三 姉妹 探偵 団 3 Chapter 10
10 忙しい 迷子
ドア を ノック する 音 。
「 起きて る かい ?
と 、 小 峰 の 秘書 、 井口 の 声 が した 。
「 入る よ 」
鍵 が 回る 音 が して 、 ドア が 開く 。
井口 は 、 中 を 見 回して 、 ちょっと 眉 を ひそめた 。
ベッド が 高く もり上って 、 毛布 を スッポリ かぶって 眠って いる ようだ 。
「 おいおい 。
それ じゃ ドレス が し わく ちゃ に な っ ち ま う じゃ ない か 。 ── 起きて くれ なきゃ 困る んだ 」
井口 が 部屋 の 中 へ 入って 来る と 、 ドア の 陰 に 隠れて いた 珠美 は 、 手 に して いた 重い 青銅 の 花びん を 高々 と 持ち 上げて ──。
両手 を 一杯に 上 に 上げて いる とき 、 わき の 下 を くすぐら れた から たまら ない 。
コチョコチョ 、 と やられて 、
「 キャッ !
珠美 は 声 を 上げた 。
花びん は 空しく 床 に 落ちて 、 ゴーン 、 と 除夜 の 鐘 みたいな 音 を 立てた 。
「 だめ よ 、 用心 し なきゃ 」
入って 来た の は 、 草間 由美子 だった 。
「 私 が い なかったら 、 今ごろ あなた 、 のびて た わ よ 」
「 やれやれ 」
井口 は 首 を 振って 、 珠美 を 見る と 、「 手間 の かかる 子 だ 」
「 人 を か っ さ ら っと いて 、 何 よ !
と 、 珠美 は かみついた 。
「 私 に は 、 優秀な 刑事 さん の 友だち が いる んだ から ね 」
「 警視 総監 が 友だち だって 構わ ない よ 」
と 、 井口 は まるで 本気に して い ない 様子 で 言った 。
「 さあ 行こう 」
「 どこ へ 連れて く の ?
デパート の オモチャ 売場 に 並べる 気 ? 「 面白い 子 ね 、 あなた って 」
と 、 草間 由美子 が 笑って 、「 飼 っと いたら 、 飽き ない でしょう ね 」
「 犬 と 間違え ないで よ 」
と 、 珠美 は ふくれ っ つ ら で 言った 。
井口 と 草間 由美子 、 二 人 に 挟ま れて いる ので は 、 逃げ 出す わけに も いか ず 、 珠美 は 仕方なく 歩き 出した 。
廊下 。
── やたら と 長く 、 暗い 。
「 ここ 、 どこ ?
「 地下 な の よ 」
と 、 草間 由美子 が 言った 。
そう か 。
それ で 部屋 に も 窓 が 一 つ も なかった んだ 。
「 こっち よ 」
と 、 促さ れて 、 廊下 を 曲って 行く と 、 突き当り 。
先 が ない 。
が 、 井口 が どこ やら 壁 の 一部 を 押す と 、 正面 の 壁 が スルスル と 左右 へ 開いた 。
── エレベーター な のだ !
珠美 も これ に は びっくり した 。
「 さ 、 行 くわ よ 」
と 、 促さ れて 中 へ ……。
「 地下 は 食料 品 売場 じゃ ない の ?
