ゆっくり と ―― 言い よう の ない 嫌悪 の 情 を も っ て その 猫 を 見る よう に なり 、 悪 疫 の 息吹 から 逃げる よう に 、 その 忌む べき 存在 から 無言 の まま で 逃げ 出す よう に な っ た 。 |||||||いい||||けんお||じょう||||||ねこ||みる||||あく|えき||いぶき||にげる||||いむ||そんざい||むごん||||にげ|だす|||||

疑い も なく 、 その 動物 に 対する 私 の 憎しみ を 増し た の は 、 それ を 家 へ 連れ て き た 翌朝 、 それ に も プルートォ の よう に 片 眼 が ない と いう こと を 発見 し た こと で あっ た 。 うたがい||||どうぶつ||たいする|わたくし||にくしみ||まし||||||いえ||つれ||||よくあさ||||||||かた|がん|||||||はっけん|||||| けれども 、 この 事 がら の ため に それ は ますます 妻 に かわいがら れる だけ で あっ た 。 ||こと||||||||つま|||||||

< p > 妻 は 、 以前 は 私 の りっぱ な 特徴 で あり 、 また 多く の もっとも 単純 な 、 もっと も 純粋 な 快楽 の 源 で あっ た あの 慈悲 ぶ かい 気持 を 、 前 に も 言 っ た よう に 、 多分 に 持 っ て い た の だ 。 |つま||いぜん||わたくし||||とくちょう||||おおく|||たんじゅん||||じゅんすい||かいらく||げん|||||じひ|||きもち||ぜん|||げん|||||たぶん||じ|||||| しかし 、 私 が この 猫 を 嫌え ば 嫌う ほど 、 猫 の ほう は いよいよ 私 を 好く よう に な っ て くる よう だっ た 。 |わたくし|||ねこ||きらえ||きらう||ねこ|||||わたくし||すく||||||||| 私 の あと を つけ まわり 、 その しつこ さ は 読者 に 理解 し て もらう の が 困難 な くらい で あっ た 。 わたくし||||||||||どくしゃ||りかい||||||こんなん||||| 私 が 腰かけ て いる とき に は いつ でも 、 椅子 の 下 に うずく まっ たり 、 あるいは 膝 の 上 へ 上 が っ て 、 しきりに どこ へ でも いまいましく じゃれ つい たり し た 。 わたくし||こしかけ||||||||いす||した||||||ひざ||うえ||うえ|||||||||||||

立ち 上が っ て 歩 こ う と する と 、 両足 の あいだ へ 入 っ て 、 私 を 倒し そう に し たり 、 あるいは その 長い 鋭い 爪 を 私 の 着物 に ひっかけ て 、 胸 の ところ まで よじ登 っ たり する 。 たち|うえ が|||ふ||||||りょうあし||||はい|||わたくし||たおし|||||||ながい|するどい|つめ||わたくし||きもの||||むね||||よじのぼ|||

そんな とき に は 、 殴り 殺し て しまい たか っ た けれども 、 そう する こと を 差し控え た の は 、 いくらか 自分 の 以前 の 罪悪 を 思い出す ため で あっ た が 、 主 と して は ―― あっさり 白状 し て しまえ ば ―― その 動物 が ほんとう に 怖 か っ た ため で あっ た 。 ||||なぐり|ころし|||||||||||さしひかえ|||||じぶん||いぜん||ざいあく||おもいだす||||||おも|||||はくじょう||||||どうぶつ||||こわ|||||||

この 怖 さ は 肉体 的 災害 の 怖 さ と は 少し 違 っ て い た 、―― が 、 それ でも その ほか に それ を なんと 説明 し て よい か 私 に は わから ない 。 |こわ|||にくたい|てき|さいがい||こわ||||すこし|ちが||||||||||||||せつめい|||||わたくし||||

