三 姉妹 探偵 団 3 Chapter 13
13 三 姉妹 、 ひとりぼっち
夕 里子 が 目 を 覚ました の は 、 もう 午後 の 二 時 近く だった 。
国 友 に 送ら れて 帰って 来た の が 朝 の 八 時 過ぎ だ から 、 これ でも そう 長く 眠った わけで は ない 。
しかし 、 玄関 を 上る なり 、 声 も かけ ず に ベッド へ 直行 。
そのまま ドサッ と 倒れ 込んで 眠って しまった のである 。
眠かった 、 と いう より 、 疲れ 切って いた のだろう 。
もちろん 服 も パーティ に 着て 行った 「 涼しい 」 ワンピース の まま だった 。
ちょっと 身震い して 、 夕 里子 は あわてて 着替え を した 。
「── お 姉さん 。
どこ に いる の ? 夕 里子 は 、 居間 へ 入って 、 戸惑った 。
家 の 中 が 、 いやに 寒い 。
ヒーター が 全然 入って い ない のだ 。
急いで ヒーター を つけ 、 夕 里子 は 首 を かしげた 。
「 おかしい な ……」
大体 、 綾子 は 寒 がり な のである 。
こんな 寒い まま で 家 に いる わけ が ない 。
出かけた のだろう か ?
でも ── どこ へ ?
考えて みれば 、 ゆうべ 、 あの ルミ と いう 子 が やって 来て 、 珠美 が 「 誘拐 」 さ れた 、 と 言った の を 聞いて 失神 。
そのまま 姉 を ソファ に 寝かして 、 夕 里子 は 出て しまった のだ が 、 帰って 来た とき 、 姉 は いた のだろう か ?
夕 里子 は 、 部屋 の カーテン が 、 全部 閉った まま に なって いる の に 気付いた 。
開ける と 、 やっと 「 昼間 」 と いう 感じ に なる 。
カーテン が 閉った まま 、 と いう こと は 、 つまり 綾子 が 、 ゆうべ から 帰って い ない 、 と いう こと だろう 。
「 お 姉さん ──」
ふと 、 不安に なって 、 夕 里子 は マンション の 中 を 捜し 回った 。
何しろ 、 珠美 が 停学 処分 に なった だけ で 、 責任 を 感じて 首 を 吊 り かけた 綾子 である 。
珠美 が 誘拐 さ れた の も 自分 の せい 、 と 、 また 首吊り で も やり かね ない 。
大体 、 ああいう 性格 は 、 悪い こと は 何でも 自分 の せい だ と 思い 込み 、 悲嘆 に くれる と いう くせ が ある 。
その 一方 で 、 それ を 楽しんで る ── と いって は 変だ が 、 多少 、 演じて いる 、 と いう ところ も ある ので 、 結構 、 本当に 死 ん じ まったり する こと は ない もの な のだ 。
でも 、 分 ら ない 。
結構 、 何 か の 弾み で 死 ん じ まう と いう こと も ……。
捜し 回る と いって も 、 あの 小峰 邸 と は 違う 。
どこ に も 綾子 が い ない と 確認 する のに 、 そう 時間 は かから なかった 。
取りあえず ホッと した もの の ── さて 、 それ じゃ どこ へ 行った んだろう ?
「 揃い も 揃って …… 全く !
夕 里子 が ため息 を つく の も 無理 は ない 。
「 お腹 空いた !
ラーメン でも 食べよう 」
お 湯 を 沸かして カップ ラーメン 。
出来る の を 待つ 四 分間 より 、 食べ 始めて から 終る まで の 方 が 短い くらい だった ……。
それ に した って ── 綾子 も 珠美 も 行方 不明 と は 。
綾子 に した って 、 一 人 で 出かけて 外泊 して 来る なんて 、 およそ 考え られ ない こと である 。
「 まさか ……」
家 の 中 じゃ なくて 、 外 で 、 川 に 身 を 投げよう と か ……。
そんな こと が !