と 、 珠美 は 言った 。
エレベーター が 静かに 上って 行く 。
「 三 階 まで しか ない の 」
「 そりゃ そう だ よ 。
個人 の 屋敷 だ から な 」
扉 が 開く と 、 そこ は もう 広々 と した 部屋 だった 。
広い と いって も 、 ガランと して いる わけで は ない 。
天井 が 高い ので 、 どこ か 寒々 と は して いる が 、 部屋 そのもの に は 、 やたら 、 美術 品 らしき 彫刻 や 、 鳥 や 獣 の 剝製 が 置か れて いて 、 むしろ 狭苦しい くらい である 。
中央 に 暖炉 が あり 、 火 が 燃えて いる 。
その 前 に 、 人 が 二 人 は 座れ そうな 、 大きな 椅子 が あった 。
「── 連れて 参り ました 」
と 、 井口 が 言った 。
「 そう か 」
声 が して 、 小峰 が 立ち上った 。
いやに 小柄だ 、 と 珠美 は 思った 。
いや 、 椅子 が 大きい ので 、 そう 思える のだろう 。
「 や あ 、 よく 来た な 」
小峰 は にこやかに 笑って いる 。
「 まあ 、 ここ に かけ なさい 」
ここ で 逆らった ところ で 仕方ない 。
珠美 は 、 言わ れる まま に 、 椅子 に 腰 を おろした 。
小峰 が 座って いた 椅子 ほど で は ない が 、 やはり 、 相当な 大き さ で 、 スッポリ と 全身 が 隠れて しまい そうだ 。
「 いや 、 可愛い !
実に 可愛い ! 小峰 は 、 珠美 を 眺めて 、 嬉し そうに 声 を 上げた 。
「 全く 、 惚れ惚れ する ! ── 本当に 可愛い ! 近く へ 寄ったり 、 遠ざかったり し ながら 、 時に は 正面 から 、 また 右 から 左 から 、 後ろ へ 回って 、 高い 背もたれ の わき から 、 覗き 込んだり して は 、
「 可愛い 」
を 連発 して いる 。
珠美 とて 、 可愛い と 言わ れりゃ 悪い 気 は し ない が 、 しかし 、 こういう 年寄 に 言わ れて も 、 あまり 嬉しく ない 。
それ に 小 峰 の 感激 の 仕方 は 、 いささか 度 が 過ぎて いる ように 思えた 。
珠美 も 、 自分 の 美貌 (? ) に 自信 が ない わけで は なかった が (! )、 これ だけ 人 を ウットリ さ せる ほど と は 思え ない ……。
「 あの 、 失礼です けど ──」
と 珠美 が 言い かける と 、
「 シッ !
と 、 小峰 は 鋭く 遮った 。
「 君 は 人形 だ 。 人形 が 勝手に 口 を きいて は いかん 」
こりゃ 完全に キ 印 だ わ 、 と 珠美 は 首 を 振った 。
人 は 見かけ に よら ない もの だ 。
「 私 と この 子 、 二 人きり に して くれ 」
と 、 小峰 が 井口 たち に 言った 。
「 ですが ──」
井口 が 、 ちょっと ためらって 、「 まだ この 人形 は 未完成でして ……」
「 危険 が ある かも しれ ませ ん 」
と 、 草間 由美子 が 言った 。
「 二 人 に して くれ と 言った ぞ 」
小峰 が 、 はっきり と 不愉快 さ を 顔 に 出して 言った 。
「 私 の 言った こと が 分 らん と いう の か ? 「 いえ ──。
かしこまり ました 」
井口 は 、 頭 を 下げた 。
井口 と 草間 由美子 が 、 あの エレベーター へ と 姿 を 消す 。
しめた 、 と 珠美 が 思った の は 当然である 。
この 爺さん 一 人 なら 、 相手 に した って 互角に ゃ 闘 える !
「 さて ……」
小峰 は 、 井口 たち が い なく なる と 、 歩き 回る の を やめて 、 元 の 椅子 に 戻った 。
珠美 は 、 頭 を 振った 。
大体 、 着 なれて い ない ドレス なんか 着せ られて いる ので 、 窮屈で たまら ない のだ 。
「 窮屈な 思い を さ せて 済ま ん ね 」
小 峰 の 言葉 に 、 珠美 は ちょっと びっくり した 。
── 今 まで の 、 いささか イカレ た 老人 と いう 印象 が 、 きれいに 消えて 、 ごく 冷静な 紳士 に 戻った ようだった から だ 。
「 あの ……」
と 、 珠美 が 言い かける と 、
「 分 って る よ 」
と 、 小峰 は 肯 いた 。
「 私 は 君 を ここ へ さらって 来た 。 見付かれば 誘拐 罪 に なる 」
「 どうして こんな こと を ?
