第 二 章 アスターテ 会戦 (5)
これ が 消耗 戦 である こと は 、 しかけた ヤン の ほう は 最初 から 承知 して いた 。 帝国 軍 の 指揮 官 ローエングラム 伯 は 愚かで は ない 。 流血 と 破壊 を 増大 さ せる だけ の 不毛な 戦闘 を つづける こと は ない だろう 。 敵 を その 決断 に おいやる ため の 、 これ は 作戦 だった 。
「 もう すぐ 敵 は 退き はじめる だろう 」
ラオ 少佐 に ヤン は 言った 。
「 では 追撃 する のです か ? 」 「…… やめ と こう 」 若い 指揮 官 はか ぶり を ふった 。
「 敵 に 呼吸 を あわせて 、 こちら も 退く んだ 。 ここ まで が 精一杯 だ よ 。 これ 以上 戦闘 を つづける の は 無理だ 」
ブリュンヒルト 艦 橋 でも 会話 が かわされて いる 。 「 キルヒアイス 、 どう 思う ? 」 「 そろそろ しおどき で は ない でしょう か 」 控えめだ が 明確な 返答 が あった 。
「 お前 も そう 思う か ? 」 「 これ 以上 戦って も 、 双方 と も 損害 がます ばかりです 。 戦略 的に なん の 意味 も ありません 」 ラインハルト は 点 頭 した が 、 若々しい 頰 の あたり に 釈然と し ない 色 が 漂って いる 。 理性 が 納得 して も 感情 が 満足 して いない のだ 。 「 くやしい と お 思い です か ? 」 「 そんな こと も ない が 、 もう すこし 勝ち たかった な 。 画竜点睛 を 欠いた の が 残念だ 」
この 人 らしい 、 と キルヒアイス は 思わず 口 もと を ほころばせ かけた 。
「 二 倍 の 敵 に 三方 から 包囲 さ れ ながら 、 各 個 撃破 戦法 で 二 個 艦隊 を 全滅 さ せ 、 最後 の 敵 に は 後 背 に まわりこま れ ながら 互角に 闘った のです 。 充分 では ありません か 。 これ 以上 を お 望み に なる の は 、 いささか 欲 が 深い と いう もの です 」
「 わかって いる 。 後日 の 楽しみ と いう もの が ある こと も な 」
やがて 両軍 は 砲火 を まじえ つつ も 、 しだいに 陣形 を 横 に 展 き 、 たがいに 距離 を おき はじめた 。 それ に ともなって 砲火 も 静まり 、 放出 さ れた エネルギー の 密度 が 急速に 薄まって ゆく 。
「 やる じゃ ない か 、 なかなか 」
ラインハルト の 声 に は 、 いまいまし さ と 賞 賛 の 念 が とけあって いた 。 金髪 の 若い 指揮 官 は なに か 考えこみ 、 やや 間 を おいて 副 官 を 呼んだ 。
「 敵 の 第 二 艦隊 の 指揮 官 …… 途中 から 権限 を ひきついだ 男 だ 、 なんと 言った か な 」
「 ヤン 准将 でした 」
「 そう 、 ヤン だ 。 その 男 に おれ の 名 で 電文 を 送って くれ 」
キルヒアイス は に こり と して 、
「 どのような 文章 を 送れば よろしい でしょう 」
「 貴 官 の 勇 戦 に 敬意 を 表す 、 再戦 の 日 まで 壮健なれ …… そんな ところ で いい だろう 」
「 かしこまり ました 」
キルヒアイス が 通信 士官 に ラインハルト の 命令 を 伝える と 、 相手 は かるく 首 を かしげた 。 キルヒアイス は 人 好き の する 微笑 を たたえた 。
「 貴 官 と 同様 …… こんな 手ごわい 相手 と は もう やり たく ない ね 。 楽に 勝てる ほう が いい 、 賞 賛 す べき 敵 に 出会う より も 」
「 まったく です な 」
通信 士官 は うなずいた 。 ラインハルト の あらたな 命令 が ひびいた 。
「 オーディン に 帰還 する ぞ 。 全 艦隊 、 隊列 を ととのえろ 」
