三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 16
16 死 相
「 明け まして おめでとう 」
朝食 の 席 に 入って 行き ながら 、 珠美 が 馬鹿丁寧に 頭 を 下げた 。
「 何 やって ん の 」
と 、 夕 里子 が エプロン を して 、「 早く 座って 。
── お 雑煮 食べる でしょ ? 「 うん 。
それ と ハンバーグ 」
「 勝手に 作り なさい 」
「 あ 、 そう か 。
国 友 さん が 来る んだ 」
「 そう よ 。
だから 何 だって いう の ? 「 そんな スタイル で いいわけ ?
「 大きな お 世話 よ 」
夕 里子 は 、 食器 を 出して 、「 綾子 姉さん は まだ 寝て る ?
「 でしょ 、 当然 」
「 起こして 来て よ 。
お 正月 ぐらい は 、 一緒に 過 しま しょ 」
朝 と いって も 、 もう 十 時 だ 。
夕 里子 が 、 お モチ を 焼いて 、 お 雑煮 の 鍋 に 入れて いる と 、
「 手伝おう か ?
と 、 国 友 が ヒョイ と 台所 に 顔 を 出した 。
「 いやだ !
夕 里子 が 赤く なって 、「 いつ 来た の ?
「 今 、 下 に 来たら 、 ちょうど 珠美 君 が 郵便 を 取り に 来て て ね 。
一緒に 上って 来た の さ 」
「 一声 かけて くれれば いい のに 」
夕 里子 は エプロン を 外す と 、「 明け まして おめでとう ございます 」
「 ど 、 どうも ── こちら こそ 」
何だか かみ合わ ない 挨拶 である 。
「 何 よ 何 よ 、 他人 みたいな こと して 」
と 、 珠美 が 顔 を 出して 、「 キス ぐらい したら ?
「 あんた は 引っ込んで なさい 」
「 へい 」
珠美 が チョロッ と 舌 を 出して 姿 を 消す 。
「── 今年 も 楽し そうだ 」
と 、 国 友 は 笑った 。
「 だ と いい けど 」
と 、 夕 里子 が 首 を 振る 。
「 国 友 さん 、 お 雑煮 は ? 「 うん 。
もらう よ 。 ── 夕 里子 君 」
「 え ?
「 まあ 、 その ── 別に 新年 だ から って 、 どう って わけじゃ ない けど ──」
「 そう よ 。
一 月 一 日 も 、 二十四 時間 に 変り ない わ 」
「 そう だ ね 。
でも 、 気分 的に さ ……」
「 その 意味 は ある けど ね 」
「 だ から ここ は 一 つ ──」
理屈 は どう でも 、 要するに 二 人 は 唇 を 合わせて 、 新年 の 挨拶 と した のである 。
そこ へ 、
「 あら 、 おめでとう ございます 」
綾子 が 、 寝ぼけた 顔 で 立って いた 。
「 本年 も よろしく ……」
── 三十 分 後 に なって 、 やっと 、 三 姉妹 と 国 友 の 四 人 は 、 お 雑煮 を フーフー いい ながら 食べて いた 。
「 けが は どう ?
と 、 国 友 は 訊 いた 。
「 うん 、 大した こと ない 」
夕 里子 が 肯 いて 、「 国 友 さん 、 雪 の 下敷 に なった とき 、 足 を 痛めて た でしょ 」
「 そう だ っけ ?
君 と 必死で 火事 の 中 を 逃げて たら 、 治 っ ち まった 」
「 病 は 気 から 、 よ 」
綾子 が 、 今年 も 少し ピント の 外れた 発言 で 割り 込んだ 。
「 もう 、 事件 の 処理 は 済んだ の ?
と 、 夕 里子 が 訊 く と 、 国 友 は 首 を 振った 。
「 いや 、 何しろ この 時期 だ ろ ?
それ に 、 あそこ は 雪 が 深い し 、 道 は まだ 雪 で ふさが れて る し ……。 まだ 当分 かかる んじゃ ない か な 、 詳しい 現場 検証 まで に は 」
「 あの 親子 三 人 、 死んじゃ った の か なあ 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 あんなに 地下 道 と か あった わけじゃ ない 。 どこ か から 逃げた の かも ね 」
「 どうか な 」
「 そんな 可能 性 も ?