「 色々 と 事情 が あって ね 」
と 、 小峰 は 言った 。
「 まあ 、 やがて 君 に も 分 る だろう 」
「 やがて 、 じゃ 困り ます 。
家 へ 帰して 下さい ! と 、 珠美 は 断固と して 要求 した 。
「 元気 が いい な 」
小峰 は 笑って 言った 。
「 それ より 、 君 に 訊 き たい こと が あった んだ 。 井口 たち が 君 を 連れて 来 なくて も 、 君 に は ぜひ 会い たかった 」
「 私 に 何 かご 用 だった んです か ?
「 そう だ 」
小峰 は 、 突然 立ち上った 。
珠美 は ギョッ と した 。 その 勢い が あまりに 激しくて ── 何だか 、 襲い かかって でも 来る か の よう に 思えた のだった 。
いくら 計算 高く たって 、 こんな 爺さん と の 「 初 体験 」 なんて 、 いくら もらって も いやだ から ね 、 と 思った 。
しかし 、 それ は 取り越し苦労 だった ようだ 。
小峰 は 、 内心 の 苦し み を 押し 隠す ように 、 額 に 深く しわ を 刻んで 、
「 教えて くれ 」
と 言った 。
「 え ?
「 娘 を 殺した の は 誰 な んだ ?
娘 ── つまり 、 有田 信子 の こと だ と 気付く のに 、 少し かかった 。
「 私 ── 知り ませ ん 」
と 、 珠美 は 言った 。
「 どうして 私 が 知って る と 思った んです か 」
「 知ら ん と 言う の か 」
「 知り ませ ん よ 」
「 私 は ね 、 警察 に も 色々 と 知り合い を 持って いる 」
と 、 小峰 は 言った 。
「 耳 に 入った のだ 。 娘 が 殺さ れた とき 、 バッグ の 中 に は 、 テスト の 問題 の コピー が 入って いた 、 と ね 」
「 あ 、 その こと です か 。
── ええ 、 そりゃ 私 の 鞄 に も ──」
「 そして 君 は 停学 処分 を 受けた 。
君 は 罪 を 認めた と いう じゃ ない か 」
「 そんな !
珠美 は 目 を むいた 。
「 私 、 何も 知り ませ ん ! 本当な んです 」
「 それ は おかしい 。
学校 当局 に 訊 いた ところ で は 、 母親 と 君 が 泣いて 詫びた 、 と ──」
人 の 話 と いう もの が 、 いかに 不正確に 伝わる もの か 、 よく 分 ろう と いう もの である 。
珠美 は 、 自分 に 母親 は い ない こと 、 一緒に 行った 姉 が 泣き虫 で 、 一 人 で 勝手に 泣いた だけ と いう こと 、 決して やった と 認めた わけじゃ ない こと を 、 くり返し 強調 した 。
「── なるほど 」
小峰 は 肯 いた 。
「 君 は なかなか 頭 の いい 子 らしい ね 」
「 どっち か と いう と 、 頭 より 要領 の 方 が いい んです 」
珠美 の 言葉 に 、 小峰 は 笑い 出した 。
いかにも 楽し げな 、 カラッと した 笑い で 、 何となく 珠美 は 安心 した 。
「 君 の こと が 気 に 入った よ 。
どうやら 私 の 思い違い だった ようだ 」
「 そう です か 。
でも ──」
珠美 も 、 いささか 夕 里子 的 好奇心 (?
) を 刺激 さ れて いた 。 「 勇一 君 も 、 母親 を 殺した 犯人 を 捜して いる こと 、 ご存知 です か ? 「 勇一 ?
