×

Mes naudojame slapukus, kad padėtume pagerinti LingQ. Apsilankę avetainėje Jūs sutinkate su mūsų slapukų politika.


image

或る女 - 有島武郎(アクセス), 48.1 或る女

48.1 或る 女

その 翌朝 手術 台 に のぼろう と した 葉子 は 昨夜 の 葉子 と は 別人 の ようだった 。 激しい 呼鈴 の 音 で 呼ば れ てつや が 病室 に 来た 時 に は 、 葉子 は 寝床 から 起き上がって 、 した ため 終わった 手紙 の 状 袋 を 封じて いる 所 だった が 、 それ を つや に 渡そう と する 瞬間 に いきなり いやに なって 、 口 び る を ぶるぶる 震わせ ながら つや の 見て いる 前 で それ を ずたずたに 裂いて しまった 。 それ は 愛子 に あてた 手紙 だった のだ 。 きょう は 手術 を 受ける から 九 時 まで に ぜひとも 立ち会い に 来る ように と したためた のだった 。 いくら 気丈 夫 でも 腹 を 立ち 割る 恐ろしい 手術 を 年 若い 少女 が 見て いられ ない くらい は 知ってい ながら 、 葉子 は 何 が なし に 愛子 に それ を 見せつけて やり たく なった のだ 。 自分 の 美しい 肉体 が むごたらしく 傷つけられて 、 そこ から 静脈 を 流れて いる どす黒い 血 が 流れ出る 、 それ を 愛子 が 見て いる うち に 気 が 遠く なって 、 そのまま そこ に 打ち 倒れる 、 そんな 事 に なったら どれほど 快い だろう と 葉子 は 思った 。 幾 度 来て くれろ と 電話 を かけて も 、 なんとか 口実 を つけて このごろ 見 も 返ら なく なった 愛子 に 、 これ だけ の 復讐 を して やる ので も 少し は 胸 が すく 、 そう 葉子 は 思った のだ 。 しかし その 手紙 を つや に 渡そう と する 段 に なる と 、 葉子 に は 思い も かけ ぬ 躊躇 が 来た 。 もし 手術 中 に はしたない 囈言 でも いって それ を 愛子 に 聞か れたら 。 あの 冷 刻 な 愛子 が 面 も そむけ ず に じっと 姉 の 肉体 が 切り さいなま れる の を 見 続け ながら 、 心 の 中 で 存分に 復讐 心 を 満足 する ような 事 が あったら 。 こんな 手紙 を 受け取って も てんで 相手 に し ないで 愛子 が 来 なかったら …… そんな 事 を 予想 する と 葉子 は 手紙 を 書いた 自分 に 愛想 が 尽きて しまった 。 ・・

つや は 恐ろしい まで に 激昂 した 葉子 の 顔 を 見 やり もし 得 ないで 、 おずおず と 立ち も やら ず に そこ に かしこまって いた 。 葉子 は それ が たまらない ほど 癪 に さわった 。 自分 に 対して すべて の 人 が 普通の 人間 と して 交わろう と は し ない 。 狂 人 に でも 接する ような 仕打ち を 見せる 。 だれ も 彼 も そう だ 。 医者 まで が そう だ 。 ・・

「 もう 用 は ない の よ 。 早く あっち に おい で 。 お前 は わたし を 気 狂い と でも 思って いる んだろう ね 。 …… 早く 手術 を して くださいって そう いって おい で 。 わたし は ちゃんと 死ぬ 覚悟 を して います からって ね 」・・

ゆうべ なつかしく 握って やった つや の 手 の 事 を 思い出す と 、 葉子 は 嘔吐 を 催す ような 不快 を 感じて こういった 。 きたない きたない 何もかも きたない 。 つや は 所在な げ に そっと そこ を 立って 行った 。 葉子 は 目 で かみつく ように その 後ろ姿 を 見送った 。 ・・

その 日 天気 は 上々で 東 向き の 壁 は さわって みたら 内部 から でも ほんのり と 暖か み を 感ずる だろう と 思わ れる ほど 暑く なって いた 。 葉子 は きのう まで の 疲労 と 衰弱 と に 似 ず 、 その 日 は 起きる と から 黙って 臥 てはいられ ない くらい 、 からだ が 動かし たかった 。 動かす たび ごと に 襲って 来る 腹部 の 鈍痛 や 頭 の 混乱 を いやが上にも 募らして 、 思い 存分の 苦痛 を 味わって みたい ような 捨てばち な 気分 に なって いた 。 そして ふらふら と 少し よろけ ながら 、 衣 紋 も 乱した まま 部屋 の 中 を 片づけよう と して 床の間 の 所 に 行った 。 懸け 軸 も ない 床の間 の 片すみ に は きのう 古藤 が 持って 来た 花 が 、 暑 さ の ため に 蒸れた ように しぼみ かけて 、 甘ったるい 香 を 放って うなだれて いた 。 葉子 は ガラス びん ごと それ を 持って 縁側 の 所 に 出た 。 そして その 花 の かたまり の 中 に む ず と 熱した 手 を 突っ込んだ 。 死 屍 から 来る ような 冷た さ が 葉子 の 手 に 伝わった 。 葉子 の 指先 は 知らず知らず 縮まって 没 義道 に それ を 爪 も 立た ん ばかり 握りつぶした 。 握りつぶして は びん から 引き抜いて 手 欄 から 戸外 に 投げ出した 。 薔薇 、 ダリア 、 小 田巻 、 など の 色とりどりの 花 が ばらばらに 乱れて 二 階 から 部屋 の 下 に 当たる きたない 路頭 に 落ちて 行った 。 葉子 は ほとんど 無意識に 一 つ かみ ずつ そう やって 投げ捨てた 。 そして 最後に ガラス びん を 力任せに たたきつけた 。 びん は 目 の 下 で 激しく こわれた 。 そこ から あふれ出た 水 が かわき きった 縁側 板 に 丸い 斑 紋 を いく つ と なく 散らかして 。 ・・

