第 六 章 それぞれ の 星 (4)
帝国 に せよ 同盟 に せよ 、 首脳 部 は 、 戦争 と いえば 宇宙 空間 で 戦艦 どうし が 亜 光速 ミサイル を 撃ち あう だけ だ と 思って いる ふし が ある 。 頑迷 な 教条 主義 者 ども が 殺し あい に 血道 を あげて いる あいだ に 、 両 国 の 社会 経済 体制 は 根幹 を フェザーン に にぎられて しまう こと に なる だろう 。 現在 でも 、 両 国 の 発行 して いる 戦時 国債 の 半分 ちかく は 、 直接 間接 に フェザーン が 購入 して いる のだ 。
宇宙 は 人類 の 足跡 の ある ところ 、 すべて フェザーン が 経済 的に 統治 する 。 帝国 政府 も 同盟 政府 も 、 フェザーン に 経済 的 利益 を もたらす べく 、 その 政策 を 代行 する に すぎ なく なる だろう 。 もう すこし 時間 は かかる だろう が 。 そうなれば 、 目的 の 最終 段階 まで あと 半 歩 の 距離 も ない ……。
だが 、 むろん 、 政治 上 あるいは 軍事 上 の 状況 を 軽視 して よい と いう こと に は なら ない 。 早い 話 、 帝国 と 同盟 が 強大な 覇権 に よって 政治 的 統合 を とげる と したら 、 フェザーン の 特権 的な 地位 は なんら 意味 を もた なく なる 。 古代 の 海 陸上 の 交易 都市 が 、 あらたに 出現 した 統一 王朝 の 武力 と 政治 力 に 屈服 して いった 、 その 歴史 を くりかえす こと に も なろう 。
と すれば 、 目的 を 達成 さ せる 道 は 永久 に 閉ざされて しまう 。 新 銀河 帝国 の 誕生 など は 、 絶対 に 阻止 さ れ ねば なら ない 。
新 銀河 帝国 か ……。
この 考え は 、 ルビンスキー に 新鮮な 緊張 感 を あたえた 。
現在 の ゴールデンバウム 朝 銀河 帝国 は すでに 老朽 化 して おり 、 ふたたび 活性 化 さ せる こと は 不可能に ちかい 。 分裂 して 幾多 の 小 王国 群 に 変化 し 、 その なか から あらたな 秩序 が 生まれる と して も 、 それ に は 何 世紀 も の 年月 が かかる だろう 。
いっぽう 、 自由 惑星 同盟 も 建国 の 理想 を 失って 惰性 に 流れて いる 。 経済 建設 と 社会 開発 の 停滞 は 民衆 レベル に 不満 を 生み 、 同盟 を 構成 する 諸 惑星 の あいだ に は 経済 格差 を めぐる 反目 が 絶え ない 。 よほど カリスマ 的な 指導 者 が 出現 して 集権 的な 体制 を 再 構築 でも し ない かぎり 、 出口 の ない 状況 は つづく だろう 。
五 世紀 前 、 巨人 的な 身体 を 権力 志向 の エネルギー で みたした 若き ルドルフ ・ フォン ・ ゴールデンバウム は 、 銀河 連邦 の 政治 機構 を のっとって 神聖 不可侵 の 皇帝 と なった 。 合 法的 手段 に よる 独裁 者 の 出現 。 これ が 再来 する 日 が くる だろう か 。 既成 の 権力 機構 を のっとる と すれば 、 短 時日 で の 変化 が 可能 と なる 。 たとえ 合 法的 で なく と も ……。
クーデター 。 権力 や 武力 の 中枢 ちかく に いる 者 に とって は 、 古典 的だ が 有効な 方法 だ 。 それだけに 魅力 的で も ある 。
ルビンスキー は 操作 卓 の ボタン を おして 補佐 官 を 呼びだした 。
「 両 国 に おける クーデター の 可能 性 です か ? 」 自治 領主 の 命令 は 彼 を 驚かせた 。 「 それ は ご 命令 と あら ば 、 さっそく 調査 いたします が 、 なに か それ を 示唆 する ような 緊急の 情報 でも ございました か ? 」 「 そう で は ない 。 たんに いま 、 思いついた と いう だけ だ 。 しかし あらゆる 可能 性 を 吟味 する に しく は ない 」
腐り はてた 頭脳 と 精神 の 所有 者 が 、 その 資格 も なし に 権勢 を ほしいままに する の は 不愉快だ が ―― と フェザーン の 統治 者 は 思った 。 まだ 当分 の あいだ は 、 帝国 と 同盟 の 現 体制 に 存続 して もらう 必要 が ある 。 帝国 も 同盟 も 想像 でき ない フェザーン の 真 の 目的 が 達成 さ れる その 日 まで ……。