書き置き らしき もの も ない し 、 いくら 何でも ── と は 思った が 、 考え 出す と 心配に なって 来る もの である 。
ちょっと 出て みよう 。
夕 里子 は 、 一 階 の ロビー に 降りる と 、 外 へ 出た 。
「 お ー い 、 身投げ だ !
いきなり 、 男 の 大声 が 聞こえて 、 夕 里子 は ギョッ と した 。
お 姉さん ! 早まら ないで !
ワッ と 駆け 出す と 、 大きな ボストン バッグ を 下げた 男 と ぶつかり そうに なる 。
「 おっと 、 失礼 」
「 あなた です か 、 今 、 怒鳴った の は ?
と 、 夕 里子 は せき込む ように 言った 。
「 え ?
男 は キョトンと して いる 。
「 身投げ だって 怒鳴り ませ ん でした ?
「 ああ 」
と 、 男 は 肯 いた 。
「 ど 、 どこ です か ?
「 どこ って ── これ だ よ 」
男 は 、 大きな 紙袋 を 持ち 上げて 見せた 。
「 大阪 に 出張 して 来て ね 。
今 帰った んだ 」
「 でも ──」
「 ちょうど 、 ベランダ に 子供 が いたんで 、『 みやげ だ 』 と 言った んだ よ 。
それ が 何 か ──? 夕 里子 は 顔 を 真 赤 に する と 、
「 紛らわしい こと を 言わ ないで 下さい !
と かみつき そうな 口調 で 言った 。
プリプリ し ながら 歩いて 行く 夕 里子 を 、 男 は 目 を 白黒 さ せて 見送って いた ……。
いやに 冷たい もの が 頰 に 当って 、 珠美 は 目 を 覚ました 。
と いって も 、 ただ 眠って いて 目 が 覚めた と いう の と は 違う 。
── 少しずつ 、 少しずつ 、 意識 が 戻って 来る のだ 。
ああ 、 そう ……。
睡眠 薬 の せい だ 。
あの 井口 と か いう 秘書 !
ニヤニヤ 笑って ばっかり いて 、 そのくせ お腹 の 中 じゃ 何 を 考えて んだ か ……。
草間 由美子 だって 同じだ 。
いや 、 きっと 井口 以上 の ワル に 違いない 。
どう なった んだろう ?
ここ は まだ 小 峰 の 屋敷 な の か な 。
頭 を 上げて 、 周囲 を 見 回す と 、 どうも 様子 が 違う 。
── 立派な 部屋 で は ある のだ が 、 小 峰 の 所 と は まるで イメージ が 違って 、 しかも 、 ここ は また やたら 可愛い 。
ピンク が 主 の 花柄 の 壁 、 カーペット も ピンク 、 ベッド 、 机 ……。
どう 見た って 子供 部屋 の イメージ な のである 。
それ に 、 やたら と 並ぶ ぬいぐるみ の 数 たる や ……。
珠美 は 、 元来 あまり こういう 物 を 集める 趣味 が ない 。
持って いて 値 が 上る ような 珍しい ぬいぐるみ ( そんな もの が ある か どう か は ともかく ) なら ともかく 、 手伝い の 一 つ も し やしない 、 こんな 人形 に は 関心 が 持て なかった のである 。
しかし 、 その 珠美 に して から が 、 この コレクション に は 目 を 見張った 。
── 凄い 数 。 その 上 、 で かいこ と で かいこ と ……。
子供 の 体 ぐらい 充分に ある 熊 だの 、 タヌキ 、 恐竜 だ の の ぬいぐるみ 。
実物大 の 犬 、 猫 、 ウサギ 、 カバ ── まで は い ない が 、 それにしても よく 集めた もの だ 。
しかし 、 ここ は どこ だろう ?
椅子 に 座って いた 珠美 は 、 立ち上ろう と して 、 アレッ 、 と 思った 。
体 が 言う こと を きか ない のである 。
「 まだ 薬 が 効いて る の か な ──」
と 、 呟いて 、 ゾッと した 。
動け ない わけで 、 手 は 椅子 の 肘 かけ に 、 足 は 足首 を 椅子 の 足 に 、 縛り つけ られて いる のである 。
紐 が 太 目 で 、 そう 食い込んで は い ない ので 、 痛み は 大した こと も なかった が 、 どうにも 動かせ ない の は 確かだった 。
衣裳 は 、 小峰 邸 で 着せ られた 人形 風 の まま 。
「 どう なって ん の よ 、 これ ?