ふと 見る と 向こう の 屋根 の 物干し 台 に 浴衣 の 類 を 持って 干し に 上がって 来た らしい 女 中 風 の 女 が 、 じっと 不思議 そうに こっち を 見つめて いる のに 気 が ついた 。 葉子 と は 何の 関係 も ない その 女 まで が 、 葉子 の する 事 を 怪しむ らしい 様子 を して いる の を 見る と 、 葉子 の 狂暴な 気分 は ますます 募った 。 葉子 は 手 欄 に 両手 を ついて ぶるぶる と 震え ながら 、 その 女 を いつまでも いつまでも にらみつけた 。 女 の ほう でも 葉子 の 仕打ち に 気づいて 、 しばらく は 意 趣 に 見返す ふうだった が 、 やがて 一種 の 恐怖 に 襲わ れた らしく 、 干し物 を 竿 に 通し も せ ず に あたふた と あわてて 干し物 台 の 急な 階子 を 駆け おりて しまった 。 あと に は 燃える ような 青空 の 中 に 不規則な 屋根 の 波 ばかり が 目 を ちか ちか さ せて 残って いた 。 葉子 は なぜに と も 知れ ぬ ため 息 を 深く ついて まんじ り と その あからさまな 景色 を 夢 か なぞ の ように ながめ 続けて いた 。 ・・

やがて 葉子 は また われ に 返って 、 ふくよかな 髪 の 中 に 指 を 突っ込んで 激しく 頭 の 地 を かき ながら 部屋 に 戻った 。 ・・

そこ に は 寝床 の そば に 洋服 を 着た 一 人 の 男 が 立って いた 。 激しい 外 光 から 暗い 部屋 の ほう に 目 を 向けた 葉子 に は 、 ただ まっ黒 な 立ち 姿 が 見える ばかりで だれ と も 見分け が つか なかった 。 しかし 手術 の ため に 医 員 の 一 人 が 迎え に 来た のだ と 思わ れた 。 それにしても 障子 の あく 音 さえ し なかった の は 不思議な 事 だ 。 は いって 来 ながら 声 一 つ かけ ない の も 不思議だ 。 と 、 思う と 得 体 の わから ない その 姿 は 、 その まわり の 物 が だんだん 明らかに なって 行く 間 に 、 たった 一 つ だけ まっ黒 なま まで いつまでも 輪郭 を 見せ ない ようだった 。 いわば 人 の 形 を した まっ暗 な 洞穴 が 空気 の 中 に 出来上がった ようだった 。 始め の 間 好奇心 を もって それ を ながめて いた 葉子 は 見つめれば 見つめる ほど 、 その 形 に 実質 が なくって 、 まっ暗 な 空虚 ばかりである ように 思い出す と 、 ぞ ーっと 水 を 浴びせられた ように 怖 毛 を ふるった 。 「 木村 が 来た 」…… 何という 事 なし に 葉子 は そう 思い込んで しまった 。 爪 の 一 枚 一 枚 まで が 肉 に 吸い寄せられて 、 毛 と いう 毛 が 強 直して 逆 立つ ような 薄気味わる さ が 総身 に 伝わって 、 思わず 声 を 立てよう と し ながら 、 声 は 出 ず に 、 口 び る ばかり が かすかに 開いて ぶるぶる と 震えた 。 そして 胸 の 所 に 何 か 突き のける ような 具合 に 手 を あげた まま 、 ぴったり と 立ち止まって しまった 。 ・・

その 時 その 黒い 人 の 影 の ような もの が 始めて 動き出した 。 動いて みる と なんでもない 、 それ は やはり 人間 だった 。 見る見る その 姿 の 輪郭 が はっきり わかって 来て 、 暗 さ に 慣れて 来た 葉子 の 目 に は それ が 岡 である 事 が 知れた 。 ・・

「 まあ 岡 さん 」・・

葉子 は その 瞬間 の なつかし さ に 引き入れられて 、 今 まで 出 なかった 声 を どもる ような 調子 で 出した 。 岡 は かすかに 頬 を 紅 ら め たようだった 。 そして いつも の とおり 上品に 、 ちょっと 畳 の 上 に 膝 を ついて 挨拶 した 。 まるで 一 年 も 牢獄 に いて 、 人間 らしい 人 間にあわ ないで いた 人 の ように 葉子 に は 岡 が なつかしかった 。 葉子 と は なんの 関係 も ない 広い 世間 から 、 一 人 の 人 が 好意 を こめて 葉子 を 見舞う ため に そこ に 天 降った と も 思わ れた 。 走り 寄って しっかり と その 手 を 取りたい 衝動 を 抑える 事 が でき ない ほど に 葉子 の 心 は 感激 して いた 。 葉子 は 目 に 涙 を ため ながら 思う まま の 振る舞い を した 。 自分 でも 知ら ぬ 間 に 、 葉子 は 、 岡 の そば 近く すわって 、 右手 を その 肩 に 、 左手 を 畳 に 突いて 、 しげしげ と 相手 の 顔 を 見 やる 自分 を 見いだした 。 ・・