私 は 告白 する の が 恥ずかしい くらい だ が ―― そう だ 、 この 重罪 人 の 監房 の なか に あっ て さえ も 、 告白 する の が 恥ずかしい くらい だ が ―― その 動物 が 私 の 心 に 起さ せ た 恐怖 の 念 は 、 実に くだらない 一 つ の 妄想 の ため に 強め られ て い た ので あっ た 。 わたくし||こくはく||||はずかしい|||||||じゅうざい|じん||かんぼう||||||||こくはく||||はずかしい|||||どうぶつ||わたくし||こころ||おこさ|||きょうふ||ねん||じつに||ひと|||もうそう||||つよ め||||||| その 猫 と 前 に 殺し た 猫 と の 唯一 の 眼 に 見える 違い と いえ ば 、 さっき 話し た あの 白い 毛 の 斑点 な の だ が 、 妻 は その 斑点 の こと で 何 度 か 私 に 注意 し て い た 。 |ねこ||ぜん||ころし||ねこ|||ゆいいつ||がん||みえる|ちがい|||||はなし|||しろい|け||はんてん|||||つま|||はんてん||||なん|たび||わたくし||ちゅうい|||| この 斑点 は 、 大きく は あっ た が 、 もと は たいへん ぼんやり し た 形 で あっ た と いう こと を 、 読者 は 記憶 せら れる で あ ろ う 。 |はんてん||おおきく|||||||||||かた||||||||どくしゃ||きおく||||||

ところが 、 だんだん に ―― ほとんど 眼 に つか ない ほど に ゆっくり と 、 そして 、 長い あいだ 私 の 理性 は それ を 気 の 迷い だ と して 否定 しよ う と あ せっ て い た の だ が ―― それ が 、 とうとう 、 まったく きっぱり し た 輪郭 と な っ た 。 ||||がん|||||||||ながい||わたくし||りせい||||き||まよい||||ひてい|||||||||||||||||||りんかく|||| それ は いまや 私 が 名 を 言う も 身ぶるい する よう な 物 の 格好 に な っ た 。 |||わたくし||な||いう||みぶるい||||ぶつ||かっこう||||

―― そして 、 とりわけ この ため に 、 私 は その 怪物 を 嫌い 、 恐れ 、 できる なら 思い きっ て やっつけ て しまい たい と 思 っ た ので ある が 、―― それ は いまや 、 恐ろしい ―― もの 凄い 物 の ―― 絞 首 台 の ―― 形 に な っ た の だ ! |||||わたくし|||かいぶつ||きらい|おそれ|||おもい||||||||おも|||||||||おそろしい||すごい|ぶつ||しぼ|くび|だい||かた|||||| ―― おお 、 恐怖 と 罪悪 と の ―― 苦悶 と 死 と の 痛ましい 恐ろしい 刑 具 の 形 に な っ た の だ ! |きょうふ||ざいあく|||くもん||し|||いたましい|おそろしい|けい|つぶさ||かた|||||| そして いま こそ 私 は 実に 単なる 人間 の 惨め さ 以上 に 惨め で あっ た 。 |||わたくし||じつに|たんなる|にんげん||みじめ||いじょう||みじめ|||

一 匹 の 畜生 が ―― その 仲間 の 奴 を 私 は 傲 然 と 殺し て やっ た の だ ―― 一 匹 の 畜生 が 私 に ―― い と 高き 神 の 像 に 象 っ て 造ら れ た 人間 で ある 私 に ―― かく も 多く の 堪え がたい 苦痛 を 与える と は ! ひと|ひき||ちくしょう|||なかま||やつ||わたくし||ごう|ぜん||ころし||||||ひと|ひき||ちくしょう||わたくし||||たかき|かみ||ぞう||ぞう|||つくら|||にんげん|||わたくし||||おおく||こらえ||くつう||あたえる|| ああ ! 昼 も 夜 も 私 は もう 安息 の 恩恵 と いう もの を 知ら なく な っ た ! ひる||よ||わたくし|||あんそく||おんけい|||||しら|||| 昼間 は か の 動物 が ちょっと も 私 を 一 人 に し て おか なか っ た 。 ひるま||||どうぶつ||||わたくし||ひと|じん|||||||