小峰 が 目 を 見開いて 、「 君 は 私 の 孫 を 知って いる の か ね 」
「 ええ 。
ちょっと した 知り合い です 」
「 行方 が 知れ ない と 聞いた 。
では 、 信子 を 殺した 犯人 を ……」
「 自分 の 手 で 見付ける んだ と 言って ました 」
「 そう か ……」
小峰 は ゆっくり と 肯 いた 。
「 孫 の 顔 を 、 何とか この 目 で 見 たい もん だ 」
「 見 られ ます よ 」
と 、 珠美 は 言った 。
「 君 は ── 勇一 の 居場所 を 知って いる の か ね ?
「 そう です ね ……。
まあ 、 多少 見当 が つか ない こと も あり ませ ん けど 」
しかし 、 いくら 珠美 でも 、 今 、 勇一 が この 屋敷 へ やって 来て いる と は 思わ なかった 。
「 教えて くれ 」
と 、 小峰 は 身 を 乗り出す ように して 言った 。
「 じゃ 、 私 を 家 へ 帰して 下さい 」
タダ の 取引 なんて 、 珠美 の 許せる ところ で は ない 。
「 家 へ 、 か ……」
小峰 は 、 深々と 息 を ついた 。
「 君 に は 分 っと らん のだ 」
「 分 る って 、 何 が です か ?
「 私 が ── 殺さ れる かも しれ ん と いう こと が さ 」
と 、 小峰 は 言った 。
「 凄い パーティ だ なあ 」
と 、 勇一 は 、 呆れた ように 言った 。
そう 。
夕 里子 も 、 珠美 の こと を 心配 して いた の は もちろん だ が 、 その 一方 で 、 パーティ の 大がかりな こと に 、 びっくり して いた 。
三千 坪 と いう 広大な 敷地 。
その 庭 に 、 やたら 着飾って 集まって いる 男女 が 何 百 人 に なる だろう か 。
食べ物 、 飲み物 だって 、 莫大な 量 に なる だろう 。
── 世の中 に は 金 持って の が いる もの な のだ 。
「── 国 友 さん 、 どこ へ 行った の かしら ?
と 、 夕 里子 は 周囲 を 見 回した 。
何しろ 、 広い し 、 人 は 多い 。
それ に 、 いくら 照明 は あって も 、 深夜 の 庭 である 。 やはり 薄暗い から 、 少し 離れる と 姿 を 見失って しまう のだ 。
「 あそこ に いる よ 」
と 、 勇一 が 指さす 方 へ 目 を やる と 、 相 変ら ず シャツ を 外 へ 出し 、 髪 を クシャクシャ に した 国 友 が 、 例の ルミ と 二 人 で 歩いて 来る 。
「 いやだ わ 、 あんな 格好で 」
と 、 夕 里子 が 文句 を 言う と 、
「 あの 娘 に 恋人 を 取ら れる んじゃ ない か 、 心配な んだ ろ 」
と 、 勇一 が 、 からかう ように 言った 。
「 何 よ !
夕 里子 は 勇一 を にらんで 、「 あんた を かくまって やった の 、 誰 だ と 思って ん の よ 」
「 分 った よ 。
そう 怒 んな よ 」
「 怒って ない わ よ 」
どう みて も 怒って いる と いう 顔 で 、 夕 里子 は 言った 。
「── だめだ 」
国 友 が 、 息 を ついて 、「 駐車 場 を 見て 来た けど 、 青 の ビュイック は ない 」
「 もう 、 パーティ も 半ば でしょ 」
夕 里子 は 、 ルミ を にらんで 、「 あんた 、 本当に その 車 を 前 に 見た んでしょう ね 」
「 何 よ 、 人 が 親切に 教えて やった のに 」
と 、 ルミ は ムッと した ように 言った 。
「 他 に 駐車 場 は ない の ?
「 訊 いて みた 」
と 、 国 友 が 言った 。
「 他 に は ない そうだ 。 あぶ れた 車 は 、 外 で 路上 駐車 らしい 」
「 そっち も 見た の ?
