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三姉妹探偵団 2 キャンパス篇, 三姉妹探偵団(2) Chapter 08

三姉妹探偵団(2) Chapter 08

8 思惑 違い

「── で 、 どうした の ?

と 、 珠美 が 訊 いた 。

「 どうも し ない わ よ 」

「 割れた お 皿 を 片付ける の が 大変だった わ 」

と 、 綾子 は ピント の 外れた こと を 言って いる 。

今日 は マンション に 戻って の 夕食 である 。

ドア は 一応 、 新しく 取り付け られて いた 。

ただ 、 色 が 他の 部屋 と 違う ので 、 近々 塗り替え に 来る と いう こと だった が 。

「 神 山田 タカシ は 、 何 し に 来た わけ ?

と 、 珠美 が 訊 いた 。

「 マネージャー が あんな こと に なった んで 、 会場 を 見 に 来た 、 って 言って た けど ──」

「 怪しい ね 」

「 そう 思う ?

「 だって 、 他 に も 人 は いる わけじゃ ない 」

珠美 は 首 を 振った 。

「 きっと 、 他 に 何 か 理由 が あった の よ 」

綾子 は 一 人 、 沈んだ 様子 。

「 困った なあ ……」

「 どうした の ?

「 だって ── 神山 田 タカシ が 、 あんな 人 だ なんて 、 コンサート やる 気 、 しない じゃ ない の 」

「 それ は それ よ 。

もう あさって なんだ から 、 仕方ない じゃ ない の 」

と 夕 里子 は 、 お茶 を ご飯 に かけ ながら 、 言った 。

「 だって ── 許せ ない わ 。

女の子 の ファン を 手 ご め に する なんて 」

「 古風な 表現 ね 」

と 、 珠美 が 言った 。

「 そんな こと いい の !

── いくら 幹事 の 役目 だって いわ れて も 、 そんな 男 の 世話 を する なんて ……」

「 ほんの 何 時間 か の こと じゃ ない 」

「 時間 の 問題 じゃ ない の よ 。

お 金 でも 、 面子 で も ない の 。 ── モラル の 問題 な の よ 」

「 少し は 妥協 し なきゃ 」

と 、 珠美 が 言った 。

「 人生 、 思い通りに は 行か ない もん よ 」

「 それ が 中学生 の 言う こと ?

綾子 は 、 ため息 を ついた 。

「 黒木 って マネージャー が 殺さ れ 、 お 姉さん が 狙わ れた 。

── これ で 済めば いい けど ね 」

「 夕 里子 ったら 、 いやな こと 言わ ないで 」

「 だって 、 何一つ 解決 して ない んだ から 。

波乱 含み の まま で ね 」

「 警察 で 調べて くれる わ よ 」

── そう 、 当然 、 国友 と して は 、 石原 茂子 に 目 を つけて いる 。

茂子 が 、 三 年 前 、 神山 田 タカシ に 乱暴 さ れた 少女 だ と いう の は 、 まず 間違い の ない ところ だ 。

国友 の 紹介 で 、 太田 と 茂子 の いる 大学 へ 、 当の タカシ が 来る こと に なった の も 、 皮肉な 巡り合わ せ と いう しか ない 。

茂子 は 、 もう 太田 と いう 恋人 も いる わけだ が 、 三 年 前 の 事件 を 水 に 流した わけで は ある まい 。

もし 、 黒木 も 、 茂子 に 乱暴 した 人間 の 一 人 だった と したら 、 茂子 が 黒木 を 殺して も おかしく は ない 。

茂子 の 代り に 、 太田 が やった と して も 。

ただ 、 納得 でき ない の は 、 爆弾 事件 である 。

茂子 や 太田 が 、 綾子 を 殺そう と する と は 考え られ ない 。

つながら ない のである 。

── そして 、 全く 別の 事件 と みる に は 、 犯人 が 「 水口 恭子 」 と 名乗った の が 変だ 。

つながる ようで 、 すれ違って いる 。

すっきり し ない 。

── 夕 里子 は こういう 状況 だ と 苛々 して 来る のである 。

「 もう 一 杯 」

と 、 珠美 が 茶碗 を 出す 。

「 まだ 食べる の ?

「 いい でしょ 。

育ち盛り な んだ から 」

「 いい けど さ ……」

ご飯 を よ そって いる と 、 玄関 の チャイム が 鳴った 。

── 三 人 は 顔 を 見合せる 。

「 また 爆弾 じゃ ない わ よ ね 」

「 いや ね 、 変な こと 言って !

夕 里子 は 立って 行って 、 インタホン の 受話器 を 取った 。

「 はい 、 どなた です か ? 「 夕 里子 君 か !

国友 の 声 だ 。

夕 里子 は 緊張 した 。

「── 何事 な の ?

玄関 の ドア を 開ける と 、 国友 が 息 を 弾ま せ ながら 立って いる 。

よほど 急いで 来た らしい 。

「 いや 、 ドア が 直った か どう か 、 見 に 来た んだ 。

大丈夫 の ようだ ね 」

夕 里子 は 、 何だか 肩すかし を 食った 気分 だった 。

「 ええ 。

でも ── どうして そんなに 息 を 切らして る の ? 「 エレベーター が 点検 中 に なって て 、 階段 を 上って 来た んだ 。

いや 、 この ところ 運動 不足 で ね 」

と 、 国友 は 言った 。

「 刑事 さん 」

と 、 珠美 が 顔 を 出した 。

「 お茶 でも どうぞ 」

「 悪い な 。

いい の かい ? 「 ええ 。

無料 に して おき ます から 」

「 珠美 !