と 、 ブツブツ 言って いる と ……。
ヒョイ と 目 を 上げる と 、 目の前 に 、 いつの間に 入って 来た の やら 、 女の子 が 立って いる 。
十二 、 三 歳 ぐらい か 、 ちょっと お ませ な 感じ で は ある が 、 なかなか 可愛い 。
「 あら 、 お め め が さめた の ね 」
と 、 女の子 は 言った 。
お め め ?
珠美 は 目 を パチクリ さ せた が 、
「 良かった !
ねえ 、 ここ 、 あなた の お 部屋 ? と 訊 いた 。
「 お腹 空いた でしょう 。
今 、 ミルク を あげる わ ね 」
女の子 は 、 珠美 の 言葉 なんか 耳 に 入ら ない と いう 様子 で 、 さっさと 部屋 を 横切って 行った 。
「 ね 、 ちょっと ── お 願い が ある んだ けど な 。
この 縄 、 ほどいて くれ ない ? 珠美 は 、 頭 を めぐら せて 言った 。
「 さあ 、 どれ くらい 飲む か なあ ……。
あんた は 大きい から ねえ 、 少し 沢山に し ましょう ね 」
大きな お 世話 よ 、 と 、 珠美 は 思った 。
「 ねえ 、 ここ 、 あなた の うち ?
家 の 人 は ? お 父さん と か 、 お 母さん と か 、 い ない の ? 「 お腹 が 空いた の ?
泣か ないで 待って て ね 、 いい 子だから 」
誰 が 泣く か って !
── この 子 、 聞こえて ない の かしら ?
「 ねえ 、 あなた 、 ハサミ か 何 か で これ を 切って くれ ない ?
しかし 、 女の子 の 方 は 、 完全 無視 。
「── できた わ !
熱い から 、 火傷 し ないで ね 」
と 、 哺乳 びん を 手 に やって 来る 。
珠美 も 頭 に 来た 。
「 ちょっと !
人 の 話 を 聞いたら どう ? と 怒鳴って やった が 、 まるで 応えた 様子 なし で 、
「 はい 、 お 口 を あけて 」
と 、 哺乳 びん の 吸 口 を 珠美 の 口 へ 押しつけて 来る 。
「 ちょっと ── やめて よ ──」
ミルク なんて 飲み たく も ない !
首 を 左右 に 振る と 、 こぼれた ミルク が 胸 に 落ちた 。
「 あら あら 、 こぼしちゃ って 。
── いけない 子 ね ! コツン 、 と 拳 で 頭 を 叩か れ 、 珠美 は 真 赤 に なった 。
この ガキ ! 今に 見て ろ !
「 罰 と して 、 夜 まで ミルク は あげ ない わ 」
女の子 は そう 言う と 、 部屋 を 出て 行って しまった 。
「── 狂って る !
珠美 は 、 ホッと 息 を ついて 、 言った 。
どうして まあ 、 こう も 変な の ばっかり に 出くわす んだ ろ ?
あの 子 に 助けて もらう の は 、 どうも 無理な ようだ 。
何とか して 、 この 縄 を とか なくちゃ 。
珠美 は 、 必死で 手首 を 動かした 。
少しずつ でも 緩んで 来れば ……。
そして ── どれ くらい の 時間 、 やって いた だろう か ?