夜 に は 、 私 は 言い よう も なく 恐ろしい 夢 から 毎 時間 ぎょっと し て 目覚める と 、 そい つ の 熱い 息 が 自分 の 顔 に かかり 、 その どっしり し た 重 さ が ―― 私 に は 払い 落す 力 の ない 悪魔 の 化身 が ―― いつも いつも 私 の 心臓 の 上 に 圧し かか っ て いる の だっ た ! よ|||わたくし||いい||||おそろしい|ゆめ||まい|じかん||||めざめる|||||あつい|いき||じぶん||かお|||||||おも|||わたくし|||はらい|おとす|ちから|||あくま||けしん||||わたくし||しんぞう||うえ||あっし||||||| こう いっ た 呵責 に 押しつけ られ て 、 私 の うち に 少し ばかり 残 っ て い た 善 も 敗北 し て し まっ た 。 |||かしゃく||おしつけ|||わたくし||||すこし||ざん|||||ぜん||はいぼく|||||

邪悪 な 考え が 私 の 唯一 の 友 と な っ た 、―― もっと も 暗黒 な 、 もっとも 邪悪 な 考え が 。 じゃあく||かんがえ||わたくし||ゆいいつ||とも|||||||あんこく|||じゃあく||かんがえ|

私 の いつも の 気むずかしい 気質 は ますます つ の っ て 、 あらゆる 物 や あらゆる 人 を 憎む よう に な っ た 。 わたくし||||きむずかしい|きしつ||||||||ぶつ|||じん||にくむ||||| [:] そして 、 いま で は 幾 度 も とつぜん に 起る おさえ られ ぬ 激怒 の 発作 に 盲 目的 に 身 を まかせ た の だ が 、 なん の 苦情 も 言わ ない 私 の 妻 は 、 ああ ! ||||いく|たび||||おこる||||げきど||ほっさ||もう|もくてき||み|||||||||くじょう||いわ||わたくし||つま|| それ を 誰 より も いつも ひどく 受け ながら 、 辛抱 づ よく 我慢 し た の だっ た 。 ||だれ|||||うけ||しんぼう|||がまん|||||

ある 日 、 妻 は なに か の 家 の 用事 で 、 貧乏 の ため に 私 たち が 仕方 なく 住 ん で い た 古い 穴 蔵 の なか へ 、 私 と 一緒 に 降り て き た 。 |ひ|つま|||||いえ||ようじ||びんぼう||||わたくし|||しかた||じゅう|||||ふるい|あな|くら||||わたくし||いっしょ||ふり||| 猫 も その 急 な 階段 を 私 の あと へ つい て 降り て き た が 、 もう 少し の こと で 私 を 真っ 逆さま に 突き 落 そ う と し た ので 、 私 は か っと 激怒 し た 。 ねこ|||きゅう||かいだん||わたくし||||||ふり||||||すこし||||わたくし||まっ|さかさま||つき|おと|||||||わたくし||||げきど||

怒り の あまり 、 これ まで 自分 の 手 を 止め て い た あの 子供 らしい 怖 さ も 忘れ て 、 斧 を 振り 上げ 、 その 動物 を めがけ て 一撃 に 打ち 下ろ そ う と し た 。 いかり|||||じぶん||て||とどめ|||||こども||こわ|||わすれ||おの||ふり|あげ||どうぶつ||||いちげき||うち|おろ||||| それ を 自分 の 思 っ た とおり に 打ち 下ろし た なら 、 もちろん 、 猫 は 即座 に 死 ん で し まっ た ろ う 。 ||じぶん||おも|||||うち|おろし||||ねこ||そくざ||し||||||| が 、 その 一撃 は 妻 の 手 で さえぎら れ た 。 ||いちげき||つま||て||||

この 邪魔 立て に 悪 鬼 以上 の 憤怒 に 駆ら れ て 、 私 は 妻 に つかま れ て いる 腕 を ひき 放し 、 斧 を 彼女 の 脳天 に 打ち こ ん だ 。 |じゃま|たて||あく|おに|いじょう||ふんぬ||から|||わたくし||つま||||||うで|||はなし|おの||かのじょ||のうてん||うち||| 彼女 は 呻き 声 も たて ず に 、 その 場 で 倒れ て 死 ん で し まっ た 。 かのじょ||うめき|こえ||||||じょう||たおれ||し|||||

