第 四 章 第 一三 艦隊 誕生 (2)
キャゼルヌ 少将 が 笑う だろう 、 抵抗 する に して も 方法 が 拙劣 だ 、 と 。 しかし ヤン は ここ で 円熟 した おとな と して 行動 する 気 に なれ なかった 。 起立 する の も いやであり 、 拍手 する の も 同盟 万 歳 を 叫ぶ の も いやだった 。 トリューニヒト の 演説 に 感動 し なかった が ゆえ に 非 愛国 者 と 指弾 さ れる の なら 、 仰せ の とおり と 応じる しか ない 。 いつでも 、 王様 は 裸 だ と 叫ぶ の は おとな で は なく 子供 な のだ 。
「 貴 官 は どういう つもり で ……」
中年 の 准将 が わめこう と した とき 、 壇上 の トリューニヒト が 腕 の 位置 を さげた 。 かるく 両手 で 聴衆 を 抑える 動作 を する 。 それ に ともなって 狂 熱 の 水量 が 減少 し 、 静寂 が 音響 を 圧し はじめた 。 人々 の 頭部 の 位置 が 低く なる 。
ヤン を にらみつけて いた 中年 の 准将 も 、 厚い 頰肉 を 不満 そうに 震わせ ながら 席 に 着いた 。
「…… 諸君 」
壇上 の 国防 委員 長 は ふたたび 口 を 開いた 。 長 広 舌 と 絶叫 で 彼 の 口腔 は 乾 上がって おり 、 その 声 は 非 音楽 的に かすれた 。 せき を ひと つ する と 彼 は 演説 を つづけた 。
「 吾々 の 強大な 武器 は 、 全 国民 の 統一 さ れた 意思 である 。 自由 の 国 であり 民主 的 共和 政体 である 以上 、 どれほど 崇高な 目的 であって も 強制 する こと は でき ない 。 各人 に は 国家 に 反対 する 自由 が ある 。 しかし 良識 ある わが国 民 に は あきらかな はずだ 。 真 の 自由 と は 卑小 な 自我 を 捨てて 団結 し 、 共通の 目的 に むかって 前進 する こと だ 、 と 。 諸君 ……」
そこ で トリューニヒト が 口 を 閉ざした の は 、 口 が 乾いて 声 が かすれた ため で は ない 。 ひと り の 女性 が 座席 間 の 通路 を 演壇 へ と 歩みよる の に 気づいた から である 。 ライト ・ ブラウン の 頭髪 を した 若い 女性 で 、 すれちがう 男 の 半数 以上 が ふりむく であろう ていど に は 美しかった 。 彼女 の 歩む 、 その 両側 から 低い 不審 の ざわめき が 生じて 周囲 に 波紋 を ひろげた 。
…… 誰 だ 、 あの 女 は ? なに を する 気 だ ?