「 もちろん だ よ 」
── 夕 里子 とて 、 ルミ の 話 が 全く の 噓 だ と は 思って い ない 。
何といっても 、 小 峰 と いう 男 は 、 有田 信子 の 父親 で 、 しかも 珠美 は 、 それ に 関連 して 殺さ れた ( らしい ) 丸山 の 葬儀 から 、 連れ 去ら れて いる 。
そう なる と ……。
「 ちょっと ──」
夕 里子 は 、 ふと 思い 付いて 、「 駐車 場 だ わ !
と 声 を あげた 。
「 見て 来た わ よ 」
と 、 ルミ が 言った 。
「 そう じゃ ない の よ 。
この パーティ に 来る 客 の ため の 駐車 場 に は ない かも しれ ない けど 、 この 家 の 駐車 場 は ? 「 なるほど 」
国 友 は 肯 いた 。
「 これ だけ の 屋敷 だ 。 車 も 一 台 って こと は ある まい 」
「 でも 、 どこ だ か 分 ら ない わ 」
と 、 ルミ が 言った 。
「 捜す の よ !
いくら 広い 屋敷 だって 、 駐車 場 が 屋上 に あったり 、 池 の 中 に ある わけじゃ ない でしょ 」
「 きっと 門 を 入って 反対 側 へ 入った 方 だろう な 」
と 、 国 友 は 言った 。
「 しかし ──」
「 どうした の ?
「 いや 、 例の ガードマン たち だ 。
門 の 辺り を うろうろ して る から な 」
「 そこ は 何とか うまく 目 を そらして ──」
「 ともかく 行って みよう ぜ 」
と 、 勇一 が 言った 。
「 当って 砕け ろ だ 」
「 あんた 、 いい こと 言う わ ね 」
と 、 夕 里子 は 勇一 の 肩 を ポン と 叩いた 。
「 気 に 入った わ !
四 人 が 、 門 の 方 へ と 戻って 行く 。
車 が 一 台 、 新たな 客 を 乗せて 入って 来た 。
来客 用 の 駐車 場 へ と 向 って 行く その 車 と 、 夕 里子 たち は すれ違った 。
「 あれ ?
四 人 の 最後に くっついて 来て いた ルミ が 、 すれ違った 車 の 方 を 振り返る 。
「 どうした の ?
と 、 夕 里子 が 訊 いた 。
「 今 の 車 に 乗って た の ── 坂口 の 奴 だ わ 」
「 坂口 ?
「 ああ 、 坂口 って 、 あの とき 君 と 一緒に 学校 に いた 男の子 だ な ?
と 、 国 友 が 言った 。
「 この パーティ へ 呼ば れて る の か な 」
「 そりゃ そう よ 。
前 は 私 と 来て た んだ もの 」
ルミ は 不服 そうだった 。
「 他の 女 と 一緒だった わ 。 馬鹿に して る ! 「 勝手な こ と 言って る 」
と 、 つい 夕 里子 は 笑って しまった 。
「 だって ── 何だか ネグリジェ の お化け みたいな の 着た 女 が 隣 に 乗って た の よ 。
私 の 代り なら 、 もっと ましな の を 選んで ほしい もん だ わ 」
夕 里子 は 、 放っておく こと に して 、 歩き 出した 。
まさか 、 その 「 ネグリジェ の お化け 」 が 、 姉 の 綾子 だ と は 、 思って も い ない のである ……。
「 さあ 、 どこ に いる の ?
と 、 綾子 は 、 坂口 正明 を つついた 。
「 待って よ 。
そんな こと 言わ れた って ──」
正明 は 情 ない 顔 で 、「 この 人出 です よ 。
捜す った って 大変だ 」
「 一万 人 は い ない でしょ 」
「 そりゃ そう です けど 」
「 じゃ 、 早く 見付けて !
「 来て る の は 確かです よ 。
彼女 の と この 車 が あり ました から ……」
「 車 が あって も 仕方ない の !