「 ごぶさた して いました 」・・

「 よく い らしって くださって ね 」・・

どっち から いい出す と も なく 二 人 の 言葉 は 親し げ に からみ合った 。 葉子 は 岡 の 声 を 聞く と 、 急に 今 まで 自分 から 逃げて いた 力 が 回復 して 来た の を 感じた 。 逆境 に いる 女 に 対して 、 どんな 男 であれ 、 男 の 力 が どれほど 強い もの である か を 思い知った 。 男性 の 頼もし さ が しみじみ と 胸 に 逼った 。 葉子 は われ知らず すがり付く ように 、 岡 の 肩 に かけて いた 右手 を すべら して 、 膝 の 上 に 乗せて いる 岡 の 右 手の甲 の 上 から しっかり と 捕えた 。 岡 の 手 は 葉子 の 触覚 に 妙に 冷たく 響いて 来た 。 ・・

「 長く 長く お あいしません でした わ ね 。 わたし あなた を 幽霊 じゃ ない か と 思い まして よ 。 変な 顔つき を した でしょう 。 貞 世 は …… あなた けさ 病院 の ほう から いら しった の ? 」・・

岡 は ちょっと 返事 を ためらった ようだった 。 ・・

「 い ゝ え 家 から 来ました 。 ですから わたし 、 きょう の 御 様子 は 知りません が 、 きのう まで の ところ で は だんだん お よろしい ようです 。 目 さえ さめて いらっしゃる と 『 おね え 様 おね え 様 』 と お 泣き なさる の が ほんとうに お かわいそうです 」・・

葉子 は それ だけ 聞く と もう 感情 が もろく なって いて 胸 が 張り裂ける ようだった 。 岡 は 目ざとく も それ を 見て取って 、 悪い 事 を いった と 思った らしかった 。 そして 少し あわてた ように 笑い 足し ながら 、・・

「 そう か と 思う と 、たいへん お 元気な 事 も あります 。 熱 の 下がって いらっしゃる 時 なんか は 、 愛子 さん に おもしろい 本 を 読んで お もらい に なって 、 喜んで 聞いて おいで です 」・・

と 付け足した 。 葉子 は 直 覚 的に 岡 が その 場 の 間に合わ せ を いって いる のだ と 知った 。 それ は 葉子 を 安心 さ せる ため の 好意 である と は いえ 、 岡 の 言葉 は 決して 信用 する 事 が でき ない 。 毎日 一 度 ずつ 大学 病院 まで 見舞い に 行って もらう つや の 言葉 に 安心 が でき ないで いて 、 だれ か 目 に 見た とおり を 知らせて くれる 人 は ない か と あせって いた 矢先 、 この 人 ならば と 思った 岡 も 、 つや 以上 に いいかげん を いおう と して いる のだ 。 この 調子 で は 、 とうに 貞 世 が 死んで しまって いて も 、 人 たち は 岡 が いって 聞か せる ような 事 を いつまでも 自分 に いう のだろう 。 自分 に は だれ一人 と して 胸 を 開いて 交際 しよう と いう 人 は い なく なって しまった のだ 。 そう 思う と さびしい より も 、 苦しい より も 、 かっと 取り のぼせる ほど 貞 世 の 身の上 が 気づかわれて なら なく なった 。 ・・

「 かわいそうに 貞 世 は …… さぞ やせて しまった でしょう ね ? 」・・

葉子 は 口裏 を ひく ように こう 尋ねて みた 。 ・・

「 始終 見つけて いる せい です か 、 そんなに も 見えません 」・・

岡 は ハンカチ で 首 の まわり を ぬぐって 、 ダブル ・ カラー の 合わせ を 左 の 手 で くつろげ ながら 少し 息 気 苦し そうに こう 答えた 。 ・・

「 なんにも いただけ ない んでしょう ね 」・・

「 ソップ と 重 湯 だけ です が 両方 と も よく 食べ なさいます 」・・

「 ひもじ がって おります か 」・・

「 い ゝ え そんな でも 」・・

もう 許せ ない と 葉子 は 思い 入って 腹 を 立てた 。 腸 チブス の 予後 に ある もの が 、 食欲 が ない …… そんな しらじらしい 虚構 が ある もの か 。 みんな 虚構 だ 。 岡 の いう 事 も みんな 虚構 だ 。 昨夜 は 病院 に 泊まら なかった と いう 、 それ も 虚構 で なくて なんだろう 。 愛子 の 熱情 に 燃えた 手 を 握り 慣れた 岡 の 手 が 、 葉子 に 握られて 冷える の も もっともだ 。 昨夜 は この 手 は …… 葉子 は ひとみ を 定めて 自分 の 美しい 指 に からま れた 岡 の 美しい 右手 を 見た 。 それ は 女 の 手 の ように 白く なめらかだった 。 しかし この 手 が 昨夜 は 、…… 葉子 は 顔 を あげて 岡 を 見た 。 ことさら に あざやかに 紅 いそ の 口 び る …… この 口 び る が 昨夜 は …… 眩暈 が する ほど 一度に 押し寄せて 来た 憤怒 と 嫉妬 と の ため に 、 葉子 は 危うく その 場 に あり 合わせた もの に かみつこう と した が 、 からく それ を ささえる と 、 もう 熱い 涙 が 目 を こがす ように 痛めて 流れ出した 。 ・・

