三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 09
9 死んだ 雇い主
よく 暖房 の 効いた 応接 室 で 、 三崎 刑事 は 、 つい ウトウト し かけて いた 。
何しろ 寝不足 気味な のである 。
この 暮れ の 時期 に ……。
刑事 に は 、 暮れ の 大掃除 も 正月 の くつろぎ も ない 。
もちろん 、 事件 が なければ 休め も する のだ が 、 年の暮れ と いう の は 、 むしろ 事件 の 多い 時期 である 。
もう ここ 何 年 も 、 三崎 は 家族 と 、 のんびり 正月 を 過 した こと が ない 。
予定 と いう もの の 立た ない 商売 である 以上 、 仕方 の ない こと で は ある が 、 やはり 妻 や 子 へ の 後ろめたい 思い は 抜き がたい もの だった 。
もちろん 、 三崎 も 、 人並みに 静かな 正月 を 迎え たい と は 思う のだ が ── 殺さ れた 被害 者 の 、 哀れな 姿 、 その 家族 の 嘆き を 思い出す と 、 とても のんびり コタツ に 入って いる わけに は いか なく なる 。
── 今日 は 暮れ の 二十八 日 。
他の 官公庁 は 御用 納 め の 日 だ 。
応接 室 の ドア が 開いて 、 三崎 は ハッと 顔 を 上げた 。
「 お 待た せ し ました 」
と 、 入って 来た の は 五十 歳 前後 の 、 見るからに インテリ タイプ の 紳士 。
「 私 が 沼 淵 です が 」
「 三崎 と 申し ます 」
眠って いた こと を 気付か れ ない ように 、 三崎 は 、 咳払い する ふり を して 、 目 を こすった 。
「 お 休み 中 の ところ 、 申し訳 あり ませ ん 」
「 いや ……。
それ で 、 お 話 と いう の は ? 「 平川 浩子 さん と いう 娘 さん を ご存知 です か 」
「 平川 ……。
私 の 大学 の ゼミ に いる 平川 君 の こと か な 」
「 そうです 」
「 それ なら 、 もちろん 知って い ます 。
平川 君 が 何 か ──」
「 実は 、 他殺 死体 に なって 、 発見 さ れた のです 」
それ を 聞いて 、 沼 淵 は サッと 青ざめた 。
その 様子 は 、 ただ の 驚き 様 で は ない 。
三崎 は 、 たちまち 体 が 熱く なる の を 感じた 。 手応え が あった のだ 。
「 平川 君 が …… 殺さ れた ?
沼 淵 は 、 低い 声 で 訊 き 返した 。
「 その 通り です 。
ご 両親 の 話 で は 、 先生 が 家庭 教師 の 口 を 紹介 なさった と か 」
「 それ は ── 確かに そうです 」
沼 淵 は 、 首 を 振った 。
「 何て こと だ ……」
「 その 家 は 何という ──」
「 平川 君 の 死体 は どこ で 見付かった のです か ?
と 、 沼 淵 は 遮って 言った 。
「 都 内 の 、 高速 道路 の 下 に ある 公園 です 」
「 都 内 で ?
都 内 で 見付かった のです か ? と 、 沼 淵 は 意外 そうに 言った 。
「 そうです 。
── 何 か ご存知 です ね 」
「 いや ……。
私 は ……」
と 、 口ごもる 。
「 平川 さん は 、 手首 に 縛ら れた 跡 が あり ました 。
背中 に は 鞭 で 打た れた あと も 。 その 上 で 絞め 殺さ れた のです 。 あんな むごい こと を した 人間 を 、 許して おく わけに は いきま せ ん 」
三崎 は 決然と した 調子 で 言った 。
「 ご存知 の こと は 、 何もかも 話して 下さい 」
沼 淵 は 、 青ざめた 顔 に 、 汗 を かいて いた 。
「── いや 、 分 り ました 」
と 、 汗 を 拭って 、「 まさか こんな こと に なろう と は ……。
私 も 、 昨日 まで 、 何も 知ら なかった のです 」
「 昨日 まで ?