と 、 綾子 が 訊 く 。
「 まあ 、 ない こと は ない 。
ただ 、 一応 焼け跡 から 、 それ らしい 遺体 は 見付かって いる んだ 」
「 三 人 と も ?
「 うん 。
男 と 女 、 それ に 男の子 。 ── ただ 、 とても 判別 は つか ない し 、 確認 は でき ない だろう 」
「 でも 、 他 に 人 は い なかった んでしょ ?
「 僕 と 水谷 先生 が 捜した とき に は ね 」
「 じゃ 、 きっと あの 親子 だ わ 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 死んだ 人 の こと は 、 悪く 言わ ない ように しま しょ 。 もちろん 罪 は 罪 だ けど 」
「 ただ ね ──」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 色々 納得 でき ない こと は 残って る の よ 」
「 おい 、 やめよう よ 。
正月 早々 、 殺伐 と した 話 は 」
と 、 国 友 が 苦笑 した 。
「 ねえ 、 車 で 来た んだ 。 正月 の 、 空いた 町 を 車 で 走って み ない か 」
「 賛成 !
映画 見て 、 ご飯 食べよう 」
と 、 もちろん 珠美 が すかさず 言った 。
「 お 姉ちゃん 、 お年玉 」
「 パパ が 帰って から もらって よ 」
と 、 夕 里子 は すげなく 言って 、「 出かける の なら 、 仕度 し ない と 。
── じゃ 、 みんな 、 早く お 雑煮 を 食べちゃ って ちょうだい 」
国 友 が 、 変り ば え の し ない TV 番組 を 眺めて いる 間 に 、 三 人 姉妹 は 着替える こと に した 。
夕 里子 は 、 もちろん お 洒落 する の も 嫌いで ない 。
でも 、 それ ばかり に あんまり 手間 を かける 気 に は なれ ない のである 。
「 ね 、 夕 里子 、 この ワンピース 、 どう ?
と 、 綾子 が やって 来る 。
大体 、 綾子 の センス は 十 年 遅れて いる 、 と 定評 が ある (?
)。
── そう 。
夕 里子 に は 、 まだ スッキリ し ない こと が あった 。 もちろん 、 服 の こと で は ない 。
たとえば ── あの 二 階 の 部屋 の 中 で の 出来事 は ?
あの とき 、 暗がり の 中 を 這い 回って 、 夕 里子 の 足下 へ 寄って 来た の は 、 何 だった の か ? あるいは 誰 だった の か 。
そして 、 その後 、 国 友 と 水谷 は 、 あの 山荘 の 中 を 、 くまなく 捜して いる のだ 。
その とき 、 あの 中 に いた 「 誰 か 」 は 、 どこ へ 行って しまった の か 。
それ 一 つ を 取って みて も 、 よく 分 ら ない 。
石垣 の 話 は 、 大体 の ところ 、 事実 らしい ように 思えた 。
しかし 、 何といっても 石垣 一 人 の 話 しか 聞いて い ない のである 。
事実 が あの 通り だった と は 、 誰 に も 断定 でき ない 。
特に 、 三 人 と も 死んで しまった 今 と なって は 。
いや ── 本当に 死んだ のだろう か ?
あの 母親 と 息子 が 、 そう 簡単に 自ら 命 を 絶つ だろう か ? 夕 里子 に は 、 分 ら なかった ……。
「 お 姉ちゃん !
出 かける よ 」
と 、 珠美 が 顔 を 出して 、「 まだ そんな 格好 な の ?
早く し な よ 」
「 うん 。
すぐ 行く 」
「 やる こと が のろい の よ 」
と 、 綾子 が 、 珍しく 、 いつも 言わ れて いる 言葉 で 反撃 した 。
何 よ !
夕 里子 は ムッと して 、
「 恩知らず ばっかり !