この 恐ろしい 殺人 を やっ て しまう と 、 私 は すぐ に 、 きわめて 慎重 に 、 死体 を 隠す 仕事 に 取りかか っ た 。 |おそろしい|さつじん||||||わたくし|||||しんちょう||したい||かくす|しごと||とりかか|| 昼 でも 夜 でも 、 近所 の 人々 の 目 に とまる 恐れ なし に は 、 それ を 家 から 運び 去る こと が でき ない と いう こと は 、 私 に は わか っ て い た 。 ひる||よ||きんじょ||ひとびと||め|||おそれ||||||いえ||はこび|さる|||||||||わたくし||||||| いろいろ の 計画 が 心 に 浮 ん だ 。 ||けいかく||こころ||うか||

ある とき は 死骸 を 細かく 切 っ て 火 で 焼 い て しま お う と 考え た 。 |||しがい||こまかく|せつ|||ひ||や|||||||かんがえ| また ある とき に は 穴 蔵 の 床 に それ を 埋める 穴 を 掘 ろ う と 決心 し た 。 |||||あな|くら||とこ||||うずめる|あな||ほ||||けっしん|| さらに また 、 庭 の 井戸 の なか へ 投げ こ も う か と も ―― 商品 の よう に 箱 の なか へ 入れ て 普通 やる よう に 荷造り し て 、 運搬 人 に 家 から 持ち出さ せよ う か と も 、 考え て み た 。 ||にわ||いど||||なげ|||||||しょうひん||||はこ||||いれ||ふつう||||にづくり|||うんぱん|じん||いえ||もちださ||||||かんがえ|||

最後 に 、 これ ら の どれ より も ずっと いい と 思わ れる 工夫 を 考え つ い た 。 さいご|||||||||||おもわ||くふう||かんがえ||| 中 世紀 の 僧侶 たち が 彼 ら の 犠牲 者 を 壁 に 塗り こ ん だ と 伝え られ て いる よう に ―― それ を 穴 蔵 の 壁 に 塗り こむ こと に 決め た の だ 。 なか|せいき||そうりょ|||かれ|||ぎせい|もの||かべ||ぬり|||||つたえ||||||||あな|くら||かべ||ぬり||||きめ|||

そういった 目的 に は その 穴 蔵 は たいへん 適し て い た 。 |もくてき||||あな|くら|||てきし||| そこ の 壁 は ぞんざい に でき て い た し 、 近ごろ 粗い 漆 喰 を 一面 に 塗ら れ た ばかりで 、 空気 が 湿 っ て いる ため に その 漆 喰 が 固 まっ て い ない の だっ た 。 ||かべ|||||||||ちかごろ|あらい|うるし|しょく||いちめん||ぬら||||くうき||しめ|||||||うるし|しょく||かた||||||| その 上 に 、 一方 の 壁 に は 、 穴 蔵 の 他 の ところ と 同じ よう に し て ある 、 見せかけ だけ の 煙突 か 暖炉 の ため に でき た 、 突き出 た 一 カ所 が あっ た 。 |うえ||いっぽう||かべ|||あな|くら||た||||おなじ||||||みせかけ|||えんとつ||だんろ||||||つきで||ひと|かしょ|||

ここ の 煉瓦 を 取りのけ て 、 死骸 を 押し こみ 、 誰 の 目 に も な に 一 つ 怪しい こと の 見つから ない よう に 、 前 の とおり に すっかり 壁 を 塗り潰す こと は 、 造作 なく できる に ちがい ない 、 と 私 は 思 っ た 。 ||れんが||とりのけ||しがい||おし||だれ||め|||||ひと||あやしい|||みつから||||ぜん|||||かべ||ぬりつぶす|||ぞうさく|||||||わたくし||おも||

そして この 予想 は はずれ なか っ た 。 ||よそう||||| 鉄 梃 を 使 っ て 私 は たやすく 煉瓦 を 動かし 、 内側 の 壁 に 死体 を 注意深く 寄せ かける と 、 その 位置 に 支え て おき ながら 、 大した 苦 も なく 全体 を もと の とおり に 積み 直し た 。 くろがね|てこ||つか|||わたくし|||れんが||うごかし|うちがわ||かべ||したい||ちゅういぶかく|よせ||||いち||ささえ||||たいした|く|||ぜんたい||||||つみ|なおし| できる かぎり の 用心 を し て 膠 泥 と 、 砂 と 、 毛髪 と を 手 に 入れる と 、 前 の と 区別 の つけ られ ない 漆 喰 を こしらえ 、 それ で 新しい 煉瓦 細工 の 上 を とても 念 入り に 塗 っ た 。 |||ようじん||||にかわ|どろ||すな||もうはつ|||て||いれる||ぜん|||くべつ|||||うるし|しょく|||||あたらしい|れんが|さいく||うえ|||ねん|はいり||ぬ|| 仕上げ て しまう と 、 万事 が うまく いっ た の に 満足 し た 。 しあげ||||ばんじ|||||||まんぞく||