「 すみません ……」
正明 が 首 を すぼめた 。
ところで 、 綾子 ── ネグリジェ の お 化け 、 と ルミ が 言った の も 、 あながち 間違い で も ない 。
「 パーティ に 出る なら 、 ドレス で なきゃ 」
と いう 正明 の 言葉 に 、 ドレス なんか 持って い ない 綾子 、 必死で 頭 を ひねった 挙句 、 古い ネグリジェ に ベルト を しめて 、 着て 来た のである 。
到底 、 白昼 、 人目 の ある 所 を 歩ける スタイル で は なかった が 、 今 は 珠美 の こと で 頭 が 一杯な のだ 。
「 そう だ わ 」
と 、 綾子 は 名案 を 思い 付いた 。
「 呼出し して もらう の よ 」
「 呼出し ?
── あの 、 デパート なんか で やって る やつ ? 「 そう 。
それ が 一 番 手っ取り早い わ 」
「 そりゃ そう かも しれ ない けど …… でも 、 そんな こと 、 やって る か なあ 」
「 やら せる の よ !
これ だけ の 屋敷 で 、 館 内 放送 の 設備 が ない わけな いわ 」
綾子 の ような タイプ の 強 味 は 、 思い 込んだら 、 まず 容易な こと で は 諦め ない 、 と いう ところ に ある 。
「 中 で 訊 いて みよう 」
と 、 正明 を 置き去り に して 、 綾子 は 、 屋敷 の 方 へ と 歩いて 行った 。
── テラス から 中 へ 入る と 、 広間 が やはり パーティ 会場 と して 使わ れて いる 。
そこ に は 椅子 や ソファ が ある ので 、 立ち話 に くたびれた 客 たち が 集まって いて 、 かなり の 混雑 だった 。
「 お 店 の 人 は どこ かしら ……」
と 、 綾子 は 呟いた 。
デパート や ホテル と 勘違い して いる のである 。
「 おい 、 君 !
と 、 太い 男 の 声 が した 。
「 君 ! ちょっと ! 「 私 です か ?
と 振り向く と 、 すっかり 酔っ払って いる らしい 禿げ 頭 の おじさん で 、 頭 の 天辺 まで 真 赤 に なって いた 。
「 あの ね 、 君 …… ちょっと ウイスキー が 足ら ん よ 」
少々 ろ れつ が 回ら ない くらい 酔って いる 様子 だ 。
「 それ が どうかし まして ?
綾子 は 苛々 して いた 。
「 もっと どんどん 持って 来て くれた まえ !
どうやら 、 綾子 を ここ の 使用人 だ と 思って いる らしい 。
「 あの 、 私 、 客 な んです けど 」
「 客 ?
── ハハ 、 冗談 が 巧 い ね 。 うむ 、 なかなか いい 」
と 、 一 歩 退 がって 、 綾子 を ジロジロ 眺め 、
「 特に ヒップ の ライン が 、 なかなか 悩ましい よ 。
触り 心地 は どう か な 」
お 尻 の 方 へ 手 を 伸して 来た ので 、 綾子 は びっくり した 。
もちろん 、 二十 歳 に は なって いて も 、 綾子 は まるで アルコール は だめ 。 バー と か スナック の 類 も 、 行った こと が ない 。
酔った 男 が 女の子 の お 尻 に 触る なんて いう の は 、 小説 か TV の 中 だけ の こと だ と 思って いる のである 。
「 何 する んです か !
と 、 あわてて 後 ず さる 。
「 変な こと する と 人 を 呼び ます よ ! 「 そんな かたい こと 言わ んで ── 君 、 パーティ だ よ 、 パーティ 。
何事 も 楽しま なくちゃ 。 そう だ ろ ? と 、 男 の 方 は 悪乗り して 、 やおら 綾子 に 抱きついて 来る 。
「 キャッ !