と 夕 里子 が にらんだ 。

居間 で 紅茶 を 飲み ながら 、 国友 は 言った 。

「 君 の 考えた 通り だった よ 」

「 石原 茂子 さん の こと ?

「 うん 。

三 年 前 に は 、 熱烈な 神 山田 タカシ の ファン だった 。 しかし 、 ちょうど 太田 が ホテル P を 辞めた 直後 に ファンク ラブ も 退会 して いる 」

「 可哀そうだ わ 」

と 、 綾子 は しみじみ と 言った 。

「 せっかく 過去 の 傷 を 忘れて いた ところ へ 、 私 が ……」

「 いや 、 それ なら 僕 に も 責任 が ある 」

「 え ?

と 、 綾子 が 不思議 そうな 顔 を した 。

綾子 は 、 国友 が 神山 田 タカシ の プロダクション に 交渉 して くれた こと を 知ら ない のだ 。

「 あの ね 、 それ より ──」

と 、 夕 里子 は 急いで 言った 。

「 爆弾 騒ぎ の 方 は どう なった の ? 「 今 の ところ 手がかり なし だ 。

── あの 大学 の 中 で 作ら れた もの だ と いう 証拠 で も あれば 、 もっと 色々 調べ られる んだ が ね 」

「 でも 、 大学 の 自治 の 侵害 に なる わ 」

「 分 って る ね 。

そう な んだ 。 ── あまり 権力 を 振りかざし たく ない から ね 」

「 そこ が 国友 さん の いい 所 よ 」

「 おだてる な よ 」

と 、 国友 は 笑った 。

「── 黒木 を 殺す 動機 の ある 人 、 見付かった ?

「 まあ 、 ああいう 仕事 だ と 色々 ある んだろう が ね 。

しかし 、 黒木 は 、 別に 大物 って わけじゃ ない し 、 殺さ れる ほど の こと は 考え られ ない んだ な 」

「 じゃ 、 やっぱり 奥さん の 線 ?

「 うん 。

── と いって 、 殺し屋 を 雇う と も 思え ない し 」

「 殺す のに 、 何も あんな 場所 を 選ぶ 必要 も ない わけでしょう ?

「 それ は その 通り な んだ 。

しかも 昼間 だ から ね 」

で は 、 やはり 石原 茂子 か 。

── しかし 、 夕 里子 と して も 、 あまり その 推論 に は 気乗り が し なかった 。

電話 が 鳴った 。

近く に 座って いた 綾子 が 、 受話器 を 取る 。

「 はい 、 佐々 本 です 。

── もしもし 」

「 あの ── 綾子 さん ?

と 、 低く 囁く ような 声 。

「 ええ 、 あの ──」

「 石原 茂子 よ 」

「 何 だ 。

どうした の ?

「 ちょっと ── 困った こと に なった の 」

「 お 財布 でも 落とした の ?

綾子 の 発想 は 、 大体 この 程度 で しか ない のである 。

「 本当に 申し訳ない んだ けど ── 大学 に いる の 。

今 、 来て くれる ? 「 いい わ よ 。

どこ に 行けば いい ? 「 学生 部 の 前 で 待って る わ 」

「 はい 、 それ じゃ 」

夕 里子 が 不思議 そうに 、

「 出かける の ?