「 そうです 。
── いや 、 どう お 話し した もの か ……」
沼 淵 は 、 少し 深い 呼吸 を くり返し 、 気持 を 落ちつけて いる 様子 だった 。
「 実は 、 昨日 、 昔 の 教え子 が 訪ねて 来た のです 。 教え子 と いって も 、 私 が まだ やっと 助教授 に なった ばかりの ころ ── もう 二十 年 近く も 前 の こと です が 、 それ こそ 、 全く 久しぶりの 対面 で 、 話 が 弾み ました 。 そして 一緒に 居間 で ウィスキー など 飲んで いた のです 。 その 内 、 自然 、 話 は 同窓 生 の 消息 の こと に なり 、 あいつ は どうして いる 、 こいつ は どこ で 何 を して いる 、 と 思い 付く まま に 話 を して いた のです 。 その 内 、 ふと ──」
「 しかし ねえ 、 沼 淵 先生 」
と 、 その 教え子 は 言った 。
「 僕 も もう 四十 です よ 。 同窓 の 奴 で 、 僕 の 知って る だけ でも 死んだ 奴 が 四 人 も いる ……」
「 そう か ?
そりゃ 知ら なかった な 」
少し 酔い の 回って いる 沼 淵 は 、 ため息 を ついて 、「 教え子 の 葬式 に 出る って の は いやな もん だ 。
お前 と 同期 で 、 誰 かいた かな ? 「 ええ 。
この 数 年間 で 、 バタバタ と ね 。 四十 前後 って の は 、 危 い 時期 な んです よ 。 二十 代 、 三十 代 と 会社 に こき使わ れ 、 その 疲れ が どっと 出る 。 しかも 仕事 は 一向に 減り も せ ず 、 ただ 責任 だけ が のしかかって 来る ──」
「 おいおい 、 そう 侘 し い こと を 言う な よ 」
と 、 沼 淵 は 苦笑い した 。
「 だって 事実 です よ 。
四十 で 死んじゃ ねえ ……。 結局 、 働く だけ 働いて 、 ホッと 息 を つく 間 も ない んです から 。 山 神 、 佐藤 、 石垣 ……。 もう 一 人 、 誰 だった かな ? いやだ な 、 忘れ ち まった 」
「 おい 」
と 、 沼 淵 は 言った 。
「 今 、 石垣 と 言った か ? 「 ええ 」
「 石垣 って ……。
あの 、 哲学 者 みたいな 感じ の 男 か ? 「 そうです 。
『 ソクラテス 』 なんて あだ名 で 呼んで た じゃ あり ませ ん か 」
「 憶 えて る よ 。
しかし ── そりゃ 勘違い だ 」
と 、 沼 淵 は 笑った 。
「 勘違い ?
「 ああ 。
石垣 は 死んじゃ い ない 。 可哀そうな こと を 言う な よ 」
教え子 の 方 は 目 を パチクリ さ せて 、
「 死んで ない って ……。
先生 、 石垣 の 奥さん の 方 と 間違えて る んじゃ あり ませ ん か 」
「 どうして ?
彼女 も 確かに 教え子 だ よ 。 一 年 下 だった と 思った が 」
「 そうです 。
あの 亭主 の 方 は 、 死に ました よ 。 つい 、 半年 ほど 前 です 」
「 まさか 」
と 、 沼 淵 は 言った 。
「 つい 最近 、 俺 は 奥さん から 電話 を もらった ぞ 。 その とき 、 話 を した んだ 、 亭主 の こと も 。 元気に して おり ます 、 と 言って た 」
「 妙な 話 です ね 。
僕 は 、 石垣 の 葬儀 に 出た んです 。 間違い あり ませ ん よ 」
「 葬儀 に ?