途中 で イゼルローン 要塞 に 寄港 する こと 、 早急に 敵 味方 の 損害 を 算出 する こと 、 など の 命令 を つけくわえる と 、 ラインハルト は 指揮 官 席 の 背 を 倒し 、 球 型 の 天井 に ほぼ 正 対する 姿勢 で 目 を 閉じた 。
意識 の 水面 下 から 疲労 が 泡 沫 の ように 上昇 して くる の を 感じる 。 すこし の 時間 なら 眠って も いい だろう 。 本格 的な もの で は ない 。 なに か あれば キルヒアイス が おこして くれる はずだ 。 帰路 の 設定 は 慣性 航法 システム に まかせて おけば よい こと だ し ……。
敗 軍 の 将 に は 、 部隊 運営 を 下級 指揮 官 に ゆだねて 睡眠 を とる ような 贅沢 は 許さ れ なかった 。 最大 の 任務 は 敗 残 兵 の 収容 であり 、 第 四 ・ 第 六 両 艦隊 の 生存 者 を もとめて 戦場 を 駆けまわら なければ なら なかった 。 なんでも そう だ が 事後 処理 が 最大 の 労苦 な のだ 、 と 、 スペース ・ スーツ の ヘルメット を ぬいで 紙 コップ から プロテイン 入り の ミルク を 飲み ながら ヤン は 思った 。
「 次 席 幕僚 、 いえ 、 司令 官 代理 ど の 、 帝国 軍 から 入電 して おります が ……」 そう 告げ に きた ラオ 少佐 の 顔 いっぱい に 好奇心 が あふれて いる 。 今回 の 戦闘 は 最初 から 最後 まで 異例の こと ばかり だ 、 と 、 その 表情 が 語って いた 。
「 電文 か ? 読んで みて くれ 」
「 は あ 、 では 読みます 。 貴 官 の 勇 戦 に 敬意 を 表す 、 再戦 の 日 まで 壮健なれ 、 銀河 帝国 軍 上級 大将 ラインハルト ・ フォン ・ ローエングラム …… 以上 です 」
「 勇 戦 と 評して くれた か 。 恐縮 する ね 」
今度 会ったら たたき つぶして やる ぞ 、 と いう こと だ な 。 ヤン は そう 諒 解した 。 稚気 と 称す べきであろう が 、 反感 を そそら れ は し なかった 。
「 どう しましょう …… 返 電 なさいます か ? 」 ラオ 少佐 の 質問 に 、 ヤン は 気 の な さ そうな 声 で 応えた 。 「 先方 も そんな もの は 期待 して ない のじゃ ない か な 。 いい さ 、 放っておいて 」
「 は あ ……」
「 それ より 残 兵 の 収容 を 急いで くれ 。 助けられる かぎり は 助けたい 」 ラオ 少佐 が 傍 から 去る と 、 ヤン の 視線 は 操作 卓 に むけ られた 。 その 下 の 床 に 、 戦闘 開始 前 に パエッタ 中将 に 提出 した 作戦 提案 書 が 落ちて いる 。 ヤン の 口 もと を にがい 笑み が 飾った 。 自分 の 意見 の 正し さ が こんな かたち で 証明 さ れる こと を 、 彼 は けっして のぞみ は し なかった 。 最終 的な 犠牲 が どれほど の 数 に のぼる の か 、 軍 首脳 の 総 毛 だった 顔 を ヤン は 想像 する こと が できた 。
〝 アスターテ の 会戦 〟 は こうして 終結 した 。
戦闘 に 参加 した 人員 は 、 帝国 軍 二四四万八六〇〇 名 、 同盟 軍 四〇六万五九〇〇 名 。 艦艇 は 帝国 軍 二万 隻 余 、 同盟 軍 四万 隻 余 。 戦死 者 は 帝国 軍 一五万三四〇〇 名 余 、 同盟 軍 一五〇万八九〇〇 名 余 。 喪失 あるいは 大破 した 艦艇 は 帝国 軍 二二〇〇 隻 余 、 同盟 軍 二万二六〇〇 隻 余 であった 。 同盟 軍 の 損失 は 帝国 軍 の 一〇 倍 から 一一 倍 に 達した が 、 アスターテ 星 系 へ の 帝国 軍 の 侵入 は かろうじて 防が れた 。