と 訊 いた 。

「 うん 。

ちょっと お 友だち と 会う の 」

と 、 綾子 は 言った 。

もちろん 噓 で は ない 。

しかし 、 綾子 とて 、 大した 用事 で は ない 、 と 思って いた のである ……。

ちゃんと 校門 は 閉って いる し 、 一応 、〈 立入 禁止 〉 の 札 も 立って る し 。

しかし 、 実際 に は いくら でも 「 通用口 」 が あって 、 学生 や 先生 たち だって 、 適当に 近道 と して いる のである 。

しかし 、 綾子 は 例外 だった 。

ともかく 正面 の 正門 から 入って 、 出る の が 本当だ と 固く 信じて いる のだ 。

いつも なら 、 それ だって いい 。

しかし 、 今 は ── 門 が 閉って いる のである 。

門 の 前 まで 来て 、 困って しまった 。

「 茂子 さん も …… 門 を 開け といて くれりゃ いい のに 」

と 、 ブツブツ 文句 を 言う 。

守衛 なんて の も い ない し 、 ともかく 、 適当に 塀 の ない 所 から 入っちゃ う なんて こと の でき ない 性質 である 。

「 困った なあ ……」

と 、 ウロウロ して いる と 、 誰 か が 構内 を 歩いて 来る の が 見えた 。

綾子 は ギョッ と して ── なぜ か 身 を 隠した 。

別に 悪い こと を して る わけじゃ ない んだ から 、 隠れ なく たって 良 さ そうな もん だ が 、 これ も 性質 と いう もの だろう 。

木 の 陰 に 隠れて 様子 を 見て いる と 、 どうやら 女性 らしい 。

えらく 楽しげで 、 口笛 なんか 吹いて いる 。

そして ── 門 の 所 まで 来た 。

どう する の か な 、 と 見て いる と 、 その 女性 、 ヒョイ と 門 に 取り付いて 、 よじ登り 、 軽々 と 乗り越えて 来て しまった 。

は は あ 、 ああいう 手 が あった の か 、 と 綾子 は 感心 した 。

コトン 、 と 飛び降りる と 、 街灯 の 光 で 顔 が 見える 。

「 あら ……」

どこ か で 見た 子 だ と 思ったら 、 昼間 、 梨 山 教授 の 部屋 に いた 一 年生 だ 。

こんな 時間 まで 何 を して いた の か 、 いとも 楽し そうに 、 飛び はねる ような 足取り で 歩いて 行った 。

その 女の子 の 姿 が 見え なく なる と 、 綾子 は 木 の 陰 から 出て 来た 。

そう か 。

── 乗り越えれば いい んだ わ 。

茂子 も 、 じりじり し ながら 待って いる だろう 。

綾子 は 、 よい しょ 、 と 門 に 手 を かけ 、 足 を 上げた ……。

── 学生 部 の 前 に 、 茂子 は 立って いた 。

「 あ 、 綾子 さん !

ここ よ ! 「 ごめん ね 、 遅く なって 」

と 、 綾子 は 息 を 弾ま せた 。

「 腰 を どうかした の ?

「 うん 、 ちょっと ね ……」

と 、 綾子 は お 尻 を さすった 。

尻もち を ついて ね 、 と は 言いにくい 。

「 どうした の ?

文化 祭 の こと で 何 か あった ? 「 そう じゃ ない の 。

ともかく 来て よ 」

茂子 は 、 電話 の とき より は 大分 落ちついて いた 。

そりゃ そう だろう 。

これ だけ 待た さ れれば 、 いやで も 落ちついて 来る 。

「── どこ な の ?

「 学生 部 の 会議 室 」

「 ああ 、 あそこ ?

黒木 と 会った 部屋 である 。

廊下 は 、 静かで 、 寒々 と して いた 。

ポツリ 、 ポツリ と 、 思い出した ように しか 明り が 点いて い ない ので 、 その 途中 は 、 いやに 暗い 。

「── 何だか スリラー 映画 に でも 出て 来そう ね 」

と 、 綾子 は 冗談 の つもり で 言った のだ が 、 茂子 は 振り向いて 、

「 そう な の よ 」

と 、 真顔 で 言った 。

「 そう 、 って ?

「 来れば 分 る わ 」

── 会議 室 へ 入って 、 二 人 は 立ち止った 。

明り が 消えて 真 暗 な のだ 。

「 待って ね 」

と 、 茂子 が 言った 。

少し して 、 明り が 点く 。

会議 室 は 、 やはり ガランと して 、 人気 が なかった 。

「── どうかした の 、 ここ が ?

と 、 綾子 は 言った 。

「 奥 の 方 へ 行って みて 」

綾子 は 、 ゆっくり と 歩いて 行った 。

── 誰 か が 床 の 上 で 寝て いた 。

「 あら 、 こんな 所 で ……」

と 言い かけて 、 しかし 、 いくら 鈍い 綾子 でも 、 こんな 冷たい 床 の 上 に 好んで 寝る 物好き は い ない 、 と いう こと に 気付いた 。

そして 、 その 女 の 首 に 、 巻きついて いる 細い 紐 らしい もの ……。

それ は 、 アクセサリー に して は 、 ちょっと 深く 食い込み 過ぎて いる ようだった 。

「 この 人 ……」

「 死んで る の よ 」

と 、 茂子 は 言った 。

「 死んで る ?

「 そう 。

絞め 殺さ れて る わ 」

茂子 は 首 を 振った 。

「 どこ か で 、 見た こと ある みたい 」

「 そう でしょう 。

── 梨 山 先生 の 奥さん じゃ ない の 」

そう だった 。

黒木 が 殺さ れた 日 、 この 奥さん が 大学 から 出て 行く の を 、 目 に した のだった 。

「 じゃ 、 警察 へ 電話 し なきゃ 」

綾子 は 言った 。

「── もう 一一〇 番 した の ? 「 まだ 。

知って る の は 、 綾子 さん だけ な の 」

「 そう 」

と 、 綾子 は 肯 いた 。

「 一緒に 警察 へ 行って くれる ?

「 私 が ?

そりゃ 構わ ない けど ──」

「 自首 する の って 、 勇気 が いる わ 」

「 それ は そう ね 」

と 肯 いて から 、 少し して 、「── 今 、 何て 言った の ?

「 自首 する って 言った の 。

私 が この 人 を 殺した んだ もの 」

と 、 茂子 は 言った 。

「 まあ 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 そんな こと ない わ 」

「 そんな こと ない ?

「 だって ── あなた 、 人 を 殺したり でき ない わ よ 」

「 綾子 さん ……」

茂子 は 声 を 詰ら せた 。

「 私 が やった の よ 。 ── 私 が この 人 を 殺した の ! 「 違う わ よ 」

── 普通 と は 逆の やりとり である 。

綾子 と して は 、 理屈 なんて どう で も いい のだ 。

茂子 と いう 人間 を 信じて いる 。 だから 、 その 言葉 を 信じ ない 、 と いう ややこしい こと に なって いる のである 。

「 噓 言った って 、 だめ 」

と 、 綾子 は 穏やかに 言った 。

「 あなた に 人 は 殺せ ない わ 」

茂子 は 、 涙ぐんだ 。

やや 、 沈黙 が あって 、

「 そう 思う ね 、 僕 も 」

と いう 声 が 、 会議 室 に 響いた 。

振り向いて 、 綾子 は びっくり した 。

「 国友 さん !