壁 に は 手 を 加え た よう な 様子 が 少し も 見え なか っ た 。 かべ|||て||くわえ||||ようす||すこし||みえ||| 床 の 上 の 屑 は ごく 注意 し て 拾い 上げ た 。 とこ||うえ||くず|||ちゅうい|||ひろい|あげ| 私 は 得意 に な っ て あたり を 見 まわし て 、 こう 独 言 を 言 っ た 。 わたくし||とくい|||||||み||||どく|げん||げん|| ――「 さあ 、 これ で 少なくとも 今度 だけ は 己 の 骨折り も 無駄 じゃ なか っ た ぞ 」   次に 私 の やる こと は 、 かく まで の 不幸 の 原因 で あっ た あの 獣 を 捜す こと で あっ た 。 |||すくなくとも|こんど|||おのれ||ほねおり||むだ||||||つぎに|わたくし||||||||ふこう||げんいん|||||けだもの||さがす|||| とうとう 私 は それ を 殺し て やろ う と 堅く 決心 し て い た から で ある 。 |わたくし||||ころし|||||かたく|けっしん|||||||

その とき そい つ に 出会う こと が でき た なら 、 そい つ の 命 は ない に 決 っ て い た 。 |||||であう|||||||||いのち||||けっ|||| が 、 その ずるい 動物 は 私 の さっき の 怒り の はげし さ に びっくり し た らしく 、 私 が いま の 気分 で いる ところ へ は 姿 を 見せる の を 控え て いる よう で あっ た 。 |||どうぶつ||わたくし||||いかり|||||||||わたくし||||きぶん||||||すがた||みせる|||ひかえ|||||| その 厭 で たまら ない 生きもの が い なく な っ た ため に 私 の 胸 に 生じ た 、 深い 、 この 上 なく 幸福 な 、 安堵 の 感じ は 、 記述 する こと も 、 想像 する こと も でき ない くらい で ある 。 |いと||||いきもの|||||||||わたくし||むね||しょうじ||ふかい||うえ||こうふく||あんど||かんじ||きじゅつ||||そうぞう|||||||| 猫 は その 夜 じゅう 姿 を あらわさ なか っ た 。 ねこ|||よ||すがた||あらわ さ|||

―― で 、 その ため に 、 あの 猫 を 家 へ 連れ て き て 以来 、 少なくとも 一晩 だけ は 、 私 は ぐっすり と 安らか に 眠 っ た 。 |||||ねこ||いえ||つれ||||いらい|すくなくとも|ひとばん|||わたくし||||やすらか||ねむ|| そう だ 、 魂 に 人殺し の 重荷 を 負い ながら も 眠 っ た の だ ! ||たましい||ひとごろし||おもに||おい|||ねむ|||| 二 日 目 も 過ぎ 三 日 目 も 過ぎ た が 、 それ でも まだ 私 の 呵責 者 は 出 て こ なか っ た 。 ふた|ひ|め||すぎ|みっ|ひ|め||すぎ||||||わたくし||かしゃく|もの||だ||||| もう 一 度 私 は 自由 な 人間 と して 呼吸 し た 。 |ひと|たび|わたくし||じゆう||にんげん|||こきゅう||

あの 怪物 は 永久 に この 屋内 から 逃げ 去 っ て し まっ た の だ ! |かいぶつ||えいきゅう|||おくない||にげ|さ||||||| 私 は もう あいつ を 見る こと は ない の だ ! わたくし|||||みる||||| 私 の 幸福 は この 上 も なか っ た ! わたくし||こうふく|||うえ|||| 自分 の 凶行 の 罪 は ほとんど 私 を 不安 に さ せ なか っ た 。 じぶん||きょうこう||ざい|||わたくし||ふあん||||||