綾子 は 、 仰天 して 逃げ 出した 。
「 お っ 、 隠れんぼ か ?
そ いつも 面白い な 。 こら 、 待て ! 男 は 、 すっかり ゲーム でも やって いる 気分 で 、 綾子 の 後 を 追い かけ 始めた 。
庭 の 方 へ 逃げれば 良かった のだ が 、 行きがかり 上 、 綾子 は 、 広間 の 更に 奥 の 方 へ と 駆け 出して いた 。
「 逃がさ ない ぞ !
こら ! 男 の 声 が 背後 から 追って くる 。
綾子 は 、 二 、 三 人 の 客 を 突き飛ばし 、 ともかく 目 に ついた ドア から 、 廊下 へ と 出て いた 。
逃げ なきゃ 。
ともかく ── どっち だ ?
今 は 場 内 呼出し どころ じゃ ない 。
あの 気 の 狂った 男 ( と しか 、 綾子 に は 思え ない ) から 逃げ なくて は 。
「 見付けた ぞ !
男 が 廊下 へ 出て 来て 、 歓声 を 上げる 。
「 キャアッ !
綾子 は 、 弾か れた ように 飛び上って 駆け 出した 。
── 男 の 方 が 酔って いて 、 少し 足 が もつれて いる の が 幸いした 。
何しろ 、 綾子 の 運動 神経 と 来たら ── まあ 、 そこ は 想像 に お 任せ した 方 が 良 さ そうである 。
廊下 を 走って 、 右 へ 左 へ と 、 思い 付く まま に 曲って いる 内 、 やっと 、 男 の 馬鹿げた 甲高い 笑い声 も 聞こえ なく なって 、 綾子 は 足 を 止めた 。
「 ああ …… くたびれた !
ハアハア 息 を 切らして 、 しばし 壁 に もた れて 休む こと に する 。
およそ 、 普段 から 全力 で 走った こと なんか ない のだ 。
「 全く もう !
と 、 文句 を 言って みた ところ で 、 どうにも なら ない のだ が ……。
「 私 、 絶対 に お 酒飲み と は 結婚 し ない わ ! とんだ 所 で 、 綾子 は 人生 の 方針 を 決めて いる のだった 。
「 あ 、 そう だ 」
やっと 、 思い出した 。
珠美 が 誘拐 さ れて る んだ っけ !
そうだ 。
あの 女の子 を 捜さ なきゃ 。 場 内 呼出し を して もらう んだった !
でも ── 綾子 は 、 青く なった 。
肝心の 女の子 の 名前 を 忘れて しまった のだ 。
レミ だった かな ?
フミ ? ユミ ? ミ ── が ついた と 思った けど ……。 ミケ だった かしら ?
「 参った なあ 」
綾子 は 、 ため息 を ついた 。
── 名前 が 分 ら ない んじゃ 、 呼出し を 頼む わけに も いか ない 。
大体 、 呼出して くれる もの やら 、 それ も 分 ら ない のだ と いう こと に 、 やっと 綾子 は 思い 至った 。
こう なったら 、 自分 で あの 何とか いう 女の子 を 捜す しか ない !
長女 と して の 責任 感 から 、 綾子 は 悲壮な (?
) 決意 を 固めた のだった 。
しかし 、 その 前 に 解決 す べき 問題 が 多々 あった 。
パーティ 会場 へ 戻ら なくて は 、 捜し よう も ない わけだ が 、 どこ を どう 行けば 戻れる もの やら 、 見当 も つか ない 。
広い んだ わ 、 この 屋敷 。
── 改めて 、 綾子 は 呆 気 に 取ら れた 。
廊下 と いって も 、 今 来た 所 を 逆に 辿 って 行く なんて 「 芸当 」 は 、 綾子 に は 不可能である 。
ともかく 、 今 住んで いる 大して 大きく も ない マンション の 中 だって 、 迷う こと が ある くらい 、 徹底 した 天才 的 方向 音痴 な のだ 。
仕方ない 。
ともかく 廊下 が ある 限り 、 どこ か へ つながって いる に は 違いない のだ 。
綾子 は 歩き 始めた 。
── それにしても 大した 屋敷 だ 。
遠く から 、 音楽 が 聞こえて いる 。
パーティー の ため に 流して ある のだろう が 、 遠 すぎて 、 どの 方角 から 聞こえて 来る の やら 、 よく 分 ら ない 。
誰 も い ない の かしら ?