国友 と 、 夕 里子 、 珠美 まで ついて 来て いた のである ……。


三姉妹探偵団(2) Chapter 08 みっ しまい たんてい だん|chapter

8  思惑 違い おもわく|ちがい

「── で 、 どうした の ?

と 、 珠美 が 訊 いた 。 |たまみ||じん|

「 どうも し ない わ よ 」

「 割れた お 皿 を 片付ける の が 大変だった わ 」 われた||さら||かたづける|||たいへんだった|

と 、 綾子 は ピント の 外れた こと を 言って いる 。 |あやこ||ぴんと||はずれた|||いって|

今日 は マンション に 戻って の 夕食 である 。 きょう||まんしょん||もどって||ゆうしょく|

ドア は 一応 、 新しく 取り付け られて いた 。 どあ||いちおう|あたらしく|とりつけ||

ただ 、 色 が 他の 部屋 と 違う ので 、 近々 塗り替え に 来る と いう こと だった が 。 |いろ||たの|へや||ちがう||ちかぢか|ぬりかえ||くる|||||

「 神 山田 タカシ は 、 何 し に 来た わけ ? かみ|やまだ|たかし||なん|||きた|

と 、 珠美 が 訊 いた 。 |たまみ||じん|

「 マネージャー が あんな こと に なった んで 、 会場 を 見 に 来た 、 って 言って た けど ──」 まねーじゃー|||||||かいじょう||み||きた||いって||

「 怪しい ね 」 あやしい|

「 そう 思う ? |おもう

「 だって 、 他 に も 人 は いる わけじゃ ない 」 |た|||じん||||

珠美 は 首 を 振った 。 たまみ||くび||ふった

「 きっと 、 他 に 何 か 理由 が あった の よ 」 |た||なん||りゆう||||

綾子 は 一 人 、 沈んだ 様子 。 あやこ||ひと|じん|しずんだ|ようす

「 困った なあ ……」 こまった|

「 どうした の ?

「 だって ── 神山 田 タカシ が 、 あんな 人 だ なんて 、 コンサート やる 気 、 しない じゃ ない の 」 |かみやま|た|たかし|||じん|||こんさーと||き|し ない|||

「 それ は それ よ 。

もう あさって なんだ から 、 仕方ない じゃ ない の 」 ||||しかたない|||

と 夕 里子 は 、 お茶 を ご飯 に かけ ながら 、 言った 。 |ゆう|さとご||おちゃ||ごはん||||いった

「 だって ── 許せ ない わ 。 |ゆるせ||

女の子 の ファン を 手 ご め に する なんて 」 おんなのこ||ふぁん||て|||||

「 古風な 表現 ね 」 こふうな|ひょうげん|

と 、 珠美 が 言った 。 |たまみ||いった

「 そんな こと いい の !

── いくら 幹事 の 役目 だって いわ れて も 、 そんな 男 の 世話 を する なんて ……」 |かんじ||やくめ||||||おとこ||せわ|||

「 ほんの 何 時間 か の こと じゃ ない 」 |なん|じかん|||||

「 時間 の 問題 じゃ ない の よ 。 じかん||もんだい||||

お 金 でも 、 面子 で も ない の 。 |きむ||めんこ|||| ── モラル の 問題 な の よ 」 もらる||もんだい|||

「 少し は 妥協 し なきゃ 」 すこし||だきょう||

と 、 珠美 が 言った 。 |たまみ||いった

「 人生 、 思い通りに は 行か ない もん よ 」 じんせい|おもいどおりに||いか|||

「 それ が 中学生 の 言う こと ? ||ちゅうがくせい||いう|

綾子 は 、 ため息 を ついた 。 あやこ||ためいき||

「 黒木 って マネージャー が 殺さ れ 、 お 姉さん が 狙わ れた 。 くろき||まねーじゃー||ころさ|||ねえさん||ねらわ|

── これ で 済めば いい けど ね 」 ||すめば|||

「 夕 里子 ったら 、 いやな こと 言わ ないで 」 ゆう|さとご||||いわ|

「 だって 、 何一つ 解決 して ない んだ から 。 |なにひとつ|かいけつ||||

波乱 含み の まま で ね 」 はらん|ふくみ||||

「 警察 で 調べて くれる わ よ 」 けいさつ||しらべて|||

── そう 、 当然 、 国友 と して は 、 石原 茂子 に 目 を つけて いる 。 |とうぜん|くにとも||||いしはら|しげこ||め|||

茂子 が 、 三 年 前 、 神山 田 タカシ に 乱暴 さ れた 少女 だ と いう の は 、 まず 間違い の ない ところ だ 。 しげこ||みっ|とし|ぜん|かみやま|た|たかし||らんぼう|||しょうじょ|||||||まちがい||||

国友 の 紹介 で 、 太田 と 茂子 の いる 大学 へ 、 当の タカシ が 来る こと に なった の も 、 皮肉な 巡り合わ せ と いう しか ない 。 くにとも||しょうかい||おおた||しげこ|||だいがく||とうの|たかし||くる||||||ひにくな|めぐりあわ|||||