と 、 呟いた 。
「 結構 、 人 が 出て る じゃ ない 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 本当 ね 」
綾子 も 、 おっとり と 青空 を 見上げた 。
「 お 正月 の 空 は きれいだ わ 。 あの 山 の 上 み たい 」
「 思い出さ せ ないで よ 」
と 、 夕 里子 が 苦笑 した 。
まるで 歩行 者 天国 みたいだった 。
車 が ほとんど 通って い ない のだ 。
都心 の 繁華街 。
── と いって も 、 ほとんど の 店 は 閉って いる 。
開いて いる の は 、 いく つ か の 喫茶 店 ぐらい の もの である 。
道 を 行く 若者 たち も 、 和服 から ジーパン まで 、 さまざま 。
正月 の 風景 も 、 すっかり 変って しまった 。 ── 夕 里子 は 、 いささか 年齢 に ふさわしから ぬ こと を 考えたり して いる 。
「 夕 里子 !
と 、 急に 声 を かけ られて 、 びっくり する 。
振り向く と ── 何と 敦子 が 手 を 振り ながら やって 来た 。
「 敦子 !
みどり さん じゃ ない 」
そう 。
川西 みどり と 片 瀬 敦子 である 。
「 家 に いて も 退屈だ し 、 出て 来ちゃ った 。
こう お 天気 が よくて あったかい と ね 。 ── そっち も 同様 ? 「 うん 。
国 友 さん が 映画 と 食事 を おごって くれる の 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 一緒に どう ? 「 そう だ よ 」
と 、 国 友 は 言い ながら 、 財布 に いくら 入って た かしら 、 と 考えて いた ……。
ともかく 、 差し当り 何 か 飲もう 、 と いう わけで 、 開いて いる 数 少ない 喫茶 店 の 一 つ に 入る こと に した 。
混 んで いた が 、 ちょうど 一 グループ が 出て 、 うまく 六 人 分 の 席 が 空いた のだった 。
「 私 、 チョコパフェ 」
と 、 敦子 が 注文 して 、「 みどり は ?
「 え ?
何だか ちょっと ぼんやり して た 川西 みどり は 、 ふっと 我 に 返って 、「 あ 、 ごめん 。
── 私 、 オレンジジュース で 」
「── どうかした の ?
と 、 夕 里子 が 訊 いた 。
「 う うん ……。
ただ 、 ちょっと めまい が した の 」
と 、 みどり は 首 を 振った 。
「 ゆうべ 飲み 過ぎた んじゃ ない ?
と 珠美 が 言った ので 、 みんな が 笑った 。
オーダー を 取り に 来た ウェイトレス の 女の子 が 、 額 の 汗 を 拭った 。
「 ご 注文 は ?
国 友 が まとめて 注文 を して 、
「── 忙し そうだ ね 」
と 声 を かけた 。
「 ええ !
お 正月 は 働く 人 が 少ない し 。 ── もう 目 が 回り そう 」
と 、 その ウェイトレス が グチ を こぼした 。
「 ありがとう ございました 」
出よう と する 客 を 見て 、 ウェイトレス は そう 言う と 、 急いで レジ の 方 へ 駆けて 行く 。
「 レジ も やる んじゃ 、 大変だ な 」
と 、 国 友 が 言った 。
「 手伝って あげよう かしら 」
と 、 綾子 が 言った 。
「 お 姉ちゃん が やったら 、 大 赤字 に なる よ 」
と 、 珠美 が からかった 。
その 間 に 、 みどり が 、 ゆっくり と 席 を 立って いた 。
夕 里子 は 、 トイレ に 行く の か な 、 と 思って 見て いた のだ が ……。
みどり は 、 レジ の 方 へ 歩いて 行く 。
今 、 お 金 を 払おう と して いる コート 姿 の 紳士 の 方 へ と 歩み寄り 、
「 あの ──」
と 、 声 を かける 。
夕 里子 は 立ち上った 。
紳士 が みどり の 方 を 振り向く の が 見えた 。
紳士 が 、 素早く みどり を 押した ように 見えた 。
みどり が よろけて 、 体 を 折り ながら 、 倒れた 。
「 国 友 さん !
