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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 025 - Kokoro - Soseki Project

Section 025 - Kokoro - Soseki Project

十三

我々 は 群 集 の 中 に いた 。 群 集 は いずれ も 嬉し そうな 顔 を して いた 。 そこ を 通り抜けて 、 花 も 人 も 見え ない 森 の 中 へ 来る まで は 、 同じ 問題 を 口 に する 機会 が なかった 。

「 恋 は 罪悪 です か 」 と 私 が その 時 突然 聞いた 。

「 罪悪 です 。 たしかに 」 と 答えた 時 の 先生 の 語気 は 前 と 同じ ように 強かった 。

「 なぜ です か 」

「 なぜ だ か 今に 解ります 。 今に じゃ ない 、 もう 解って いる はずです 。 あなた の 心 は とっく の 昔 から すでに 恋 で 動いて いる じゃ ありません か 」 私 は 一応 自分 の 胸 の 中 を 調べて 見た 。 けれども そこ は 案外に 空虚であった 。 思いあたる ような もの は 何にも なかった 。

「 私 の 胸 の 中 に これという 目的 物 は 一 つ も ありません 。 私 は 先生 に 何も 隠して は いない つもりです 」 「 目的 物 が ない から 動く のです 。 あれば 落ち 付ける だろう と 思って 動き たく なる のです 」

「 今 それほど 動いちゃ いません 」 「 あなた は 物足りない 結果 私 の 所 に 動いて 来た じゃ ありません か 」 「 それ は そう かも 知れません 。 しかし それ は 恋 と は 違います 」 「 恋 に 上る 楷段 な んです 。 異性 と 抱き合う 順序 と して 、 まず 同性 の 私 の 所 へ 動いて 来た のです 」

「 私 に は 二 つ の もの が 全く 性質 を 異にして いる ように 思わ れます 」 「 いや 同じです 。 私 は 男 と して どうしても あなた に 満足 を 与えられ ない 人間 な のです 。 それ から 、 ある 特別の 事情 が あって 、 なおさら あなた に 満足 を 与えられ ないで いる のです 。 私 は 実際 お 気の毒に 思って います 。 あなた が 私 から よそ へ 動いて 行く の は 仕方 が ない 。 私 は むしろ それ を 希望 して いる のです 。 しかし ……」

私 は 変に 悲しく なった 。

Section 025 - Kokoro - Soseki Project Section 025 - Kokoro - Soseki Project

十三 じゅうさん

我々 は 群 集 の 中 に いた 。 われわれ||ぐん|しゅう||なか|| 群 集 は いずれ も 嬉し そうな 顔 を して いた 。 ぐん|しゅう||||うれし|そう な|かお||| そこ を 通り抜けて 、 花 も 人 も 見え ない 森 の 中 へ 来る まで は 、 同じ 問題 を 口 に する 機会 が なかった 。 ||とおりぬけて|か||じん||みえ||しげる||なか||くる|||おなじ|もんだい||くち|||きかい|| I didn't have a chance to talk about the same problem until I passed through it and came into the woods where neither flowers nor people could be seen.

「 恋 は 罪悪 です か 」 と 私 が その 時 突然 聞いた 。 こい||ざいあく||||わたくし|||じ|とつぜん|きいた

「 罪悪 です 。 ざいあく| たしかに 」 と 答えた 時 の 先生 の 語気 は 前 と 同じ ように 強かった 。 ||こたえた|じ||せんせい||ごき||ぜん||おなじ|よう に|つよかった

「 なぜ です か 」

「 なぜ だ か 今に 解ります 。 |||いまに|わかります 今に じゃ ない 、 もう 解って いる はずです 。 いまに||||わかって||はず です あなた の 心 は とっく の 昔 から すでに 恋 で 動いて いる じゃ ありません か 」 ||こころ||||むかし|||こい||うごいて|||| Isn't your heart already moving in love for a long time? " 私 は 一応 自分 の 胸 の 中 を 調べて 見た 。 わたくし||いちおう|じぶん||むね||なか||しらべて|みた けれども そこ は 案外に 空虚であった 。 |||あんがいに|くうきょであった 思いあたる ような もの は 何にも なかった 。 おもいあたる||||なんにも| There was nothing I could think of.

「 私 の 胸 の 中 に これという 目的 物 は 一 つ も ありません 。 わたくし||むね||なか|||もくてき|ぶつ||ひと||| 私 は 先生 に 何も 隠して は いない つもりです 」 わたくし||せんせい||なにも|かくして|||つもり です 「 目的 物 が ない から 動く のです 。 もくてき|ぶつ||||うごく|の です "It works because there is no object. あれば 落ち 付ける だろう と 思って 動き たく なる のです 」 |おち|つける|||おもって|うごき|||の です It makes me want to move, thinking that it will calm me down. "

「 今 それほど 動いちゃ いません 」 いま||うごいちゃ|いま せ ん 「 あなた は 物足りない 結果 私 の 所 に 動いて 来た じゃ ありません か 」 ||ものたりない|けっか|わたくし||しょ||うごいて|きた||| "You have moved to me as a result of your dissatisfaction." 「 それ は そう かも 知れません 。 ||||しれません しかし それ は 恋 と は 違います 」 |||こい|||ちがいます 「 恋 に 上る 楷段 な んです 。 こい||のぼる|かいだん||ん です 異性 と 抱き合う 順序 と して 、 まず 同性 の 私 の 所 へ 動いて 来た のです 」 いせい||だきあう|じゅんじょ||||どうせい||わたくし||しょ||うごいて|きた|の です In the order of hugging the opposite sex, I first moved to my place of the same sex. "

「 私 に は 二 つ の もの が 全く 性質 を 異にして いる ように 思わ れます 」 わたくし|||ふた|||||まったく|せいしつ||ことにして||よう に|おもわ| "It seems to me that the two are quite different in nature." 「 いや 同じです 。 |おなじ です 私 は 男 と して どうしても あなた に 満足 を 与えられ ない 人間 な のです 。 わたくし||おとこ||||||まんぞく||あたえられ||にんげん||の です As a man, I am a man who cannot give you satisfaction. それ から 、 ある 特別の 事情 が あって 、 なおさら あなた に 満足 を 与えられ ないで いる のです 。 |||とくべつの|じじょう||||||まんぞく||あたえられ|||の です Then there are some special circumstances that make you even more unsatisfied. 私 は 実際 お 気の毒に 思って います 。 わたくし||じっさい||きのどくに|おもって| あなた が 私 から よそ へ 動いて 行く の は 仕方 が ない 。 ||わたくし||||うごいて|いく|||しかた|| You can't help moving away from me. 私 は むしろ それ を 希望 して いる のです 。 わたくし|||||きぼう|||の です I would rather like it. しかし ……」

私 は 変に 悲しく なった 。 わたくし||へんに|かなしく| I was strangely sad.