二 、 三 の 訊問 は 受け た が 、 それ に は 造作 なく 答え た 。 ふた|みっ||じんもん||うけ||||||ぞうさく||こたえ| 家宅 捜索 さえ 一 度 行わ れ た 、―― が 無論 なに も 発見 さ れる はず が なか っ た 。 かたく|そうさく||ひと|たび|おこなわ||||むろん|||はっけん||||||| 私 は 自分 の 未来 の 幸運 を 確実 だ と 思 っ た 。 わたくし||じぶん||みらい||こううん||かくじつ|||おも||

殺人 を し て から 四 日 目 に 、 まったく 思い がけ なく 、 一 隊 の 警官 が 家 へ やって 来 て 、 ふたたび 屋内 を 厳重 に 調べ に かか っ た 。 さつじん|||||よっ|ひ|め|||おもい|||ひと|たい||けいかん||いえ|||らい|||おくない||げんじゅう||しらべ|||| けれども 、 自分 の 隠匿 の 場所 は わかる はず が ない と 思 っ て 、 私 は ちっとも どぎまぎ し なか っ た 。 |じぶん||いんとく||ばしょ|||||||おも|||わたくし||||||| 警官 は 私 に 彼 ら の 捜索 に ついて 来い と 命じ た 。 けいかん||わたくし||かれ|||そうさく|||こい||めいじ|

彼 ら は すみ ずみ まで も 残る くま なく 捜し た 。 かれ|||||||のこる|||さがし| とうとう 、 三 度 目 か 四 度 目 に 穴 蔵 へ 降り て 行 っ た 。 |みっ|たび|め||よっ|たび|め||あな|くら||ふり||ぎょう|| 私 は 体 の 筋 一 つ 動かさ なか っ た 。 わたくし||からだ||すじ|ひと||うごかさ||| 私 の 心臓 は 罪 も なく て 眠 っ て いる 人 の 心臓 の よう に 穏やか に 鼓動 し て い た 。 わたくし||しんぞう||ざい||||ねむ||||じん||しんぞう||||おだやか||こどう|||| 私 は 穴 蔵 を 端 から 端 へ と 歩 い た 。 わたくし||あな|くら||はし||はし|||ふ|| 腕 を 胸 の 上 で 組み 、 あちこち 悠々 と 歩き まわ っ た 。 うで||むね||うえ||くみ||ゆうゆう||あるき||| 警官 は すっかり 満足 し て 、 引き揚げよ う と し た 。 けいかん|||まんぞく|||ひきあげよ||||

私 の 心 の 歓喜 は 抑え きれ ない くらい 強 か っ た 。 わたくし||こころ||かんき||おさえ||||つよ||| 私 は 、 凱歌 の つもり で たった 一言 でも 言 っ て やり 、 また 自分 の 潔白 を 彼 ら に 確か な 上 に も 確か に し て やり たく て たまら な か っ た 。 わたくし||がいか|||||いちげん||げん|||||じぶん||けっぱく||かれ|||たしか||うえ|||たしか||||||||||| 「 皆さん 」 と 、 とうとう 私 は 、 一行 が 階 投 を のぼり かけ た とき に 、 言 っ た 。 みなさん|||わたくし||いっこう||かい|とう|||||||げん||

「 お 疑い が 晴れ た こと を わたし は 嬉しく 思い ます 。 |うたがい||はれ||||||うれしく|おもい| 皆さん 方 の ご 健康 を 祈り 、 それ から も 少し 礼儀 を 重んぜ られ ん こと を 望み ます 。 みなさん|かた|||けんこう||いのり||||すこし|れいぎ||おもんぜ|||||のぞみ| とき に 、 皆さん 、 これ は ―― これ は なかなか よく でき て いる 家 です ぜ 」〔 なに か を すら すら 言い たい はげしい 欲望 を 感じ て 、 私 は 自分 の 口 に し て いる こと が ほとんど わ から なか っ た 〕――「 すてき に よく でき て いる 家 だ と 言 っ て い い でしょ う な 。 ||みなさん||||||||||いえ||||||||いい|||よくぼう||かんじ||わたくし||じぶん||くち|||||||||||||||||||いえ|||げん|||||||