と 、 夕 里子 が 叫んだ 。
「 あの 男 ! 紳士 が 、 店 から 飛び出した 。
「 どうした !
国 友 が 飛び上る ように 立ち上った 。
「 石垣 だ わ !
国 友 は 、
「 後 を 頼む ぞ !
と 怒鳴る と 、 石垣 を 追って 、 飛び出して 行った 。
「 みどり さん !
夕 里子 は 、 駆け寄って 、 みどり を 抱き 起こした 。
「 しっかり ──」
夕 里子 は 、 みどり の 胸 から 血 が 広がって いる の を 見て 、 息 を 呑 んだ 。
「 救急 車 を !
急いで ! ウェイトレス の 子 が 、 電話 へ 飛びつく 。
「── ここ へ ── 入った とき 、 何 か 感じて た の 」
と 、 みどり が 切れ切れの 声 で 言った 。
「 しゃべら ないで !
すぐ 救急 車 が 来る わ 」
「 夕 里子 さん ……」
みどり は 、 弱々しい 声 で 言った 。
「 あなた の 顔 に 見えた 死 相 は ── 私 のだった んだ わ 。 あなた に 反射 して 映って いた の を ── 気付か なかった ……」
「 馬鹿 言わ ないで !
死 相 なんて もの 、 ない わ よ ! 夕 里子 は 叱り つける ように 言った 。
「 珠美 ! 出血 を 止める もの を 何 か ! 「 あい よ 。
でも ── 何も ない よ 」
「 血 を 吸う もの ── シャツ 脱いで !
「 ここ で ?
「 早く し なさい !
夕 里子 は 自分 で セーター を 脱ぎ 出した 。
「 わ 、 分 った よ !
と 、 珠美 が あわてて コート を 脱ぐ 。
「 風邪 ひく かも 」
「 はい 、 これ 」
綾子 が もう 自分 の シャツ を 脱いで 、 さし出した 。
こういう とき 、 変に 人 の 目 を 気 に し ない のである 。
「 何とか 助ける の よ !
夕 里子 は 意地 に なって いた 。
── そんな 、「 死 相 」 なんて もの に 負けて たまる か !
敦子 は 、 表 に 飛び出す と 、
「 お 医者 さん は いま せ ん か !
と 、 大声 で 叫んだ 。
「 けが人 です ! お 医者 さん が いたら 、 ここ へ 来て 下さい ! 太った 男 が ドタドタ と 駆けて 来た 。
「 私 は 医者 だ けど ──」
「 良かった !
この 中 に 」
「 そう か 。
しかし ──」
「 いい から !
早く ! 敦子 が その 男 を 突き飛ばす ように して 、 店 の 中 へ と 押し 込んだ 。
病院 の 廊下 に 足音 が して 、 夕 里子 が 振り向く と 、 三崎 刑事 と 国 友 が 、 連れ立って やって 来る ところ だった 。
「 国 友 さん !
石垣 は ? 「 うん 。
捕まえた 。 みどり 君 は ? 「 まだ 、 分 ら ない の 」
と 、 首 を 振った 。
「 お 正月 で 、 外科 の 先生 が すぐ に は 見付から なくて ……」
「 そう か 。
しかし 、 よく やった よ 」
と 、 三崎 が 夕 里子 の 肩 を 、 軽く つかんだ 。
「 僕 が い ながら ……」
国 友 が しょげて いる 。
「 仕方ない さ 。
あんな 所 に 石垣 が いる と は 、 誰 も 思わ ん 」
三 人 は 、 長 椅子 に 腰 を おろした 。
「 お 姉さん たち は 、 マンション へ 戻った わ 。
ひどい 格好 だ から 」
と 、 夕 里子 は 、 は おった コート の 前 を 、 ギュッと 合わせて 、「 私 の 服 も 持って 来て くれる こと に なって る の 」
「 とんだ 正月 に なった ね 」
と 、 三崎 が 言った 。
優しい 口調 だった 。
夕 里子 は 、 何となく ホッと した 。
「── 石垣 は 、 何者 だった んです か ?