茂子 は 、 もう 太田 と いう 恋人 も いる わけだ が 、 三 年 前 の 事件 を 水 に 流した わけで は ある まい 。 しげこ|||おおた|||こいびと|||||みっ|とし|ぜん||じけん||すい||ながした||||

もし 、 黒木 も 、 茂子 に 乱暴 した 人間 の 一 人 だった と したら 、 茂子 が 黒木 を 殺して も おかしく は ない 。 |くろき||しげこ||らんぼう||にんげん||ひと|じん||||しげこ||くろき||ころして||||

茂子 の 代り に 、 太田 が やった と して も 。 しげこ||かわり||おおた|||||

ただ 、 納得 でき ない の は 、 爆弾 事件 である 。 |なっとく|||||ばくだん|じけん|

茂子 や 太田 が 、 綾子 を 殺そう と する と は 考え られ ない 。 しげこ||おおた||あやこ||ころそう|||||かんがえ||

つながら ない のである 。

── そして 、 全く 別の 事件 と みる に は 、 犯人 が 「 水口 恭子 」 と 名乗った の が 変だ 。 |まったく|べつの|じけん|||||はんにん||みずぐち|きょうこ||なのった|||へんだ

つながる ようで 、 すれ違って いる 。 ||すれちがって|

すっきり し ない 。

── 夕 里子 は こういう 状況 だ と 苛々 して 来る のである 。 ゆう|さとご|||じょうきょう|||いらいら||くる|

「 もう 一 杯 」 |ひと|さかずき

と 、 珠美 が 茶碗 を 出す 。 |たまみ||ちゃわん||だす

「 まだ 食べる の ? |たべる|

「 いい でしょ 。

育ち盛り な んだ から 」 そだちざかり|||

「 いい けど さ ……」

ご飯 を よ そって いる と 、 玄関 の チャイム が 鳴った 。 ごはん||||||げんかん||ちゃいむ||なった

── 三 人 は 顔 を 見合せる 。 みっ|じん||かお||みあわせる

「 また 爆弾 じゃ ない わ よ ね 」 |ばくだん|||||

「 いや ね 、 変な こと 言って ! ||へんな||いって

夕 里子 は 立って 行って 、 インタホン の 受話器 を 取った 。 ゆう|さとご||たって|おこなって|||じゅわき||とった

「 はい 、 どなた です か ? 「 夕 里子 君 か ! ゆう|さとご|きみ|

国友 の 声 だ 。 くにとも||こえ|

夕 里子 は 緊張 した 。 ゆう|さとご||きんちょう|

「── 何事 な の ? なにごと||

玄関 の ドア を 開ける と 、 国友 が 息 を 弾ま せ ながら 立って いる 。 げんかん||どあ||あける||くにとも||いき||はずま|||たって|

よほど 急いで 来た らしい 。 |いそいで|きた|

「 いや 、 ドア が 直った か どう か 、 見 に 来た んだ 。 |どあ||なおった||||み||きた|

大丈夫 の ようだ ね 」 だいじょうぶ|||

夕 里子 は 、 何だか 肩すかし を 食った 気分 だった 。 ゆう|さとご||なんだか|かたすかし||くった|きぶん|

「 ええ 。

でも ── どうして そんなに 息 を 切らして る の ? |||いき||きらして|| 「 エレベーター が 点検 中 に なって て 、 階段 を 上って 来た んだ 。 えれべーたー||てんけん|なか||||かいだん||のぼって|きた|

いや 、 この ところ 運動 不足 で ね 」 |||うんどう|ふそく||

と 、 国友 は 言った 。 |くにとも||いった

「 刑事 さん 」 けいじ|

と 、 珠美 が 顔 を 出した 。 |たまみ||かお||だした

「 お茶 でも どうぞ 」 おちゃ||

「 悪い な 。 わるい|

いい の かい ? 「 ええ 。

無料 に して おき ます から 」 むりょう|||||

「 珠美 ! たまみ

と 夕 里子 が にらんだ 。 |ゆう|さとご||

居間 で 紅茶 を 飲み ながら 、 国友 は 言った 。 いま||こうちゃ||のみ||くにとも||いった Kunitomo said while drinking tea in the living room.

「 君 の 考えた 通り だった よ 」 きみ||かんがえた|とおり||

「 石原 茂子 さん の こと ? いしはら|しげこ|||

「 うん 。

三 年 前 に は 、 熱烈な 神 山田 タカシ の ファン だった 。 みっ|とし|ぜん|||ねつれつな|かみ|やまだ|たかし||ふぁん| しかし 、 ちょうど 太田 が ホテル P を 辞めた 直後 に ファンク ラブ も 退会 して いる 」 ||おおた||ほてる|p||やめた|ちょくご||ふぁんく|らぶ||たいかい||

「 可哀そうだ わ 」 かわいそうだ|

と 、 綾子 は しみじみ と 言った 。 |あやこ||||いった

「 せっかく 過去 の 傷 を 忘れて いた ところ へ 、 私 が ……」 |かこ||きず||わすれて||||わたくし|

「 いや 、 それ なら 僕 に も 責任 が ある 」 |||ぼく|||せきにん||

「 え ?