コツコツ 、 と 足音 が ドア の 外 に した 。
あの 子 で は ない 。 大人 の 足音 だ 。
珠美 は 、 息 を つめて 、 じっと ドア を 見つめた 。
ドア が 開いた 。
ガクッ と 頭 が 落ちた 。
綾子 。
── こちら も また 、 目 が 覚める ところ から 始まる 。
やはり 、 三 姉妹 の 仲 の 良 さ の 証拠 かも しれ ない 。
「 あ ……」
綾子 は 、 目 を パチクリ さ せ 、 それ から 大 欠 伸 を した 。
やけに 暗い 。
と は いえ 、 別に 綾子 の 場合 は 、 どこ か に 監禁 さ れて いる わけで も なく 、 縛ら れて も 、 睡眠 薬 を の ま さ れて も い なかった 。
ただ 、 どうして こんなに 暗い んだ ろ 、 と しばらく は 思い悩んで いた 。
それ に 、 こんな 固い 床 の 上 に 座り 込んで 、 窮屈に 身 を 縮めて ……。
こんな 所 で 寝て いれば 当然の こと ながら 、 体 中 が 痛い 。
夜中 な の かしら 、 まだ ?
でも ── いくら 夜中 でも 、 こんなに 真 暗 って こと は ない 。
壁 に 手 を 触れる と 、 ひんやり 冷たい 。
そう いえば 、 いやに 冷え冷え と して いる 。 冷蔵 庫 に でも 入った みたいで ……。
冷蔵 庫 ?
── いや 、 そう じゃ ない 。
エレベーター だ !
一体 どうして こんな 所 で 眠りこけて しまった の か 、 綾子 と して も 、 低 血圧 の 寝起き の 悪い 頭 で は 、 いささか はっきり し ない のだ が 、 ともかく 、 屋敷 の 中 を さまよって いて 、 男 と 女 の 会話 を 聞いて しまった こと は 、 よく 憶 えて いる 。
「 小峰 様 に 死んで もらう 」
と いう 、 物騒な 言葉 に びっくり して ……。
綾子 は 逃げ 出した のである 。
でも 、 誰 か が 追い かけて 来る ような 気 が して 、 怖かった 。
だ から 、 手近な ドア を 開けて 中 へ 入った のである 。
そこ は 幸い 、 隠れる のに 、 お あつらえ向きの 場所 、 毛布 だの シーツ だの が 沢山 し まい込んで ある 、 大きな 戸棚 みたいな もの だった 。
こりゃ いい や 、 と いう わけで 、 綾子 は 差し当り 危険 が 遠ざかる まで 、 その 中 に 、 シーツ を かぶって 隠れて いた 。
そして ── 何 が 起った のだろう ?
何 か 騒ぎ が あった こと は 、 綾子 に も 分 った 。
しかし 、 夕 里子 と は 違い 、「 君子 」── いや 、「 綾子 、 危うき に 近寄ら ず 」 を モットー と して いる この 長女 は 、 動か ない 方 が 安全である と 判断 した のだった 。
そして 、 暗がり で じっと して いる 内 、 いつしか 眠って しまった ……。
そして ハッと 気 が 付く と 、 もう 外 は いやに 静かに なって いた 。
何もかも 終った の かしら ?