ヤン が 他の 聴衆 に ならって 女 の ほう を 見た の は 、 トリューニヒト の 顔 を 見 つづける より ましだ と 思った から だ が 、 女 を 認めて かるく 眉 を うごかさ ず に は い られ なかった 。 彼 の 記憶 に ある 容貌 だった のだ 。
「 国防 委員 長 」
ひびき の よい メゾソプラノ の 声 で 女 は 壇上 に むかって 語りかけた 。
「 わたし は ジェシカ ・ エドワーズ と 申します 。 アスターテ 会戦 で 戦死 した 第 六 艦隊 幕僚 ジャン ・ ロベール ・ ラップ の 婚約 者 です 。 いいえ 、 婚約 者 でした 」
「 それ は ……」
雄弁な はずの 〝 次代 の 指導 者 〟 は 絶句 した 。
「 それ は お 気の毒でした 、 お嬢さん 、 しかし ……」
らち も ない こと を 言って 、 国防 委員 長 は 意味 も なく 広い 会場 を 見わたした 。 六万 の 聴衆 は 六万 の 沈黙 で 彼 に 応えた 。 全員 が 息 を ひそめて 、 婚約 者 を 失った 娘 を 見つめて いた 。
「 いたわって いただく 必要 は ありません 、 委員 長 、 わたし の 婚約 者 は 祖国 を まもって 崇高な 死 を とげた のです から 」 ジェシカ は 静かに 委員 長 の 狼狽 を 抑え 、 トリューニヒト は 露骨に 安堵 の 表情 を 浮かべた 。
「 そう です か 、 いや 、 あなた は まさに 銃後 の 婦女子 の 鑑 と も いう べき 人 だ 。 あなた の 称賛 す べき 精神 は かならず 厚く 酬 われる でしょう 」
臆 面 の ない その 姿 に 、 今度 は ヤン は 目 を 閉じ たく なった 。 羞恥心 の 欠けた 人物 に 不可能 事 は ない のだ と しか 思え ない 。
いっぽう 、 ジェシカ は 冷静な ように みえた 。
「 ありがとう ございます 。 わたし は ただ 、 委員 長 に ひと つ 質問 を 聞いて いただき たくて まいった のです 」
「 ほう 、 それ は どんな 質問 でしょう 、 私 が 答えられる ような 質問 だ と いい のだ が ……」 「 あなた は いま 、 どこ に います ? 」 トリューニヒト は まばたき した 。 質問 の 意図 を 諒 解 でき なかった 聴衆 の 多数 も おなじ こと を した 。
「 は 、 なんで す と ? 」 「 わたし の 婚約 者 は 祖国 を まもる ため に 戦場 に おもむいて 、 現在 は この世 の どこ に も いま せ ん 。 委員 長 、 あなた は どこ に います ? 死 を 賛美 なさる あなた は どこ に います 」 「 お嬢さん ……」
国防 委員 長 は 誰 の 目 に も たじろいで 見えた 。
「 あなた の ご 家族 は どこ に います ? 」 ジェシカ の 追及 は 容赦 なく つづいた 。 「 わたし は 婚約 者 を 犠牲 に ささげ ました 。 国民 に 犠牲 の 必要 を 説く あなた の ご 家族 は どこ に います ? あなた の 演説 に は 一 点 の 非 も ありません 。 でも ご 自分 が それ を 実行 なさって いる の ? 」 「 警備 兵 ! 」 右 を 見 、 左 を 見て トリューニヒト は 叫んだ 。 「 この お嬢さん は とり乱して おら れる 。 別室 へ お つれ しろ 。 軍 楽隊 、 私 の 演説 は 終わった 。 国歌 を ! 国歌 の 吹奏 だ 」
ジェシカ の 腕 を 誰 か が つかんだ 。 ふりはらおう と して 彼女 は 相手 の 顔 を 見 、 思いとどまった 。
「 行こう 」
ヤン ・ ウェンリー は 穏やかに 言った 。
「 ここ は あなた の いる べき 場所 で は ない と 思う ……」
勇壮な 昂 揚 感 に あふれた 音楽 が 会場 内 に みち はじめて いた 。 自由 惑星 同盟 の 国歌 「 自由 の 旗 、 自由 の 民 」 である 。