と 、 綾子 が 不思議 そうな 顔 を した 。 |あやこ||ふしぎ|そう な|かお||

綾子 は 、 国友 が 神山 田 タカシ の プロダクション に 交渉 して くれた こと を 知ら ない のだ 。 あやこ||くにとも||かみやま|た|たかし||||こうしょう|||||しら||

「 あの ね 、 それ より ──」

と 、 夕 里子 は 急いで 言った 。 |ゆう|さとご||いそいで|いった

「 爆弾 騒ぎ の 方 は どう なった の ? ばくだん|さわぎ||かた|||| 「 今 の ところ 手がかり なし だ 。 いま|||てがかり||

── あの 大学 の 中 で 作ら れた もの だ と いう 証拠 で も あれば 、 もっと 色々 調べ られる んだ が ね 」 |だいがく||なか||つくら||||||しょうこ|||||いろいろ|しらべ||||

「 でも 、 大学 の 自治 の 侵害 に なる わ 」 |だいがく||じち||しんがい|||

「 分 って る ね 。 ぶん|||

そう な んだ 。 ── あまり 権力 を 振りかざし たく ない から ね 」 |けんりょく||ふりかざし||||

「 そこ が 国友 さん の いい 所 よ 」 ||くにとも||||しょ|

「 おだてる な よ 」

と 、 国友 は 笑った 。 |くにとも||わらった

「── 黒木 を 殺す 動機 の ある 人 、 見付かった ? くろき||ころす|どうき|||じん|みつかった

「 まあ 、 ああいう 仕事 だ と 色々 ある んだろう が ね 。 ||しごと|||いろいろ||||

しかし 、 黒木 は 、 別に 大物 って わけじゃ ない し 、 殺さ れる ほど の こと は 考え られ ない んだ な 」 |くろき||べつに|おおもの|||||ころさ||||||かんがえ||||

「 じゃ 、 やっぱり 奥さん の 線 ? ||おくさん||せん

「 うん 。

── と いって 、 殺し屋 を 雇う と も 思え ない し 」 ||ころしや||やとう|||おもえ||

「 殺す のに 、 何も あんな 場所 を 選ぶ 必要 も ない わけでしょう ? ころす||なにも||ばしょ||えらぶ|ひつよう|||

「 それ は その 通り な んだ 。 |||とおり||

しかも 昼間 だ から ね 」 |ひるま|||

で は 、 やはり 石原 茂子 か 。 |||いしはら|しげこ|

── しかし 、 夕 里子 と して も 、 あまり その 推論 に は 気乗り が し なかった 。 |ゆう|さとご||||||すいろん|||きのり|||

電話 が 鳴った 。 でんわ||なった

近く に 座って いた 綾子 が 、 受話器 を 取る 。 ちかく||すわって||あやこ||じゅわき||とる

「 はい 、 佐々 本 です 。 |ささ|ほん|

── もしもし 」

「 あの ── 綾子 さん ? |あやこ|

と 、 低く 囁く ような 声 。 |ひくく|ささやく||こえ

「 ええ 、 あの ──」

「 石原 茂子 よ 」 いしはら|しげこ|

「 何 だ 。 なん|

どうした の ?

「 ちょっと ── 困った こと に なった の 」 |こまった||||

「 お 財布 でも 落とした の ? |さいふ||おとした|

綾子 の 発想 は 、 大体 この 程度 で しか ない のである 。 あやこ||はっそう||だいたい||ていど||||

「 本当に 申し訳ない んだ けど ── 大学 に いる の 。 ほんとうに|もうしわけない|||だいがく|||

今 、 来て くれる ? いま|きて| 「 いい わ よ 。

どこ に 行けば いい ? ||いけば| 「 学生 部 の 前 で 待って る わ 」 がくせい|ぶ||ぜん||まって||

「 はい 、 それ じゃ 」

夕 里子 が 不思議 そうに 、 ゆう|さとご||ふしぎ|そう に

「 出かける の ? でかける|

と 訊 いた 。 |じん|

「 うん 。

ちょっと お 友だち と 会う の 」 ||ともだち||あう|

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

もちろん 噓 で は ない 。

しかし 、 綾子 とて 、 大した 用事 で は ない 、 と 思って いた のである ……。 |あやこ||たいした|ようじ|||||おもって||

ちゃんと 校門 は 閉って いる し 、 一応 、〈 立入 禁止 〉 の 札 も 立って る し 。 |こうもん||しまって|||いちおう|たちいり|きんし||さつ||たって||

しかし 、 実際 に は いくら でも 「 通用口 」 が あって 、 学生 や 先生 たち だって 、 適当に 近道 と して いる のである 。 |じっさい|||||つうようぐち|||がくせい||せんせい|||てきとうに|ちかみち||||

しかし 、 綾子 は 例外 だった 。 |あやこ||れいがい|

ともかく 正面 の 正門 から 入って 、 出る の が 本当だ と 固く 信じて いる のだ 。 |しょうめん||せいもん||はいって|でる|||ほんとうだ||かたく|しんじて||

いつも なら 、 それ だって いい 。

しかし 、 今 は ── 門 が 閉って いる のである 。 |いま||もん||しまって||

門 の 前 まで 来て 、 困って しまった 。 もん||ぜん||きて|こまって|

「 茂子 さん も …… 門 を 開け といて くれりゃ いい のに 」 しげこ|||もん||あけ||||

と 、 ブツブツ 文句 を 言う 。 |ぶつぶつ|もんく||いう

守衛 なんて の も い ない し 、 ともかく 、 適当に 塀 の ない 所 から 入っちゃ う なんて こと の でき ない 性質 である 。 しゅえい||||||||てきとうに|へい|||しょ||はいっちゃ|||||||せいしつ| There is not a guardian, anyway, it is a property that you can not enter from a place without a fence properly.