Ⅵ 自由 惑星 同盟 最高 評議 会 は 十一 名 の 評議 員 に よって 構成 されて いる 。 議長 、 副 議長 兼 国務 委員 長 、 書記 、 国防 委員 長 、 財政 委員 長 、 法 秩序 委員 長 、 天然 資源 委員 長 、 人 的 資源 委員 長 、 経済 開発 委員 長 、 地域 社会 開発 委員 長 、 情報 交通 委員 長 が その メンバー である 。 彼ら は 真珠 色 の 外壁 を もつ 壮麗な ビル の 一室 に 集まって いた 。
窓 の ない 会議 室 は 、 四方 を 厚い 壁 と ほか の 部屋 に かこまれて いる 。 それ は 対外 連絡 室 、 資料 作成 室 、 情報 加工 室 、 機器 操作 室 など で 、 さらに その 外側 を 警備 兵 の 控室 が ドーナツ 状 に とりまいて いる のだ 。
これ を 開か れた 政治 の 府 と 呼ぶ べきだろう か ? 財政 委員 長 ジョアン ・ レベロ は 、 直径 七 メートル の 円卓 の 一 席 に すわって 、 そう 思った 。 いまに はじまった こと で は なく 、 赤外線 の 充満 した 廊下 を とおって 会議 室 に 入室 する たび に 、 その 疑問 に とらわれる 彼 だった 。
その 日 、 宇宙 暦 七九六 年 八 月 六 日 の 会議 は 、 議題 の ひと つ に 、 軍部 から 提出 さ れた 出兵 案 の 可否 を 決定 する 、 と いう こと が あげ られて いた 。 占領 した イゼルローン 要塞 を 橋 頭 堡 と して 帝国 に 侵入 する と いう 作戦 案 を 、 軍部 の 青年 高級 士官 たち が 直接 、 評議 会 に 提出 して きた のだ 。 レベロ に とって は 、 過激 と しか 思え ない 。
会議 が はじまる と 、 レベロ は 戦争 拡大 反対 の 論陣 を 張った 。
「 妙な 表現 に なります が 、 今日 まで 銀河 帝国 と わが 同盟 と は 、 財政 の かろうじて 許容 する 範囲 で 戦争 を 継続 して きた のです 。 しかし ……」
アスターテ の 会戦 に おいて 戦死 した 将兵 の 遺族 年金 だけ でも 、 毎年 、 一〇〇億 ディナール の 支出 が 必要に なる 。 このうえ 、 戦火 を 拡大 すれば 、 国家 財政 と それ を ささえる 経済 が 破綻 する の は さけ られ ない 。 それどころか 、 今日 、 すでに 財政 は 赤字 支出 と なって いる のだ 。
皮肉な こと に 、 ヤン も この 財政 難 に ひと 役 かって いる 。 彼 は イゼルローン で 五〇万 人 の 捕虜 を えた が 、 彼ら を 食わせる の も 、 なかなかたいへんな のだ 。 「 健全 化 の 方法 と して は 、 国債 の 増発 か 増税 か 、 昔 から の 二 者 択一 です 。 それ 以外 に 方法 は ありません 」 「 紙幣 の 発行 高 を ふやす と いう の は ? 」 副 議長 が 問うた 。 「 財源 の 裏付け も なし に です か ? 何 年 か さき に は 、 紙幣 の 額面 で は なく 重 さ で 商品 が 売買 さ れる ように なります よ 。 私 と して は 、 超 インフレーション 時代 の 無策な 財政 家 と して 後世 に 汚名 を 残す の は 、 ごめん こうむりたい です な 」 「 しかし 戦争 に 勝た ねば 、 何 年 か さき どころ か 明日 が ない のだ 」
「 では 戦争 そのもの を やめる べきでしょう 」
レベロ が 強い 口調 で 言う と 、 室 内 が しんと した 。
「 ヤン と いう 提督 の 智 略 で 、 吾々 は イゼルローン を えた 。 帝国 軍 は わが 同盟 にたいする 侵略 の 拠点 を 失った 。 有利な 条件 で 講和 条約 を 締結 する 好機 では ありません か 」 「 しかし これ は 絶対 君主 制 にたいする 正義 の 戦争 だ 。 彼ら と は 俱 に 天 を 戴 く べきで は ない 。 不経済だ から と いって やめて よい もの だろう か 」
幾 人 か が 口々に 反論 して きた 。
正義 の 戦争 か 。 自由 惑星 同盟 政府 財政 委員 長 ジョァン ・ レベロ は 憮然と して 腕 を くんだ 。
莫大な 流血 、 国家 の 破産 、 国民 の 窮乏 。 正義 を 実現 さ せる のに それ ら の 犠牲 が 不可欠である と する なら 、 正義 と は 貪欲な 神 に 似て いる 。 つぎつぎ と いけにえ を 要求 して 飽 く こと を 知ら ない 。
「 しばらく 休憩 しよう ……」
議長 が 艶 の ない 声 で 言う の が 聴 こえた 。