「 あなた は よく うそ を お つき なさる の ね 」

48.1 或る 女 ある|おんな 48.1 Eine Frau 48.1 Una mujer

その 翌朝 手術 台 に のぼろう と した 葉子 は 昨夜 の 葉子 と は 別人 の ようだった 。 |よくあさ|しゅじゅつ|だい|||||ようこ||さくや||ようこ|||べつじん|| 激しい 呼鈴 の 音 で 呼ば れ てつや が 病室 に 来た 時 に は 、 葉子 は 寝床 から 起き上がって 、 した ため 終わった 手紙 の 状 袋 を 封じて いる 所 だった が 、 それ を つや に 渡そう と する 瞬間 に いきなり いやに なって 、 口 び る を ぶるぶる 震わせ ながら つや の 見て いる 前 で それ を ずたずたに 裂いて しまった 。 はげしい|よびりん||おと||よば||||びょうしつ||きた|じ|||ようこ||ねどこ||おきあがって|||おわった|てがみ||じょう|ふくろ||ほうじて||しょ|||||||わたそう|||しゅんかん|||||くち|||||ふるわせ||||みて||ぜん|||||さいて| それ は 愛子 に あてた 手紙 だった のだ 。 ||あいこ|||てがみ|| きょう は 手術 を 受ける から 九 時 まで に ぜひとも 立ち会い に 来る ように と したためた のだった 。 ||しゅじゅつ||うける||ここの|じ||||たちあい||くる|||| いくら 気丈 夫 でも 腹 を 立ち 割る 恐ろしい 手術 を 年 若い 少女 が 見て いられ ない くらい は 知ってい ながら 、 葉子 は 何 が なし に 愛子 に それ を 見せつけて やり たく なった のだ 。 |きじょう|おっと||はら||たち|わる|おそろしい|しゅじゅつ||とし|わかい|しょうじょ||みて|いら れ||||しってい||ようこ||なん||||あいこ||||みせつけて|||| Knowing to the extent that a young girl couldn't bear to see a horrifying operation that would make even the most stubborn person angry, Yoko wanted to show it off to Aiko for no reason. 自分 の 美しい 肉体 が むごたらしく 傷つけられて 、 そこ から 静脈 を 流れて いる どす黒い 血 が 流れ出る 、 それ を 愛子 が 見て いる うち に 気 が 遠く なって 、 そのまま そこ に 打ち 倒れる 、 そんな 事 に なったら どれほど 快い だろう と 葉子 は 思った 。 じぶん||うつくしい|にくたい|||きずつけ られて|||じょうみゃく||ながれて||どすぐろい|ち||ながれでる|||あいこ||みて||||き||とおく|||||うち|たおれる||こと||||こころよい|||ようこ||おもった When Aiko's beautiful body was brutally wounded, dark blood flowed from her veins, and while Aiko was watching it, she became faint and collapsed there. That's what Yoko thought. 幾 度 来て くれろ と 電話 を かけて も 、 なんとか 口実 を つけて このごろ 見 も 返ら なく なった 愛子 に 、 これ だけ の 復讐 を して やる ので も 少し は 胸 が すく 、 そう 葉子 は 思った のだ 。 いく|たび|きて|||でんわ|||||こうじつ||||み||かえら|||あいこ|||||ふくしゅう||||||すこし||むね||||ようこ||おもった| しかし その 手紙 を つや に 渡そう と する 段 に なる と 、 葉子 に は 思い も かけ ぬ 躊躇 が 来た 。 ||てがみ||||わたそう|||だん||||ようこ|||おもい||||ちゅうちょ||きた もし 手術 中 に はしたない 囈言 でも いって それ を 愛子 に 聞か れたら 。 |しゅじゅつ|なか|||うわごと|||||あいこ||きか| あの 冷 刻 な 愛子 が 面 も そむけ ず に じっと 姉 の 肉体 が 切り さいなま れる の を 見 続け ながら 、 心 の 中 で 存分に 復讐 心 を 満足 する ような 事 が あったら 。 |ひや|きざ||あいこ||おもて||||||あね||にくたい||きり|||||み|つづけ||こころ||なか||ぞんぶんに|ふくしゅう|こころ||まんぞく|||こと|| What if that cold-hearted Aiko, without looking away, continued to watch her sister's body being torn apart, while still being able to fully satisfy her desire for revenge in her heart? こんな 手紙 を 受け取って も てんで 相手 に し ないで 愛子 が 来 なかったら …… そんな 事 を 予想 する と 葉子 は 手紙 を 書いた 自分 に 愛想 が 尽きて しまった 。 |てがみ||うけとって|||あいて||||あいこ||らい|||こと||よそう|||ようこ||てがみ||かいた|じぶん||あいそ||つきて| ・・

つや は 恐ろしい まで に 激昂 した 葉子 の 顔 を 見 やり もし 得 ないで 、 おずおず と 立ち も やら ず に そこ に かしこまって いた 。 ||おそろしい|||げきこう||ようこ||かお||み|||とく||||たち|||||||| 葉子 は それ が たまらない ほど 癪 に さわった 。 ようこ||||||しゃく|| 自分 に 対して すべて の 人 が 普通の 人間 と して 交わろう と は し ない 。 じぶん||たいして|||じん||ふつうの|にんげん|||まじわろう|||| 狂 人 に でも 接する ような 仕打ち を 見せる 。 くる|じん|||せっする||しうち||みせる Treat yourself like you would treat a madman. だれ も 彼 も そう だ 。 ||かれ||| 医者 まで が そう だ 。 いしゃ|||| ・・

「 もう 用 は ない の よ 。 |よう|||| 早く あっち に おい で 。 はやく|あっ ち||| お前 は わたし を 気 狂い と でも 思って いる んだろう ね 。 おまえ||||き|くるい|||おもって||| …… 早く 手術 を して くださいって そう いって おい で 。 はやく|しゅじゅつ|||くださ いって|||| わたし は ちゃんと 死ぬ 覚悟 を して います からって ね 」・・ |||しぬ|かくご|||い ます|から って|