本当 か 、 それ は ? 「 ええ 。
── 奥さん の 方 は もう 半 狂乱 と いう か ……。 もともと 、 あの 夫婦 、 少し まともで ない ような 者 同士 って ところ でした から ね 。 じゃ 、 きっと 、 奥さん 、 ノイローゼ な んじゃ ない か な 。 旦那 が 生きて る と 思い 込んで いる と か 」
「 ノイローゼ ?
「 ええ 。
そう なった と して も おかしく ない です よ 。 あの 悲しみ 方 は 、 普通じゃ あり ませ ん でした から ね 」
「 しかし …… そんな 様子 は なかった が 」
と 、 沼 淵 は 首 を 振った 。
「 石垣 の 奥さん 、 何の 用 で 、 電話 して 来た んです ?
「 ああ ……。
子供 が いる らしい 。 十三 と か いって た 、 男の子 で 」
「 見 ました よ 」
と 、 肯 いて 、「 目 の 大きな 子 で ね 。
また これ が 気味 悪い と いう か 、 まるっきり 感情 と いう もの の ない 顔 を して る んです 。 子供 だ から って 、 十三 に も なりゃ 、 父親 が 死んだ って こと の 意味 ぐらい 分 る でしょう 。 でも 、 悲し そうな 様子 なんて 、 まるで ない 。 母親 の 嘆き ぶり と 対照 的に 、 冷たい 顔 して 座って る んです 。 ── あれ も 、 逆の 意味 で 、 まともじゃ なかった な 」
「 その 子 の 家庭 教師 を 捜して くれ 、 と 言わ れた んだ 」
と 、 沼 淵 は 言った 。
「 優しい 女子 学生 が いい って こと だった 。 だから 、 今 の ゼミ の 女の子 を 紹介 して やった んだ が 」
教え子 は 、 それ を 聞いて グラス を テーブル に 置いた 。
「 そい つ は 、 ますます おかしい や 」
「 どうして だ ?
「 石垣 が 死んだ の は 、 なぜ だった と 思い ます ?
「 知ら ん が ……」
「 子供 の 家庭 教師 に 来た 女子 学生 と 、 石垣 は ── つまり 、 親密な 仲 に なって しまった んです 。
石垣 は その 女子 学生 と 無理 心中 した んです よ 」
「 何 だって ?
すっかり 酔い は さめて しまった 。
「 女子 学生 を 殺して 、 自分 は 手首 を 切った んです 。
── 東京 で の 話 じゃ ない ので 、 新聞 に も のら なかった ようです が ……。 部屋 が 血 の 海 だった と か 、 葬式 に 来て た 奴 から 聞き ました よ 」
沼 淵 は 、 息 を ついた 。
「── 信じ られ ん !
「 そんな こと が あって 、 まだ 奥さん が 女子 学生 を 家庭 教師 に 頼む なんて 、 考え られ ませ ん よ 。
そう でしょう 」
「 しかし ── 実際 に 頼んで 来た んだ ぞ 」
「 妙です ね 。
まあ 、 もう 亭主 の 方 は 死んで る から 、 浮気 さ れる 心配 は なし 、 って こと な の か な 」
「 うむ ……」
沼 淵 は 曖昧に 肯 いた 。
そう かも しれ ない 。
しかし 、 いくら 夫 が い なく なった から と いって 、 家庭 教師 が 若い 女子 学生 で なくて は いけない と いう 理由 は ない のに 、 石垣 園子 は なぜ 、 わざわざ 沼 淵 に そう 頼んで 来たり した のだろう ?