と 、 夕 里子 は 訊 いた 。
「 まだ 自白 して は い ない が ね 」
と 、 三崎 が 言った 。
「 石垣 は 、 麻薬 や 覚醒 剤 の 密売 に 係って いた んだ と 思う 。 それ も かなり の 大物 だった んじゃ ない か な 」
「 麻薬 の ?
「 石垣 と 無理 心中 した こと に なって いる 笹 田 直子 の 父親 と 話した とき に ね 、 石垣 が 、 いやに 落ちつき が なくて 、 妙な 気 が した 、 と 言って いた 。
おそらく 、 石垣 自身 も 薬 を 使って いた んだ 。 それ に 、 石垣 が 笹 田 と 会った 店 と いう の が 、 麻薬 の 密売 の 拠点 に なって 、 その 少し 後 で 手入れ を 受けた 所 な んだ 。 それ で 、 まず 間違い ない と にらんだ んだ よ 」
「 じゃあ ……」
夕 里子 は 思わず 言った 。
「 あの 、 石垣 の 奥さん も ──」
「 園子 も 当然 、 中毒 して いた はずだ 。
石垣 が 君 に 話した こと も 、 まる きり 噓 じゃ ない だろう が 、 園子 が 、 そんな 血 を 飲む なんて 妄想 を 抱いた の は 、 薬 の せい に 違いない と 思う ね 」
「 それ で 、 あんな ひどい こと を ……」
「 殺さ れた 娘 たち の こと は 、 石垣 も 知って いた んじゃ ない か な 。
薬 の ききめ を 確かめる の に 利用 して いた んじゃ ない か と 思う よ 。 園子 が 、 それ を 知って いた か どう か は 分 ら ない けど ね 」
「 実は ね ──」
と 、 国 友 が 言った 。
「 逃げ 出した 女の子 が 一 人 、 見付かって いる んだ 」
「 どこ から ?
と 、 夕 里子 は 目 を 丸く した 。
「 どこ から だ と 思う ?
僕 ら が 乗って 、 あの 山荘 へ 向 った 車 の トランク から さ 」
「 あの ドライブ ・ イン で ──」
「 そう 。
縛ら れて いた 縄 が 、 うまく とけて 、 トランク から 脱け出した 。 しかし 、 一緒に いる 僕 ら だって 、 もしかしたら 仲間 かも しれ ない ── いや 、 仲間 だ と 思わ れて 当然だろう から ね 。 その 女の子 は 、 あの 寒 さ の 中 、 じっと 隠れて いて 意識 を 失い 、 あの 店 の 主人 に 見付け られた んだ よ 。 ── その 子 が 、 昨日 、 やっと 意識 を 取り戻した 」
「 そう だった の 」
夕 里子 が 肯 いた 。
「 向 う へ 着いて 、 逃げ られた こと を 知った 園子 は ショック だったろう な 。
遠からず 警察 の 手 が のびて 来る と 分 って いたんだ 」
「 それ で 、 あんな こと を ……」
「 電話 線 を 自分 で 切って 、 それ から 雪 で 、 道 を ふさいだ 」
「 水谷 先生 の 車 を 落とした の も ?
「 いや 、 あれ は 違う だろう 。
来さ せ たく なければ 、 電話 で 断れば 良かった んだ から 」
「 あ 、 そう か 」
「 むしろ 、 園子 と して は 、 身 を 隠す 前 に 、 もっと 大勢 の 女の子 が ほしかった んだろう から ね 。
大 歓迎 だった はずだ 」
「 じゃ 、 車 が 転落 した の は ──」
「 石垣 が 、 何 か を 道 に 置いた んじゃ ない か な 。
石垣 の 方 は 、 妻 が 平川 浩 子 を 殺して しまった の を 知って 、 沼 淵 教授 の 方 から 自分 に 手 が のびて 来る と 悟って いた 。 だから 、 これ まで の こと を 清算 して しまう つもりだった んだ よ 」
「 つまり 、 奥さん を 殺して ?