ゆうべ なつかしく 握って やった つや の 手 の 事 を 思い出す と 、 葉子 は 嘔吐 を 催す ような 不快 を 感じて こういった 。 ||にぎって||||て||こと||おもいだす||ようこ||おうと||もよおす||ふかい||かんじて| When she remembered the shiny hand she had held so fondly last night, Yoko felt an unpleasant sensation that made her want to vomit. きたない きたない 何もかも きたない 。 ||なにもかも| つや は 所在な げ に そっと そこ を 立って 行った 。 ||しょざいな||||||たって|おこなった 葉子 は 目 で かみつく ように その 後ろ姿 を 見送った 。 ようこ||め|||||うしろすがた||みおくった ・・

その 日 天気 は 上々で 東 向き の 壁 は さわって みたら 内部 から でも ほんのり と 暖か み を 感ずる だろう と 思わ れる ほど 暑く なって いた 。 |ひ|てんき||じょうじょうで|ひがし|むき||かべ||||ないぶ|||||あたたか|||かんずる|||おもわ|||あつく|| 葉子 は きのう まで の 疲労 と 衰弱 と に 似 ず 、 その 日 は 起きる と から 黙って 臥 てはいられ ない くらい 、 からだ が 動かし たかった 。 ようこ|||||ひろう||すいじゃく|||に|||ひ||おきる|||だまって|が|て は いら れ|||||うごかし| 動かす たび ごと に 襲って 来る 腹部 の 鈍痛 や 頭 の 混乱 を いやが上にも 募らして 、 思い 存分の 苦痛 を 味わって みたい ような 捨てばち な 気分 に なって いた 。 うごかす||||おそって|くる|ふくぶ||どんつう||あたま||こんらん||いやがうえにも|つのらして|おもい|ぞんぶんの|くつう||あじわって|||すてばち||きぶん||| そして ふらふら と 少し よろけ ながら 、 衣 紋 も 乱した まま 部屋 の 中 を 片づけよう と して 床の間 の 所 に 行った 。 |||すこし|||ころも|もん||みだした||へや||なか||かたづけよう|||とこのま||しょ||おこなった 懸け 軸 も ない 床の間 の 片すみ に は きのう 古藤 が 持って 来た 花 が 、 暑 さ の ため に 蒸れた ように しぼみ かけて 、 甘ったるい 香 を 放って うなだれて いた 。 かけ|じく|||とこのま||かたすみ||||ことう||もって|きた|か||あつ|||||むれた||||あまったるい|かおり||はなって|| In one corner of the tokonoma, which had no hanging scrolls, the flowers that Furuto had brought the day before had shriveled up in the heat, giving off a sweet fragrance. 葉子 は ガラス びん ごと それ を 持って 縁側 の 所 に 出た 。 ようこ||がらす|||||もって|えんがわ||しょ||でた Yoko took the glass bottle with it and went out to the porch. そして その 花 の かたまり の 中 に む ず と 熱した 手 を 突っ込んだ 。 ||か||||なか|||||ねっした|て||つっこんだ 死 屍 から 来る ような 冷た さ が 葉子 の 手 に 伝わった 。 し|しかばね||くる||つめた|||ようこ||て||つたわった A corpse-like coldness passed through Yoko's hands. 葉子 の 指先 は 知らず知らず 縮まって 没 義道 に それ を 爪 も 立た ん ばかり 握りつぶした 。 ようこ||ゆびさき||しらずしらず|ちぢまって|ぼつ|よしみち||||つめ||たた|||にぎりつぶした Yoko's fingertips unknowingly shrunk and she crushed them with her claws. 握りつぶして は びん から 引き抜いて 手 欄 から 戸外 に 投げ出した 。 にぎりつぶして||||ひきぬいて|て|らん||こがい||なげだした 薔薇 、 ダリア 、 小 田巻 、 など の 色とりどりの 花 が ばらばらに 乱れて 二 階 から 部屋 の 下 に 当たる きたない 路頭 に 落ちて 行った 。 ばら|だりあ|しょう|たまき|||いろとりどりの|か|||みだれて|ふた|かい||へや||した||あたる||ろとう||おちて|おこなった 葉子 は ほとんど 無意識に 一 つ かみ ずつ そう やって 投げ捨てた 。 ようこ|||むいしきに|ひと||||||なげすてた そして 最後に ガラス びん を 力任せに たたきつけた 。 |さいごに|がらす|||ちからまかせに| びん は 目 の 下 で 激しく こわれた 。 ||め||した||はげしく| そこ から あふれ出た 水 が かわき きった 縁側 板 に 丸い 斑 紋 を いく つ と なく 散らかして 。 ||あふれでた|すい||||えんがわ|いた||まるい|ぶち|もん||||||ちらかして ・・