── その 話 で 、 すっかり 酔い も さめて しまった 沼 淵 は 、 教え子 が 帰って 行く と 、 ちょっと 不安に なった 。
石垣 が 死んだ と いう の が 本当 なら ── あの 教え子 が 噓 を つく はず も ない が ── 園子 夫人 は 明らかに まともで は ない こと に なる 。
そんな 所 へ 、 自分 の ゼミ の 女子 学生 を 行か せて いる のだ ……。
「── 私 は 、 ゆうべ 、 石垣 園 子 から 聞いた 電話 番号 へ かけて み ました 」
と 、 沼 淵 は 言った 。
「 しかし 、 その 番号 は 、 もう 今 、 使わ れて い なかった のです 」
「 なるほど 」
三崎 は 肯 いた 。
それ は 、 平川 浩 子 の 両親 が 聞いて いた の と 同じ 番号 だった のだろう 。
「 石垣 と いう 人 が どこ に 住んで いる の か 、 お 聞き に なり ませ ん でした か 」
と 、 三崎 が 訊 く 。
「 詳しく は 知ら ん のです 。
ただ ── 長野 の 方 の 山 の 中 だ と 聞いて い ます 」
確かに 、 聞か さ れて いた 電話 番号 は 、 その 辺り の もの だった 。
三崎 の 方 でも 、 その 一帯 を 当ら せて は いた のだ が 、 ともかく 手がかり が なかった 。
しかし 、 今 は 「 石垣 」 と いう 名 が 分 って いる のだ !
道 が 見えて 来た 感じ で 、 三崎 は 疲れ など 吹っ飛んで しまった 。
沼 淵 は 、 石垣 達夫 ── それ が 夫 の 名 だった ── と 、 妻 の 園子 に ついて 、 知って いる 限り の こと を 話した 。
更に 、 昨日 訪ねて 来た 教え子 の 連絡 先 も 、 調べて 来た 。
「 いや 、 これ だけ 分 れば 、 大いに 助かり ます 」
と 、 三崎 は 手帳 を 閉じた 。
「 しかし ── 平川 君 の ご 両親 に 会わ せる 顔 が あり ませ ん よ 」
と 、 沼 淵 は 沈んだ 声 で 言って 、 ハッと した ように 顔 を 上げた 。
「── 大変だ ! 「 え ?
「 いや ── 実は 二 、 三 日 前 の こと です が 、 石垣 園 子 から 、 もう 一 度 電話 が あった のです 」
「 ほう ?
「 そう 、 その とき 、 彼女 は 、 平川 君 が 、 都合 で やめて しまった と 言い ました 」
「 自分 から やめた 、 と ?
「 そうです 。
そして ── 誰 か 、 他 に 適当な 人 を 推薦 して いただけ ませ ん か 、 と ……」
それ を 聞いて 、 三崎 は 、 ソファ から 飛び上り そうに なった 。
「 つまり ── 石垣 園子 は 、 また 先生 の 所 へ 連絡 して 来る のです ね ?
「 いや 、 そう じゃ ない のです 」
と 、 沼 淵 は 首 を 振った 。
「 私 は 、 もう 他の 学生 を 推薦 して しまった のです 。 ── まだ 石垣 の 所 へ 行って い なければ いい が 」
「 誰 です 、 それ は ?
「 やはり 、 私 の ゼミ の 学生 で 、 佐々 本 綾子 と いい ます 」
「 佐々 本 …… 綾子 、 です ね 」
と メモ を して 、「── 佐々 本 ?
どこ か で 聞いた 名 だ 、 と 思った 。
「 すぐ 電話 して み ましょう 。
あそこ の 三 人 姉妹 が 、 揃って 石垣 の 山荘 へ 出かけて いる かも しれ ない 」
と 、 沼 淵 は 腰 を 上げた 。
「 待って 下さい !
三崎 は 目 を みはって 、「 佐々 本 綾子 と いう の は ── 三 人 姉妹 の 長女 で 、 次女 が 夕 里子 と いう しっかり者 、 三女 が ガッチリ 屋 の 珠美 ……」
「 その 通り です 」
と 肯 いて 、 沼 淵 は 、「 まさか ── その 三 人 まで 、 死体 で 見付かった など と いう こと は ……」
「 何て こと だ !
あの 三 人 が !
より に よって 、 そんな 所 へ ……。 三崎 は 首 を 振って 言った 。
「 いや ……。
まだ 、 死体 は 見付かって い ませ ん ……。 まだ ……」