「 友 よ 、 いつ の 日 か 、 圧政 者 を 打倒 し
解放 さ れた 惑星 の 上 に
自由 の 旗 を 樹 て よう
吾 ら 、 現在 を 戦う 、 輝く 未来 の ため に
吾 ら 、 今日 を 戦う 、 実り ある 明日 の ため に
友 よ 、 謳おう 、 自由 の 魂 を
友 よ 、 示そう 、 自由 の 魂 を 」
音楽 に あわせて 聴衆 が 歌い はじめる 。 先刻 の 無秩序な 叫び声 と ことなり 、 それ は 統一 さ れた ゆたかな 旋律 だった 。
「 専制 政治 の 闇 の 彼方 から
自由 の 暁 を 吾 ら の 手 で 呼びこもう 」
演壇 に 背 を むけて 、 ヤン と ジェシカ は 通路 を 出口 へ と 歩いて いった 。
両者 が 傍 を すぎる とき 、 聴衆 は 視線 を 投げ 、 すぐに 視線 を 壇上 に もどして 歌い つづける 。 両者 の 前 で 音 も なく 開いた ドア が 、 彼ら の 背後 で 閉じる とき 、 国歌 の 最後 の 一節 が 耳 を うった 。
「 おお 、 吾 ら 自由 の 民
吾 ら 永遠に 征服 さ れ ず ……」
Ⅱ 落日 の 最後 の 余 光 が 消えさり 、 甘美な 夜 の 涼 気 が 地上 を おおって いた 。 絢爛 たる 星 の 群 が 蒼銀 の 光 を ふりそそぎ はじめた 。 この 季節 、 螺旋 状 の 絹 帯 に たとえられる 星座 の 輝き が ひときわ 鮮烈である 。 ハイネセンポリス の 宇宙 港 は 喧騒 を きわめて いた 。
広大な ロビー に 種々雑多な 人々 が 群れ つどって いる 。 旅 を 終えた 者 が おり 、 これ から 旅立つ 者 が いる 。 見送る 者 、 出迎える 者 、 昔ながら の スーツ 姿 の 一般 市民 、 黒い ベレー 帽 を かぶった 軍人 、 コンビネーション ・ スーツ の 技術 者 、 人 いきれ に 閉口 した ような 表情 で 要所 要所 に たたずむ 警備 官 、 仕事 に おいまわさ れ ながら 足早に 歩く 宇宙 港 職員 、 はしゃぎ まわる 子供 たち 、 邪魔な 人間 ども の 間隙 を 縫って 二十 日 鼠 の ように 走りまわる 荷物 運搬 の ロボット ・ カー ……。
「 ヤン 」
ジェシカ ・ エドワーズ は 傍 に いる 青年 の 名 を 呼んだ 。
「 うん ? 」 「 わたし の こと 、 いやな 女 だ と 思った でしょう ね 」 「 どうして ? 」 「 悲し み を 黙って たえて いる 遺族 が 大部分 な のだ し 、 大勢 の 人 の 前 で あんな こと 叫んだり して 。 不快に 思って 当然だ わ 」
黙って たえて いる ばかりで 事態 が 改善 さ れた 例 は ない 、 誰 か が 指導 者 の 責任 を 糾弾 し なくて は なら ない のだ 。 ヤン は そう 考えた が 、 口 に だして は こう 言った だけ だった 。
「 いや 、 そんな こと は ない よ 」
ふた り は 宇宙 港 ロビー の ソファー の ひと つ に ならんで すわって いた 。
ジェシカ は 一 時間 後 の 定期 船 で ハイネセン の 隣 の 惑星 テルヌーゼン に 帰る のだ と いう 。 彼女 は その 地 で 初等 学校 の 音楽 の 教師 を して いる のだ 。 ジャン ・ ロベール ・ ラップ 少佐 が 生きて いれば 、 当然 、 ちかい 将来 、 退職 して 結婚 して いた であろう 。
「 あなた は 出世 なさった わ ね 、 ヤン 」
ジェシカ が 、 眼前 を 通過 する 三 人 の 親子 を 見つめ ながら 言った 。 ヤン は 返答 し なかった 。
「 アスターテ で の ご 活躍 、 うかがった わ 。 それ 以前 の 功績 も …… ジャン ・ ロベール が いつも 感心 して いた わ 、 同期 生 の 誇り だ と 言って 」