これ だけ の 屋敷 だ 。
人 だって 大勢 住んで い そうな もの だ けど 、 これ だけ 歩いて いて も 、 誰 に も 出会わ ない なんて ……。
綾子 は 角 を 曲った 。
そこ の ドア が 、 少し 開いて いた 。 中 から 、 人 の 声 が する 。
綾子 は ホッと 息 を ついた 。
── やっと 人間 に 会える !
まるで サハラ 砂漠 でも さまよって いた みたいに 、 感激 した のである 。
その ドア の 方 へ と 、 綾子 は 歩いて 行った が ……。
「 何 を 言って る んだ !
男 の 声 の 、 激しい 口調 に 、 綾子 は ギョッ と して 足 を 止めた 。
「 今さら ためらって る 場合 じゃ ない だろう 」
と 、 男 は 少し 穏やかな 口調 に なって 、 言った 。
「 そりゃ 分 って る けど ──」
女 の 声 だ 。
少し 弱気な 感じ の 声 だった 。
「 分 って れば いい 」
と 、 男 が 突き放す ように 言った 。
「 計画 通り 、 やる しか ない よ 。 君 だって 、 賛成 した んじゃ ない か 」
「 ええ 、 それ は ……。
でも 、 いざ と なる と ね ……」
「 怖い の は 分 る 。
当然だ よ 」
「 怖い んじゃ ない の よ 。
それ も ある と して も ── 大した こと ない わ 」
「 じゃ 、 何 だい ?
「 分 ら ない ……。
ただ 、 どうしても ためらい が あって ……」
少し 間 が あった 。
男 が 女 に キス した らしい 、 チュッ と いう 音 が して 、 綾子 は 赤く なった 。
盗み聞き だ わ 、 これ じゃ 。
こんな こと しちゃ いけない んだ わ ……。
咳払い でも して 、 存在 を 主張 しよう か と 考えて いる と 、 ドア の 中 で 、 話 の 続き に なった 。
「 それ は 当然 さ 。
何しろ 人 を 殺す んだ 。 相当 の 覚悟 が いる 」
と 、 男 が 言った 。
綾子 は 耳 を 疑った 。
── 人 を 殺す ? 殺す って 言った わ 、 この 人 。
「 しかし 、 今 やる しか ない んだ 。
分 る だろう ? 男 は 続けた 。
「 娘 は 死 ん じ まった が 、 孫 と いう の が 出て 来た 。 孫 に 会って 、 全 財産 を 孫 へ 譲る と でも 言い 出したら 、 大変な こと に なる 」
「 ええ 、 そう ね 」
「 有田 勇一 の 行方 は 今 の ところ こっち も つかめて い ない 。
警察 だって 、 もちろん 勇一 を 捜しちゃ いる だろう が 、 いざ 逮捕 さ れて 、 小峰 様 と の 関係 が 知れる と まずい 。 本当 は 、 その 前 に 僕 ら の 方 で 、 勇一 を 押え られる と いい んだ が ……」
── 有田 勇一 ?
綾子 とて 、 うち に 居候 して いる 勇一 の こと だ と いう の は 分 った 。
でも 、 どうして こんな 所 で 、 勇一 の 話 が 出る の か は 、 まるで 分 ら ない のである 。
「 それ が 無理 と なれば 、 早く やって のける しか ない 」
と 男 の 声 が 言った 。
「 小峰 様 に 、 死んで いただく しか ない よ ……」