「 困った なあ ……」 こまった|

と 、 ウロウロ して いる と 、 誰 か が 構内 を 歩いて 来る の が 見えた 。 |うろうろ||||だれ|||こうない||あるいて|くる|||みえた

綾子 は ギョッ と して ── なぜ か 身 を 隠した 。 あやこ|||||||み||かくした

別に 悪い こと を して る わけじゃ ない んだ から 、 隠れ なく たって 良 さ そうな もん だ が 、 これ も 性質 と いう もの だろう 。 べつに|わるい|||||||||かくれ|||よ||そう な||||||せいしつ|||| I am not doing bad things separately, so it seems to be good not to hide, but this is also a property.

木 の 陰 に 隠れて 様子 を 見て いる と 、 どうやら 女性 らしい 。 き||かげ||かくれて|ようす||みて||||じょせい| Hiding behind the tree and looking at it, it looks like a woman.

えらく 楽しげで 、 口笛 なんか 吹いて いる 。 |たのしげで|くちぶえ||ふいて|

そして ── 門 の 所 まで 来た 。 |もん||しょ||きた

どう する の か な 、 と 見て いる と 、 その 女性 、 ヒョイ と 門 に 取り付いて 、 よじ登り 、 軽々 と 乗り越えて 来て しまった 。 ||||||みて||||じょせい|||もん||とりついて|よじのぼり|かるがる||のりこえて|きて|

は は あ 、 ああいう 手 が あった の か 、 と 綾子 は 感心 した 。 ||||て||||||あやこ||かんしん|

コトン 、 と 飛び降りる と 、 街灯 の 光 で 顔 が 見える 。 ||とびおりる||がいとう||ひかり||かお||みえる

「 あら ……」

どこ か で 見た 子 だ と 思ったら 、 昼間 、 梨 山 教授 の 部屋 に いた 一 年生 だ 。 |||みた|こ|||おもったら|ひるま|なし|やま|きょうじゅ||へや|||ひと|ねんせい|

こんな 時間 まで 何 を して いた の か 、 いとも 楽し そうに 、 飛び はねる ような 足取り で 歩いて 行った 。 |じかん||なん|||||||たのし|そう に|とび|||あしどり||あるいて|おこなった

その 女の子 の 姿 が 見え なく なる と 、 綾子 は 木 の 陰 から 出て 来た 。 |おんなのこ||すがた||みえ||||あやこ||き||かげ||でて|きた

そう か 。

── 乗り越えれば いい んだ わ 。 のりこえれば|||

茂子 も 、 じりじり し ながら 待って いる だろう 。 しげこ|||||まって|| Shigeko will be waiting for you.

綾子 は 、 よい しょ 、 と 門 に 手 を かけ 、 足 を 上げた ……。 あやこ|||||もん||て|||あし||あげた

── 学生 部 の 前 に 、 茂子 は 立って いた 。 がくせい|ぶ||ぜん||しげこ||たって|

「 あ 、 綾子 さん ! |あやこ|

ここ よ ! 「 ごめん ね 、 遅く なって 」 ||おそく|

と 、 綾子 は 息 を 弾ま せた 。 |あやこ||いき||はずま|

「 腰 を どうかした の ? こし|||

「 うん 、 ちょっと ね ……」

と 、 綾子 は お 尻 を さすった 。 |あやこ|||しり||

尻もち を ついて ね 、 と は 言いにくい 。 しりもち||||||いいにくい

「 どうした の ?

文化 祭 の こと で 何 か あった ? ぶんか|さい||||なん|| 「 そう じゃ ない の 。

ともかく 来て よ 」 |きて|

茂子 は 、 電話 の とき より は 大分 落ちついて いた 。 しげこ||でんわ|||||だいぶ|おちついて|

そりゃ そう だろう 。

これ だけ 待た さ れれば 、 いやで も 落ちついて 来る 。 ||また|||||おちついて|くる

「── どこ な の ?

「 学生 部 の 会議 室 」 がくせい|ぶ||かいぎ|しつ

「 ああ 、 あそこ ?

黒木 と 会った 部屋 である 。 くろき||あった|へや|

廊下 は 、 静かで 、 寒々 と して いた 。 ろうか||しずかで|さむざむ|||

ポツリ 、 ポツリ と 、 思い出した ように しか 明り が 点いて い ない ので 、 その 途中 は 、 いやに 暗い 。 ぽつり|ぽつり||おもいだした|||あかり||ついて|||||とちゅう|||くらい

「── 何だか スリラー 映画 に でも 出て 来そう ね 」 なんだか|すりらー|えいが|||でて|きたそう|

と 、 綾子 は 冗談 の つもり で 言った のだ が 、 茂子 は 振り向いて 、 |あやこ||じょうだん||||いった|||しげこ||ふりむいて

「 そう な の よ 」

と 、 真顔 で 言った 。 |まがお||いった

「 そう 、 って ?