ジャン ・ ロベール ・ ラップ は いい 男 だった 。 ジェシカ が 彼 を えらんだ の は 賢明な 選択 だった と 、 いささか の 心 寂し さ と ともに ヤン は 思う 。 士官 学校 の 事務 長 の 娘 で 、 音楽 学校 に かよって いた ジェシカ ・ エドワーズ 。 現在 で は 婚約 者 を 失った 音楽 教師 ……。
「 あなた を のぞいて 同盟 軍 の 提督 たち は 皆 、 恥じる べき ね 。 一 度 の 会戦 で 一〇〇万 人 以上 も の 死者 を だした のです もの 。 道義 上 も 恥じる べきな んだ わ 」
それ は すこし ちがう 、 と ヤン は 思った 。 非 戦闘 員 を 虐殺 した と か 休戦 協定 を 破った と か の 蛮行 が あった 場合 は ともかく 、 本来 、 名将 と 愚 将 と の あいだ に 道義 上 の 優劣 は ない 。 愚 将 が 味方 を 一〇〇万 人 殺す とき 、 名将 は 敵 を 一〇〇万 人 殺す 。 その 差 が ある だけ で 、 殺されて も 殺さ ない と いう 絶対 的 平和 主義 の 見地 から すれば 、 どちら も 大量 殺人 者 である こと に 差 は ない のだ 。 愚 将 が 恥じる べき は 能力 の 欠如 であって 、 道義 と は レベル の ことなる 問題 である 。 だが この こと を 言って も 理解 して は もらえ ない だろう し 、 理解 を もとめる べき こと で も ない ように 思わ れた 。
宇宙 港 の 搭乗 案内 が ジェシカ を ソファー から たた せた 。 彼女 の 乗る 定期 船 の 出港 が 迫った のだ 。
「 さようなら 、 ヤン 、 送って くださって ありがとう 」
「 気 を つけて 」
「 出世 なさって ね 、 ジャン ・ ロベール のぶん も 」
搭乗 口 に 消える ジェシカ の 後ろ姿 を ヤン は じっと 見送った 。
出世 なさって 、 か 。 それ は より 多く の 敵 を 殺せ と いう こと だ と 、 彼女 は 気づいて いる だろう か 。 たぶん 、 いや 絶対 に 気づいて は いない だろう 。 それ は 銀河 帝国 に 彼女 と おなじ 境遇 の 女性 を つくれ と いう こと で も ある のだ 。 その とき 帝国 の 女性 たち は 誰 に 悲哀 と 怒り を ぶつける のだろう ……。
「 あの 、 ヤン ・ ウェンリー 准将 で いらっしゃいます か 」 年老いた 女性 の 声 が した 。 ヤン は ゆっくり ふりむいて 、 五 、 六 歳 の 男の子 を つれた 上品 そうな 老婦 人 の 姿 を 視界 の うち に 見いだした 。
「 そう です が ……」
「 ああ 、 やっぱり 。 これ 、 ウィル 、 この 方 が アスターテ の 英雄 です よ 、 ごあいさつ なさい 」
男の子 は はにかんで 老婦 人 の 背後 に 隠れた 。
「 わたし は メイヤー 夫人 と 申します 。 夫 も 、 息子 も 、 息子 と いう の は この 子 の 父親 です が 、 軍人 で 、 帝国 軍 と 戦って 名誉 の 戦死 を とげ ました 。 あなた の 武 勲 を ニュース で 知って 感激 した のです けれど 、 こんな 場所 で お 目 に かかれる なんて 望外 の 幸福で ございます わ 」
「…………」
自分 は いったい 、 いま どんな 表情 を して いる のだろう と ヤン は 思った 。
「 この 子 も 軍人 に なりたい と 申して おります 。 帝国 軍 を やっつけて パパ の 讐 を 討つ んだ と …… ヤン 准将 、 あつかましい お 願い と は 存じます が 、 英雄 で いらっしゃる あなた の お手 を この 子 に あたえて やって くださいません かしら 。 握手 を して いただけば この 子 に とって は 将来 へ の はげみ に なる と 思います の 」 老婦 人 の 顔 を ヤン は 正視 でき なかった 。
返答 が ない の を 承認 と とった のであろう 、 老婦 人 は 孫 を 若い 提督 の 前 に おしだそう と した 。