Ⅶ 昼食 の のち 、 会議 は 再開 さ れた 。 今度 、 論陣 を 張った の は 、 人 的 資源 委員 長 と して 、 教育 、 雇用 、 労働 問題 、 社会 保障 など の 行政 に 責任 を もつ ホワン ・ ルイ だった 。 彼 も 出兵 反対 派 である 。
「 人 的 資源 委員 長 と して は ……」
ホワン は 小柄だ が 声 は 大きい 。 血色 の よい 肌 と 短い が 敏捷 そうな 手足 を もち 、 活力 に 富んだ 印象 を あたえる 。
「 本来 、 経済 建設 や 社会 開発 に もちいられる べき 人材 が 軍事 方面 に かたよる と いう 現状 にたいして 、 不安 を 禁じ え ない 。 教育 や 職業 訓練 にたいする 投資 が 削減 さ れる いっぽう と いう の も こまる 。 労働 者 の 熟練 度 が 低く なった 証拠 に 、 ここ 六 カ月間 に 生じた 職場 事故 が 前期 と くらべて 三 割 も 増加 して いる 。 ルンビーニ 星 系 で 生じた 輸送 船団 の 事故 で は 、 四百 余 の 人命 と 五〇 トン も の 金属 ラジウム が 失わ れた が 、 これ は 民間 航 宙 士 の 訓練 期間 が 短縮 さ れた こと と 大きな 関係 が ある と 思わ れる 。 しかも 航 宙 士 たち は 人員 不足 から 過重 労働 を しい られて いる のだ 」
明晰で きびきび した 話し かた であった 。
「 そこ で 提案 する のだ が 、 現在 、 軍 に 徴用 されて いる 技術 者 、 輸送 および 通信 関係 者 の うち から 四〇〇万 人 を 民間 に 復帰 さ せて ほしい 。 これ は 最低 限 の 数字 だ 」
同席 の 評議 員 たち を 見わたす ホワン の 視線 が 、 国防 委員 長 トリューニヒト の 面 上 で 停止 した 。 眉 を うごかし ながら の 応答 が あった 。
「 無理 を 言わ ないで ほしい 。 それ だけ の 人数 を 後方 勤務 から はずさ れたら 軍 組織 は 瓦 解して しまう 」
「 国防 委員 長 は そう おっしゃる が 、 このまま ゆけば 軍 組織 より 早い 時期 に 社会 と 経済 が 瓦 解する だろう 。 現在 、 首都 の 生活 物資 流通 制御 センター で 働いて いる オペレーター の 平均 年齢 を ご存じ か 」
「…… いや 」
「 四二 歳 だ 」
「 異常な 数字 と は 思え ない が ……」
ホワン は 勢い よく 机 を たたいた 。
「 これ は 数字 に よる 錯覚 だ ! 人数 の 八 割 まで が 二〇 歳 以下 と 七〇 歳 以上 で しめ られて いる 。 平均 すれば たしかに 四二 歳 だ が 、 現実 に は 三 、 四〇 代 の 中堅 技術 者 など い は し ない のだ 。 社会 機構 全体 に わたって 、 ソフトウェア の 弱体 化 が 徐々に 進行 して いる 。 これ が どれほど おそろしい こと か 、 賢明なる 評議 員 各位 に は ご 理解 いただける と 思う が ……」
ホワン は 口 を 閉じ 、 ふたたび 一同 を 見まわした 。 まともに その 視線 を うけとめた 者 は レベロ 以外 に い なかった 。 ある 者 は 下 を むき 、 ある 者 は さりげなく 視線 を そらし 、 ある 者 は 高い 天井 を 見上げた 。
レベロ が ホワン に かわった 。
「 つまり 民 力 休養 の 時期 だ と いう こと です 。 イゼルローン 要塞 を 手中 に した こと で 、 わが 同盟 は 国 内 へ の 帝国 軍 の 侵入 を 阻止 できる はずだ 。 それ も かなり の 長 期間 に わたって 。 とすれば 、 なにも 好んで こちら から 攻撃 に でる 必然 性 は ないで は ない か 」
レベロ は 熱心に 説いた 。
「 これ 以上 、 市民 に 犠牲 を しいる の は 民主 主義 の 原則 に も はずれる 。 彼ら は 負担 に たえかねて いる のだ 」
反駁 の 声 が あがった 。 評議 員 中 、 ただ ひと り の 女性 である 情報 交通 委員 長 コーネリア ・ ウィンザー から であった 。 つい 一 週間 前 に 新 任さ れた ばかりだ 。
「 大義 を 理解 しよう と し ない 市民 の 利己 主義 に 迎合 する 必要 は ありません わ 。 そもそも 犠牲 なく して 大 事業 が 達成 さ れた 例 が ある でしょう か ? 」 「 その 犠牲 が 大き すぎる ので は ない か 、 と 市民 は 考え はじめた のだ 、 ウィンザー 夫人 」 レベロ は 彼女 の 公式 論 を たしなめる ように 言った が 、 効果 は なかった 。