ふと 見る と 向こう の 屋根 の 物干し 台 に 浴衣 の 類 を 持って 干し に 上がって 来た らしい 女 中 風 の 女 が 、 じっと 不思議 そうに こっち を 見つめて いる のに 気 が ついた 。 |みる||むこう||やね||ものほし|だい||ゆかた||るい||もって|ほし||あがって|きた||おんな|なか|かぜ||おんな|||ふしぎ|そう に|||みつめて|||き|| 葉子 と は 何の 関係 も ない その 女 まで が 、 葉子 の する 事 を 怪しむ らしい 様子 を して いる の を 見る と 、 葉子 の 狂暴な 気分 は ますます 募った 。 ようこ|||なんの|かんけい||||おんな|||ようこ|||こと||あやしむ||ようす||||||みる||ようこ||きょうぼうな|きぶん|||つのった 葉子 は 手 欄 に 両手 を ついて ぶるぶる と 震え ながら 、 その 女 を いつまでも いつまでも にらみつけた 。 ようこ||て|らん||りょうて|||||ふるえ|||おんな|||| 女 の ほう でも 葉子 の 仕打ち に 気づいて 、 しばらく は 意 趣 に 見返す ふうだった が 、 やがて 一種 の 恐怖 に 襲わ れた らしく 、 干し物 を 竿 に 通し も せ ず に あたふた と あわてて 干し物 台 の 急な 階子 を 駆け おりて しまった 。 おんな||||ようこ||しうち||きづいて|||い|おもむき||みかえす||||いっしゅ||きょうふ||おそわ|||ほしもの||さお||とおし||||||||ほしもの|だい||きゅうな|はしご||かけ|| あと に は 燃える ような 青空 の 中 に 不規則な 屋根 の 波 ばかり が 目 を ちか ちか さ せて 残って いた 。 |||もえる||あおぞら||なか||ふきそくな|やね||なみ|||め||||||のこって| 葉子 は なぜに と も 知れ ぬ ため 息 を 深く ついて まんじ り と その あからさまな 景色 を 夢 か なぞ の ように ながめ 続けて いた 。 ようこ|||||しれ|||いき||ふかく|||||||けしき||ゆめ||||||つづけて| For some unknown reason, Yoko sighed deeply and continued to stare at the open scenery like a dream. ・・

やがて 葉子 は また われ に 返って 、 ふくよかな 髪 の 中 に 指 を 突っ込んで 激しく 頭 の 地 を かき ながら 部屋 に 戻った 。 |ようこ|||||かえって||かみ||なか||ゆび||つっこんで|はげしく|あたま||ち||||へや||もどった ・・

そこ に は 寝床 の そば に 洋服 を 着た 一 人 の 男 が 立って いた 。 |||ねどこ||||ようふく||きた|ひと|じん||おとこ||たって| 激しい 外 光 から 暗い 部屋 の ほう に 目 を 向けた 葉子 に は 、 ただ まっ黒 な 立ち 姿 が 見える ばかりで だれ と も 見分け が つか なかった 。 はげしい|がい|ひかり||くらい|へや||||め||むけた|ようこ||||まっ くろ||たち|すがた||みえる|||||みわけ||| しかし 手術 の ため に 医 員 の 一 人 が 迎え に 来た のだ と 思わ れた 。 |しゅじゅつ||||い|いん||ひと|じん||むかえ||きた|||おもわ| それにしても 障子 の あく 音 さえ し なかった の は 不思議な 事 だ 。 |しょうじ|||おと||||||ふしぎな|こと| は いって 来 ながら 声 一 つ かけ ない の も 不思議だ 。 ||らい||こえ|ひと||||||ふしぎだ と 、 思う と 得 体 の わから ない その 姿 は 、 その まわり の 物 が だんだん 明らかに なって 行く 間 に 、 たった 一 つ だけ まっ黒 なま まで いつまでも 輪郭 を 見せ ない ようだった 。 |おもう||とく|からだ|||||すがた|||||ぶつ|||あきらかに||いく|あいだ|||ひと|||まっ くろ||||りんかく||みせ|| いわば 人 の 形 を した まっ暗 な 洞穴 が 空気 の 中 に 出来上がった ようだった 。 |じん||かた|||まっ くら||ほらあな||くうき||なか||できあがった| 始め の 間 好奇心 を もって それ を ながめて いた 葉子 は 見つめれば 見つめる ほど 、 その 形 に 実質 が なくって 、 まっ暗 な 空虚 ばかりである ように 思い出す と 、 ぞ ーっと 水 を 浴びせられた ように 怖 毛 を ふるった 。 はじめ||あいだ|こうきしん|||||||ようこ||みつめれば|みつめる|||かた||じっしつ||なく って|まっ くら||くうきょ|||おもいだす|||- っと|すい||あびせ られた||こわ|け|| 「 木村 が 来た 」…… 何という 事 なし に 葉子 は そう 思い込んで しまった 。 きむら||きた|なんという|こと|||ようこ|||おもいこんで| 爪 の 一 枚 一 枚 まで が 肉 に 吸い寄せられて 、 毛 と いう 毛 が 強 直して 逆 立つ ような 薄気味わる さ が 総身 に 伝わって 、 思わず 声 を 立てよう と し ながら 、 声 は 出 ず に 、 口 び る ばかり が かすかに 開いて ぶるぶる と 震えた 。 つめ||ひと|まい|ひと|まい|||にく||すいよせ られて|け|||け||つよ|なおして|ぎゃく|たつ||うすきみわる|||そうみ||つたわって|おもわず|こえ||たてよう||||こえ||だ|||くち||||||あいて|||ふるえた そして 胸 の 所 に 何 か 突き のける ような 具合 に 手 を あげた まま 、 ぴったり と 立ち止まって しまった 。 |むね||しょ||なん||つき|||ぐあい||て||||||たちどまって| ・・

その 時 その 黒い 人 の 影 の ような もの が 始めて 動き出した 。 |じ||くろい|じん||かげ|||||はじめて|うごきだした 動いて みる と なんでもない 、 それ は やはり 人間 だった 。 うごいて|||||||にんげん| 見る見る その 姿 の 輪郭 が はっきり わかって 来て 、 暗 さ に 慣れて 来た 葉子 の 目 に は それ が 岡 である 事 が 知れた 。 みるみる||すがた||りんかく||||きて|あん|||なれて|きた|ようこ||め|||||おか||こと||しれた ・・