綾子 の 場合 、 出て も 大丈夫 と 思って から 、 実際 に 動き 出す まで 、 さらに 三十 分 は かかる 。
やっと 、 その 戸棚 を 出る と 、 また 綾子 は 廊下 を 歩いて 行った のだ 。
する と ── 突然 、 少し 先 の 壁 が 、 スルスル と 扉 の ように 開いて 、 また あの 声 の 男 と 女 が 出て 来た のだった 。
綾子 の ように 、 会い たく ない 、 会い たく ない と 思って いる と 、 却って 会って しまう もの だ 。
ちょうど 、 学生 の ころ 、 予習 を やって なくて 、 当ら ない ように 、 先生 の 目 に つき ませ ん ように 、 と 祈って いる と 、 当って しまう の と 似て いる 。
しかし 、 綾子 は 幸い 、 向 う から は 見 られ ず に 済んだ 。
幸運な こと に 、 その 二 人 は 、 綾子 の いる の と は 逆の 方向 へ 歩いて 行った のだ 。
しかし 、 その後 を ついて 行く と 、 また 会って しまい そうな 気 が する 。
それ より 綾子 は 、 エレベーター に 興味 を ひか れた 。
エレベーター なら 、 下 へ 行けば どこ か 出口 が ある だろう 。 地下鉄 へ の 連絡 通路 ぐらい ある かも しれ ない (! )。
ともかく 、 スイッチ を 見付けて 、 綾子 は その エレベーター に 乗り 込んだ 。
そして 箱 が 下って 行き 、 下 へ 着いた とたん ……。
── 綾子 は 暗がり の 中 で 、 ため息 を ついた 。
扉 が 開か ない 内 に 、 エレベーター の 電源 が 切ら れて しまった 。
そして 、 綾子 は 、 ここ に 閉じ こめ られた まま に なった のである ……。
いかにも 綾子 らしい ドジ 加減 と いえば その 通り だ が 、 それでいて 、 大して 焦り も せ ず 、 ここ で 眠って しまった と いう の も 、 綾子 らしい 。
しかし 、 目 は 覚めて も 、 実際 に は 眠って いる の と 変り の ない 真 暗がり 。
── どう したら い い んだろう 、 と 綾子 は 途方 に くれて いた ……。
と ── どこ か で 、 ブーン と いう 低い 音 が して 、 いきなり 、 明り が 点いた 。
電気 が 通じた のだ 。
綾子 は 立ち上って 、
「 あい たた ……」
と 、 腰 を 押えた 。
「 いやだ わ 、 もう トシ な の かしら 」
エレベーター が 上り 始めた 。
誰 か が 上 で 呼んで いる のだ 。 と いう こと は ── 誰 か が 乗って 来る わけだ 。
どう しよう ?
綾子 は 、 ただ 当惑 して 突っ立って いる ばかりだった 。
もっとも 、 この 場合 は 、 綾子 なら ず と も 、 他 に どう しよう も なかった だろう が 。
── エレベーター が 、 ガクン 、 と 停 って 、 扉 が スルスル と 開いた 。
「 や あ 。
── どうか ね 」
ドア を 開けて 入って 来た の は 、 どうにも パッと し ない 、 どこ に でも い そうな 中年 男 。
縛ら れた 椅子 から 、 珠美 は キッ と 男 を にらみ つけた 。
「 あんた が 私 を ここ へ 連れて 来た の ね !
「 そう 怒ら ん で くれ 」
男 は 、 ドア を 閉める と 、 肩 を すくめた 。
── 風采 は パッと し ない が 、 着て いる 部屋 着 らしき もの だけ は 、 いかにも 高 そうである 。
洋服 に 負けて る わ よ 、 あんた 、 と 珠美 は 心 の 中 で 悪態 を ついた 。
「 早く 縄 を 解き なさい よ !
今 、 黙って 帰して くれりゃ 、 誘拐 罪 で 訴え ない って 約束 して やる わ 」
珠美 は まず 高飛車に 出た 。
「 なかなか 負けん気 の 娘 さん だ ね 」
と 、 男 は 苦笑い して 、「 しかし 、 私 は 君 を 誘拐 して 来た わけじゃ ない 。
誘拐 なら 、 むしろ 小峰 さん の 方 だろう 」
「 あんた は どう な の よ 」
「 私 は 、 競売 で 君 を せり落とした 」
「 へえ 。
その 言い分 が 、 警察 で 通用 する と 思って ん の ? 「 君 の 言い分 は 、 こうして 縛ら れて いる 状態 で は 通用 し ない んじゃ ない か ね 」
と 、 男 が やり 返す 。
こりゃ 、 強気 一点張り じゃ だめ か 、 と 珠美 は 思った 。
「── 分 った わ よ 。
どう しよう って いう の ? 「 私 は 、 君 を 娘 に せがま れて 買った んだ よ 」
「 娘 ?