「 来れば 分 る わ 」 くれば|ぶん||

── 会議 室 へ 入って 、 二 人 は 立ち止った 。 かいぎ|しつ||はいって|ふた|じん||たちどまった

明り が 消えて 真 暗 な のだ 。 あかり||きえて|まこと|あん||

「 待って ね 」 まって|

と 、 茂子 が 言った 。 |しげこ||いった

少し して 、 明り が 点く 。 すこし||あかり||つく

会議 室 は 、 やはり ガランと して 、 人気 が なかった 。 かいぎ|しつ|||がらんと||にんき||

「── どうかした の 、 ここ が ?

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

「 奥 の 方 へ 行って みて 」 おく||かた||おこなって|

綾子 は 、 ゆっくり と 歩いて 行った 。 あやこ||||あるいて|おこなった

── 誰 か が 床 の 上 で 寝て いた 。 だれ|||とこ||うえ||ねて|

「 あら 、 こんな 所 で ……」 ||しょ|

と 言い かけて 、 しかし 、 いくら 鈍い 綾子 でも 、 こんな 冷たい 床 の 上 に 好んで 寝る 物好き は い ない 、 と いう こと に 気付いた 。 |いい||||にぶい|あやこ|||つめたい|とこ||うえ||このんで|ねる|ものずき||||||||きづいた

そして 、 その 女 の 首 に 、 巻きついて いる 細い 紐 らしい もの ……。 ||おんな||くび||まきついて||ほそい|ひも||

それ は 、 アクセサリー に して は 、 ちょっと 深く 食い込み 過ぎて いる ようだった 。 ||あくせさりー|||||ふかく|くいこみ|すぎて||

「 この 人 ……」 |じん

「 死んで る の よ 」 しんで|||

と 、 茂子 は 言った 。 |しげこ||いった

「 死んで る ? しんで|

「 そう 。

絞め 殺さ れて る わ 」 しめ|ころさ|||

茂子 は 首 を 振った 。 しげこ||くび||ふった

「 どこ か で 、 見た こと ある みたい 」 |||みた|||

「 そう でしょう 。

── 梨 山 先生 の 奥さん じゃ ない の 」 なし|やま|せんせい||おくさん|||

そう だった 。

黒木 が 殺さ れた 日 、 この 奥さん が 大学 から 出て 行く の を 、 目 に した のだった 。 くろき||ころさ||ひ||おくさん||だいがく||でて|いく|||め|||

「 じゃ 、 警察 へ 電話 し なきゃ 」 |けいさつ||でんわ||

綾子 は 言った 。 あやこ||いった

「── もう 一一〇 番 した の ? |いちいち|ばん|| 「 まだ 。

知って る の は 、 綾子 さん だけ な の 」 しって||||あやこ||||

「 そう 」

と 、 綾子 は 肯 いた 。 |あやこ||こう|

「 一緒に 警察 へ 行って くれる ? いっしょに|けいさつ||おこなって|

「 私 が ? わたくし|

そりゃ 構わ ない けど ──」 |かまわ||

「 自首 する の って 、 勇気 が いる わ 」 じしゅ||||ゆうき|||

「 それ は そう ね 」

と 肯 いて から 、 少し して 、「── 今 、 何て 言った の ? |こう|||すこし||いま|なんて|いった|

「 自首 する って 言った の 。 じしゅ|||いった|

私 が この 人 を 殺した んだ もの 」 わたくし|||じん||ころした||

と 、 茂子 は 言った 。 |しげこ||いった

「 まあ 」

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

「 そんな こと ない わ 」

「 そんな こと ない ?

「 だって ── あなた 、 人 を 殺したり でき ない わ よ 」 ||じん||ころしたり||||

「 綾子 さん ……」 あやこ|

茂子 は 声 を 詰ら せた 。 しげこ||こえ||なじら|

「 私 が やった の よ 。 わたくし|||| ── 私 が この 人 を 殺した の ! わたくし|||じん||ころした| 「 違う わ よ 」 ちがう||

── 普通 と は 逆の やりとり である 。 ふつう|||ぎゃくの||

綾子 と して は 、 理屈 なんて どう で も いい のだ 。 あやこ||||りくつ||||||

茂子 と いう 人間 を 信じて いる 。 しげこ|||にんげん||しんじて| だから 、 その 言葉 を 信じ ない 、 と いう ややこしい こと に なって いる のである 。 ||ことば||しんじ|||||||||

「 噓 言った って 、 だめ 」 |いった||

と 、 綾子 は 穏やかに 言った 。 |あやこ||おだやかに|いった

「 あなた に 人 は 殺せ ない わ 」 ||じん||ころせ||

茂子 は 、 涙ぐんだ 。 しげこ||なみだぐんだ

やや 、 沈黙 が あって 、 |ちんもく||

「 そう 思う ね 、 僕 も 」 |おもう||ぼく|

と いう 声 が 、 会議 室 に 響いた 。 ||こえ||かいぎ|しつ||ひびいた

振り向いて 、 綾子 は びっくり した 。 ふりむいて|あやこ|||

「 国友 さん ! くにとも|

国友 と 、 夕 里子 、 珠美 まで ついて 来て いた のである ……。 くにとも||ゆう|さとご|たまみ|||きて||