「 まあ 岡 さん 」・・ |おか|

葉子 は その 瞬間 の なつかし さ に 引き入れられて 、 今 まで 出 なかった 声 を どもる ような 調子 で 出した 。 ようこ|||しゅんかん|||||ひきいれ られて|いま||だ||こえ||||ちょうし||だした 岡 は かすかに 頬 を 紅 ら め たようだった 。 おか|||ほお||くれない||| そして いつも の とおり 上品に 、 ちょっと 畳 の 上 に 膝 を ついて 挨拶 した 。 ||||じょうひんに||たたみ||うえ||ひざ|||あいさつ| まるで 一 年 も 牢獄 に いて 、 人間 らしい 人 間にあわ ないで いた 人 の ように 葉子 に は 岡 が なつかしかった 。 |ひと|とし||ろうごく|||にんげん||じん|まにあわ|||じん|||ようこ|||おか|| 葉子 と は なんの 関係 も ない 広い 世間 から 、 一 人 の 人 が 好意 を こめて 葉子 を 見舞う ため に そこ に 天 降った と も 思わ れた 。 ようこ||||かんけい|||ひろい|せけん||ひと|じん||じん||こうい|||ようこ||みまう|||||てん|ふった|||おもわ| 走り 寄って しっかり と その 手 を 取りたい 衝動 を 抑える 事 が でき ない ほど に 葉子 の 心 は 感激 して いた 。 はしり|よって||||て||とり たい|しょうどう||おさえる|こと||||||ようこ||こころ||かんげき|| 葉子 は 目 に 涙 を ため ながら 思う まま の 振る舞い を した 。 ようこ||め||なみだ||||おもう|||ふるまい|| 自分 でも 知ら ぬ 間 に 、 葉子 は 、 岡 の そば 近く すわって 、 右手 を その 肩 に 、 左手 を 畳 に 突いて 、 しげしげ と 相手 の 顔 を 見 やる 自分 を 見いだした 。 じぶん||しら||あいだ||ようこ||おか|||ちかく||みぎて|||かた||ひだりて||たたみ||ついて|||あいて||かお||み||じぶん||みいだした ・・

「 ごぶさた して いました 」・・ ||い ました

「 よく い らしって くださって ね 」・・ ||らし って||

どっち から いい出す と も なく 二 人 の 言葉 は 親し げ に からみ合った 。 ||いいだす||||ふた|じん||ことば||したし|||からみあった 葉子 は 岡 の 声 を 聞く と 、 急に 今 まで 自分 から 逃げて いた 力 が 回復 して 来た の を 感じた 。 ようこ||おか||こえ||きく||きゅうに|いま||じぶん||にげて||ちから||かいふく||きた|||かんじた 逆境 に いる 女 に 対して 、 どんな 男 であれ 、 男 の 力 が どれほど 強い もの である か を 思い知った 。 ぎゃっきょう|||おんな||たいして||おとこ||おとこ||ちから|||つよい|||||おもいしった 男性 の 頼もし さ が しみじみ と 胸 に 逼った 。 だんせい||たのもし|||||むね||ひつ った The man's trustworthiness deepened in my heart. 葉子 は われ知らず すがり付く ように 、 岡 の 肩 に かけて いた 右手 を すべら して 、 膝 の 上 に 乗せて いる 岡 の 右 手の甲 の 上 から しっかり と 捕えた 。 ようこ||われしらず|すがりつく||おか||かた||||みぎて||||ひざ||うえ||のせて||おか||みぎ|てのこう||うえ||||とらえた Unconsciously clinging to him, Yoko slipped her right hand from Oka's shoulder and firmly caught him on the back of his right hand, which was resting on his lap. 岡 の 手 は 葉子 の 触覚 に 妙に 冷たく 響いて 来た 。 おか||て||ようこ||しょっかく||みょうに|つめたく|ひびいて|きた ・・

「 長く 長く お あいしません でした わ ね 。 ながく|ながく||あいし ませ ん||| "I haven't seen you for a long, long time. わたし あなた を 幽霊 じゃ ない か と 思い まして よ 。 |||ゆうれい|||||おもい|| 変な 顔つき を した でしょう 。 へんな|かおつき||| 貞 世 は …… あなた けさ 病院 の ほう から いら しった の ? さだ|よ||||びょういん|||||| 」・・

岡 は ちょっと 返事 を ためらった ようだった 。 おか|||へんじ||| ・・

「 い ゝ え 家 から 来ました 。 |||いえ||き ました ですから わたし 、 きょう の 御 様子 は 知りません が 、 きのう まで の ところ で は だんだん お よろしい ようです 。 ||||ご|ようす||しり ませ ん||||||||||| 目 さえ さめて いらっしゃる と 『 おね え 様 おね え 様 』 と お 泣き なさる の が ほんとうに お かわいそうです 」・・ め|||||||さま|||さま|||なき||||||

葉子 は それ だけ 聞く と もう 感情 が もろく なって いて 胸 が 張り裂ける ようだった 。 ようこ||||きく|||かんじょう|||||むね||はりさける| 岡 は 目ざとく も それ を 見て取って 、 悪い 事 を いった と 思った らしかった 。 おか||めざとく||||みてとって|わるい|こと||||おもった| そして 少し あわてた ように 笑い 足し ながら 、・・ |すこし|||わらい|たし|

「 そう か と 思う と 、たいへん お 元気な 事 も あります 。 |||おもう||||げんきな|こと||あり ます 熱 の 下がって いらっしゃる 時 なんか は 、 愛子 さん に おもしろい 本 を 読んで お もらい に なって 、 喜んで 聞いて おいで です 」・・ ねつ||さがって||じ|||あいこ||||ほん||よんで|||||よろこんで|きいて||