「 そう 。
その ため に は 、 あんまり 大勢 に やって 来 られる と 、 却って やり にくく なる 。 だから 、 ああして 、 邪魔 した んだ と 思う ね 」
「 みどり さん や 私 を 助けて ──」
「 自分 は 、 妻 も 知ら ない 洞窟 の 中 へ ひそんで 、 君 ら に 、 何もかも 妻 の やった こと で 、 自分 は その 犠牲 者 だ と 話して 聞か せた 。
── 確かに 、 笹 田 直子 と の 恋愛 など は 事実 だった んだろう 。 園子 は 、 平川 浩子 が 自分 の こと を 探り に 来た と 思い 込んで 、 彼女 を 拷問 して 殺した ……。 気の毒な こと を した よ 」
「 綾子 姉ちゃん も 、 そう なって た かも しれ ない わ 」
「 全く だ 」
と 、 国 友 は 肯 いた 。
「 じゃ 、 園子 と 秀 哉 は 、 石垣 に 殺さ れた の ?
「 おそらく 。
── それ は 石垣 の 話 を 聞く しか ない が ね 」
「 そして 自分 は 、 あの とき 、 サロン で 、 気 を 失って る ふり を して た の ね 。
私 たち が 二 階 へ 行く の を 待って 、 ガソリン を まき 、 火 を つけた ……」
「 一 人 、 身 替り を 用意 して おいた んだ 。
自分 と 似た 年 格好 の 男 の 中毒 患者 を ね 」
それ が 、 あの 二 階 の 部屋 で 、 這い 寄って 来た もの の 正体 か 、 と 夕 里子 は 思った 。
あの 暗がり の 中 で は 、 まるで 怪物 でも いる みたいだった けど ……。
「── お 姉ちゃん !
と 、 声 が して 、 珠美 が やって 来た 。
「 あ 、 服 、 持って 来て くれた ?
「 はい 、 これ 」
と 、 紙袋 を 渡す 。
「 みどり さん は ? 「 分 ん ない の 、 まだ 。
── じゃ 、 ちょっと トイレ で 着替えて 来 ます 」
と 、 夕 里子 は 急ぎ足 で 行って しまった 。
「── 国 友 さん 、 夕 里子 姉ちゃん と 早く 結婚 すれば ?
と 、 珠美 が 言った 。
「 何 だい 、 出しぬけに ?
「 だって 、 この 調子 じゃ 、 どうせ その 内 、 また 危 い 事件 に 巻き 込ま れる に 決 って いる もの 」
「 そりゃ そう だ な 」
「 死ぬ より も 結婚 の 方 が 、 まだ ましじゃ ない ?
珠美 は 、 かなり シビアな 意見 を 述べた 。
「── どうも 」
と 、 やって 来た の は 、 みどり に ついて 来た 太った 医者 である 。
「 そろそろ 私 は 失礼 し ない と 」
「 どうも お 忙しい ところ を 」
と 、 国 友 が 礼 を 言う と 、
「 いやいや 。
医者 の 務め です から ね 。 ── 今 聞いた ところ で は 、 何とか 持ち 直す だろう って こと でした よ 。 若 さ です な 。 体力 が ある って の は 強い 」
「 それ は 良かった 」
国 友 は 胸 を なでおろした 。
「 先生 の 処置 が 良かった おかげ で ──」
「 いや 、 あまり 慣れて ない もの で 、 人間 は 」
「 は あ ?
「 獣医 な ので ね 、 私 は 。
── じゃ 、 これ で 失礼 し ます 」
その 後ろ姿 を 見送って いた 国 友 たち は 、 顔 を 見合わせ 、 それ から 笑い 出して しまった 。
「── ねえ !
夕 里子 が 着替え を して 、 やって 来る 。
「 笑って る ところ を みる と ──」
「 助かり そう だって !
と 、 珠美 が 言う と 、 夕 里子 は ニッコリ 笑った 。
「 やっぱり ね !
『 死 相 』 なんて もの 、 ない んだ わ 」
と 、 夕 里子 は 力強く 言った 。