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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 024 - Kokoro - Soseki Project

Section 024 - Kokoro - Soseki Project

私 は 今 この 悲劇 に ついて 何事 も 語ら ない 。 その 悲劇 の ため に むしろ 生れ 出た と も いえる 二 人 の 恋愛 に ついて は 、 先刻 いった 通り であった 。 二 人 と も 私 に は ほとんど 何も 話して くれ なかった 。 奥さん は 慎み の ため に 、 先生 は また それ 以上 の 深い 理由 の ため に 。

ただ 一 つ 私 の 記憶 に 残って いる 事 が ある 。 或る 時 花時 分 に 私 は 先生 と いっしょに 上野 へ 行った 。 そうして そこ で 美しい 一 対 の 男女 を 見た 。 彼ら は 睦 まじ そうに 寄り添って 花 の 下 を 歩いて いた 。 場所 が 場所 な ので 、 花 より も そちら を 向いて 眼 を 峙 だて て いる 人 が 沢山 あった 。

「 新婚 の 夫婦 の ようだ ね 」 と 先生 が いった 。

「 仲 が 好 さ そうです ね 」 と 私 が 答えた 。

先生 は 苦笑 さえ し なかった 。 二 人 の 男女 を 視線 の 外 に 置く ような 方角 へ 足 を 向けた 。 それ から 私 に こう 聞いた 。

「 君 は 恋 を した 事 が あります か 」 私 は ない と 答えた 。

「 恋 を したく は ありません か 」 私 は 答え なかった 。

「 し たく ない 事 は ない でしょう 」

「 ええ 」

「 君 は 今 あの 男 と 女 を 見て 、 冷 評しました ね 。 あの 冷 評 の うち に は 君 が 恋 を 求め ながら 相手 を 得られ ない と いう 不快 の 声 が 交って いましょう 」 「 そんな 風 に 聞こえました か 」 「 聞こえました 。 恋 の 満足 を 味わって いる 人 は もっと 暖かい 声 を 出す もの です 。 しかし …… しかし 君 、 恋 は 罪悪 です よ 。 解って います か 」 私 は 急に 驚か さ れた 。 何とも 返事 を し なかった 。

Section 024 - Kokoro - Soseki Project Section 024 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 024 - Projekt Kokoro - Soseki Avsnitt 024 - Kokoro - Soseki-projektet 第024節-心-漱石項目

私 は 今 この 悲劇 に ついて 何事 も 語ら ない 。 わたくし||いま||ひげき|||なにごと||かたら| その 悲劇 の ため に むしろ 生れ 出た と も いえる 二 人 の 恋愛 に ついて は 、 先刻 いった 通り であった 。 |ひげき|||||うまれ|でた||||ふた|じん||れんあい||||せんこく||とおり| The love affair between the two, who could be said to have been born because of the tragedy, was as mentioned earlier. 二 人 と も 私 に は ほとんど 何も 話して くれ なかった 。 ふた|じん|||わたくし||||なにも|はなして|| 奥さん は 慎み の ため に 、 先生 は また それ 以上 の 深い 理由 の ため に 。 おくさん||つつしみ||||せんせい||||いじょう||ふかい|りゆう||| The wife is for modesty, and the teacher is for a deeper reason.

ただ 一 つ 私 の 記憶 に 残って いる 事 が ある 。 |ひと||わたくし||きおく||のこって||こと|| 或る 時 花時 分 に 私 は 先生 と いっしょに 上野 へ 行った 。 ある|じ|はなどき|ぶん||わたくし||せんせい|||うえの||おこなった そうして そこ で 美しい 一 対 の 男女 を 見た 。 |||うつくしい|ひと|たい||だんじょ||みた Then I saw a beautiful pair of men and women there. 彼ら は 睦 まじ そうに 寄り添って 花 の 下 を 歩いて いた 。 かれら||あつし||そう に|よりそって|か||した||あるいて| They were walking under the flowers, snuggling up to each other. 場所 が 場所 な ので 、 花 より も そちら を 向いて 眼 を 峙 だて て いる 人 が 沢山 あった 。 ばしょ||ばしょ|||か|||||むいて|がん||じ||||じん||たくさん| Since the place is a place, there were many people who were looking at it rather than the flowers.

「 新婚 の 夫婦 の ようだ ね 」 と 先生 が いった 。 しんこん||ふうふ|||||せんせい||

「 仲 が 好 さ そうです ね 」 と 私 が 答えた 。 なか||よしみ||そう です|||わたくし||こたえた

先生 は 苦笑 さえ し なかった 。 せんせい||くしょう||| 二 人 の 男女 を 視線 の 外 に 置く ような 方角 へ 足 を 向けた 。 ふた|じん||だんじょ||しせん||がい||おく||ほうがく||あし||むけた He turned his foot in a direction that would put the two men and women out of the line of sight. それ から 私 に こう 聞いた 。 ||わたくし|||きいた

「 君 は 恋 を した 事 が あります か 」 きみ||こい|||こと||| 私 は ない と 答えた 。 わたくし||||こたえた

「 恋 を したく は ありません か 」 こい||||| "Do you want to fall in love?" 私 は 答え なかった 。 わたくし||こたえ|

「 し たく ない 事 は ない でしょう 」 |||こと|||

「 ええ 」

「 君 は 今 あの 男 と 女 を 見て 、 冷 評しました ね 。 きみ||いま||おとこ||おんな||みて|ひや|ひょうしました| あの 冷 評 の うち に は 君 が 恋 を 求め ながら 相手 を 得られ ない と いう 不快 の 声 が 交って いましょう 」 |ひや|ひょう|||||きみ||こい||もとめ||あいて||えられ||||ふかい||こえ||こうって| 「 そんな 風 に 聞こえました か 」 |かぜ||きこえました| 「 聞こえました 。 きこえました 恋 の 満足 を 味わって いる 人 は もっと 暖かい 声 を 出す もの です 。 こい||まんぞく||あじわって||じん|||あたたかい|こえ||だす|| しかし …… しかし 君 、 恋 は 罪悪 です よ 。 ||きみ|こい||ざいあく|| 解って います か 」 わかって|| 私 は 急に 驚か さ れた 。 わたくし||きゅうに|おどろか|| 何とも 返事 を し なかった 。 なんとも|へんじ|||