と 付け足した 。 |つけたした 葉子 は 直 覚 的に 岡 が その 場 の 間に合わ せ を いって いる のだ と 知った 。 ようこ||なお|あきら|てきに|おか|||じょう||まにあわ|||||||しった Intuitively, Yoko knew that Oka was making ends meet. それ は 葉子 を 安心 さ せる ため の 好意 である と は いえ 、 岡 の 言葉 は 決して 信用 する 事 が でき ない 。 ||ようこ||あんしん|||||こうい|||||おか||ことば||けっして|しんよう||こと||| 毎日 一 度 ずつ 大学 病院 まで 見舞い に 行って もらう つや の 言葉 に 安心 が でき ないで いて 、 だれ か 目 に 見た とおり を 知らせて くれる 人 は ない か と あせって いた 矢先 、 この 人 ならば と 思った 岡 も 、 つや 以上 に いいかげん を いおう と して いる のだ 。 まいにち|ひと|たび||だいがく|びょういん||みまい||おこなって||||ことば||あんしん|||||||め||みた|||しらせて||じん|||||||やさき||じん|||おもった|おか|||いじょう|||||||| I couldn't put my mind at ease when he asked me to visit him at the university hospital once a day. Taoka, too, is trying to be more sloppy than glossy. この 調子 で は 、 とうに 貞 世 が 死んで しまって いて も 、 人 たち は 岡 が いって 聞か せる ような 事 を いつまでも 自分 に いう のだろう 。 |ちょうし||||さだ|よ||しんで||||じん|||おか|||きか|||こと|||じぶん||| At this rate, even if Sadayo had died long ago, people would keep telling themselves the kind of things Oka had asked them to hear. 自分 に は だれ一人 と して 胸 を 開いて 交際 しよう と いう 人 は い なく なって しまった のだ 。 じぶん|||だれひとり|||むね||あいて|こうさい||||じん|||||| そう 思う と さびしい より も 、 苦しい より も 、 かっと 取り のぼせる ほど 貞 世 の 身の上 が 気づかわれて なら なく なった 。 |おもう|||||くるしい|||か っと|とり|||さだ|よ||みのうえ||きづかわ れて||| ・・

「 かわいそうに 貞 世 は …… さぞ やせて しまった でしょう ね ? |さだ|よ|||||| 」・・

葉子 は 口裏 を ひく ように こう 尋ねて みた 。 ようこ||くちうら|||||たずねて| ・・

「 始終 見つけて いる せい です か 、 そんなに も 見えません 」・・ しじゅう|みつけて|||||||みえ ませ ん

岡 は ハンカチ で 首 の まわり を ぬぐって 、 ダブル ・ カラー の 合わせ を 左 の 手 で くつろげ ながら 少し 息 気 苦し そうに こう 答えた 。 おか||はんかち||くび|||||だぶる|からー||あわせ||ひだり||て||||すこし|いき|き|にがし|そう に||こたえた Oka wiped his neck with a handkerchief, and while resting his left hand on the double collar, he answered with a little suffocation. ・・

「 なんにも いただけ ない んでしょう ね 」・・

「 ソップ と 重 湯 だけ です が 両方 と も よく 食べ なさいます 」・・ ||おも|ゆ||||りょうほう||||たべ|なさい ます

「 ひもじ がって おります か 」・・ ||おり ます|

「 い ゝ え そんな でも 」・・

もう 許せ ない と 葉子 は 思い 入って 腹 を 立てた 。 |ゆるせ|||ようこ||おもい|はいって|はら||たてた 腸 チブス の 予後 に ある もの が 、 食欲 が ない …… そんな しらじらしい 虚構 が ある もの か 。 ちょう|||よご|||||しょくよく|||||きょこう|||| One of the prognosis of intestinal typhoid is lack of appetite. みんな 虚構 だ 。 |きょこう| 岡 の いう 事 も みんな 虚構 だ 。 おか|||こと|||きょこう| 昨夜 は 病院 に 泊まら なかった と いう 、 それ も 虚構 で なくて なんだろう 。 さくや||びょういん||とまら||||||きょこう||| 愛子 の 熱情 に 燃えた 手 を 握り 慣れた 岡 の 手 が 、 葉子 に 握られて 冷える の も もっともだ 。 あいこ||ねつじょう||もえた|て||にぎり|なれた|おか||て||ようこ||にぎら れて|ひえる||| Oka, who had become accustomed to holding Aiko's hand, which was burning with passion, felt cold with Yoko's grip. 昨夜 は この 手 は …… 葉子 は ひとみ を 定めて 自分 の 美しい 指 に からま れた 岡 の 美しい 右手 を 見た 。 さくや|||て||ようこ||||さだめて|じぶん||うつくしい|ゆび||||おか||うつくしい|みぎて||みた それ は 女 の 手 の ように 白く なめらかだった 。 ||おんな||て|||しろく| It was white and smooth like a woman's hand. しかし この 手 が 昨夜 は 、…… 葉子 は 顔 を あげて 岡 を 見た 。 ||て||さくや||ようこ||かお|||おか||みた ことさら に あざやかに 紅 いそ の 口 び る …… この 口 び る が 昨夜 は …… 眩暈 が する ほど 一度に 押し寄せて 来た 憤怒 と 嫉妬 と の ため に 、 葉子 は 危うく その 場 に あり 合わせた もの に かみつこう と した が 、 からく それ を ささえる と 、 もう 熱い 涙 が 目 を こがす ように 痛めて 流れ出した 。 |||くれない|||くち||||くち||||さくや||めまい||||いちどに|おしよせて|きた|ふんぬ||しっと|||||ようこ||あやうく||じょう|||あわせた|||||||||||||あつい|なみだ||め||||いためて|ながれだした ・・

「 あなた は よく うそ を お つき なさる の ね 」 "You're a good liar, aren't you?"