この 壁 は ―― お 帰り です か ? |かべ|||かえり|| 皆さん ―― この 壁 は がん じ ょう に こしらえて あり ます よ 」 そう 言 っ て 、 ただ 気 違い じみ た 空威張り から 、 手 に し た 杖 で 、 ちょうど 愛妻 の 死骸 が 内側 に 立 っ て いる 部分 の 煉瓦 細工 を 、 強く たた い た 。 みなさん||かべ|||||||||||げん||||き|ちがい|||からいばり||て||||つえ|||あいさい||しがい||うちがわ||た||||ぶぶん||れんが|さいく||つよく|||

だが 、 神 よ 、 魔 王 の 牙 より 私 を 護 り また 救い たまえ ! |かみ||ま|おう||きば||わたくし||まもる|||すくい| 私 の 打 っ た 音 の 反響 が 鎮まる か 鎮まら ぬ か に 、 その 墓 の なか から 一 つ の 声 が 私 に 答え た ので あっ た ! わたくし||だ|||おと||はんきょう||しずまる||しずまら|||||はか||||ひと|||こえ||わたくし||こたえ|||| ―― 初め は 、 子供 の 啜り泣き の よう に 、 なに か で 包ま れ た よう な 、 きれ ぎ れ な 叫び声 で あっ た が 、 それ から 急 に 高 まっ て 、 まったく 異様 な 、 人間 の もの で は ない 、 一 つ の 長い 、 高い 、 連続 し た 金 切 声 と なり 、―― 地獄 に 墜 ち て もだえ 苦しむ 者 と 、 地獄 に 墜 し て 喜ぶ 悪魔 と の 咽 喉 から 一緒 に な っ て 、 ただ 地獄 から だけ 聞え て くる もの と 思わ れる よう な 、 なかば 恐怖 の 、 なかば 勝利 の 、 号泣 ―― 慟哭 する よう な 悲鳴 ―― と な っ た 。 はじめ||こども||すすりなき|||||||つつま|||||||||さけびごえ|||||||きゅう||たか||||いよう||にんげん||||||ひと|||ながい|たかい|れんぞく|||きむ|せつ|こえ|||じごく||つい||||くるしむ|もの||じごく||つい|||よろこぶ|あくま|||むせ|のど||いっしょ||||||じごく|||きこえ|||||おもわ|||||きょうふ|||しょうり||ごうきゅう|どうこく||||ひめい||||

私 自身 の 気持 は 語る も 愚か で ある 。 わたくし|じしん||きもち||かたる||おろか|| 気 が 遠く な っ て 、 私 は 反対 の 側 の 壁 へ と よろめ い た 。 き||とおく||||わたくし||はんたい||がわ||かべ||||| 一 瞬間 、 階段 の 上 に い た 一行 は 、 極度 の 恐怖 と 畏懼 と の ため に 、 じっと 立ち止 っ た 。 ひと|しゅんかん|かいだん||うえ||||いっこう||きょくど||きょうふ||いく||||||たちどま|| 次 の 瞬間 に は 、 幾 本 か の 逞 しい 腕 が 壁 を せっせと くずし て い た 。 つぎ||しゅんかん|||いく|ほん|||てい||うで||かべ|||||| 壁 は そっくり 落ち た 。 かべ|||おち|

もう ひどく 腐 爛 し て 血 魂 が 固まり つ い て いる 死骸 が 、 そこ に い た 人々 の 眼前 に すっくと 立 っ た 。 ||くさ|らん|||ち|たましい||かたまり|||||しがい||||||ひとびと||がんぜん|||た|| その 頭 の 上 に 、 赤い 口 を 大きく あけ 、 爛々 たる 片 眼 を 光ら せ て 、 あの いまわしい 獣 が 坐 っ て い た 。 |あたま||うえ||あかい|くち||おおきく||らんらん||かた|がん||ひから|||||けだもの||すわ|||| そい つ の 奸策 が 私 を おび き こん で 人殺し を さ せ 、 そい つ の たて た 声 が 私 を 絞 刑 吏 に 引渡し た の だ 。 |||かんさく||わたくし||||||ひとごろし|||||||||こえ||わたくし||しぼ|けい|り||ひきわたし|||

その 怪物 を 私 は その 墓 の なか へ 塗り こめ て おい た の だっ た ! |かいぶつ||わたくし|||はか||||ぬり|||||||