── あの 少し イカレ た ──」
と 言い かけて 、 珠美 は 口 を つぐんだ 。
やはり 、 縛ら れて いる 身 と して は 、 あまり 怒ら せる ような こと を 言って は いけない 。
「 確かに ね 」
男 は 、 意外に も アッサリ と 肯 いた 。
「 あの 子 は 、 少々 まともじゃ ない 。 しかし 、 私 に とって は 、 かけがえのない 子 だ 」
「 そりゃ そう でしょう ね 」
「 母親 が 遊び 暮して いて 、 あの 子 は 愛情 に 飢えて いた 。
それ が この ──」
と 、 ズラリ 並んだ ぬいぐるみ を 手 で 示して 、「 ぬいぐるみ へ の 偏 愛 に なって しまった んだ 」
「 分 ら ない じゃ ない けど ……」
「 今 じゃ 、 あの 子 が 心 を 許して いる の は 、 ここ に いる ぬいぐるみ たち だけ な んだ よ 」
男 は 、 額 に 深く しわ を 寄せ 、 苦悩 の 色 を 言葉 に にじま せて いた 。
へえ 、 色 んな 家庭 が ある もん な んだ な 、 と 珠美 は 思った 。
「 君 、 分 って くれ ない か 」
と 、 男 は 言った 。
「 あの 子 の ため に 、 人形 の 役 を 演じて ほしい 」
「 そう 言わ れて も ……」
色々 と 予定 も あん の よ ね 、 と 口 の 中 で 呟く 。
「 ときに 、 君 ──」
と 、 男 は 、 珠美 の 前 に 立って 、 言った 。
「 なあ に ?
「 娘 の 人形 に なる ついで に ── 私 の 遊び 相手 に なら ん かね ?
いきなり 顔 を ニタ つか せて 、 父親 の 苦悩 は どこ へ やら 、 前かがみ に なって 、 珠美 の 方 へ 顔 を 近づけて 来る 。
冗談 じゃ ない わ よ ?
私 、 造作 の 悪い の は 趣味 じゃ ない の よ !
── と 、 叫び たかった が ……。
ここ は 、 一 つ 、 向 う の 浮気 心 を くすぐる 手 だ 、 と 思い 直した 。
「 そんな こと ……」
と 、 ためらって 見せ 、「── タダ じゃ ない わ よ ね ?
「 も 、 もちろん さ !
と 、 男 は ニヤニヤ して 肯 いた 。
「 買い取った と は いえ 、 それ は 娘 の 人形 と して だ 。 私 の 方 は 、 別 料金 だ よ 」
「 そう ……」
珠美 は 、 精一杯 、 色っぽく も ない 流し 目 を くれて ( これ を やる と 、 友だち に 、「 カンニング の 練習 ?
」 と 訊 かれる )、「 私 、 中年 の 人 って 好み な んだ 」
「 そう か !
良かった 。 私 も ね 、 十 代 の 女の子 が 好み な んだ よ 」
「 意見 、 合った わ ね 」
「 本当だ 」
珠美 は 、 微 笑み を 浮かべて 、
「 だけど …… 手 と 足 を 椅子 に くくりつけ られて んじゃ 、 何も でき ない わ 」
「 それ も そう だ な 。
よし 、 今 、 解いて あげる 」
── やった 、 と 内心 舌 を 出す 。
男 は 、 珠美 の 手首 を 肘 かけ に 縛り つけた 縄 を 解き に かかった が 、
「 待てよ 」
と 、 手 を 止めた 。
「 どうした の ?
「 すぐ に 解 いち まっちゃ 、 つまらない 」
「 そ 、 そんな こと ない と 思う けど ……」
と 、 珠美 は 笑顔 を 作って 、「 それ に ── 手 が 痛く って 仕方ない の よ 」
「 そこ が また いい ところ だ 」
ちっとも 良 か ない 。
男 は 、 手 を 伸して 来て 、 珠美 の 頰 を 撫でた 。 ── ゾッと した が 、 必死で 顔 に 出さ ない ように する 。
「 縛ら れた まま で 、 うんと 可愛い が って やる 。
それ から 縄 を 解いて あげる よ 」
「 ええ ?
私 ── そういう の 、 趣味 じゃ ない んだ けど ……」
「 私 の 趣味 な んだ よ 」
親子 揃って おかしい んじゃ ない の 、 この うち は !
