Section 028 - Kokoro - Soseki Project
じゃ 奥さん も 信用 なさら ない んです か 」 と 先生 に 聞いた 。
先生 は 少し 不安な 顔 を した 。 そうして 直接の 答え を 避けた 。
「 私 は 私 自身 さえ 信用 して いない のです 。 つまり 自分 で 自分 が 信用 でき ない から 、 人 も 信用 でき ない ように なって いる のです 。 自分 を 呪う より 外 に 仕方 が ない のです 」
「 そう むずかしく 考えれば 、 誰 だって 確かな もの は ない でしょう 」
「 いや 考えた んじゃ ない 。 やった んです 。 やった 後 で 驚いた んです 。 そうして 非常に 怖く なった んです 」
私 は もう 少し 先 まで 同じ 道 を 辿って 行き たかった 。 すると 襖 の 陰 で 「 あなた 、 あなた 」 と いう 奥さん の 声 が 二 度 聞こえた 。 先生 は 二 度 目 に 「 何 だい 」 と いった 。 奥さん は 「 ちょっと 」 と 先生 を 次の 間 へ 呼んだ 。 二 人 の 間 に どんな 用事 が 起った の か 、 私 に は 解ら なかった 。 それ を 想像 する 余裕 を 与え ない ほど 早く 先生 は また 座敷 へ 帰って 来た 。
「 とにかく あまり 私 を 信用 して は いけません よ 。 今に 後悔 する から 。 そうして 自分 が 欺か れた 返 報 に 、 残酷な 復讐 を する ように なる もの だ から 」
「 そりゃ どういう 意味 です か 」
「 かつて は その 人 の 膝 の 前 に 跪いた と いう 記憶 が 、 今度 は その 人 の 頭 の 上 に 足 を 載せ させよう と する のです 。 私 は 未来 の 侮辱 を 受け ない ため に 、 今 の 尊敬 を 斥 けたい と 思う のです 。 私 は 今 より 一層 淋しい 未来 の 私 を 我慢 する 代り に 、 淋しい 今 の 私 を 我慢 したい のです 。 自由 と 独立 と 己 れ と に 充 ち た 現代 に 生れた 我々 は 、 その 犠牲 と して みんな この 淋し み を 味わわ なくて は なら ない でしょう 」
私 は こういう 覚悟 を もって いる 先生 に 対して 、 いう べき 言葉 を 知ら なかった 。