必死で 身 を よじって も 、 動ける 範囲 は たかが 知れて いる 。
男 が 、 珠美 の 胸 に 手 を かけた 。
そして ……。
男 が 息 を 激しく 吸い 込む 音 が した 。
何 だ ?
どうした んだろう ? 珠美 は 、 男 が 、 幽霊 でも 見た ように 、 カッ と 目 を 見開いて 、 青ざめて いる の を 見た 。 しかし 、 その 目 は 、 珠美 を 見て い ない 。
男 が 振り向いた 。
男 が 体 を 横 に 向けた ので 、 初めて 、 その 向 う に 立って いる 娘 ── あの 女の子 が 目 に 入った 。
「 お前 ……」
と 、 男 が 言った 。
「 私 の お 人形 よ !
女の子 は 、 烈 しい 怒り を こめた 口調 で 言った 。
「 パパ は いじっちゃ いけない って 、 言 っと いた でしょ ! 「 お前 ……」
男 の 声 が 震えた 。
男 が 、 完全に 娘 の 方 へ 向いて 、 その 背中 が 、 珠美 の 目 に 入る 。
部屋 着 の 背中 の 真中 に 、 赤い しみ が 広がり つつ あった 。
それ は 見る 間 に 大きく なって 来る 。
そして 、 珠美 は 、 あの 女の子 が 、 両手 に しっかり と 握って いた もの ── それ が 先 の 鋭く 尖った 包丁 だった と 思い 付いた 。
男 は 、 その 場 に ガクッ と 膝 を つく と 、 床 に 伏した 。
── 女の子 は 、 大して 気 に も 止めて い ない 風 だ 。
「 パパ は よく 噓 つく の よ ね 」
と 言う と 、 血 の ついた 包丁 を 持って 、 珠美 の 方 へ やって 来た 。
しかも 、 父親 の 体 を 踏み つけて である 。
珠美 は 身震い した 。
この とき ばかり は 、 国 友 に 、 助けて くれたら 、 貯金 全部 を やって も いい 、 と 思った 。
「 あんた は 私 の もの な んだ から ね 」
と 、 女の子 が 珠美 を 見下ろして 言う 。
包丁 の 切 っ 先 が 、 目の前 数 センチ の 所 に あって は 、 逆らう わけに も いか ない 。
珠美 は ユックリ と 肯 いた 。
「 でも 、 あんた お 人形 に しちゃ よく しゃべる わ 」
と 、 女の子 が 言った 。
「 しゃべら ない ように し ましょう ね 」
そんな ボタン 、 ついて ない わ よ 、 と 珠美 は 思った 。
「 喉 の とこ 、 これ で 切れば 、 しゃべれ なく なる わ よ ね 、 きっと 」
珠美 は 目 を むいた 。
喉 の とこ を 切れば ? ── それ じゃ 死 ん じ まう !
「 あ 、 あの ね 、 いい 子だから 聞いて !
お 姉ちゃん は 凄く 可愛い お 人形 を 持って る の よ 。 あなた に あげる わ 。 ね ?
「 しゃべっちゃ だめ 」
と 、 女の子 は 顔 を しかめた 。
「 私 、 うるさい の 嫌いな の 」
包丁 を 無造作に 握り 直す と 、「 どの 辺 から 声 が 出る の か な ……」
と 、 かがみ 込んで 、 珠美 の 喉 を まじまじ と 眺め 、
「 この 辺 か なあ ……」
と 、 包丁 の 先 を 喉 へ ──。
「 待て !
と 、 鋭い 叫び声 。
国 友 だった 。
部屋 の 中 へ 飛び 込んで 来る と 、 女の子 に 背後 から 抱きつき 、 横 へ 転がった 。 包丁 が 、 宙 を 飛んで 、 遠い 床 に ストン 、 と 突き 立った 。
「 国 友 さん !
── 国 友 さん ! 珠美 は 、 叫んで いた 。
「 もう 大丈夫だ !
安心 しろ よ ! 国 友 の 声 が 耳 に ……。
そして 、 珠美 は 、 気 を 失って しまった 。